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2001.06.22

【某つめきり】

2001年にFSTAGEに書いたものの再録です。

つめきりの企画公演。「割箸文庫」オムニバスの中の一本、オタク少女と そのロボット佐伯くんのものがたりを膨らませた一本。少女なテイスト、 誇張されたキャラクタはわりと彼らの持ち味なのだけど、企画公演らしい 多くのキャストと、あまりに静かで独白のような雰囲気のギャップが 楽しいような、疑問なような。

割箸文庫の時は、30分程度にそぎ落とされた時間と、オタク少女+ ロボットというワン・アイディアの相性がよく、その中にアクション っぽいことも静かな独白もバランスよく詰め込まれている印象。 その物語の骨格はそのままに、キャストを増やし、3倍程度に膨らませた という感じがします。短時間の作品では唐突さも、スピーディーに感じた のだけど、本作においては、人物それぞれの感情が唐突な感じがします。

さらに、もとのものよりもずっと静かな部分が多い印象で、 せっかくの沢山のキャストが、まるで漫画の中の絵空事のように感じて しまうのだけど、それはまるで物語の中で少女がつぶやく台詞のよう。 ..もしかして確信犯なのかしら。だとしたら、凄いのです。

壊れた佐伯君を前に、大泣きする少女の台詞、「ぜんぶリセットされる、 一緒に歩いた通学路も、一緒に受けた授業も」ってのがいいじゃないですか。

自分以外の誰かとコミュニケーションをとることで傷つくこともあるし、 うまくいかないことだってたくさん。怖いよね。実は他人って、って 思ってしまうのは、やっぱ実生活のあれこれが反映しちゃうのかなぁとも。

石田理恵さんという女優をストレートなショートヘアと、大きな眼鏡で オタク少女に仕上げてしまうのはさすが。動作が大きくて、漫画のような 動きをする彼女が印象的。 佐伯君を演じる小野瀬誠さんは、つめきりでは二枚目な役どころ。 それが決まるってのが偉い。作家・三谷麻里子さんがちょいとだけ顔を 出して、しかもそれが卑怯なキャラクタってのは、企画公演らしくていい感じ。

まるで少女のひとりごと。そのエゴイスティックなところも、脆弱なところも、 オタク少女なのに吉川ひなのが同居するのも少女の感性。 あたしはわりと好き、なんだけど。

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2001.06.09

【芝居】「月と牛の耳」弘前劇場

2001.6.9 S

弘前劇場の新作は、2人の作家の一人、役者でもある畑澤さんの一本。 通常の公演に比べて少しばかり突飛な設定。でも、前作に比べると、 弘前テイストが強い、と感じます。

かつては空手の大きな流派をもっていた父。記憶障害の難病で入院しているが、 そこに長女が結婚相手をつれてやってくる。 が、その光景はもう何年も続けられていて。父親にとっては、桜が満開な ある日、長女が結婚相手を連れてくるあの日で止まったまま、同じ日を繰り返して 過ごしているのだった。

父親は6年もの間結婚は認められず、じつはもう結婚してしまって いたり、高校生だった次女だってもう高校生を貫き通すのもつらくて。 父親は明日にでも道場に戻る気だが、すでに道場は人手にわたっていて、 長男は公務員、次男は海外に修行にでていて。父親のあの日をくりかえす、 年に一度、子供たちが集まって。

父親の存在が巨大で、がんこで強力に君臨していて。当の本人はそのままの つもりだし、周囲もそれを認めさせようなんてことはしないのだけど、 しかし、確実に時間は流れているし、その日を永遠に繰り返すなんてことは できないわけで。いよいよ、その毎年の「行事」をあきらめるか、という この日、格闘家として父親に結婚を申し込む男。

徐々にあかされる家族の現在。観客は、最初、父親の「生きている」 6年前のあの日の状態から物語に入ります。ものがたりが進むにつれ、 それは彼の記憶の中にしかない世界なんだとわかっていきます。 この視点の推移こそが、この芝居を見ている観客を不思議な 感覚に誘うのだと思います。このあたり、実に鮮やかで印象に 残るのです。

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