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2017.05.30

【芝居】「回れ!回らないお寿司」池亀さん、他

2017.5.21 19:00 [CoRich] 70分。21日まで新宿眼科画廊。

一緒に住んでいる四人姉妹。ペッパーに仕事を奪われた長女は半年引きこもったまま暮らしている。次女は勤めているが、姉妹たちを何かにつけて回らないお寿司の食事に誘いたがる。三女は研究者で忙しい日々、四女はいじめられているがそれを認めない。
ある日、家に半裸の毛深い男が現れる。三女が世間から匿おうとつれてきたのは、研究室から連れ出したナマケモノだった。

それぞれに何かを抱えてる姉妹たちのちょっと間の抜けたような緩い会話をベースに。日常的に見える風景だけれど、ペッパー君が人間の仕事を奪ったり、ナマケモノが改良されてハタラキモノになっていたりとわりとぶっ飛んだ設定も突っ込みつつ。もっともマッチョな筈のナマケモノですら胸毛をフェルトで付けてみたりして、女も男も全体に可愛らしく絵本のよう。物語を楽しむよりはそういう人物たちのわちゃわちゃした感じを楽しむのが吉かなぁと思ったりもします。

三女を演じた大河原恵を舞台で拝見するのはずいぶん久々な気がします。あのちょっと脱力したような魅力的な雰囲気はそのままではあるけれど、心なしか大人になったと思うのは気のせいか。末っ子を演じたシミズアスナ、なるほど人気劇団の役者のきらきら。自劇団ではありえない、フラットで普通の女の子、を演じていて新鮮。

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【芝居】「ああ、演劇」くによし組

2017.5.21 16:00 [CoRich]

21日まで東中野バニラスタジオ(Vanilla Studio)。拝見した日曜夕方の回は、ゲストが下手側に座り舞台につっこみを入れまくるというdisり回として設定されていました。

「くによP組」の作家は、架空の劇団をいくつか並べて描くことで「演劇」を描き出そうと考えるが、なかなかうまくいかない。 「right elbow」は観念的でちょっと頭が良さそうでスタイリッシュ。
「プリティコッペン」は夢をみない女の夢を巡る物語をファンタジーに。
「801」はアフレコ現場の声優たち、若い二人の男の声優が加わる。
が、作家はいろいろ試すも最後の一本が書けず、全体を書き直すといい出す。公演が迫り劇団員たちはそれを阻止し書けてる本の稽古を続けようとするが作家の意思は変わらないうえ、作家がそのほかの諸々も抱え込んでしまう。
「right elbow」はそれを上演するブロッコリーに熱中する先輩は、後輩がお笑いや小劇場がおもしろいということを一刀両断に切り捨てる。がブロッコリーのどこが。
「プリティコッペン」は紅一点の女優やりたい芝居はこれではないと思っているが、ヒロインに抜擢されるとおもしろくなってくる。
「801」はバスケットボール部とマネージャー、の男二人。スポーツドリンクを回し飲みすると、いつの間にか入れ替わっている。
「くによP組」の上演は迫っているが、最後の一本は全く書けていない。もう開場しているが、作家は家にいて劇団員たちは設定だけでも聞きだそうと電話する。

4つの劇団を巡る短編、前半後半に分けて上演しそうな芝居をパロディ風の劇中劇にしたり、その劇団の舞台裏を描いて役者や作家を描いたりして。今作を上演している「くによし組」を模した「くによP組」自体が初日に至っても書けないままだという右往左往を外側を薄皮のように包んでいて、まるで作家自身の姿が見え隠れするようなのです。

とりわけ、その「くによP組」の作家がいろいろ抱え込んでしまう感じや、それまで書いたものをなげうってしまう博打、さらには出演者全員が自分のことを恋愛対象として好きだと思いこんでいるという自意識過剰感めいっぱいまで、作家自身の本当の姿を知る由はないけれど、まるで作家自身のあれこれを自伝的に描いたものを見ているような、微妙な気持ちにさせる、というのが実はちょっとすごいんじゃないかと思ったりします。

アタシの観た回に設定されたディスリ回は、ゲスト2名と作家自身が舞台端に実況席のように座り、つっこみを入れつつなおもしろさ。とりわけゲストの沈ゆうこがよくて、書けないと云う泣き言を叱責し、全部を書き直すという暴言にやめた方がいい、できるできるという応援しという具合で、目が離せないぐらいに楽しい。テレビ実況の「ニコニコ実況」を見ているような楽しさなのです。もちろんゲストによって差は出そうなところではあるけれど。

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【レビューショー】「日本国 横浜 お浜様 〜yokohama music revue show〜」もじゃもじゃ頭とへらへら眼鏡

2017.5.21 13:00 [CoRich]

神奈川県の文化事業として行われる「地劇ミュージカル」の上演に向け1月のコンペで優勝し、8月の上演を目指す、劇団・もじゃもじゃ頭とへらへら眼鏡によるミュージカルのレビューショー。15曲を詰め込んだ80分。21日までラゾーナ川崎プラザソル。

横浜・本牧の高校演劇部が文化祭上演に選んだのは顧問の友人が書いた戯曲「日本国 横浜 お浜様」だった。いわゆる風俗店の一種・チャブ屋と、そこで働く娼婦・メリケンお浜を題材にしたものだったため、顧問はその採用を渋っている。娼婦とはいえその時代を生きた人物を描きたいと高校生たちは熱心だ。

オリジナル曲もミュージカル曲も歌謡曲も混ぜあわせ、これから上演予定の「〜お浜様」がどういう世界を描くかに触れつつ、その上演へ向けて動く人々の物語、というちょっとメイキングの風味を持たせたCMという趣。レビューショーらしく、全体に華やかで、時にミュージカル・シカゴのように色っぽく、時に港のヨーコヨコハマヨコスカを替え歌にしてコミカルなパートもあり。バラエティ豊かで見飽きない物語をごく短く作るというのは巧いやり方。

オリジナル曲だけに頼らず、きちんと権利をクリアしたであろう既存の曲でのダンスレビューを仕上げるのも、ある種の割り切りだと思うのです。堅くなりがちなその地元の物語を継続的に上演していくことで本編となる上演に結びつけていこうというしたたかさ、それはタイトル「日本国 横浜 お浜様」の意味(まあwikipediaに記載がある程度ではあるのだけれど)のみならず、その時代背景を含めて「メリケンお浜」の生きた時代のシンプルなレクチャーになっていてうまい助走だと思うのです。

もちろん時代背景が違いますから、自立している女といっても現在の私たちの価値観とはかなり異なるところもありますし、丹念に人物を調べていくといろいろな見方はありそう。が、この時間のこの場所に生きていた人々をどう描くか、ということは一歩間違えばあっという間に興味を失われるばかりか炎上になりかねない題材です。史実だからそのまま上演すればいいというわけでもない難しい物語の舵取りになるかもしれない、と思いつつ。あれ、もしかして俄然楽しみになってきた、と思ってしまうアタシなんですが。

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2017.05.26

【芝居】「はたらいたさるの話」きらら

2017.5.19 19:30 [CoRich]

去年熊本と福岡で上演された作品。ワタシは初見です。珍しく勢い余って二回拝見。21日まで王子小劇場。そのあと宮崎。

会社をクビになった中年の女はうどんの自販機がある国道沿いの店に通っている。面白がる中年の男の紹介でスーパーで万引き防止の私服警備の仕事に誘われる。同じ日に寸借詐欺をしようと話しかけてくる若い男とその彼女らしい金髪の女とも出会う。
スーパーで万引き客を監視する中、あの金髪の女が商品を棚に戻している。事情を聞き家を訪ねるとおびただしく汚く、親から戸籍を分けたいといっている。若い男は就活中でいいところまで進んでいるが、潔癖性。中年の男はバツ3でふらふらとしている。

この世界の片隅で不器用に、しかし本人たちは至ってまじめに生き、暮らしている二組の男女。若い男女には親との距離感を常に感じながらの不器用さを描く役割で、男女の関係も何かのきっかけでつながりあうものの初々しさ。中年の男女には生きていくための仕事がより切実なものとなるのは一人で生きていくからで、男女の距離感はあれこれ知ってしまっているからむしろ簡単には踏み込めず、むじろストイックな関係に描くのがおもしろいし、二つの年代でのそのギャップがやけに説得力を持つと感じるアタシです。これをカップルの愛情の物語に観てしまうアタシはちょっとゆがんでるかもしれないとおもいつつ、めずらしく速報ツイートしてしまうのです。

働くことのみならず、生きていくことは何かをまねて、最初は心がこもっていなくても、それはめげずに繰り返し繰り返していくうちにサマになっていくということ。後半で童話として語られる「はたらいたさるのはなし」は山で木を切り金を手にして食事にありつく人間を見てそれを真似しても誰も金をくれなかった猿、という話で、しかしその失敗があったとしても繰り返すのではないか、繰り返していくうちに何かを手に入れるのではないか、と続ける中年の男の奥行き。

それにしても、「戸籍を分けたい」とか「液体と化した野菜に沈むレシート」とか「写真を撮られるためのぎこちない笑顔」とか「病気になった金魚に熱湯をかける」とか「するときにいちいちすべてを確認する」など、ちょっとずれてるような、しかしやけにリアルな描写の一つ一つがちょっとおもしろく、しかも切実さを感じさせる見事さ。

ハンバーグにまつわる女二人のシーンが好きです。 若い女がハンバーグを作ろうと思い立ち、クックパッド通りにフライパンまですべてを新しく誂え、その通りにつくろうとするもちょっとした失敗ですべてを投げ出そうとする。中年の女は目分量で適当に作っていって、拒否しようとする若い女にやや無理矢理に作らせて食べさせるくだり。ちょっとした失敗にくじけずに乗り越える図々しさをまるで教えているよう、一回で諦めないで何度も繰り返していくことを教える、という雰囲気が芝居全体の雰囲気にもよくあっているのです。

語り部を兼ねる中年の女を演じたオニムラルミは、心折れる序盤から元気になったり凹んだり、恋したりという振り幅が楽しい。若い男を演じた磯田渉は、ちょっと頭良さそうというかいいとこの子、いろいろなことが起こりすぎて処理できない感じも若い役をきっちり造形します。中年の男を演じた有門正太郎、ふらふらしてるようできっちりブレない強さ、その視点からの台詞、「おまえ、おもしれぇな、」が序盤で圧倒的な印象で、それが終幕背中で語るシーンまできっちり持続するのです。若い女を演じた、はまもとゆうかは金髪でジャージのようなツナギという出で立ち、台詞にもあるけれどわりと美人なのに笑顔がぎこちないという落差、ロビーで見かけてみれば普通に会話ができる女性、役者の凄さ。この世界をかき回すのは実はこの若い女なのだけれど、それをきっちり背負うのです。作演を兼ねて母親であったり、万引きした老婆の声だったりを演じた池田美樹はもちろんこの小さな世界を操りサポートし。二日続けて通ってトークショーも二回観られて嬉しいアタシです。

役者の写真を入れた白黒の当パン、実年齢がわかるように役者の誕生日を入れるのは物語の奥行きを補強するようだし、じつはとてもいいなと思うのです。

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2017.05.23

【芝居】「60'sエレジー」チョコレートケーキ

2017.5.14 19:00 [CoRich]

人気劇団の割にはあまりアタシは拝見できていないチョコレートケーキの新作。140分。大型連休に3回の週末を含み21日までサンモールスタジオ。

独居老人の死の現場に立つ刑事と警官。遺書らしいノートには上京した頃の事が書かれている。
東京オリンピックを控えた東京の下町、社長とその妻、社長の弟とベテラン職人が働く蚊帳工場に会津から集団就職で上京した少年を迎える。仕事を覚え認められるうち、子供の居ない社長夫婦は息子同然に思うようになり、高校に通わせたいと考える。時代は進み、蚊帳の販売はじり貧になっていく。

次のオリンピックが迫る東京の独居老人の死を物語の起点とある種の救いを持たせつつ、全体として描くのは高度成長に沸く東京で、衰退し幕引きとなるひとつの工場の人々と、その中で成長していった一人の青年の物語。 世間の成長とは違う営みで、しかし人々はちりぢりになってもそれぞれ生きていく姿の十年を通して描きます。人情厚く世話好きでけんかっ早く。いわゆる下町の人間をベースに。

上京した金の卵が学生運動にかぶれていく、という昭和の物語は、正直にいえばわりと早々に見えてしまいますし、蚊帳づくりの十年となればそれが落ち込んでいくのもわかったこと。その中で人々がどう生きたか、ということを描くということはよくわかるけれど、衰退のなすがままに人減らしに会っていく人々を描くので実はそうそう突飛なことは起こらず、いわば予想通りに進みます。

現代を起点とするもう一つの物語にはもう少し仕掛けが用意されていて、実は独りではなかった、ということを描きます。ずっとここに住んでいたのか、あるいは独りになって戻ってくるようにここに来たのかはわからないけれど、そこには救いがなくて、ほろ苦いともちょっと違うテイスト。

東京オリンピックというキーワードで二つの時間を結びつけようという視点はもちろんわかるし、それはかつて何かを捨ててきたのと同じように現在も何かを捨てようとしているのではないか、という相似形を描こうとして意図もわかるけれど、現代パートの比重が少ないので、回想しているだけにも見えてしまうようで、現代の私たちへのノスタルジー以上のインパクトには少々欠ける気がしてなりません。

若い役者や作演が現実には肌感覚として理解出来ないであろうこの時代の風情と心意気を描き出していることは間違いなくクオリティが高くて(口調をあの頃の映画風にする必要はあるのかよくわからないけれど)、そこだけで十分エンタテインメントとして面白いのだけれど、彼らならもう一歩も二歩も踏み込めそうだとも思うのです。少年を演じた足立英は若い純朴から学生運動で少々ひねていくところまでという振り幅の広い成長期をきっちりと。ベテランを演じた林竜三は不器用な心意気とでもいうような造形で説得力を。社長を演じた西尾友樹のがらっぱちさと人情の厚さな造形、あるいは妻を演じた佐藤みゆきも下町の気っぷの良さとでもいう女将さんな雰囲気が楽しい。何より、弟を演じた岡本篤、とりわけ工場を辞めるまでのシーンでの下町の若者感が実にいい味わいで、そのまま寅さんの世界に出てきそうな厚みを感じるのです。

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2017.05.20

【芝居】「りんぷん手帖」やみ・あがりシアター

2017.5.14 14:00 [CoRich]

16日まで王子小劇場。90分。戯曲pdfのダウンロードコードを会場では無料で配る心意気。

結婚し専業主婦となった女、ずっと家にいる妻のことを夫は心配し、主婦友をみつけたらと勧める。妻はネットの掲示板で出会った三人の専業主婦たちと時々会うようになる。その会を主催する女は出会うなり、夫に買ってもらった手帖にあらかじめ書き込んであった予定を続けていこうと切り出す。友達ができたらしたいことがずっと書き連ねてあるのだ。

四人の主婦友たち(+うち一人の夫)の物語が順方向に進む一年と、20歳過ぎの親友らしい女性二人から逆方向に時を進めて子どもの頃の初めての出会いに至る十数年の物語の断片を交互に組み合わせ、終幕に放り投げられた「手帖」が主婦たちから少女たちに渡って時間軸がかみ合います。少女たちの側に再就職を果たし子持ちとなった夫が現れたりはしますが、基本的な物語としては別個のもので、かならずしも組み合わせによって生まれた妙という感じになっていないのは惜しいところ。

二つの物語が描くのは、子供のころは何も考えずに自然にできていたはずなのに、おとなになって改めて難しい、友達を作るということかなと思います。主婦四人はそれぞれのバックグラウンドがかなり異なっていて、仕事ができて家事もあっという間に終わってしまって時間をもてあますであったり、サッカー選手の妻であったり、一方では経済的には困窮していてクスリの売人もどきのヤンキーだったり、あるいは夫に愛され続けているがそれがなぜかDVに繋がるゆがんだ妻であったり。巻き込まれるように過ごす一年だけれど、埋められない溝も、近寄る距離もそれぞれにあって。近寄る距離感があればもしかしたら緩やかには続けられるかなという終盤。 一方の少女たち、幼い頃にヤな感じで出会ったとしても、自分のやりたいことををそれぞれにやっていて、進む道が離れ、暫くぶりでも会えばすぐに距離が縮まる絶妙の距離感の心地よさ。これからもきっと続くと思わせる雰囲気。

昆虫好きな若い女を演じたさんなぎの自在なテンションと美しさのギャップ。その親友を演じた高橋ゆなの序盤で見せるはっとするような色気が、子供に戻っていっても隠せないのもまた魅力。家でぼおっとしていた妻を演じたこうこの揺れないフラットさが物語の柱のよう。手帖の主を演じた小川碧水は台詞でも現れる「儚すぎる」たたずまいとDVにまつわるギャップの面白さ。

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【芝居】「インテリぶる世界」箱庭円舞曲

2017.5.13 19:00 [CoRich]

美大の学生たちによるアートユニット。一人の家の空きガレージをアトリエとして活動を始める。どうやって多くの人々に届くかというアートテロが彼らの命題で、はやり始めたネットに対して、ネットワークビジネスからヒントを得た2n-1をキーワードにして、チェーンメールをしかけて一定の評価を得る。
20年が経ち、ユニット名を一人で引き継いだその家の息子と、独自の感性で突き進む男の二人だけだった。美術雑誌の記者が取材でアトリエを訪れ、かつてファンだったユニットの他のメンバーを集めようとするが思うように集まらない。

演劇でアーティストを描く場合にはどうしても作家自身の視点で創作の現場の姿が見え隠れします。今作は、集団で活動していくということで、創作に対する立ち位置の差とそれによって別れてしまった人々の姿、さらにはそれを目撃した人としての記者であったり、そこからはもう少し距離感の違う親や妹であったりという周囲の人々を含めた総体として物語を描くのです。

ずっと物語の中で見え隠れするのは、ホンモノとニセモノ(というと言い過ぎか)のグラデーション。今作ではアートユニットで明確に突き抜けたアーティストであるサムライと呼ばれる男を頂点に、何かを表現しようともがくがそこまでは突き抜けられない男だったり、いいわるいを見分られ、それを形にするかに対してのセンスを持っている人々だったり、おしゃれだからとそこに乗っかろうとする(残酷に云えば)凡人だったり。 少し距離のあるはずの父親もまた、実はちょっとセンスはあってそこからは踏み込んでこない絶妙な距離感なのもちょっといいのです。

このグラデーション、絵画音楽演劇といったいわゆる芸術にとどまらず、アタシにとっては感覚的に近い工業製品を作る会社組織のプロジェクトであったり、工芸もしかしたら飲食店であったり、さらには会社や部署、サークルの活動そのものにいたるまでおよそ「人間の活動」すべてにあてはまりそうにも思えてきます。そう考えれば、作家が「箱庭円舞曲」として活動してきたこれまでの変遷もまたアートのかつどうであると同時に人の営みなのだと思い至るのです。

一世を風靡したユニット、時間を経て一人のプロデュースとなってもかつての仲間たちを再結集させたがる観客たちの無責任。過去は過去としても現在の自分の活動を見て評価して欲しい気持ち。もしかしたら作家自身が感じたことなのかも知れませんが。

正直にいえば、当日パンフ「リーダー」と銘打たれた人物が二人。20年前と現在でユニットのリーダが変化したということなのだけれど、アタシはちょっと誤解して一人の人物を二人の役者で演じてるとなぜか思い込んでしばらく混乱していたりも。

個性豊かで力量のある役者たちの魅力もその一端を担います。マネキンとのセックスやら首つりパフォーマンスやら少々まともじゃないところまで突き抜け、周囲を意に介さず活動を続けるサムライを演じた安東信助はふわっとし造形だけれど、ロゴの話しなど所々で鋭いセンスも舞台上で垣間見え厚みのある造形。美大教授を演じた林和義は、年齢が上で先生なのだとしても若者たちにアートに対して本気でぶつかる熱さ、とりわけどう活動していくかについて熱く議論するシーンの格好良さにしびれます。父親を演じた大谷亮介、難しいことはわからないといいつつ支え見守り、でもちょっと仲間に入りたい気持ちが見え隠れする可愛らしさ。元カノを演じた小林さやか、物語の中で果たす役割は少ないけれど、決して若くはなくても可愛らしさと色気で現れ、あるいは軽トラぶつけるアクティブさも見え隠れしてなかなかない役が魅力的。

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【芝居】「不謹慎な家」MCR

2017.5.13 15:00 [CoRich]

2014年にPANDA JOCKYとして上演されたものをMCRとして作家の手による演出で上演。90分。新作と交互上演で17日までOFF OFFシアター。

演出は変わりましたが、重なる役者も多く、キレキレのせりふが飛び交うことも含め印象は変わりません。

連れ込まれた男について、初演(有川マコト)でアタシは「飼っている」と表現したけれど、再演(澤唯)はもう少し違う印象。こちらは男が自律的に選択してここに居るし、好きでたまらないけれど、理性的な部分も残っていてという造形に見えるのは、役者が今まで演じてきた役がアタシの中でフラッシュバックするからかもしれません。

これに比べると初演でサイコパスかと思った連れ込んだ女(初演・再演とも徳橋みのり)の印象はあまり変わらず。劇場の大きさがそう変わらないこともあって(3年まえに比べるとMCRは相当に客が呼べるはずだと思うのだけど、OFF OFFでこの期間はどうなんだろう)。兄を演じた堀靖明、二本立てのもう一本(見られませんでした)にも出演しています。普通のひとをきっちり演じるのを目にすることも多くなりました。きちんとフラットに「この世界の外側」の人を演じるのです。

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2017.05.18

【芝居】「あぱあとめんと」Room105

2017.5.12 19:00 [CoRich]

同じ舞台セットで、役者脚本を入れ替えながら公演を打つ、あるいは宣伝の実験を掲げるユニット(落ち着いたらレポートが上がるのを楽しみにしています)の旗揚げ。100分のアナウンスですが、初日は120分。14日までSTスポット。

アパートの四つの部屋。女性が住む部屋には恋人も居るが、借金取りが毎日のように押し掛けている。 中学生の娘と父親が住む部屋、娘は自分が本当の娘ではないと普段から疑っている。家を出たきり行方がわからず大家や他の住人も探している。 大家の孫は精神を病んでいるふりをしているが、実はもう健常に戻っているがそれを隠している。
ある日、同じアパートに男が引っ越してくる。少し堅物で融通が利かない。

10年の時間を経て隠していたことをベースにしつつ、勘違いを重ねたコメディ的な描き方も含めて描きます。 正直にいえば、役者の演技に少々不安があったり癖があったり、あるいはコメディともリアリティとも違う不安定な感じを受ける初日です。 役者の年齢がわりと近いのに年齢の幅がある登場人物を演じさせるのはこの手の物語では難しいとこレオですが、たとえば老婆のメイクの不自然さを逆手に取って伏線回収につなげたり、バランスのいいところも感じます。もう一つ正直にいえばいわゆるゲイなどセクシャルマイノリティの物語としての扱いが少々雑な気がしないでもありません。

言葉を言葉通りにとってしまい比喩が理解できない堅物の男を演じた川田智史が、徳に後半で圧倒的な存在感。こういう役は結果として面白おかしいとしても揺らがず堅物でありつづけることが大切なのだけど、それをきちんと支えきります。関西の女性っぽい、ちょっとラフなネイティブな言葉が心地よい。

売りにしている「同じ舞台セット」に関しては、そのままで繰り返し使うには少々クオリティ、たとえば扉の幅の不自然さであったり押し入れのスムースさなど少々不安が残ります。まあ繰り返してバージョンアップしていくということを信じて。当日パンフをカラー冊子にするのも心意気ではあるけれど、まずは何処に限られたコストを配分するかと言うことの選択はここではない気がします。

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【芝居】「バージン・ブルース」うさぎストライプと親父ブルースブラザーズ

2017.5.6 18:00 [CoRich]

21日までアゴラ劇場。70分。

娘の結婚式、控え室。落ち着かない二人の男。 片方の男が突然倒れ、ここまでの走馬燈を観る。

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2017.05.15

【芝居】「チル、幻滅。」しあわせ学級崩壊

2017.5.5 19:00 [CoRich]

7日まで上野小劇場。60分。

一本の電話。人を殺したのだということを芝居にして上演し、それを批評され、理由を突き詰めようという。が、理由はわからないのだという。四つ打ちリズムに乗せた上演が人気だという。
殺したのは、あなただ、ワタシは目撃者だ、あなたが殺されなければ始まらない。こうしなければうまくはなせない。台本はまだない?もう読んでいるでしょう(といって首を絞める)

会場中から舞台奥では四つ打ちリズムを大音響で奏でるDJブース。それに会わせるように、せりふを断片に区切り繰り返し、リミックス。それは作家と批評家、男女二人の劇団員、電話してきた男と殺された女などいくつかのカップルの組み合わせ。劇中劇のようであり、迫った公演の外側で起きていることのようであり。

正直にいえば、物語らしいものはほとんどなくて、殺す殺される、それを目撃する、それをはなすためには殺人が必要、というごく小さい範囲での反芻もしくは一足跳びの結論になってしまっていて、舞台のせりふそのものから受け取れることはそう多くはありません。繰り返しのループの中で何かを積極的に受け取ろうと前のめりになることで見えてくるものがあるのではないか、とは思うのだけれど、今作に限っていえば、そこまでは踏み込み損ねてしまったアタシなのです。

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【芝居】「TTTTT」キュイ

2017.5.5 14:00 [CoRich]

綾門優季の戯曲を別々の三人の手による演出で。14日まで春風舎。115分。

デモに参加することなんか思いもよらなかった。デモはじゃまだと思っていたりする。半世紀前の記憶がよみがえる。仕事のせいでデモにいけなかった、友人がデモにこられずそれから疎遠になった。爆発で死んだ5人。あの日のスピーチが今でも心に残る。あの事件で身体が不自由になりリフォームしてるかつての友人。 「人柱が炎上」
2020年オリンピックの東京、しかし東京の各区の人口は減り続けていて、大きな地震がその傾向を加速する。それぞれの土地神があつまるが打開策は見いだせない。 「景観の邪魔」
男が植物状態になって20年が経ち、医療の進歩で目覚めると、都市部はすべて女性が支配していた 。「非公式な恋人」

現代口語演劇をベースにする青年団系の劇団ですが、ワタシはそれほど熱心に追いかけそこなってるユニット。一人の作家が描く三つの物語は、政治に対して何かをいう人々であったり、縮小していく東京という都市であったり、あるいは大多数を女性たちが占めるようになった世界であったり。作家自身の何かの問題意識に端を発したのか、あるいは世間で起きている何かを描こうと考えたのか。当事者たちよりはそこから少し距離をとった視点から描いているという気がします。スタイリッシュだしもちろんどれも安心して見られるクオリティだけれど、そこから先のもう一歩の踏み込みだったり血のにじむような内側を感じ取れないアタシなのですが。

「人柱〜」はデモをめぐるいろんな視点の人々。参加しようと思った人、仕事で参加できない人、傷ついた人。四年後にその参加者の家をバリアフリーに改装するという後日談的な視点も持ちつつ。複数のカメラで捕らえ、効果的に編集したような雰囲気で、まるで一種のドキュメンタリーを見ているよう。特定の現実の何かに根ざした描き方ではないのだけれど、一人芝居なのに視点がぐるぐるとテンポよく変わっていく描き方は新鮮なのです。

「景観〜」は衰退する東京という視点の物語。日本の中でも東京だけが衰退しそれ以外の都市に人口が流れているという視点は珍しい気がします。正直に言えば日本が衰退しつつあるという現実はあっても、東京がその先頭にたって衰退していくということに対する説得力が地震以上にもう少し何か欲しい気がしますが、もしかしたらアタシが何かを見落としている可能性もあるやもしれません。土地神が集まるが解決策が見いだせない会議は踊る雰囲気はちょっと楽しい。

「〜恋人」は笑いも多く見やすい一本。演出のみならず物語にもどこかにワワフラミンゴ風味を感じるアタシです。かわいらしい女性たちの会話よりはもう少しあけすけでやや暴力的でもあるのは、女性たちが圧倒的な力を持つようになり男を要らないものとみなすようになった世界ゆえの無自覚な暴力を逆の視点で見せられるよう。

あけすけ、という点では性交に関して凹凸をはめあわせるのではなく、がギザギザをかみ合わせるようにして男女対等であるという序盤の小さな話が思いの外ぐっとくるアタシです。そこからもう一歩進んで、男女であっても人によって形が違うという視点もよく考えたら相当にあけすけだけれど、考えさせられるフックになるのです。東京は女性専用都市になり、それなら性犯罪もなく平穏に暮らせる日々なになるだろうという視点はまあ一種のユートピアな描き方ですけれど、いっぽうで(女性が)性欲はなくなったはずなのにあの日の性欲がフラッシュバックするというのも、アタシには知る由もないけれど、一つの現実を描くのかもしれません。

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2017.05.14

【芝居】「鰤がどーん!」渡辺源四郎商店

2017.5.3 19:00 [CoRich]

7日までスズナリ。そのあと青森。

地区大会に進んだ高校演劇部。部員はたった一人、津波に襲われた村のと魚籃観音の物語。たった一人でここまで頑張ってきたが、同級生たちの目は厳しく、もう耐えられずやめたいと思う。
ある日カニにいじめられていたカメを助けて連れて行かれたのは、ある高校の演劇部、一人芝居をおもしろいと認めてくれていて、そこでみんなで演劇することが楽しい。

ネタバレかも

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2017.05.12

【芝居】「遠き山に陽は墜ちて」肋骨蜜柑同好会

2017.5.1 19:30 [CoRich]

125分。2日まで風姿花伝。

姉は身体を壊し弟のアルバイトで暮らす姉弟。米軍機が墜落して数日後、町でホームレスのようにうずくまっていた人が職務質問を受けているところに出会い、いきがかり上で拾って帰ってくる。最初は水しか受け付けなかったがリンゴを口にして話し始めるようになる。前に暮らしていた場所は小さくて、そこにはバラがあったのだという。バラの刺に嫌気がさしてそこを出たが、戻らなければならない。

金髪の人間が空から落ちてきて、前にいたバラの花の場所の話を交えたりしつつ、地球の人々との交流。映画「地球に落ちてきた男」(未見, wikipedia)や、星の王子様(wikipedia)を思わせる物語、ということは観ている最中には気がつかず、終演後の話を耳にしてやっとわかるアタシです。なるほど、あの金髪はデビッドボウイ、スーツは星の王子様か。作家による小ネタ解題もちょっと楽しい。

バラの花との小さな世界で暮らしていたがそこを出てやってきたここ、ホームレスとして見いだされ、つつましく暮らしていた姉弟との暮らし、コミュ障気味の花屋や酒浸りの隣人などの人々とのつながり。その招待を暴こうとするライターや編集者。世界の片隅のごく狭い人々との間に起きた波紋、そしてその男が姿を消すこと。あるいは一つのバラとかたまりのバラに対比されるように、人も、ひとりひとりの人間は名前ある個人だけれど、かたまりとしての群衆のことを語ったり。バラに喩えられるようなワガママな女の存在。どこか童話めいた雰囲気の物語の骨格。

一方で、絵に魅せられた弟がそのショックを受けた絵が忘れられず探求するきもちの真っ直ぐさだったり、ややコミュニケーションに難ありがちな花屋の店員の姿だったり、あるいは宇宙人をめぐるロズウェル事件に共感するライターと編集者、酒に溺れる女など、それほど特異なわけではないけれど、何かに囚われたり少しだけ歪みのある人々を人間臭く描くのです。

年齢も性別も不詳だけれど、確実な存在感をもって演じた田中渚が圧倒的な存在感。ライターと出版社員の二人組のバディ感を紡ぎ出した高山五月、窪寺奈々瀬のかみ合い方の妙。物語の視点であり語り部であり続けた姉を演じた嶋谷佳恵のフラットで居続ける力。

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2017.05.10

【芝居】「スキップ」ナッポスユナイテッド

2017.4.30 17:00 [CoRich]

北村薫の原作で2004年キャラメルボックス初演( 1, 2) 作を、同じ成井豊の脚本・演出でプロデュース公演として上演。5日までサンシャイン劇場。120分。

知っているのに、本を読んでいるのに初演と同じように、そして久々に泣いてしまうアタシです。遠い時間の先に放り出され、朽ち果てた実家を目にした瞬間の序盤も、あるいは決心を決め「夫と決めた男の運転する車の助手席に座る」ラストも、絶望的な気持ちから明確に前向きに進む成長の物語の力強さ。あまりに健気に過ぎるのではないかとも思うし、そういう意味ではあまりに清廉潔白でイノセント過ぎていいオヤジがなに感情移入してるんだ、とも思うけれど、心は動いてしまうのです。

初演と同様に回転する舞台を俳優たちが回すというスタイルで、シンプルだけれどさまざまに変化する場を作り出します。そうそう、スキップってこうだよな。ぐるりと場面が変わったり、高さが変わったりは実に巧く機能していて劇中の文化祭でキャットウォークを模した高さの場面は学校らしい瞬間の一つを教室ではない場所で作り出していて巧く、効果的。

前売り完売とはなかなか聞かなくなってきたキャラメルボックスに対して、プロデュース公演というスタイルの効果は絶大で早々に完売し追加公演を2ステージ。17歳を演じた深川麻衣は初めて拝見するけれど、役者陣の中では声量など少々分が悪いことは否めないけれど、物語が描く心細い17歳の懸命さを醸すようにも思います。42歳を演じた霧矢大夢は「年齢にしてはそんなに絶望的には悪くない」というにしては美しくスタイルよすぎるんじゃないかというのはご愛敬。年齢を重ねた女性のフラットな落ち着きの説得力。夫を演じた岡田達也は17歳にとってはまさにエイリアン(台詞では最初「男が」というのも巧い)をこちらもフラットに。同僚教師や42歳となった同級生をを演じた深谷由梨香はきっちり大人を演じきり二役の振り幅も楽しい。娘を演じた木村玲衣はイマドキの、しかしきっちり育てられた高校生という雰囲気の説得力。同級生ニコリを演じた原田樹里がバレーボールのシーンでみせたひたむきな表情も印象的。

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【芝居】「愛でもないし、youでもなくて、ジェイ。」アナログスイッチ

2017.4.30 14:00 [CoRich]

30日まで王子小劇場。125分。

東京から母親の介護のために地元に戻った男を囲んで、高校の同級生がキャンプ場のバンガローに集まる。地元で仕事をしている人々、結婚を決めた人、東京にでている友人の一人も飲み会に参加することに決める。

アイとかユーとかジェイというタイトルは絶妙で、東京と地方の就職のありかたであるIターン、Uターン、Jターンを象徴的に物語の骨格に据えます。高校を卒業してしばらく経ち、仕事の行き先とかこれからの暮らしとかを考え始める年代ゆえ悩むこと。東京に出たもののおそらくはあまり芽が出ないまま地元に戻ることを決めたり、東京で仕事し続けていたり、地元で就職はしたものの、もっと可能性が欲しくて東京に出て行こうと決めたり、もちろん地元で就職し暮らし続けていたり。

いわゆる首都圏に生まれ育ちそこで仕事をしているアタシです。いわゆる地方に暮らしたことはあるので片鱗は感じられても、正直に言えば生まれ育った地元での仕事の幅がなく東京に「出て行く」就職観は実感としてはわかりません。それでも今作、さまざまな人々のありかたを重ね紡いでいく物語に奥行きがあることはよくわかります。

少なくはない役に対してそれぞれの物語を背負わせた上で、主軸となる地方と東京について、それぞれの役にきちんと視点を持たせ、しかもちゃんとそれぞれの物語に一応の決着をつけるというのは並大抵のことではありません。

コミカルなシーンも多いけれど説明しすぎない絶妙さで濃密なのです。たとえば、サプライズの仕掛けをたまたま事前に見つけてしまうけれど言い出せないまま、迎えるサプライズの瞬間に起きる別の混乱。一つのほころびが玉突きのように戸惑いや混乱を引き起こすことで駆動される物語は笑いも多いし、わくわくもするのです。

ここで生まれ育ちここで生活するか出て行くかという選択に加え、他で生まれたが結婚に伴ってここに引っ越してくるという軸がもう一つ描かれます。一人嫁いできてこの場所で暮らす妻と、ここで生まれ育った夫。周りはもちろん良く接してくれるけれど、それまでの積み重ねがモノを言うコミュニティの会話に入れないこともある寂しさ。この物語にもきっちりと決着を付けるのです。

東京から戻った男を演じた秋本雄基はナイーブな造形、実は中心にいて巻き込まれる側の描かれ方だけれど、フラットさが巧い。東京で頑張る男を演じた斉藤マッチュは圧倒的な存在感で攻め続けている人物の説得力。東京に出て行く女を演じた前園あかりもまた前向きな気持ちを内に秘めた造形が魅力的。送れて現れる男を演じた野口裕樹はコミカルに徹し強力に物語を転がします。恋心を秘めた男を演じた熊野利哉は終盤の存在感が凄い。バンガローオーナーの夫婦を演じた泉政宏、Q本かよの円熟、しかしまだ現在進行形で進む生活を持つ二人の説得力。

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2017.05.06

【芝居】「I'm stuck!」スクランブル

2017.4.29 19:00 [CoRich]

75分。30日まで神奈川県立青少年センター・多目的プラザ

作家の住む一軒家。離婚して息子は引きこもっているが近所に対しては隠し編集者の仕事をしているといっている。リゾート開発を控え土地が欲しい不動産担当者が日参する日々。ある日新しく担当となった編集者が挨拶に訪れ、引きこもった息子の同級生や担任教師も久々に訪れる。

年上の恋人と若い女性の喧嘩、作家の女が隠している息子、先生と呼ばれる作家と教師。こまかな勘違いを重ねたり、噂好きの女性が情報をかき混ぜたりして物語を進めます。 正直に云えば、誰が作家かの勘違いであったり、足がしびれるであったり。細かなオモシロを機能させ損ねてる気がします。些細なことをしつこく繰り返したり、やけに丁寧に説明しすぎな感はあって、もうすこし観客を信用してもいいのではないかとも思います。

初見の劇団なのでどういうテイストをベースにした劇団かは判らないのですが、今作に関して云うとワタシはコメディを描こうとしているのだと感じました。そこに親子や恋人、教え子や片想い、あるいは借金などままならない生き方をさまざまに描き、それぞれには小さな物語を持っています。せっかくリゾート開発でその場所が大きく変わるという舞台。現れない引きこもりの息子が階下の騒ぎに誘われてか現れる(となれば、アマノイワトなのかもしれないけれど)ことを舞台の終幕として大きく描くのに、全体には小さな物語を点描することに終始してしまうのもちょっと惜しい気がします。

教師を演じた緑慎一郎はこの芝居の中で唐突に気絶したり銃を持っていたりとかなりトリッキーな役割を担わされているのに、それを舞台のテイストのフラットさになじませる力でしっかりと抑えて好演。作家を演じた岡本みゆきは仕事ができるということの説得力を感じさせます。

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【芝居】「仮面夫婦の鏡」ハイリンド

2017.4.23 18:00 [CoRich]

番外公演として、iakuの横山拓也の短編二人芝居、50分。 下北沢駅南口前の小さな空間・下北沢ギャラリー。販売されている戯曲集に収録されていますが、戯曲に後日の物語を足したような感じになっています。

結婚して長い夫婦。夫に無断で妻が整形し美しくなっていることを怒っていて、元の顔の味が好きだったのだといっている。一方で妻も言い分がある。夫もまた無断で整形してきたのだ。が、こちらはすこし劣るように。

もとはカッコイイ夫と美人ではない妻、愛し合って結婚はしたけれど、互いが真剣に愛し合っているがゆえに「歩み寄ろう」としたこと。美醜という尺度なのでちょっと意味合いが変わるものの、いわゆる「賢者の贈り物」の物語と感じるアタシです。それはわかった上で結婚したのだから、美醜は大した問題ではないはずなのに、より近づいて溶け合いたいと思ったのか、あるいはその差が何かしっくりこないことなのか。

無職となった夫、家計を支えるために絵画モデルをしている女、それがヌードだと聞いて明確にそれを嫌がる夫の愛情の姿。画家といえば男という思いこみをあっさりひっくり返す小ネタも楽しい。

二人それぞれの背景がずっと言えないままにあったのだろうと思わせます。二人のすれ違いをコミカルにコンパクトに描くのだけれど、深い奥行きがきっちり描き込まれた物語は作家の確かな力です。

夫を演じた伊原農がやけにイケメンな造形。妻を演じた幸田尚子は過剰感の少ないフラットな役柄はむしろめずらしいぐらいだと思うのだけど、整形した美人に見えてしまう圧倒的な説得力。

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2017.05.05

【芝居】「城塞」新国立劇場

2017.4.23 13:00 [CoRich]

安部公房、1962年。ワタシには初見の戯曲です。休憩15分を挟み145分。30日まで新国立劇場。

戦時中、秘密の電気槽工場を持ち戦争成金となっていた父親は敗戦直後、病気の妻と娘を朝鮮半島に残したまま息子と二人で秘密裏に帰国しようとしたその瞬間で時間が止まったまま狂っている。その仕事を継いで会社を経営している息子は父親を邸宅の一室に閉じこめ、まともな会話が成立する唯一の場である敗戦直後のその場面を発作が起こるたびに繰り返し演じている。そのときに自殺した娘を演じるのは長い間男の妻の役割だったがそれを拒絶され、若いストリッパーの女を雇い演じさせることにする。
会社経営の一部を担う妻は、狂った父親に捕らわれたままの夫に見切りをつけ禁治産の処置を執ろうとするが、夫は父親の入院に同意する。父親との最後の会話をしようと発作を待ち受ける。

極端にパースのついた一室、中央の床面が少し高くなっていてそこにスライド式の扉。奥にはカーテンのかかった窓と両側に扉といくつかのイス。序盤では敗戦が決まった直後に妻と娘を見捨て息子とともに先に帰国しようという画策する父と息子の会話。いくつかの場面を進めるうちに、実はもう戦後の復興を成し遂げた日本で狂った父親が時折発作的に繰り返す「儀式」なのだということが語られます。父親が持っていたいわゆる秘密工場が戦後の復興の中で大きな儲けを生み、この家族がブルジョアな生活を送っていることが語られます。

語られる場面は、その繰り返しの中でのいくつかの変化が起きた時点。一つは妻が演じていた妹の役をストリッパーに依頼するという外部の視点、もう一つは妻が夫に見切りをつけることが現実のものとして見えてくること。戦後、本意ではないまま、しかし父親に固執してきた息子がその固執から離れ父親を「見捨てる」決断をするまではいわゆる「父殺し」の強固な物語の見応えに唸るのです。

男を演じた山西惇、苦悩するのだけれど部分部分はコミカルでもあって、その人間臭さが奥行きを持ちます。妻を演じた椿真由美はフラットで居続けるブルジョアの女を確固とした姿に。父親を演じた辻萬長は敗戦の記憶と現在の痴呆の姿の振り幅。仕える男を演じたたかお鷹は、ストリッパーを連れてきたり父親から息子への乗り換えなど俗物っぽさが印象的。ストリッパーを演じた松岡依都美のスタイルの良さに目を奪われ、ある種の狡猾さを会わせた奥行き。

重いテーマの話しではあるけれど、思いのほか軽快な語り口で見やすく楽しめる一本なのです。

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