【芝居】「季節」普通
2025.12.13 18:00 [CoRich]
劇団「普通」の新作は初めてのシアタートラム。これまでの三鷹市芸術文化センターと客席数はそう変わらない(CoRich舞台芸術によれば)けれど、キャストも含めて何か特別感を感じるワタシです。110分。12月14日まで。
子どもの居ない叔父の家に集まる家族たち。
叔父の兄夫婦はその次男夫婦が同居していて今日来ているのは次男夫婦だけ。長男は独身だ。
叔父の弟夫婦は最近すがたを見せないが、その息子も顔を出している。
つまり、叔父の兄弟たちは集まらないけれど、その子ども世代が訪れている。
子どもの居ない叔父に集まる三親等から五親等ぐらいの近いような遠いような距離感の親戚たちのものがたり。兄弟でも年齢を重ねるというだけで、それぞれの家族や生活によって疎遠になっていたりするけれど、死んでるわけではなくても、ところどころ歯抜けしつつ、それでも定期的にあつまっている風景は、ワタシの体験としてはあまりないけれど、そういう関係が継続しているということもあるのだな、というぐらいのリアリティ。劇団特有の茨城弁はそのイントネーション、独特のリズムゆえにどこか実在する場所感はあるけれど、けっして茨城だからという話でもなく。
窓を開けたら蚊が入るだの、家の前に駐めているクルマを動かさなきゃだのと他愛ない会話だけれど、徐々にこの「親戚たち」の微妙な距離感、それぞれが抱える想いのようなものが明らかになります。が、それがこれからの人生の大きな事を描くわけででもなく。 今作で明確に主題として語られているわけではないけれど、介護される側になりつつある老いていく人々、 世代的には介護する側にまわりつつある人々という、老いと介護は一貫してこの作家が描き続けていることで、今作はそれが親子の枠を飛び越え、従兄弟といった親戚も含めた「広域」の物語としてが俯瞰しているのが新たな視線に感じられるワタシです。
芸術とかモスクワへの想いとか没落しつつある貴族といった人々をめぐる些細な日常を描くチェーホフの香りすら漂わせるけれど、現在の日本人の直面する生活に立脚して描いた枠組みで、しかし大きな波乱よりは心の機微だったり、ある種の絶望感だったりをもっともっと卑近に感じさせる一連の作品でも、従兄弟たちという横への広がりと、介護される世代、介護する世代、その子ども世代と縦にも広げたにもかかわらず、ほぼ一部屋でのワンシチュエーションに凝縮して箱庭のように提示してみせることに舌を巻くのは、ワタシがこの世代まっただなか、ということだけではなく、もっと幅広い年代が刺激を受けるんじゃないかと思います。
ワタシの観た回ではトークショーが設定されていて、 ワンシチュエーションなのに後半、叔父夫婦が明確に年齢を重ねているように見えるシーンがあって、それはもしかしたらそうなって誰も来なくなってしまう未来の事を描いているようにも感じたのは、明確に意図された演出なのだという確かなチカラ。 そこで語られた衝撃的な事実も。小津安二郎に似てると指摘されることが多いといいながら、(それゆえに)作家が小津安二郎映画を実はまだ観られずに居るとか。確かに東京物語から東京ノート(平田オリザ)に繋がる系譜という風にもみえる作家の物語、まだまだ見続けようと思うのです。
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