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2026.07.29

【芝居】「鯛の鯛」きらら

2026.7.10 19:30 [CoRich]
鯛の中にある骨の一本がまるで鯛のようにみえるのでそう名付けられたといタイトルの100分。熊本、宮崎を経て、インディペンデントシアターOji(ex 王子小劇場)。7月12日まで。

不動産屋の人々、5年目の28歳、居酒屋バイトから転職してきたばかりの33歳、ベテラン社員。アルバイトの女子学生は内見に一人で行けるようになれば時給アップできると頑張っている。5年目社員はアルバイトに恋心を抱くが言い出せない。
ある日、若者が物件を探しにやってくるが保証人は居ないし無職だというが、高級車に乗っていてイケメンで、でもどこか抜けているというかほんわりしていて。

椅子のように縦に置いた箱馬を舞台奥に向かって半円形に並べて椅子として、役者たちは袖に引っ込むことなく出ずっぱりという、きららのスタイルはそのまま健在なことに安心感を覚えるワタシです。

「新聞に載らない大変なことなんか、いーっぱいある。人生みんな大変よ」というセリフを体現するように、それぞれの人物が考え生きて生活しているというベース。元居酒屋バイトは子連れの元カノに街で出会って未だバイトなのという言葉に目覚めて一念発起、けれどあの居酒屋バイトの日々は楽しく今でも思い出している。アルバイトは奨学金を返すための一生懸命。ベテランはこれまでのいろいろを積み重ねながら、しかし時にはサボり川で吠えたりする緩急を身につけていて。23歳社員は仕事は一通り覚えて指導する側だけれど、恋心をどうしていいかあたふたすること。あらゆる年代や立場にどこかマッチするような布陣をこの少人数に押し込む座組の強さ。

不動産業らしく、入院した一人暮らしの家の残置物残留物確認での物理的心理的ダメージや、駐車場への飛び降りがあってもすぐ清掃してクルは停まるようになるというある種の冷たさ、女性スタッフが一人で内見に同行する危うさなどの描写リアリティ。あるいは仕事は仕事として割り切り終業後はきっぱり忘れることの重要さ、「のみくだせないこと」を吐き出す方法を持っていることの強さなど、生きていくこと仕事していくことの重要な胆力を折り込みながら。

暗くなりがちな話だけれど、そこに客として現れる正体不明のハイスペイケメンが笑いも交え物語を駆動します。明らかにいいひとなのに、どこか常識がなくて、どこか仙人のように達観していて、安アパートの隣家の騒音も物音も楽しんでるし、TVはあるけれど照明代わりでPCで論文読んだり書いたりしててという立ち位置は不思議なのだけれど、タイミーさんを通じて「普通の暮らし」をAIのように貪欲に取り込んでいく過程の面白さ。演じた富士咲ジョーは唯一無二と思わせるこの無垢なキャラクタの説得力を持つのです。

元居酒屋バイトを演じた、たろまるようたは大人という年代にさしかかり何者にもなっていないという焦りと、若者に対しての優しさを併せ持つあたたかさ。頼りになる5年目社員を演じた磯田渉はテキパキと仕事をこなすけれど、仕事の割り切り方もしっかり社会人の説得力。アルバイトを演じた岩本一花は怖い目に遭い、鍵を忘れてオオゴトになったりしても、しかしめげない底力が頼もしい。ベテランを演じたオニムラルミはサボり方の伝授から、犬の遠吠えの音圧まで、こちらもゆるい大御所感満載で。「声たち」とクレジットされる作演を兼ねる池田美樹はそれぞれの声、音を他の役者たちとともに担います。前説として登場して「鯛の鯛」の実物を持ち出して説明するというアイディアも楽しい。

元居酒屋バイトの居酒屋時代や、ハイスペックイケメンが仕事を辞めて戻るまでの間はある種のモラトリアムで、寂しさ孤独を交えた夏休みや、夏休みの終わり感じさせます。なぜかキャラメルボックス「ナツヤスミ語辞典」をなぜか思い出すワタシです。

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【芝居】「たとえばあの日のこと」螺旋階段

2026.7.2 19:00 [CoRich]
小田原で20周年を迎えた劇団、螺旋階段の記念公演。7月5日まで神奈川県立青少年センター スタジオHIKARI。110分。

認知症になった母親、娘が来ても娘と判らなくなっている。15年前、人が良く騙され酷い目にあってきた母親を、大きな会社の社長になっている姉の自伝に登場させるため、売れない漫画家が取材にやってくる。

老いた母親と娘の物語を起点に姉の自伝のために時間を戻し、他人が出入りしていたガヤガヤしていた頃の親子二人の不安と賑やかさと不穏さの入り交じった日々のリアルな感じと、漫画家が描きたいヒーロー物を混ぜて、生活と生活を脅かす脅威に親子二人で対峙する日々を描く、という荒唐無稽で描く物語。いわゆるネットワークビジネスというかネズミ講でのし上がった姉の物語がそれに重なります。妹すら食い物にしてのし上がってきた姉の自伝に妹を登場させるのは、いいことなかった妹へのせめてもの償いなのかもしれません。

メインの物語とは別に、漫画家が描いていた漫画「メカ赤ちゃんと僕」はあくまでもヒーロー物だけれど、こちらも終盤になって主人公の男を守るために倒されたメカ赤ちゃん、がメカだから修理できたけれど記憶は無くなっているという結末。主人公の男には残っている記憶がこれからも二人の関係を続けていく、という構図。主軸となる認知症の母親と娘もこの相似形になっていて、母親が記憶を無くしても娘は覚えているという映し鏡が切なく、重層さをもつのです。

小劇場らしいといえば小劇場らしく、荒唐無稽を力技と笑いでねじ伏せるよう。長年活動を続けてきた座組の役者たちのパワープレイを支えるこれでもかと詰め込まれた物語が合わさって作り上げられた上演。劇団を続けて醸成されるものは確かにあって、地元・小田原でも横浜でも定期的に上演を続けてきた確かな強さなのです。

漫画家を演じた水野琢磨は気のいい、しかも真摯なクリエータでどっしり真ん中に居続ける強さ。同級生を演じた根本健は悪役との落差の面白さ、母親を演じた田代真佐美の抑えた老人の細やかさ、娘を演じた村井彩子のかつての幼さと現在の母親を想う大人のコントラスト。姉を演じた岡本みゆきはがっつりヒールを強く。幼馴染みを演じた須藤旭は身体の大きさも合わせてヒーローという説得力、編集者を演じた川島ショウのちょっとヘラヘラした若者っぽさが可愛らしく、大家を演じた露木幹也は人情に厚いややヤクザものっぽい風体と合わせてリアリティを持ちます。

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2026.07.15

【芝居】「友情」トリケラトプスの会

2026.6.14 14:00 [CoRich]
イタリアの劇作家デ・フィリッポ(wikipedia)の1952年作を上演。ワタシは初見です。国会図書館のデジタルコレクション(世界文学大系 第95 (現代劇集), 筑摩書房, 1965)で無料で読むことができるごく短い一本。55分。6月14日までベイサイドスタジオ。

老いてもう先は長くないと考えた男は医者から進められた転地療養のため、娘とともに遠く山小屋にこもって暮らしている。ほぼ友人たちとも疎遠になっている。 ある日、忠実な友人がやっとの思いで訪れるが、会いたくないと言われてしまう。しかし亡くなった伯母に会いたがっているという話を聞きつけ、伯母のふりをして会おうと考える。

原作では男と妹という設定を今作では(おそらく役者に合わせて)娘に設定されていますし、元は水だったものを三ツ矢サイダーにしてみたりと、ちょこちょこ現代的に変えてはあるものの、大筋ではほぼ原作通りに進む物語ということを、デジタルコレクションで読んでみてビックリするワタシです。

もう死にそうな男と娘(妹)、そこに友情を感じてわざわざ訪ねてくる友人という枠組み。訪ねてきたのに会いたくないとまで言われ、無理難題を押しつけられて困りながらもそれを受け入れてこなし、友情を信じている友人だけれど、物語としてみてしまえば救いのない終幕は、シンプルで不条理な後味ですが、そこまでをどれだけ喜劇に仕立てられるかということが成否を握っていて、それは今作では成功していると感じるワタシです。短編だからこそギュッと濃密になっているのがとてもいいのです。

父親を演じた猪股俊明は、死にそうなのに無茶を言うという老人をどこか愛嬌を持ちつつ。娘を演じた田崎小春は父に成り代わり無茶を言うヒールっぽさなんだけれど、数々の無茶振りにちょっと素が見え隠れするのはこの劇場の規模だからの至福、ちょっと嬉しく。無茶振りされる男を演じた井上英行は、こういう困らせられる男を演じるとホントに魅力的で唯一無二なのです。

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2026.07.11

【芝居】「温泉旅館湯けむりの里〜取らぬ狸の皮算用の巻 リターンズ」麦の会

2026.6.7 14:00 [CoRich]
横浜の市民劇団、麦の会が定期的に上演する温泉旅館を舞台にしたシリーズ。休憩10分を含み120分。6月7日まで、のげシャーレ。

若女将が密かに借金をつくってしまっていたのは、困って相談してきた板前見習いを男に貸していたからだった。 借金取りは近くにかつてあった旅館の娘で旅館が潰れてしまった恨みをもってこの老舗旅館を乗っ取ろうとしているる。 借金を返すために蔵の宝物を売ろうとするがどれも偽物で万策が尽きたとおもったとき、旅館の一人息子が助けたたぬき一家が現れ、旅館を助けようと奔走する。

シリーズとはいいながら、それほどシリーズ間で繋がりがあるわけではないようです。今作はたぬきの恩返しだったり、潰れてしまった旅館の主人たちとの人情を絡めて、勧善懲悪的に借金取りややくざ者も彩りを添えつつの物語。首都圏の小劇場でこれほど老若男女で問わずな客席を毎公演で続けているというのはワタシは他に知りません。とりわけ、このシリーズはバラエティ喜劇ベースで見やすく、気楽な観劇体験という意味ではもしかしたらとても貴重なものなのかもしれません。

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【芝居】「THE GAME OF POLYAMORY LIFE」趣向 (Aキャスト)

2026.6.6 18:00 [CoRich]
2016年の作品の再演。役の性別を一部入れ替えてダブルキャストで上演。この回はAキャスト。6月7日までKAAT神奈川芸術劇場大スタジオ。120分。

二人の女性と一人の男性が同居している。ポリアモニーとして互いに同意し互いに愛し合っている日々を暮らしている。 教師である女の教え子の男が好意を寄せてくるが会うことも躊躇している。大学時代に恋人であった女とも再会するが、独占できない三人での恋人関係を理解することができない。

性愛に対してホモセクシャルでもヘテロセクシャルでも隔てなく、しかも優しい語り口で描かれる世界。性別を入れ替えたキャストの上演とはいえ、この構図ならばどう男女を入れ替えても成立するように感じるワタシです。互いの関係がフラットで対等であることが突き詰められ、しかもポリアモニーがキャストとして多数派なので「普通はありえない」といった社会からの軋轢が薄いので、何をしても正解である優しい世界は精神的安全性という点ではとてもいいけれど、結果的にドラマにはなりにくく感じるのは痛し痒し。 そのなかでドラマ的要素となりうるのが、同居する三人の外側の二人で、学生時代の知り合いの女は「独占欲」、教え子は「一歩踏み出せない」というポジションから物語を駆動するけれど結局は三人での暮らしを選ぶことになるのです。

ワタシの観た回は、音声ガイド、上演前に音声での舞台装置の説明がありました。他の上演回では字幕や台本の事前貸出、さらには客席数を減らした「ゆったり上演回」といったぐあいに、今考えうるあらゆる上演サポートを実現していて、上演カンパニーとしての心意気はすばらしく、また公共劇場だからこそやらなければならないことを行っているという意味で県民として嬉しい気持ちにもなるのです。

中心となる教師である女・エンジェルを演じた豊田エリーはフラットでスタイリッシュな物語の中心を支える安定感。恋人を演じる上田遥は少しばかり感情が勝る感じでテンションを与え、同棲する男を演じた加藤啓は少しばかりの胡散臭さも味わいで緩めるポジションが心地いい。

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