【芝居】「オセロの醍醐味」れんげでごはん
2017.6.17 18:00 [CoRich]
長野県・松本市の劇団の公演。 18日までピカデリーホール。95分。
オセロの同好会。リーダー格の男の段位昇格を定例の場で祝おうとメンバーを誘う関西弁の男。が、それほど人は集まらない。会話がままならない男、ヤバい仕事をしている女、新婚で冷静な男。想いばかり空回りするなか、その祝われる男が現れる。
その男が居ない間に鳴った携帯電話の向こうでは、監禁されているから助けてほしいという女の声がする。
序盤、関西弁の男は思い切り空回りし、コミュ障だったりヤンキーだったりのかみ合わない感じはコメディの風味。爆笑編とはいかないけれど、コミュニケーションの熱量とベクトルがずれた人々をみる楽しさ。
が、物語は中盤から監禁という不穏な要素が持ち込まれます。あれだけメンバーのことを想い続けているのだからそんなことをするはずはなく誤解だろうという登場人物たちの想いとは裏腹に、「それだけ真剣に想い続け考えた結果」がこの状況を生みだしている、という静かな狂気が徐々に姿を現します。そこには悪意が微塵もなく、オセロをやめさせないための監禁が彼女の幸せなのだと(彼らなりのロジックはあるにせよ)信じて疑わないということ。さらには、はじめその狂気に違和感を感じていた人々が自発的に同意し、徐々に同じ想いをもつ集団となってなっていくことを静かに描きます。そこからじわじわとくる迫力。
それはカルトの発生の現場をみるよう。オウムを知るアタシの年代ならともかく、客席に多く居る若い観客にはどう見えているのか、もしかしたら地元の演劇塾を通して若い人々と交わることで感じたある種の危うさに対する作家の問題意識かとも思ったりします。
正直にいえば、フラッシュモブに拘泥する関西弁の男に頼る序盤、楽しい好きなシーンだけれどもうすこしコンパクトでもよさそう。このサプライズを拒否する男の存在は後半でもカルトをきっちり拒否できる存在の柱。軽い芸風だと想っていたこの劇団、ここで描かれる問題意識が頼もしい。
勝手に役の向こう側に、役者のキャラクタを読みとって劇団の持つ現実が織り込まれていると感じてココを好きで見続けてしまってるアタシの悪い癖。 それを単に演劇の人々の話にせずに少し違う同好会という地平から始める物語の地の足に着いた感じと後半に向けての力強さに凄みすら感じるのです。
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