« 【芝居】「今、出来る、精一杯。」月刊「根本宗子」 | トップページ | 【芝居】「秘を以て成立とす」KAKUTA »

2013.03.11

【芝居】「虚言の城の王子」空想組曲

2013.3.9 18:00 [CoRich]

10日まで吉祥寺シアター。110分。

図書館で知り合った男女、これはまさかの偶然。
病室のベッドに横たわる女、その傍らで物語を書く男。
図書館に働く女、読み聞かせの練習をしている。同僚の女は大学生で迎えにくる恋人は医者になろうと勉強しているが、勉強を理由に女の金に手を出している。
親子のような男女、泥棒に入った家で取るものが見つからず、一冊の本を持ち出すことにする。
物語。謎の城には王子様、執事やメイドが王子を捜すのは、絶望してる子を入れていいか確認するためだった。

眠ったきりの女の目覚めを期待する男の話。白雪姫を根底のモチーフとしながら、その男が、もう目覚めないだろうという半ばあきらめる気持ちを絶望についての物語として書き続けているという形で描きます。

絶望した子供を受け入れる城の中の住人たちもまた、(おそらくは現実の)それぞれの絶望(したい気持ち)を抱えていいます。その城の中央で眠り続けているのは、現実世界で目を覚まさない女。

何に絶望を感じるか、それを何で埋めていくのかということは人それぞれだと思うのだけれど、芝居の中で繰り返し使うコトバとして、この複数のシチュエーションを絶望、と括るべきなのかはいまひとつぴんとこない感じがします。大学生カップルの女が感じているのは絶望と云うよりは憤りや後悔というコトバのほうがアタシにはぴったりくるし、子供を亡くした親が感じているのは絶望というよりは悲しさだったり想いだったり。両親のいない子供が感じているのは寂しさや不安、というほうが腑に落ちると思うのです。

感情が何にせよ、そういう(マイナスな)気持ちを「書くこと」でしか埋められない、というのはおそらくは作家にとって偽らざる気持ちなのでしょう。アタシ自身がほんとうにそれに寄り添えるわけではないけれど、そうし続けるしかない、というのは(作家の云う)「絶望」の中を生き抜いていくということ、なのだなと思うのです。

正直に言えば、小劇場に慣れたアタシには、劇場が大きいこともあって、何人か投入されたイケメン俳優たちが(特に若い男にはまったく興味のないアタシには)キャラクタはともかく、役者として区別がつかない感じで、それがそれぞれ二役持っていたりすると、誰が誰やら、というのはアタシのせいなのだけど、物語の幹を担うだけに惜しい。

本を読む女を演じた大森美紀子は、さすがの繊細さ。アタシの友人が云う「解像度の高い」芝居がこの規模の劇場の中では際だちます。もっとも 老化防止とか、更年期障害とか、物語の必然がない割に笑いにさえほとんど結びつかない(笑わせるつもりなら、浴びせる側に相当に技術が必要だと思います)コトバを浴びせるのは、あまり上品な作り方ではない気がします。

父親を演じた中田顕史郎は、この劇団の常連の俳優ですが、今作では支える側をしっかり。泥棒の親子、という設定がなんか泣かせます。その「子供」を演じた小野川晶は子供の雰囲気が実にあっています。執事を演じた鶴町憲とメイドを演じた、こいけけいこは全体の中ではコミカルパートをしっかりと支えていますが、二人のキスシーンが唐突でちょっといい。女子大生を演じた上田理恵は、おそらく初めて拝見した気がしますが、ダメ男に言い出せず、思い悩みため込んでしまってからの爆発、と城の住人としての明るさを優先した造型を行き来するというダイナミックレンジがしっかり。眠り続ける女を演じた川田希、序盤の恋に落ちるまでのコミカルがちょっと好きになってしまいそうなぐらいにチャーミングでいいシーン。つるされた白い板を図書館の書棚の一冊と見立てるのは巧い見せ方。

|

« 【芝居】「今、出来る、精一杯。」月刊「根本宗子」 | トップページ | 【芝居】「秘を以て成立とす」KAKUTA »

演劇・芝居」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 【芝居】「虚言の城の王子」空想組曲:

« 【芝居】「今、出来る、精一杯。」月刊「根本宗子」 | トップページ | 【芝居】「秘を以て成立とす」KAKUTA »