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2013.07.01

【芝居】「私と彼氏とその彼女」キャッチ.コム

2013.6.29 16:00 [CoRich]

四つの劇団からの四人で作られたユニットの旗揚げ公演。80分。30日までゴールデン街劇場。

高校三年生。仲良しな女子高生3人、一人は彼氏が居て一人はずっと恋をしたい。私はといえば、テストが近いけれど引っ越しをする。

高校生の女三人×男三人。どうしても女同士、男同士の友達というのが彼らにとっての「社会」の基本になっている頃。もちろん恋をしたり、恋に恋したりしたりしてるのだけれど、それでも大事なのは同性の友人たち。もう少し年齢が進めばまた違う意味も出てくるけれど、高校で気があってずっと一緒にいる同性の友達は確かに濃密な時間を過ごす、というのを懐かしく思い出したりもするのです。

物語の骨格になるのは、タイトルの通りに私と彼氏とその彼女、という三角関係になる人々。それが物語で明かされるのは終盤に。 高校三年生の日常を描いていく序盤、一組の恋人、それぞれの同性の友人たち、教師たちという日常。遅刻したり居眠りしたりして怒られたり、昼休みを空き教室で過ごす男子たち(この絶妙に主流じゃない感じの設定もいいし、役者たちもどうにも説得力があっていい)なんてのも楽しい。単に女子とすこし話をしただけなのに、モテキだと勘違いしてしまう感じもあたしの気持ちを懐かしくさせるのです。

ここから物語は、一年生の入学式の日に戻って、女子三人の過ごしてきた時間を描きます。丁寧に些細な積み重ねの日々が作り上げた(高校生にとっては)長い時間を描くという物語の意図はよくかります。出会って、盛り上がって、恋いしたい気持ちを白状して、修学旅行で夜な夜な話をしたりと、積み重ねてきたものなのだけれど、ここの構成がどうにも惜しい。この流れが平板に感じてしまうのがもったいない。このあとにこの関係が崩れる、ということのダイナミックレンジを広げて見せようと時間をかけて丁寧に何気ない日常の積み重ねを描いた結果だという意図はよくわかります。が、ここはもっと摘んで(編集して)見せるとか、あるいは順番というか構成で工夫する手が使えそうな気はします。物語そのものは、誰にだって気持ちが腑に落ちるような強度があるだから。

とはいえ、物語の骨子はわりと好きだったりするのです。本筋ではないけれど、男子三人のいわゆるホモソーシャル(性的な意味ではなくて、きゃっきゃきゃっきゃ喜ぶ感じ)な感じが楽しい。昼休みにしても夜な夜なケータイで電話しても(あたしの時代はこれがなくて、まあ、アマチュア無線つかったりしてましたがw)、もう恋しているかもしれない、というよりは恋に恋してるという幼さがあったりするのが実にいいのです。

終幕近く、こういう恋の物語が女の子一人の気持ちの物語に収束していく、というのは少々面食らいます。一番大切なもの(公園をモチーフにして語ります)が無くなるということがどうにも耐えられないから二番手でいいと思っていたのだという(中盤で、もっと上を目指せるのに志望校を他人に合わせるというのもちょっと符合する)気持ちの繊細さは、ちょっといい感じなのだけれど、物語の配分のバランスひとつで、もっともっとよくなりそうな予感がするのです。

恋人の女を演じた長井短はここでも印象を残します。体育の創作ダンスのどうにも踊れなさそうな感じ、あるいは体温が低い感じがちょっといい。主役となる女を演じた石澤希代子は地味に見えて、終盤でキラキラするのが素敵。正直に云えば、この二人の演技が互いに異質で違和感が残ります。違う、というだけでどちらがいい悪いではないのだけれど。 ゲイよばわりされる男子を演じた小林光の、モテそうもないのに中二的に妄想めいっぱいなモテ期が楽しい、とういか他人とは思えない(笑)

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