【芝居】「あしゅらステーション 靜」ボタタナエラー
2026.6.4 19:30
[CoRich]
去年上演のグループホームを舞台にした物語に続き、葬儀斎場を起点に生きること死ぬことを軽やかに描く85分。6月7日まで「劇」小劇場。
葬儀の斎場。スタッフたちの間では手品が流行っている。「ロボとマジック」
リーディングのワークショップをしようとする人々、生成AIに物語を書かせようとするがピンと来ない。「リーディング」
斎場では希望者に見学会を催している。見学に来た夫婦とふざけ病の男「バックステージツアー」
女たち三人が噂話というか「内緒話」
彷徨う魂たちが乗る列車、天国に行くと浮かれている男たちのなかに浮かない表情の男、自死したのだという。「涅槃列車」
列車にひとり不適切な客が混じっているという。今なら引き返せると言われるが「レスキュー」
2022年あたりから短いスケッチのようなシーンをつなぎ合わせて舞台を構成するようになっています。それは作家が出演した菅間馬鈴薯堂の影響を色濃く受けて居るけれど、前作あたりから、市井の人々という枠組みから、明確に老いや生死を意識するようになってきています。もっとも菅間馬鈴薯堂の作家よりはずいぶん若いはずなのだけれど。
AIに開場時のアナウンスをさせたり、芝居の中にAIとのやり取りを組み込んだりしつつ、葬儀斎場のスタッフたちの手品の話とか、生成AIに物語を書かせて演じてみたりするワークショップの話とかをしながら、やがて斎場のバックステージツアー訪れる夫婦と妻の弟の不謹慎さから一点、涅槃列車にのる乗客たちのはなし。ゆるやかに繋がりながら物語としてはあまり一貫性が感られない気もしますが、AIから葬儀場、涅槃列車と生きること(と死ぬこと)を色んな角度でこねくり回し考え、まとまらないままに提示して見せるような作家の思考の断片が書かれたノートをたどるような舞台と感じるワタシです。なるほど、作家のノートにその思索が見て取れるのです。
ふざけ病の「不適切な乗客」がしかし、今なら引き返せると説得されても要領を得ないのに、近所のカツカレーの衣が厚いと聞いて生き返ることを選択するという、どうしようもなく些細なことが人の行動を、もしかしたら生き死にをも決めてしまうというのは、軽薄にみえるかもしれないけれど、真摯に生死に向き合った挙げ句に作家がたどり着いた結論なんだろうなぁと勝手に感じ入るワタシもまた、老いを感じ始めてるということなのかもしれません。


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