【芝居】「雨とベンツと国道と私」モダンスイマーズ
2024.6.16 15:00 [CoRich]
ほぼ一ヶ月の公演を3000円、高校生以下1000円という設定というのも評判の110分。6月30日まで東京芸術劇場シアターイースト。
コロナ禍以来味覚も戻らず半ば引きこもりだった女。脚本を学んでいた頃の昔の知り合いに声をかけられて映画撮影の現場の手伝いに入る。声をかけてきた女は自分をモデルに脚本を書き、主演する映画を撮るための監督を呼んでいた。その監督は、引きこもりだった女がかつて居た現場をパワハラで仕切っていたが名前を変えてここに来ていた。
引きこもりだった女が見たパワハラの現場とそこで出会った女優との日々と、そのオールドスタイルの監督がすべてを失い呼ばれた撮影現場で問題だらけの状況の中で生まれ変わろうと考え過ごすこと、声をかけた女が脚本として描いた亡夫との日々、という3つの柱を交差させ、時間軸を前後させながら描きます。それぞれの語りの始まりを「五味栞の話」「坂根真一の話」「才谷敦子の話」とわかりやすくタイトルを掲げ、それぞれの過去と現在を描くのです。
物語の主軸に感じられがちなのは、パワハラとものづくりの現場のあり方を巡る「坂根真一〜」です。失敗をして改善し生まれ変わろうする監督の気持ちには嘘はないだろうし、しかしどうにもならない現場を回すためのスキルとして自分にはパワハラめいた叱咤しかないということにも絶望するというのもリアルです。パワハラに対して観客がどう受け取るかについての調整は難しいところだと思いますが、音声流出によってパワハラが告発されるとなると、大声によって、というのは判りやすいとは思うのです。
「才谷敦子〜」の物語は2つの時代をブリッジする役割を持っているとともに、彼女のこれまでを自省する物語。自分のやりたいように決めてきて、夫は黙って文句も言わずについてきて農業を始め、コロナ禍で販路開拓に都内に出かけた夫が感染し会話もできないまま亡くなり、残された単語が列挙されたメモをもとに書いた脚本、という創作の原動力。しかし追いつかない脚本家としての能力(が監督を追い詰めるわけだけど)。何かの許しを求めてゴールのない思索を続けることの辛さ。
序盤に物語へ誘う「五味栞〜」の物語。監督と脚本家との関係を足がかりに構造を早い段階で示しておしまいかと思えばさにあらず、もう一つ、女優との物語は彼女が心許せる女友達を手に入れた嬉しさにあふれ恋心を自覚するセリフなしのシーンが実に甘酸っぱく美しい。もう一つは、この3つのとっ散らかった物語を仕舞う役割。まあ、全速力で走る若い男、という力技ではあるのだけれど。
五味栞を演じた山中志歩、引っ込み思案と恋心のダイナミックレンジが鮮やか。女優を演じた生越千晴はかっこよく理知的で正義を断行するポジションをしっかりと惚れられる説得力。才谷敦子を演じた小林さやかは人当たりよく、しかし気づかないポンコツを持ち合わせ、それゆえに持つ亡夫への追憶の奥行き。監督を演じた小椋毅は強面で、しかし穏やかに変わろうと噴火しそうになる自分を押さえつける強さ。亡き夫を演じた山憲太郎は穏やかでしかし消えていきそうな存在感なのに、二役で演じた56歳のほぼ素人の俳優が、監督に対して刃向かうのは監督の二面の鏡写し。カメラマンを演じる西條義将は職人肌の説得力。音声スタッフと助監督を演じた津村知与支、実は裏の音声流出など裏の姿とともに、コメディとして楽しく潤滑油になる確かなちから。朝ドラ「虎に翼」俳優でもある名村辰、ラストで走り続けるシーンの若さを見ながら、 (たぶん)二兎社「新・明暗」の佐々木蔵之介が全力で腕立て伏せをしたをの拝見したのを思い出したのだけど、あれ、これだったのかなぁ。気がするんだけど、どうだろう。
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