【芝居】「病室」普通
2019.9.27 14:00 [CoRich]
全編茨木弁によるセリフで125分。空洞。
父親が倒れたと聞き実家に戻る娘。四人の相部屋病室には同年代の男たちが入院している。父親は歩行と発声の麻痺、他には車椅子だったり、ガンだったり、わりと若い男だったり。それぞれに家族が来たりしている。
作家の故郷、茨城の言葉で全編が演じられます。となれば思い出すのは「にんじんボーン」 (1, 2, 3, 4, 5, 6, 7) で、コミカルでときにバイオレンスな理不尽さが独特の雰囲気を持っていました。今作はもっと体温の低い会話劇で、入院し「弱った」男たちの風景は年齢ゆえの繰り言や物分りの悪さや弱気があってずいぶん雰囲気が異なります。が、回想シーンでは妻や子どもたちを振り回し、怒りをぶつける理不尽な元気だった頃の男たち。なるほど10年前に観ていた理不尽なバイオレンスの感覚。もう少しリアルに描くとこうなるのか、とも思うのです。俗に「怒りっぽい、理屈っぽい、骨っぽい」の「水戸っぽ」といわれる気質(今調べました)、本当にそうなのかはよく知らないけれど。
今作では2つの時間を対比して描くことで、若い頃の理不尽さと歳を取ってからいいところが出てきたり、弱って愚痴っぽかったり、そうなって周りの家族が変化したり変化しなかったりというコントラストが鮮やかに現れるのがいいところで独自の雰囲気を醸し出します。
若いと思っていた役者が、もちろん実年齢とは随分違うけれどきちんと老人をリアルに演じていることに改めて驚くワタシです。 病室の主のような、癌を患っている男を演じた用松亮は、諦観した柔らかさで自分よりはましだと他を気遣うけれど、相手がどう思おうが自分の言いたいことを言ってしまう老人特有のリアルさ。看護士が妻に見える瞬間(舞台奥からの照明でパジャマ姿が透けてやけに女を感じさせる、を作演自身が背負う覚悟)の生きるという気持ちはやけにシンクロしてしまうオヤジなワタシなのです。 今は怒らないことにしているという男を演じた渡辺裕也は畑仕事はまだできるから面倒を見るよ、という優しさだけれど回想シーンの理不尽さはまさに物語の軸に。妻と娘が見舞う言葉と足の麻痺を患った男を演じた澤唯、セリフのテンポが持ち味の役者だけれど、それを封印されたような感じだけれど、きちんと人間が立ち上がる様をあらためて。この中では若い病人を演じた折原アキラはまた、まだ若いゆえに、離婚を考えるむすめにまだアテにされてもという頑張る気持ちの細やかさ。
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