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2015.05.14

【芝居】「いないかもしれない」(動ver)うさぎストライプ

2015.5.9 19:00 [CoRich]

再演とのことですが、私は初見です。動ver.のみ。85分。

渋谷にほど近い場所のバー。小学校の同窓会が終わり、一人が持っているここにくることになる。いじめられていた女は絵が好きで、今は通っていた小学校で図工の教師になっている。印象があまりに変わっていることに驚く女はいじめていた自覚がない。同窓会に行けなかった同級生はバーでバイトをしている。絵が好きだった女のことが気になっていた。バーのオーナーがもう一人女性を誘ったという。彼女はみんなのことを詳しく知っているが、彼女のことを誰も覚えていない。常連客がやってくる。

バーに集う人々だけれど、唐突にカラオケが始まったりいくつかの断片でリフレインされたり。物語を紡ぐというよりはいじめられっ子だったという作家の印象や気持ちをクローズアップしたり何度も思い返したりという気分を全面に出したような描き方の演出だと感じます。正直、演出のための演出みたいな感じは受けるし、そういう感じのものは好きじゃないアタシなのだけれど、本作は意外なほどすんなり受け入れられて違和感がないのが不思議だなと思ったりもします。

いじめられていた側はその時のことをはっきり自覚しているし、意識的に努力してそれを克服してきていて、内心は何かを抱えているにせよ、当時の人々にフラットに対面できる感じ。一方でいじめていた側から見えている風景は、いじめがあったことは認識しているけれど、自分がいじめていていたわけではないと言い切るのは、ほんとうにそう思っているのか、あるいはあの時の自分を否定したいのか。

細かく語られるエピソードの一つ一つが、なんかとても切ないのです。 絵が好きだった自分、そんな彼女のことを気にかけていた男、でもいじめられていた彼女を守ることができないどころか、ひどいことをしてしまう男、その男が書いた小説を教室で一人くりかえし読んでいたその女。自分に向けられた、おそらくは好意的な感情を繰り返し噛みしめるような想い。

あるいは、卒業式前に女子たちが話していたバーベキューの場所を耳にして行ってみたら誰もいなかったし、翌日どうしたのか聞いてみると気持ち悪いと云われること。 とりわけ、いじめてきたとしても、絵がうまかった彼女に友達になれればと思っていたんだ、という終幕が切なく、いい。

両バージョンで主役を演じる小瀧万梨子、見惚れるぐらいに美しいのに(なんせ「オトナロイド」モデルだ)、ランドセルを背負っての登場のギャップがすごい。北村恵は滅多にみられない、歌をきけて嬉しく。

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