【芝居】「エッグ」NODA MAP
2012.10.6 19:00 [CoRich]
東京芸術劇場のリニューアル、プレイハウスのオープニング公演はきっちり重い話だけれど見せつける130分。28日まで。
エッグ、というスポーツ。オリンピックの正式種目にはなっていないけれど、次の東京のオリンピックでは正式種目になろうとしている。東北からやってきた若い男は、それまでの誰よりもこの種目が巧く「エッグの聖人」と呼ばれるようになる。劇場の改装で出てきた昔の戯曲に描かれた「スポーツ」の物語。 東京芸術劇場の改装後というポイントを抑えつつ、芸術監督の愛人と名乗る女、修学旅行の女子学生たちのにぎやかな序盤から、梁から発見された(天井からひらひらと机の上に着地というのが、少なくとも遠目には見事)という寺山修司の自筆原稿に描かれたという未知のスポーツ・エッグを巡る物語。オリンピックに代表されるスポーツのナショナリズムを伴う熱狂と、音楽や映像といったものが人々を煽る力を持っているということを(多少批判的に)描き始める前半は、不穏な感じをそこかしこに漂わせながらも、にぎやかで楽しくてスピード感があって引き込まれる感じ。
たとえば外科医といえば男だろう、といった思いこんでしまう感覚。作家は注意深く観客を「騙して」、そして観客の思考停止や逃げ場を注意深く塞ぎながら、後半で深刻な史実に引き込んでいきます。その史実があったのかなかったのか、規模はどうだったのかということではなくて、それに関わった人々がどう行動し、一人に責任を負わせ逃げおおせた人々への怒り、逃げられなかった人々の事実を冷静に描きます。
裸足で走る「阿部」や、自殺した「粒来(つぶらい)」といった実在のアスリートに似せた人名は、物語で描こうとしていることとは、スポーツやそのナショナリズムな煽動力という以上には関係しませんし、決して楽しい描き方ではありません。が、こういう言葉遊びもまた、野田秀樹を観るということの楽しさではあるのです。
ネタバレかも
不景気の中急激に増大する人口の受け皿としても機能していた満州国にやってきた東北生まれの三男坊、そこにあった防疫給水部、という生命に欠かせない水にかかわる部隊が731、そこでワクチン製造のために卵黄と卵白をピペットで分離するという技術をスポーツに見立てたもの。という具合に太平洋戦争末期にまつわるさまざま。
東京オリンピックを戦後のあれではなく、もう一つまえに計画されていた幻の、という具合の時間軸をずらしていく感覚は、確かに効果的で強く印象を残します。時間軸や場所を微妙に「騙し」ながら、物語の進行に応じてずらしていく、という構造の面白さはあるのですが、じっさいのところ描いていることはそこで起きたかもしれないことと、それを動かした人々への強い怒り。それがあまりにシンプルに強く出過ぎる感はなくはないのですが、それだけに、強い想いを打ち込む凄みがあるのです。
この重い物語だけれど、終幕の軽い一言「愛人などおりません」。物語のあまりに救いの無い事実という深刻さ、その重いままの気持ちではなく、私たちが日常に戻っていける手助けになるのは、物語から逃げることができない生の舞台で、しかも役者目当てで気持ちの準備のない観客も多いこの規模だからこそ重要なことだなと思うのです。
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