速報→「待ってた食卓、」マームとジプシー
2011.8.21 15:00
マームとジプシーの三ヶ月連作のうちの第二部。作家の故郷・北海道伊達市で上演したものを横浜公演中に2ステージのみの特別上演。21日までSTスポット。
久しぶりに兄弟3人が集まった家。姉と妹は家を出ていて、父親が亡くなってからは長男一人でこの家に住んでいる。あれから一年、幼なじみや近所のおばさんたちも集まってきて、食卓を囲むが、父親が生きてここにみんなが住んでいた食卓とはやはり何かが違っていて。
故郷を出ていて久しぶりの里帰り。男一人暮らしで姉や妹たちは掃除をしなきゃとかなんとか口々に過ごす一日。彼らが得意とする、せりふの細かなリフレイン、円形のちゃぶ台を囲む兄弟たち。故郷という場所だったり一緒に住んでいた父親に対する慕情をそれぞれの視点で描きます。さらに10年前にここを離れた幼なじみの再会、10年前にここを訪れたことがあるけれどほぼ記憶がなくて初めて訪れるような外来者の女、ここに住み続けている「おばさん」というごくごく小さな世界の奥行き。
故郷という場所、団らんがあったという感覚はあるし、今日は確かにみんな集まっているけれど、「戻ってきた」という感覚をもてない姉と妹。ここで暮らし続けている長男にとってみればそれは過去からの連続だけれど、出ていった人にとっては確実に非連続なのです。6月の公演がこの部分をズームアップしていて町の広がりという別の座標軸を基準に描いていて、この一点を要として深みをぐっと増しています。「故郷を離れる」という感覚はあたしには実感としてわかないけれど、その奥行きゆえに強い印象を感じてあたしは泣いてしまうのです。
今作においても、召田実子は少々飛び道具な感があって、海を目指して歩き、地元民と話すつっこみの会話が強烈な印象。物語の根幹というわけではなくむしろ積極的にリズムを崩して緩急をつけているという感じなのだけれど、この会話が実はとても好き。
物語というか描いていること自体はごくシンプルですから、何か記憶とか時間軸の提示の仕方に秘訣がありそうだということはわかっても、どこがどうすごいのか、ということはアタシの中ではまだ消化できずにいます。でも、たとえば繰り返すリフレインの中にひょいと新たな情報を紛れ込ませたりと、だんだん見せ方のバリエーションを獲得しているなぁと感じます。
正直に言うと、どこかスタイリッシュで芸術めいた感じ、たとえば坂の上スタジオとかフェスティバル東京とか、あるいはチェルフィッチュといった類いの小劇場演劇はどこか苦手意識のあるアタシです。なんか行政に近い感じとでもいいましょうか。マームとジプシーもどこかそれに近い感覚があって、表現の手法があまりに深化しすぎてしまうとアタシには苦手になってしまいそうな予感があります。でも今のところは、こんな想いが積み重なっていく物語の美しさに浸るのは実に楽しいのです。
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