【芝居】「スローターハウス」serial number
2023.7.23 14:00 [CoRich]
障がい者施設での殺人事件をモチーフに、被害者の母と犯人の対話劇のスタイルで。7月2日まで東京芸術劇場シアターイーストで90分。
障がい者施設で自閉スペクトラム症の入所者を一人殺して取り押さえられた犯人。被害者も犯人も名前は伏せられ、刑が確定してから10年。自動車整備の仕事で働く犯人の男の元へ、被害者の母親が訪ねてくる。男は毎年「自分を取り戻したか」と母親に手紙を送ってきており、不穏に感じ「止めなければ」という想いで話にきたのだった。男は選ばれ者だけが受け取れるメッセージを受け、障がい者に多くの税金を投入する現状を嘆きよりよい世界を実現すべく行動を起こしたのだという。
大量殺人ではなく、一人を殺したところで取り押さえられたと言う形に変え、未成年だった犯人と被害者の母親という一対一の対話という緊張感溢れる場を設定。そこにオーバーラップするように、殺された息子の施設での様子を、説明役を兼ねる施設職員とのシーンとして描きます。
男をヒトラーに心酔して、自分を選ばれしものと考えて、よりよい世界のためであれば人殺しも躊躇わない、という優生思想のサイコパスだけれど、この一点を除けば極めて常識的な人物として造形しています。じっさいのところ観ているワタシはこれぽちも共感できないけれど、この絶望的な相手に「対話」を挑むのが被害者の母親というアングル。前半では背景となるその息子の様子や説明を交えて。
背景はよくわかるけれど、母親が犯人に対して対話を図ろうというモチベーションは正直なかなか理解が難しいと感じます。後半に至り母親は男に対して「あなたと私、似てないかしら」と問いかけます。十分裕福な家に生まれ、勉強も出来たふたり。男は地元の名士の家に生まれたが成績が下がり叱咤されてからの変化だし、母親は卒業してすぐ専業主婦となり生まれた子供が知的障害とわかり、成長につれ力も強くなり家では看られないと施設入りを決めて「捨てた」という自責。順風満帆な人生のはずがどこかで変わってしまった戸惑いを共感に変えたことの唐突さというか違和感は感じます。が、終幕、息子が一人でおしっこをする音の安心感を感じること、それは「数少ないできるようになったこと」で、その拙さを愛情と捉えること。犯人の男は万能感こそ感じているけれど、傍から見れば未完成な拙さ、それを「抱きしめたい」とまで言い切る感情はなかなか「共感」はできないけれど、追い詰められた切実さからの少し異型な発露のひとつの形なのかもな、と思ったりもするのです。
息子ができる数少ないことはもう一つ。「ローゼンにシール買いに行こうね」「いい子にしてたらね」と決められた定形でしか成立しない「会話のようなもの」。その会話の中身には意味がないことは母親はもちろんわかっているけれど、コミュニケーションらしいことができる数少ない寄す処の切実さ。神奈川ローカルのスーパー「ローゼン」に子供の頃から馴染みのある私、なんかぎゅっと掴まれるよう。
それにしても観客の共感を推進力にするわけにはいかないし、なかなかにハードな題材を扱い、鋭利な刃物のような緊張感のある会話を続ける作家と役者の胆力の凄さにびっくりするのです。よく認識してなかったけれどジャニーズ所属の役者なのだそうで、女性があふれるほど多い客席、しかしこの会話劇のしんと静まり張り詰めた至福の空間を乱すこともなく90分きちんと、というきちんとした客を呼べる役者ってのは大したものだと思うのです。
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