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2017.06.14

【芝居】「粛々と運針」iaku

2017.6.3 14:00 [CoRich]

2014年に初めて観て以来、アタシの中で確固たるiakuにハズレ無しが更に更新された一本。 6日まで新宿眼科画廊。90分。

兄と同居している母親に癌が見つかり入院した。結婚して家を離れていた弟が実家を訪れる。母親に初老の紳士を紹介される。恋人らしい。兄は実家暮らしでバイトのまま40歳になっている。母親が尊厳死を考えていることを聞かされ死を意識する弟と、それを考えるのもいやな兄。
ローンで一軒家を買った夫婦。妊娠しているかもしれないと打ち明ける妻。妻は課長代理になり稼いでいるし仕事を続けていきたい。夫はアルバイトあがりのファミレス社員。子供を作らないことで夫婦は同意して結婚したが、産みたくないと考える妻と、いざ妊娠が目の前にくると産んだほうがいいと考える夫と。

生と死をめぐり、兄弟と夫婦の二組、もうひとくみ女性たちの会話。後半で交わるような議論は交わしますし、女性二人を介してそれぞれの組は繋がりますが、物語の上で兄弟たち、夫婦たちのつながりはありません。 夫より収入の高い妻、あるいは定職に就き結婚し子供も居る弟と実家で親と同居のアルバイト生活の兄。男性がとか年上がより社会的に強者であるという一般的な構図を崩した二組が物語の骨格になります。 これらの背景を会話のなかで自然に小出しに提示していく前半、まるで丸太から人物を彫り上げるよう。もう一組の女性二人はちょっと謎めいて詩的な会話が続きますが、後半でその、ちょっとメタでファンタジック視点を織り込みます。序盤では三組の会話が代わる代わる、直接の関係を持たないまま断片が並ぶのだけれど、驚くほど飽きずに物語に自然に載せられている事に気付くアタシです。会話の口調のリズム、テンポの良さもまたそれを支えて居るのです。

兄弟の会話の核となるのは、大人になり死にゆく親の世代を看取る側になった世代の立ち位置。アタシはこの兄に近い感覚で、独立してはいて、切迫はしていなくても確実に親は歳をとり衰えていきつつあることを頭で判っていても、まだ受け入れがたい、ということ。それなのにあの手この手でモラトリアムを続けているこの兄の姿はアタシに重なり、身につまされるのです。

そこにひと味、母親に現れる恋人の存在はアタシには身近な感じではないけれど、親は親というだけではなくて自分とは独立した人生を歩む人間の一人なのだ、ということを強調するのです。

もう一方の夫婦の会話の核は、これから生まれてくるかもしれない子供のこと。それは夫婦にとって「子供を授かることが絶対的な正義とは云えない」ことを理解出来るか、あるいはそれを口に出して云うことができるかということ。子供を産むことが是だと云われて久しいけれど、子供を持ちたくない、という気持ちをもってしまったものをどう捉え、受け止めるか。

物語はその「子供を持ちたくない」気持ちの在処を丁寧に解きほぐしていくのです。 妻の強い意志の奥に見えるのは完璧に出きるからこその臆病な気持ち。それは自分のカラダとカラダから産み出されるものが自分ではコントロールできないことと、その責任をもつということの恐れ。もちろん、アタシには本当のところのその気持ちはどこまで理解出来るか判らないけれど、妻の気持ちをすくなくとも客観的な物語として腑に落ちる形で受け入れられるように語る語り口の繊細さとある種のしたたかさは作家の圧倒的な力を感じさせるのです。

ネタバレかも

残りの一組である女性二人は他の登場人物とはちょっと雰囲気が異なります。「ちくちくと運針」する針仕事をしながら、「ちくたくと進む時間の針=運針」に重ね合わせて背景のように描きます。一人はこれから産まれてくる子供、一人はおそらくはもうそう長くはない母親だということはだいぶ後半になって語られ、この視点を持つことで、ワタシたちに地続きに語られる兄弟や夫婦の物語の近さと、ぐっと離れた俯瞰あるいは抽象の視点を行き来しながら、心にぎゅっと近づいてくるようなのです。

当日パンフで作家は「時計の針が動くことを運針という、と誤解していた」ことを積極的に使っていると云い、確かにアタシの手許の辞典(新明解、第七版)にも記載は無いけれど、時計の取扱説明書とかではわりと普通に使われているのも目にしますし、時計メーカのwebでも見かける(seiko)ので、少なくとも時計業界では普通に使われる言葉だと思うので、実はわりと腑に落ちるような言葉の選び方で、いいタイトルなのです。

ちょっとひねた男を演じさせると圧倒的な尾方宣久、今作においてもどこか成長が足りない造形の人物を的確に。妻を演じた伊藤えりこは、他人に理解されないことを繰り返し訴える辛抱強く誠実な登場人物を、フラットなテンションで。しかしそれは相当なスタミナを求められることなのだけれど、きっちりと走りきるのです。

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