【芝居】「おしまいの夜」空間ベクトル
2023.5.5 19:00 [CoRich]
2022年夏に予定されていたがコロナ禍で延期された公演。座組は馴染みの役者だけれど、山ノ井史主宰の劇団としては初見。5月7日まで、古民家いせやほり。60分ほど。
元は質屋だった蔵のある一軒家。一人住んでいた母親が亡くなり、売りに出した実家に三姉妹と長男の妻、長男の友人が片付けのために訪れており、家具やガラクタをトラックに積み送り出し、一段落した宵の口、酒を酌み交わして一段落して。
杉並区、環七と甲州街道の大原交差点ほど近く、高層マンション立ち並ぶ中の路地に現れる古民家。普段はギャラリなどの用途で使われているようです。畳の一部屋、上手側に縁側、下手側に廊下その向こうに蔵(見学可)。
独身らしい三人姉妹、長女は金を預かってはいるが、仮想通貨とかネズミ講とか不穏な単語が見え隠れ、遅れて現れる次女は政治家秘書で忙しくしてるが大義を失って辞めることに、三女は漫画家アシスタントで、先生の妻に不倫で訴えられいたり。唯一の男兄弟の長男はコロナ隔離で妻が幼い息子と手伝いに来ていて、運転手かつ男手として長男の友だちが来ていて。三人姉妹はそれぞれの稼ぎ方や生き方を見失っているものをもっていて、長男の妻と友人は既婚だけれど、二人は淡い恋心。男は告白し女は一度は断るけれど迷いは断ち切れないし、それを三人姉妹が知ることはなく。
蔵の中に置き忘れていた昔の本で思い出したり、母が亡くなるときに間に合わなかったことへのギクシャクを挟んだりもしながらも、物語の中心は彼らの過去でも未来でもなく、現在進行のまさのその瞬間を切り取って見せるのです。 人々が交わり迷いを見せたりはするけれど、それほど互いに深入りはしない距離感。実際のところ、問題点は提示されるだけで、何も解決しないどころか、方向を決めた風でもなく。「おしまいの夜」は「片付ける」でもあり、何かの「おわり」でもあり。もちろん明日からも彼らは生きて生活は続くのだけれど、時が止まったような今夜、まさにその瞬間の断面を見せている感じのひととき、なるほどソワレ公演しか行わないタイムテーブルはその雰囲気によくあっているのです。
終盤で母の名残を思わせるガラス、建物のわずかな揺れのような演出があるのだけれど、ワタシの観た回はなんせ風が強くておそらくは演出の意図通りとは行かなかった模様。とはいえ、その雰囲気はもちろん、きちんと。 長女を演じた環ゆらは長女なのにしっかりさよりはちょっと欲にまみれた泥臭さが珍しい感じ。次女を演じた中野架奈のしっかりきりりとスーツ姿、父母の遺影に酒を手向けるという小さな心配りも説得力。三女を演じた木村衣織はわかくまだ何者にもなれない感じではあるのに、女としての顔が出てしまう年齢という危ういボーダーな感じ。長男の妻を演じた萩原美智子、三人姉妹とはもちろん少し違う距離感、だけれど、ちゃんと家族というか親戚というかという寄り添いの暖かさ、長男の友人を演じた窪田壮史、がっちりしたやや強面なのだけど、若い故かの一種のチョロさと、恋心と新しい仕事でこれから何者かになる前向きを持ち合わせ、なんか眩しい。
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