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2012.01.29

速報→「ヌード・マウス」Théâtre des Annales(テアトル・ド・アナール)

2012.1.28 18:00 [CoRich]

谷賢一の新作。120分。29日までRED/THEATER。

近い未来。古いホテルを買い取り、田舎に引きこもり研究に没頭する脳科学の研究者。離婚した妻との間に娘と息子があり離婚以来一度も会っていなかったが、妻の死去に伴い、遺品を渡すために初めてこの「研究所」を訪れる。用事が済んだらすぐに帰る予定だったが、父親と会ったことのない息子はここに残りたいといい、同居が始まる。一人戻った娘だったが、数ヶ月後、婚約者をつれて挨拶にやってくるが、そのときに息子の運転する車の事故で脳の一部を失い、「恐怖」という感情のストッパーを失ってしまう。

こういう、病気などに起因する何かの欠陥と、まわりの人々の感情のという材料立ては作家が得意とするところ、という気がします。扁桃体(wikipedia)の欠損が恐怖という感情を失わせ、好奇心のままに振る舞い、性的にも奔放になる、というのが知見として正しいかどうかはよくわかりませんが、感情の「たが」となる恐怖という感情を失う、というのは確かに物語の題材としては(不謹慎ながら)魅力的です。

父親は娘の向こうに妻の影を見て奔放に言い寄ってくる娘との葛藤に悩み、婚約者は論文を読みこの場所で起こっているかもしれないことに苦悩し、息子(弟)は初めて逢う父親に興奮し、ずっと二人だった姉を事故にあわせたことに自らを責めます。一人の女性を巡り三人の男たちが苦悩し、感情を露わにしていきますが、それぞれの感情のベクトルというか根本がそれぞれにバラバラで(小競り合いはあるものの)一人の女性というだけの共通点なのは物語としてのシンプルさ、というよりは物足りなさを感じたりもしてしまうのは、この作演がこれまで発表してきた「小部屋のマリー」「モリー・スウィーニー」「プルーフ」といった作品群(翻訳したものも混じりますが)の何層にも重ねられた物語が生み出す重厚さ、が頭をよぎるからかもしれません。

婚約者という外部は居るものの、ほとんどの部分はこの家の中で起きる苦悩と過去の思い出される風景、よくなる見込みのないこの一人をどうしていくか、という苦悩がずっと渦巻いている、という感じ。ずっとその流れはリズムを刻むようにずっと続いているわけですが、これは飽きるか、そこにはまりこんでいくか静観しているかしかないのではないか、という気がします。

山本亨は偏屈に見えつつ、妻への残っていた愛情が思い出された瞬間、その記憶の強さゆえの苦悩のシーン。佐藤みゆきは、本作においては感情が解放され奔放であることと、それまでの感情を隠して生きてきた、という対比をこの物語の中でめいっぱいに。たとえばピンボール台にひょいと上る瞬間、じつに素敵なのです。じっさいのところ、弟との暮らし、というのがもう少しかいまみえれば、というのはたぶん物語の責任。増田俊樹という役者は初めて拝見しました。序盤こそ危うさはありましたが、その中に力強さ、大人になっていくということをしっかり。この役者、小劇場を観てる観客が何人もあっちの方にいってしまった(宝塚とかにもよくあるんですが)「テニミュ(テニスの王子様・ミュージカル)」の人気の役者なんでしょうか、なるほどいわゆる芝居をみる観客とは違う層をしっかりと劇場に、というのはさすが。だからラケットでウケるわけね、というのは後からググってわかるわけですが。 大原研二は陰鬱になりがちなこの物語の中で、要所を真面目ゆえのコミカルということで空気を緩める重要なポジション、しっかりと。

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