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2025.07.28

【芝居】「KYOTO」燐光群

2025.7.11 14:00 [CoRich]

英国ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーと、難民問題など世界の対立構造に目を向けてきた芸術団体グッドチャンスによる共同製作で、2024年英国での初演作を日本で翻訳上演。1997年京都議定書の採択までの衝突を駆け引きを描く160分。7月13日までザ・スズナリ。

大手石油資本に雇われた石油ロビイスト。国連によって設立された気候変動に関する政府間パネルや締約国会議に参加し、ロビー活動や各国の代表を支えながら、気候変動対策を妨害を図る。これまで大量の温室効果ガスを排出してきた先進国、石油の産出によってやっと自らの国の発展をみることになった産油国、これから経済発展するために足元の石油利用が必須な途上国、温室効果の海面上昇により直接被害を受ける島国などそれぞれの立場が反目し合い、ロビー活動による分断も功を奏してなかなか進まない。
気候変動の枠組みについての条約締約国会議(COP)はベルリン、ジュネーブと進んできたが、いよいよ京都では実効性のある決定が期待されていたが、やはり立場の反目は埋まらない。

もともとのイギリスでの上演では観客の一部を混ぜた円卓に各国の代表、一部の役者は机の高さに立っての位置関係での芝居。 日本での今作は、スズナリという劇場の形状から、観客を混ぜる形にはせず、しかし半円卓のような形に設えられた机に座る各国代表と、その机の高さに立つ役者たちという位置関係は維持されています。

冒頭、ロビイストの弁護士からの語り口。劇場に来ている観客や演劇関係者たちが嫌う右派のワタシが、みたいな自虐めいたというか揶揄めいたよう言い方をしながら始まって、事実、地球温暖化の進行を止めようとするCOP会議をあの手この手で妨害は目に余る完全にヒールな役なのだけれど、怒濤ともいえるセリフ量やスピード感はもの凄くて、ぐいぐいと物語を牽引していて、立場はまったく相容れないけれど、なんかペースに載せられてしまってるほどに離れられなくなっているのです。

ロビイストの働きによって、事実上全会一致でないと参加国を何も拘束できないような状況に追い込まれ、そこからスタートしたCOPは、その中で途上国や島嶼国と先進国という対立構造は明確にあるし、高度な駆け引きではあるのだけれど、現実はどうか知る由もないけれど、少なくとも芝居の上では明確にきちんと対話をしていて、口汚い口論ばかりが目立つ現在の国際関係に慣れてしまった目には悪く言えばこれでも牧歌的だし、理知的に対話をしていた時代、という遠さを感じても終うのです。もっとも現在のCOPがどういう対話をしているか、あるいは出来ていないかはよく知らないのだけれど。

各国の登場人物は特定の人物とは限らず、「その国の代表」複数を一人の役者で演じるようになっています。 アメリカを演じた樋尾麻衣子はスマートで強い、という感じ。島嶼国のキリバスを演じた永瀬美陽は、若く真っ直ぐな力強さでの説得力。 タンザニアを演じた南谷朝子もまた途上国だけれど、円熟の奥行きを併せ持つ国の雰囲気。 ドイツを演じた咲田とばこは、あのメルケルの瞬間もあって鋼鉄の女。 (アルゼンチンのラウル・エストラーダを演じた猪熊恒和は、粘り強い強く議定書の成立を導き出した立役者が泥臭くカッコイイ。 ロビイストのドン・パールマンは議定書を妨害し続けるヒールだけれど、このセリフ量で確かにこの舞台を強力に推進する力。

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2025.07.20

【芝居】「はぐらかしたり、もてなしたり」iaku

2025.6.30 14:00 [CoRich]

iakuの新作。105分。7月6日までシアタートラム。そのあと、大阪、三重・四日市、愛知・豊橋。

さまざまな人々の一晩、2日間の物語。
妻が上司の介護をすると言って家をでて二年経ち、戻ってくると言う。夫は再婚で、教え子だった妻が出て行ってからずっと待っていた。
妻は戻りづらく同級生だった親友に声をかけるが、その日は二人にとっての同級生が亡くなって9年目、偲ぶ会が開かれている。
娘は偶然であった事故を目撃した時に居合わせた若い男とよく話をして会うようになっていて、録画したドラマを見ようと誘い男が泊まりに来る。
仕事が変わったばかりの男は上司との出張の帰りのコンビニで上司を困惑させる。
偲ぶ会に来たのは夫だった家主の男と、亡くなった妻の親友だった独身の女だけで二人で話すうち、泊まるよう誘うと女はそれを拒む。
夜遅く偲ぶ会に来た男は、亡妻と浮気していて、夫婦の「動画」を流出させてしまったことを告白し謝罪する。

一晩の現在進行の出来事と過去の出来事をとりまぜ、情報を小出しにしながら、それぞれの男女のすれ違いと想いを紡ぎ上げます。たった8人の登場人物(+1名の登場しない人物)だけれど、あり得ないほどにソコとソコがつながる、という複雑に絡み合う物語で、あらすじ書くのはもう放棄気味のワタシです。 過去の回想は断片的に挟まるものの、物語の時間軸はほぼ一晩のできごとで、恋人たちの話、夫婦の話、登場人物が読んでいる小説の一シーンという劇中劇のような仕掛け、おかしなことを言う登場人物が物語の要素を縦横無尽につなぎ合わせる、という道具立ては、「夏の夜の夢」と感じるワタシです。物語は全く違うのに。

中心になるのは、高校生の時に恋をしてなかば略奪するかのように結婚し子どもを育ててきたのに、お世話になった上司の介護をするといって2年間、家を出てしまっていた妻が戻ってくるという話だけれど、その娘の若く可愛らしい恋や同級生の亡くなった女と夫をめぐり9年目にして明るみになること、謎めいた不思議ちゃんな男はヤケにもてるしといったぐあいに、網の目のように張り巡らされた関係が複雑に絡み合い、コンパクトなのに胸焼けするぐらいに濃密な物語なのです。

物語の起点は、夫婦の綻び。「オムライスにウインナーが入っていたかどうか」をめぐる喧嘩とも云えない些細なすれ違いを象徴的に描きます。でも、そう簡単でもないことが徐々に明かされるのです。世話になったとはいえ家族の居るもと上司の介護のため家を2年も空けるとはただごとではありません。妊娠で仕事を辞めるざるを得なかったこと、仕事をしていたときの私を待っていてくれた上司は、もう一つの選択肢をとったらあったかもしれない妻が持ち続けていた幻影なのです。 いっぽう、バツイチで結婚した夫は、しかし出て行った妻が戻ってくるのを男やもめのような状態になりつつあってもずっと待っていて、玄関が使いづらいという一言から玄関だけリフォームし待ってるみたいなのもちょっと泣かせる感じなのに、でも、もう妻にとってはこの家は戻るべき場所ではなくなっている、というのもどうしようもないこととはいえ、相当なホラーな感じでもあります。

若い男女の微笑ましい恋の話は、しかし、泊まるとかなんとかなドギマギはちょっと生々しく、しかし初々しく微笑ましい。あるいは年齢が倍ほど違う女と、亡くなった同級生の元夫との年齢が進んだゆえの恋というかもうすこし切実さみたいなものと年齢ゆえのプライドというか臆病さのグラデーション。こちらはワタシにとってもうすこし身近に感じるのです。

物語の飛び道具になっているのは、いたって真面目なのに、言動が少々ズレた不思議ちゃんな男の存在。コメディとしてのものすごい切れ味なのだけれど、ふっと真実みたいなことをいってみたり、 若い男女の出会いの切っ掛けになったかと思えば、バツイチ夫の元妻に不器用に恋心を告白して一夜を過ごしてみたり、かとおもえば9年前に亡くなった女の浮気相手でとんでもない動画をもらっていたりと、いくつもの物語の断片がこれでつながる大活躍。 人物としちゃ、近くにいたらミステリーになりかねないけれど、物語を通してみれば、不可欠なピースで、なおかつちょっと親近感を感じてしまったりもするのです。

夫を演じた瓜生和成はあくまでも穏やかでフラット、男やもめのオジサン感はちょっと珍しい感じもしますが、会いには行かず、待っている男というのはとても会っている感じ。妻を演じた竹田モモコは奔放という感じでもない造型だけれど、力強く進む説得力。娘を演じた高橋紗良は夫婦の関係に絶妙な距離感をもつ大人の雰囲気。彼氏を演じた井上拓哉は恋愛経験ゼロで本を読んで疑似体験しているというのが若く可愛らしいぐらい。二人が初めて夜を過ごす前のコンビニのシーンのワチャワチャが楽しいし、「筆をおろす」みたいな下世話な台詞を言わせる作家の意地悪も楽しく。

妻の親友を演じた異儀田夏葉は明るく豪快なのに唐突な恋には防御に入るというのも独り身のまま40歳をきっちり解像度の高く造型で素晴らしい。亡くなった妻と暮らしていた家で九年目の偲ぶ会を開く男を演じた富川一人はこの会に一人だけ来た同級生との絶妙な距離感の駆け引きという中年の恋心を描きながら、その後に突然現れた男が妻と浮気していたことを突きつけられる悲喜劇というダイナミックレンジをしっかり。

今作で(夏夢のパックのように)縦横無尽に物語を繋ぐトリックスターたる不思議ちゃんな男を演じた近藤フクは、平坦におかしな事を確信をもって言い続けるということで成立するほんとうに絶妙なバランスの役が素晴らしい。その上司を演じた小林さやかは、バツイチ男の元の妻という年齢、部下に翻弄されるコメディエンヌの楽しさ、顔が好みで恋に落ちるし、下世話な動画を見て喜んだりと振り幅が楽しい。

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2025.07.18

【芝居】「パトリオット」チャリT企画

2025.6.29 14:00 [CoRich]

昭和100年、戦後80年にチャリT企画の新作。110分。6月29日までシアタートップス(THEATER/TOPS)。初めての外部演出。

緊急事態が宣言されビルの倉庫と思われる地下に逃げ込んだビルオーナー、通りすがりの人々。謎の飛来物、都庁が半壊などの噂は飛び交うが携帯がつながらない。
ここで避難しようと山と積まれた段ボールで隠されていたエレベータの存在はビルオーナーすら知らなかった。更に特殊機関を名乗る男が現れ、地下に潜む敵を撃退するという。地下深くの階に降りていく面々は、地下に住み続けて地上に憧れる親子四人の家族に出会う。兄は100歳になったのをきっかけに地上に出たいと考えているが、家族は80年前に地上で受けた受けた深い傷を負っているが、長い時間の中で何をされたかの記憶は曖昧になっている。

平穏に見える日常から、現在も世界のどこかでは起こっている脅威が降りかかったある日、ビルオーナーと通りすがりの人々が巻き込まれるほんの一晩と思われる物語。特殊機関を名乗る軍服の男に煽られ認識する「地下に潜む敵」とのドタバタを経て、彼らが何者なのかが浮かび上がります。通りすがりの人々、怪しい軍服男、地下に住み続ける家族がエレベータで隔てられたいくつかのフロアをひたすら下へ、ドタバタとコミカルに進むけれど、そこから浮かび上がるのは「記憶の墓場」に封印された、ビルオーナー祖父の墓まで持って行く記憶なのです。

ビルオーナーの祖父、地下家族の100歳の兄、記憶の墓場のたどりつき結んだ像は、祖父が従軍していた旧日本軍が南方で行ったこと。略奪し、陵辱し、虐殺したうえに人肉を喰らうこと。しかしそれゆえに生きて帰国してこのビルを建てることができたということ。やったことはやったこととして、その酷さは認識しつつ、しかし生きている自分はここにいて、都会の真ん中にビルがある国にはなったということ。始まりは地下だったのに終幕はいつのまにかビルの4階になっているのは、物語の始まりと終わりで立っている人物たちや私たちの視点が変わったという感じがします(もっとも、劇場への作演の想いとも。後述)。物語も内容も全く異なるのに、一晩の(悪)夢というのはどこか「夏の夜の夢」。なるほど若者たちと妖精の偶然の出会いを描いた夏夢に対して、忘れてしまった人々と忘れ去られてしまった人々の偶然を描いているのかとも思ったり。あるいはまあ、時代と起きたことという意味で「ひかりごけ」を思い出したりもします。

歴史の長い劇団ですし、全てを拝見しているわけではないけれど、おそらく劇団としてはシアタートップスを使うのは初めてではないかと思います。その想いが結実するように、この場所を生かす演出もたくさん。舞台中央にある奈落を生かして小さな箱から出てくる人々とか、終盤、舞台下手奥にある扉を解放したりとケレン味あふれる演出も。物語の重さに対して、この外連が語り口の軽さになっていて、とりわけ終幕の扉の開放はその一瞬だけでも救われるような気持ちにもなるのです。

ビルオーナーを演じた森田ガンツは昼行燈なとぼけた雰囲気から、終盤のシリアスに背負っている男まで目一杯の振り幅を深い奥行きで。市民の一人を演じた堤千穂はなかなかみられないコメディエンヌな雰囲気が軽快。 地下一家の娘を演じた笹野鈴々音はコミカルをはるかに飛び越えたもはやマンガのようなキャラクタの暴走が楽しげなのにこの背景の落差。兵士を演じた熊野善啓は狂気であり続ける凄み。狂ったことをやった人間をぎゅっと凝縮。

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2025.07.10

【芝居】「ハッピーバースデー」劇団チリ

2025.6.27 19:00 [CoRich]

ブラジリィー・アン・山田による立川での上演団体・劇団チリの短編集。即興の上演と交互上演で6月29日まで、コトブキヤホール。90分。 作家自身による解説がありがたいけれど、読み取れてないなぁと自覚するワタシです。無念。

万引きを疑われスーパーのバックヤードにつれてこられた女。アルバイトは万引きを目撃したといって許してはいけないと訴えるが、店長は女に甘い「盗む女」
仕事の続かない女と友人が突然中年男に声をかけられ、父親だといい、女のことは何でもしっているという。日常の様々をやけに知っているがそれはSNSに投稿しすぎるからだといって信じて貰えないがいよいよ信じてほしいといい「黄色い車」
米国帰りの男を自宅に招いた男はもうすぐ帰ってくる妻を驚かせようという。最初は隠れていて、夫がコーヒーを飲んで苦しむから、そうしたら男に出てきてほしいという。妻が帰宅し、打ち会わせ通り男は苦しみだす。が、本当に気を失ってしまう「サプライズ」
同じ誕生日の夫婦、が明日は何をしようかと打ちあわせている。今ひとつもりあがらない。最後だから普通にして凄そうというが「ハッピーバースデー」

こちらは台本2人から3人のコンパクトな登場人物の短編集4本という構成は気軽に見やすい。

「盗む女」は万引き女を庇う店長という構図。ラード(頭文字Lなんだ..初めて知った)、アイスクリーム、卵と脈略のない品物からの「匂わせ」だけれど、果たしてどれが嘘なのか、謎めいたままに終わる一本。いくらでも膨らませられる物語の骨格、という感じでむしろ興奮してしまうワタシです(たぶん多数派じゃないことは自覚しつつ)。女を演じた金沢涼恵はあくまでイノセントな造型ゆえにむしろ怖い。店長を演じた中村哲人の優しげとアルバイトを演じた森山光治良の吠える感じの対比もいいのです。

「黄色い車」は単なるストーカーのヤバいオジサンのコミカルな話かと思っていると想像以上にヤバくてもはやホラーのような物語。子どもの頃にというタイトルこそが完全に事案で怖い。この怖さを序盤で感じさせない入り口にした本井博之の緩さが後からジワジワと怖い。つきまとわれる女を演じた青木絵璃(間違ってるかも..)はあくまで無垢でありつづけ、守る友人を演じた小川ともみは心強い。

「サプライズ」は驚かせようとコーヒーで苦しむイタズラを仕掛けたら、それどころではなくなるミステリー風味。冷え切った夫婦の関係を背景にそこからドロドロになりそうなところを寸止めするのは巧い。妻を演じた小川夏鈴は当て書きと言われるクールビューティをまさに体現、夫を演じた池村匡紀は仕事ができなくなってるゆえの優しげみたいな細やかさ。外国帰りの男を演じた山川恭平は対比としてマッチョで力強い。

タイトルにもなっている「ハッピーバースデー」は二人芝居。休日前のゆるいひととき、女がいろいろ提案して、男は否定しないけれど積極的でない感じ。別れると決まっている明日いちにちにどれだけのエネルギーをつぎ込むかという想いのギャップの空回り、でもきっと前は互いに熱烈であったと思わせる奥行きは決して若くはない役者二人(仲坪由紀子・成清正紀)の濃密さゆえに醸し出されていて、もう物語はどうでもいいぐらいに、二人のやりとりをずっと見ていてもいいと思わせるのです。

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【芝居】「即興の穴」劇団チリ

2025.6.27 14:00 [CoRich]

劇団ブラジルのブラジリィー・アン・山田が、劇団チリとして立川での開催を続ける即興公演。コトブキヤホール。105分。 短編公演およびメンバーを替えた同様の即興公演を組みあわせ交互上演。6月29日まで。

(1)「ワンワード」(二人の役者が1文字ずつ発声して単語を構成)

(2)「双子エチュード」(二人(=双子)が一人の人格として一文字ずつ発話し、もう一人と会話を繋げる。)
「監督インタビュー」「失踪以来久々に家族に会う 女」

(3)「スピットファイア」(二人の会話をしているが、もう一人が片方に時々肩を叩いて告げられた単語をその瞬間に言って会話を繋げる)
 「部下のミスを指摘」「迷子センターの子ども」「愛の告白」「三者面談」「見舞い」

(4)「タイプライター」
 「俺中心の世界であれ」

(5)「ペーパーズ」(客からあらかじめ集めておいた紙をランダムに引き、書かれた単語を言うことを挟みながら会話を成立させる)

(6)「回想エチュード」(会話をしている二人、他から一人カットインして片方だけ入れ替わり、過去の回想シーンを行って物語を成立させる)
 「体操」「毛」「(千葉ロッテ)マリーンズ」

役者たちの即興を見せる上演シリーズ。戯曲で一定のクオリティが確保出来る通常の上演とは異なっていて、 役者の瞬発力という意味では、自由に勝手なことを言ってぶっ飛べば面白くなるかといえばそうとも限らず、大喜利よろしく「うまいこと」いえば感動を生むわけでもなく。役者の訓練の意味は勿論あるけれど、観客としてはある程度のクオリティをどう担保されるか。いまのところは、主宰と集めた役者たちの名前を期待して。稽古回数が少なめで拘束期間が短めゆえに、年齢を重ねたり事情があったりと演劇の公演への出演をが減っている役者を持続的に拝見できるのが現在のワタシが観に行くモチベーション、つまりまあ、まんまと乗せられているのです。

主宰・ブラジリィー・アン・山田がそれぞれの上演後に、どういう物語を運びをしようと役者たちが考えていたかを読み取りコメントを加えてもらえるのは有り難い。少なくとも客前ではいたずらに批判しないでいいところを拾い出すのも安心感があります。公演までに役者が何を考えて動けばいいか、ということが即興の稽古ということなのでしょう。

「スピットファイア」は役者が意図的に投入する言葉かで紡ぐ故に、投入する役者と受ける役者の組みあわせつまり、どこまで「外した言葉」を入れても大丈夫か、あるいは「意図した方向に持っていってくれるか」といった信頼感があるかが面白さ。 もちろん初顔合わせではないはずなので、組み合わせは演出の腕、なるほど。たとえば「迷子センターの子ども」(関森・松下・竹原)をわちゃわちゃとした感じも嫌いではありません。「六文銭」(佐藤(拓)・関口・関森)はちょっと混乱してイントネーションの違いに拘泥してしまったかなと思ったり(偉そうなワタシ。スミマセン)。

「ペーパーズ」は観客があらかじめ書いた紙をランダムに引いてという偶然の要素が多め。偶然が数多く突っ込まれるおかげで、奇跡が起こる可能性を上げる枠組みですが、役者の力量はどのタイミングで紙を引き当てて偶然を差し込むか、あるいはそれまでの物語から偶然引き当てた言葉から現れる乱反射のどれを拾うかみたいなあたりに残酷にも見えてしまうと思うワタシです。「気合いで行けばなんとかなる」で始まる一本(金川・松下・竹原)はそこから遭難、鬼の物語とくるくると遠くまで連れて行ってもらってワクワクと楽しい。別の一本はせっかく偶然ひいた言葉を「そんなことより」で転換してしまうのがちょっと勿体ないと思ったり。「今日は最高だ!」で始まり人生終了の飲んだくれの話(関口・シャンソン姉さん・中川)はサスペンスのような楽しさも。

「回想エチュード」がもっとも複雑な構造で、メインの二人の物語に対して、それぞれの人物に対して過去の物語を回想として付け加えて奥行きを増やしていて見応えがあります。中でも「毛」の話(佐藤(拓)・牧山・大塚・中川・シャンソン)は禿げて俳優生命が突きそうな男が不妊のリスクみたいな展開、あるいはほぼスキンヘッドな姿で毛の有無はどうでもいいと笑わせながらいいながらそこまでを整理する中川智明が巧い。「マリーンズ」については主宰が観客が入ってもいい、といったことばを真に受けて飛び込んだ観客が(男の側の不妊なのだという要素を入れることで)奇跡的に巧いシーンを作ったとは思いますが、何者なんだろう。他の公演でも客席でまあまあ大声で笑っていらっしゃる声とタイミングに聞き覚えはあるのだけれど。

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2025.07.08

【芝居】「ザ・ヒューマンズ ─人間たち」新国立劇場

2025.6.25 14:00 [CoRich]

スティーヴン・キャラムのヒット作、日本初演。 2021年公開の映画版があります。(U-nextで配信)。 6月29日まで新国立劇場・小劇場。120分。自分の勘違いで15分ほどの遅刻。そのあと、愛知・大阪。

若いカップルがニューヨークマンハッタンの古いアパートで同棲を始めることになり、女の姉と、フィラデルフィアから女の両親と同居している認知症の祖母を呼んで感謝祭のささやかなパーティを開く。
カップルの女は作曲の仕事の夢を追ってバーで働いている。その恋人は今日の料理をずっと準備していた。 姉はニューヨークのオフィスで働いている。母は40年ちかく勤めているが、社会のいろいろに強い興味を持っていてことあるごとに子供たちにそういう問題についてのメールを転送してくる。父は私立学校に勤めて28年、湖の近くの土地を買っていて別荘を建てて移り住むといっている。
古いアパートで近所の物音、ランドリーから聞こえてくる機械音もうるさいが、しかしパーティは始まる。

舞台では一階と地下一階の二層になっていて、上下は螺旋階段でつながり、それぞれのフロアに玄関があって、廊下に設置されたエレベータも使える全体が見えています。映画版ではカット割りされており二層でほぼ全体が見渡せる感じではありません。後日・演出がラジオ番組で語ったところによると、元々は上下別の部屋だったものを繋げる形にリフォームした、ということのよう。

楽しく感謝祭に集まった人々だけれど、門出のはず家は薄暗くて老朽化しているというところからして不穏だけれど、パーティが進み、それぞれが抱えていてあまり言いたくないことを吐露していくにつれて、どんどん不穏さを増していきます。長女は華やかな職場で働いているけれど、大病を患って休みが多いことを理由に遠巻きに解雇を匂わされているし、レズビアンのパートナーとも別れたばかり。次女は作曲の仕事を志すがその職には就けずにいてバーでの仕事ををしているし、仕事に就くための推薦状をうまくかいて貰えてない。母は長く勤めた会社で信頼を得ているのに、20代の上司のもと、給料はやすく正当に評価されていないと思っている、父親も長く学校に勤めて施設長にまでなったが、実は解雇され、年金が受け取れなくなっている。全てが巧くいってないことがあらわになるにつれて、積み重なるのは将来への不安。

実際のところ、物語として何かが解決したりどこかに落ち着いたりということはなくて、停電になり、奇妙な音は続き、祈り続け、しかし扉の向こうには光が見える、という終幕。何も解決してないけれど、彼らはそれでもこのままの状況を飲み込み進んで行くのだろうなと感じさせるのはなぜなんだろう。絶望で立ち止まってもおかしくないのに、そういう感じではなくて。それが不思議なのです。

長女を演じた山崎静代はキャリアがある女性だけれど体調悪い、という造型をリアルに。 母親を演じた増子倭文江は社会問題のあれこれのメールを転送してくる元気さだけれど、身内だとうざったいなぁと思わせるある種の圧。 父親を演じた平田満は穏やかにしかしいろいろ抱え込む感じが身につまされ、 次女を演じた青山美鄕とその恋人を演じた細川岳、できる範囲で精一杯もてなそうという若さ、一生懸命さがとてもよくて。 認知症の祖母を演じた稲川実代子はほぼ一箇所を除いて台詞らしい台詞もないのだけれど、その一点の瞬発力で内に秘めている感情のマグマをかんじさせます。

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2025.07.07

【芝居】「いつだって窓際であたしたち」ロロ

2025.6.22 17:00 [CoRich]

2015年から2021年にかけて創作された高校を舞台とした連作群像劇シリーズ。10作になったのを機会に改めてキャストを一新し上演する公演。シリーズの最初となる今作は2025年・2018年に上演しての三演めですが、ワタシは初見です。6月22日まで武蔵野芸能劇場小劇場。高校演劇のフォーマットどおり、舞台のセッティングと本編含め60分。

昼休み。毎日崎陽軒のシウマイ弁当を食べている男子生徒は、席を他クラスから校庭のミニチュアを持ち込んで眺めている女子生徒に占拠されて言い出せない。女子生徒は校庭を走り回る人気者の男子生徒を見ている。その幼馴染みが別のクラスから遊びに来ているが彼女らしい。 カーテンにくるまった女子生徒二人はその場所が気に入っていて、いろいろ噂話をしている。一ヶ月学校を休んでいる同級生は今、富士山が見える山梨あたりにいるらしくて、迎えに行こうか盛り上がったりしている。

何本かは拝見しているものの、それほど熱心には追いかけて来なかったワタシです。 窓枠にカーテンがついた壁(の骨組み)をキャスターで動かし、その向こう側に教室の椅子と机が4組下手側を向いて。校舎の外側から教室を眺めるような視点だけれど、壁は骨組みだけなので、様子はよく見えるし、校庭を眺めているというシーンこそが客席を向くような感じ。役者たちは決して高校生の若さというわけではないけれど、幼くキャピキャピだったり盛り上がったりみたいなところも、引っ込み思案な感じもどれも高校生という感じの群像劇な仕上がり。

昼休みの学校という日常だけれど、いつもとはちょっと違う友だちと、旅に出ている友だちが居る富士山・山梨に想いを馳せて、それを想像すること。そこに手許のスマホのストリートビューで同じ足跡を旅行するというのが今っぽいし、友だちと昼休みの短い時間で一緒に空想の旅に出かけていくということの説得力も持ちます。日常から空想の先、ここではないどこかを夢想することの楽しさと、それを受け入れる柔軟さ、つまり若さ。終幕では窓枠と机の関係を反転させることで屋内からの視点でそこに吹き抜ける風が、どこか別の場所に連れてってくれた感が客席にも感じ取れるよう。なるほど軽快で、爽やかな終劇。

シウマイを食べたい自己肯定感の低い男子生徒を演じた稲川悟史、導かれ開いていく感じが爽やか。箱庭を持って歩き工程を眺めている女子生徒を演じた土本燈子はどこかクセ強にみえつつ奔放で自由で、どこかに連れて行ってくれそうな力強さ。トラックを走る男子生徒を演じた竹内蓮、その幼馴染みにして彼女を演じた小川沙羅は誰とでも話せて人気者な造型、他の生徒たちと対比する形でいわゆるカースト上位な陽キャだけれど、それが対立という構造ではないのが優しい。 カーテンに包まり噂話が好きな女子生徒を演じた端栞里、三上晴佳もまた(ワタシにとっては既に遠い)高校の教室の風景の自然さ。ノリで不登校の友だちを追いかけて旅に行くか、と言ってそれに不覚にも乗ってしまうのにハシゴを外される感じも、若さゆえの軽薄さで眩しい。

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2025.07.05

【芝居】「骨と肉」JACROW

2025.6.19 19:00 [CoRich]

大型家具販売店での父娘のお家騒動を描いた 2017年初演を改定再演。115分。6月22日までシアタートラム。そのあと7月6日まで愛知。

一代にして規模を拡大してきた家業のインテリア雑貨店。社長が不祥事の責任をとり会長となり、コンサル会社出身の長女が社長を継ぎ家族会社から公に開かれた会社に形を変えようと手を打つが業績は低迷している。 会長は創業の地に新規に大型店舗を出店するよう取締役会に提案するが会社の財務状況はそれを許さないと社長が却下する。会長は自分に従う社内の取締役たちとともに社長解任決議を提出し長女を社長から解任し再び自分が社長になる。ここに長女と社外取締役たちのチームと、父とこれまでの社内取締役たちの殴り合いが始まる。

初演でもコミカルな雰囲気は存分にありましたが、今作はそれを突き詰めて、リアリティよりもプロレスのリングを模した舞台に、リングアナウンサーによるコールで登場人物たちが派手なリング「スーツ」を纏って現れるという遊び心、三味線をふた竿で盛り上げるライブな音楽もあわせて勢いがあって、エンタメとしてより昇華しています。

大塚家具を巡るお家騒動というモチーフの上演ですが、雰囲気はずいぶんことなります。現実の方は、2017年の初演時点でまだ現在進行形であった父と娘の争いは父親の別会社匠大塚は残ったものの、長女が社長に返り咲いた大塚家具の方は2021年にヤマダホールディングスの完全子会社となり、実際のお家騒動としては決着がついています。今作は初演と同じぐらいの時点つまり2017年時点までのクーデターによる二度の社長交代を巡るあたりまでを描いていることは変わらないのだけれど、初演ではジャンヌダルクよろしく会社をより開かれた公器にしようとする長女にバイアスのかかった描き方でしたが、今作ではもうすこしフラットで、それぞれの立場の言い分と、それぞれが頑固で相手の云うことを聞かなかったからこうなってしまったけれど、「骨肉の争い」かと思っていたら「骨と肉の両方が必要ではなかったか」と両論併記的な着地点。どちらかというと長女に肩入れしたかったワタシ個人としてはちょっとバランスが変わった感じ。

両論併記になった結果かどうか、父親が娘を想うこと、娘も父親に育てられたことを自覚している回想のシーンはより効果的に。元々は家具店だった舞台をインテリア生活雑貨店に変えたことも巧く機能しています。ふたりが家業と商売を同じように思い、センスがあったがために、また家族だったからこその泥仕合になってしまったこと、もちろん互いには想いがあるけれど、頑固故にゆずれないところがドラマだったりするのです。

初演に続き父・娘を演じた谷仲恵輔・川田希の二人はより広い舞台で大声を張り上げ続ける肉体的にハードで高いテンションの舞台をきっちりと埋め切ります。昼行灯な信金を定年退職して就いた社外取締役を演じた中村ノブアキの静かな、会社を思うキャラクタは初演とはフェイズが変わった感じでより深み。日替わりのキャストはリングアナと終盤での(骨と肉、というタイトルコールに近いセリフを担う)記者という役、拝見した初日の土田英生のリングアナがなかなかカッコイイなと思ったりもします。

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2025.07.04

【芝居】「ふぁいやホーム 淑」ボタタナエラー

2025.6.15 15:00 [CoRich]

ボタタナエラーの新作。80分。6月15日までテルプシコール。

認知症患者のためのグループホーム。一人暮らしの親の入居のために見学に訪れる娘と息子、利用者にも 新人スタッフが夜勤を行いながらペアのスタッフから研修としてそれぞれから話を聴く。 酒入りチョコレートが引き金になった利用者は若い頃、チンピラが仕切り怒号飛び交うカラオケパブでアルバイトしていた女優志望の時代に戻る。 だが、暗殺者が現れて。それは夢と現実の狭間で現実に戻る。

5つの場面が列挙されていて、短いスケッチを繋ぐスタイル。作家自身の介護経験を組み込んでいるよう。 全体としてはファンタジーではあるんだけれど、そういう介護経験っぽいリアリティが所々に顔を出すのです。認知症患者が複数集まれば、どこに地雷があるかわからない怒りっぽさとか、帰りたがったりということにぎょっとするのもそうで、下見に訪れた子供たちからの視点ならそのリアリティ。あるいは新人スタッフを軸に、同じ事の繰り返しゆえのスタッフの気分転換とかペース配分、恋心といった人間臭さ。イマドキっぽいのは有名人からのなりすましから守るための利用者のスマホを預かるかどうかというスタッフたちの議論のシーン。確かになぁ。

物語の中心と感じるのは、利用者が若い頃に戻る後半の場面。チンピラが仕切るちょっと治安悪そうなカラオケパブ。ここまでとは打って変わって、凄んで大声上げるチンピラたちをコミカルに。女優志望でレッスンに通っていた女、ハウスマヌカンがどんな仕事なんだろうと夢想したり、30歳はもう「終わる」とすら言ってるけど、彼女はその倍以上生きることになるわけで、そこの対比もちょっと面白い。 「千円ちょうだい女」なるいわゆる寸借詐欺の女みたいに、ちょっと外れモノがいたりしても、広島弁で適当に受け流して帰す人々だったり、御法度のシャブでシノギに取り込もうとしたり、暗殺者が現れたりとめいっぱいファンタジー。ちょっと緩くて、ちょっとやんちゃで雑な時代の情景もまた昭和のひとつのかたち。

続く「覚醒」と題されたシーン。蛍光灯の地明かりで役者が若者から老いた姿に戻る着替えをそのまま見せるのは夢と現実の狭間で、現実に戻れば認知症の老人、 若い時は先があったけど老いた今は先が無いからこそ「今を生きる」のだということばは力強いし、でもそれが聞き取れない、というオチもちょっと切ない。

ケアマネを演じた平吹敦史と所長を演じた浅季愉女美の恋心がちょっと可愛らしい。若い頃はやんちゃだった利用者を演じた辻󠄀川幸代の若い頃と老いてからのスムーズな行き来がコミカルで奥深い。    

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2025.07.03

【芝居】「夏の日の陽炎」麦の会

2025.6.14 18:00 [CoRich]

1999年初演で、横浜の市民劇団、麦の会が定期的に上演を続ける太平洋戦争の銃後の人々を描く130分(10分の休憩込み)。6月15日まで、のげシャーレ。

子爵高倉家の敷地内、ワイン貯蔵庫を作り替えた町の防空壕。 息子を出征させている国防婦人会の班長、幼子を抱え夫を知覧に出征させている妻、高倉家の娘は兄が出征し、その兄が口にしたホイットマンの詩を心の支えにしている。 一人の見慣れぬ男や高倉家の娘が弾くピアノに憧れる学生も避難してくる。学生は実は漫画家を志していて、 空襲警報で避難している中、自作の「大福仮面」を実演してみせているうち、これを芝居にしようと盛り上がるが、学生も出征することになる。

戦時中、健康な男子は出征して、学生や傷痍兵や憲兵ぐらいしか男が居ないけれど、大きな土地を持っている子爵邸に作られた近所の人々も来る防空壕という「境界」を舞台にする物語。 コンパクトな町内の人情の物語ではあるけれど、子爵と町内の人々という格差はあって、子爵の出征先と同じ部隊に配属された同じ町内の班長の息子、特攻にかり出される夫など戦場では微妙に違う立場ではあっても、銃後の彼らには等しく空襲を受ける立場で、言い換えればほとんどの男たちを送り出し、待っているしかない女性たちの物語。 そこにふらりと訪れた足の悪い男、学生、あるいはお調子者の憲兵というコントラストを持ちながら、「芝居の稽古」という大胆なフィクションを加えて気楽でコミカルな要素をふんだんに盛り込んでいます。

それに並行して戦場に若者を送り出し玉砕を命じるような教育をしてしまった男の苦悩、大空襲の絶望なども地続きに描く濃密さ。

そんな些細な日常、あるいは希望すらも破壊されてしまう終盤から、それでも歩き出す人々。戦争が終わるところまでは描かれないので、まだまだ地獄は続くのだけれど、ウオルト・ホイットマンの「O Me! O Life!」の一節であったり、あるいはこの時には存在しないはずの海に踊りに行く若者たちの歌であったり、あるいは大福仮面と納豆仮面の対決といったマンガや芝居であったりがあり続けることで、 音楽や物語や詩を心の支えに進むことを描くのです。

今作の上演2025年6月中旬時点では「大福仮面」に「戦時中の国防婦人会」や「戦場に若者たちを送り込んだ教育者」など、今期の朝ドラ「あんぱん」が描いている時代と非常に似通った世界観。彼らもそれはわかっていてカーテンコールでは「似ているけれど、こっちが先です」という声に爆笑が起こる客席。どうなんだろうと調べてみれば、だいぶ以前に既に戯曲がすべて公開(判りづらいけれど、「戯曲を読む」からリンクがあります)されていて、なるほど、こっちが先か、と思って物語の普遍性を感じると同時にアーカイブの頼もしさも感じるのです。

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