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2026.02.21

【芝居】「眠レ、巴里」華翔

2026.2.14 19:00 [CoRich]

1985年の事件をもとにした竹内銃一郎の1995年初演作。主に東京乾電池で上演が多いようですが、ワタシは物語そのものが初見です。2月15日まで、中野あくとれ。70分。 ベッドのある部屋、姉妹ふたりで部屋にいる。二人はバリに旅をしてホテルにいる、窓からはエッフェル塔が見えている。歌ったり、母親に電話を掛けたり、折り鶴を折ったり。

サラ金の借金の貧困によって姉妹が板橋の都営住宅の一室で餓死した事件をモチーフにしながら、しかしあくまで姉妹は電話も電気も恐らくは水道も止められた二人きりの部屋の中で 、行ったことのないパリの旅行を夢想し、あるいは歌ったり、折り鶴を折ったり。あまりにも厳しい現実のなかで夢見た生活のごっこ遊びは、マッチ売りの少女のみたご馳走のようでもあるし、変わらない絶望の時間をただやり過ごすためのゴドー待ちでもあるかのよう。

食事のシーンは空の調味料や瓶で、空の食器での食事、というのは芝居のお約束である食器だけの演技のようでもあるし、本当に食料が無い状態での悲しいごっこ遊びでもあって、芝居でやるからこその二面性があってちょっと心にダメージをくらうのです。舞台のトーンはあくまでも明るく、華やかな気持ちのよう。それまではパジャマ姿だけれど終幕では二人は華やかなおめかしした格好の落差は本当に切ない。

終幕前、サラ金の取り立てに来たと思われるヤクザ。泣きながらビールとハンバーガーをかき込む姿。二人の会話にしばしば現れる彼は、もちろん取り立てだけれど、姉妹にとってはもしかしたら唯一の社会との繋がりなのかもしれないし、見殺しにはされたけれど、ただ単に金のやり取りではなかったかもしれない両者の関係を想像してしまうワタシです。

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2026.02.14

【芝居】「さらば曽古野遊園地」アガリスクエンターテイメント

2026.1.24 18:00 [CoRich]

アガリスクエンターテイメントの新作。古びた(そこの)遊園地を舞台に、短編を作りやすいフォーマットを構築するのだというシリーズ企画。休憩無し150分。1月25日まですみだパークシアター倉。

赤字垂れ流しの遊園地。親会社の繊維会社の社長はそれでもこの事業を辞める気はない。側近の一人が自分の部下を不祥事でもなんでも起こして閉園に追い込むよう密命を与え、園長として送り込む。
着ぐるみが客を殴ったとSNSで話題になる。スーツアクターだけの責任にすると会社が関係しないことになると焦る園長「打倒する人々」
二人乗りで園内を周回するロープウエイのアトラクションが突然停止してしまう。カップルの男が別れ話を持ちかける。別れ話がこじれそうなところで後ろの年嵩のカップルが話しかける「宙吊りな未来」
人気の無い遊園地だからと狙ってアイドルがインフルエンサーの女を連れてお忍びで訪れる。アイドルの恋人は外国で暮らしているはずだが「おしのび」
壊れたまま止まっていた観覧車にスポンサーの申し出が来るが、その社長は筋金入りでヘイトをまき散らしている「不都合なスポンサー」
園内で自由に乗れる自転車にこっそり乗った従業員、走り始めたところでこの自転車に爆弾が仕掛けられ速度が落ちると爆発するという「遊覧自転車大爆破」

古びた遊園地を潰す密命を帯びた園長と、それを知らないどこかのんびりした職員たち、そこにいろんな人々が来て一騒動という30分の短編を5本。 潰そうとする目論見がはずれて人気が出ちゃう「打倒~」、モメかけた若いカップルに未来から来たと話しかけ丸く収めるというSFかと思うとちょっとしたイタズラな「宙吊り~」、アイドルの浮気を目の当たりにしてでも推しだからと不本意ながら頑張る職員な「おしのび」、止められない新幹線ならぬ園内遊覧の自転車というなんともコミカルな「~大爆破」などほぼコミカル仕立て。 ただひとつ、ヘイトまき散らし企業とヘイトされる側の当事者を描く「不都合~」はさすがに笑いを入れることは避けたと思われ、ちょっとピリッとする感じでこれだけが異質なのはちょっとビックリするけれど、作家の覚悟ということなのかもしれません。そういう視点ならば、「打倒〜」もそういうシチュエーションという意味でちょっと近いのですが。

バリエーションが多く書けるのは素晴らしくて、「宙吊り〜」の不穏さとSFと種明かしのバランスが素晴らしい。

30分の短編5本で150分。結果的にはワタシは長くは感じなかったけれど、正直に云えば、途中退出がむずかしいほど客席の列間のやたらに狭い劇場で150分休憩なしは体調が優れなかったりすると少々厳しいんじゃないかと感じるワタシです。(物語的にゆるやかな繋がりしかないのだから、単に4本立てにすればいいだけなので)

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【芝居】「夜の横顔」ジャブジャブサーキット

2026.1.17 18:00 [CoRich]

岐阜の劇団、ジャブジャブサーキットが創立40周年、(東京などへの)ツアーとしてはファイナル、という区切りと次への一歩の公演。 100分。三重からスタートし1月18日までサンモールスタジオ、そのあと2月に大阪。

古い神社や不可解な遺構が点在する離島の小さな宿泊施設。卒業研究のフィールドワークのための教授とゼミの面々と、 一度は賞を取ったものの長い間書けずにいる作家が泊まっている。 島に住むものは、夜市で新鮮な食材を手に入れたりして、宿泊客をもてなしている。

住人たちが守り続けてきた伝統と、学術的な探究心からフィールドワークを続ける研究者、あるいはこの場所に目を付けた 俗世間の欲望、世間から断絶されたここで執筆をしなければならない想いを抱えた作家などのそれぞれの事情と思惑が 並行して進み、ときに交差する物語。

海流の関係でかつて死体が流れ着いてきた島だったということが伝統に隠され、消えた人間の行方がどうなったか、二つある神社ゆえの巫女の亡霊や口寄せといったオカルトめいたことを絡めて、日本兵の亡霊まであらわれ、現実のすぐ横にある地続きのファンタジーとをあくまで静かにフラットに描くのはジャブジャブ風。かつてワタシが勝手に感じていた多くの知識や雑学を仕込んだスノップ風味はだいぶうすれて、シンプルな謎をベースに明確には語られないけれど、夜市の正体といったこの島の持つ影の部分があるのだと気付くと、ああそうか、だから謎の兼業があったりするのか、と唸るのです。

並行して進むのは外界からの干渉を拒絶してきたから残された自然、そこに目を付けたリゾート開発の存在といったほんとうに俗っぽい話。イキりや恋愛感情が絡む若者ゆえの物語への作家のどこか優しさやある種の憧憬といった感情を感じるワタシもまた、彼らのあれこれが眩しい。

もう一つの物語である作家の話、書けなくなったのは妻を亡くしてから、ハッパを掛ける編集者との物語はどこかメロドラマ風でもあって切ないけれど、これもまた俗っぽさになって対比ともいえるのです。

書けない作家を演じた栗木己義や大学の教師を演じたコヤマアキヒロのフラットな人物が気持ちを動かす瞬間の解像度、東の神社の巫女を演じた咲田とばこは軽やかでファンタジーの説得力。女将を演じた荘加真美の人懐っこいオバサン風が安心感。口寄せできる学生を演じた林優花はちょっと颯爽としていてカッコイイ。

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2026.02.07

2025年の観劇は84本でした。

2024年からだいたい横ばいで落ち着いています。週に2本観れば多い方、ぐらいのペースですし、ほぼ高齢ですがこのうち10本はまつもと演劇祭で3日で観たものだったりしますが。 3月に会社員を辞めて学校に通ったりもしていて気持ち的な意味で経済的にちょっと臆病になっているところもあります。王子小劇場(インディペンデントシアターOji)の支援会員制度がリニューアルされ2026年に戻ってくるのは朗報だけれど、実は王子に通う習慣も無くなっちゃってるんだよなぁとちょっと迷いながら。 とはいえ、ぼちぼちは通っています。今年もよろしくお願いします。もう2月になっての挨拶とは思えませんが。

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【イベント】「劇作家フェスティバル岡山『げきじゃ!』」劇作家協会

2025.11.1〜11.3 [公式サイト]

だいぶ遅くなりました。2025年11月に開催された「劇作家フェスティバル岡山」(旧・劇作家大会)のメモです。2019年に大阪と上田で開催された劇作家大会から6年、久々の開催でした。会場は岡山芸術創造劇場 ハレノワで、ビル内のいくつかの劇場と会議室やオープンスペースでの開催。大きく広がる商店街からもほど近く、合間に店を巡ったりしながら楽しみました。

2025.1.1 10:30 「教育と演劇」(公式サイト)
IPU・環太平洋大学の大橋節子とCAT芸術文化観光専門職大学の平田オリザという二人の学長による対談形式で。IPUはどちらかというと教育を起点に感動とか不登校への対応という立ち位置、CATはどちらかというと演劇を起点にしながらも、演劇のスキルを観光業に繋げると立ち位置。どちらも東京一極集中は避けられない中の抗い方、のような話題。

2025.1.1 12:00 「世界記録に挑戦!デジタルアーカイブ ~戯曲にふれたい人おいでんせー!選びたい人も残したい人もこれで解決!~」(公式サイト)
劇作家協会とEPADによる戯曲デジタルアーカイブの紹介。前史となるオンデマンド印刷による21世紀戯曲文庫、戯曲アーカイブの歴史から始まり、権利処理の重要さと70年に及ぶ著作権の扱いや劇作家協会設立のキッカケとなった戯曲の対価の話などあちこちに話が飛びながら、劇作家の立場から「発見(と上演)されること」の意義が話されました。

2025.1.1 15:00 「演劇の現場でのハラスメントを考えるフォーラムシアター」(公式サイト)
演劇の稽古場でハラスメントが起きているという設定のスキットを15分、そのあとに観客が問題と考える場所で止めて改善をやってみる、という流れのフォーラムシアター形式。役者側は基本的には全力でもとのハラスメントを温存する方向に戻そうと仕向けるのでなかなかすっきりとは改善しないけれど、全力で考えて実践してみて何が起こるかを試して見るということは演劇の一つの機能なのが明確にわかるのです。 若い女性への演出家のグルーミング、疑問を感じても止められない男性、演出側につく年上、若い女性自身も拒否をしないというのが骨子で、いろいろな方が試して見ても明確には止められないのは絶望ではあるけれど、せめて支える側であることという消極的ではあるけれど必要なことだというのがワタシに見えたこと。

2025.1.1 19:00 「OKAYAMA movement 戯曲を通して見る日本現代演劇史」(公式サイト)
基本的にはほぼ、平田オリザの講義というか一人語りが目一杯の120分。 演劇が始まる前、定住商人と定住狩猟といったライフスタイルの変化から「暇な時間」が生まれ、現状に対しての疑問といった「歴史認識」が物語を生むという始まりから、能のように武士という支配階級のものになるもの、狂言や歌舞伎のようにあくまで民間のものとして都市で市民が金を払って観るものといったありかた。公社は江戸、大坂、京都、フランス、ギリシアぐらいでしか成立してなかったというのが面白い。そこからシェイクスピアでは自由恋愛はイタリアにはあるかもしれないという想像力の話だったり、日本では文明開化の中で美術音楽は教育に組み入れられたけれど、演劇は日本では教育に組み入れられなかったという話が面白く。

2025.1.2 10:00 「大人と高校演劇~明日講評するかもしれないあなたへ」(公式サイト)
大人が高校演劇という教育の現場の活動にどう向き合うかという対談。酷評するにしても納得させられる理由を示せないと教育の現場にはマイナスにしかならないという強い想いが心強い。観客の気持ちが動いた理由を言語化しようとするので高校生によるいわゆる生徒講評がとても頼もしいというのも嬉しい。(とはいえ、ワタシは高校演劇そのものは生の舞台では殆ど観ていないのだけれど)

2025.1.2 17:00 「文士劇リーディング『日本文学盛衰史』」(公式サイト)
2018年初演の平田オリザ作品を、劇作家たちによるリーディング形式で。台本を持っているとはいえ、動きはあって。しかし豪華なキャスティングで、いっかい限りゆえのお祭り感も満載。現在の風俗を織り込んだつくりなので、2018年から大幅に加筆修正がされていて、この体裁は上演のたびにアップデートし続けなければならないという呪縛とも。「オカンが共産党だちゅうねん、ほな共産党やないかい」みたいな(漫才の)ミルクボーイ風のやりとりも楽しい。踊り狂うラストも楽しい。 2025.1.2 19:30 「レセプション」(公式サイト)
参加する観客の側も参加出来るレセプション。アルコール込みの立食パーティ風ありつつ、いくつかの出し物もあったりして、あるいは久々の再会があったりもして楽しく。

2025.1.3 10:00 / 14:00「音声ガイドのつくりかたと、日本語字幕のつくりかた」(公式サイト)
映像では少しずつ増えてきた字幕、映像でもまだまだ少ない音声ガイドという二つのアクセシビリティ向上ための取り組みをワークショップ形式で。視覚だけの情報をどう音声で伝えるか、それは作演の意図を汲んだものにできるかは座組の一人になるのだという覚悟が凄い。音声ガイドの講師である檀鼓太郎は映像でも活躍しているトップランナーでこれを基準にするとなかなか高水準すぎて尻込みしそうなところはあるけれど。
字幕はまた文字数や約物の扱い、漢字表記か平仮名に開くかといった話題から。戯曲そのままを字幕にするというステップの更に先に進んで解釈を入れるべきかということはワタシはぐるぐると考えたりも。

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2026.02.03

【芝居】「gaku-GAY-kai 2025 贋作・真面目が肝心」フライングステージ

2025.12.30 14:00 [CoRich]

フライングステージの年末企画公演。前半は「真面目が肝心」を、後半はいつものようにショー形式で。180分、休憩15分。12月29日・30日の2日間の公演。雑遊。

古今東西の物語に彼らのアイデンティティーであるゲイの立場の人を絡めて描く「贋作」シリーズ。「真面目が肝心」じたい初めて拝見するワタシです。

ロンドンに住んでいるという弟をでっち上げて面倒をみるためといって田舎からロンドンを訪れて自由な暮らしをしているが、地元では立派な紳士として暮らしている。もう一人、ロンドンに住む男は田舎に住む身体の弱い住人をでっち上げて、ときどき都会の生活から逃げている。 それぞれの出自や正体を隠して、存在しないもうひとりをでっちあげたりなりすましたりしながら。なかなかに込み入った物語ではあるけれど、「こうあるべきとされる」姿から離れた立場を考えること、それになりかわることという二面性を持った登場人物たち。もともとの物語は女装やゲイを扱ったものではないけれど、その二面性を持った生き方はゲイという立場で短くはない時代を生き抜いてきたこの劇団の人々に重なり合うのです。もっとも、贋作シリーズ特有の茶目っ気をもって女装やゲイを盛り込んだりするというのもまたこのシリーズの楽しさでもあるのですが。

ヒロインともいうべきふたり、グウェンドレンを演じたエスムラルダとセシリーを演じたモイラの二人のある種の迫力。 アーネストを演じた石坂純、アルジャーノンを演じたとつかおさむは二面性をもって暮らす男ふたり、嘘を抱えて日常を送る男という説得力。

後半の第二部は華やかにさまざまに。

「佐藤 達のかみしばい 僕の話をきいてください」 は、転校生エイルエリへの思い、いつもの通りにほっこり優しく。
「ドラァグクィーン ストーリータイム」 関根信一のリーディング、はハンセン病患者である船城稔美の詩集から。
「水月モニカのクイアリーディング」 
「ふんわり小夜子ショウ リヴァイタル:レシタル」 
「ジオラママンボガールズの明鏡止水」 楽曲に合わせて無言のパジャマ姿で踊るというフォーマット、どんな曲でも、歌詞とリンクして亡くても楽しい。
「中森夏奈子のスパンコール・チャイナイト vol.16」もいつも通りに楽しく。なぜか、蛍の光。
「今年もアタシ、第二部で何かやろうかねえ」 エスムラルダでマンボで楽しく閉幕。

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