【芝居】「べつのほしにいくまえに」趣向
2024.5.25 18:30 [CoRich]
去年のオノマリコフェスの中でワークショップとして一部が上演された同名作を、フルサイズにして上演。120分。5月26日までスタジオHIKARI。
戸籍を廃止して、同性婚や友人との自助共助のための婚姻を「ケア婚」とする法改正の議論のなか、話し合うワークショップ「ほかの星」。同性愛者、世論を知りたい政治家夫婦、祖母の介護のためにケア婚したい孫など、が集う。
法改正がなされ、その施行前夜。法改正で変わることを期待する人々、イタズラ心をもった妖精。
同性婚だけでなく親族や友だちも含めた自助と共助を目的とするケア婚とする法律改正があったとする未来の決定直前を描く前半と、その法律の施行直前を描く後半の二部構成。前半は去年のワークショップで上演されたものを継承する感じで、いろいろな立場の人々が集い、話し合う場面。話し合いの場に「当事者として」参加することを望まれ、本名とは別の名前で名乗るといった運営の形は、自分にはあまり経験が無くて吾妻ひでお「失踪日記」での自助グループを思出すワタシですが、おそらくは作家自身がどこかでやっているか経験しているかもしれないと思わせる細やかさは、当日配られる用語集にも現れます。 同性婚、あるいは同性愛を隠しての婚姻生活、祖母の介護のためと考える孫、同性愛とも違って「拾ってきた」男を含めて共同生活を始めたりするような人など、「ケア婚」という新しい制度を自分が生きるための、生活するための足がかりにしたいという切実さを持った人、あるいはそれを立場に生かそうとする政治家を加えて。その制度の説明とさまざまな立場からはどう見え、どう使えるか、どう懸念があるかを示します。
前半の法律成立の数年後という後半は、その立場の人々が法律施行前夜にどういう思いを抱き、どう行動するかを描くのだけれど、シェイクスピア「夏の夜の夢」を枠組みに使って、あちこちでいろんなことが同時進行的に起こることを鮮やかに描きます。このやり方はとても上手く機能していて、もしかしたら発明なんじゃないかと思う私です(もちろん過去に例があるのかもしれないけれど)。 それは、イタズラ好きの妖精ロビングッドフェロー(パックではなく)が起こした、奇跡というか魔法というか。政治家の男は実はゲイで、夜の街をさまよい歩く妻であるとか、介護される祖母はやけに陽気で酔っ払いだとか、政治家秘書に扮したべらんめえ口調の豆の花もまた妖精であるとか、人々のもう一つの面が見えたり、自分の中で腹落ちさせる離婚などの決断とかが特別なその一夜が起こることの奇跡が夢のよう。
序盤で劇場までの凄い坂から導入し、坂道が多い横浜なのに坂道グループに無いとか、野毛や伊勢佐木町といった地名をまぶしつつ、後半ではその界わい、木が多いということは掃部山か野毛山か、みたいに目に浮かぶのは横浜で上演する意味がしっかり。劇場の外側にある窓の外のテラスで走り込み、そこから室内に入る動線も新鮮です。ワタシが観たのはソワレ(夜公演)だけれど、昼間はどう見えていたんだろう。
チラシの中央に書かれた「人が誰かと共に生きようとする時、その誰かが恋人とは限らない」と言う言葉、今作のケア婚(同性婚の議論を止めるためじゃないか、という批判的な視線も含めて)やアセクシャル、過去に描いたポリアモリーなど、いろいろな「共に生きる」をギュッと濃密に、しかもエンタメに昇華した作家を追い続けようと改めて思うワタシです。
アセクシャルなヘレナを演じた大川翔子はそれゆえ、フラットな視座をきちんと。ロビングッドフェローを演じた和田華子はかき回す勢いがよくてワタシ的に今まで(そう多くは観てないけれど)ベストアクト。ボトムを演じた海老根理は誠実さの説得力。コーデリアを演じた梅村綾子いろいろな面倒を引き受ける力強さというか頼もしさが凄いけれど、社会的立場としての男に生まれたかったという細やかな造形。とりわけ凄いのが後半のべらんめえ口調の豆の花を演じた前原麻希で、トリックスターのようでもあり物語を駆動するちから。
| 固定リンク
「演劇・芝居」カテゴリの記事
- R/【ホギウタ】ブリキの自発団P(1999.10.15)
- R/【寿歌】プロジェクト・ナビ(1996.09.21)
- 【芝居】「なんかの味」ムシラセ(2025.04.24)
- 【芝居】「煙に巻かれて百舌鳥の早贄」肋骨蜜柑同好会(2025.04.24)
- 【芝居】「ヨコハマ・マイス YOKOHAMA MICE」神奈川県演劇連盟(2025.04.15)
コメント