2020.01.20

【芝居】「イケてるともだちX」なかないで、毒きのこちゃん

2020.1.11 19:30 [CoRich]

125分、スズナリ。

三人姉妹と父親が一緒に住んでいる。母親は亡くなっていて、姉妹と父親の間はぎこちなく、特に長女は嫌悪している。次女は結婚し子供を設けたが、離婚している。三女は高校生で、女子ばかりのオカルト研究部に入っている。
ある日、家の物置で初老の男が裸で居るところをみつけた父親は、意気投合し一緒に住まわせることにする。オカルト研究部には転校生の男子が入部してきて、みんな心を奪われて挙動不審にすらなる。

物語にはさらにMIBよろしく黒スーツにサングラスの男たち、あるいは離婚した父親とドライブでぎこちない一日を過ごす幼い姉弟が描かれます。言葉にしなければ分かり合えずめんどくさいなぁというセリフが時折挟まったりして、おそらくは宇宙人の話だったりするのだろうなということはわかるのだけれど、三姉妹と父親と裸の男、次女の夫と子供二人、三女の高校のサークル仲間と転校生、MIBの男三人とウーバーイーツの男、という四つの場面が細かく行き来しながら進む物語。ET的な物語なのだろうと思いつつも、あまりに場面が分散したまま進むために、正直にいえば、これがどう収束していくのか少々不安にはなるのです。

終盤でするすると収束していくのは見事で、地球の危機らしい話はトラックに轢かれるという一瞬で解決し、父娘の物語はうまくいったようないかないような、しかし前向きな感じにはなり、女子高生の(うちの一人)の恋は成就し、小劇場としては見事なSFX(ではないか)で拍手すら起こるハッピーエンドは、手作り感いっぱいだけどエンタメしようという心意気がいい。

裸で現れる男を演じた森田ガンツ(いつの間にか劇団員に...)の登場の絶妙さ、そのあとの半笑いのおじさんなたたずまいがいい。瓜生和成もそのおじさんの領域の緩さの向こう側に抱えて言えない物が渦巻く深さ。幼い息子を演じた植田祥平の怪演のインパクト、方向は違うけど、女子高生を演じた大場靖子のインパクトもちょっと凄いけど、ラストの感動もちょっといい。

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2020.01.15

【芝居】「十二人の怒れる男 -Twelve Angry Men-」feblabo

2020.1.11 15:00 [CoRich]

120分。20日までシアターミラクル。

父親を殺したとされた少年の殺人事件の裁判、結審し集まった十二人の陪審員たち。誰もが少年を有罪と考えていたが、合理的な疑問があり、明確に有罪と言えないとして、一人だけが無罪を主張する。

議論をめぐる会話劇の金字塔で、さまざまなバリエーションが作られている一本の物語。おもいのほか、がっつりと作り上げられています。

物語の面白さはきちんと。現在の日本に翻案するというわけでもなく、わりとそのままの時代に。二人の証人が本当に正しいことを言っているのかの疑いの可能性。本当に15秒で少年を目撃できるかとか、20メートル先から本当に犯行の現場を見ることができたのか。「疑わしきは罰せず」の原則という「理想」がびっくりするほどストイックに作られた物語だということを改めて感じるのは、今の私たちが法相が「司法の場で無罪を証明すべき」と間違ったことを平気で発言する世界に生きているからかもしれません。

若い頃に見たよりも、息子に裏切られたあまり、少年を有罪にしようとするマッチョイズムの男であったり、スラムに住む人々に対してあからさまな差別を隠さない男など、(陪審員が男ばかり、という時代の古さはもちろんあるけれど)その時のアメリカの世相と社会を描いているのだということを改めて感じて、手に汗握るパワーゲームと云うよりは、良くも悪くもいろんな人が居る「社会」の縮図を描いていることに驚くのです。 無罪と最初に表明する男(8号)を演じた坂本七秋はずっと緊張感のテンションを、しかし静かに。野球に行きたい男(7号)を演じた金田一央紀は全体に緊張感ある中で緩ませるような役柄で、余裕を見せる安定感。息子との関係で強いマッチョイズムに生きる男を演じた神野剛志や、スラムに対する偏見を隠さない差別的な男を演じた長野耕士が終盤で描く焦りをヒリヒリと感じさせるのです。

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2019年は143本でした。

順調に減り続けております。今まで観ている劇団が多く、新たに拝見するようになった劇団は本当に少なくなっていると思います。去年も書きましたが、歳取るとはこういうことか、と。

2013年から210→224→212→193→190→155→143、となっています。ことしもよろしくお願いいたします。

2019観劇リストここには、いわゆる演劇の演目ではなく劇作家大会の講演やワークショップを含んで居ますので、本数は少々異なります。

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2020.01.10

【芝居】「gaku-GAY-kai 2019 贋作・から騒ぎ」フライングステージ

2019.12.29 18:00 [CoRich]

年末のお楽しみイベント。休憩を挟み190分。シアターミラクル。

第一部の「贋作・から騒ぎ」は序盤、某都知事との戦いに勝って歌舞伎町を訪れるドンペドロ、腹違いの弟だが女装で悪巧みをしがちなドン・ジョン子など、彼ららしいポリティカルだったり、LGBTQ的なことのするりと折り込みます。じっさいのところ、それほどLGBTQ的な改変を入れるわけではなくて、思いのほかシェイクスピアの原作(wikipedia)に忠実に描かれます。今作で目を奪われたのはビアトリスを演じたモイラで、本当に美しく可愛らしい。毎年の第二部では凛々しい美しさということは判っていても、別の一面を改めて発見するのです。キャストの降板で配役をだいぶ入れ替えて(オフセット印刷の当パンが元の配役で、コピーで添付されてるのが替わった配役なのでわかりやすい)いますが、結果として関根信一がきっちり男を「演じる」のもまた、ワタシが発見した別の一面で魅力的。

シェイクスピア劇をほとんど観てないワタシですが、かつてグローブ座で毎年上演されていた頃に観ていた(今も劇場を変えて続く)「子供のためのシェイクスピア」でいろいろなシェイクスピア劇を観ているのに近い感じでgaku-GAY-kaiに通うことに気付くワタシです。ありがたい。

第二部はいつものように華やかに、大騒ぎですが、毎年の演目ではないものと入れ替えたりと新たな息吹。
「アイハラミホ。の驚愕!ダイナマイトパワフル歌謡パフォーマンスしょー」は安定・安心。ミカン配ったりも楽しい。
「佐藤 達のかみしばい 僕の話をきいてください」は2019年9月上演のものを。やっぱり拍手しちゃうワタシですw。
「ドラァグクィーン ストーリータイム」(関根信一)は絵本を。王子と騎士、村娘と王女、王さまと王さま、三連チャンで読むことでいわゆる天丼の繰り返しの面白さもあるけれど、こういう物語が絵本として出版されていたこと知らなかった自分を恥じるのです。いい絵本。
「小夜子なりきりショウ リヴァイタル・ハゴロモ」(モイラ)は、第一部のあの可愛らしい役者が、凛として格好良く、見惚れてしまうのです。
「ジオラママンボガールズのあいうえお」はこれまで毎年同じ曲だったけれど、おそらく「あいうえお」を学ぶ玩具についてたソノシートのような雰囲気の新曲が楽しい。
「中森夏奈子のスパンコール・チャイナイト vol.11」あくまで彼の歌手を演じている、という体裁だけど、カバー的で別の物をというのも面白い。
「今年もアタシ、第二部で何かやろうかねえ」(エスムラルダ)も、あらかさまな下ネタに続いて、これまであったマンボ曲ではない新曲。あの毎年の曲の年の瀬感も嬉しいけれどこれも繰り返せば新たなスタンダードになる予感もします。

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2020.01.09

【芝居】「分署物語」Teamクースー

2019.12.28 18:30 [CoRich]

消防署員たちの物語、100分。シアターブラッツ。

消防署分署、分署長退任の大晦日は、訓練したり緊急出動もある。所員たちはその日をしっかりと過ごす。

かつて娘を失火で亡くし、助けられなかったという過去があることは後半で語られるけれど、それを共有している所員たちというバックグランド。規則と原則に従えば、バックラッシュの危険の中に飛び込めないのは当然だけど、当事者にしてみれば自責の念ももちろん抱えていて。

その背景を持ちながらの物語は、近所のスナックのママが差し入れ持ってきたり、そこに心躍る若い署員たちだったり、ロープの結び方の訓練だったり、あるいは出産の現場に立ち会うこともあるかもしれない救急隊員たちの出産の訓練は男たちだけのホモソーシャルな笑いに溢れる楽しい職場だったりも交えて。

あるいは救急搬送では自宅で癌治療の老女の救命措置を望まないメモに対してどう対処するかという現代に引きつける物語でもあるのです。

訊いてみれば20年ぶりらしい再演、消防署員の経験があるという作家の物語で、なるほど現在の物語にアップデートも重ねられていて。若い役者でも年配の役者でも、時にパワフルだったり、時に笑いいっぱいだったりの幅がある本なのです。人情話は年末らしく、沁みるのです。

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【芝居】「貧乏が顔に出る。」MCR

2019.12.28 15:00 [CoRich]

2008年初演、2012年再演作の三演め。ワタシは初見です。100分。offoffシアター。

大学からの知り会いでいい歳の三人の男が古いワンルームのアパートで暮らしている。彼女の家に転がり込み、別れた後も居座り彼女が出ていった後も住み続け賽銭泥棒で暮らす男。会社にあまり行けない会社員、コンビニバイトの男は彼女が居てここから出て一緒に暮らそうというが、居心地が良くて出られない。
賽銭泥棒のついでに酔って拾ってきた地蔵に願いをかけると、記憶を失う代わりに金が手に入ることがわかる。

四十歳近くになってもろくに定職にもついてなかったり、会社員ではあってもちまちまと横領していたりとダメなホモソーシャルな男たち。彼女がまともな生活させようと考えたり、弟が兄のいい加減さのとばっちりを受けたり、会社にはもっと酷いことを平気でする後輩がいたり、家賃を下げるよう働きかけさせようとする隣人がいたりと、それぞれにダメだったり何かが欠けているような様々な人々を描きます。

ほぼ干支一回り前の初演からどれだけ改稿されているかわかりませんが、現在の物語だと言われてもわからないぐらいに、ワタシの感じる現在の地平からごく近く地続きになっています。それは格差だったり、盗撮や横領など壊れたモラル、自分の主張ばかりの隣人などがてんこ盛り。むしろこれを11年前に観ていたらピンときてなかった可能性すら感じるのはワタシの側の変化かもしれませんが。

自分の「記憶を売って」半ばヤケなのか、酔って女の浮浪者を連れ込んでいるけれど、それは男女の何かではなくて、それも超えて四人目の住人かのように受け入れていく感じがちょっと面白い。演じた加藤美佐江は男女のグラデーションのどこでも自在に演じる役者だということが明確にわかる役なのです。

大家の息子という人物(澤唯)が実に面白い造形。昔で云うバンカラな男三人(櫻井智也、おがわじゅんや、北島広貴)とつるんでいて、仲もいいけれど途中で挟まれる「こっち側に来たいと思ってるだろうけど、そうはならない」という店子の側からのセリフが強烈なのです。上の側からは歩み寄り、仲間だと思っていて、下の側はそれを受け入れているけれど、その間には決して渡れない深い溝があるのだということをきっぱりと言い渡すのです。コミュニティの近くにはいても明確に分断されているということは残酷だけれど、それもまたよくある事実でもあって。

会社員の後輩は静かなサイコパスに描かれています。これもちょっと現在にありそうな感じですが、物語の中では明確にヒールとして描かれます。演じた小西耕一がほんとに怖い。

別れた女のことが忘れられないままダメになっていく男は、MCRではときおり形を替えながら現れるモチーフで、今作ではこの部屋のもともとの住人の女を待ち続けている、ということが物語の根幹として描かれます。様々な人々が騒がしくしていても、待っている男の中には明確に彼女のことがあって、その記憶を地蔵に売るのかどうか、いくらになるのか、ということのせめぎ合いが絶妙なバランスで終幕までの導線を引くのです。

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2020.01.08

【芝居】「佐藤辰海演劇祭(ムシラセ・日本のラジオ・YAX)」guizillen

2019.12.27 19:00 [CoRich]

8団体が参加。30分×3をひとくみとして、組み合わせを替えながらの上演。転換説明込みで120分弱。ワタシはムシラセ・日本のラジオ・YAXの組み合わせの一本のみ。

(上演順)
お笑いで売れた漫才師の一人が若くして死んだ通夜。師匠、ベテラン女芸人、喋らない芸人、グルービーな女子に交じり、同期だが売れていないコンビは自分たちはどうしようかと考える「つやつやのやつ」(ムシラセ)
市役所の待合室で100人以上が待っている。教育が行き届いた時代、誰もが穏やかだが、生活に追われ疲れ切っている。ときおりやってくる職員が番号を告げている「市役所にて」(日本のラジオ)
演劇祭に出演が決まり、賞を狙う劇団の作家は、受験のようにその演劇祭での過去の受賞作を赤本で探すことにする「斉藤和巳演劇祭」(劇団YAX直線)

30分という制限時間はあるが緩く、それでも超過が明確になると(出演してない)主演団体が踊りながら止めに来る、という前説。開場中の説明は実に丁寧(に過ぎるぐらい)です。

ムシラセは王道の安定感。お笑い芸人の(ちょっと撚った)舞台裏のあれこれ。物語の幹になるのは、売れてるのに亡くなった芸人の通夜で芽が出ないままの漫才師が、売れてない先輩芸人や師匠、(いまどきっぽく)鋭い批評をする素人の女性など様々な人々を眺めるうちに次の一歩に希望を見出す、という前向きな物語。コンパクトに纏まっている安心感で、おそらくどのステージでもどの順番でも高い平均点だろうと思っていたら、なるほど最終的には最優秀賞のようです。

日本のラジオは、打って変わってディストピア感。教育が行き届いているがゆえに全体にモノトーン、丸いメガネというファッションが揃っていて、過剰に丁寧な言葉遣いで穏やか、という抑圧された空間。ミッションスクールでもなく、市役所の待合室でしかも役人は実に雑で、整理券で呼び出されるが順にカウントアップしておらず、逆転して、そもそも元の整理券すら正順に発行されていないなど、なにもかもが「壊れている」空間。別役実を思わせる不条理に被せられる外の世界は、更に不条理で、寝られないほど忙しすぎる人々や海外からの居住者は「結婚の更新」を続けないと収容所送り、オリンピックの建設かオリンピックのボランティアに派遣される、みたいなディストピア。今この瞬間を切り取り不条理に仕立てるという確かな力が圧巻の面白さなのです。どう始末をつけるかと思っていたら、この演劇祭のレギュレーションを逆手に取って、カットする主催団体のダンスが出て来るという使えるものはなんでも使う、「工夫」が巧いのです。

YAXは、演劇祭で認められるために順当に「赤本」で過去問研究という枠組みに、マスクをして小難しい芝居に賞が授けられた去年、それは審査員がその小難しさから各々勝手に見出した面白さとはいうけれど、普通の人には何が何やらさっぱりという尺度のわけわからなさを揶揄する前半、後半は一昨年の受賞で銀河と宇宙と白シャツと黒シャツ、少しはわかりやすいけれど、結局のところどちらも彼ら自身は面白いと思っていなくて、ロートルな自分たちらしさで勝負をかける、という物語。実際のところ、前半後半の2つの過去作のある種のわけわからない話を実に真摯に「それっぽく」フェイクに作り上げるところが巧い。そこから自分たちらしさこそ尊重すべきという結論は、面白いかどうかは微妙だけれど、なるほど前向きになっているのです。

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2020.01.04

【芝居】「トウキョウノート」青年団若手自主企画 vol.80 堀企画

2019.12.27 14:00 [CoRich]

平田オリザの「東京ノート」をもとに、青年団の役者・堀夏子が翻案・演出する60分、アトリエ春風舎。

暗い照明、ぼんやり灯る明かりに人が現れる。前半は美術館に集う人々、東京ノートと同様、欧州の戦争、戦争に行く若者、相続した絵を美術館に寄贈する若者、美術館を訪れるカップルなど、その場所に集っていた人々の点描。
後半は、カメラを持った女と家族達。壁際に現れる人々は、あるいは床下に空いた穴から声が聞こえ、恐らくは亡くなっている人々。カメラを持っている女が唯一生きていて、しかし彼女もその後倒れるのです。

元々の東京ノートは、戦争のきな臭さが遠い欧州で起きていて、しかしそれはどこか他人事の家族や、あるいはそれを切実に感じ取る若者達の物語という対比の面白さがあると思っているワタシです。あの時よりはもっと世の中は不穏になっていて、未来への希望よりも過去の回顧で生きるしかなくなっている、という絶望にも似た気持ち。

全体に暗い照明は、なるほど廃墟の雰囲気であったり、亡霊のように現れ消えるという演出上の効果が高い。元々の東京物語をここまでの絶望の物語に解釈するという新しい発見なのです。

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【芝居】「荒れ野」穂の国とよはし芸術劇場PLATプロデュース

2019.12.22 14:00 [CoRich]

2017年初演作を同一キャストで再演。90分?PLATの後、スズナリ。

元々完成度の高い物語で、少人数のキャストでの上演の濃密さ。初演の(地下一階の)雑遊に比べ広くなった舞台ですが、ビックリするぐらい初演の雰囲気がそのままに、濃密な空間がそのまま立ち現れるのです。どことなく明るくあっけらかんとした雰囲気を感じたのは、今回ワタシが座った補助席がだいぶ舞台に近いからかもしれません。舞台に近いという意味では、何人かで雑魚寝するシーンなどで寝息が聞こえたりもするけれど、それは誰かの寝息と伴にある安心感を、改めて感じたりもするのです。

避難してきた「ふつうの」家族、 若い娘が「全部やり直したい」といい、それに母親が「どこから?」と躊躇するシーン、初演の記憶はないけれど、印象に残る台詞です。あるいは、夫が心臓手術を受け入れる決心とシンクロする学生の頃の女からの電話。自分の心で決めたことは間違いないけれど、何がきっかけになるかわからないということも、人生にありそうな風景なのです。

住んでいる人々、父を亡くした女、ちょっとくすんだ感だけれど、上階に住む老人と若い男の同性愛らしいカップルと共に住むまさに共棲。薬剤師という設定が気付かなかったけれど、終盤の「父親を殺した」は決して比喩ではなく、そうだったかもしれないという妄想が膨らむワタシです。

いちどは明るく華やかだったニュータウン、開発の失敗というよりは調査が中途半端だったか隠蔽されていたかで見つかった土壌汚染ゆえにあっというまに衰退していくという風景。調子が良かったからといい加減にやってきたかもしれない、この国の相似形を観るようなのです。

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2020.01.03

【芝居】「私たちは何も知らない」二兎社

2019.12.21 18:30 [CoRich]

平塚らいてうと青鞜を発刊した女たちのものがたり。 休憩込み160分。埼玉から、東京芸術劇場シアターウエストの後は、カメリアホール、兵庫、松本、三重、豊橋、滋賀、愛知、石川。

平塚を中心に青鞜を発刊した女たち。自分たちの言葉で語りだしたが、世間からは過激だ思われる行動も多い。女たちは結婚や出産で一度は手にしたはずの自由がままならない。

主に大正・昭和の時代の物語だけれど、現代の洋装で演じられ、背景を切り裂いたように斜めに走る亀裂はときに砂浜の斜面、ときに別の場所を切り取ったワイプのよう。語っている時代は昔なのに、現代的でポップな雰囲気をまとって語られる物語は、実は女たちの置かれた立場が、程度の差はあれ、根本的には変わっておらず、地続きなのだということを感じさせるのです。進んだ生き方、考え方であったとしても、女たちは結婚や出産によって古い因習に戻る道を選ぶざるを得ず、続ける道を選んでも子育てを全て女が背負わされることで穏やかに考える時間の捻出が難しくなり。才能やそれを支える人々の集まりが解体されてしまうことも。

物語自体は戦前のある地点まで描きますが、そのあとにそれぞれがどういう人生を歩んだかを夢を通して描く終盤。国策に同調することもあったり、女たちの主権の回復に全力をあげようと奔走したり、時代によって人は変わっていくことももちろんあって、しかし全体としては前に進んでいる女たちだと描くのです。

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