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2026.08.11

【芝居】「15 Minutes Made 東京/福岡 東京公演」Mrs.fictions

2026.8.1 19:30 [CoRich]
15分程度の短編を一挙上演する人気シリーズ、3年版ぶりの開催は、東京・福岡のツアー公演で、それぞれの地区からの団体を集めて。休憩10分を含み120分。8月2日までテアトルBONBON。福岡での公演では、スポンサーの協力により10-20代には500円のワンコインの料金設定を設定しています。

生まれて、生活して、死んで、この身体に、この星に乗っている自分、人「THE DAY 1041」(melomys)。
叔父の大きな家に一人で住んでいる姉の家に、彼女と同棲していた弟が追いだされ転がり込んでくる。この家の住人に何かを与えたり預けたりした人はみな幸せになっている、と気付く「ちょっと良いタオルとか」(システム個人)。
福岡・天神で市役所と結婚し安泰の地位を築き娘・エルガーラまで儲けた大丸と、中洲で長い間人々を集めてきたが廃業に至った玉屋、二人の「女ビルの一生」(ギンギラ太陽's) 。
折りたたみベビーカーを広げるのに四苦八苦している男女、それを眺めている通りがかりの男も手伝ってみたくなる「ベビーカー」(コンプソンズ)。
期待したラーメン屋がイマイチだった気持ち、ボーリングでピンが倒れる瞬間、ドミノ倒しの記録に挑戦する人々を襲う悲劇、様々な一瞬、ゆらゆらと崩れる「真夏に崩れる」(ザ・クズレルズ)
毛糸を巻き取る女、その先には両手で毛糸を支えている男が二人。大人っぽく年上らしい男と、おそらく若いヤンキー崩れと「ミセスフィクションズの恋しくて」(Mrs.fictions)。

なるほどガラパゴスダイナモスの役者だった田崎小春を含む音楽や映像を含むユニットmelomysの「〜1041」、マイク片手に俳優が一人で喋り、VJと音響のパフォーマーがいるというスタイル。起きてゴミ出し満員電車という日々の繰り返しにいつしか、母から生まれてきて生活している自分、日々の生活に死んでいるのではないかと思う自分を見つめ直すよう。演劇というよりはパフォーマンスの領域と感じるワタシです。1041を15分の心拍数というけれど、たぶんそれは安静時(≓70bpm)で、このパフォーマンスだと2000ぐらいいってるんじゃないかと思うワタシですが、それは単に身体は動いてなくてずっと思索してたこと、ということなのかもしれません。

「ちょっと良い〜」は 同棲相手の女の妹が会社をクビになって追いだされた、という設定は一応あるものの、ホントに姉御肌のテンションで引っ張る姉の存在と、そのテンションには慣れないけれど恐らくは姉のことが大好きな弟。住人に何かをあげたりした人は皆幸せになってるという無理矢理な理屈をオカルトライターを登場させてそれっぽくした上で説得力を持たせた上でしかし、同棲相手が入ってくる代わりに引っ越していく姉への引越祝いの タオルというオチが気が利いてる感じで嫌いではありません。姉を演じた帯金ゆかりのこのテンションは無茶苦茶だけれど、イキオイで説得力とかそういうものを蹴散らして駆動してしまうということは確かにあるのだなと思うのです。

「女ビル〜」は、 2008年の上演を観ています。福岡の地元の様々なモノ語りをかぶり物で上演する老舗劇団の名作をぎゅっとコンパクトに。時間も人数も半分以下の座組で、古き良き玉屋の浪花節と、現代的に生まれ変わり生き残った大丸という「女ビル」の対比のエッセンスの面白さ。もう随分福岡を訪れていませんが、そういえば天神ビックバン、どうなったんだろう、それは描くのだろうかとちょっと楽しみになったり。

「ベビーカー」を開くのに四苦八苦してるくだりがそこそこ続いた後に手を貸した男の「お子さんはどこ?」という問いから始まる怒濤で語られるこの男女の関係。夫婦じゃなくて隣人で、でも互いの修羅場の音で互いがブーストしたり、別れてからの近所づきあいから始まったり始まんなかったりするジェットコースターが楽しい。そもそもベビーカーだって男がこの楽しい時間を延々と繰り返したいからという終幕に至るまで見事なのです。男を演じた大宮二郎の一途さ、女を演じた中尾ちひろのはっきりと線引きをする距離感の凜々しさ、手を貸す男の横手慎太郎の翻弄される感じも楽しい。

「〜崩れる」は色んなシチュエーションの脱力感だったり物理的事象だったりの崩れ落ちる瞬間をスローモーションで団体芸ととして見せる短編集。コントとも違うお約束の繰り返しの面白さ。福岡公演での役者が減ってしまうことにこの企画の他団体からの参加が相次ぐというフェス感も楽しい。

「〜恋しくて」は毛糸を巻く女を中央に下手に大人びた男、上手にヤンキー崩れの若者を配して、徐々に女にとっての過去の男たちだということが見えてきます。どちらが先の男なのかはどこかはっきりしないのは大昔の話で、一方に教えて貰ったことをもう一方に教えてみたりすることの向きが実は逆じゃないかと思わせる記憶の曖昧さみたいなものが見え隠れするのが巧いのです。編み物は皆死んでしまって一人になってしまったおばあちゃんが一人ですることだという中盤の言葉が終幕に巧く機能していてほっこりとした終幕。年上の男を演じた岡野康弘の妖しさ満点なツクリモノ感、年下の男を演じた今村圭佑の切れっぷりも久しぶりで楽しく、女を演じた米田ひかりは歳を重ねていく女性のグラデーションが見事で。

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