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2010.09.07

速報→「渡り鳥の信号待ち」世田谷シルク

2010.9.5 18:00

世田谷シルクの新作は、宮沢賢治「銀河鉄道の夜」に着想を受けながら、女性の視点をしっかりと埋め込んだ105分。7日までサンモールスタジオ。

星祭りの日、部屋にこもって明かりを作る芸術家の父親を持つ娘。机の上に置く小さな明かりのほかに、盆祭りの期間、鍾乳洞をライトアップする明かりも作っている。母親はここには居ないが、どこかで生きていると信じている。過去に何かがあったのか、この家族は今一つ町になじんでいない。牛乳を買いにいくついでに、祭りをみてこようと家を出る。
最寄りのコンビニに牛乳がなく、列車に乗る。若いカップル、職場の旅行らしい女性三人、その娘を遠くで見つめる若者三人が乗り合わせ、時間の中を加速減速しながら列車は進む。

銀河鉄道の夜を下敷きにした芝居はたくさんあるけれど、そのままでもなく、単に現代に翻案したのでもなく、子供と母親、生と死を強く意識させる物語を骨組みにしながら、じつにスタイリッシュな音楽とダンス、文字を主体とした映像のインスタレーションのようなテイストの高い完成度に仕上がっているのです。

かかしとしおりの二人、大学生と老人を行き来するカップル、職場旅行の女性三人、大学サークルの若者たち、という4組の会話。鍾乳洞と列車にまつわり別々に進んでいく物語が後半にはいり、するするとつながります。

物語を主軸に据えながら、ダンス、音楽、映像がきちんと統合されているとおもうのです。ダンスでいわゆる「芸術」ということに、どうしても興味の持てないアタシですが、これは結構好き、なのです。 音楽もリズムもダンスも「文字」の映像も、ちゃんと台詞も物語も、というインスタレーションのような素材でつくられたもので、物語と文字に頼りがちなアタシがのめり込めるような芝居はそうはありません。そういう意味で、アタシにとって、けっこう貴重な団体。

ジャズを基調としたような、緩やかでポップな音楽がそこかしこ、ダンスもことさらに芸術っぽくせず、長すぎもせず、キレもあるのが楽しい。たとえば【山の手事情社】や【維新派】のように劇団として訓練を続けたところの完成度とはたぶん違うのだけれど、オーディションで集めた小劇場の役者をこの完成度でダンスとして成立させていると思うのです。 短期間の間にどんどん進歩したものを作ってしまうどん欲さを持つ作演は、小劇場だからこそ必要なことを続けていると思うのです。

渡り鳥、をお盆の季節に戻ってくる人々、と。なるほど、銀河を渡ってくるような様子が見えて、この狭い劇場の広がりを感じさせるのがうれしい。

子供を演じるえみりーゆうな、尾倉ケントが主軸をきっちりと。大人の気持ちの芽生え、子供らしさをあわせもつこの時期固有の感覚。帯金ゆかりも一つのシーンで子供を演じていて、実はありそうであんまりないのだけれど、ちょっとこのシーンは好き。 職場旅行の三人は物語の骨格。演じた佐々木なふみは母親としての優しい視線と同時に会えない子供を持つ母親、という陰の部分に厚み。

ネタバレ

銀河鉄道の夜というのはどちらかというと残された人の視点という描き方の物語だとおもうのだけれど、それがいくつかの視点にふくらんでいるように感じるのです。更に作家は、鍾乳洞で死んだ友人たち、たったひとり残った一人という役割で父親を当てます。さらに、その娘を軸にしてあったことのないという母親を登場させ、母親からみた娘、という新たな軸を付け加えるのです。作家の用意は周到で、その母親の妹を妊婦として、そういうこととは縁遠い女とあわせ、三人の女性の会話にするのです。仲のいい三人の女性の会話、という芝居の台詞が大好きだというアタシの嗜好を横に置いても、この会話は傍系に見えて物語の大きな軸になる、この展開に舌を巻くのです。

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