速報→「ビタースイート」studio salt
2011.5.28 18:30
StudioSaltで初めてのオムニバス短編集。笑い溢れるけれど、その向こう側に透け見えるちょっと辛辣な視点の80分。29日までSpace早稲田。
オウド国の旅行者を装って偽造旅券で日本への入国を試みたキョアイ人の兄妹が捕まって入国管理事務所で取り調べを待っている。国の指導者は絶対だと教育されてきたが、入国に失敗し自決のための薬を口にしようとしたが、最後に妹は待ってる間に出されたチョコレートを口にする「パーフェクトワールド」
日雇い労働者の街の簡易宿泊所を訪れる男。ここに寝泊まりする父親を訪ねてきた。家族を捨てて長いこと会っていなかったが、余命幾ばくもないと知った父親が息子の職場をふとしたきっかけで知り、呼び出したのだ。どうしても父親が許せない息子だったが「金柑」
ファーストフードの清掃メンテナンスのバイトをしている男たち。ある日、新入りで若い女性が入ってくる。左半分はものすごく美人だが、右目が鼻まで垂れ下がっている顔は美しいとは言えない。が、真面目で前向きな彼女の姿に心惹かれた男、告白を決意する。きっと好きだと言われたことなどないはずだ、これは絶対にうまくいく「半熟目玉」
放射能汚染された立ち入り禁止区域となった、みなとみらい地区に住み続ける男。防護服に身を包んだ取材クルーがやってくる。住んでいる男はタンクトップ一枚で、ここで育てた立派なキュウリをばりばりと食べているが、クルーたちは腰が引けている。
どんな劇団でも名刺代わりに短編をいくつか持っているべきだと思っているアタシです。リーディング作品としては短編があったけれど、アタシが愛してやまないこの劇団が短編集を手がけたのは純粋にうれしいのです。
ほとんどの作品は笑いに溢れているのだけれど、たとえば北朝鮮に対する日本人たる私たち、あるいは障害者に対する健常者たる私たち、あるいは汚染地域とその外側に安住する私たちというある種の差別というか哀れむというかの微妙な差別意識のようなものを鋭く描き出すという点では作家の色がきちんと出ているのです。あるいは、作家のもう一つの特色である、食べることと生きること、ということを軸に据えてじっくりと描くのです。
「パーフェクト〜」言わずとしれた北朝鮮がモデルのスパイの話。彼らの世界は私たちからは荒唐無稽かもしれないけれど、彼らにとってはパーフェクトに作られたもの。薄々感じていても、その世界に固執する人々。それなのにたった一口のチョコレートがそれを突破する、というのがアタシの感覚にとてもよく合うのです。かっちり髪型を決めた東享司のコミカルなきまじめさ、終幕の表情のすごさ。妹を演じた鶴田まやの好奇心にあふれた表情が美しい。
「金柑」死にゆく長期間連絡の取れなかった父親と、いまは立派に成長した息子の対面の静かな時間。びっくりするほどにゆっくりで、丁寧にきちんと描きます。感動巨編というのには少々この時間では難しいし、ほぼ最初に提示された枠組みの中だけで続けるには俳優の味が少々食いたりない気もします。が、こういう時間を描こうという心意気、向き合う役者は心強い。息子を演じた山ノ井史が丁寧に。
「半熟〜」は半分は醜い女に恋した男をイキオイとコミカルに描きます。が、作家の少々意地悪な視線は、男がまったく意識しないままに、彼女を哀れみ、実は蔑み、彼女が好きになったオレだけれど、告白すれば彼女は喜ぶし、きっと自分のものになる、あるいは遺伝とか気にしたりするあたり。酷いと思うけれど、アタシの心にだって、いや恋心にだって、どこかそういうものがないとは言い切れないぐらいに鋭い切っ先がこちらに向かうのです。 元が小説だというだけあってモノローグ主体の多い台詞をきっちりと高野ユウジのイキオイと、悪意のない差別意識のいっぱいの笑顔が圧巻。女を演じた声も片目だけで作る表情も実にかわいらしく、なるほど、これなら惚れてしまうのです、アタシが。
「もろきゅう」は何年か前に書いたもので、チェルノブイリの森の話として書いたものだといいます。あまりにタイムリーで、汚染地域に無邪気に住む人というのはあまりに踏み込みすぎていると一瞬頭をかすめるけれど、それでも客席が笑っているのは、不格好な防護服で気にし過ぎるクルーたちなのです。なるほど、みなとみらい地区が宇宙みたいで人工的すぎて気持ち悪いという感覚から、人間が入らなくなったここが緑に溢れて「地球っぽくなっている」という感覚は腑に落ちます。住み続ける男を演じた麻生0児の味がいいのです。
3話は全体の中では独立している感じがします。その絶妙の差別意識の描き方が秀逸。残りのものがたりは人物がゆるやかにつながります。不法入国者を捕まえた管理官の父親との物語、入国に失敗した兄妹のいる空港に放たれた強い光は航空機テロかとおもったけれど、実はなるほど、爆弾と考えれば汚染地域の物語につながります。
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