変化もありつつ。
この歳になっても仕事場でもびっくりすることってのはあるもので、会社のことがアタシたちが知るより先に外が知ってたり。広報の戦略というのはあるわけで、その理由はよくわかるし、株主がどうとかというのもよくわかるのだけど、でもねぇ、どうなのよそれと思ったりも。
よくなることなのだろう、もちろんと思いつつ。
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この歳になっても仕事場でもびっくりすることってのはあるもので、会社のことがアタシたちが知るより先に外が知ってたり。広報の戦略というのはあるわけで、その理由はよくわかるし、株主がどうとかというのもよくわかるのだけど、でもねぇ、どうなのよそれと思ったりも。
よくなることなのだろう、もちろんと思いつつ。
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2009.2.24 19:30
行ったことのない急な坂スタジオに行ってみるべ、と思って申し込んだのだけどSTスポットだった、という罠。会社出るのが押したので結果として助かりましたが。120分。ドリンクつき(缶ビールをチョイス)
「ワンダーランド」の北嶋孝、「東京デスロック」の多田淳之介、急な坂スタジオのサトウさん?(紹介はされてもクレジットがないのはどうなんだ)の三人で並んで休憩無しでの話。
喋る人はともかく、こういう題材で客の側はどこに需要があるのかわからなかったのですが、果たして書いている人が多い印象。若い人も歳行った人も混じるゆるい空間で話は進みます。
自己紹介のあと、作り手がどう読んでいるかを多田氏は立ち位置、拠り所にしたりしていると口火。受けて北嶋氏は小劇場の記録を残したいと思ってblog流行始める前の2004年にスタートし、blogが多くなって劇団も記録を残すので人の見方、原稿と言う方向に転換。面白い面白くないだけの軸では勿体ないのだといいます。書き手に重要なのは、事実と根拠で構成すること、みんなが読むということを意識し、他者との出会いを前提に文章を書くことなのだと繋ぎます。
受けて、書く側のスタンスはバラバラでもいい、なぜなら継続されていれば「この人がいうこと」を信じるとか反対と感じるということは読む側(作り手も含め)わかるのだと多田氏が受けます。
少し戻って役に立つレビューはあるのかというと、北嶋氏は現場に戻せるモノがいいレビューではないのだけれど、観客の視点から見えてくるモノを文字として定着したい、あの時代がどうだったのか読み返せることの重要性と云い、受けて多田氏は昨年末のデスロック公演の原作が初演時にどうだったか感じ取れるのは劇評が残ってるおかげなのだと続けます。
いろんな人に書いて欲しい、と続き、ダンスと音楽と美術が繋がった時代の話、劇評セミナーの話。多田氏は芝居のジャンル分けがざっくりにすぎる現状(ミュージカルと大衆演劇と四季と小劇場だったか)を分類するのは誰の役割だろうと考え批評の側の役割ではないかと投げかけ、北嶋氏は作り手である平田オリザは作り方から文字として残していることを例に引いて作り手がやってもいいのでは、と反論し、続けて平田オリザの総括はだれがやるのだろう、アゴラのサミットでやるべきなのではと提案し、受けた多田氏は演出部の名前を挙げてちょっと考えたいと引き取ります。
平田オリザの議論が少し続き、若い人には当たり前のこれが年配の批評ではまったく触れられないということを紹介されます。
劇評セミナーをやっているのは、顔の見える描き手と出会いたいのだと北嶋氏が続け(誰が読むかわからないblogでは本名で発表するのは難しいことには理解を示しつつ)本名(または通り名)で書いて欲しいと云います。
会場からの質問で「書き手のモチベーションの維持」について聞かれ、記者時代は書いて貰うというスタンスだったモノが、ワンダーランドは基本的に自分が書きたいと思う人に書いて貰うというスタンスになったと北嶋氏が答えます。多田氏からは若い作り手に対しては多少の心配りが欲しいと結びます
のんびりした時間、会話したことのある人が二人対話しているのを見るのはもちろん楽しい。この催しが何を目指して開催されたモノなのかという主催団体の意図は今ひとつわからず。もちろん、ちゃんと芝居の現場を作り続けて居る人々なのはわかっているので、わざわざこのカフェ、という場を設定することの理由が知りたかった気がします。
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2009.2.22 18:00
山の手事情社が毎年行っている一年・延べ480時間にわたるという研修プログラムの総仕上げ、修了公演。115分。
結婚する友人を囲んだ人々の「同窓会」。ビールの蘊蓄語る酔っぱらい「ビールについて」。ダンス「一触即発」。公演見に来た友人らしいダンサー男の語り口「ダンサー」。お笑いDVD見に男の部屋に来る女、期待高まれど笑いっぱなしで勇気を持つが「部屋飲み(1)」。男2人と女1人、女の失恋話を聞いていて、一人が席を外すと「部屋飲み(2)」。大声、絵文字のように怒鳴り合って「一言会話」。気のある男の電話番号を「合コンの女」。ぶつかって犬だかを病院に連れて行けと怒鳴る「大阪のおばちゃん」。場所取りの一瞬の隙に取られてしまった一触即発「花見」。「笑いの感情柔軟」。互いの経験を自慢し合う男女、パジャマ姿でいきなりやってきたり、あり得ないのに属性はやたらいいとか「恋愛武勇伝」。恋人と二人のベタベタ「小田急線の女」。椅子を相手に濃厚な「純愛」。高いテンションだけど寸止め「俺はやるぜ」。パンスト廃止を声高に「弁論大会」。夜道の散歩で出会った小さなおっさん(タイトル不明)、ビデオテープをブルーレイに(タイトル不明)。「蓄積」。夕飯の買い物するカップルは会社のお局に見付かって「スーパー」。泣きはらす「公衆電話にて」。「釣り人(1)(2)」。頑張ってるけど保険とかないですか「マリオ」。あたまオカシイ演出家に振り回される「支離滅裂な演出家」。入院しているお笑いコンビの一人、相方も来るが「お見舞い」。「歌ダンス」。バランスの悪い部屋で怪しげな「インチキツアー」。
山の手事情社がたまに行う爆笑編「ぴん」のようなテイストの、爆笑短編を細かく繋いだ構成。これだけの分量、おなかいっぱい。単に笑わせるというよりは、しっかりとした身体の動きや人間の鋭い観察に裏打ちされた小劇場のための俳優養成の形の一つが確かにここにあるのです。
構成表には「ものまね」や「ルパム」「ショートシーン」などと、メソッドというか構成される要素が示され、どのような過程で作られた要素なのかが見えるようになっていて、爆笑編の中でも、彼らの研修プログラムのショーケースにちゃんとなっています。終演後にDVD付きの募集要項ってのを配っていて、観たい気はするのだけどさすがに貰う勇気はアタシにありません。
合コンの阿る女を演じた堀口愛美はピン女芸人の領域のデフォルメで圧巻。部屋飲みや恋愛武勇伝、小田急線の女など全体に恋愛とか男女を巡るねたが多いのも、若い彼ららしかったりするし、笑いのねたとしても軽くて楽しいのです。演出家ネタはよくやっていると思うのだけど、清水宏の本家を観てるとさすがに差はあって。
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2009.2.22 14:00
久しぶりに拝見するユニポの新作。希望があるという事実をひたすら丁寧に四本の小品に。85分。23日までシアターグリーンBIG TREE THEATER。
四つのものがたりがカットオーバーしながら。(1)息子が一人暮らしを始めた夫婦、連絡が取れなくなったと息子の彼女から電話がきて... (2)国際問題研究会なる団体からデモに誘われる大学生の男、渋々話を聞くが、やがてその熱気に巻き込まれて。 (3)ヒモ同然で女の部屋に転がり込んだ男。甘い生活に見えるが、男はわき腹に痛みを感じて。 (4)どこか遠いところ、アルカディアなる、共同生活体らしいところ、取材にきた記者とアシスタント。
当日パンフの作家の言葉によれば、希望の在処を具体的に示すのではなく、希望を持つことを声高に主張するでもなく、毎日生きているんだという事実を描いた、のだといいます。4つの物語はほ独立して進んでおり、互いにリンクしそうな小さなつながりらしさを一瞬みせても、あっさりとうっちゃられてしまって、人物も物語も決してつながることはありません。終幕こそ一カ所に集まったかにみえますが、それは芝居を作る上で「絵になる」ように集めただけで、物語の上での必然があるようには感じられません。
どの物語をとっても、アタシの持つリアルとはリンクする題材がないからかもしれませんが、丁寧にテキストを紡いでいるという感じはしても、人物があたしに迫ってこない、純度の高いというか悪くいえば描き割りのような抽象性の高い人物が動いているという印象。 行方不明の息子に何があったかも、アルカディアの正体も作家の興味はないのでしょう、すっかりとそぎ落とされていてそれに対面する人間たちだけを抜き出して描いています。
そういう物語の作り方ももちろんあるわけですが、こんな時代とか希望とかということをことさらに云われても、あたしの気持ちには迫ってこない感じではあるのです。
役者も作家も、それができないわけはありませんから、確信的におこなっていることは明らかだと思うのですが、アタシが欲しているのは、もっと不純物というかノイズがほしいな、と思ったりするのです。
看護婦の部屋の序盤の甘い生活感が見てて気持ちいい。あるいは夫婦のシーンの序盤の距離感も安心してみられる感じ。国際問題研究会はコミカルさが楽しいがもっと突き抜けた方がバランスがいい感じも。
16時から設定されたWSの公演。詳細は語られていないのでよくわからないのですが、死の直後の人々が次々と訪れモノローグを語る構成。死んだ人の心を想像して描く、というやりかた役者が紡いだ言葉で作られているよう。そういう意味では物語そのものはあまり期待できませんし、役者のキャラクタを重視するというのとも違う感じになります。無償公演ですから多くを望むべきではありませんが、成果発表というカタチをとるのであれば、ワークショップを行った側はどういうつもりのプレゼンテーションとして意図したのかを事前に観客に教えた方が見る方は楽じゃないかなと思ったり。さすがに夜に観た山の手の一年に渡る研修のキレはここでは観られるわけもないのですが。
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2009.2.21 19:30
箱庭円舞曲の新作。3月1日までOFF OFF。120分。
農協が持っている就農支援センター。週末兼業だったりここに移住してきたりする人々の支援を行う。農協職員や農協を通さないで買い付ける企業の営業担当が出入りしていたり、肥沃な土を作っている人がいたりする。何組かの移住者が定着しようかとしているとき..
日経とかガイアの夜明けみたいなドキュメンタリーで農業がキャッチーな昨今。でも彼らはリーマンショック以前にこの題材を決めたのだと云います。農業がしたいという漠然として緩い都会モノの気持ちと、人が来ることは基本的には歓迎しながらも、分け判らない人が流入してくることや、そもそも何の特徴もない一農村が生き残っていけるのか、という割とシビアな問題をぎゅっと濃縮しています。
そういう社会的問題を扱いながらも、マクロな視点のお題目ということにはしないで、あくまでもそこに登場する人々の揺らぎや衝突、というミクロな視座から描く作家の視点は少々の底意地の悪さを持ちながらも、まるで箱庭の中で動く人々を丁寧に描くようで優しさすら感じさせるのです。
就農する人々につけ込むような農機具やら法人やらの売り込みで始まる舞台。物語は当初、「見かけとは違う」という細かなネタを積み重ねて進みます。危ないタバコもどきだったり、夜のことだったり、謎のカップルだったり、どう考えても頭おかしい人の才覚だったりと、物語の主軸はどこにあるのだろうと思いながらも、ひとつひとつはごく丁寧です。
後半、芋煮会でのハプニングを巡ってこの場所、この町に隠された「見かけとは違う」事実が明かされていきます。少々じらすように何が起きて何が問題だったのか、その企ての全容が、登場人物達は知っているのに、場面は明らかになった直後から始まるという少々トリッキーな構成。一歩間違えばひどくわかりにくいだけになりがちだし、結果として上演時間が長くなってる要因だと思うのですが、この場面の描き方も実に丁寧で、セリフにきちんと食らいついていけば、そのじらされることすら快感というゾクゾクとする面白さを感じるのです。
あるいは女三人たちの「見かけとは違う」会話も結構好き。まあ基本的にアタシ好みのフォーマットではあるのだけど、地元の人、少々浮いてる人、真面目一本槍に見えるのに凄いひとというそれぞれの違いが浮き彫りになっていく過程がちょっと凄い。ミミズの都市伝説を巡る思い込みの会話はありがちな話題ではあるけれど「生きるの辛くないですか?」というセリフで締めるセンスはアタシの気持ちにすとんとはまります。
単純な男と手玉に取る女の構図がいくつか作られていくのも実に「箱庭」な感じがして面白い。終幕、女のピンチに出ていく男たち、立ちすくむ男、止められる男という対比が鮮やかな一瞬があって、それまで積み重ねてきたこの物語の関係がこの一瞬に凝縮される感じなのも後から酒を呑みながら思い出すと凄いなぁと思ったりするのです。
ネタバレかも
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2009.2.21 16:30
名古屋から単身上京、旗揚げの劇団。22日までルデコ5。95分。
なかなか描けなくなっていることは自覚しているが、それでもどうにかこうにか一年ぶりの新作を発表するための個展を準備する画家。妻や手伝いの若者たち。肝心の絵は本人以外まだ誰も見ていない。
わずか100分弱なのだけど、夫婦や愛人や謎の人や昔の知り合いといったさまざまな会話が紡ぐ前半と、そこからかなり飛んだ感じに物語が進む後半の構成。絵の秘密はわりと早い段階で底割れしますが、それは大きな問題ではありません。
全体の構成は、いわゆる「描けない節」の画家の話ではあるのだけど、その恨み節だけに頼らない感じは、ちょっとよくて、冒頭の見てないようでちゃんと見てる夫婦の会話とかの細やかさとか、ファンだという人との会話のあたりの会話は結構素直な感じでアタシの感覚にぴったりきます。身近なところを描くことがいいことなのかという議論はあるにしても、あたしは好きなんだから仕方ない。
二次元こそが世界だ、という台詞に象徴される後半は、かなりテイストが異なります。多くの役者というよりはほぼ二人の役者の会話に集中されるシーン。 芸術ってやつ、あるいは絵っていうやつを一種独特の感じで芝居として描き出そうとしているという志にはワクワクしますが、アタシには少々とっつきにくくも感じます。
なじみのない美術や芸術の言葉やら概念やらを持ち出してきているのが、それ自体はそう難しいことではないにしても、物語とアタシの距離をつくってしまう感じがします。ここがもっと身近に感じられればなぁと思うのです。
。 タイトルははっきりいってダジャレだけどそれをきっちり物語として据えているのはじつはちょっとすごいんじゃないかと思うのです。いや、思いついても、それがこういう物語、というのはかなり妄想度が高くてたのしめます。
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2009.2.21 14:00
三条会のロミジュリ三演目。22日までスズナリ。90分。
配役表で一目でわかるとおり、全員がジュリエット+一役という構成。開演前から携帯電話の注意を促していたスライド画面が前半部分でジュリエットの台詞を文字で表すという趣向。毎夜宴にあけくれるキャピュレット家のリピートやらの前半は、あれれという感じで今一つアタシの気持ちは乗れません。三条会のベーシックなフォーマットである古めのポップス(なのかな、昭和歌謡だったり童謡だったりもする)を大音量でというのが災いして、正直台詞が負けている感じは否めないところがあって、ストレスになります。肝心のジュリエットの美しい台詞もパワーポイントではね、と思ったり。
まあ、それは「主張するようになる前」というカタチを表しているということかもしれません。縄ばしごと称した赤い糸を引き合い、ロミオとジュリエットが一夜を過ごしたというところからは、少々の下世話さとオーソドックスなロミジュリ的で楽しめる感じ。
きっかけとなる引き合うシーンとか、その翌朝、母親との二人のシーンは演出のとリッキーさには少々なじめないところはあるももの、ちゃんとチカラのあるシーンと感じられます。ジュリエットと母親の両方をさりげなく一役に演じてしまう大川潤子には圧倒される感じ。それに重なる寺内亜矢子のジュリエットの声は若く、両方が重なった音には一種の重厚さが感じられます。
トリッキーさをことさらに強調しなくてもいいんじゃないかなぁとか、昭和歌謡をことさらに大音量というのも毎回となると飽きるなぁとか、劇場がこの規模だと音楽に対して役者の声量なのかカツゼツなのかわからないのだけど、台詞が聞きづらくて、空間が制圧できないんじゃないかとおもったりもします。今作に関して云えば、音楽のない台詞だけで勝負しているシーンの方が印象に残ります。たぶんアトリエの公演だったらもっとしっくりとなじむ印象があるのだけど、どうだろう。
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一瞬風邪ひきましたが、翌日には一皮むけたように元気に。遊びすぎ、呑みすぎで曇ってたのですか、アタシは。
コマ潰しの企画がいくつかあって思案する週末。ならばコマ潰しをまるごと諦める選択肢も。
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2009.2.15 14:00
横浜の劇団、二回目公演と銘打って。あたしは初見です。115分。15日まで相鉄本多劇場。
12年ぶりの同窓会に教師に呼び出された人々。それぞれ金に困る理由があったりしている。呼び出した教師は謎の男と結託して強盗しないか、と教え子たちを誘う。学校の裏手にある個人産婦人科医のところで、そこには再婚でかつての同級生の女も居て。
ニート、不倫、不妊、脅迫、性同一障害などとそれぞれの属性と思い出話にひとしきりの30分のあと、穴だらけの強奪計画が打ち明けられ、徐々にシミュレーションがされていって。終盤になって、その計画自体は金は二の次でほかに目的があることが明らかになります。そこに血のつながらない親子やら、友情やらをからませながらの終盤は、見せる感じではあります。アタシが住んでいるところ、という意味だけですが横浜の劇団、というだけで少々応援したい感じもします。
が、そのテロもどきの動機や、あるいは前半での人々のそれぞれの属性はアタシにはぴんときません。本人たちには深刻であってもどこかコミカルかつ丁寧であってほしいというアタシの勝手な望みはむなしく、少々雑な感じは否めません。うまくいえないのだけど、全体にそう感じてしまうのです。
終盤の物語はそれなりにみせるのだけど、そこに至る過程は物語に必要だったのだろうか、というとあまりにアタシの感想も雑でしょうか。
日曜昼に関して云えば、相鉄本多の常設ベンチの前に4列のイス席でも満員。スピンアウトのDVDを販売するという盛り上げも楽しい。終盤近くですすり泣きが客席から聞こえたりもしつつ。でも電車で一時間も行かない場所で同じぐらいの料金で観られる芝居のクオリティを考えると少々厳しい感想を持ってもしまうのです。
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2009.2.14 19:00
タカハ劇団の作家、G-upのバックアップ。17日まで駅前劇場。115分。
青木が原樹海のすぐ横、民宿の村の中にある自殺者を止めて自立支援するセンター。もう一つの民宿村との長年の対決は色濃く、向こうから流れてくる客は自殺志願ばかりで。住み込んで料理しながら電話番をしている女。この村をたちゆかせるための努力と画策。
物語の軸となるのは、住み込みで働く女と謎のただならない感じの男の話。そこにもう一本、向こうの村とこっちの村のロミジュリ的な男女。女性が積極的で男はダメな感じなのはイマの雰囲気です。
プロデュース公演らしく、役者の見せ場がそれぞれにたくさん。さすがに巧い役者をそろえるのはこのプロデュースの強みなのです。前売りで指定席なので席は選べません。すべてをイス席にしようとしてがんばったのだと思いますが、前の三列がほぼフラットなヒップポイントでは、テーブル上の小物が見えないという可能性があって、アタシは運悪くその惑星直列に前列の人が。物語に大きな影響があるわけではありませんが、フラワーロックも人形という小ネタの笑いが見えないのは少々寂しい。
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2009.2.14 15:00
原宿から外苑前方向、気持ちのいいカフェを通り抜けて3F、バーとはいいながら窓が広くて開けた空間。暖かい昼の公演によく似合うワワフラの新作。55分。とびとびの公演で14,18,21,22日。bar&lounge 'greenz'。
広いテーブル、カフェらしい場所。コンパスを売ろうとする女、買わない人々。スキーにいきたいらしい人々、つれていくよう頼まれる人。大発明をしてお金余って仕方ない人、結婚してる人、食べる人、食べられちゃう人、告白っぽかったり。
あたしが勝手に思うのは、トリのマークのかつての姿を彷彿とさせるような、意味のあるようなないような、物語のあるようなないような小さな会話のつみかさね。比べると女性が多くて、男1人+女6名という比較的多い人数。言葉はきちんと紡がれているのに、その場面場面にはそれなりにちゃんと何かがありそうなのに、それが大きな物語につながらない、ことさらに笑わせようと云うのでも、ことさらに深刻ぶったりも、メッセージ的なものも、何もないのに、会話は確かにそこにあるのです。
まるで女子高生のような(いえ、想像です。知らないし。たぶん彼女たちはそんなには若くない)会話。それでも、明るい昼下がりのカフェという設定の場所はこういう「さえずるような」音としての会話が実に気持ちいい。それはドリンク付きというのにしちゃやけに大きなグラスのビールのせいばかりではないと思うのです。彼女たちのさえずる会話を聞くのが実にイトオシイ。
下のフロアはふつうの飲食店。入り口にほぼ実物大の牛の置物が目印、勇気を振り絞って、店の人に「演劇ですか」と聞かれながら昇った階段の先。 下の店は休日でも1000円ぐらいでランチが食べられて、酒も飲めそうで、空気が通って気持ちよさそうで。知っていればここで昼ご飯食べたよなぁ。いつか行ってやろう。
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少し頂いて、いえ、義理なのは承知です。申し訳ない、そしてありがたい。
暖かくて風の強い金曜日、まだ春一番には遠いのだけど、CoRichの春祭り、概要発表。
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2009.2.12 19:30
三之助が続ける一人会、7回目。いつもどおり、21:50終演
「厩火事」(wikipedia)。「小言念仏」(wikipedia)。「甚五郎の大黒(三井の大黒)」(解説)
根多おろしを含む三本立て。遅刻したので一本目の途中から。髪結いの亭主は怠け者、妻は腹を立てて相談に行くけれど別れたいというわけでは、実はない。泣きそうになる妻の表情が巧くて泣きそうになりつつ。
二本目、リズムを刻みながらの小品。こういうのもあるのですねぇ。他の人が居る風景に見えますが、上下切ったり対話してないので独り言だと思ってしまうとシュールでそれも楽しい。
仲入り挟み三本目。飛騨の甚五郎、という名人が市井の感じでおとなしくしてバカにされたりでも凄い技を見せたり。スノップな感じは鼻につく物語ではありますが、そういう技があればアタシだって一生食えるのにと思うのは何だろう、ダメ人間の憧れ的なモノですか。
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2009.2.11 19:00
五反田団の新作はチラシに書いてあるのとは違う話でした。15日まで三鷹市芸術文化センター・星のホール。110分。
スーパーから帰る女性三人、歩いていって別れる。きみちゃんと呼ばれる女は夫が最近変わってしまったのに疑念を抱いて、少年探偵団を結成する。小林少年のようなリーダー以下別に少年じゃないのだけど。
親以外の人と暮らしたことがないのでわからないのだけど、知ってたこの人と違うという違和感か、違うと云われてしまうという出来事が発端だとおもうのです。アタシは勝手に前田司郎のリアルが反省されると思っている五反田団なので、そうなてるのかー、とか勝手に夢想する感じて見ています。いえ、何も知りませんが。で、そういうシチュエーションがあることは理解できますが、実感を伴えないのはあたしのせいですが。
税金つかう芸文で拉致だのショタコンだのというのを、ことさらにやるのはどうなんだろうと思うのですが、酷いわけではありません。
違和感をどうやってカタチにするかということの確かなチカラなのだけど、ならばこの劇場は広すぎる感じ。客席の急傾斜は正しいのですが。
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2009.2.11 14:00
鹿殺しの新作。115分、15日までRED/THEATER。そのあと神戸、大阪、福岡。
幼い頃英才教育風に育てられた兄妹だったが母親が男と逃げてしまい叔母夫婦の工務店でもう二人の従兄弟と一緒に育てられる。末っ子をのぞいてひたすら怒鳴ったり叩いたりと怖い父親だったため、自分だけの世界に閉じこもってみたり、それでも父親の会社で働くようになったりしていた。東京に出て音楽の道に進んだ次男が、父親の葬儀のために12年ぶりに戻ってくる。
複雑な家庭で親戚に引き取られた兄妹と、兄弟の四人のすこしばかりゆがんだ愛情の姿。そこに東京でまだ売れてないバンド「ベルゼブブ兄弟」なる蠅の王(wikipedia)の復活を重ねて、恨みなどの心象風景の具現な感じに見せていきます。
父親の死因に持たれた疑問から派生して、それぞれの子供の頃からの歪んだ想いが噴出、という筋立てで、少々パンク風味にすぎる感はあるものの、物語には厚みがあります。
正直に云えば、タイトルやら蠅やらといったあたりが今一つ「恨みはらさでおくべきか」という点と見た目の迫力という点をのぞけば、せっかくタイトルにいただいているわりには、そこが尻すぼみで、兄弟たちと父親の愛情の物語になっている感じはあって、あれれと思ったりもします。
一端終わったと思った物語が、もうすこし続いて蛇足な感じがするのは、ハッピーエンドを求めてたのかな、あたし。
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2009.2.8 19:30
この芝居が立て込んでる週末を挟んでもちゃんと埋まっている客席。見逃したシーンが多そうで、もう一回みたい気もしてしまうのですが。90分、15日まで[CoRich]
近所の主婦たち、旅行先の羽目外しだったり、主婦達のお泊まり会だったり、息子の事だったり、浮気だったり、宗教だったり、ボランティアだったり、自閉症だったり、市議会議員だったり、ゴミ屋敷だったり。
物語というよりは情景を積み重ねて。知らない人と会話をしずらい、顔を知っていても声ははかけられない、会社の人でも深入りしない、なんて具合に会話が表面的で踏み込めない人々の描写を細かく重ねます。アタシも他人じゃないなぁという感じで刺さることも一杯。
アノニマスな会話の断片なのだと思っていると後半はするすると繋がりが描かれ、登場人物がきちんと立ち上がって、ある地域のコミュニティの様子が立ち上がります。場面場面の連続という印象は変わらなくて、そういう意味ではメトロポリスプロジェクトに似てる気もします。
序盤の主婦達の会話、自分の事情を要約して俯瞰できたりするのだけど根掘り葉掘り聞かれないのは終わってるのか、それはないと思われるのかというあたり、あるいは主婦達の会話が遠くにぼんやり聞こえていて。あるいはイタクラの家に来る女たちの修羅場のシーンが好きなのです。特にこまつみちると板倉チヒロの対決が実に凄い。
スクリーンが二カ所。クレジットなどのほか、要所要所で字幕が表示されます。必ずしも見えなくても致命的ではないのだけど、最前列からだとやや高い位置にあるため、芝居に没頭してるとついつい見逃しがちで、見逃したと思うと気になるのも観客の常で。この混戦の中もう一回観るか迷いつつ、せめてテキストを読みたいな、とも。
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2009.2.8 14:00
元発砲B-ZINの武藤陶子の立ち上げたユニットの旗揚げ、空想組曲初演の短編の再演作。10日までシアターモリエール。そのあと大阪での上演。85分。
死にたいと思っている人間と契約し、魂を抜き取る悪魔。契約の成績が悪く、今晩中に一つも契約が取れなければ、閑職に追いやられると言い渡される。町で出会ったのは、干された作曲家の男で、契約を無事に取れそうだが。
もともと60分程度の原作を85分ぐらいに。役者の十八番の雰囲気をはさみつつ。普段ならばもっと大きな劇場でみるような役者ばかりですからこの規模の劇場でみられるのはちょっとうれしい感じではあります。反面、役者自体に興味がないとその部分がやや冗長な感じに見えてしまう感じもあります。
もともとは小柄だけどクールビューティ風の悪魔(初演・牛水里美)と、少々人情にもろい感じに見える上司(初演・紫村朋子)という組み合わせだった初演なのだけど、一生懸命でおっちょこちょいな悪魔(武藤晃子)と、もっとクールな感じの上司(澤田育子)というキャストのキャラクタにあわせて手を加えています。無理にもとのキャラクタに拘らなかったことがうまくいっていて、このキャストにはよくあった感じになっています。時間の長さもあって、タイトさは薄まった感じもしますが反面、全体にもっとハッピーな感じには仕上がっていて、これはこれでありだなぁと思うのです。
西川弘幸演じる作曲家はまっすぐに誠実なキャラクタに、苦悩具合は薄く感じないことはないのだけど、軽やかなシーンはよくあっています。武藤晃子はいじられキャラ風全開、発砲の頃の感じであたしは楽しい。澤田育子の終幕の「くだらない」という一言が実にすっきりとしていて、一気にかっさらわれる感じはちょっと凄い。
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2009.2.7 19:00
あひるなんちゃらの「もんやり駄弁」の新作。70分。11日までサンモールスタジオ。
冬、フェリーに乗っている人々。口癖が「愛してる」というイケメン、バンドの追っかけジョシ三人、卒業旅行の行き先が決まらずに喧嘩ばかりしているジョシ二人、知らない人に究極の食材を聞いて廻るパティシエたち。
他に比べればシンプルだけど、アタシの観る限り、かなりこれはセットを作り込んで見えますが、ヘナチョコには見えます。ゆるゆるにみえる会話が基本の彼らなのだけど、きっちり作り込まれていて、物語の意味よりもなによりも、「会話を進める、ころがす」ということの絶妙に対してアタシのカラダを委ねる心地よさ。
永山智啓演じる「愛してる」が口癖の男、あれだけの女性達をその一言で口説き落としてしまう剛の者は羨ましすぎる(泣)けれどもゆるい一発のパンチに打たれ弱い感じがちょっと可愛らしい(男だけど)。異儀田夏葉と篠本美帆の女子二人の腹立たしい感じも面白い、決め技がほぼ一緒の顔面攻撃もシリーズもののようで。おっかけをしている女子三人、墨井鯨子と金沢涼恵の下っ端の筈の黒岩三佳がそう見えないのは今までに見ているキャラクタであたしの目が曇っているからなのだろうけど、珍しいメイクだったりキャラクタだったりして楽しい。
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2009.2.7 15:00
MONOのほぼ一年に一回の劇団公演、110分。京都を皮切りにツアーとなっていて15日まで吉祥寺シアター。そのあと大阪、名古屋、北九州。
斜面に建った古い家。両親を早くに亡くし力を合わせて暮らしてきた四姉妹。ある日廊下の壁にあった通気口の板をはずすと、その向こう側には大きな空間があった。長女はリフォーム業者を呼んで修繕することにする。長女の知り合いのリフォーム会社社長は、四姉妹が素人なのをいいことに家が潰れるからと脅して不要な補強工事まで請け負うが、何もしないで代金だけふんだくろうと考えている。それを見ていた床下の人影は。
公共劇場としては三鷹と並ぶぐらいに若手の劇団には難しくてスカスカになりがちなこの劇場なのですが、三鷹も経験し20年を迎えた彼らはさすがにそんなことは何の問題もなくクリア。スズナリのような「狭さを演出する」空間をきっちりと作り出します。
MONOの5人に加えての客演女優4人。全員にそれぞれに明確なキャラクタを与えていて、最初からすべて疑う男、信心深い男、反応の遅い男など。それぞれのキャラクタはしつこいぐらいに序盤で繰り返すのだけれど、それが中盤から終盤にかけてじわじわと効いてくる感じはさすがに巧い。出任せの嘘をつくばかりのほら吹き男は、スーツに赤いネクタイで、白手袋こそないけれど「羽曳野の伊藤」かと思う出で立ちで怪しさいっぱい。ほんとうにでたらめなことをいっているだけな感じで物語は進んでいくのだけど、それぞれの人物は都合のいいところだけを信じたり意図的に抜き出したりしてと勝手に回っていく感じがちょっとそれっぽい。ほら吹きではあるけれど、だまそうなんて気はさらさらないのでしょう。存在自体は謎めいたままなのだけど、自分たち自身を合わせ鏡で見せている感じはちょっと怖いぐらいな構造。
正直にいえば、せっかくのこのほら吹き男の与えられている役割はこれだけ突拍子もない存在の割には薄い感じがするのは少々食い足りない感じではあります。亀井妙子演じる長女はどうやっても悪意が見えない、というのはあれですか、あたしの好みだからですか(汗)。
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音程は全くと言い程ダメです。
わかるのは、普通の喋り言葉のリズムなのですが、最近、四音節、濁音半濁音とりまぜのカタカナが増えてるのはなぜだろう。
先週の「エビビモ」からはじまり、横浜の「ビビプロ」(未見)、映画のタイトル「ララピポ」とか。どうだろう、判って貰えるでしょうか。
週末、来週は休日も万歳
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2009.2.3 19:00
TOPSでジテキンこれが最後かなぁ。アタシはどこで彼女たちの物語をもう一回見られるのかしらん。4日まで、130分。
クレイアニメのスタジオ兼自宅の女性の部屋、写真撮ろうと待ち構える男、手伝いに来る男、助手。24時過ぎに始まったあれこれ。友人の結婚式のアニメを作り始めたけれど、あらぬ方向に暴走していって。
飯島節全開の隙間ないテキスト(戯曲買い忘れた)。役者も圧倒的なのです。まだダラダラ先があるかと思っていると、残り時間が少ない感じを自覚してしまう年頃。酔っぱらって見はじめたのに、一瞬たりとも寝られない、メモもほとんど取らない、けれどもちゃんと残る会話。
アタシは男ですが、立場として近いのは部屋主の女なのです。いえ、付き合ったことはあるのですが、いえ、結婚式を壊す気はさらさらありませんけれども。一歩を踏み出すことに対する臆病さ、真摯に想うちから、想われるチカラを妄想しながら。
40代独身OL(だったのか)を演じた歌川椎子、丸いかんじのヘアスタイルが可愛らしい。若い野菜のように野心がない男は優しい。妻帯男にもちゃんと物語、フリーライターの男は想いが深い。もちろん笑いは沢山め一杯。泣きは少ない気がしますが、それは全く問題ではありません。
考えあぐねて頭の中がぐるぐるする感じ、想いが残る場所、想いを伝える術、出来なかったこと、したいこと。さまざまがコンパクトな会話のなかにきっちり詰め込まれているテキストは、飯島節全開でアタシの気持ちにはまります。
さて。
TOPSでのジテキンというのはアタシにとっては特別なのです。ほぼ覚えていない「ポルカ〜TOKYO STYLE」とか「休むに〜」初演と再演、観てない人形の家、「ツーアウト」リベンジとか、もちろん、この芝居も、どこで再演できるかしらん。
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2009.2.1 19:30
あさかめの新しい出発、カフェでのたった二人の芝居。2日まで。60分。眺めのいいカフェ三軒茶屋のa-bridgeを舞台に。
オシャレ風のカフェ。席を区切る壁で背中合わせの男女。そこそこ普通なのだけれど地味、見えないままにちょっとした見得を張って。
彼女居なくてサッカーや映画に詳しい公務員男と、彼氏有りで回りは出産ラッシュ世代で吉田戦車好きの菓子メーカー企画のOL女という組みあわせ。互いを隔てる壁にはこういう属性が書いた紙が所狭しと貼られています。客はそれを囲むように観るのだけど、ほとんどの席は反対側を観ることができず、自由に動いていい旨開演前にアナウンス。とはいってもそう簡単には動けなくても、小さい空間ですから、実はそう大した問題ではないのですが。
ふとしたキッカケで始まる会話。マダムだと言い張ったり、片や宇宙飛行士だと云ってみたりとかなり無茶苦茶な嘘。リアル拘るより無茶苦茶なまま、いやそれを信じるかぃっとツッコミながら、進む会話を楽しむのが吉。
妙齢の男女の会話、一瞬盛り上がる会話でも、恋の奇跡なんて事にはまったく発展しないのがむしろおしゃれな感じ。どこにでも持って行けるような小品は心地よいのです。
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2009.2.1 17:00
いわゆるブゲイ(舞台芸術学院)系の、ミュージカル中心なのだけど、どこかひりひりとした感じが気持ちよい120分。1日までシアタートラム。世田谷パブリックシアターの若手応援プログラムの一本。
自殺しようと集まったニートたちは、一人の云った「願いが何でもかなう夢の国」があると言う言葉に乗っかって行ってみることにする。果たして、思ったことが何でもかなう夢の国でみんなが幸せそうに暮らしている。同じ頃、あちこちで謎の失踪事件が起きる。捜査しなければいけない警部までもが、その居なくなった妹に出会おうと、自ら引きこもりになっていたりする。実はこの夢の国、エビビモには秘密があって。
メロディーをさまざまに変奏しながら、いかにもミュージカルらしいナンバーの数々。セリフを歌いあげるということはあまりなくて群唱が中心な感じ。地となる台詞もたくさんあって、ミュージカルに苦手意識のアタシでもこれだけの音楽は挟まっているにも関わらず違和感なく楽しめます。いきなり夢の国、おとぎ話風がガツンとやられるわけで、四の五の言わず物語の世界に引き込まれるということなのでしょう。
ネタバレかも
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2009.2.1 14:00
川島芳子(wikipedia)の史実に、ミッシングハーフの前日單を潜り込ませながら見せる130分。1日まで駅前劇場。
上海にやってきた川野万里江の部屋を借りることになったのは、川島芳子、東洋のマタハリと呼ばれた男装の麗人その人だった。満州国建国に走り回った彼女の姿を描くことで国威発揚を狙った婦人公論の連載のために呼ばれた作家と三人の奇妙な暮らしが始まった。
川島芳子の史実を借景に「ミッシング・ハーフ」の虚構の物語を折り込んでいて、そのたくらみはある程度成功しています。満州国を建国し日本軍に重用されてはいたが徐々に世間から忘れられそうになっている川島芳子に、トーキーの時代の女形という座を失いかけていて一念発起本当の女優になるべく上海に渡ってきたという女、「まきかえす」二人が出会う虚構の場を作り出します。
ゲイであることをカミングアウトしているこの劇団は、最近では珍しく常に何らかの「見方」を折り込んできます。今作においては、トランスジェンダー的なものを描きます。川島芳子の17歳の断髪の「女を捨てる」宣言だったり、女形から女優になろうとする人の姿だったり。
今回の二作を比べると、少人数で賑やかなつくりの「ミッシングハーフ」は再演で芸達者の役者の存在感が圧倒的。新作となる今作はそれに比べると、意図はわかるものの物語が要請するよりは人物が少々多く感じる気がして。更に中国という国で日本がやったこと、ということまで折り込むのはたいしたものではあるのですが。
高山奈央子の凜とした感じ、派手な目張りは少々やりすぎな気がしないでもありませんが、男装の麗人に違和感持たせないのはやはりこの役者の持つもの。関根信一の安定は圧倒的。奔放される技師を演じた遠藤祐生がいい雰囲気。
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2009.1.31 19:00
4年ぶりの高山植物園。松本の女相撲の稽古場での近所の女性たちの会話。85分、1日までアトリエ春風舎
女相撲、土俵が真ん中。日曜昼の稽古に三々五々集まる主婦たち。親方と呼ばれる唯一の男性、妻をなくして四十九日を経ての初めての稽古。
女性達の集まる場所、その場所と想いをめぐるさまざま。 序盤で狭い入り口から入れなくなる、というコミカルなスタート。この中でさまざまなことが起こり、 子供ができないこと、それは男の自信喪失でもあり。昼のシンクロ少女と同じ弱っちい男の姿も渦巻きつつ。とはいえ基本的には女性達の話。入門初日の一人を除けば全員が既婚で、でもこの場所が楽しみで。そこにいつづけた「おかみさん=母親」の喪失感が全体に漂い、それは後半に向かって強さを増していきます。
方言の扱いが一貫しないのはちょっとつらいところ。松本に近い音の方言自体には拒否反応はありませんが、序盤では標準語なのに後半で慣れない感じの方言になったりとか。
後半で耳に残ったのが「シャガールの向日葵」「シャガールの夜」という言葉なのだけど、絵画が判らないアタシにはちょっと厳しい。後で調べても、同時代のゴッホには同名のタイトルがありますが。
ネタバレかも
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2009.1.31 14:00
シンクロ少女の新作。ごくシンプルなセックスだの恋愛だの話に一工夫が圧巻の90分。1日まで王子小劇場。
原因不明のまま2年間も眠り続けている妻を見守り続けている夫。出入りする弟の彼女とただならぬ関係がずるずる続いていたりする。ある日、妻が目覚めるが。
舞台を三分割。下手恥に童貞男の暮らす部屋、出入りするたちの悪い先輩。下手側二つはつながった部屋、真ん中に寝室、ベッド。上手端にリビング。前半、真ん中で寝続ける女がいるために、物語は両端だけで進む感はありますが、納得の後半。
浮気することされること、好きだしいい人だけどセックスが大切、そこそこかっこいいのに童貞というだけで敬遠されてしまうなど、愛だのセックスだのにまつわるシンプルな物語。許せなさ、好きだという気持ちのない交ぜの感情が爆発する後半の見せ方は、これもシンプルだけどあっと驚く感じ。
何度も使える手ではないし、時間の配分からいえば正直少々長いのだけど、長さ故に見えてくるものもあって。もっとも、これも見方を変えれば前回はいただけなかったデスロックの手法の派生ということもできるのだけど、アタシには眼福も含めて、楽しく観られるのです。
そういう刺激的な部分もさることながら、いい人だけれどそれではカバーしきれないぐらいにセックスが大事だという若い女のある種の誠実さ、もっと大事なものがある、という主婦の誠実さという脇の対比もおもしろい。無神経でかきまわす男のいらっとする感じと、後半のボコられ具合も、爽快ですらあって、それがないまぜになる後半は目移りしてアタシは好きなのです、こういうの。
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