【芝居】「ひとごと。。」だるめしあん
2017.2.24 14:00 [CoRich]
フィクションではありながら、熊本の震災、熊本出身の作家やカメラマンの親友など現実にリンクした100分。26日まで梟門。 拝見した24日昼の回は、劇中に登場する地元のカメラマンの親友・カワバタマイとのトークショーが設定されていました。
熊本を離れてもうずいぶん経つ女。高校の頃のちょっと優しい共感してくれる先輩が亡くなったと聞く。つきあっていたのは20年前。
バイト先、時々ヘルプに入る男のことがバイトの女たちの間で噂になっているが、実はつきあっていることが言い出せないし、彼氏がバイト先の女たちの間で噂になっているのもいい気はしていない、その上二人はセックスレスで女は欲しいと思っているのに彼氏にその気持ちがないのがイヤだと思っている。熊本に行こうと思っていたのに、彼氏に誘われた温泉旅行になびいてしまう。熊本の彼のことを思いだしてしてしまう。男は求め女は求められるという偏見、話し合うこと。webメディアの編集の妹。はじめから好きじゃなかったといわれてしまったこと
地元の友達が熊本の写真を撮り写真展を開くのを聞いて、東京での写真展を手伝いたいと思う。
それぞれの役者の地元語りを発端に、 311ではボランティア活動にも積極的に参加していたけれど、2016年の熊本の震災では地元に戻れなかった作家の女。元カレが死んだらしいということを聞いて慌てたり、家族や友人たちは無事で東京の仕事や恋人が大切で、1年が経っててしまって現地を訪れないままに「ひとごと」になったところから始まる物語。
元カレの死を知ったのが震災直後なのか一年後なのかいまひとつわからない(見逃したのかも)のだけれど、地元に何もできないままのヒトゴト、一方でそれでも意識高く正論として熊本に向き合おうしている知人が少し眩しくてすこしうざったい感覚を持ちつつのもやもや。地元でカメラマンとなっている友人が震災の「旅する写真展」を東京に呼ぼうといういう決意が、徐々に「ひとごと」となっていた地元を東京に引き寄せるような感覚。
それと並行するように、亡くなった元カレを思い出すこと。今の恋人は大切で尊敬しているけれど、セックスレスであることへの悩みというかもやもやというか寂しさというか。元カレを思い出し抱かれるシーンはコミカルさを排して描く「求める気持ち」。いつもの作風とは少し違うテイストを感じます。それは切実で切なくて、そしてとてもセクシーなのです。離れている地元と離れてもう会えない元カレに触れたい近づきたい気持ちが相似形のように描かれることこそが、作家自身の地元への距離感の描き方なのだという一種の芸風でその切実さに心が動くのです。
バイト先の「最低賃金が上がったから時給あがった」みたいな切実さの地に足がついた感じ、演劇の友人たちとの被災地に対する距離感の対比など、作家自身の生活の感覚や地元との距離感への思い悩みを支えるシーンではあるのだけれど、正直に云えば、中心となる物語に対しては少し距離があるように感じるのは気のせいか。そういう意味ではバイト先の女の子が実は女性が恋愛対象だ、というあたりは物語に対して少し勿体ない印象が残ります。
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