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2013.04.06

【芝居】「篠原木工所の夜」菅間馬鈴薯堂

2013.3.31 19:30 [CoRich]

村上春樹の短編に着想を受けた70分、4月3日までワンズスタジオ。公演後に併設されたカフェを使っての劇場誰でも参加可能な打ち上げが設定されていますが、高速バスがギリギリで走って帰って残念無念なアタシです。戯曲の無料公開の心意気もそのままです。

村上春樹の短編(私は未読)からの着想という短編集だけれど、単に別々の話にしているのではなくて、篠原木工所という場所につながる人々(など)という大枠にしてパッケージ。単なる短編集より、これを一組にして見せるという意味が出てきます。ちょっとした気遣いというレベルではあるんだけれど、それをするだけで、観客の気持ちはずいぶんと楽しくなるのです。

今作に限らないけれど、女性の台詞の言葉遣いがこの作家の特長なのです。断定口調や書き言葉を多用して、女性が発語するときの特有の語尾を極力省いている印象。性差を無くしてニュートラルに描き出そうという意図なのか、あるいはむしろ女を強く描きたいという意志なのかは明らかではありません。アタシは前者だと思うのですが。

おそらくは行き遅れて弁当を自分の分だけの弁当を毎日作ってくる40の女たちの日常な会話、それは時に夢の話なるようにあけすけで、時に近所の総菜屋弁当の話にあるように少しのスパイスで。まだ閉じる気はないけれど、だんだん静かに慎ましやかになっていく女たちの姿。アタシは男だけれど、静かになっていくのだ、ということは共感する感じが強いのです。

馬鈴薯堂ではあまり見かけない感じの、スーツ姿の二人の男の会話。 仕事の現場、その現場をみないで数字だけをみている(監査)と、現場に通い希望はあるのだという融資の埋まらない溝の深さ。世知辛い昨今だからこそ、大小の差こそあれ、そこかしこにありそうな風景。数字をしっかりとみるのも、しっかりと仕事しているものを支えたいという融資も、互いにぶつかり合う、ある種の心意気でもあって。その現場がまたかっこいい。(下町の)町場の工夫の心意気、それを信金が支えずしてどうする。そこに重なる音楽、俺は何者だという叫び。もう意味不明だけれど、なんか泣けちゃうのです。

あるいは、
40女ふたりの強さ、そこから出落ち感めいっぱいな生物。体力勝負といえばそうだけれど、そういう不思議なるモノが唐突に現れるファンタジーの味わいがちょっとすてきなのです。 シャドウボクシングよろしく戦う河童を演じた瀬戸口のり子、たしかに小動物っぽい感じもあって。

あるいは、
兄弟二人の静かな会話、次男の報告に喜ぶ長男、プレミアムビール買ってこいという台詞がいい。そこからのこちらも目一杯な出落ち感。強引ともいえるやり方のファンタジーが楽しいし、それを圧巻の説得力で寄り切る稲川美代子が実にいい。東京を果たして救えるのか、ということは実はどうでもよくて、この小さな場所で、東京を救うという相談をしているのが微笑ましくもあって、楽しくもあって、つまりファンタジーなのです。 そこからのダンスナンバーがまた凄い。それを踊りきる稲川さん、大丈夫かしら、と勝手に心配したりもして。

あるいは
夫婦とも親子ともちょっと違う感じの、しかし無駄なように見えるゆったりとした時間の流れ。洗濯物、寝転がる感じが実に「実家」っぽくていいのです。

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