2020.03.29

【芝居】「バロック」鵺的

2020.3.7 14:30 [CoRich]

120分。スズナリ。

近親相姦の家族の血を絶とうと姉が火を放った洋館。一人生き残った妹は結婚し洋館を再建し4人の子供をもうけたのは家族を絶とうとした姉への意地だった。長男は母親の姉を恋人だと思い続けている。長女はヒステリックで次男と惹かれ合い、次女は冷静で家から離れなければと思っている。三男は亡くなった姉が拾ってきた子、家には住んでいた人々の想いがこびりつき、洋館は再建したが、養子で入った父親がこの家を離れようと決め、長く廃墟のままだったが、死を目前に生き残った妻が解体に同意し、やっと解体にこぎつけた。一晩だけこの家で全員で過ごそうと提案する。

家族の「血」を絶とうとする姉と家族と家に拘る妹、小劇場らしからぬ重厚な洋館を舞台に、濃密で光の対比を効果的に使うコントラストの物語。特に序盤、照明がともかく暗く逆光のシーンが多いのは重厚な雰囲気を纏います。ワタシには見慣れた役者のカンパニーだからあまり違和感感じないけれど、正直に云えば、序盤で誰が誰やらという感じになってしまうのは、見やすさという点でやや難を感じるワタシです。だれでもない人々の作り出す空気感、ということなのしら。

物語が進むにつれ全員で揃うわけではなく、何人かに分断された「クラスタ」の会話が連続して起こる中盤。とりわけ嵐の雷鳴とともに、「並行してある別の空間」というレイヤーに落ち込んでしまった人々という分断が起こり、あるいはこの不穏な物語の全ての起点である姉が挑発して登場人物達が自ら死を選んだりもする物語の絶望感は、鵺的節というか作家の高木登節というか。

この絶望の物語の中、軽口を叩く男二人、佐藤誓と白坂英晃はコントラストとリズムを作り出していて、ワタシは見やすさの点で随分救われる思い、軽く見えてちゃんと造型された人物をつくりだす役者の力も確かに。鵺的での福永マリカはどうしてもこういう感じの怖さが先立つ役が多くなりがちだけれど、裏を返せばこの座組でのはまり役ということか。外部から現れる男を演じた、吉村公佑はこの家を支配するのとは別の不穏さの象徴でエキセントリックさをしっかりと。

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2020.03.22

【芝居】「朝焼けの向こうのトランジスタ」南京豆NAMENAME

2020.2.29 19:00 [CoRich]

90分、王子スタジオ1。王子小劇場の佐藤佐吉演劇祭の二週目、ここまでの上演で演劇祭自体が中止になりました。

店長が行方不明になった店のバイトたち。 カップルの女は結婚したいが男は役者の夢を諦められずつれないし、役者の先輩は女子と飲み会したいといってて。

若い男を中心に恋人、友達、あるいは役者の先輩や行方不明の店主夫婦が出て来る物語。過去の恋愛を引きずったり、チャラいOLに馬鹿にされながら媚びへつらう役者だったり、店主夫婦の絶望など、少人数のいくつかのクラスタ、様々な切り口で描かれる物語は全体としてごく少人数なのに、ある程度若い人々の不安感が渦巻いていて、共鳴しあうのです。

終盤、毛沢東と資本主義とか、絶望の先、朝焼けの向こうに見えた元カノなど、詰め込みに詰め込んださまざまな要素はワケがわからない感じではあるけれど、一人の男がざまざまなことを目にして考えてぐるぐると考えあぐねて、まるで夢でも見るかのように自分の今の立ち位置からの不安と希望を描き出すのです。

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【芝居】「人人(NIN-NIN)」くによし組

2020.2.29 14:00 [CoRich]

95分。王子小劇場。この週まで開催され次の演目から中止となった佐藤佐吉演劇祭2020の二週目。

山奥の学校、生徒は忍者のような出で立ちと口調をしている。他の学校が統合され、生徒たちが転校してくる。互いの違和感や人見知り、最初は仲違いしているが、やがて惹かれあったり、なじんでくる。教師の一人が産休に入り、代理で卒業生がスタッフとして加わる。自分が受けた「治療」をここの生徒たちにも受けさせようとする。

ニンニンという口癖、忍者の学校というコミカルな体裁の序盤。物語が少し進むと、特別支援学校でコミュニケーションに困難を抱える生徒たちなのだということが明かされます。転校してくる生徒たちは忍者口調がなかったりもう少し「普通」だけれど、性自認やある種の粗暴さなど、違う種類の困難を抱えているのです。

教師たちもまた、恋人を事故で半ば失った教師が脳のデータを移植したという石に依存していたり、産休に入った女性も羊水検査で先天性の問題を抱えることがわかるに至りそれまでの何もかもありのままがいいと思っていたそれまでとは考え方がぐるりと変わったりと何かを抱えているのです。

卒業生が持ち込んだ「治療」は外にいって戻ってくると、アフロ姿でイケイケな意識高い系になってきます。世間から見れば「普通」の「リア充」な雰囲気だけどそれまでの人物とは全く違ってしまうのです。

小さな願いを持ち素朴で静かに暮らしているそれまでの暮らしが一変しマッチョな人格になることはやや批判的な目で描かれてはいるけれど、いっぽうでまた、「こんな場所」で一生を暮らすのか、親もいつか亡くなる日が来ること、あるいは「普通に」生きたいと思うことの願望もまた真実なのです。コミュニケーションがうまく取れないことなどの困難さはそのまま受け入れられるべきという綺麗ごと。

瀕死となった一人もまた、車椅子に乗せられた脳だけの機械として「治療」されるのです。一人は残っているものの、みなが「治療」された状態で演じられる「みにくいアヒルの子」はいっけんうまく上演されるけれど、もやもやとした気持ちを残すのです。

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2020.03.18

【芝居】「Better Call Shoujo」シンクロ少女

2020.2.24 18:30 [CoRich]

シアター711。125分、2月25日まで。

二人の姉妹の妹は子供のころに大きなネズミが出たと嘘をついたが信じて貰えず、友達と作った張りぼてを見た母親は心臓麻痺で死んでしまった。大人になって、姉は結婚し幸せだ。妹は母の死のトラウマは乗り越えたと思っている。父親は若い女と一緒に暮らし始めているが、どこか姉妹に厳しくあたる。父親は近所の飲食店のバイトの男に目をかけていて、家族の集まりに呼んだりしている。バイトの男には妹が居て難病を患っている。

海外の人気連続ドラマ「ベター・コール・ソウル」(未見)を意識したと思われるタイトル、家族をめぐる人々の物語。歌や曲含めてゴキゲンでお洒落なような、ちょっと大人の情けなさとか、子供から大人にかけてのグラデーション。 さまざまなことが並行して起きて、2時間超えにもかかわらずずっと飽きずに観られるという人気の海外ドラマの雰囲気を纏います。こういう日本の演劇は小劇場から大きな劇場の商業演劇に至るまでワタシの知る限りは唯一無二で、それを小劇場演劇のごく少ないキャストで実現する座組の面白さ。

故意ではないとはいえ母を殺してしまった娘が成長しモデルとして働くようになった頃の家族や幼なじみを巡る物語。子供に恵まれなかった姉夫婦、難病で先のない妹を支えるアルバイトの男、モデルの友達やマネージャなど。正直に云えば少人数ゆえに都合が良すぎるぐらい人々が近いのだけれど、そこの関係に濃淡が感じられるのが作演の名嘉節で作り上げられた一本なのだなと思います。

母を殺してしまったと思っている女を演じた小野寺ずる、素朴なまま大人になったと思ったら終幕で全く違う顔を見せる振り幅が凄く。父親の若い恋人を演じた作演を兼ねる名嘉友美、役者として観るのが嬉しいワタシですが、序盤のいけ好かない感じも面白い。姉を演じた豊田可奈子は、しっとりフラットな造型が諦めたからだとわかる瞬間を作るチカラ。バイトの男を演じた細井じゅん、背負っているのに軽やかであり続ける造型がいいのです。

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2020.03.11

【芝居】「ありがとサンキュー!」青年座

2020.2.24 12:30 [CoRich]

小松台東の松本哲也、青年座への初の書き下ろし。 休憩15分、140分。シアターグリーン BIG TREE THEATER。

大正、昭和から平成のおわりを生き抜いた女、父親について丸亀、宮崎へ移り住み、キリスト教の伝道をつづけている。兄を早くになくし、結婚し、戦争の時代を5人の子供を育て上げる。

作家の実祖母の実話をもとにした話だといいます。14歳から104歳という時代、生活に根ざした小さな教会で伝道と暮らして行く女とそれを取り巻く家族たち。有名人というわけではない市井の人物の一生。もちろん誰の人生にもドラマはあるのだけれど、観客が想像するとおりにするっと進む物語で、観客がその物語に寄り添えるかどうかは、それぞれが持つ背景にずいぶん影響されるように思います。

日本に於ける市井のキリスト教の人々の暮らしを目にするようになってきた最近のワタシにとっては、たとえば日常の中での賛美歌のありかた、生活のなかに隅々まで根付く教えの在り方を丁寧に描いた舞台はとてもリアルに感じる一本なのです。

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2020.03.06

【芝居】「東京ノート」青年団

2020.2.23 18:00 [CoRich]

インターナショナル版に続いてのスタンダード版。字幕のためのディスプレイがない以外はほぼ、同じ舞台の設えで。105分。吉祥寺シアター。

ワタシは1998年版から( 1, 2, 3, 4, 5) 観始めて幾年月、青年団の役者の入れ替わりも進みました。とりわけ今回の上演では、これまで本公演ではずっと次男の妻を演じていた山村崇子が能島瑞穂に替わったのが大きな変化で、長女を演じてきた松田弘子だけが初演からのメンバーになり、役者の年齢の違いはあれどそれを感じさせない完成度にまた安堵するのです。

ここ十年で青年団に所属する役者も様変わりし、第三舞台、キャラメルボックス、KAKUTAといった違うカラーの劇団に出ていた役者が青年団の役者として座組になってきていることも、どこか感慨深いのです。それでもちゃんとスタンダードなマスターピースであり続ける嬉しさなのです。

高い天井を生かした美術館らしさ。反面、どこかコストが抑えられたようなベンチや壁の雰囲気は、芝居の制作費の問題というよりは、美術館に私たちがかけられるコストが時代に応じてアップデートされた日本の立ち位置の変化を表しているよう、と勝手に感じるワタシです。

ワタシの観た回ではトークショーとして平田オリザ自身が語る背景など。けっこう観てるわりに映画東京物語を未見のワタシが今さら知る構造。田舎の両親と義理の娘、という東京観光を通して見える物語を、実家から年に一回上京して観光する長女と次男の妻という関係に置き換えたのは東京物語のような年嵩の役者を使えなかったからだ、という説明だったり、そこから敷衍して東京観光のあちこちというわけにはいかない舞台ゆえに東京らしい、美術館のロビーという設定なのだと思ったり。

観たいものを観て、切り取るというのは今作の中心となるテーマですが、その時々の社会のありかた、あるいは自分の年齢や家族のありかたで見え方というか感じ方が変化していくことも楽しい、ワタシにとっても時間の経過を感じるベンチマークにこれからもあってほしいと感じるのです。

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2020.03.05

【芝居】「往転」KAKUTA

2020.2.23 14:00 [CoRich]

2011年初演作をパワーアップ再演。 140分。本多劇場。

高速夜行バスに乗り合わせた人々の4つの物語はそのまま。いつものようにワタシは初演の記憶を無くしているのですが、初演ではバスの模型やカメラを使いバスの外側を印象深く使っていた気がします。再演となる今作は作家自身の演出となりバス車体のシーンは無くなりました。劇場のタッパが増えたからか、舞台奥に壁、その上に墓参りなどの屋外の場所、上手側にやや八百屋舞台にベッド、下手側にはダイニングキッチンだったり仏壇がある畳の部屋だったりと人が暮らす空間という設えにしています。

バスの外側の演出を無くした結果、あるいは役者が変わったからか、4つの出来事を並行して描く枠組みを強く感じられた初演よりも、個々の人物がより立体的にたちあがるようになった印象があります。

母の骨を不倫相手とともに疎遠な兄弟たちに配って回る「アンチェイン・マイハート」は峯村・入江という冴えない中年カップルは情けなくコミカルなのに、それがより奥深さになっているよう。不倫関係で女はダメとわかっていて惹かれつづけ、家族の居る男は決断できないダメな性格なのに、傷ついた女が向かう小旅行には一念発起付き合うところがちょっといい。 年齢が近いからか、ある種の地味なロードムービーな感じが「歩んで」いく人を描いていると感じるからか、ともかくこのパート、ワタシの心をわしづかみにするのです。今作の中でもっとも濃いといってもいいところ。

農家の男が婚約者を連れ帰る途中で事故にあい、女だけが弟の住む実家に現れる「桃」では、転がり込んだ女を演じた小島聖はより不穏な色っぽさを醸し出します。徐々に惹かれ合うようで、しかし終幕にはあっさりと消えてしまうところなど昔話のようなミステリアスな雰囲気も纏います。

入院した若い女の横のベッドで眠り続ける男をめぐる「いきたい」は発作的に飛び降りた若い女の不安定さ、と隣で眠り続け、あるいは睡眠障害で夜にしか起きないと思っていた男の正体が物語のポイント。もっとも、いくら起きないといっても男女同室の不自然さとかいろいろ感じないわけではないし、行方不明となった運転手と同じ人物という構造が今ひとつ生きない感じなのは痛し痒し。見舞いに訪れる派手めなバー経営の女を演じた異儀田夏葉のガハハなおばちゃんキャラ風にみえて、繊細に人に向き合うという人物の造型が丁寧に。 全体のタイトルと同じ音のタイトル、「横転」は姿を隠して移動するIT社長に声をかけた実家近所のおばちゃんとなのる中年女のちょっとおかしなバス旅、冷徹な筈だった男がこの「おばちゃん」に巻き込まれるうちに向き合い、最後の事故できっちり人情を選択するあたりが実によいのです。中年女を演じた岡まゆみは、遠慮無くモノを言うブレないおばちゃんなキャラクタとその背後にある息子たちへの思いと自身のダメ加減を内包してきっちり。巻き込まれる男を演じた成清正紀は冷たさに徹しきれないところがご愛敬だけれど、それゆえに物語の中で溶けていく心が見えるよう。

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2020.02.29

【イベント】「無い光」(月いちリーディング 2020/2)劇作家協会

2020.2.22 17:00 [CoRich]

2010年のプロトタイプと、 2011年に単独の初演作のブラッシュアップ。若葉町ウォーフ。

終演後のディスカッション、作家は90年代の「完全自殺マニュアル」が流行った時代の空気感を丸ごと感じて欲しいのだといいいます。 あの時代感を、作家と同じように感じるには、同じ世代でもクラスターによるし、世代が違っていても共感できるかもしれない、というちょっとふわふわした感じはあります。高度経済成長の時代の誰もが同じ映画を見て、高視聴率のテレビ番組を見て、ヒット商品をみんなが買い、ヒットチューンをみんなが知っている、という時代からは変わってしまったあの時代を明確に造形して普遍的なものに昇華していくには要素をどう作り出すかが難しい時代ではあるのです。

死に近づくことがカジュアルになった時代の雰囲気、自殺で見えないが事故などで臨死体験で見える光。それは何かの希望のようでもあるのです。それまで露悪的なシーンも多かった作家だけれど、2010年のプロトタイプ(役者も良かった)で、鴻上尚史の「トランス」からのインスピレーションを受けて高校生の頃の屋上のあの空間の懐かしさを抱え込んで大人になったところに作家が共鳴したのだろう、ということを再確認するのです。

わりとあの時代の感覚を観客全員が持っているという前提で書いていたのだなということを改めて感じるけれど、MUのあらゆる上演でセルフライナーノーツで細やかに説明される当日パンフがあって、知らなくてもそこで読んだことを検索したり調べたりして追体験するということもするようになった時代です。観客がその時代の何かを知っていなくても、観客はちゃんとその時代を感じるという力はもっと信じてほしいとも思うワタシです。

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【芝居】「戯れゴト」route.©︎

2020.2.21 20:00 [CoRich]

王子小劇場の演劇祭・佐藤佐吉演劇祭2020のオープニング。ワタシは初見の劇団です。70分。23日まで王子スタジオ1。

中学二年生の少女、人魚姫が好きで泡と消えるけど王子様は刺してしまいそう。放課後だけの友だちは奔放で自由。ある日二人はずっと一緒にいて、変化して。

役者は五人ですが物語を担うのは女子中学生を演じる二人。甘いの好きとそうでもない、いじめにあっている、など属性はあるものの、二人がとめどなく他愛ない会話が延々と続きます。さえずるようでもあり、眩しくもあって。

後半、古いラブホテルに入り、赤いドレスに着替えて飛び降りる一人、残されたいじめられていた一人はむしろ表情を失い、周りからの扱いが優しくなり、日常を取り戻したかに思われた瞬間に堰を切ったように涙があふれるのです。

ここに至って、前半、やや長く退屈に見えていた日常の二人の時間がもう取り戻せない時間だったことに思い至るのです。慈しむあの時間、ワタシにもあったかな、と思ったり、思わなかったり。

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2020.02.27

【芝居】「寒がる寒がり」あひるなんちゃら

2020.2.16 18:00 [CoRich]

75分。OFF OFFシアター。19日まで。

父親が住む実家が火事になった。娘は家を出ていたが、実家をアトリエにして絵を描いていたが、火事でこれまでの絵を全部失ってしまった。 娘の勤める喫茶店にこっそり泊まり込む父親だが、オーナーに見つかる前に妹が父親を引き取ることにする。火事に遭った女を友人たちは慰めるために喫茶店を訪れたり、アルバイトの女を慕って後輩の女たちが入り浸りライトノベルの妄想が捗ったりしている。

家が燃えた父親と娘を物語の軸に、それまで描いていた絵を失うことをきっかけに絵を辞めてすっきりしたい気持ちも。 父親もまた、娘たちが大好きでちょっと疎まれながらも飄々とした雰囲気なのに、「住む」ということがどういうことかわからなくなって、人生の迷子になった感じ。平穏で穏やかに暮らしていた二人に火事をきっかけとしてしかし大騒ぎすることなく変わっていくこと。いっぽうで、かつての48色鉛筆を買って貰う約束が守られなかったことの拘りもあったりして。

周りの人々もさまざま。同情するあまり過剰に泣きそうになってみたり、恋を妄想して毎日遅刻するアルバイトに後輩達も想像の翼が開きすぎてていろいろ捗ったり。 失敗を取り戻したいオーナーは時間を戻すことは出来なかったけれど、進めるワザを手に入れるシーン、単に間を省略するだけでシーンが先に進んでいるだけなのだけど、観客は既に知っている隕石のことが知らされなかったり、ハワイに行った筈なのにその記憶がないなど、巻き込まれるもう一人を置くことで格段に面白くなっているのです。

喫茶店に3つしか椅子がないと指摘する父親に「見えてないようだけど、説明したくなかったけど、こっちにテーブルも椅子も広がってる」というシーンがちょっと好き。観客の想像力に喫茶店の広さを委ねるのもまた演劇らしい楽しさなのです。

劇団員以外の常連の役者をほとんど使わず、ほぼ初顔合わせとなった座組。丁々発止のリズム感という店では常連に一歩譲る感はあってちょっと流れはゆっくりめ。それでも、台詞と実は緻密な間はまさに「あひる節」で役者が変わってもブレない強さがあるのです。

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