【芝居】「て」ハイバイ
2018.8.25 14:00 [CoRich]
2008年、 2009年の上演作。劇団10周年として、隣の劇場で「夫婦」を同時上演するという企画公演。9月2日まで東京芸術劇場シアターイースト。そのあと、高知、長崎、兵庫。
対面の客席の中央に舞台という構造は変わらず。二つのパートに分かれている物語の構造の切れ目で、ベッドやちゃぶ台あるいは柱や屋根を模したフレームを動かすことによって、客席から観た左右を入れ替えるように作られています。
ワタシの記憶(と今まで書いたワタシの文章を読み返した限り)では今までの上演では無かったこの工夫は、 実に効果的で見事。屋根の方向まで変えることで、おなじことを同じ時間軸で見せているけれど、視点を変えているということを物理的にも、物語の視座という点でも変えていることを明確でスマートにみせているのです。 物理的な視点が変わることは明確にメリットで、たとえ端の席に座っていたとしても、たとえばベッドの祖母、祖母に向かい合う人々の表情の両方がどの観客にもちゃんと見える、というのは地味だけれどほんとうに凄いことなのです。それは、何でもないシーンの、物語には何も寄与しない要素だとしても、見えないことそのものが初見の観客のストレスになるということはもっと知られていいことだと思います。
物語のほうは例によって今まで観たものをわりときれいさっぱりと忘れているワタシですが、二つのパートで視点を加え変えることでその場の出来事が違うように見えてくる、という鮮やかさは最近観た映画の、あのカタルシスにもちょっと近い感じがします。
初めて気がついたもう一つの点、たとえば部屋の外での会話が進行している最中に祖母と次女、次男、その友人や長女といった人々の関心のあり方が陰として示されていて、これもちょっとおもしろい。人畜無害に見える友人が実は次女も長女もなめ回すように関心を寄せていたり、次男ははしゃぐように見える表向きとは裏腹に、床に横たわり実は心が死んでいるような場面が象徴的。
浅野和之の母親は所作といいテンションのバランスといい見事。祖母を演じた能島瑞穂も声の弱々しさと所々踊るようなテンションの高さのコントラスト。父親を演じた猪股俊明はこういう理不尽で何をやり出すかわからない父親を演じさせると実に見事で、しかも時折見せる弱さすらもちょっと腹立たしく見えるのもリアルな造型。
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