速報→「hg」風琴工房
2008.5.17 19:00
風琴工房、長い取材を経て渾身の一作。二幕120分。18日までスズナリ。
1959年、チッソ(当時の新日本窒素肥料)の工場の会議室。原因不明の奇病の原因と名指しされた大学の報告書を受けて、会社の中の研究会。医者、研究者、工場長たち。
2008年後。地域の福祉施設。胎児性水俣病患者を中心とした作業施設を訪れる、小劇場の劇作家。
約50年の隔たりを二幕に分けて描く構成。前半は緊張感あふれる男たち。科学者として、企業として、人間としての気持ちが交差しぶつかる迫力は幅広い年齢の役者の力も相まって、一気に見せる力があります。全員がうすうす本当の原因に気づいていながら、その役割の中でロールプレイしている感じは、会社員のあたしの気持ちを震わせるに十分なのです。「プライバシー」という言葉がこの時代のこの人々が使っていたということはないだろう、など細かく気になる点がないわけではないのですが、そうれは大きな問題ではありません。
一幕二幕の間をブリッジするかたちで、その場に居あわせた人々が、排水を止められなかったこと、それが被害を拡大したことを短く描きます。続く二幕と共通の役者も居ますが、役としてのつながりはありません。が、直接はつながってはいなくても、地域の人々としてつながった後の時代であることを感じさせます。戯曲にも「同じ俳優達によって演じられること」という指定がありいます。
福祉施設を舞台とした二幕目。軸となる物語というよりは、そういう場所と人々の存在を描くことはわかっても、意図がわからず、アタシは視座をとれずに迷います。障碍者を健常の役者が演じるということは難しいバランスです。少しの時間ならともかく、60分見続けていると、どこかものまね感が出てしまいます。それでもそうとうきちんと作り込んでいることはわかります。ここを受け入れられるかどうかは、観客のポリシーの問題という気がします。
世間がおもうよりもずっと普通に暮らし生きている人々がそこに居るという事実とか、 しぐさを笑うこと、それとこれがどう違うかというのには気持ちを突かれる感じがします。
むしろ作家の迷っている様子を心情としてそのまま伝える終幕近くがあたしの腑に落ちる感じ。この事実を芝居にすることはできるのか、おこがましい気持ちではなく伝え描きだすことをきちんとしているのです。
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