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2024.09.01

【芝居】「雑種 小夜の月」あやめ十八番

2024.8.12 13:30 [CoRich]

あやめ十八番の団子屋の話( 0, 1, 2) と云われれば行かないわけにはいきません。だいぶ久々に拝見。120分ほど。8月18日まで、座・高円寺1。

参道横にある家族経営の団子屋。店主の妻である母親と三人姉妹と新しい若い女の従業員で毎日仕込みから始めている。 長女は結婚して不妊治療を決心している。次女も結婚し娘も連れて店を手伝う。三女はここ実家暮らし。 住み込みの従業員は東京神田からこの場所に惚れ込んで働くことを決めた。 蕎麦屋の夫婦とは家族ぐるみで仲が良い。そば打ちを失敗したときに作るスコーンのほうがむしろ人気がある。 いとこの女医は母と二人暮らしをしながらこの土地で開業しているが、母の認知症が進み施設にいれることを決める。 母はかつて電電公社勤めの男と恋をして、しかし団子屋の一人娘として婿を取ることを求められ、思い余って駆け落ちを決めるが、その 駆け落ち先はすぐ裏の「おんちゃん」の家だった。
おんちゃんは亡くなったばかり。今年もお盆の季節がやってきた。

幅広の舞台、長辺を挟むように対面の客席。短辺側の端に鳥居、反対側の端は楽団ピット、天井からは社の屋根を釣った高い天井の空間。 団子屋の朝の仕込みから開店直前までの毎日のルーチンをリズムに乗せての幕開け。団子の作られる過程と、これまでの作品と共通するようにこの家族や場所の成り立ちを盛り込んだオープニングは、このシリーズの定番に。

今作は、お盆の季節に合わせ、すでに亡くなっている先代の夫婦や婿として入った当代の店主の夫、近所に住んでいたが亡くなったばかりの「おんちゃん」たちが「戻って来る」、迎え火から送り火までのお盆の時期、ここに暮らしていた昭和62年の人々と、暮らしている令和の人々を描きます。先代の店主と一人娘と「おんちゃん」を巡る昭和の物語は、可愛らしい駆け落ちの話を中心に、おんちゃんと当代の店主に繋がる物語。 令和の物語はほぼ現在の話。登場人物として「店主」とされている夫は、亡くなっていると勘違いしてしまいそうなぐらいに実に影が薄い描き方なのがちょっと気に掛かるワタシです。(余計なお世話)

本家、分家などという言葉も交えながら団子屋の人々をベースに描くけれど、ワタシが作家の目線として感じられるのは、元は神職で今は一人暮らししつつ祭りの下座連にはキッチリ参加して頼りにされていたと描かれる「おんちゃん」。田舎ではいわゆる「外れた」人になりかねないけれど、コミュニティにきちんと溶け込んでいる男。もう一つ作家の視線で描かれたと思うのは認知症の母親と暮らす女医で、認知症で施設に入れることを決めて、そのあと舞台全体をぐるりと回って、歩いて、スーパーに入る長い無言のあと、泣き崩れるシーンは実に印象的です。

広い舞台を平面として使えるようにしたことで、神社の広い敷地、団子屋の店内で忙しく働く人々、葬式の場面、あるいはリレーをする運動会のグランド、祭りといった場面に説得力と迫力が生まれていてダイナミックなのです。

三姉妹の母を演じた井上啓子は二つの年代をするりと切り替えます。女医を演じた蓮見のりこのスーパーをカートで無言で一回り、たった一人で場を維持する力。おんちゃんを演じた原川浩明の人が良くて溶け込んでいる頼りにされる男の説得力。駆け落ちの二人が出て行ったあとに寂しくなって養子(松浦康太)を取って育てる物語が実に良くて。語り部でもある三女を演じた小口ふみかは快活に、先代の妻を演じた川田希の極妻の迫力。
当日パンフには主宰の堀越涼(当代の店主)と女優の金子侑加(長女役)が千葉に移り住み、間違いなく実家の団子屋で働いていたこと、そして芝居を再開したこと、あるいは大森茉利子(次女役)が出産し娘も出演していることなど、劇団の「物語」もまるで大衆芸能のように。ああそうか、団子屋行けば良かったなぁ。

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