2026.10.12

【芝居】「翔べ!原子力ロボむつ〜めぐりあい時空編」<10人版> 渡辺源四郎商店

2026.9.22 19:00 [CoRich]
(1, 2) 今回の2バージョンのうち、どちらかというと初演・再演に近いフォーマットの10人版。9月23日までスズナリ。

こちらはソンチョウが男で、しかし初演での置いてきた女から、再演の時に改訂された妻となるはずの婚約者、子供、弟妹、父母といった家族の物語というベースとなるフォーマット。スタイリッシュで洗練された感のある4人版に比べ、基本的には一人一役なので、わかりやすさ観やすさはこちらに軍配があがります。

企んでる感じの科学大臣を演じた下山寿音がヒールっぽくカッコイイ。 女・さくらを演じた渡邉望美が1号2号つまりは連れ子と馴染むシーンの暖かさ。ソンチョウことエイスケを演じた三上陽永は居続けるちから、造型はフラットで初演再演にあったどこかヤンキーっぽさはなく、新しい造型に感じるワタシです。

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【芝居】「寿歌」いいいのいー

2026.9.19 15:00 [CoRich]
去年の5月に上演された平均年齢七十過ぎの「寿歌」が早くもツアー公演。三重・愛知を経てサンモールスタジオ。78分。9月21日まで。

去年の上演から1年ちょいですから、それほど大きく変わった印象はないけれど、まあ記憶力の無いワタシですから、細かく手がはいっているのだと思います。

核戦争後の世界というのがどこか遠く来ないかもしれない未来という時代の雰囲気だった、ワタシが初めて観た頃とはずいぶん世界は遠くに来てしまいました。なくならない戦争に、AIなど高度で頼りがちだけれど一歩間違えば起こりかねない両面リーチ状態の現実からみてみると見え方は随分変わりますし、何もかも失っている人々と、何かの救いという対比も現実からの地続きな感じ。いっぽう、セリフを紡ぐ言葉はずいぶんと上品である種の牧歌的な時代を感じさせてもいて、この穏やかさがどこか観客の救いになっている気もします。

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【芝居】「翔べ!原子力ロボむつ〜めぐりあい時空編」<4人版>

2026.9.18 19:00 [CoRich]
2012年に初演 (1, 2)された、 核廃棄物の保管施設をめぐる、六ヶ所村をモデルにしたがっつりSF風味の味付けの物語。初演に近い人数とテイストの10人版と、大幅に役者を削ってストイックに突き詰めた4人版を連続上演。85分。9月19日までスズナリ。

「ソンチョウ」が誘致した核廃棄物保管施設について、その安全を見届けるためにコールドスリープするけれど、位置付けが変わって大金持ちの自治体になったり独立国家になったり、そもそもの前提が変わったりを描く物語の骨子はそのままに、ソンチョウを女性に変えるというのがこの版の大きな変更点。初演にあった置いてきた異性みたいな存在はほぼ無くなり、父や兄、兄の婚約者たちを思い出しながら、持たせてくれたリンゴの残っていた種が再び復活することを喜びとするといった、家族の物語を大きく広げた印象になりました。

なによりたったの4人で、ほぼ黒で統一された衣装もほとんど変えることなく10人近い役をごく自然に入れ替えられるということの凄さは花組芝居からの役者二人に負うところは大きく、スタイリッシュでギュッとコンパクトでポータブルな仕上がりになっていて、これを日本各地に持って行けたらなぁと夢想するワタシです。

タイトル「~めぐりあい【時空】」を当然【そら】と読むと思ってたら、これはそのまま【じくう】とよぶようで、前回の再演が「愛・戦士編」でしたからね、と作家がほぼ同年代だしとおもいつつ。

ソンチョウと呼ばれる女を演じた木村慧は弾けるように、元気いっぱいで物語の強力な牽引力。初見かと思えば、再演時の出演者らしくそれも熱い。作演を兼ねる畑澤聖悟のラスボス感の安定、花組芝居からの二人、植本純米、大井靖彦は可愛らしさから冷たさまで細やかに何役のどれもが説得力があるという安心感。とりわけナベゲンの役者では可愛らしい側の女性が演じるお世話ロボットの可愛らしさといったら、もう。

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2026.10.04

【芝居】「歌を歌わないように食べる昨日」クロムモリシタン

2026.9.14 19:00 [CoRich]
2018年に休止したクロムモリブデンの作演アオキヒデキの作品を上演したいというその劇団の役者・森下亮によるプロデュースユニット。かつて東京で上演していた王子小劇場改めインデペンデントシアターOjiでというアングルも熱い100分。9月20日まで。そのあと大阪。

取り調べを受ける男。芝居を見ていたアリバイがあるという。 先生と呼ばれる女、生徒ユーマ君に不幸な生い立ちは不幸のまま書いてもいいという。女の夫は道路陥没事故で行方不明だ。近所の女は寄り添っているが、今までにない高揚感を感じている。 タイムスリップモノか記憶喪失モノしかドラマがウケない時代になりいやいや撮っている映像作家。そこに突然現れた男は記憶が無いというが、それは道路陥没事故で行方不明担っている男で、脳内に居る刑事と話をしている。

悪夢のような出来事が現実だったり夢だったりと境界線が曖昧になりながらぐるぐると回転するような感覚は唯一無二ともいえるクロム節。 荒唐無稽で現実感の薄い物語とおもっていると、 道路陥没だとか、こまっしゃくれた天才のような子供が兵士の興奮剤として使われるとか、犯罪をあらかじめ予測して防止するために逮捕するなど現実や、これから現実になりそうなことを細かく混ぜ込んでくるのも、新作でありつづける小劇場の楽しさなのです。

行方不明の男を演じた森下亮は座長兼プロデューサーはもちろん、彼がいるからのクロムという劇団のカラーにもなっているオーラの強さ。盟友ともいえる久保貫太郎は大きな劇場にも出るようになっているけれどこの小劇場で再び出会える嬉しさ。行方不明の男の妻を演じた渡邉とかげはクロムでは新人だと思っていたらもう主演女優の風格。撮影する二人を演じた小林義典、花戸祐介も狂った世界の住人としての確かさ。教師の女の近所に住み実は盛り上がっている女を演じた橋爪未萠里はなかなか他では見られないコメディエンヌな造型、とりわけ渡邉とかげとの、「エアー卵焼き」(twitter)のダンスの楽しさ。教師の女の脳内にいる生徒を演じた土本燈子は明確にはっちゃけた前半の潑剌さが眩しい。

観ている最中に評判のテレビドラマ「Tシャツが乾くまで」を思い浮かべたワタシだけれど、それ行方不明の男と、待っている妻みたいな構図だからか、あるいは唐突に終盤、洗濯物を干すとか干さないとかのシーンがあるからか。

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2026.10.03

【芝居】「商人」シヅマ

2026.9.12 19:00 [CoRich]
シェイクスピアのベニスの商人の枠組みを元にシャイロックとアントニオウが友人だったという別視点へ転換して描くアーノルド・ウェスカー作の上演。ワタシは初見です。休憩10分をはさみ165分。

ベニスのゲットーで暮らすユダヤ人シャイロックは本が好きで友人アントニオウと共に時々会っては友好を深めている。 アントニオウの友人の息子が求婚のための金を借りたいと言ってくるが、引退間近で全ての財産を最後の貿易につぎ込んでおり手元の資金がなく、金貸しを営む友人であるシャイロックに金を借りる。シャイロックは友情に証文などいらないというが、アントウニオウは金貸しという商売なのだからと証文を交わす。 友情ゆえのふざけ半分で、金が返せなかった時には肉体1ポンドを渡すという。 アントニオウの船は到着せず、裁判が開かれる。 ユダヤ人がキリスト教徒に金を貸す時には契約は厳格に遂行されなければならないという決まりゆえに、二人の意思だけではもう契約を止めることはできない。

船底のように両側が湾曲してそそり立ったハーフパイプのような構造の装置。シェイクスピアの「ヴェニスの商人」では明確に悪者として描かれているユダヤ人のシャイロックだけれど、ユダヤ系の作家ウェスカーは注意深く物語に手を加え、シャイロックを教養と落ち着きのある人物にするばかりではなく、キリスト教徒の側のアントウニオウをその親友として描くという構造に変化させています。物語最大の対立点がなくなってしまうけれど、その外側に反ユダヤな差別主義者である若者たちを中心に、当時のユダヤ人が置かれたゲットーとキリスト教徒の住人たちの対立やそれを形にした法律の存在という構造ゆえに引き裂かれる友人たちの物語に変化させています。 元々の物語の枠組みを使いながら、まったく違う視点を与えるという意味でM.O.P.の「赤シャツ」や猫路一家の「ナツヤスミ語辞典」を思い出すワタシです。

知性ある女性によって実施が不可能となる裁判の判決は決してハッピーエンドではなく、命だけは助かったけれど、書物という生き甲斐を失ったシャイロック、あるいは知性を活躍させたけれど女性ゆえに限界も感じたポーシャが絶望し埋もれていくさまなど、ほろ苦い終幕に描いています。

この物語そのもののダイナミックな変化が楽しめるのが今作の最大の楽しさなのです。

シャイロックを演じた中田顕史郎は差別される側でも軽やかでバイタリティ溢れる人物の説得力。アントウニオウを演じた佐藤拓之がそれに巻き込まれるように親友であることが存分に描かれる前半は本当にたのしく、それゆえに後半での立場の変化がほんとうに深刻なのです。百花亜希を舞台で拝見するのはずいぶん久しぶりだけれど、溢れる知性と潑剌とした若者の格好良さが、それが押さえ込まれる終盤のコントラスト。 若者たちを演じた3人・牧凌平、小川哲也、岡田優がちょっと凄い。彼らは本当に楽しそうだしそれぞれの個性が豊かなのに、他への差別に何の躊躇もないということがむしろ現在のワタシたちの社会に地続きを感じさせます。

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2026.09.28

【芝居】「転校生は、かぐや」アナログスイッチ with 猿博打

2026.9.7 14:00 [CoRich]
アナログスイッチが2019年に初演の「バンブー・サマー」(未見)を改訂。猿博打の役者を交えてwithとタイトルにつけての上演。9月8日まで駅前劇場。130分。公演後になんと全編の簡易編集版を無料配信しています。

廃校になることが決まっている高校。男子ばかり5名のクラス。就職、進学、あるいは何をしたいか決められない生徒たちに夏休みがやってくる。夏休み直前だというのに女子と男子の転校生がやってくる。夏祭りに誘われた女は、それぞれに条件として喜怒哀楽などの感情を教えてほしいという。やがて、彼らは月からやってきた人々で、いつか月に戻らなくてはならないことがわかる。

高校三年生の夏休みになり、夏休みが終わるまでのわずかなあいだの若者たちの物語に、月に帰らなければならない人を取り巻く竹取物語を重ね合わせます。高校三年生たちにとっても進路の分岐点で、もうこれで会えなくなるかもしれないという分岐点のタイムリミットを刻んでいるという重なり。さらに、月に戻らなかったとしても永遠に近い命をもって生き続けなければならないという物語が加わることで、まだホンの少ししか生きていない高校生たちの騒々しいまでの眩しさが対比して感じられるのです。

月から来た転校生の男女、カグヤを演じた村上弦はこの世のモノではない凛とした雰囲気を終盤でちょっと崩す造型が印象的。とりわけ終幕、カグヤの背景に大きな月が投影されるシーンは決め所の格好良さ。カグスケを演じた辛嶋慶はその背の高さゆえに登場では異人な感じから早々に馴染んでコミックリリーフ的な面白さ。進路を決められなかった生徒を演じた藤木陽一は見守る感じから終幕、なるほど進路を決めるというジュブナイルな物語の結末をしっかり背負うちから。

夏休みの高校生という話だからかどうか、観ているときに唐突に「ナツヤスミ語辞典」(1)を思い出すワタシです。

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2026.09.24

【芝居】「同じ穴のムジナ」オーガミッツ

2026.9.4 19:00 [CoRich]
メガネ、O型、娘持ちという共通点のオジサン三人、役者の瓜生和成(小松台東)、近藤強(青年団)と作演の本橋龍(ウンゲツィーファ)によるユニット(Oがみっつ)の旗揚げ公演。9月13日までシアター711。

地元の友人が死んだと聞き、葬儀に出るために郷里である山あいの町に20年ぶりに戻った男。別の友人に案内され、その双子の兄が働くコンビニは男が死んだ川岸にほど近いところにあり、話を聴く。酒を呑んでいたが、自分から川に入ったようで、「ムジナに化かされた」のではないかという。

基本的には郷里を久々に訪れた男を一人の役者(近藤強)が、彼が出会う地元の友人たちや、タクシーやバスの運転手や果ては死体に至るまでもう一人の役者(瓜生和成)が演じるという構成。まるで「ムジナに化かされた」ように鮮やかに、時にコミカルに一人称視点で進む物語。 この男、昔の記憶があいまいになっているけれど、物語が進むにつれて、かつてはいじめる、いじめられるの関係があって、帰ってきた男や死んだ男はいじめる側、案内してくれた男やその双子の兄はいじめられていた側というカーストであったこと、弟の方は兄を裏切る形で、いじめる側に取り入ろうとしてきたことなどが見えてきます。

過去の引っかかりを軸にした「不思議な物語」なのだけれど、これを二人芝居で濃密に描く構造こそが今作の強み。少ない役者が衣装や声色、会話に滲む関係性から様々な人物に変化していくこと、舞台中央に据えられたベンチ状の物体を舞台上で回転させることで乗用車の運転席と助手席、バスの長い車体、あるいは船、果ては棺が置かれた台などさまざまなものに見立てることなど、「見立て」によって観客と舞台の共犯関係をさまざまに変化させ、ときに逆手に取って物語を進めることで、映像ではなく、舞台だからこそ成立する空間を作り上げるのです。

決して明るく快活な人間の物語ではなく、過去の消し去れないこと、蓋をして見て見ぬふりをしてきたことが、たった一度地元に戻ってしまったがためにぶあっと吹き出してしまう感覚は、年を重ねてからではなかなかにハードです。きっかけとなった友人の死がそこにリンクしていて、自分が次のターゲットかもしれないと思う感覚はホラーでもあります。

久しぶりに帰った男を演じた近藤強は重要な序盤での一人称視点の安定感。もしかしたら過去にいじめた側かもしれないな、というやや強面の説得力。それ以外の役をほぼ一人で担った瓜生和成は序盤で演じた死体から、地元のさまざまな友人たち、果ては元同級生の風俗嬢などダイナミックレンジが広いことに驚き、終盤の早替えも楽しく。

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2026.09.14

【芝居】「VISITORS」THE ROB CARLTON

2026.8.28 19:30 [CoRich]
二人組のユニット、ロブカールトンの新作。二人芝居だけれど四役ある90分。8月30日までユーロライブ。そのあと大阪。

政界を引退した男の家にその力を借りようと三人がそれぞれ訪れる。 真面目な男、策士、女だからまだ早いと言われ禍根を残す女。誰に肩入れするわけにもいかないと考える男は距離を取ろうとするが、三人はその力が欲しくて訪問してくる。果たして、三者のパワーバランスは拮抗し、この男が選ばれる一人を決めることになる。

迎える男を一人の役者が、訪れる三人を一人の役者が、という構成。三人は選ばれるために贈り物をしたり、ツーショットを撮ってSNSに投稿したり、とあの手この手でこのチカラを使おうとするけれど、男は三人の誰にも肩入れしないようにという想いのあまり三人の区別がつかなくなってくるのが物語の軸。顔が描かれていないコケシや同じ瓶に入れられたスコッチとバーボンとルイボスティーなど区別しづらいものを散りばめつつ、三人との会話をみせてからの終盤、自分一人が全てのキャスティングボートを握ってしまった男はそれぞれに話をしょうとするけれど、手違いがあって三人が同時に訪れてしまうのがクライマックス。

役者が早変わりであり得ない速度で役を替える奇跡と言えば発砲B-ZIN(どの演目だっけ)を思い浮かべるけれど、こちらは二人芝居、なるほど、出落ちに近いやり方だけれど力技でねじ伏せる感じ。ああ、序盤から普通に見えることを積み重ねてこのゴールにして積み重ねて来たのだという意味ではシベリア少女鉄道「耳をすませば」を想起させたりもします。

正直に云えば、これまで観てきた二本( 1, 2) の会話による圧倒的な喜劇というよりは、三人の見分けがつかなくなるという構造の面白さだということに、観劇後だいぶ経ってから思い至るワタシです。

一階のトークライブ主体のLoft9は何度も通っていますが、二階のユーロライブは初めてです。映画館でもあったこの場所のふかふかの椅子は大きな劇場でもそうそうなくて、圧倒的な快適さ。いわゆる小劇場演劇向けの劇場でこの快適さは望むべくもないけれど選択肢の一つとして(公演主体に)選んで欲しい劇場なのです。

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2026.09.13

【芝居】「パレイドリア」第三舞台2026(サードステージ)

2026.8.26 18:30 [CoRich]
2021年に解散した第三舞台の、2026年で集まれる人々で、という新作。8月30日までの紀伊國屋ホールの後半公演に滑り込めました。そのあと大阪・サンケイホールプリーゼ、新潟県民会館大ホール、作家の故郷・新居浜市市民文化センター大ホール、北九州芸術劇場大ホール。125分。

大学のボランティアサークルで児童館で上演するはずだった公演は、あるきっかけで中止になっていた。
年齢を重ねたメンバーのところに、かつてのリーダーが現れあのときの芝居をもう一度児童館で上演しようと持ちかける男は、認知症と診断されていた。選挙に出ようとしている女、人からは距離を取りおだやかに歳を重ねている男、亡き夫の記憶に生きる女たち、若者たちは巻き込まれ、しかし上演は行われることになる。リーダーの男は中止となった理由を忘れているようで、新しい公演をすることを全力で頑張っている。

年齢を重ねた作家と役者に重なるように、社会的な地位がついてきたり、仕舞い方を考えていたり、愛する人を失っていたり、更には認知症という老いに直面していたりという人々。そこに若い頃の熱意で物語を駆動しつつ「残してきたこと」を再び思い出し、考えること。この年齢になったから直面することを存分に盛り込んでいて、なるほど白髪が目立つワタシからもう少し上ぐらいの世代までを紀伊國屋ホールに呼ぶ劇団の年齢ということを感じるのです。

第三舞台については、96年の「朝日」から終盤のホンの少しの時代しか観られていないワタシです。それでも大高洋夫が(いろんな意味で)ぼけ、小須田康人が穏やかにしかし内包する気力を漲らせ、長野里美が軽快さとシリアスのコントラストを際立たせ、山下裕子が気丈でしかし弱さも併せ持つ、あああの時の感じと思うのです。彼らの丁々発止の距離感を生で見られる楽しさ。彼らの間に確かに存在していたはずなのにぽっかりと空いた穴のように不在であるモモコは岩谷真哉(未見だけれど)を感じたりもします。

上演しようとしていた物語は桃太郎で、それはイマドキのコンプラ的に男女の役割を固定化したり伝聞で退治するなんてことが許されるのかとか武力での解決が正しいのかと思案するのはコミカルに楽しく。亡くなった夫をAI化してそのタコツボにはまり込んでいる感じはコミカルだけれどこれからワタシたちが直面するという意味で深刻でファントムペインのようでもあり、ミヨコのようでもありと、過去の第三舞台の物語を思い出すのです。

対する若者たちの物語は基本的には巻き込まれ側で、カルトやAIといったイマドキの要素を物語に繋げます。劇中劇として立ち上がる桃太郎の中では彼らは圧倒的に格好良くて、さすがにこれは年齢の差をはっきりとみせつけるのです。亡くなった夫を演じた渡辺芳博はその中間世代でそこを繋ぐ感じでもあります。

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2026.09.07

【芝居】「隔たる」JACROW

2026.8.11 13:00 [CoRich]
JACROWが久々に企業や政治でない題材での130分。ワタシの観た回は終演後にこの未決囚の男の心情の変化を一人芝居10分が。8月12日までシアタートップス。そのあと京都。

沖縄で生まれ女手ひとつで育てられた女は、戸籍がなく母親の渡米に同行することが出来なかった。自力で私生児の認定、戸籍、米永住権を手にするがたまたま手にしたベストセラーを目にして、連続殺人犯である筆者に惹かれる。やがて文通を始め、獄中にいるまま結婚する。

日本を震撼させた、とはいうけれどワタシは余り詳しくは知らなかった1968年(なんせ一歳だ)の連続殺人事件の犯人、永山則夫とその著作に触れ結婚した女をに二人の母親などを含めて生い立ちや背景、更に被害者家族たちとの向き合い方、法廷での裁判の進め方、雑誌記者に代表される世間の目などを交えて描きます。中央に回転する壁を置き「隔てる」ことを印象的に描きます。終盤の花咲かじいさんの童話が好きだったというところからの散骨というのも美しい。

沖縄で私生児として生まれた女はパワフルに戸籍や永住権を手に入れ更には殺人犯の未決囚との獄中結婚を選び取るという波瀾万丈。あかるくパワフルで選び取り前に進むチカラこそがこの物語の駆動力なのですが、演じた宮越麻里杏は印象的に演じます。ハーフであるという設定だけれど、意外にそう見えるもんだ、というのも新たな発見。未決囚は国の教育と経済の格差こそが自分のような弱者を作り出すという「左翼にかぶれた」主張を持つベストセラーの作家。高裁で一度は勝ち取った無期懲役を差し戻しにより再び死刑の判決となる絶望感。演じた小平伸一郎は、真面目なインテリという風情をきっちり。女から突然申し込まれる結婚の戸惑いのコミカルさもとてもよいのです。二人の「毒親」を演じた水野あやのヒールとしての凄みは印象に残ります。弁護士を演じた狩野和馬は対してヒーローで本当に正義の味方と言った感じの安心感。

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