【芝居】「800〜1200度のカタルシス」げんこつ団
2025.10.30 19:30 [CoRich]
ナンセンス喜劇を標榜する女性ばかりの劇団・げんこつ団の新作。今回で55回公演なのだそう。130分。11月2日まで楽園。
高齢化が進みどこの葬儀場も満杯で火葬が追い付かなくなり、ついに一つの火葬場が老朽化して爆発してしまう。葬儀会社はフルオートメーションのカジュアルな火葬場を次々と建て需要に応えようとしている。爆発に巻き込まれて死んだ筈の職員や客もなぜか姿を現す。
一つの突拍子もない背景となる世界を共有しつつコントのような短いシーンをつなげていたかつてのスタイルから、突拍子のない背景はそのままだけれど、ここ数作は物語の要素が増えていると感じるワタシです。今作の前半では高齢化が強烈に進んだ結果どんどんカジュアルに火葬が行われる背景を。そこから母親を亡くしたけれど泣けず弔いたいと思う女が訪れてから紡がれる物語。
小学校から引きこもって40年、ほぼ何も読まず書いてもいないのに書いたらノーベル文学賞確実と言われ育つのです。ワタシの記憶が曖昧になっているけれど、洋菓子屋の娘がこの引きこもりなのか、あるいは母親が洋菓子屋の娘なのか、みたいな感じで曼荼羅やマトリョーシカのように(再帰的に)繰り返すのはなぜか、げんこつ団のフレイバーを存分に感じるワタシです。物語はさらにいろんな老人たちの歴史が積み重なるというよりは煙となり立ち上がります。
亡くなった母親が雇用機会均等法の第一世代というセリフがあった気がするんですが、ワタシはむしろその親側の世代(幅はあるけれど)。 ワタシたち(少し上の世代も含めて)、女性たちはそれまでとは社会の要請が変わって、自覚しているかはともかくとして田舎から出て(結果的に)自由になることを選べるようになったのだと思います。 (語られてないけれど一人で走りきったり、子を産んでも結果的には走りきることが出来たりなど、それぞれの人生にさまざまな分岐があるけれど) 物語は、あるいは子を産んで「諦めた」母親が、産んだ子どもが、その「母が亡くなったけれど泣けない」女の職業が作家と帰着する見事さ。
もちろん作家がどういう人物かはSNS越しのうっすらとした印象しかないけれど、ガーディアンガーデンフェスティバルのあの頃から、駅前劇場で恐らくは(当時の)プロジェクターを冷やすために冷房をガンガンにかけていた頃を勝手に一緒に歩んで来たワタシ、みたいに勝手に感じ入るんですが、ええ、もちろん全然的外れな気がしないでもありませんが。


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