速報→「あゆみ」ままごと
2011.12.3 15:00 [CoRich]
いくつかあるバージョンの「あゆみ」のうち、去年愛知で上演されたものがベースのものとか。80分。4日まで森下スタジオC。そのあと横浜、赤レンガ倉庫。あたしはダイジェスト版しか観たことがありません(1)
生まれ、歩き、小学校に、高校に、働いて結婚して、子供ができて。そんな、あたしのあるいていく、あゆみのはなし。
ある女性、一人をカメラで追いかけるように、赤ん坊が初めて立って歩き、小学生で赤い靴を買ってほしいとせがんだり、少し気になる女の子の友達と仲良くしたいと思ったのに、ほかの友達につられて待っててあげなかったり、高校では男の先輩が気になって後を付けてしまうのに告白できなかったり、町をでて東京で一人暮らししたり、会社に入って飲み会に行ってつぶれてしまったり、海に行ってつきあうことになったり、結婚したり、子供ができたり。
その人生を定点カメラで観ている観客、その前を走馬燈のようにくるくると、エンドレスにつながっている感じ。初演からなのか、今作からなのかはわかりませんが、対面の客席に並行して一直線の流れだったものが、犬を怖がって避けたり、中学校で友達を待っててあげなかったという選択をしたということを反映するかのように、役者の動き方向が十字になり、やがてその頂点を結ぶ正方形になり、さらにその外側の正方形になり。徐々に広がっていく無数の分岐の選択かのように、線が面に広がっていきます。面への広がりは終幕近くで「私が通らなかった道も、私につながる、たどりつく」というあたりでぱあっと広がる感じが圧巻。どれを選んだとしてもつながるアタシ、という作家の優しさが見え隠れします。
老いて、ゆっくりと歩いていくシーンの前後、シーンをリフレイン。それがどういうことかはきちんと読みきれなかったアタシです。でもそれは「選ばなかった別の道」なのかもしれないし、「前半では語らなかったけれど間にあったできごと」かもしれないし、もしかしたら今になって思い出して謝りたいと思う気持ちかもしれない。あるいは途中で出会ったあの知らないおばさんが私の姿かもしれない。たくさんの「わたし」は、もちろん私にとっては主役なのだけれど、他の人の「あゆみ」の中に登場することで他の人にとっての枝葉でもあるのだなあと思うのです
仲良くしたいと思う友達だけれど、ほかの友達の手前でうまくつきあえなかったり、気になって好きなんだけれどどうしても告白できないことにしても、酔っぱらって歩いて、翌朝なんか気まずく分かれるにしても、遊びにいった海でちょっと恋する心が芽生えたりと、なんかひとつひとつがごく些細だけれど私の人生。自分の人生を認め受け入れることってのが力強く生きることだよなぁと思ったり。その力強さがいいなぁと思うのです。
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