【芝居】「WATAC I」Hula-Hooper (第20回まつもと演劇祭)
2015.10.31 14:30 [CoRich]
2014年初演 (1) 、菊川朝子の高校時代の交換日記を下敷きにした「踊れないひとたちの、台詞のあるコンテンポラリーダンス」というふれこみの四演め。
アタシが住んでる時にはあんまり遊びに来てくれなかったというのに、今作が上演されるとなると友人たち、とりわけオジさんたちがこぞって。一躍注目度があがったのは、まあ当たり前か(泣)。
元々は90分近い上演時間のもので、高校生の時のこと、とりわけ部活・吹奏楽や恋した相手の男の子のことを二つの核にして、何か作り出したいということだったり、あるいは女として生きていきたいという自分語りが強く押し出された一本を60分にぎゅっと。
本人のキャラクタが強く押し出された一本ゆえに、彼女のことを知らない観客にはどう受け取られるのかという不安はあって、 東京・鳥取では菊川朝子を知っている観客がそもそも多かったはずだけれど、本人は何度も訪れていたとしても、松本という土地では観客という意味では完全にアウェイなわけで、耳にする評判がわりとよかったりするのは、単なるファンであるアタシにとっても鼻が高くてうれしいのです。
おしゃれでコミカルで可愛らしくてスタイリッシュにまとめられた一本は1年で4回ものさまざまな場所での上演を経てより強度を増していると感じられ、芸術館小ホールという場所に合わせて階段もテラス部分も使った演出という挑戦もうれしい。 反面、60分という時間に押し込んだためか、個々のエピソードの繋がりがやや薄められて、不安定にいろんなことを感じちゃう人、みたいに感じるのは気のせいか。 もうひとつ、妊娠8ヶ月という時期ゆえに「今だけの WATAC I」というふれこみ。もちろんおなかの大きな身体をある意味「晒して」いることはそのとおり。 いっぽうで今までの彼女の延長線であり妊娠したら即母親とか妊婦といった別のものになるのではない、ということが明確に感じられるのはその元気良さがうれしい反面、「今だけの」に勝手な期待をしたあたしには肩すかしな感も。よく考えれば、母親であったりという実感はこれからなわけで、そういう意味では「地に足が着いた」感覚で作り出す舞台であり続けるという信頼はさらに増したともいえるのです。
この土地で初めて目にした佐藤友(1)を再び同じ劇場で目撃できることは格段のうれしさ。中盤で白いドレスで現れる兵藤公美は本当にはっとするほど美しく目を見張るのは初演から変わらず。西田麻耶は妙に色っぽいというのも初演からの印象だけれど、とりわけ前半で目が離せない。初回上演時点では望月志津子の台詞の声量が実にぎりぎりなところを狙っていたのか、絶妙なところ。ダンスという意味で強さを見せる菊池ゆみこは広い舞台で栄えるし、ポージングしたまま停止しているたたずまいの「つくりもの感」がすごい。
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