【芝居】「穴熊の戯言は金色の鉄錆」MCR
2025.5.27 14:00 [CoRich]
MCRの新作。105分。5月28日までスズナリ。
精神科の入院患者・小野。病棟を徘徊していたりする。高校の頃はモテないキャラで自己評価低めで同級生女子・ゆかりがマンガを描いて告白してきても実感が持てないが、手を握った瞬間二人は電撃的に恋に落ち、卒業後すぐに結婚する。 ゆかりは新人賞を取ったが、結婚し生活のためマンガの執筆を諦めて小野とふたりバイトの日々を送るなか、小野は突然バイトを辞めるが、偶然知り合った男に誘われ割のいい闇バイトに誘われ、余裕が出来たゆかりは小野に言い出せないままマンガを再開する。 小野はバイトが殺し屋の手伝いだと認めるざるを得なくなり人格が壊れてゆく。ゆかりが知らせずマンガを再開したことを知っても、再開したかったゆかりにそう言い出せなかったことを謝り責めることが出来ないが、更に無理がたたり、小野は倒れてしまい、そのまま入院する。 病状は好転せず、殺し屋の同僚のことも、医者のことも区別がつかなくなっているが、付き添っている看護師の女のことはずっと同じ人物に見えている。
無頼な振る舞いと一人への想いの混在というか同居が持ち味と感じている作家ですが、今作は無頼な雰囲気こそ唐突とも思える「殺し屋」に残像がありつつも、一人への強い想いがありつづけること、成し遂げがたい現実のありようとの狭間に「押しつぶされてしまった」男の視点と現実を切なく描くピュアなラブストーリーという形に発露しています。決して長い上演期間ではないのに、ネットでは数回通ったという観客まで散見されますが、それも宜なるかなと思わせる仕上がり。
序盤、学生たち、まあいい歳の役者たちの学生服にセーラー服とコントのようで、しかも怒鳴り合うような会話からの告白だったり、コンビニで受ける理不尽な仕打ちだったり、たまたま貸してしまった携帯でヤクザに追われかねない羽目に巻き込まれたり、と本当に怒濤のように振れ幅の大きなコントのようなスケッチと、静かな医者と良くなる兆しのない患者との静かな会話を交互に挟みながら進みます。つか芝居か、というぐらい怒鳴る声の応酬だったり、あるいは静かに丁寧に話して居るけれど言ってることや考え方が怖い人だったりのコントラストなど、ともかく振り幅をもって提供されるのだけれど、やがてそれらが、まるで一本の木から削り出されるかのように冒頭で告白しあったカップルの物語として現れるのです。
語られる誰が誰かわからなくなっていく見当識障害がこんなにも自然に描かれているのが実は凄いと思うのです。いわゆる認知症の代表的な症状で、親にとっての現在進行形、あるいは自分の老い先にありそうなことでもあって物語とは別に迫って感じられるワタシです。今作では恐らくはそう老いているわけではない男の話だけれど、こう見えているのだ、ということがリアルに立ち上がる感じで、調べて頭ではわかっていたことが目の前で自分のこととして体験できることのリアリティの凄み。終幕、それがきわまった挙げ句、他人からはこう見えている、と「判明すること」の切なさが、物語のもつ力以上に切実になるのです。
入院患者の男を演じた小野ゆたかは、自己評価低めでしかし一途な気持ちはありながらもままならない男の切なさ。長く拝見している役者だけれど、代表作といってもいいぐらいに印象的。 恋する女を演じた帯金ゆかりは、本格的な芝居で拝見するのはもう何年ぶりかだけれど、あのテンションと弾けっぷりは双数姉妹や北京蝶々のあの頃のままで本当に懐かし。そこにこの深み、ラストのダンスで泣かされるとは。
中川智明は、コンビニで理不尽な目に遭っても穏やかで若い部下に対しても言葉は丁寧だけれど、実は殺し屋だし、凄むときの切れっぷりのダイナミックレンジの広さ。教師を演じた堀靖明は穏やかに困らせられる前半に対して、終盤の台詞「見えなくちゃいけないものが見えてない、捨てちゃいけないモノを捨ててる」の強いテンションは彼にしか出来ないぐらいに強くて、このコントラストが演じられる強み。電話を貸してもらう女を演じた加茂井彩音は借金でヘラヘラと酷いことになっていることをあっけらかんと明るく演じるのが、逆に深刻な今を描いてると感じます。高校の同級生を演じた荒波タテオと山川恭平のモテない同級生っぷり、微妙に距離感が違うコントラスト。看護師を演じた小川夏鈴、ともかく可愛らしく、きちんとしていて、なのに実は、という儚さも。
三段に組まれた舞台、黒を基調にした壁にワイヤフレームのように白い線。斜めや縦に所々つけられた白い線は、シーンによって照明の光の縁にぴったりあって実に美しく精緻なのです。
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