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2021.10.25

【芝居】「或る、ノライヌ」KAKUTA

2021.9.25 17:00 [CoRich]

KAKUTA、15年振りの劇団員のみでの上演という新作。160分(休憩込み)。愛知県で初日を迎え、東京・すみだパークシアター倉で10/5まで。その後配信(も終わってしまいました。感想遅くて恐縮至極)

探偵を辞めた女は住んでいるマンションを引き払い探偵事務所だった部屋に寝泊まりしている。その雑居ビルに妻が居る恋人の家で飼われていた犬が繋がれているのを見つける。メモには預かって欲しいことだけが書いてあり行方がわからない。会社にも出ておらず、自宅にも戻っていない。
女の兄は2014年の大晦日の夜、新宿の街中で会社の不正を大声で叫びながらで全裸で暴れていて、妹である女が引き取ることになる。同じ大晦日の同じ雑踏で血まみれの男は同郷の女と久しぶりに出会う。
行方不明の男は札幌に居るらしい事を突き止め、女は犬と元の助手、兄と共に車で北へ向かう。

元探偵の女の不倫の恋人と、北海道から上京した男が都会で再会した同郷の女、行方の解らなくなった二人を別々に探し札幌へ向かう流れを軸に、出会い、別れる人々を描きながら、独りであること、あるいは人と暮らすようになることを点描しながら、時に哲学的なことを言ったりする犬たちを併走させて物語を進めます。

雑居ビルのある街角という場所の雰囲気を説明する台詞ではなく、音やあるきまわわる人々、漏れ聞こえる会話という膨大な手間をかけて描く序盤。時間は長くなりがちで、そのわりに物語に寄与する情報がそれほど多くなるわけではないけれど、映像ならワンカットで示せるけれど、演劇でこう描くという決心。あとから考えるとコロナ禍の今から見れば懐かしささえ感じる風景が立ち上がるのです。

長めの上演時間なのに、観ているときに油断すると置いてきぼりを喰らうような濃密さが同居する物語で、軸となる人物はもちろんあるけれど、むしろ海外の連続ドラマのように何人もの人々それぞれの人生を丁寧に描く作風である最近の作家です。折り込まれるのは会社の不正の告発、時間が経ってもあまり変わらない被災地、カルト集団に囚われた肉親を救い出そうという人、あるいはそれを見守り支える人々。声高に最新の話題というわけではなくて、何時の時代でもあり、現在もあることをきちんと背景に敷き詰めるのです。

いくつかのシーンがとても良いのです。札幌から上京する二人が大晦日の東京で再会し弁当を作って貰う関係になったりしたところから、映画、クラブとデートをしていく一連の流れはそこだけでミュージカルのようでうっとりするぐらいにワクワクするのです。あるいはクルマで北海道に向かうロードムービー風から海岸で出逢うトラックドライバーの女の一連の流れ。あるいは民泊した家の家族の温かさ、夫を亡くし言葉を失った妻を気遣う人々、森の中で迷子になり不安に苛まれる犬など。もっとも、この見応えのあるシーンを山ほど入れた結果、上演時間の長さや油断するとどこに物語が向かうか解りづらくなる、ということもあるのだけど。

物語の着地点、ワタシは「奇跡は起こらない」と感じたのです。いわゆるハッピーエンドではないけれど、戻るべき所に戻ったり、収まるところに「填まって」っていったり。札幌まで探しに来た二人は当初の目的は達せられなかったけど、次のステップにすすんでいったり。象徴的なのはカルトから救われた筈の妹は自分の意思で戻ってしまうこと。放浪していた犬は「ママ」の元へ戻るとか。正しい道なんかなんかなくて、なるようになるしかなくて、何かが起こり変化する人々を、きちんと丁寧に描くのです。

被災地で拾われた犬を演じた谷恭輔がいわゆる「子供の視点」で物語を眺めるイノセントさを可愛らしく。元探偵の女を演じた桑原裕子は周囲が見えず目的にひた走る珍しい役。北海道から出てきた男を演じた森崎健康は挫折から幸福を何スイングもする翻弄されてもきちんと歩む人物をきちんと造型。元探偵助手を演じた細村雄志は中盤までの物語を牽引する重要なアンカーとなるポジションをしっかり。

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2021.10.11

【芝居】「ズベズダー荒野より宙へ‐」青年座

2021.9.19 14:00 [CoRich]

休憩15分、180分。20日まで。トラム。 第二次世界大戦後、ソ連。東西対立の中ドイツ人ロケット研究者たちを強制収容し、ナチスドイツの進んだ技術を吸収し自らのロケット開発を進め、世界初の人工衛星、有人飛行とリードしていったが、アメリカは月着陸で先頭に立つ。

宇宙開発競争の初期トップを走っていたソ連の「中の人」たちの物語。初の有人宇宙飛行に成功したガガーリンこそ有名だけれど、死ぬまでほとんど名前が表に出ることの無かった人々、とりわけ、プロジェクトのトップ・セルゲイとエンジンの開発トップ・グルシュコの確執を含んだ関係を核に、ナチスドイツの科学者を得てキャッチアップしトップになってもそれが色あせていく日々を描きます。

物語の冒頭はドイツのロケットをコピーしたソ連製ロケットを見つめるドイツ人とソビエトの科学者たちのぎくしゃくした感じからチームになって走り出していく時期。東西冷戦、ソ連にとっては軍事と同時にオリンピックと同様に国威を見せつけるための道具としての宇宙開発という時代を経て、レーニンからスターリンの粛清の時代を経てフルシチョフが宇宙開発自体に意味を見出し、政治が原因となった二人のトップの仲違いをとりなそうと努力したりという人間臭い人々を細やかに描く後半が圧巻なのです。とりわけ、些細な手術の失敗で命を落としたセルゲイをガガーリン、フルシチョフが遠くより見守るシーンの細やかさ。史実の隙間に創作をするりと潜り込ませる作家の真骨頂の一つなのです。

おそらくはどちらの陣営も相当に無理をした宇宙開発。衛星を飛ばすこと、ライカ犬を飛ばすこと、有人飛行をなしとげ、しかし同じドイツ人科学者でありアメリカに渡ったフォンブラウンの力で急激にキャッチアップしつつある米国を引き離すべく二人乗り宇宙船ヴォスフォートに三人乗せるために宇宙服なしで飛ばすこと、月の裏側をやっとの思いで撮影し、しかし月面への着陸は成し遂げられず。経済的にも厳しくなり宇宙開発に関してはアメリカ一強の時代へ。技術者・科学者としては月面着陸や火星探索すら夢見るロマンを持ちつつ、そして沢山のアイディアを持ちつつも実現し得なかった「人間」たちを描くのです。

セルゲイを演じた横堀悦夫が落ち着き払う造型、まさに宇宙開発トップでチームを率いる大黒柱の説得力。人間戦車ことフルシチョフを演じた平尾仁 がともかく人間くさく、愛らしさほど感じてしまうのです。分厚い年齢層の役者陣を抱える青年座だからこそできる重厚な布陣。ワタシは子どもの頃に宇宙開発の様々を夢中になって読みあさった世代ですが、東西冷戦の時代、ソ連に関してはスプートニクからライカ犬、ガガーリン頃までは知っていても、それ以外の殆どは今から思えばアメリカの宇宙開発ばかりでした。そんなヴェールの向こう側をのぞき見る楽しさを持ちつつの人間たちのドラマの迫力なのです。

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2021.10.03

【芝居】「山中さんと犬と中山くん」うさぎ庵(渡辺源四郎商店)

2021.9.5 14:00 [CoRich]

80分。元々は春風舎の予定を(公演を中止したコマを使って)アゴラ劇場に変更。大きく三つのパートで構成。9月7日まで。配信あり。

1)犬を預かって帰宅した妻。テレビを見ている夫に声をかけるが、あれ、誰だろう、私は誰だろう。
2)短編5つ。a)女の家に通う男と連れらていく犬、些細なきっかけで通うのを止めて半年が経ちもう一度訪ねてみるが現れたのは老婆で、しかし骨付きの唐揚げの味は一緒だと犬だけが知っている。b)輪廻転生局で待つのは犬を希望する面々で、使役犬なら犬種が選べるといわれるが皆愛玩犬を希望して納得しない。c)女房をとった大工が家に戻らず心配した女房にあの日と同じ犬が現れる。d)ガラス箱の中で目覚め兄弟たちは去って行ったが気がつけば一人ガラス箱の中、辞める店員が引き取る。e)劇場に居着いた犬は俳優に恋をして神の思し召しで人間になるが、シェイクスピアの書いた台詞しか話すことが出来ない。
3) (中山くんの縁談は再演)

ほぼ素の舞台、山中さんから犬を預かった夫婦の話、犬にまつわる短編5つ、堀部安兵衛こと中山くんの話で構成。間には丁寧な消毒や換気をこまめに。

「山中さん〜」の話は妻が別の男に入れ替わったり、隣の山中さんだと言い張る夫だったり、あるいはセリフの少ない役に変わりたいと言い出したり。生活での夫と妻をあたかも芝居の役のように入れ替えるちょっと不思議なスケッチのような短編。あきらかに混乱はしているけれどみなが穏やかでちょっと遊んでる感じすらするので、物語を楽しむよりは役者たちの「遊び」を眺めるような楽しさがあります。預かってきた犬を演じた西川浩幸、犬といえばキャラメルボックスでのスヌーピー役が印象的ですが、こういう素朴な喋らない役での独特な感じの健在を久々に拝見するのもワタシ的楽しさ。

短編は、椅子を5脚で役者がスタンバイ、場所を入れ替わりながら一人の役者が立ってリーディングというスタイル。
たとえば浮気相手の女が少し合わない間に老婆になってるが同一人物と犬だけが独特な味付けの唐揚げで気づいてたり、犬への生まれ変わり希望の混乱の中で役者のロボットが望んだ転生のことだったり、戻らない大工を待ち続ける女の傍らの犬の話だったり、ペットショップで売れ残り続けた子犬の話だったり、俳優に恋してシェイクスピアのセリフだけ喋れるようになった犬の話だったり。こちらもそれぞれの不思議を併せ持つ寓話のような短い話。作家のオリジナルなのか、それとも原作があるかは知らないけれど、役者の口調や間合いのちから。

「中山くんは〜」は堀部安兵衛が堀部家に入る前を描く創作。噂が噂を呼ぶ高田馬場の決闘から取り立てて貰える人生のあるポイントをコミカルに。武士でいる意味、終わらない仇討の輪廻などそうまでして武士で居続ける意味をちょっと問い直したり。初演とはずいぶん役者の年齢もキャラクタも変わってる気はするけど、これもまた役者が変わると芝居の印象が変わるという感じ。

全体を通して観ると、正直に云えば稽古場の様々な実験の蔵だしと言う感じは否めません。が、たとえば最初のふたつは、どこか不思議な小さな物語のそれぞれがこれからの物語の萌芽になる雰囲気はあって、成長が楽しみで。再演の一本は雰囲気が随分違っても、これもまたバリエーションの一本になると思うのです。

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