【芝居】「ケレン・ヘラー」くによし組
2018.6.1 19:00 [CoRich]
90分。3日まで王子小劇場。
母親が好きだったヘレンケラーコントをしていた女二人だが、不謹慎だとして謹慎を命じられ、解散してしまう。二人は一緒に暮らすようになるが、お笑いをあきらめられないアフロ女は相方にしようとお喋りロボットを買う。アルバイトをしながらの日々、神様と名乗る女が出てきて勇気づけられ、で身の回りの人々をネタに動画サイトで人気が出るが、やがて使っていた香水が実はドラッグで視力や聴覚を失っていく。
ヘレンケラーを題材にいわゆる「危ないネタ」をやるコントをする芸人を物語の核に。実際のところ、ブレずにやりたいことを続けている芸人の周りで変化していく人々、という描き方。やりたいことが売れないし不謹慎だといわれているけれど、それを続けていくためにお喋りロボットを相方にしてまで、信じ込んだ方向に傾倒しストイックを通り越してまさにのめり込んでいくアフロ女の姿。視力を失い聴覚を失いながらも自閉していってもなお、ロボットを目と耳にして作り続け。受け入れられるいいものがあるはずと信じ応援する人に対してまでもあまのじゃくに素っ気なかったり、ネタにされ避けられながらも人気が出れば戻ってくる周囲の人々と。変わらないクリエータを中心に、実は周りの人々が廻り灯籠のように変化していくという感じ。
その中心に居るクリエイターの姿は時に軽薄だったり時に追い込まれ自閉し、時に作り出したモノに乗っ取られるような感覚に戸惑ったりしながらも、創作を続けます。受け入れられなくても、それを作り続けていくしかない、まさに業とも呼ぶべき姿。同様にその作り出す力を失いたくないためにドラッグを手放せず視覚も聴覚も失いいます。が、やや唐突に視覚には治療がされる終盤。一度は決別したけれどそこに居たのはかつての相方。彼女は視覚を失っていて、物語ではストーカーの硫酸だからとなっているが、彼女がアフロ女に視覚を提供すべく移植提供をしたと勝手に誤読するワタシです。終盤では二人を貫く愛情が描かれ、異なる障碍を分け合い、補い合いながら生きていく、という雰囲気があるのです。
正直に云うと、序盤でヘレンケラーコントに固執するのは、母親と笑い合えた唯一の記憶、というのは物語そのものには実はあまり位置を占めるわけではありません。がそれは作家の優しい視線を感じるようでもあります。 のめり込みに荷担し半ば唆す存在であるロボットは終盤、放置され、初期化されています。アフロ女が生き続けているのに対して、次々と人の人生を消費していく、野次馬な私たちを見るようともおもうし、人生を暮らす本人の周りに現れて消える人々、という雰囲気でもあります。
アフロ女を三澤さき、津枝新平、ロボットとしての國吉咲貴が入れ替わりながら演じるのだけれど、男性俳優に乗っ取られるのはある種のゲスさの強化か、ロボットはイキオイがついて止まらない感じか、といろいろ考えるけれど、物語に対して、どういう意味づけなのかは今ひとつ腑に落ちないワタシです。
アフロ女を演じた三澤さきは明るく気丈に振る舞うけれど寂しさを抱える造型を細やかに。アフロ女を演じたり語り部だったりする津枝新平はゲスっぽい迫力。ロボットを演じた國吉咲貴はフラットなたたずまいがそれっぽい。相方を演じた中野智恵梨はいわば「普通の人」としての存在に説得力。
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