【芝居】「吐く」aibook
2018.8.31 19:30 [CoRich]
笹峯愛率いるaibookの新作。105分。9月4日まで駅前劇場。
地方都市、アトリエを共有している3人。3人で作った作品が認められて駅前に置かれたりしている。役場や自営業でそれぞれに仕事を持っていて、地元のイベントのポスターを請け負ったり定期的に集まったりしているが、作品にはなっていない。リーダー格の女は作品を作れないことに焦っているが、役場で働く女や理髪店で親と働く男はあまり気乗りしていない。
東京で華々しい活動をしていた芸術家が引っ越してきて絵画用品店で働き生活を始める。リーダー格その作家のファンで、アトリエを共有しようと持ちかける。その母親は一度小説を出版しているが、最近はそれほどぱっとしない。女を使いがちな母親に対しては嫌悪感を持っている。
地元にはセメント工場の建設が計画されていて、雇用が期待出来るが環境を破壊すると反対するものもいる。セメント工場の会社は先行して養護施設をつくっている。そこの所長は会社の御曹司でリーダー格に好意を寄せている。セメント工場の建設を働きかける女性社員は地元の出身で、理髪店の男は何度も告白してはふられている。理髪店を営む親はセメント工場の建設に反対している。
地方都市と暮らしと若くはなくなった人々がアーティストとして生きることはどういうことか、という濃密な物語。東京という憬れがあって、若い頃はその衝動ゆえに楽しく活動することができて、小さな成功があったとしても、コミュニティの中でそれなりに生活をしていくことのしがらみだったり、現実を感じることだったりという温度差が生まれてくること。小さなコミュニティゆえに、一つの工場ができるということの影響が大きく、賛否のポジションをそれぞれがとらなくては生きていけないという現実。
普通の日常、アートをなんとかできるかどうかのもがき、そんな中に現れた東京で人気だった芸術家が現れることで希望を取り戻すリーダー。地元に戻ったゆえに何もかもが珍しく、少しばかりの余裕もあって住民運動に参加したりそれがうまくいかないとワークショップを楽しいと思ったり。彼自身のあらたな拠り所ではあるのだけど、かならずしも巧くいかないことはあからさまで。
ちょっと浮かれ気味のリーダーにちょっと距離を持って見守るメンバーたちや母親。ずっと見守ってきたけれど、終幕に至り、母親が宣告するのです。それは、キレイで純粋な理想ばかりでふわふわと生きている娘への対しての強い叱咤でもあって。芸術に憧れはあっても地元を出て行く勇気もなく、その場所でできることをしようとしている中途半端さだと指摘し、利用できる物を利用して自分をフックアップしていくことが大切と説くのです。同時に、東京からの芸術家はまさにそんな存在にうってつけに見えているだけで、せっかく目の前にその活動を支援し、好意を寄せてくれる余裕のある人間がいるのだから、そちらを取るべきだとも。 それまで娘から嫌われるぐらいの扱いだった母親のこのシーンの迫力は凄くて、目が離せません。演じた山像かおりの圧倒的な力。 芸術で生きていく、ということを現実とどう折り合いをつけていくかということはおそらくは役者や作家といった彼らそれぞれの生き方に直結していて、そのちょっと苦い結末もまた地に足の付いた物語で、それは序盤で語らえる「自分の置き場所」ということなのです。
アートグループのリーダを演じた長尾純子は理想に生きるちょっとふわっとした女性をきっちりと。メンバーを演じた今村裕次郎、菊池美里、セメント工場の社員を演じたもたい陽子はそれぞれの現実の着地点で生きるリアルな人物を。 御曹司の男を演じた若狭勝也はちょっと現実感がないような王子様像にやけに説得力。 東京から戻ってきた芸術家を演じた有馬自由は年齢を重ねて先が見えてきた男のかっこ悪さも含めた姿がちょっといい。
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