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2014.08.20

【芝居】「おせっかい母ちゃんリビングデッド」ぬいぐるみハンター

2014.8.12 19:30 [CoRich]

17日まで駅前劇場。105分。

高三のとき、野球部の後輩や母親に対してバットを振った男。専門学校に進むために上京してバンドボーカルにはなったものの、客は入らないままだった。最後のライブ、ライブハウスの楽屋はファンだという女や恋人たちばかりではなく、母親まで居る。バンドのマネージャよろしく頼んでも居ないグッズを大量に発注し、好意を寄せている女を全力で阻止しようとしてうざったい。

母親が子供によかれてとおもって世話を焼くというのは、子供がいい歳になってもそのままだという、多かれ少なかれどこにでもあること。まだ成功にはほど遠く鬱屈した気持ちを抱えた男とその母親のやりとり。男は優男で絶妙にカッコイイのにボケ倒す母親とのやりとりは周囲を巻き込み、少なくとも傍目には気楽に楽しく見られます。

当日パンフに寄れば作家が母親(というもの)への想いを描いたもののよう。去年の今頃までは疾走感ある物語と子供の頃のノスタルジーを感じさせる語り口が持ち味だったのだけれど、そこから孤高の天才だったり、動物たちに模した何か(1, 2)という具合にさまざまな語り口と様々な物語を模索しているように感じます。そういう意味である種、母親と自分 という立ち位置で(半自伝のマザコン宣言、というのが潔い)語られる物語は、また新しい側面を見るようでもあります。正直に云えば、それまでの圧倒的な安定感という点では少しばかり語り方という点で足下が覚束ない感じがなくはないのですが、いろんな語り口で変わっていく姿を見るのはバクチでもあるけれど、観続けている観客の一つの楽しみでもあるのです。

ネタバレ

母親は誰にでも見えているけれど、それは死んだけれど成仏できない母親の心残りがゾンビと化していた、というのが物語の要として終幕で明かされます。 もっとも、Tシャツの発注という具体的でやや迷惑なことまでやってしまう存在というのはちょっと珍しい描き方かもしれません。全員から見えてるならまあ、それは生きてるのと同じとも云えるわけですが。素直なゴメンナサイ、という言葉一つでその背景をぎゅっと見せる終盤は好き。

ワタシは終幕近くまで母親が死んでる、ということに(タイトルに大書してあるにもかかわらず)気付いておらず、あっと、びっくりする感じ。もっとも、 わかっちゃう人にはわりと早めにそれがわかっちゃう気もします。 バットを振り下ろして自転車で全力疾走して職質を受けてから自宅に戻ってみれば、母親がまるでいつもの夕方の風景のようにテレビを見ている、という描き方は「子供の頃に経験した夕暮れ時のノスタルジー」な感じでもあって作家の得意な風景の描き方。結果的にはさすがの安定感です。

ボーカルを演じたジェントル(という名前がクレジットされています)が絶妙にかっこよくて、ボケ倒す母親にひたすらつっこんでるうち、時折みせる半笑いの表情もちょっと可愛らしくすらあって、なるほど母親大好きなんだな、という説得力。影のある雰囲気と半笑いを行き来する振り幅なのに繊細で魅力的です。母親を演じた神戸アキコは久々に物語をかき回し、ぼけ倒してという魅力ががっつりと見られて嬉しい。 ボケ倒すという意味では本当はファンでもないのにやたらに騒ぎを起こす女を演じた辻沢綾香の存在感も凄い。ファンである友達を失いたくないがための同調なのだと吐露する終盤がまた素敵。 ボーカルの彼女を演じた梅本幸希は母親の理不尽にも屈せずけなげな魅力、ギターの彼女を演じた羊田彩佳はその一途な気持ちが可愛らしく、ギターを背負わせるという一点で見せるのは洒落ています。

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