2026.2.15 16:30
[CoRich] (高円寺K'sスタジオ)
2026.2.21 15:00
[CoRich] (アトリエ春風舎)
岸田國士(くにお君)の戯曲とチェーホフ(チェーさん)の短編小説を原作として、劇作家・演出家の劇作家・演出家 伊藤毅が、現代日本の生活実感に即して翻案・演出した短編を組みあわせながら都内三箇所の劇場を三週間にわたってツアー公演。2.14-15が高円寺K'sスタジオ、2.20-21がアトリエ春風舎を拝見しました。2.28-3.1がギャラリーがらん西荻。95分。
翻案戯曲を事前に公開しています。
新婚旅行で大阪に行った妹が早く戻り姉夫婦の家に来る。姉夫婦の家には下水道修理の男が訪ねてきている「驟雨」(Aキャスト)
自分の話をするワークショップ形式の会合。一人の女が昔の経験を話す。友だちの兄と一緒にソリに乗ってとても怖かったけれど、そのとき耳元で声が聞こえた。「たわむれ」(または悪戯)
田舎に移住した夫婦。妻は演劇で、夫は害獣駆除で町おこし隊として生活している。もっと余裕ができたらと鎌倉への旅行を夢想したりする「紙風船」(Bキャスト)
学生の頃の知り合いが久しぶりに会って互いの妻が買い物をしている間、デパートの屋上で話をする。 二人はかつて小説家を志していたが、一人は家業を継ぐために書くのをやめたが生活に余裕がある。一人は小さな賞をとったものの売れてはおらず、ロシア語翻訳などで暮らしており生活は苦しい。「屋上庭園Ⅰ」
その日の晩、帰宅した小説家の夫婦。妻どうしの会話の中で、小説を辞めた男が、小説家の才能を心底褒めていたのだと聞かされる。「屋上庭園Ⅱ」(Aキャスト)
介護の勉強をしている姉と同居している弟。仕事が決まらないふたりに、弟の友人たちは仕事を紹介したりなにかと気を遣ってるようによく通ってくる。いつものように寿司をとって食べよう、ということになる。「かんしゃく玉 Act 2026」
「驟雨」は新婚旅行にでかけた筈の妹が早々と姉夫婦の家に戻り、新郎への不満のあれやこれやを話すのだけれど、男は勝手で女が合わせる努力や忍耐を強いられるというのは時代が変わっても程度の差程度でしかなく変わらないという話。その理不尽が明確な原作(青空文庫)のほうがシンプルですっきりとしているけれど、現代版では一ひねりしてて、男も何かもっと後ろめたいことを隠してるし、新郎も今でこそ一人前の顔をしてるけれど今の地位にくるまでの半ばヒモ状態を支えてきたのが女なのだというのがより面倒くさくなっているかんじ。
現代の日本の普通の家ではまずあり得ない、原作の家政婦という役を、排水管詰まりを直す工事屋に置き換えたのはちょっと不思議な感じがします。
「悪戯」とも題されることの多いチェーホフの「たわむれ」は未見。小説原作なので女性の一人語りという体裁をそれぞれ自分の話を交替でするワークショップ形式の会合のような場所にしたのはなるほど今っぽい。家族も居て夕食の準備もあるけれどその隙間時間のワークショップ、みたいな忙しさも今っぽい。物語の骨子はおそらくそのままで、友だちの兄と二人でソリにのり、滑走が怖すぎるけれど、その中で「好きだ」というささやき声が聞こえた気がして、それが兄のものか風の男の悪戯かがわからず、でも、その声が聴きたいばかりになんども何ヶ月にもわたってソリに乗るというのが、中毒めいた恋心で切実で、可愛らしくて。演じた竹原千恵の働く母親という感じで化粧っ気のないフラットさがいい。
「紙風船」は、元々(青空文庫)はどこか倦怠感のある結婚一年目の夫婦の日曜日の過ごし方についての他愛ない会話。それぞれが出かけるとか、鎌倉行きの妄想とかを話しながら、駆け引きのような会話。今作はもっと切実に生活は厳しくでしかも移住したばかりで害獣駆除と演劇で町おこしみたいな活動が支えで自由にならないがんじがらめの生活の外枠で。金があれば、金ばかりじゃないがということではあるのだけれど、なんかもっと切実で。象徴的に終幕で出てくる紙風船は原作よりもより明確に二人の間に子どもが舞い降りたように描かれていると感じるワタシです。夫を演じた尾崎宇内はどこか余裕がなく、妻を演じた村岡佳奈は楽観的に感じる味付け。
「屋上庭園1」は缶コーヒーやスマホなど、今っぽい味付けはされているけれど基本的には岸田國士の原作(青空文庫)とほぼ同じ枠組みで進みます。飛び降り事件は現代向けの翻案かと思えば原作にあるのもちょっとビックリしますが。こちらの方は、小説を書いていた男二人がそれから時が進んで一人は辞め、一人は翻訳でなんとか食べて居るけれど、小説は書けていなくてという感じではあるのだけれど、金を持っている側も無い側もそれぞれのプライドがあって、かつての頃のように分け隔てなく話せる関係ではなっていることの悲しさは時代が変わってもどちらにも有る風景で。
「屋上庭園2」は役者が「1」とは異なっていてちょっと戸惑いますが、同じ日に帰宅して帰った(金の無い側の)夫婦の話で、「屋上庭園」に外挿するように作られた新作。ハイボールを飲みながらリラックスして、それぞれの会話を補完するような答え合わせするような。こんな風に膨らませていけば、まるで一つのモチーフで楽曲を作り出していくかのように、一幕のごく短い芝居から中編長編と紡いでいけるんだなぁと思ったりします。著作権が切れている作品だから自由が効くというところはあるにせよ。
ワタシにとっては岸田國士といえば「かんしゃく玉」と言うぐらいなのだけれど、ACT2029と名付けられた今作、だいぶ捻って膨らませた一本。仕事にありつけない男と同居する女、友人たちは男のためといいながら、女への下心、腹を立てた二人はかんしゃく玉をぶつける、というぶっ飛んだ原作(青空文庫)に対し、なぜ二人は仕事につけないのか、なぜ友人たちは集まってくるのか、という背景がちょっとした現代のホラーなのです。イマドキそこら辺では投げられないかんしゃく玉に変わって二人が投げるのは最初はわからないのだけれど、出前寿司の醤油の小袋を溜め込んだもの、というのが謎解きにもなっているのが面白い。
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