【芝居】「骨と十字架」新国立劇場
2019.7.15 13:00 [CoRich]
休憩15分を挟み全体で120分。28日まで新国立劇場小劇場。有料パンフの他、カウンターで配役だけを書いた無料の印刷物を配布というのは国立らしい心配り。(高額な公演で配役がパンフ買わないとわからないとか、ねぇ)
進化論を確信し、教えているイエズス会の牧師神父(ご指摘感謝)は問題になり、検邪聖省からの男から尋問されるが、それでも信仰と学問が両立すると信じている。北京への布教という名目で派遣され、調査の日々を過ごすうち、北京原人の頭蓋骨をチームで発見し、ミッシングリングを閉じ欧州に戻る。その発見は、信仰と学問のどちらが正しいかを追い詰めていくことになる。
史実の隙間を旺盛な想像力で埋めていく作家の最新作、新国立という大舞台にワクワクするワタシです。キリスト教の信徒がその教えと進化論という学問にどう折り合いをつけているのだろう、というワタシのわりと昔からの疑問、なるほど、折り合いをつける位置を調整したりはしつつも、その矛盾を内包し向き合っていたり、あるいはその事実を無いものとしていたりという人々のグラデーション。ワタシが疑問に感じていることなど、とっくに彼らは自分の中で真摯に長い時間向き合ってきたのだ、ということを思い知らされるのです。
正直にいえば、役者の交代もあり、プレビューよりもだいぶ短縮されているという話もあり、作家がもともと思い描いていた世界を100%描ききれているかというと、そうでもない気はします。とりわけ、欧州に戻り更に学問をその先にすすめる一歩を踏み出すところでおわる終幕はワタシはもう少しカタルシスでもその先の絶望でも観たかったという印象が残るのです。休憩が入る構成ということも後半への期待が高くなるせいもあるかもしれません。
とはいえ、信仰をどう見ているかを形容する言葉があふれる台詞の圧倒的な力とそれをきちんと描き出す役者の力で紡がれる世界の見え方に圧倒されるのです。たとえば、序盤では聖書は真実ではなく現実の例えなのでは、ということだったり、あるいは天上の神ではなく、水平線に向かって一方的に進化していく先に真実という神があり、神に人間が近づいていくことに対する恐れであったりと、本当の詳しいところは知らないけれど、この宗教を支える人々がどうやって現実の世界や科学と向き合ってきたのかという示唆に溢れていて、人々がまっすぐに世界について真摯に敬意を持って考え続けているという営みの尊さは同じでだということにやっと気づくアタシなのです。
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