2021.10.11

【芝居】「ズベズダー荒野より宙へ‐」青年座

2021.9.19 14:00 [CoRich]

休憩15分、180分。20日まで。トラム。 第二次世界大戦後、ソ連。東西対立の中ドイツ人ロケット研究者たちを強制収容し、ナチスドイツの進んだ技術を吸収し自らのロケット開発を進め、世界初の人工衛星、有人飛行とリードしていったが、アメリカは月着陸で先頭に立つ。

宇宙開発競争の初期トップを走っていたソ連の「中の人」たちの物語。初の有人宇宙飛行に成功したガガーリンこそ有名だけれど、死ぬまでほとんど名前が表に出ることの無かった人々、とりわけ、プロジェクトのトップ・セルゲイとエンジンの開発トップ・グルシュコの確執を含んだ関係を核に、ナチスドイツの科学者を得てキャッチアップしトップになってもそれが色あせていく日々を描きます。

物語の冒頭はドイツのロケットをコピーしたソ連製ロケットを見つめるドイツ人とソビエトの科学者たちのぎくしゃくした感じからチームになって走り出していく時期。東西冷戦、ソ連にとっては軍事と同時にオリンピックと同様に国威を見せつけるための道具としての宇宙開発という時代を経て、レーニンからスターリンの粛清の時代を経てフルシチョフが宇宙開発自体に意味を見出し、政治が原因となった二人のトップの仲違いをとりなそうと努力したりという人間臭い人々を細やかに描く後半が圧巻なのです。とりわけ、些細な手術の失敗で命を落としたセルゲイをガガーリン、フルシチョフが遠くより見守るシーンの細やかさ。史実の隙間に創作をするりと潜り込ませる作家の真骨頂の一つなのです。

おそらくはどちらの陣営も相当に無理をした宇宙開発。衛星を飛ばすこと、ライカ犬を飛ばすこと、有人飛行をなしとげ、しかし同じドイツ人科学者でありアメリカに渡ったフォンブラウンの力で急激にキャッチアップしつつある米国を引き離すべく二人乗り宇宙船ヴォスフォートに三人乗せるために宇宙服なしで飛ばすこと、月の裏側をやっとの思いで撮影し、しかし月面への着陸は成し遂げられず。経済的にも厳しくなり宇宙開発に関してはアメリカ一強の時代へ。技術者・科学者としては月面着陸や火星探索すら夢見るロマンを持ちつつ、そして沢山のアイディアを持ちつつも実現し得なかった「人間」たちを描くのです。

セルゲイを演じた横堀悦夫が落ち着き払う造型、まさに宇宙開発トップでチームを率いる大黒柱の説得力。人間戦車ことフルシチョフを演じた平尾仁 がともかく人間くさく、愛らしさほど感じてしまうのです。分厚い年齢層の役者陣を抱える青年座だからこそできる重厚な布陣。ワタシは子どもの頃に宇宙開発の様々を夢中になって読みあさった世代ですが、東西冷戦の時代、ソ連に関してはスプートニクからライカ犬、ガガーリン頃までは知っていても、それ以外の殆どは今から思えばアメリカの宇宙開発ばかりでした。そんなヴェールの向こう側をのぞき見る楽しさを持ちつつの人間たちのドラマの迫力なのです。

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2021.10.03

【芝居】「山中さんと犬と中山くん」うさぎ庵(渡辺源四郎商店)

2021.9.5 14:00 [CoRich]

80分。元々は春風舎の予定を(公演を中止したコマを使って)アゴラ劇場に変更。大きく三つのパートで構成。9月7日まで。配信あり。

1)犬を預かって帰宅した妻。テレビを見ている夫に声をかけるが、あれ、誰だろう、私は誰だろう。
2)短編5つ。a)女の家に通う男と連れらていく犬、些細なきっかけで通うのを止めて半年が経ちもう一度訪ねてみるが現れたのは老婆で、しかし骨付きの唐揚げの味は一緒だと犬だけが知っている。b)輪廻転生局で待つのは犬を希望する面々で、使役犬なら犬種が選べるといわれるが皆愛玩犬を希望して納得しない。c)女房をとった大工が家に戻らず心配した女房にあの日と同じ犬が現れる。d)ガラス箱の中で目覚め兄弟たちは去って行ったが気がつけば一人ガラス箱の中、辞める店員が引き取る。e)劇場に居着いた犬は俳優に恋をして神の思し召しで人間になるが、シェイクスピアの書いた台詞しか話すことが出来ない。
3) (中山くんの縁談は再演)

ほぼ素の舞台、山中さんから犬を預かった夫婦の話、犬にまつわる短編5つ、堀部安兵衛こと中山くんの話で構成。間には丁寧な消毒や換気をこまめに。

「山中さん〜」の話は妻が別の男に入れ替わったり、隣の山中さんだと言い張る夫だったり、あるいはセリフの少ない役に変わりたいと言い出したり。生活での夫と妻をあたかも芝居の役のように入れ替えるちょっと不思議なスケッチのような短編。あきらかに混乱はしているけれどみなが穏やかでちょっと遊んでる感じすらするので、物語を楽しむよりは役者たちの「遊び」を眺めるような楽しさがあります。預かってきた犬を演じた西川浩幸、犬といえばキャラメルボックスでのスヌーピー役が印象的ですが、こういう素朴な喋らない役での独特な感じの健在を久々に拝見するのもワタシ的楽しさ。

短編は、椅子を5脚で役者がスタンバイ、場所を入れ替わりながら一人の役者が立ってリーディングというスタイル。
たとえば浮気相手の女が少し合わない間に老婆になってるが同一人物と犬だけが独特な味付けの唐揚げで気づいてたり、犬への生まれ変わり希望の混乱の中で役者のロボットが望んだ転生のことだったり、戻らない大工を待ち続ける女の傍らの犬の話だったり、ペットショップで売れ残り続けた子犬の話だったり、俳優に恋してシェイクスピアのセリフだけ喋れるようになった犬の話だったり。こちらもそれぞれの不思議を併せ持つ寓話のような短い話。作家のオリジナルなのか、それとも原作があるかは知らないけれど、役者の口調や間合いのちから。

「中山くんは〜」は堀部安兵衛が堀部家に入る前を描く創作。噂が噂を呼ぶ高田馬場の決闘から取り立てて貰える人生のあるポイントをコミカルに。武士でいる意味、終わらない仇討の輪廻などそうまでして武士で居続ける意味をちょっと問い直したり。初演とはずいぶん役者の年齢もキャラクタも変わってる気はするけど、これもまた役者が変わると芝居の印象が変わるという感じ。

全体を通して観ると、正直に云えば稽古場の様々な実験の蔵だしと言う感じは否めません。が、たとえば最初のふたつは、どこか不思議な小さな物語のそれぞれがこれからの物語の萌芽になる雰囲気はあって、成長が楽しみで。再演の一本は雰囲気が随分違っても、これもまたバリエーションの一本になると思うのです。

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2021.09.22

【芝居】「湊横濱荒狗挽歌〜新粧、三人吉三。」KAAT神奈川芸術劇場

2021.8.28 17:30 [CoRich]

新たな芸術監督を迎え今年度より導入されたシーズン制の最初のテーマは「冒」の幕開け。 130分、9月12日までKAAT神奈川芸術劇場・大スタジオ。ちなみに、読みは「みなとよこはま・あらぶるいぬのさけび、しんそう、さんにんきちざ」

横浜の小さなホテル。出入りするヤクザと悪徳警官たち三人。みなとみらい地区で行われた博覧会で悪徳警官とヤクザが作った五億円の行方がわからなくなって数年後。警官は息子も警察官になり、昇進を控えてあの時のことを精算したいと考えている。三人の誰かが持っている筈なのだけど、行方は解らない。

三人吉三は2014年に観ていて、そのときもかなり複雑な物語と感じていたワタシです。横浜生まれの作家・野木萌葱、まあ何かと評判の悪い神奈川県警のヤクザっぽさとヤクザ、そして大金が動いたであろう横浜博という枠組みで物語を組み立てます。元々の三人吉三では「三人の吉三」が差し違えることが終幕となる物語だけれど、今作ではさらにその親たち(ヤクザと悪徳警官)という二階建てに。差し違える親の世代と舟に乗りこの小さな世界を抜け出す若者たち、そして親の悪行を引き継ぐ舎弟たちという終幕は、終わる過去があっても閉塞が続く今、しかし開ける未来を望むように感じるアタシです。

ホテル・鯨楼を舞台にして、町のことを清濁併せて知り尽くす年老いたマスターと、メイド姿で撃たれても生き返る「ヒトガタ」の存在は、この小さな世界を観ている二人の視点は、年老いて何もかも知っている視点と、生まれ変わるたびに新たに学習していく若い視点の対比になっていて、親子の物語の相似形にも見えたりするのです。

正直言えば、無料で配役を知る術がないのは劇場を背負う演目なのにあまりにけち臭いし、初見の俳優の名前を知る術を奪うという意味で俳優にも失礼に思います。紙を配るのがリスクだというなら、終演後に壁に貼るなり、劇場のwebページに記せば良いだけのこと。有償のパンフは見応えあれど、これも配役表が一箇所になっておらず、あまりに見づらいのです。

【追記】
9/8昼時点では、パンフ売り場の隣に配役表を貼りだしていたとのコメントを頂きました。ワタシが気付かなかっただけ、かもしれません。
というわけで、配役表を勝手に記します。

  • 悪徳刑事たち
    • 玉城裕規 (柄沢純/和尚吉三) 息子 キャリア警察官
    • 渡辺哲 (柄沢正次) 父 地元横浜の所轄警察官
    • 筑波竜一(新井淳史) 中堅の所轄警察官 警官を辞めてまっとうになろうとする
  • 切れ者ヤクザたち
    • 岡本玲 (弁財瞳/お嬢吉三) 娘 売人の元締め 晶を売人として雇う
    • 山本亨 (弁財三郎) 父 切れ者ヤクザ
    • 若杉宏二 (奈良郷統介) 舎弟 跡継ぎになろうとするが娘が跡を継ぐと知り裏切るか
  • 不器用なヤクザたち
    • 森優作 (矢部野晶/お坊吉三) 息子 札幌からやってきた。やはり不器用
    • ラサール石井 (矢部野光男) 父 不器用ヤクザ
    • 伊藤公一(竹野克哉) 舎弟 なかなかうまくいかない
  • まわりの人々
    • 村岡希美(行山由香子) 晶・瞳の母親
    • 大久保鷹(人形師) ホテル・鯨楼を経営
    • 那須凜 (ひとがた) 撃たれても生き返る

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2021.09.12

【芝居】「丘の上、ねむのき産婦人科(A)」DULL-COLORED POP

2021.8.21 18:00 [CoRich]

ダルカラの新作は子供を産むことについてカップル達の物語の短編で巡る120分。元々の性別によって演じられる(A)と男女を入れ替える(B)で。ワタシは(A)を。8月29日までスズナリ。そのあと大阪。配信は9/26日まで。

地方の町の産婦人科の待合室に集う人々、それぞれの物語。
19歳のカップル、町を出たい女、収入が十分ではない二人は産むかどうかを迷う。
大手企業の管理職の妻と家事を担う夫。妊娠でもギリギリまで働きしかし、子供のことも心配で。
大企業の部長である夫、二回り以上年下の専業主婦。ファミレスに集う友達たちとオンラインでお茶会を。体調は悪く家事もできないことを負い目に感じていて。
飲食の男、プログラマの女。結婚するかどうするかをずっと議論する。こんな時代に子供を産むか、ブライダルチェックを受けたりもする。
コロナ禍の中、共働き会社員の夫婦ふたりとも在宅勤務の日々。出かけたい気持ちを語り合う。子供を産んだらどこに出かけられるだろう。
45歳の医者の妻と作家の夫。不妊治療の日々、タイムリミットに焦る、人工授精を決める。
1971年、工場で働く夫。妻は親戚からの妊娠の圧力、妊娠すれば粉ミルクや帝王切開をよしとしない圧力が更に。

19歳から45歳までさまざまな年齢、さまざまな属性の男女を妊娠や出産という断面で描く事で今の日本で妊娠が、あるいは女性が社会の中でどういう状態になっているかを誠実に描きます。若者は収入に不安がある現状から抜け出そうとしても妊娠がそれを阻むことになったり、バリバリと働く女性が出産して仕事を離れると舐められるという強迫観念だったり、専業主婦という立場で何一つ不安がないように見えても、自分を殺して生きていくことの辛さだったり、今この時代に子供を産むことがいいのかと考えることだったり、子供が居ると行動が子供中心になっていくことのちょっと寂しい気持ちだったり、子供を望んでいてもそうならなかった焦りだったり。

更には過去の日本での夫婦の姿を描くことで、実は今も亡くなっていない母親に対する同調圧力、お腹を痛めた出産や、いわゆる母乳神話だったりという根深く変わらない今を描くのがとてもいいのです。更には最後の場面ではどんな年齢でも男女を問わずでも子供を授かることができるようになる未来を希望として描くのです。現在のさまざまを面として描き、過去と未来を直交させて描くことで何倍にも厚みを感じるのです 。

ワタシは(A)を観たけれど、男女入れ替えた(B)ならばもっといい意味で誇張しデフォルメされてメッセージが強くなるような気がします。いわゆるダブルキャストでステージ数を稼ぐのはあんまり好きじゃないワタシですが、これは両方観るべきだったと後悔したりするのです。(まあ配信観ればいいんだけど)

いわゆるバリキャリを演じた湯船すぴか、序盤で妊娠する姿すら仕事にしてしまう貪欲なしかしクールビューティな感じがとてもよく合っていて。体調がすぐれない専業主婦を演じた大内彩花のゆるふわ服から突如全く印象の違う服へのダイナミックな変化と格好良さ。不妊治療する夫婦を演じた木下祐子・塚越健一の穏やかなしかしキリキリと高まる感情を持つ妻と見守る夫は夫婦こうありたい、というよさ。

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2021.09.06

【芝居】「ガムガムファイター」佐藤佐吉演劇祭実行委員会(佐藤佐吉賞Reborn)

2021.8.14 13:00 [CoRich]

2016年初演作の5名編成から9名編成に変えての公演予定でしたが、1名の降板をへて8名で上演。90分。王子小劇場。 戯曲デジタルアーカイブでも原作戯曲が公開されています。

もともとは登場人物5名、主役の四十男とその姉、ラブホテルの若者アルバイトとその姉、つきまとうおばちゃんの霊という役者の夫人だったのだけれど、今作では四十男、アルバイトと姉、つきまとうおばちゃんという核の人物四人に絞り込み、残りの四人の役者で様々な人物を描写するように構成されています(降板前はどういう構成の予定だったかは気になります)。なるほど、人数が居ることは、例えばその場の空気感や周囲の音を、人々という存在を描き出すことの意味を感じるのです。

四十男を演じた安東信助がやけに説得力があるのは、ワタシがファンに過ぎるという気もしつつ。若いアルバイトと姉を演じた鈴木研、小川夏鈴、ひっそりとしかし明るく暮らす二人の家のありかた、近くのデパートという名の大きめのスーパーへ出かける三人のシーンはホントに泣くアタシなのです。亡霊となったおばちゃんを演じた井内ミワク、初演とは違うベクトルの人物を造型していて目が離せないのです。

箱馬を使って上演するスタイルの劇団の初演に比べて、今作は壁のように立って可動の二枚のパネルという演出の違いも楽しいのです。

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2021.09.04

【芝居】「ザ・シェルター」ベイサイドリーディング

2021.8.7 15:00 [CoRich]

横浜ベイサイトスタジオでリーディングをする実験室公演、ワタシは初見の北村想の1980年代作品。73分。コロナ禍の中、真っ暗にはしないで空気の流れを作りつつという上演が安心の劇場です。(小さい規模だからできるけれど)

会社で作っている核シェルターの販売に先立ち社員の家の庭に仮設したシェルターで家族が3日を過ごしてレポートを送ることになる。社員である夫、その妻、娘、夫の父親の4人家族の実験が始まる。

40年以上前から繰り返し上演されている戯曲。再び核戦争があるかもしれないなか、しかし発売前のモニターで社員がシェルターを試し、地下にこそ埋めてないけれど、コンピュータの誤作動で扉が開かず、水も無くなって家族がちょっとパニックになって、しかし日常に戻るというやや牧歌的な距離感も時代を感じさせるのです。しかし、その物語が古びているということはありません。

モニターという実験に巻き込まれる家族たち、時間をどうやって潰すかに戸惑う時間、突然の停電にややパニックになる夫、しかし花火のためのロウソクが使えると機転を利かせる祖父(核爆発の後ではシェルター内で酸素を消費するのがいいかはともかく)など、家族が助け合うという構図は台風の思い出になるのです。ファミリードラマに着地する物語は、人々が会いづらくなってる今だから安心が嬉しいのです。

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2021.08.22

【芝居】「コメンテーターズ」ラッパ屋

2021.7.22 17:00 [CoRich]

ラッパ屋の新作。7月25日まで紀伊國屋ホール、そのあと北九州。配信もありましたが、終了。100分ほど。

稼いではいるものの、実家の子供部屋で暮らす35歳の息子がblogで語る父の話。
サラリーマン退職後、暇を持て余した父はYouTubeを始め、居酒屋でのオジサン話よろしく世間のことを喋ったりするうち人気になりテレビのワイドショーにコメンテーターとして呼ばれる。

いあわゆるワイドショーを構成するコメンテーターたち。生放送ではあるけれど、台本を配り(番組前に回収し)、コメンテーターたちのキャラクタ立ち位置を予めある程度決めておいて始まる、プロレスというと言葉は悪いけれど、その人の背景とアングルで構成されるという枠組み。コメンテーターとして求められる立ち位置ゆえに、ホントに思っていることと乖離していく感じ。ほんとにそう思うことを言うのか、思ってることとは別の「マスクした」顔がしゃべることという「役者たち」なのだ、ということなのです。

キャラクタを際立たせた人物できちんと喜劇に。語り部となる瓜生和成はその中で自然体での説得力。 五輪直前のこの時に五輪とコロナを巡る旬の話題を交えて風刺的でもある一本、とても魅力的なのです。

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2021.08.16

【芝居】「trust」serial number

2021.7.18 12:30 [CoRich]

日本初のバイアウトファンドを舞台にしたhedgeシリーズ三部作の最新作は独立した一本として140分。7月19日まであうるすぽっと。

インサイダー取引で金融庁の調査を受けてから数年、持ち直してきたバイアウトファンド。激しい競合状態のPHSの業界二位の会社が勝ち抜くための戦略を進める大きな事案を進める中、代表の一人は商社勤めの友人から持ちかけられ、フェアトレードコーヒーの会社の立ち上げの相談に乗る。

hedgeで始め、insiderで波乱を経て力を取り戻しつつある会社。通信事業者という大きな事案を受けるようになっているけれど、一方で社会の問題を解決するために資金が必要な人からの声を聞き、規模は小さくてもそこに必要な資金と続けて行くことが必要なのだと考える人。会社の中での対立というわけではないけれど、それまでは一枚岩で金融という軸で一致していた考え方が、「金ではないリターン」という新たな評価軸に気付くまでの流れを物語にするのです。

テッキーなワタシとしてはPHS会社を巡る2005年ぐらいの時代を反映したような(恐らくはサブに据えられた)物語が好きな私です。当時三社あったPHSの中のDDIポケット(あるいはWILLCOM)と、業界三位のアステル(劇中ではアシタテル、だったかしら)との料金プラン戦略の発表前の漏洩を巡るあれこれ(そこに素人が金融に巻き込まれつつあるFXという単語も混ぜつつ)、日本でのiPhone、スマートホンの端緒となるW-ZERO3っぽい端末が未来といて見えていたあのころを思い出すのです。(ついついこのあたりを眺めてしまうw)

シリーズ初の女性出演者を加えて語られる物語は軸となるフェアトレードコーヒーの物語。商社の中でその仕事に就き、重要性に気付いたけれど会社の中ではその意思を貫徹できないということに気付いた女性たち。とはいえ大きな会社の後ろ盾で「看板」としての役割だからできたことをどう続けるか、重要だけれどいわゆるキレイゴトだけでは持続しないことをどう続けて行くのかについて相談を持ちかけたバイアウトファンドの代表と仲間(の一部)が共に歩み始めるという物語の着地点は人々の営みがまだ、希望を持てる社会なのだという、作家(そしてワタシ)の願望にも思えるのです。

前二作では男性の役者たちだけで作られていた物語ですが、今作では女性が加わります。フェアトレードという題材、あるいは大きな会社から社会に必要だとスピンアウトする人々という位置付けを背負うのはステロタイプな気はするけれど、キリキリと胃が痛むような金融の世界と、人々が営む生活にソフトに繋がるようでどこか安心を感じたりするワタシです。

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2021.08.09

【芝居】「hedge/insider」serial number

2021.7.18 12:30 [CoRich]

日本初のバイアウトファンドを舞台に描く金融の物語を描くhedgeシリーズを3連作として上演。再演となる hedge, insider の二作を再構成し二幕構成の一本として上演。hedgeは110分、休憩15分、insiderが50分。7月19日まであうるすぽっと。

もともとは別々の上演で、二作目であるinsiderは前作hedgeから引き継ぐ人間関係を説明することに時間が取られた印象ではありました。今作は同時に連続して上演することで、金融の用語や人間関係の重複する部分がそぎ落とされ、前半ではバイアウトファウンドに夢を賭ける男たちの物語を光として描き、後半では金を扱うが故に陥る闇を端的に扱う筋肉質な一本に生まれ変わったのです。カリスマと若いインターンというバランスが微妙に変わった気がするのは気のせいかしら。

今作でカリスマの金融マンを演じた吉田栄作は年齢を経ていい雰囲気の役者で、広い劇場での説得力も。邦銀出身の男を演じた酒巻誉洋は(おそらく)いままでの全ての作品で同じ役をきっちりと。若い男を演じた原嘉孝、なるほど、若い女性が客席に多かった理由がわかるぐらいに美形で元気で印象に残ります。会社社長を演じた岡田達也、同期の営業部長を演じた根津茂尚の緊迫する言葉のやりとり、見慣れた二人の役者の緊張感ある会話が実に良いのです。

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2021.08.04

【芝居】「一九一一年」チョコレートケーキ

2021.7.11 19:00 [CoRich]

大逆事件 (幸徳事件)を題材にした2011年作の再演。私は初見です。2時間18分。7月8日までシアタートラム。アーカイブ配信は8月15日まで。 爆発物所持によって逮捕された男たちをきっかけに、天皇暗殺を企てたとして次々と逮捕される社会主義者、アナキストたち。大逆罪として大審院での一度だけの裁判を前に、非公開の予審が行われる。元老の筋立てによって事件の方向が決まるが、予審判事として呼ばれた一人はそれに疑問を感じ始める。

歴史にはとんと疎いワタシ、事件の名前ぐらいは知っていても、どんな背景の事件で、それが現在ではどう解釈されているなどは殆ど知識無く拝見。おそらくは史実の隙間に一人の創造した人物を入れて語られる物語なのです。当日パンフに挟み込まれた解説は有り難く、現在の裁判制度と異なるところなど背景と年表がとても理解の助けになります。現在から見ると非現実な感じすらする思想に心酔していた人々と、体制への反逆を極端にまで恐れ社会主義・アナキストたちを徹底して一掃しようとする政府の方針という構図。一掃するためには、という形で事件を作っていく大勢の男、大審院や検察、元老といった人々が体制の側。 実際には何十人もの被告を今作はたった一人の女性だけを被告側の人物として舞台に乗せます。

大勢の男たちが、ある者は食い扶持のために、あるいは出世のために、あるいは体制側として何の疑問もなく政府があらかじめ描いた絵図に従って組み立てられていく「事件」を目にして一人疑問を感じる予審判事と、被告の女性を軸に物語が進みます。しかし、被告の多くは死刑や獄死となる結末。

いくつかの机を組み上げ壁にしたり、あるいは広げて宴席を作ったりとシンプルな装置が印象的。壁となったときはそれなりに高さがあって、つながれ歩かされる囚人たちの絶望感であったり、あるいは壁が客席に向かってくる雰囲気は、わたしたち観客を圧迫するような息苦しさすらかんじさせるのです。

史実をもとにしながらも、体制への忖度を軸に動く人々と、それに押しつぶされる人々の姿。100年以上前のことといえばそうなんだけど、大戦を経て憲法まで変えたこの国の姿が実はあんまり変わってないことを感じる今この瞬間に上演されることは、劇団の企みなのか、単なる偶然なのか、と思ったり思わなかったり。「自由とは自分の顔を持ち、名前を持ち、何に依存することもなく自分の足で立ち、自分の頭で考え、話すこと」と言い切る女の台詞はおもく、ずしんと気持ちに響くのです。

(良識派の)予審判事を演じた西尾友樹は体制と良心の板挟みになる男の、しかし力強く立つ力をしっかり。被告の女を演じた堀奈津美はどこまでもぶれず凛とした振る舞いはその他の人々に対して超越した神々しさすら感じさせるのです。検察の独りを演じた島田雅之もまた良心と体制の板挟み、しかし屈服する悲しさが溢れるのです。

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