2026.07.11

【芝居】「THE GAME OF POLYAMORY LIFE」趣向 (Aキャスト)

2026.6.6 18:00 [CoRich]
2016年の作品の再演。役の性別を一部入れ替えてダブルキャストで上演。この回はAキャスト。6月7日までKAAT神奈川芸術劇場大スタジオ。120分。

二人の女性と一人の男性が同居している。ポリアモニーとして互いに同意し互いに愛し合っている日々を暮らしている。 教師である女の教え子の男が好意を寄せてくるが会うことも躊躇している。大学時代に恋人であった女とも再会するが、独占できない三人での恋人関係を理解することができない。

性愛に対してホモセクシャルでもヘテロセクシャルでも隔てなく、しかも優しい語り口で描かれる世界。性別を入れ替えたキャストの上演とはいえ、この構図ならばどう男女を入れ替えても成立するように感じるワタシです。互いの関係がフラットで対等であることが突き詰められ、しかもポリアモニーがキャストとして多数派なので「普通はありえない」といった社会からの軋轢が薄いので、何をしても正解である優しい世界は精神的安全性という点ではとてもいいけれど、結果的にドラマにはなりにくく感じるのは痛し痒し。 そのなかでドラマ的要素となりうるのが、同居する三人の外側の二人で、学生時代の知り合いの女は「独占欲」、教え子は「一歩踏み出せない」というポジションから物語を駆動するけれど結局は三人での暮らしを選ぶことになるのです。

ワタシの観た回は、音声ガイド、上演前に音声での舞台装置の説明がありました。他の上演回では字幕や台本の事前貸出、さらには客席数を減らした「ゆったり上演回」といったぐあいに、今考えうるあらゆる上演サポートを実現していて、上演カンパニーとしての心意気はすばらしく、また公共劇場だからこそやらなければならないことを行っているという意味で県民として嬉しい気持ちにもなるのです。

中心となる教師である女・エンジェルを演じた豊田エリーはフラットでスタイリッシュな物語の中心を支える安定感。恋人を演じる上田遥は少しばかり感情が勝る感じでテンションを与え、同棲する男を演じた加藤啓は少しばかりの胡散臭さも味わいで緩めるポジションが心地いい。

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2026.06.30

【芝居】「あしゅらステーション 靜」ボタタナエラー

2026.6.4 19:30 [CoRich]
去年上演のグループホームを舞台にした物語に続き、葬儀斎場を起点に生きること死ぬことを軽やかに描く85分。6月7日まで「劇」小劇場。

葬儀の斎場。スタッフたちの間では手品が流行っている。「ロボとマジック」
リーディングのワークショップをしようとする人々、生成AIに物語を書かせようとするがピンと来ない。「リーディング」
斎場では希望者に見学会を催している。見学に来た夫婦とふざけ病の男「バックステージツアー」
女たち三人が噂話というか「内緒話」
彷徨う魂たちが乗る列車、天国に行くと浮かれている男たちのなかに浮かない表情の男、自死したのだという。「涅槃列車」
列車にひとり不適切な客が混じっているという。今なら引き返せると言われるが「レスキュー」

2022年あたりから短いスケッチのようなシーンをつなぎ合わせて舞台を構成するようになっています。それは作家が出演した菅間馬鈴薯堂の影響を色濃く受けて居るけれど、前作あたりから、市井の人々という枠組みから、明確に老いや生死を意識するようになってきています。もっとも菅間馬鈴薯堂の作家よりはずいぶん若いはずなのだけれど。

AIに開場時のアナウンスをさせたり、芝居の中にAIとのやり取りを組み込んだりしつつ、葬儀斎場のスタッフたちの手品の話とか、生成AIに物語を書かせて演じてみたりするワークショップの話とかをしながら、やがて斎場のバックステージツアー訪れる夫婦と妻の弟の不謹慎さから一点、涅槃列車にのる乗客たちのはなし。ゆるやかに繋がりながら物語としてはあまり一貫性が感られない気もしますが、AIから葬儀場、涅槃列車と生きること(と死ぬこと)を色んな角度でこねくり回し考え、まとまらないままに提示して見せるような作家の思考の断片が書かれたノートをたどるような舞台と感じるワタシです。なるほど、作家のノートにその思索が見て取れるのです。

ふざけ病の「不適切な乗客」がしかし、今なら引き返せると説得されても要領を得ないのに、近所のカツカレーの衣が厚いと聞いて生き返ることを選択するという、どうしようもなく些細なことが人の行動を、もしかしたら生き死にをも決めてしまうというのは、軽薄にみえるかもしれないけれど、真摯に生死に向き合った挙げ句に作家がたどり着いた結論なんだろうなぁと勝手に感じ入るワタシもまた、老いを感じ始めてるということなのかもしれません。

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2026.06.29

【芝居】「アカデミック・チェインソウズ」MCR

2026.6.1 19:00 [CoRich]
2022年に上演した女子高生の修学旅行を題材にした作品を改訂し、いつものようにほぼ新作としての上演。6月2日までスズナリ。120分ほど。

修学旅行のホエールウオッチングの途中で行方不明になり無人島にたどり着いた女子高生と教師たち。

傍目には明るく屈託がないように見えていても、もちろんそれぞれにモヤモヤを抱えて揺れ動くティーンエイジャーたち。 二人きりの友人関係から抜け出そうとしている側と引き留めようとする側とか、人のやりたく無いことをやってしまいがちで委員を押しつけられるけれど頭の中に飼っている妄想オジサン二人との会話をしているとか、友だちを引きつけておきたいから面白いことをし続けた結果奇行に近いことをしがちだったりそれに付き合ったり、パパ活だったり、自分が居なくても相手は大丈夫だと思い込んでいることだったり、圧倒的な知識量だったり、カースト上位は映える写真やら経験豊富を吹聴したりその中でちょっとズレたり、コミュニケーションの化け物よろしくここには留まらない可能性を全力で信じたり。 女子高生に限らずティーンエイジャーの時に抱えていたり抱えていなかったりという断片をきっちり14人の生徒たちに描き分け、人数が多くてもそのキャラクタをきっちり演じきる役者たちの細やかさを合わせて作り上げているのです。

引率の教師がひとり生徒たちの責任を負わなければならないという責任感。初演でどう描かれていたかは覚えてないけれど、この状況で何があっても生徒たちが責められることはなく、何かあれば責められるのは全面的に教師なのだという理不尽。修学旅行に行く前に辞めることを決めていたけれど、その眩しさに当てられるように教師を辞められない気持ちもまた職業としての教師の眩しさを感じるワタシです。終幕、一歩を踏み出せない生徒に先生が背負うからと背中を押す格好良さ。どちらかというとダメな男を描く事の多い作家だけれど、今作でのこのオジサンの格好良さ。初演に続いて演じた堀靖明は誠実さとキレテンションの両立で唯一無二の素晴らしさ。

いっぽうで生徒たちは無人島という理不尽な環境だけれど、どこか日常からの延長線上にいるかんじ。引率教師や頼りにならない船長ぐらいしか大人がいないから、彼女たちのコミュニティのダイナミズムがむき出しで描かれるようになっていることこそが今作の枠組みの面白さ。軸となるのは二人きりの友だちで一年以上を過ごしてしまった二人の駆け引き。他に友だちを作りたい桑田佳澄 と、 引き留めようとする市島琳香、このループから抜け出す糸口も持つ二人の安定感。大人からも頼られがちで役割を押しつけられがちな委員を演じた田中優笑はしかし何者にもなれないのだというジュブナイルな瑞々しさ。互いに想いを抱いていても、互いに自分が相手にとって必要とはされていないと思っている距離感を持つ二人を演じた川久保三子、井澤佳奈のがさつさと色っぽさの対比が面白く。

チケット代わりに渡される葉書大のカードは配役表が印刷されていて、もう少し詳しい挨拶やらスタッフクレジットやらはQRコードでというイマドキな感じ。配役表が印刷されていて渡されるのは大変ありがたいワタシです(もう若い女性を瞬時に区別するのは無理になってるんです、ワタシ。老化とも言うけれど)。一方で、webパンフというならそちらには顔写真と付いてると有り難いなと思ったりするけれど、ネットで写真載せるのはそれはそれでリスクなのかもしれません。

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2026.06.22

【芝居】「A Perfect Family」果報プロデュース

2026.5.22 19:30 [CoRich]
キャラメルボックスの俳優・山本沙羅が立ち上げた個人企画。 脚本 米内山陽子+演出 須貝英も楽しみにワタシは初見です。5月24日まで北とぴあ ペガサスホール。100分。

上京して会社勤めをしている女、実家の母親からは結婚を急かされているが、本人は気が進まないまま先延ばしにしてきた。恋愛も性愛の感情も抱けないのだ。ある日、地元で飲食店を営む叔父から縁談が持ち込まれる。困り果てた女は、友人の男に恋人を偽装して地元に挨拶に来て欲しいという。

故人である祖母、母、上京した娘という三代のに渡る女性の物語を核に描きます。アセクシャル・アロマンティックといった比較的新しく知られるようになった属性をフックに、それを穏便に隠しながら結婚を避けようとする若者たちの物語が物語の発端としつつ、隠蔽が破綻して全てが明らかになってしまってからの母親の戸惑いや感情の爆発を中盤から後半にかけてたたみかけていきます。

母親は祖母が営む食堂を継ぎたかったのにそれが許されず、長男である叔父が食堂を営んでいるということへの複雑な想い。祖母によって専業主婦という枠に嵌められてしまって、娘には上京も就職も許すことができたけれど、結婚しないどころか恋愛も性愛も持たないということに対する違和感とそれは「病気」だと断じてしまうことは致し方ないのだということが祖母の呪縛という背景によって示されます。祖母の操り人形のように頷かされ、手を上げさせられるシーンは印象的です。

多彩な人物の造形と説得力が素晴らしく。 祖母を演じたザンヨウコは働いて子供を育て上げたバイタリティだけれど、呪縛のもとになるという意味で物語のラスボス感すら漂わせます。二役を演じた木村玲衣はマイノリティである友人、地元で結婚し不満を溜め込み上京した女を詰めていくという二役のコントラスト。その夫を演じた畑中智行はあくまで軽薄に狂言回しのようにリズムを作り、物語を進める駆動力でマイノリティを異常と断じるいわゆる旧来の価値観を担う側もしっかり、それに対してその無理解に本気で怒る恋人を偽装する男を演じた池岡亮介はこの落差をキレッキレにきっちりと描きます。友だちになってくれたら偽装を請け負うという真っ直ぐさもよいのです。 父親を演じた山本佳希はどこまでも優しく、わりと激昂する人物の多い物語の中で安定感。主宰でもあり娘を演じた山本沙羅はある種の不器用さを感じさせる造型。母親を演じた小林千里、ワタシはおそらく初めて拝見した役者だけれど、後半からは物語の幹ともいえる迫力をきっちり背負いきる凄み。

マイノリティの生き方と旧来からの価値観との軋轢をえがきつつ現在のワタシたちが暮らす家族のありかたをきっちり詰め込んだ物語の見応えが見事なのです。

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2026.06.13

【芝居】「星の路」美族の邑プロデュース

2026.5.10 17:00 [CoRich]
屋久島で執筆を続け社会変革を目指した詩人・山尾三省(wikipedia)の想いを童話にして音楽を交えた朗読として繰り返しの上演で7回目。5月10日まで大倉山記念館。60分ほど。

三省は光る石を拾う。馬追虫にこれが星のカケラで母星に返さないといけないと教えられる。 どこに返せばいいかも分からない中、島を巡り手がかりを探すうち、人間が木を切り食べ物がなくなり、山が豊かさを失ってきたことを知るり、屋久の瑠璃の水に辿り着く。

テレビのロケなどでも使われる横浜市の指定有形文化財を会場として、カンパ制での上演。山尾三省が暮らした屋久島であったり、詩に登場する三光鳥、芙蓉の木、馬追(虫)といった単語を散りばめ、三省を主役とした童話に仕立てられています。光る石を返すために調べるためいろいろ訊いたり対話したりするうちに、自然の対立軸としての人間の存在、そして地球の水は巡り、すべてつながっていて「水はひとつしかない」ということに思い至るという物語は深みを持つのです。

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【芝居】「川ひとつ向こうの、はるか遠い街。」乙戯社

2026.5.9 16:00 [CoRich]
70分。スタジオHIKARI。

少し前の中国の街。川の向こう側は発展し賑わっているが、川のこちら側には建て増しを重ねた巨大な建物の中は薄暗く犯罪の多い場所だった。ずっとこの街を出たいと思っているがなかなか叶わない。 ある日、この街を出た幼馴染みの女が戻ってきて、幼い頃の約束どおりこの待ちを一緒に出ようという。

貧困と男たちからの搾取にがんじがらめになり耐えてきた女たちが人生を勝ち取る、バディ風の二人を描きます。

この場所の成り立ち、そこから抜け出すことの困難さ、仕事で向こう岸からやってくる男への儚い恋心と夢のような逢瀬だったり、あるいは人を殺すことすら厭わない強くなる女のこと、あるいは何を選び取るかの結末はほろ苦いのです。

アクションものになりそうな題材だけれど、どちらかというと叙情的というか淡々と語られるイメージで進みます。中国のあの時代のあの場所を舞台にする必然性はアンダーグランドな雰囲気を纏う以上にはない気もしますが、あの場所が今は公園になっているという事実を下敷きにすることで、かつてあった場所の物語であるある種のファンタジーな物語になると云うことは有るのかも知れません。

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2026.06.06

【芝居】「ベガスペガサス」やみ・あがりシアター

2026.4.27 19:00 [CoRich]
やみ・あがりシアターの新作。5月6日まで北とぴあペガサスホール。120分。

北とぴあは全体をカジノに改装されている。体験型のイマーシブシアターの事業に失敗した劇団の役者やスタッフを買取りカジノに組み入れ、キャストを村人、客を旅人と設定してエンタメとカジノを組み合わせた娯楽施設は盛り上がっているが、 推しに会うために金を注ぎ込んだり、仕事の金を無くし取り戻そうとしたり、資金洗浄を狙う男や勝ち馬に乗ることにしか幸運できない女、あるいは役者たちも葛藤しながら働いている。 ある日、賭けに強いと自負して乗り込み大負けした男が戻ってこないことを心配してカジノの前に立ちすくむ妻を、知り合い女が見かけて声をかける。

客席が舞台を三方に囲みさまざまにな方向から出捌けするようになっています。額縁の舞台ではなく客席が舞台を囲むようで出捌けを自在に行うスタイルはここ数作の劇団の特徴にもなりつつあります。中央にポールが立ち、それを囲むように円形でルーレットを模したような布(ポリバルーン)を役者たちが持って回すことで巨大なルーレットを出現させるのは、小劇場っぽくファンタジーを感じさせます。今作は舞台が正方形に近く回転を取り入れ、疾走感もある舞台は、もし青山円形劇場が使えていればそこで観たかったと思わせる一本なのです。

カジノという大きな金が動くことにエンタテイメントも生活者も、資金洗浄者も東京カレンダー風の港区女子も果ては警官まで巻き込まれている近未来。公共施設である北とぴあがカジノになると言うのも悲観的な未来。こんなにもフィクションな感じのつくりなのに、世の中に引っかかる気持ちをあちこちにフックさせてワタシたちの現実に地続きになっています。 娯楽といえるぐらいで留まればいいけれど、あきらかに人生そのものであったり、生活が立ちゆかなくなるぐらいにギャンブルにのめり込んでしまっている人々。劇中旅人と呼ばれるカジノの客たちの間で浮き沈みはあるにしても、巨大な資本を背景にした胴元が負けることはないというカジノの在り方の怪しさも目一杯組み込まれているのです。

もう一つの物語の核は、夫を心配するこれまでは堅実に貯金しかしてこなくて投資すらも経験のない妻と、今まで独身を通してきた女の物語。妻は独身の女を羨ましいとはことあるごとに言いながら、「積み上げてこなかった」と見下しているのです。これもまた、一つの賭けであって、とりわけ今なお女性だから結婚することしないこと、結婚してどういう生活を送るかといったことが大きく人生を変えてしまう可能性があると言うことを端的に、しかしそこには互いの歩み寄りを感じさせる終幕。青春物語ではないけれど、分岐の多い女性の人生だけれど、年齢を重ねた先にはまた肩を組み合えるかもしれないという可能性の物語でもあるのです。

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2026.05.24

【芝居】「軋み」Nana Produce

2026.4.27 14:00 [CoRich]
劇団ブラジルの2008年作、今年は映画も公開された作品を全く別キャストで日澤雄介の演出で上演。4月29日までテアトルBONBON。120分。

初演当時は苦笑系と呼ばれていた脚本のブラジリィー・アン・山田がもう一歩先に進んだと感じた一本でした。 人気絶頂の漫画家、ヒモ同然の夫、不倫していたチーフアシスタント、隠蔽しようとする編集者、怪しむ元カレ、いろいろ詳しいアシスタント、 クビになったアシスタント、仕事が早いプロなど 殺人事件をめぐるミステリーというよりは、殺人事件というある種の理不尽にジタバタする人々のコメディの面白さはそのままに。

同世代の役者たちの競演(しかも劇団主宰の役者3人が当時は評判だった)の初演に対して、バラエティに富んだ役者陣を揃えたのはプロデュース公演の利点です。全体的な年齢は少しあがった印象。

漫画家を演じた小林さやかは長年連載を続けてきたのだという説得力と、自分が始めた理不尽に自ら巻き込まれて方向を見失う感をコミカルに深みをもって。 夫を演じた寺十吾は特徴的な声色を要所要所で使いながら、まあまあ年季の入ったヒモ同然の無職の説得力。 編集者を演じた狩野和馬は仕事を真面目にこなすがために狂気をはらむ面白さ。 若い女のアシスタントを演じた小口ふみかは見た目の可愛さと実は物語を創っていた中堅な雰囲気を両立して。 男のアシスタントを演じた浜谷康幸は器用なアシスタント、更にはいろいろ隠し持ってる怪しさ。 殺された女の元カレを演じた荒木健太郎は乱入してきて大騒ぎ、という一途さから見えてくる鋭さ。 プロとクレジットされた役を演じた日暮玩具はちょっと木訥とした感じが初演とは違うベクトルの造型。

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【芝居】「世界名作全集 1 & 2」おのまさしあたあ

2026.4.24 19:30
2026.4.26 14:00 [CoRich]
割と無茶な一人芝居を上演し続ける「おのまさしあたあ」、新作再演をとり混ぜ シェイクスピア、ゲーテ、ポー、カフカなどの世界の名作を徹底的にパロディにした、1話30分×3話構成の2プログラム日替わり上演。 4月26日まで横浜ベイサイドスタジオ(神奈川新町駅すぐ)。

【第1巻 古典篇】
金貸しから借りた金を返せず胸の肉1ポンドと引き換えという裁判の中、街ではひそかに疫病が流行り出す。「ベニスの商人死す」
見た目に恵まれない男が友人の助けで女に告白する。二人は戦いに出て告白した男が命を落とす。「シラトのベルジュラック」
神と悪魔が、学者の老人をたぶらかせばという賭けをする。老人の前に現れた悪魔は、死後の魂の交換のかわりに現世のあらゆる快楽と悲哀を味わわせるという交換条件をのみ、世界の王にする。「ファースト」 (2021年初演)

【第2巻 現代篇】
霧が深くなった灯台に海から巨大な怪物が現れる。助けを呼ぶと三人の侍女が現れ、更に夜の女王が現れる。「ムテキ」
アッシャー家の最後の生き残りとなった男、呪いがあるのだという。家族のことを思い出す。 「あっしゃあ家の崩壊」
朝起きると、「虫」の姿に変わっていた。ことばは通じない「変身!」 (2022年初演)

寄席形式というわけではないけれど、様々なバラエティに溢れた一人芝居がコンパクトに観られる「おのまさしあたあ」。 今回の「全集」は映画などのエンタメから更に文学の名作を原作にしての短編集と銘打つけれど、おのまさしあたあですから一筋縄ではいきません。

ベニスという言葉がタイトルに入る二本「ベニスの商人」「ベニスに死す」をマッシュアップしてみたり、 シラノ・ド・ベルジュラックを核にしながら登場人物がサスケなどほぼ白土三平(つまりシラト)のマンガのキャラクタの面を百均の自立型ちり取りに付けてだったり、 悪魔の甘言で世界の王になった男が難病の子供と出会いホームランを打ったり、 「霧笛」の怪獣とオペラ「魔笛」を掛け合わせながら金色の巨人を呼び出してみたり、 エドガーアランポーのミステリーからいつの間にか髷物になってみたり、 虫に変身していて、しかも限られた言葉だけで絶望してみたり(しかもまあ出落ち)。

つまりは核となる物語を早足で駆け抜けながら大喜利のように連想される物語や枠組みを組みあわせてマッシュアップ。 還暦を過ぎた役者がたった一人で演じるので体力的に大変だというある種の残酷物語の楽しさもあわせて、 観る側は寄席のように沢山の短編が詰め合わせになっていて気楽に楽しめるのです。

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2026.05.09

【芝居】「THRESHOLD」神奈川県演劇連盟

2026.4.23 19:00 [CoRich]
神奈川県演劇連盟の合同公演、TAK in KAAT。4団体による短編集で計約120分。4月26日まで神奈川芸術劇場 (KAAT)。

修学旅行のバス、生徒たちは見学場所の春日大社で自由行動のために降りていったが、運転手は頑なに降りない男子生徒をみつける。運転手も休憩を取りたくて降ろそうとするが「鹿」(theater 045 syndicate)
大学教授でもある哲学者の男と不倫の恋に落ちた学生の女。ユダヤ人迫害のナチズムによって別れた二人だが、戦後に再会する。「物語の書き方(仮)」(劇団820製作所)
新しい製品のプレゼンテーション、観客たちの全てのデータがコンピュータに入っており、一人壇上に上げられた客の男の望み「理想の結婚」を シミュレーションしてホログラムで体験できるのだという。「presentation」(劇団スクランブル/クエル・ペッパー)
一人暮らしの女が部屋に閉じこもっている。外から聞こえる声にそれぞれに心がえぐられた記憶が蘇る。 高校の頃、長く付き合ったあとに別れた男、結婚しないまま扉の外にいる同年代の主婦たちの会話、親戚のおばちゃんからの悪意のないことば。「明日、また、明日。」(演劇プロデュース螺旋階段)

「鹿」は2012年の劇王で勝ち抜いたオイスターズ・平塚直隆の戯曲。そこから相手を去らせようとするバスの運転手となんとしても残ろうとする男子生徒のほぼ二人芝居もっとも後半ではバスの外では鹿が暴れて人間たちを襲っているというあけすけともいえるスプラッターファンタジーになったかとおもえば、交わらない二人のはずなのに後半登場する一人の女性が憧れの同級生であったり、運転手の娘であったりとそれぞれの人生の焦点を結ぶすこしほろ苦い像として結ばれる姿にみえてちょっといいのです。二人芝居+突然現れる三人目という構成も、不条理な感じもどこか「ゴドーを待ちながら」の変奏曲のようにも感じるワタシです。 運転手を演じた中山朋文は中年男がちょっと困らせられるような役を演じるとほんとうにピカイチ。学生を演じた今井勝法は出落ち感あれど、青春時代の汗だくのなりふり構わない必死さがとてもいい。現れる女性を演じた 北澤小夜子は、ファンタジーとして結ばれる像としての女神な感じ。

「物語~」は哲学者ハイデガーと長年不倫状態にあったハンナの史実をベースに。ヒトラーに転向しうらぎられたユダヤ人女性、さらに戦後ふたたび二人は出会い交流を続けるという現実じたいがもうフィクションのよう。 芝居は男女それぞれを年代別と思われる三人のキャストでシャッフルするように演じます。その中心でタイプライターを叩く女性、「物語の作り方」というタイトルはなるほど、この二人の人物が「人物の類型」の豊富なバリエーションでもあり、これを解体してくみあわせることで別の物語がつくれるよう、ということかしら、とおもったり。

「presentation」はステージで怪しげな商品をプレゼンする女(と助手)、それを期待して集まった観客のなかから一人壇上に上げられた男。「理想の結婚」を実体化してみせることが出来るというのがこの画期的な商品のウリで、可愛らしく甘えてくるが束縛のキツイ若い女、スイーツ好きの方言女子(実体はジャージ姿でコーラがぶ飲み系)、怪我の治療から退院してきた女の 優しめ男子に見えたけれど実はクズ男の、理想の女性の条件を微妙に違う「そういうことじゃない」と突っ込まれるようなシミュレーション結果のズレを楽しむ感じ。そこに混じるノイズがテストで入れたアシスタントの夫のデータだというのも小技。細かな違和感やズレを延々と繰り返すというのは、大爆笑とかオチといった落差で笑いを作るのとは全く違う種類のコメディだという気はしていて、ワタシの中では面白がり方の試行錯誤が続きます。

「明日〜」は一人暮らしの女の中にぽっかり空いた穴とそれゆえにこれでよかったかの自問自答。初恋でフラれたり、長く付き合った挙げ句に男の浮気でフラれたり、あるいは同世代の主婦たちの妊娠や井戸端会議とは違う人生、親戚のおばちゃんのいう「普通」ではない生き方をしていたりといった頼んでも居ないのに思い出させる走馬燈(死ぬわけじゃないけど)。それでも明日に向かって一歩を踏み出した先に広がるものがある、という穏やかで前向きな終幕は作家の優しい視線。

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