2009.03.19

【映画】「嵐になるまで待って」Livespire

2009.3.17 19:00

ゲキ×シネやシネマ歌舞伎と同様のシネアルタで撮影された舞台の映画館上映。ソニーが配給するLivespireの第四弾、キャラメルボックス昨夏のツアーを。アタシはこのシステム初見です。

四演めとなるキャラメルのスタンダード。ミュージカルや歌舞伎、新感線というどちらかというと派手な演目が多い劇場上演なのだけど、エンタテインメント指向とはいえ現代の会話を中心とした芝居の上演のある種の地味さがこういう場でどう見えるのかという不安は多少。序盤こそ違和感はあるのですが、きちんと映画のようにカット割りされ編集されたものは、芝居とは別もののエンタテインメントとして成立しています。

細やかな表情の一つ一つ、もっというと皮膚の様子まで手に取るように見えてしまうDVDのような「明るい映像」がシネマサイズの高精細できっちりというのは映画とも違うし、テレビサイズの映像ともちょっと違う印象。でも、舞台を俯瞰でとり続けるのではなくてカット割りするのは、たぶん舞台を観ているかどうかにかかわらずの落としどころとしては全く正しいのです。

半面、たとえば嵐のシーンの迫力は見えてるモノだけではなくて、音が震えている感じというのは劇場では感じられるのだけど、映像ではさすがにそこまでの迫力には至らず。そのかわり、その嵐の中での台詞は舞台では聞こえないような小さな声の部分も聞こえたりして。

前売りで2000円、さまざまなサービスデイを使えば1000円で観られるというのは十分アリなんだと思うのです。

正直にいえば、音響面での不満があります。東京で現在上映されている丸の内TOEI2は初めて入りましたが、最近のシネコンに比べると椅子や上映機材こそ最新なのだけど、劇場自体が古かったり、地下鉄と思しき音(だよなぁ、これ音響の音じゃないと思う)がかすかに聞こえたり。サンシャイン劇場での爆音状態に慣れている身には、少々おとなしい印象すらあります。他の上演館には新しいシネコンもありますから、そこではどう感じられるのかを知りたい感じも。こんなことならば改装したばかりの新宿ピカデリー上演の時にみればよかったと思うのです。システム自体が黎明期で、ましてや配給を慣れないメーカが手がけるLivespieだからこそ、システムの魅力がちゃんと引き出せる場所で観たいのです。

これで安価に再生産しながら芝居への敷居が低くなるなら、そんなにいいことはないわけで。去年のクリスマスツアーもLivespireとしてラインナップされるようで、楽しみなのです。

役者はだれも印象的です。渡邊安里の表情の豊かさはアップになるとそのダイナミックレンジの広さに心奪われます。西川浩之浩幸(ご指摘ありがとうございます)や土屋裕一、細見大輔といった面々もこういうアップのカットの中では新鮮ですらあって印象に残ります。

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2006.10.26

「役者魂」#2

2006.10.24 21:00 (フジテレビ系)

頑固な舞台俳優と、テレビタレント担当をおろされてその担当についた女性マネージャを軸にしたドラマ、先週から始まっています。彩の国さいたま芸術劇場ですかね、ロケしてるのは。それにしても舞台ってものに対して愛のないドラマです。

日本有数のシェイクスピア俳優・本能寺海造。担当しているのは舞台俳優のマネージをするのは初めての経験の女性マネージャ。主演する舞台が開く前日だが、あれこれ文句をつけ、ゲネを始められない。そんな中、娘だと名乗る子供とその弟が突然現れる。
初日、開演の数時間前になっても相変わらずゲネは始まらない。母親と連絡がつき、どうも本当の娘らしいが引き取りは拒否される。マネージャに、子供が本当の娘だと指摘された俳優は、諦めたようにノーメイクで舞台に向かう。初日が開いて突然始めた、ぼそぼそと喋る演技はスタッフや共演者を困惑に陥れるが、想像を裏切って観客の絶賛を受ける。

人生は役者のようなもの、というのがコンセプトなのでしょう。何があっても前に進まなければ行けない、思い悩むよりケセラセラ。松たか子演じるマネージャは究極のポジティブシンキングなのだけど、テンションはあくまで低く進むのです。彼女が町で見かけた人々の人生の背景を勝手に夢想します。俳優でなくてもそれぞれの人生という舞台を演じている役者、なのだというメッセージは、まあ確かにそうだけど、少々安い。

2回目を見る限り、そう大笑いという方向でも、泣かせる方向でもなく、まだニュートラル。演じる側がどうやって芝居を作っているかという真実は知るよしもないのだけど、これは舞台を作る、ということに対しては敬意がないドラマ。現実に舞台でも活躍できる役者をそろえてこれを作るってのは、ちょっとひどくはないかと思ったり。開演3時間前に一言目の台詞をあれこれ試し、演出プランまで変えてみようとしたり、演出でもない部外者が勝手な演出プランを云ったり。でも定刻には幕が開いて、絶賛...なんてことないでしょ、いくらなんでも。

観客とかスタッフとか、人々の視線が感じられないのですね。主演の役者が凄ければ成立してしまい、マスコミが絶賛すればそれは絶賛。視点が全てマスコミ視線。道化役として、古くさいジジイが必要だということなのでしょう。それがたまたま舞台俳優。寺内貫太郎だっていいのだ、きっとこれは。

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2006.09.08

【ドラマ】下北サンデーズ#9(最終回)

2006.9.7 21:00 テレビ朝日系

スズナリ公演も無事に終わり、招聘されたヌーベル演劇祭。わずか1ステージとはいえ、下北沢の頂点となる劇場はサンデーズにとっての夢のステージが手の届くところに。早々に上がった台本は、「下北ソングス」。彼らのセルフポートレイトとなるような、自身の姿を投影した作品だった。
が、劇団をマネージしていた大手プロダクションの意向により、主演となる筈の里中ゆいかは連続テレビドラマに大抜擢。たった一日のステージがその制作発表に重なる。制作のアキコは直談判するが、スズナリ→本多の流れを作ったのは、裏で動いたそのプロダクションの力であることを知り、またゆいか自身のためにもなると思い、主宰と相談の上、里中ゆいかの退団を決める。納得しなかったゆいかだが、「牛乳おじさん」の言葉もあり、メジャーの世界に飛び込んでみることを決める。
主演は元女優のアキコが替わって立つことにし稽古の日々。ゆいかは、ドラマの撮影の日々だが、細切れで演出もろくにつかず、編集でなんとかしようとする監督のやりかたにどうにもなじめない。いよいよ公演の当日。場当たりの途中でアキコが倒れる。実は極度のあがり症でとても舞台に立てる状態ではなくなってしまう。そのピンチを知り、撮影現場での監督のやりかたとの衝突もあって、里中ゆいかはメジャーの道を引き返し、下北沢に走る。

スターになり得る素質のある小劇場女優、が、舞台とドラマの作り方の溝。普通に考えればメジャーの道を走るのが幸福な筈なのに、あえて、ビンボーで冴えない下北沢での生活に戻る姿。ラーメン屋のバンドマンたちと「牛乳おじさん」の過去の確執も、彼女をきっかけに再会する人々。未来が見えるようになったサンデーズという戻る場所のあることの幸せ、そして再び走り出せることの幸せを予感させて、本多劇場での開幕のシーンでドラマは終わります。

小劇場の作り手の現場も、ましてやメジャーなドラマ撮影の現場など知るよしもありません。ドラマの後半で流れていたのは「インディーズ」と「メジャー」というのがあるという世界。この世界を知らないアタシにとっては、そういうカテゴリが歴然とある、なんてのは脳天気にも少々古くさいとすら感じてしまうのだけど、音楽や俳優達の世界にとっては、それは現在のリアルなのでしょう。それがいつまで続くのか、永遠のものなのかはよくわかりませんが。

最終回らしく河原雅彦脚本、堤幸彦演出の組み合わせ。謎のクロマニヨンラーメン、会見日のゆいかの無茶、「踊りながらレインボーブリッジを封鎖する」ネタ、など遊び心も満載。一回分減らしたためか、少々落ち着かないといえばそうだけど、展開はスピーディーで楽しめます。本多劇場といわれているのは、外階段(ケラ+ホンモノの本多さんのシーンね)はホンモノですが、客席はまったく別の劇場(IMAホールか、検索かけてみると)。でも大きさといい、雰囲気は出ています。あんなに椅子よくないけどね。この本多劇場に過去の出演者やあれこれの辻褄を合わせるように作り込んでるような気もします。だからエキストラをほぼ一日拘束したのかと邪推しつつも。

遊び心で押してもよかったんじゃないかと思うのですね。それでもちゃんと面白くなりそうなように、核の部分は普通の若者の青春ドラマなのだから。カルト的でも十分大丈夫じゃないかと、後からなら何とも言えるわけですが。制作を演じた山口紗弥加という女優が実にコミカルも涙もいいのです。NODA MAP「オイル」に出てたそうなんだけど、うーん、記憶が。最後の上戸彩の「未熟」の表情も最後にもってくるだけあってさすがなもんです。あたしは割と満足しています。DVDボックスは10話分でやってほしいけど、多分10話分撮影もしてないんだろうなぁ..

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2006.09.01

【ドラマ】下北サンデーズ#8

2006.8.31 21:00 テレビ朝日系

八神が起こした自殺未遂、家族の無関心に腹が立つが、サンデーズを家族と言い切った八神の想いに答えられなかったことに打ちのめされる劇団員たち。公演を中止しようとするが、主宰は八神はそれでは喜ばないといい、改めて新作での公演を強い意志で決める。が、公演まではわずか10日。日常を離れ、里中ゆいかの実家の旅館で合宿しながらの稽古に入る。
主宰が思いついた、「猿の群れから人間に進化していくものたち」の葛藤の芝居は、芝居を離れようとする彼ら自身の姿にも重なっていた。ゆいかの大学の一行と偽って合宿を始めたものの、奇妙な稽古風景でそれはすぐにばれるが、なんとか芝居は完成する。
果たして、すずなり初日。前売り完売の盛況の中、織り込まれた人間ドラマの芝居に客席は絶賛するが、客席で見ていた八神は自分の居る場所はもうここにはないとカーテンコールを待たず席を立つ..が。

今クールのドラマ全体に視聴率は平均すれば低めだとは聞きますが、今シリーズは当初10回の予定が9回へ変更。残りはあと1回。スズナリ、本多と、あり得ないステップアップは、まあそれはそれとして。

「売れていくという進化」は必ずしも幸せばかりではなく、傷つけることもあるという外の世界。天国は遠くにあるワケじゃなくて、戻ってくる場所は、すぐ近くにあったはずのココ。いったんは飛び出していったとしても、戻ってこられる場所があって。そのときに「ただいま」と云ってくれれば、受け入れる側だって素直に喜べるのに。

自殺未遂した劇団員と劇団、芝居なんか認めない実家と娘、売れかけたバンドとその人気ボーカル。猿のコミュニティから進化して独立していく人間、という劇中劇の姿が、この小さなドラマシリーズの中今まで積み重ねて来た登場人物たちの過去や現在に幾重にも重なる醍醐味、いよいよ物語の刈り取りです。

芸能人の姿がかいま見えたり、赤茶毛センセイの謎、牛乳オジサンの過去もより鮮明に。

が、それでもやはり話は一つの収束点に向かって、ただひたすら真っ直ぐに進むために、どうにも遊びに余裕がない感じになっています。いくつもの遊びらしいものはあるんだけど、それよりも主題が気になってしょうがないというか。全体では好きなドラマなんだけどなぁ。劇中劇も臭いっちゃあくさいけど、あたしはキライじゃない。佐々木蔵之介の劇中劇での役はちょっといい。少しふ抜けた上戸綾の笑顔は今回が一番いい気がします。

いよいよご本尊、本多一夫本人まで登場、そういえばナイロン100℃の映像で出たこともありました。なんかね、カッコイイ男なんだ、これが。さすがにスズナリロビーはホンモノかなと思うのだけどどうだろう。 そういえばドラマの方はエキストラを募集...って来週の最終回分を月曜日に撮るってことか..

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2006.08.25

【ドラマ】下北サンデーズ#7

2006.8.24 21:00 テレビ朝日系

いよいよスズナリ公演の稽古初日。里中ゆいかのおっかけは相変わらず、他の劇団員もそれぞれに忙しい中集まったが、肝心のホンはおろかタイトルすら決まっていなかった。数日間こそは肉練や発声などやって待っていた劇団員たちだったが、それぞれに歩き始めた仕事の道、稽古場に来る人数も減っていった。直前までホンは上がらず、制作は芸能プロダクションの力を借りて、パルコ劇場クラスで上演されるような名作の上演を決めるが...

テレビドラマってのが、回によってここまで作家の影響を綺麗に受けるものだとは思ってませんでした。作家は#3(触れられたくない看板女優の過去)、#4(劇団総がかかりで上京する母を)の二本の組み合わせと同じ。まっすぐな気持ちを描くのだけど、壮大な無駄遊びは控えめ、率直に言えば笑い少なめ。

作家が書けないけど初日は迫るってのは、まあ小劇場の芝居でもよくある題材で、あたしの友人はこれをSMGO(Show Must Go On)モノと呼び習わし、その安易な多さを嘆くのです。でも、小劇場の現場を描くなら避けて通れない話なのは間違いなくて。座付きの作演一本槍でやってきた劇団が他のホンをやることが、「魂を売る」ことになるのか否か、なんてのも小劇場的。

芝居続けてきて30過ぎて、とかこのチャンスには食いついて、ここで食ってかなきゃという普通の感覚の人々と、そこにファミリアを求める一種「甘い」感覚を持つ人々の深いギャップ、想いでやってきた組織が大きく動く時に立ち会った人々にふりかかるのです。

下北沢の町の中のロケの多い回。それぞれがバラバラになってることを象徴するようなバラバラの街角。でも、現実は携帯電話で話す二人が「劇」小劇場(本多グループなのに、双六にのってない劇場)の角の両側にいる、なんてことを見て楽しむのはリアルに通い慣れた町を知ってる楽しみ。パクチーの炊き出し(ケラ+ナイロン役者二人のシーン)やってる神社はどこだろなぁ。いや、知ったからってどうということはないのだけど。

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2006.08.18

【ドラマ】下北サンデーズ#6

2006.8.17 21:00 テレビ朝日系

週刊誌のグラビアにブルマ姿で載り、カルトな人気が出始めた主人公(里中ゆいか)。 劇団員の劇団内恋愛が揉めそうだったりムズ痒かったり。 そんな日常のなか、制作にかかってきた電話。スズナリ(下北沢小劇場スゴロクの3番目)の平日公演の空きのオファーと、演劇祭へのエントリの誘い。 更に事務所(芸能プロダクション)からのオファーまで。劇団ごと事務所に所属させるという破格。が、脚本のチェックと里中ゆいかを一任することが条件。その交渉風景を見ていたのが、こっそり上京していた里中ゆいかの祖父だった。かつて、売れてしまったがために駄目になってしまった自分の劇団(本多劇場の、こけら落としだった、という設定らしい--ホントはS.57.11.6唐十郎・秘密の花園..らしい)を悔いる気持ちが、サンデーズを解散させようとする。

祖父、牛乳おじさん、ケラリーノ・サンドロヴィッチなど前の世代の人々の過去の種明かしを徐々に。その対比として若いサンデーズの面々が続けたいと思う強烈な気持ち。

小劇場ってのは誰がやってもいいし、止めさせることは誰にも出来ないのが基本なのだけど、祖父という無茶な設定を持ち出して、「やらせてもらう」場面を演出し、若者達の想いとそれを見守ることを決めた前の世代を見せるのです。売れると云うことと、それゆえに無くしてしまうものがあるという小劇場のある意味ジレンマは次回にも続くのです。

いくら昇り調子だとはいっても、10年のOFF OFFのあと、→駅前→スズナリを数ヶ月で駆け上っていくというのは、小劇場の現場(いや、客だけど。単なる)を知ってる人間にとっては、あり得ない展開なのです。 広告宣伝の広がりで急激に伸びる可能性のある音楽の業界とはそこが違うのです。

それでも、ドラマ全体がTRICK( amazon)的 な嘘くささを持ってるからこれはこれで楽しいし、芝居を見慣れない普通の視聴者にとってはこれぐらいのスピード感の方が生理的なリズムに合ってる気がするのです。

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2006.08.11

【ドラマ】下北サンデーズ#5

2006.8.10 21:00 テレビ朝日系列

初の駅前劇場公演は無事千秋楽を迎える。観客も多く、テレビやCMへの誘いが劇団に舞い込む。テレビ深夜枠の小劇場演劇原作ドラマが決まり、インパクトのあるCMで人気者になった役者たちの中で、その波に乗れない劇団員。一方ではバイト先で社員にならないかと誘われたり、バイト先の社長に冗談めかして結婚くどかれたり。彼女は決心して...

下がり続ける視聴率、今回はアタシ的には少し持ち直している気はするので、これで上向いてくれるといいなぁ。#2以来、堤演出に戻った体制で。

それまでは仲間で、すべてが一緒で、芝居の巧い下手だけで優劣が付いていたのに、外部の仕事が舞い込んできて劇団員の中で生まれる格差。 まして、自分の才能を信じ切れず、年齢を重ねていく行く末に一抹の不安、別の、自分を必要としてくれるところに、もうそろそろ移っていいのではないかと想う気持ち。会社員だって思うぐらいですから、ここに描かれているような小劇場役者の設定では、日々がその自問自答なのでしょう。ある程度年数を重ねたカンパニーならまちがいくある、そんな役者。

合わせて、「過去から足を洗った」人々がカットバック。あの牛乳屋店主がバンドメンバーだったり、座長だった男がいたり。それぞれの世代で「足を洗った」人を描くことで行く末が見えた気をもたせるのです。

どうでもいいようなものですが、何かと言えば「劇団のため」ということであれも、これも、あろうことかあんなことまでしてしまう主人公は、真っ直ぐだというキャラクタはあるけれど、どこかセミナー系のような危ない雰囲気すら感じたりして。まあ、そういう意図でないのは明らかですが。

深夜枠の演劇原作といえば「演技者。」ですが、あきらかにそれを意識した「人ステ」なる番組。下北沢の風景もまた多く。いつもの南口商店街エリアだったり、代田の交差点ちかくにあるカフェから外とか。好きな町の風景が楽しい。

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2006.08.04

【ドラマ】下北サンデーズ#4

2006.8.3 21:00 テレビ朝日系

ステップアップの第一歩、駅前劇場公演。芝居のできばえも完璧。だが、ただひとり浮かない顔の劇団員。田舎の母親に主宰で順調に売れていると嘘をついていたが、明日の初日を観に上京するという。劇団員みんなで、一日その嘘に付き合おうと...

劇団なんてやってりゃ出てくるだろう(いや、出てる側の人のことは知らないんだけど)をベースにしながら、親の気持ちのはなし。「いい加減足洗わせよう」とするのも、一生懸命さに揺さぶられ、周りの気持ちの深さに感謝し、それを許すのも親心。親すらも知らない個性が生きる場所でもあるのは小劇場の良さなのかも知れません。

夏休みゆえか、どのドラマも親とか家族とかに大きくシフト(「結婚できない男」も「PS羅生門」もだ)。まあ、それにのっかる気持ちもまたよし。

で、その注目の駅前劇場公演は、やはりストーリーはわからないのだけど、ストリッパー役の主人公と、その鏡のような喋らない少女の合わせ鏡、なんて感じ。終幕の上戸彩はすごくいい表情で、もしかしたらこの芝居は面白いんじゃないかと思わせたりする演出。

毎度の楽しみ下北沢の風景。南口商店街を降りきったあたり、餃子の王将手前の路地や正面の八百屋(だっけか、あそこ)は見慣れた風景。ランチの店の外観は見覚えなし。中はどこだろうなぁ、まだ入ったことのないあの和風建築の洋食屋かなぁ。こちらもお楽しみ「下北沢の神様(んなわきゃない)」、ケラリーノサンドロビッチは先週の「有頂天って知ってる?」という抜群のねたの反動か、写真のみ...って

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2006.07.31

【ドラマ】下北サンデーズ #3

2006.7.27 21:00 テレビ朝日系

黒子としての初舞台が予想外の好評に終えた公演。下北沢にも引っ越し、バイトも始めた新人の主人公。10年間くすぶっていたOFF OFFシアターから、他劇団のキャンセル枠をラッキーにも手に入れた劇団は、すぐに駅前劇場公演の準備にかかる。新人の予想外の人気に目をつけた作家と演出は、看板女優と新人の二人をダブルに主演にすえた公演を企画するが..

かっ飛ばしていた1回目2回目に比べると、派手なところが少ないのだけど、それでも小劇場にありがちだろう風景を(いや、実は知らないんだけど、演じる側のことは)点描。避けて通れない金の問題(バイト、借金、チケットノルマ)、たまたま人気の出た新人と看板のバランスの悪さと確執、「2ちゃんねる」と「えんぺ」を足して二で割ったような観客の反応などなど。

主人公のどこまでも前向きな自分探しに加えて、劇団がステップアップする機会を得てどこまでも昇っていけそうな高揚感が劇団全体を包んだり、触れられたくない過去は過去として前に進む新人女優の姿など、どこまでも前向きなのです。反面、全体としてはどこか一本調子になってる感もあって、ひと段落という感じもします。

キャッチボールのシーンとなったスズナリ裏の牛舎(だよな)を背景にした場所は、ちょっといい風景、なのだよなぁ。こういう場所を持ってるのがあの町の魅力。

初回11%を超えていた視聴率も8.1, 6.3と下がってきているのですが、飛び道具がそうそうあるわけもないのだけど、どうなるかなぁ。ねたがそこそこ面白くて、前向きさの熱いドラマはキライじゃないんだけどなぁ

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2006.07.21

【ドラマ】下北サンデーズ#2

さて、二回目。そか。木曜日に見て週末か。(テレビ朝日系、木曜9時)

小劇場の芝居を見ているあたしです。演じてる側の人を少しは知っています。でも、劇団の中で何が起こっているかは、知るよしもありません。でも、そういう雰囲気は存分にあります。あたしは好きです、このドラマ。

髪の毛切った主役。青春ドラマに仕上げる意図が見える全体の構成。この流れ、このキャストなら多分正しいのです。

例によって、たくさん小劇場(小劇場演劇)のあれこれの小ネタ。劇団内恋愛のあれこれを戯画的に描いてみたり、小劇場スゴロク、元女優の制作(そういえば、あそこの劇団も、あそこも)、当日券で見に来る謎の見立て人(+差し入れ)←しかも藤井フミヤだ。

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