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2015.08.11

【芝居】「時々は、水辺の家で。」monophonic orchestra

2015.8.2 17:00 [CoRich]

2日まで楽園。115分。

リーディング公演として上演されたものを、本公演として。私は初見です。

画家は夫と娘を東京に残し水辺の家をアトリエとして活動していた画家が亡くなった。ここに滞在している彫刻家や画家たちはこの場がどうなってしまうのかを心配している。母の死後ここを訪れた娘は、自分たちを省みず芸術活動に没頭していた母親のこの家も絵も手放そうと考えている。

母親を許せなかった女、この家で彼女のことを見守ってきた管理人や若きアーティストたち、美術館の学芸員。軽口をたたきどこか浮き世離れしたよう。美術史をある程度共有できているようなある種の同質さで繋がっている人々特有の、どこかなま暖かく、安心できる場所。それゆえかアーティストたちはみな、イノセントで純粋に描かれます。これからこの道に進もうという美大生、一言も言葉を発さない謎多き男はもちろん、最近は絵を描かなくなったという人物ですら、何かを作り出すのが当然という空気を当たり前に受け入れ、ほかの道を歩むことなどみじんも考えたこともなさそう。それは何かをつくりださざるを得ないとか、そう生きるしかないという人々と、この空間が長い時間をかけて熟成されてきた、ということを醸し出して見せるのです。

この場所のオーナーであった画家の死。そしてその娘もまた小説家・画家ではあって人々とこの場所のありようを理解してはいても、自分たちは無視され続けてきたと思っているがゆえに、どうしてもこの場所を残しておくことができない気持ち。

細かい会話で、この場所がなくなりつつ行くことを積み重ねつつ、終盤に至り、母親が娘である自分の方向を見ていてくれたことが見えるその瞬間に、物語はくるりと、しかし静かにひっくり返るのです。それはあまりにあからさまだし、物語全体からみてもごくシンプルな仕掛け。物足りないと感じるのも事実なのだけれど、その淡く澄んだ色で世界を描くのは作家・須貝英のイノセントさという特質をよく表しているとも思うのです。

酒浸りの画家を演じた村上誠基はコミカルさが勝る役者だけれど、だんだんオジサンの悲哀のような味わいも出てきて楽しい。物語を転がす力。美大生を演じた榊菜津美は「これから」という開けた未来を持つ若者の造型にうれしくなります。娘を演じた川田智美は内面に何かを抱えたようなぎこちなさの造型。管理人を演じた白勢未生はすこし幼い印象があったりもするけれど、人なつっこい雰囲気がよくあっています。

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