速報→「再/生」東京デスロック
2011.7.23 15:00
東京デスロックの転機となり賛否両論を巻き起こした作品の再演ツアースタート。アタシは初見です横浜の2バージョンのうち、より進化したというデスロック版を。95分。24日までSTスポット。そのあと京都、袋井。
幸せについて考えている女、焼き肉屋のちいさな風景、繰り返すこと、変化していくこと。
YouTubeで見られる初演版 (10分版)により近いのはもう一つの、通称タダフラ(多田淳之介+フランケンズ)版のようで、鍋を囲んだ若者たちの死にゆく風景の繰り返しの描写で、ある程度の物語を持っているようですが、残念ながらアタシ、そちらは今回も見られず。
今作は物語の断片のようなものは、幸せに考えているという一人語りの女、焼き肉屋の風景だけで、物語も流れもあったもんではありません。そこにあるものを理解しようとしてもおそらくそれは徒労に終わります。表現や身体の動きのようなものを楽しむか、あるいは自分に強く引きつけて大部分を補完して読み説くか、という方向にどうしてもなるざるをえないんじゃないかと思うのです。
アタシの知り合いの観劇巧者の中でも大泣きの感動を口にする人もいれば、どうにもこれは受け入れがたいという考えの人もいるまっぷたつな感じ。あたしもどちらかというと後者です。ダンスの文脈の読み方とか、あるいは絵画や彫刻の読み解き方に近いように感じていて、それがとことん苦手なアタシにはそこにあるものはそこにあるだけのものにすぎず、どうとらえていいかの戸惑いだけが残るのです。だから、ひょんなことから自分にとっての何かの意味が読みとれたりするともしかしたらものすごく楽しめたりするんだろうなとも思いつつ。
大嫌いになりそうなこの芝居なのだけど、でも役者たちは愛らしいし、観てて飽きない感じではあります。隅々まで心配りが行き届いて作り上げられていることもよくわかります。それは役者も演出も確かな力を持っていることだろうなと思うのです。
もうひとつ、俳優の訓練として、あるいは演じる側の楽しさという側面はあるように思うのです。これ、どう考えても(この完成度でできるかはさておき)、ぜったいに観るより演じる側の方が楽しいんじゃないか、という疑い(言葉が変だな。えーと)が拭えません。もっとも、この作品に関してよく語られていた「肉体の疲れ」の課程を見せているのだという割には、全体のシーケンスはとことん練り込まれていて、おそらく何回でも同じ完成度で演じられるのだろうなとも思うのです。
実は東京デスロックに対しては遅れた観客のアタシはこの「再/生」の初演すらも見逃し、そのあとから観始めています。そのなかで、「再/生」以前の何作品かをリバイバルで見たりしても居ますが、「3人いる!」の唸るような完成度、こういう芝居がやっぱりアタシは好きなのだなと思うのです。が、まあ、彼らはきっとそこはもう飽きてしまって、次の地平が「再/生」で、さらにその先の地平が今作なのだろうなと思うのです。こういう路線で、アタシが楽しめる時がくるのかなぁ。作演も、役者たちも本当に巧くて、大好きなのですが。
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