【芝居】「りすん 2025 edition」ナビロフト
2025.8.8 14:00 [CoRich]
諏訪哲史による同名の小説(amazon)を原作に、天野天街が2010年に初演した作品を2025 editionのリ・クリエイションツアーとして 名古屋、岡山、多治見、伊丹を経て横浜での公演は8月10日まで。120分。ワタシは初見です。
病室で妹の看病をする大学生の兄。妹は中国で生まれ、父を亡くして4歳で帰国し母を亡くしている。兄もまた父がおかしくなり、母親は逃げてしまった。実の兄妹ではないよう。おばあちゃん、が時々訪ねてくる。
なかなか病状が回復しない、夜遅くまで寝ない妹、兄はちゃんと向き合って話をする。父がかつて持っていた海辺のホテルの思いでを語り合う。カーテン越しの隣のベッドには若い女が入院していて、ウォークマンとラジカセを持ち込んで作業をしている。少し覗いてみたら、録音ボタンが押されている。
神奈川芸術劇場KAATの大スタジオの舞台面中央にカーテンで囲った病室、その両側に囲みで客席。序盤はカーテン越しの会話だったりプロジェクターの映像だったりの静かな、しかしときおりフラッシュバックするような会話。中盤ではカーテンが開き、おばあちゃん(実は叔母さん)が訪ねてきて、いろいろ噂話したり、悩み事を聞いて貰ったり。難病でドナーを待っている、という不安であるとか、それまでの生い立ちが語られます。後半で不穏さを増すのは、隣のベッドの女が会話を録音していたり、会話を書き起こしていたり、ということが明らかになってから。つまりは普通の生活での会話だって聞かれていたりはするけれど、明確に記録されたりということのある種の気持ち悪さを起点に、しかし芝居ってのは記録された会話を繰り返しているということに気付くワタシ、ああそうだ、この舞台全体が作家の書いたものなのだ、という幾重にもメタに張り巡らされている構造の巧さに唸るのです。
後半では病室だった舞台は、後半、妹の病状が悪化して別の個室に移されることを示すように棚や冷蔵庫がなくなり、引き戸が左側(下手側)から右側に移動し、さらには悪化して「宇宙=無菌室」に移り、出入り口がなくなり、終盤ではベッドもなくなり抽象度があがるというか、死に近づくようになっていきます。まっさらになった舞台ではダンスだったり、自由に飛び回ったりとインスタレーションのように美しいのです。


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