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2015.05.17

【芝居】「幕が上がる」パルコ・プロデュース

2015.5.10 18:00 [CoRich]

24日までZeppブルーシアター六本木。 女子校の弱小演劇部を地区大会突破に導いた副顧問が、県大会を前に突然学校を去る。不安を抱えながらも「銀河鉄道の夜」の上演に向けて準備を始める。中核となる役を担う生徒はある日改訂された台詞を発することがどうしてもできない。

小説で描かれた全体像に対して、映画は元女優の教師と生徒たちの出会いから生徒たちの成長までを描く、まさに正統派アイドル映画の体裁で描きました。舞台ではその後、生徒たちを引っ張ってきた教師が去った後の生徒たちを描くけれど、ほぼ学校だけで進む話は小説からは離れ、映画では実はあまり描かれなかった劇中劇「銀河鉄道の夜」を断片的ながら大きな割合で描き、「舞台で芝居を見せる」ことに注力した感があります。

小説にも描かれていなかった新たな要素を加えています。台詞を発せられなくなった生徒は岩手からの転校生で、そのトラウマを抱える、という設定。おそらくは小説の発表後に何かの意図があって組み込まれた題材かとは思います。確かに宮沢賢治といえば岩手ではあるけれど、小説にも映画にもとりたてて描かれなかった要素を唐突にとってつけた感じは否めません。もちろん別物なのだろうし、小説を書いた作家自身による戯曲だからそれをアタシが否定するのもヘンな話ではあるのだけれど、小説を大切な気持ちで読んできたアタシの気持ちのもって行き場はどうしたらいいいいのだろう、とも思うのです。

生で初めてみる「ももクロ」の面々は本当に魅力でオーラをしっかりとまといます。もっとも、全体にフラットに物語を作り、それに忠実に演出をした結果、劇中でもっとも魅力的に映るのは、元気いっぱいに走り回るガルルを演じた高城れにだな、とも思うのです。 演出をつけるシーン自体は何らかのリアルなのだろうけれど、それを見せられても、演出家の頭のある世界そのものはアタシにはわからないわけで、指示の意図がわかりづらく、「演出ということをしている」以上の意味が出てこない感じなのも惜しい。

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