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2007.09.30

【芝居】「月とテロル」神様プロデュース

2007.9.29 19:30

なんと総勢22名。150分は確かに長いですが描き続ける意志を感じて実時間ほどには時間を感じさせません。10月1日まで王子小劇場。

web小説で賞をとったものの、それでは食っていけない男。オフィスビルのバイト先での仕事も疎ましがられている感じで、どちらも行き止まり感。ある日、ファンの男から、手助けしたいという申し出があって....

看板役者の降板や、長い上演時間という前情報に覚悟して観たアタシには意外なほど(失礼)楽しめました。小劇場役者だけとは違う役者たちは見た目だったり、声の強みだったり、多彩に楽しめます。アニメっぽいというか強くデフォルメされた役が多く、人数が多くてもそれほど混乱することもありません。もっとも、これを描くのに、この時間がどうしても必要かというと、そうとも限らない気がしないでもありませんが。

断片が様々に描かれていくものが最後の30分で急激に収束していくというのも、雰囲気としてはいつものとおり。わりと派手な内容を扱っているようでいて、一人の内面から出てくる内向きな感情を描くために、どこか淡々とした感じがします。

作家を演じた小松君和は淡々とした(時にツッコミキャラでありながら)主役を安定して。会社同期を演じた片桐はづきの静かさとポップさの落差が楽しい。メイドを演じた二階堂裕美はひたすら静かなキャラクタで芝居での扱われ方としては珍しい感じ。

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【芝居】「独りにしないで」イマカラメガネ

2007.9.29 14:30

当日パンフによれば即興から立ち上げるのだという彼女たちの新作。30日までOFF OFFシアター。105分。

二人で住んでいる姉妹。妹は古着屋のバイトをきっかけに仕入れの中国語や英語を身につけ、商社への就職が決まっている。姉は結婚していて夫との関係がうまく行かない。妹のバイト先には姉の初恋の人が勤めており、店長は妹とつきあっていたりして...

夫とうまくいってない姉、将来の勝ち組が見えてきてて彼氏との差を予感させる感じの妹。微妙な三角関係やら浮気やらあれこれの愛憎どろどろな話はアタシの好物となる分野。しかし、あたしはどうにも気持ちが乗り切れません。それぞれの妹にしても姉にしても、シーンによって行動が一貫しない感じがしてのりきれません。

男はなぜ手のひらを返すのか、姉はなぜ独りにしたくないはずの妹を追い込むようなことをするのか、妹のあの電話は過失なのか意図なのか。愛情が絡んだときの判断がいかにめちゃくちゃかを描いているということも云えましょうが、それならば普段は一貫している人が間違える瞬間、をもっと強く描いて欲しいのです。観ている最中の感じでは、一貫しない人物たちゆえに、アタシは物語を見る場所というか視点を失います。

古着屋と散らかった部屋を、服を壁にかけたり床に撒いたりすることで行き来するアイディアはすばらしい。のですが、それを徹底するが故に場面を変える時間に手間取るのは勿体ない。古着屋の仕入れに中国語の電話が必要だというのが現実のことかどうかはわかりませんが、ありそうと感じさせる設定。格差を描いてる芝居は数あれど、就職する女子学生と、店長の男という現状では同じ標高に居ながら先を見ると差がつきそう、と感じさせる「地に足が着いた感じ」はきちんとしています。

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2007.09.27

それは戻ってくる。

日帰りの出張。メインのイベントは下のフロアで動いていて、それとは別働隊であれこれ。月替わりで異動する人に最後まで仕事をお願いしてしまったり、伝票とか仕様書とかどうするかをちゃんと把握してなかったものが降ってきたり、自分が無知だったゆえにもっと早く気づくべきことに気づいてなかったり。そうか、サボったことはみんなに迷惑をかけて一回りして戻ってくるんだ、そうか(あたりまえ)。

週末。そういえばいろんなイベントがあるかもしれない、ので、コマ不足気味で。

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2007.09.24

【芝居】「トラビシャ」ひょっとこ乱舞

2007.9.23 19:00

ひょっとこ乱舞の新作。携帯電話必携の仕掛けやラジオを使う演出などさまざまが楽しい。初日時点での完成度は高いとは云えませんが、仕掛けは楽日に向けて慣れていくだろうし、物語には幾多の作家が挑戦しているネットを題材にした物語を作り出そうとする萌芽が見える85分。10月3日までアゴラ劇場。

娘殺してしまった母親、海外出張中の父親よりも少しだけ近い海外の親戚に伝える。が、帰国までの時間が待てない母親は、あろうことかネットの掲示板に相談を書き込んでしまう。

客席は対面配置で横階段からのアプローチ。となれば、入り口の導線を考えれば当然な1F入口をロビー側にするというごく当たり前の動線変更をさらりと初日時点でやってしまうのは制作面としてたいしたもの。チケットと共に手渡されるアンケートボードには観客自身の携帯電話を使ってQRコードやメールアドレスを登録する説明。二階に上がればFMラジオを手渡され、と、やけに重装備になります。メールアドレスの登録とラジオが聞こえることさえチェックさえしてしまえば、このふたつ劇中で明確に示される各一カ所だけで使われるので緊張する必要はありません。リラックスして普通の芝居として観ていられます。携帯電話の操作が必要だったり、マナーモード設定が必要なので少し早めに劇場へ。

2ちゃんねる風の形式の掲示板、そこに重大な出来事すら書き込んでしまうことをごくあたりまえとしてしまう感覚。ネットの向こうには悪意もあるけど善意を信じて、頼ることを当たり前としてする感覚がそこにはごく自然に描かれています。第三舞台の「朝日のような夕日を連れて」とか「ファントムペイン」などで鴻上尚史が描いてきた人とネットの関わり、ということと同じ根っこを持っているような気がしますが、おそらく作家は過去のものから作り上げたわけではなくて、皮膚感覚で感じ取っていることを、もがき、のたうち回って表現しているという感じを受けます。全体を通してみると物語としての成立はかなり荒削りですし、わけわからないとも思いますが、アタシはその「もがいている」感覚に共感します。

繋がりは薄いものの、パーツではかなり出色の出来のところもあります。「復活」のシーンは看板の二人の役者をある制約の中で強烈にフィーチャーする出来。思いつきの勝利ではあるのですが。 ダンスのシーンは上演時間を考えれば少し長い感じはしますが、美しくて、「リズムに乗せられる楽しさ」のようなものを感じられて、アタシは好きです。

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【芝居】「アインシュタイン・ショック」ジャブジャブサーキット

2007.9.23 14:00

北村想が原案、はせひろいちが構成・演出。とはいえ、もともとのアイディアは、クレジットにある岩波文庫二分冊(amazon→1,2 )にあるようです。アインシュタインをめぐる話はやがてファンタジーに着地します。120分、24日までザ・スズナリ。

アインシュタインが来日した大正時代の京都大学の研究室。日本各地での公開講義をこなす日々の中で堅苦しいパーティーはキャンセルしたり、学生や観光はまめにこなす日々を支える学者たちや学生たち。思うように話ができない学生たちはある計画を思いついて...

アインシュタインの来日の日々をを裏で支えた学者や学生たちのプロジェクトXとドタバタの話かと思っていると、終幕20分ぐらいで急旋回、大正という同時代の作家の話と、現在に繋がるアインシュタインの軌跡を急速にくみ上げていきます。北村想もはせひろいちもこの路線というかイデオロギーに近いことはわかるし、あたしもそれに近い感覚でいると思うのですが、物語のために寄せ集めた感じは否めません。というか、どうもamazonのページで見る限り、この構成自体がもともとの本から出てきているようです。どうにも説明的な前半が本当にこれだけ必要なのかもわからないのですが、原作があるというのなら、それは正しいのかもしれません。が、日本でのあの歓迎ぶりとその数年後、アインシュタインを軸にして繋げるという発想はともかく、あの出来事を天才科学者一人の何かに帰結させている感じのする物語の語り口には、あたし個人は違和感があります。技術と生活や生命は不可分であるというのはもちろん正しいけれど。もちろん、彼のことを責めているというのではなくて、苦悩していること自体を描いているのだけど、もっと語らなくてはいけないことがあるんじゃないかと、アタシは思ってしまうのです。

照明のアテ方による演劇のお約束を逆手にとったある種の楽屋落ちや、やけにアインシュタインに似ている役者の存在など、芝居故の楽しさをさまざまに足していて、舞台化に際しての丁寧さはこの劇団としての誠意を見せていて、印象的です。また、日本で市井の人々に見せたであろう茶目っ気と真摯さを持った、科学者の素顔の一端を感じ取れたというのも、アタシにとっては嬉しい点なのです。

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2007.09.23

【芝居】「[get] an apple on westside / R時のはなし」小指値(BankArt NYK)

2007.9.22 19:00

小指値の横浜シリーズ2週目。たった一回公演。先週よりも広い空間を乗り打ちに近い形でやったにもかかわらず、クオリティは高いのです。公演は終了、BankArtNYKにて。

ものがたりは先週と変わらず。場所に合わせて出はけや、照明、会場から板に付いてるという演出になっていたりとかの差はありますが、演出も基本的には差がありません。Bank ART NYKという劇場は初めて行きましたが、会場に入るまえの運河、左手にみなとみらい、右手にもベイブリッジという空間の凄さに圧倒されます。これ、すごいなぁ。劇場は天井がたかく、カフェも併設された倉庫か講堂という雰囲気。開場、休憩、終演後にドリンクサービスや会話が出来る空間、スライドショーを流しておくのも正しい。芝居も先週のST公演よりも完成している感じがします。

一本目はかなりそのまま。正面から観るように作られた芝居なので、三方囲みに近い形で作られた客席からは少し不利な感じ。天井が高く、後述する劇場の問題もあって声が届きにくいというのもちょっと厳しい。

二本目も物語自体は変わりません。テンションが高いつくりは声の問題もありません。客席に対して低いところで行われる「ままごと遊びの人形」の芝居が多いことで、席によっては見づらい感じがするのがSTに比べたときの弱点かもしれません。

が、空間を制圧できています。どんな場所でもしなやかに空間を認識して手なずけることが出来る、ということが、無自覚かも知れないけれど、それを高いクオリティで作ってしまう凄さ。あと2,3ステージあれば、もっと凄いことになっていると思わせてしまうのです。

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【芝居】「カロリーの消費」サンプル

2007.9.22 15:00

青年団リンクから独立した「サンプル」の2回目、独立後初の公演。100分。24日まで三鷹市芸術文化センター 星のホール。あたしの観た土曜昼公演に限れば当日券もありました。

寝たきりの母親が入っている老人ホーム、息子夫婦は年に一度訪れるだけ。若い男の介助士の虐待めいたことに家族は怒るが、それが日常のホーム。ある日、母親はその介助士とホームからベッドごと逃げ出す。家族は警察に捜査を依頼して...

アタシの友人たちの間でも評価が分かれるのです。もちろん役者や演出としての完成度は青年団の根っこを持つ彼らですから安定しています。別れる評価は物語にあります。結果的にほぼ全員が「おかしい」奴らで、劇中の世界はそれでも均衡がたもたれていて日常として回っています。彼らが考えるロジックも、アタシ達とは違いますが破綻していないし無理があるわけでもありません。

その世界はガチャガチャのカプセルの中のようにつるんとしていて、中はアタシからは見えるし中で動く者はあります。が、そのなかだけで閉じている中身を欲しいかと云われると、「アタシとは関係がない」と思ってしまうのです。つまり、どこか遠いところの風景として見えていて、客席に居る自分とリンクしていかない感じとでもいいましょうか。(わかりにくいな)

アタシ達に繋がる何か、たとえばアタシ達の視点に近いもの、あるいは外から入ってくる人物、共感できるロジックがあれば、もっと違う見え方をしそうな気がします。街角で言葉を集める少女や、歌を歌う女性にはその萌芽が見えますが、もっとアタシ達のほうに寄って欲しいのです。

星のホールという劇場は、あまたの小劇場劇団が挑戦しては制圧できない空間、という気がしています。舞台のタッパの高さゆえに空間がスカスカになってしまうところがある、ということは薄々わかっていたのです。舞台には横に長い壁と扉だけがあります。窓やほとんどのものを上から吊り下げ、上げることで場面を転換し、あるいはその壁の上での芝居を臨機につくることで空間を埋めているのはさすがに巧い。

ここ数本のこの劇場でのさまざまな劇団の公演では、客席の作り方を何通りも試しています。客席が全体にフラットなのがこの劇場のもっとも弱点だと云うことに気づいたようで、なるべく客席の斜面を作り出していく、ということが功を奏しています。見えなさというよりは、これも舞台と同じ頭上の空間にすかすかした感じになっていたのだと、アタシもわかってきました。もともと小劇場演劇をやるために作られた空間ではないのでその空間の埋めかたが大切だと思うのです。

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2007.09.22

【芝居】「この島の話」ワワフラミンゴ

2007.9.21 19:30

女性主体、わけのわからなさも、さえずる楽しさと感じるアタシです。60分、24日までアートスペースプロット。

ワカメ売りの女性たち、北海道出身の女性たち、なぜか先生と呼ばれる男。別れることを相談したり、騙すことに全身全霊だったり...

毎度のことながら、個々にはくすりとわらったりするものもあるのだけど、訳のわからない感じなのも解散してしまったベターポーヅに近い感じなのも、変わらず。男性、しかも年齢がけっこう上の役者が加わったことで、すこしばかりのエッチさも出てくる化学変化も楽しいのです。

そこかしこに姿を見せる「鶴」についての言及。「貴重動物だからって」というのがちょっとツボ。あるいは、「百万持ってる人とは一緒に働けない」とか「オヤジは変態だけど、クオリティにムラがあるんだよな」という台詞もちょっといいのです。

全体がおかしいままに進んでしまって、観客のニュートラルな視点にあたる役がいないことで、わかりやすさという点では難しいところもあります。観客のニュートラルとの差を示してくれたほうが、おかしさ加減がわかりやすいのですが、完成したある世界の切り取りということを考えると、このままの方が正解なのかもしれません。

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2007.09.21

【芝居】「Coin Laundry」菅間馬鈴薯堂

2007.9.20 19:30

菅間馬鈴薯堂(すがまぽてとどう)の新作は、ある意味筋金入りのアングラでの仕上がり。24日まで王子小劇場。90分。

上野の不忍池近く、移動コインランドリーとして構えて、住んでいる。そこに集まって来る人々も。

移動コインランドリーとはいっているものの、ホームレスを舞台とする話が核。独りでいること、そこから出て行こうとすること、人を捜そうとすることのさまざま。

物語としてのつながりというか、わかりやすさを求めるとそれを意図して書かれたザザのシリーズ( 1, 2) とは明らかに違うテイスト。上野を舞台にした持たざる者たちの話というもう一つのレパートリーがあって、そちらに近いのです。下手の端に電柱と街路灯があるために不条理劇かと思うとさにあらず、断片から立ち上がる空気があります。

若い役者を中心とした座組は不安定さも感じさせます。女ともだちふたり、若い夫婦はさえずっているけれど男はダメで女はそれに気づいていて、あるいは若い男が感じる独りだとおもう感覚など、さまざまな人が集まっていますが、それぞれが大きな物語に繋がったりはしないのです。上野という場所で、世間よりは一段下だと思っている人々の暮らし。舟がやはり象徴的で、「この場所以外のどこかへ出ていく手段」ということが色濃く。

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2007.09.20

迷う。

不惑、の筈なのにねぇ。んー。40.0027歳になりました。(1/365=0.00273)

また連休があるので、楽しみー。

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2007.09.18

【芝居】「スルー」あさかめ

2007.9.17 16:00

あさかめの新作。どこか闇を抱えた感じに見応えの90分。24日まで新宿眼科画廊space:0。劇団のwebでアンケートに答えて予約すると割引があります。

仲のあまりよくない二人暮らしの姉妹。妹は家では愛想悪く、しかしバイト先のコンビニでは同じシフトのあまり要領のよくない男とは普通にはなしていて。姉は結婚するのだという、その相手との会食の日に...

全体を11のパートに分けて、殺されること殺すことという生き死にをめぐるさまざま。幽霊のような存在をひたすらに明るいキャラクタに造形して早い段階で見せることで、ファンタジーっぽさを持たせてはいますし、ことさらに暗い感じでもないのだけど、どこかに深い闇を感じずにはいられません。地下鉄を運転席後ろから眺めているときにアタシが感じる、トンネルに吸い込まれそうな感じにすこし似ています。

後半、死んだ者に対する想いが薄れていく過程を語る川原安紀子のシーンが好きです。その過程を「折り返す」という言葉の選び方が実に良くて。35歳で初めて派遣登録という、倉本恵理といしいせつこのシーンは、アタシは未経験の領域ですが、何かのリアルがある感じ。コンビニのシーンを演じるあさかめの二人も押し引きのタイミングに安心感。

何が彼女をそうさせているのか、地下鉄車内での、言葉になった最後の語りは迫力があります。それに続く姉妹の会話も緊張感と弛緩があります。もっとも、すこし思わせぶりなのに、そこに腑に落ちる感じの物語がアタシはもっと欲しい、と思ってしまうのですが。

眼科、と名前がついても画廊というスペースなのです。改装してから初めて訪れました。路面に面したエリアが増設され、二つのスペースになっています。今作は建物奥側の、かつての眼科画廊ほぼそのままのスペース。それでも路面側があるおかげで格段に見つけやすく、入りやすくなっています。

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【芝居】「[get] an apple on westside / R時のはなし」小指値

2007.9.17 13:00

小指値の横浜シリーズは再演と新作の組み合わせ。身体表現を殊更には強調しないものの、90分飽きません。STスポットでの公演は終了、22日に一回だけBankART Yokohama。

馬車から転げ落ちた子犬が狼に育てられる話「[get] an apple on westside 」 夏休み、学童保育に毎日来る子供と、学童のお兄さんと、ビデオカメラに凝っている女性教諭の話「R時のはなし(りゅーじのはなし)」。

一本目の「〜westside」はごく短い話。彼らにとっては初めての再演なのだといいます。少し前まで多用していた語り部を置くスタイル。身体の表現だけで断崖絶壁から馬車やカマドまで描く手法。真ん中にはちゃんと子犬が居て、という光景が見えるのです。まるで絵本のようなかわいらしい話でもあって、ことさらな刺激などないけれど、ちゃんと30分間見せ続けるし、そう簡単には真似できない彼らの持ち味もちゃんとあって。

二本目の新作「R時〜 」は、先日の15minutesでのほぼ一人芝居をベースに約3人に拡張した話。見た目の面白さのあるカレー鍋もビンゴゲームも健在。物語の上では女性教諭の存在が全く新しく、演出上では映像や小道具の多用が新しい感じ。身体表現と情景こそが彼らの真骨頂だと思っているあたしには、少しばかり肩すかしな感じがしないでもないのですが、が劇場の狭さを生かした一つのレパートリーとしてみれば、こんなこともできる、という新鮮な驚きなのです。

メインとなる三人は、子供も含めみな寂しさをもっていて、これも都市部の一面。あたしは、今回加えられた、ビデオカメラで撮影することで存在を確認する女性というありかたが印象的。先日の終幕近くの電話のくだりも好きな空気感ですが、映像なのがアタシ的には残念。もっとも、この部分を芝居にしても、魅力が圧倒的にあがる感じではない気もするので、これが正解なのかもしれません。 学童保育のお兄さんを演じた山崎皓司は、相変わらずの身体の動きのすごさ、テンションが実に魅力的。

初日にはおまけ企画があったのですが、それが凄かったという口コミも聞きます。それを見逃してしまったのは悔しくてなりませんが、まあ、自業自得。場所を変えた来週も観ちゃおうかなぁ、どうしようかなぁ、んー。

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2007.09.17

【芝居】「ルーファス奪還」JAN BAL JAN JANパイレート(JBJJP)

2007.9.16 17:30

JBJJPの新作。あふれるイメージが結実するのは、スプートニク2号に乗せられたライカ犬の話。公演は終了。80分、アサヒアートスクエア。

スプートニク計画(wikipedia)を知ってはいても、ライカ犬・クドリャフカを廻る話については、アタシは不勉強にして知りませんでした(wikipedia) が、比較的有名な話のようです。孤独に地球を周回し消滅した「彼女」の物語を最後の10分に置き、そこからインスパイアされたりイメージされるさまざまをダンスやコント風に点描していくという流れ。こういう題材を拾って公演に仕上げてしまうセンスがすきなのです。

自転車に二人乗りした二人の帽子の会話から、投げた物体の初速で衛星となったり軌道脱出したりという単語に繋がったり、宇宙人に会ったり狭いところに閉じこめられた時の心得だったり、大きさや遠さをイメージさせてみたり、回転扉で回り続ける男達の会話など、繋がりのわからないさまざまが、衛星をめぐる話に収束する、というのはエキサイティングなのです。

JBJJPの特色でもある特に笑いを司る清水エリナのぼやき漫才風の部分は、今作においては少な目。声が通りにくいという問題も根本的には解決していませんが、映像や音響を多めに使って、結果的にはあまり問題にはならない気がします。それでも、作家である清水エリナが疑問に感じつっこみ、感じた事を舞台にのせているという印象の彼女たち。今作においてもその印象はあまり変わりません。ライカ犬の話は笑いではないもののやはり感じたイメージを具現した感じ。中央にあるテニスの審判席にパイプまみれになって座らせられた彼女、という「画」は物語の背景を感じると更に印象的。

しかし、きな子グルミットダーシェンカ、101匹、ニッパー、と名付けられたのが全部犬、ってのはちゃんと気づきませんでした。コレジャナイロボはいったい何人わかるんだろう。イメージが多岐に飛び回っていて、意味が掴めないことも多いのだけど、さて、ルーファス、ってのはどういう繋がりなのだろう。(9/18追記-チャーチルの飼い犬(ほんとの犬)だ、そうです。情報感謝)

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【芝居】「散歩する侵略者」イキウメ

2007.9.16 13:00

町で静かに進む侵略の恐怖、だけではないイキウメの人気作の再演。青山円形劇場での公演は終了、このあと大阪。120分。

行方不明になって三日目に戻ってきた夫は、「概念」を失う欠損がみられたが、原因が皆目わからない。そのうち、同じ症状を呈する人が町に増え始めて...

あたしは初演はみておらず、G-upに提供されたプロデュース公演版を観ています。円形の舞台に幾重かに傾いて重なる深い青色の同心円、抽象的に作られた舞台で、具象なG-up版とは全く異なる方向です。

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2007.09.16

【芝居】「博愛」劇26.25団

2007.9.15 19:00

劇場が選んでいる王子に導かれての初見。荒削りですがおもしろい瞬間がいくつか。105分、17日まで王子小劇場。

青山で営業しててテレビでも紹介されたエステサロンが宿泊専門に衣替え。離島で営業を始めている。社長の弟も同居しているが彼は学校は好きではなくてあまり出かけない。同級生の女子が訪ねてきたり、女性の教師や夏休みの特別講演で呼ばれた夜回り的先生、エステにくる女性二人の客、他のホテルに泊まっていた女性が迷い込んできたり。

愛を語るいくつかの切り口。「貧しい者を救う」のだといい、十字を切りながらエステ施術を行うサロンは、世間からは宗教的だったり性愛的だったりと云われていて。島には別の信心があり、あきらかにコミュニティからは孤立した存在。生徒達はその大人の都合に振り回されつつも、惹かれる気持ちにも逆らえないのです。性愛的なところに落とし込むかとおもえばさにあらず、そこはついに最後まで明示的には示されません。

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【芝居】「石川のことはよく知らない」東京ネジ

2007.9.15 16:30

東京ネジのカフェ公演二本立てのもう一本。2006年山下公園での初演作の再演。16日まで、高円寺書林。45分。どちらか一本ならば、アタシはこちらが好きです。

骨壺を抱えてくる男女。泣き崩れる男を慰める女はもう一人と待ち合わせている。やってきた女は男とは古い知り合いで。

男女をめぐって知っていること知っていないこと、わかり合えないわかり合えるををめぐる物語。続けて見た二本を比べると圧倒的に物語として成立していて、濃密な感じがします。それは単に情景をつくだけではなくて、骨壺の主を巡って久しぶりに出会ったり初めて出会ったり、出会えなかったりしているという話をたった3人で作り上げている故だとおもうのです。 出入りを多用することで、いえること云えなかったことをすりあわせる過程を、少しずつ積み上げていくのは、物語のために出はけしている感じがしないでもないのですが、確かにきちんと物語が積み上がっていくのはアタシが好きな流れです。

山下公園のでの前回に比べると、とても小さくて狭い空間。見た目も雰囲気も違うし、役者が一人減って、芝居のケレンな感じがなくなって会話劇として成立させようとしている感じがします。

テーブルを囲む三人を取り囲む客席。席によっては顔が見えない感じになります。アタシの席からは元妻を演じる中村真季子が正面。姉のように包む役がはまり魅力的。対して今の妻を演じた佐々木なふみは、より可愛らしい感じの仕上がり。

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【芝居】「けんじのことはよく知らない」東京ネジ

2007.9.15 15:00

東京ネジが続けているカフェ公演の再演二本を交互上演する企画。2005年に阿佐ヶ谷のカフェ初演ですが、アタシは今回初見です。16日まで茶房・高円寺書林。40分。

母親が亡くなり故郷に集まる三姉妹、出戻りの長女、東京にでている次女、三女にはオトコがからんであれこれあって。

宮沢賢治にインスパイアされたのかどうなのか、三姉妹の母親への想いを強くフィーチャーしたつくり。ものがたりというには余りに小さなシーンを見せている感じです。小さな空間でごく短い時間での勝負。

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2007.09.15

【芝居】「渋柿の行方」ヒンドゥー5000回

2007.9.14 19:30

11年目になったヒンドゥー五千回、2003年初演作の再演。アタシは初見です。2週末のロングラン。110分。サンモールスタジオ。45度に斜めになった長方形の舞台。客席は自由席ですが下手寄りが正面になっています。24日まで。

親と娘が住む。同級生や先生が来たり、近所の男がもらい湯に来たり。ある夏の日、祖父母が東京に出て来るという手紙、娘は会いたいと喜ぶが、夫は昔からこの両親(娘にとっては祖父母)には困らされ続けてきたと困惑し。

ある意味パンクな、劇中の言葉で言えば頭のおかしい祖父母と振り回される息子(=父親)と、リスペクトするその娘と。兄弟たちや同級生、教師、近所の人は前半でかき回しますが、笑いよりは怖いとかキモいに近い位置づけで、たくさん出てきてしまうが故に薄くなる感じもします。

2時間弱の時間の終盤、90分からはコアになる物語が急速にクローズアップ。祖父母を見つめる娘の表情が絶妙。反面、たとえば娘をねらう男たちを思わせぶりに描きながら、結果的には枝葉になってしまうのが惜しいのです。彼らのせいではありませんが、あるいは時代を特定しないこの描き方で出てくる首相官邸という言葉が今イマの現時点で持ってしまうという昨今のニュースはちょっと損をしてる感じはします。

若い役者たち、年齢のそう変わらない役者で勝負するざるをえない小劇場では三つの年代にわたる配役にはそもそも無理があります。が、そこをあえて出オチてきなことをすることで作り物感ゆえにアリとしてしまうのは巧いかと思います。

さまざまなことをそれをすべて承知してる母親の存在は強い。原扶貴子が見せる絶対に守る感じは印象的。娘を演じた長谷川有希子は幼さと学校に行けないような弱さを兼ね備えた感じで、それゆえに目を真っ赤にする祖父母についての想いの深さが心に残ります。

パンクな祖父母をどこに着地させるかは難しい問題なのです。どうやってもかなり難しいと思います。今作で一番重きを置かれている、一種の諦めというか悟ったような今作の終幕はひとつの着地点でしょう。もっとも終幕の袋の中身はたしかにこうするしかないのだけど、もうひとひねり欲しいとも思ってしまうのです。

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2007.09.13

おれる。

指導者にしても力士にしても、昔とは比べものにならないぐらい個人に大衆の無責任な矢が突き刺さっていると思うのです。ダイレクト、ということではあるだけどホントに沢山の人が云っているのだという圧倒される感じは、想像を絶するよなぁ。無責任に云ってんじゃないよ、とか勝手に思うわけですが。

まあ、アタシはそんな立場に立つことはないわけですから、ちょっとしたことで凹んでる場合じゃ、ないのですが。いえ、凹んだからって大勢に影響があるわけでもないのですが。

2チャンネルとか、えんぺで沢山のことばに圧倒されてしまう、ということの気持ちも多分おなじことなんだよなぁ。

連休が2週間続く、という秋休み的な季節の始まり。

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2007.09.10

【芝居】「殺ROCK ME!」鹿殺し

2007.9.9 19:30

ライブ感溢れる鹿殺し初の中劇場進出。「サロメ」を下敷きにしたロックミュージカル風の仕上がり。13日までスペースゼロ。

2050年、他民族の侵略により日本人は米の民として肩身狭く生活していた。名古屋発のロックバンドを教祖とあがめて独立気運が高まり王家を追いつめつつあった。ある日、高い塔から飛び降りた奇跡の少女は実は姫・サロメだった。王はサロメを度を超して寵愛し幽閉していた。その少女に出会った庶民の男は彼女に惚れるがそれは成就せず、サロメは暗殺を企てて地下に王に捕らえていたヨカマンに惚れてしまう。

ゼロのかなり大きな舞台。中央に緩やかに曲がる大階段、奥行きのある舞台を幅一杯に使いこなし、スピード感のある舞台の運び。舞台の大きさに視覚的にも音響としても負けてはいません。が、台詞はマイクを使っても少々上滑るというか、音響の強さとのバランスがいまひとつでアタシには言葉が届きにくい感じがします。

惚れてしまった男を身近に置き、口づけをしたいという実にささやかな欲求を満たすために首をはねてしまう、というサロメの物語を骨子に。サロメを演じる菜月チョビは、幽閉故のピュアさから行きがかり上とはいえ女王になる、という一種の成長譚を小さな身体で演じきります。

たぶんまだまだテクニカルに調整されていくと思うのです。初の中劇場でこの仕上がりならば期待させると思うのです。アタシの個人的な感覚では100分ぐらいで観たい感じですが、歌をふんだんにいれたミュージカル風ならば、この長さになるだろうな、とも思います。

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【芝居】「The Perfect Drug」smartball

2007.9.9 15:00

三鷹市芸術文化センターの若手セレクションシリーズ、"Mitaka NEXT"の4本シリーズ。130分。公演は終了。

(1)「ビアン」オンリーのバンドの練習にピアノの女がやってこない。同じ日にやってきたバンド担当とか。(2)裏世界につながる若者、やばいビデオやあれこれの情報が集まり。(3)動物病院とペットホテルを歓楽街の真ん中でやってる院長。実は裏の顔は動物虐待からエスカレートして幼女猟奇・陵辱のビデオを販売していて。(4)タイ人のコミュニティ、幼い娘を襲われた男が犯人とおぼしき男を監禁・拷問するが、その男は無実で...(5)大きなピアノ、一組の男女。女は裸で、部屋の中で二人で居続けて、出かける気さえない。

三鷹の椅子をそのまま使いつつ、普段よりも段差を強めにつけたみやすい客席。ほぼ5つの場所を設定しそれぞれの場所というか場面でおこっていること事を点描し積み重ねる構成。舞台では一番上・中央にあるグランドピアノと裸の女と恋人らしい男が単に甘え合っているのを結束点(上記5)として、二つの枝に分岐。バンド内恋愛感情の三角関係というか嫉妬心を描くパート(上記1)と、幼女や動物の猟奇と不法滞在外国人コミュニティを巡る話のパート(上記2,3,4)。一組の男女のピュアに求め合い、耽って繭の中に閉じこもったかのように外界をシャットアウト。両者が社会から姿を消したことで起こる大変な事件。女が姿を現さないことでバンドの中での恋愛や方向性の均衡が崩れ、幼女猟奇の犯人である男が行方をくらましていることで、誤解をふくめた裏社会を巡って暴かれ、裏切られ、たきつけられ、地獄絵図さながらが起こるのだけれど、籠もっている当の二人は興味すらないのです。

新宿大久保界隈で起こっているかもしれない裏社会での(アタシからみれば怖い)ある種のリアルを感じさせる手法はさすがに巧い。セックスや暴力やある種の変態性の混沌が強みの彼らなのだけど、公共ホールである三鷹市芸術文化センターの面目を保つ様々な手法。全裸でも膝を抱えたままだったり後ろ姿だったり、暗転のタイミングを妙な感じでずらして声だけのシーンをいくつも作ってそこにヤバいシーンを押し込んだり。規制故に考え抜いたであろう手法が必ずしも全て成功しているわけではありませんが、それでも描きたいという熱意に打たれます。性表現には劇場も厳しいことを云ったのでしょうが、都知事の外国人差別的視点を揶揄する台詞はそのままで、このあたりのロックな感じがあたしは好きです。

たったひと組のピースが失われるだけで、その外側の世界は物凄く悲惨に崩れることになる話、とアタシは読みました。が、それは芝居が終わってから頭の中でぐるぐる考えた結果。芝居を観ている最中は、結束点となる男女の居る意味や、バンドの話がほとんど他のシーンにからまない理由がわからず困惑していたのです。男女が愛し合って耽ってしまうこと(=Perfect Drug)が影響する社会を二つの枝にしていると思うのだけど、バンド側のことは(恋愛というやっかいな代物ではあるけど)やけに小さな世界の些細な話なのに、裏社会側のことは時間の殆ども占めている上にわりと刺激的なシーンも多く、どうしても物語の上でメインとなってしまう。このふたつのバランスがいまひとつ悪いがために、結束点が掴めずに見失ってしまうという感じがします。

とはいえ、シーンそれぞれがそれぞれに面白いと思うのです。バンドをめぐる三角関係や嫉妬や方向性の相違は緻密な感じはしますし、動物病院をめぐる変態さ加減と、一番清楚に見える一人の隠れた役割の落差の付け方も得意な方法という感じ。

通常当日券を電話で取り置いてくれるなど、細やかなサービスの劇場なのですが、それを出来ないぐらいの完売、当日は列に並んでのみの発売。とはいえ、空調の効いたロビーで、椅子に座って待てるわけでそう辛いものではありません。受付スタッフが並んでる列にきちんと目を配って勘違いした別のホールの客を適度な間隔で誘導したり劇場スタッフのレベルの高さ。あるいは販売時には座席の段の位置まできちんと伝えて販売するという点で、販売のスタッフが行き届いていると思うのです。

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2007.09.09

【芝居】「ロマンス」シスカンパニー+こまつ座

2007.9.8 18:30

チェーホフの評伝というよりある視点で描いたチェーホフの物語。芸達者な役者も含め飽きない210分(休憩15分)。30日まで世田谷パブリックシアター。

ロシアの港町で生まれたチェーホフは、医者になる勉学の傍ら、少年の頃から芝居、とくにボードビル(ヨーロッパの。Wikipedia)に傾倒する。ボードビル芝居を大量に書き、「かもめ」の初演失敗を超えての再演で大評判になり、もっとも売れっ子の作家になるが...

静かに進むチェーホフ芝居の作家という世間の見方と裏腹に、作家として本当に書きたいもの、書いたはずのものが全く意図しない方向で大評判になっていく落差と違和感。どこまでが史実に基づいたものかわからないし、どこからが創作かはよくわかりません。そもそもチェーホフ芝居も殆どみてないアタシです。

なんせ6人に主役級役者を揃えたドリームチーム的な編成は圧巻。このキャストの芝居を観るというだけでも価値を感じます。松たか子の歌の通り具合に度肝を抜かれ、生瀬勝久のコメディとしての振れ幅の高さに唸り、大竹しのぶのコミカルから老女までのさまざまを演じる迫力に圧倒されます。

「三人姉妹」の作家の意図(ボードビル芝居)と、成功した公演の演出(スタニスラフスキー)の意図(静かな人間の芝居)の差異を議論する終盤のシーンが圧巻。コミカルさを並行して持たせつつ、二人の確執を迫力を伴ってみせるのです。遠い未来に戦略もなく漠然と希望を託してしまうことを馬鹿者のすることと切り捨て、今日。明日のことを確実に積み上げていくことが重要だと語るあたり、アタシは好きなシーンです。

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2007.09.08

【芝居】「最愛」宝船

2007.9.7 19:30

新井友香の描く面倒な恋愛世界が炸裂。110分、11日まで駅前劇場。

学生時代の同級生が久しぶりに再会してつきあい始めた。女はなかなか男に縁がない日々だったし、男は男で学生時代は輝いていたはずなのに定職にもつかないままだった。それでも女は男に心底惚れていたが、男には、他に女が居て...

ダメな男とわかっていても別れられない、いわゆる「だめんず」な女。見たら他の女とか何かあるとわかっているのに、携帯やパソコンをなど覗かずには居られない女。男は平気で浮気をするし、女も負けじと気持ちが揺れ動いたりもする。愛情というにはあまりに複雑というよりねじれた想い。端から見ていればわけのわからない男女。blogやら宝船を見続けていると感じる、面倒くさい恋愛をしていそう、という作家のイメージにぴったりくるような話(もちろん、アタシは作家のプライベートは知らないというか、知り合いですらない)。それなのに、乙女どころか少女のような気持ちも垣間見え、かとおもえば処女当ての迷信などさまざまにアソート。彼女らしい、というのはそれこそiOJO!やミンシン(処女作、というウリだったはず)から、静かに追い続けて居るアタシの一方的な想いのせい、という気がしないでもありませんが。

そんなこととは関係なく、単に面倒くさい女や男や三角関係の話としても気楽に笑える(ヒくかもしれないけど)、仕上がり。腑に落ちるのは圧倒的に女性たちの側のさまざま。が、ダメ男の側の煮え切らなさや、理屈をこねて両方とも持っていたいという身勝手さも、皮膚感覚として理解できるのです。

一途な女を演じる高木珠里は開演早々から急峻なテンション上昇、もうほんとに一途で。猫田直はほぼ主役、不細工でも美人でもない冴えない女という役への説得力は、役者の地ではなく、演技としての力。後藤あすか演ずる体温が低そうな女、これもある意味面倒くさい女の形を示していて、このバランスも面白いのです。作演でもある新井友香が演ずる年増のママ、というのも、独特な味があって。メインの舞台でやってることを眺める「わかりやすい」リアクション表情芸というのも持ち味で。

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2007.09.07

【芝居】「arrow」COLLOL

2007.9.6 20:00

台風が直撃すべく接近している初日。野田秀樹の「贋作・桜の森の満開の下」の骨格で見せる75分。10日まで王子小劇場。

三人のヒダの匠を集め、ミロクを掘らせる王が、その匠は実は師匠殺しのニセモノで...

アタシはCOLLOLが得意としているのは物語を細かく切り分け再構成するというスタイルなのだと思っています。勝手なアタシのその印象に比べると、今作はテキストのカットはしても、あまり順番を変えたり別のテキストを加えたりということは少な目な印象。アタシも含めだれでも知って居るわけではないテキストで、物語を伝える方向を選んだようです。短さゆえにわかりやすいとは云いにくいのですが、テキストが持つ力を感じるためにも、あらかじめ読めるならそのほうがいいかもしれません。

それでもいくつかのテキストを追加してるようにも思います。もうすこしテキストをちゃんと覚えていたらもっと楽しめた気はします。たとえば今までだと男女や親子の想いのシンプルなところを抽出して、その空気を醸し出す別の会話を入れるあたりがアタシのツボなのです。今作においてもその香りはありますが、同時多発のセリフだったりして、そういう方向には手を加えていません。頭にある、娘と父親のお茶の間の会話がそれにあたるのかもしれませんが、まだアタシなかで繋がりを作れないでいます。

中央にあるパールっぽい造形とカツラでつくられたセットは控えめなのに強い個性で美しい。音楽も独特のセッション感。全体が一つに、というより強く主張しあってる印象があります。

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2007.09.06

台風ですか。

月が変わって、送別会があったりして、でもバタバタして、楽しみなこともあったりして、結構盛りだくさんな今週。明日はいろいろなプレゼンテーションを見る側になる一日。あんまりないことなので、それはそれで楽しみで。

つか、台風ですか。金曜日は大丈夫ですか、な週末。

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2007.09.03

【芝居】「穢れ知らず」空間ゼリー

2007.09.02 19:00

鶴女房伝説に着想した短編戯曲の再演(初演)。105分、ザムザ阿佐谷。

田舎の家。母親が家を出て、父親が亡くなったあと、長男が家業を継ぎ、娘たちが暮らしている。夏のある日、家を出て6年経った長女が突然現れる。

空間ゼリーが得意とする、「女性たち」を強く意識した語り口の芝居の一つ。作家が興味を持っていただろう民話・伝承ではもっとも有名な題材をもとに。日本人のフォークロアのごく狭い「家」をからませながら進む物語。穢れ、という見てはいけない物をみてしまったこととそここから出てくる軋轢を見せる構成になっています。その「見てはいけないもの」や「知られ方」がちょっとイマ的ではあります。

ごく細かい事をいうと、いくつかある食事のシーンが気になります。ちゃんとした食べ物を使うのは丁寧なつくりなのだけど、やけに残していたり、使った箸を洗えないカゴに戻すというあたり、大した問題ではないのですが繰り返されると、違和感を持ってしまいます。

全体としては丁寧に考えて作っているとは思いますし、初演を思えば数段グレードアップしていて見やすくはなっていると思います。ただ、戻ってきた長女を周辺が扱いかねている部分が長く、同じ事を繰り返して語っていると感じてしまいます。終盤20分ぐらいから話が転がり出す印象で、アタシの生理的な感覚ではもっとタイトに配分して欲しいなぁと思うのです。

通常の観客向けのアンケートとは別に、無記名のアンケート。大学院在学中の作家の研究に繋がる、という意味で、現場をきちんと重ねているのは強みだと思うのです。

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【芝居】「逢状」Mad Bunny

2007.09.02 13:00

ストリッパー・楓ありす企画の演劇ユニット、Mad Bunnyの「脳内Pink」と題したシリーズ公演の最初。。100分。あたしの見た日曜昼は、終演後にコンパクトなストリップライブも。2日まで空間リバティ。

小さなパブ。ママは伸びない売り上げに頭を抱え、その妹はヒモで店員の男との仲がいまひとつ。夜の仕事が初めて、という20代後半の男が雇われてきて...

上の人物たちに加え別フロアのおかまパブのママ、という人物の構成。パブ自体にはほかにも女の子が在籍しているという設定なのですが、客もほかの女の子も全く出てこない話にはなっているものの、少々無理な感じで四人だけでやってる店、という印象は否めません。

姉妹と男二人、関係がねじれたり、二股をかけるというある種の「下世話な」世界を見せる前半。芝居としてみると、物語自体はどこかありがちな感じは否めないのも事実なのですが、後半にかけて新しく雇われた男は、「普通の人々」の視点を与えられていて、「夜で生きる人々」の一人である作家の立場と明確に対立する軸になります。いろんなものの区分を壊すのが昨今のありかたですが、そこに歴然と壁のある世界というのもあるということを、明確に貫いている感じがします。

普通に小劇場としてかなりしっかりした舞台装置を作っているのだけど、中央から客席の真ん中に向かっての張り出し舞台(しかも円形だ)があるのがストリップ小屋を模しているようでかなり独特。客入れの時点でも、その円形部分を客が歩かないように、という事に神経を使っているのが、その世界の何かを示している感じがして、興味深いのです。

シンクロ少女」の同胞の二人の女優の競演。姉を演じた佐藤友美に芝居的な部分、特に男女のからみを直接的に見せる部分をほとんど負っています。妹を演じた楓ありすはその詩的な言葉を画面で綴るのと会わせ、「脳内の妄想」を見せている感じ。ストリップを見たことはないのだけど、男のいない舞台の上で女の身体を見せる以上の何かを示すための演出の手法なのだと思うのですが、自慰のような姿勢を見せるやり方がいくつもあって、独特な演出のありかたを感じます。

日曜昼に設定されたのは終演後の、ストリップライブ。もちろん専門の小屋ではありませんから、ある程度のソフトさなのだけど、舞台度胸というか目線の強さは芝居のそれよりも、踊りの方が強く感じます。自分のフィールドであることの強い自信を感じる20分。

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2007.09.02

【芝居】「性癖優秀」柿喰う客

2007.09.01 19:00

柿喰う客の新作。大人数、パワフル。120分、毎回終演後にトークショーを設定する誠実さ。4日までシアターモリエール。

両親の離婚で、理性の親権を母親、性教育の親権を父親に分割された中学生の男。母親の郷里は山奥で、合併したばかりの市部と村部の(性的な)風習の違いは住民に深刻な分裂を引き起こしていた。市長は、中学校の教育を性教育重視とすることで住民融和を計ろうとするが...

都市部と村部の(性的な)溝を埋めるための性教育、というかかなり無茶苦茶な設定。愛情や風習の違いというものをを前提としながら、肯定的に扱うその行為にレイプという言葉を当てるという違和感を感じないことはないのだけど、根底では主人公の葛藤を描くためには、否定的な側面のある言葉のほうがいいのかもしれません。もっとも、客席の女性からも多くでている笑いからは、あたしの杞憂なのかもしれません。それでも、笑いは多くても、真剣に扱っていることはよくわかるし、何より2時間の芝居はパワフルであっというまなのです。

夫婦という一対一を前提とした都市部ではスワッピングという背徳感を生み、男女比が極端に崩れた集落で伝承されてきた婚外の関係が奨励される、という対立する価値観。それを相対的に見せながら、愛情がすべてに優先するというある意味ステロタイプなまとめに持ち込んで、それをあっさり「反吐がでる」とうっちゃってみせるあたりが巧い。これだけの性的な話題を扱いながらも、言葉の選び方はずいぶん挑戦的でも、芝居そのものとしてみると生々しさに持って行かないバランスもあたしは好きです。

後半の大混乱なシーンのテンションが凄い。それをミーティングタイムと称した2回ほどの中断を役の人物たちの(役者の素ではない)フリートークとして入れるというのはリズムを生んでうまいやりかただと思います。終幕の大カラオケ大会も、この人数でパワフルにみせるのはちとおもしろい。強引でも無茶苦茶でも、一体に巻き込むグルーヴ感が楽しい。

たとえば客席にアタシの後ろに坐った若い女性たちの会話。はまった一人が友人達を連れてきていて、役者のこの人がおもしろいとか、毎回こういうキャラクタだとかと開演前に話していて、終演後にグループ全体が、芝居の面白さで盛り上がって劇場を出て行くという、とてもいいスパイラル。しかも芝居を観ている最中は正しく盛り上がるというか、笑うところは笑う、静かなところはちゃんと静かといういい観客を育てているなぁというのも、とても印象がいいのです。

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【芝居】「エンジェルアイズ」M.O.P.

2007.9.1 14:00

MOPが15年前に上演した西部劇の改訂再演。大嘘の設定を押し通す力業の役者たちの力に痺れる160分(休憩10分込み)。京都のあと5日まで紀伊國屋ホール。そのあと大阪。

OK牧場の決闘が行われた伝説の町、トゥームストーン。たった数年で寂れてしまい、町を出て行く人が絶えない。新聞社につとめる若者が都会の作家に手紙を送り、町の活気を取り戻す相談をする。町を訪れた作家は、ならず者たちと町の構想を「つくりだし」て、それを新聞に書くことで全米の注目を集めて町を活性化することを思いつく。なにもかもうまくいったかのように思えたが..

西部劇の有名人たちが次々と登場するという大きな嘘をベースに、豊富な生演奏やショー的なシーンをふんだんに取り入れて、華やかな舞台の仕上がり。そもそもがかなりむちゃくちゃな設定だったりもします。馬を馬頭だけの木馬にしているチャチさも説明なしで押し切って、馬が居ることにしてしまう力業。終幕で騎馬状態での合戦をみせるところも、押し切られて一瞬かっこいいのじゃないかと誤解してしまったりします。というか、結局この終盤シーンがやりたかっただけなのではないかとすら思います。

ならず者たちが闊歩する町を「最後の楽園」といい、単純な西部劇世界へのノスタルジーを強く感じさせる舞台。西部劇の登場人物たちへの愛もたしかにそう。物語は少々ご都合主義にすぎるところはあるし、「ここにノスタルジーがある」ということ以上の何も語ってないという気がしないでもありません。が、決して短くはない上演時間をあきずに見せ続けさせてしまうのはたいしたものだと思うのです。もっと泣かせるような芝居をM.O.P.には期待しているアタシには少々食い足りないところもあるのですが、結構な人数の魅力的な役者達を観るのは実に楽しいのです。

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2007.09.01

【芝居】「SFドラマシアター」ワールドコン・Nippon2007

20070831

SF大会(46回日本、65回世界)。世界中から集まっているこのイベントでの演劇企画。9月2日まで、パシフィコ横浜。朝から観る人は、なるべく早く。下手すると受付の行列で1時間かかります。横浜市民割引も用紙に住所を書くので、何か用意を。(証明書不要)。

パシフィコ横浜は結構広い場所で、受付(登録)は展示ホールAの1F。芝居は少し離れた会議室棟4F(受付から15分ぐらい)。ビッグサイトの企業展示会とか、特に午前中は、芝居の受付のホスピタリティだと考えているとかなり時間がかかります。そもそもイベント全体がボランタリベースのお祭りですから、そもそもの成り立ちが違います。どうか、時間に余裕を持って。

制限など数々あれど、こういう場所での露出というのはいいことだと思うのです。コンパクトに作られた芝居というのはいっぱいあるので、もっと機会があれば、とも思うのです。芝居慣れしてない人も多い、という状況を考えると、どれか一本、と言われれば、アカシア(神様プロデュース60分。9/1 16:30, 9/2 12:30)を。

アタシが観たのは、31日。なぜか芝居好きが会社休んだりして居る日(あたしだ)。その順番で。

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