2009.07.10

速報→「向日葵と夕凪」七里ガ浜オールスターズ

2009.7.10 20:00

海の見えるバーらしい店。同僚の美術教師だった地域の有名人の葬儀から戻ってきた元教師の男。教え子の男も現れ久しぶりの再会を喜ぶ。もう一人の教え子の女、亡くなった男の娘も姿を見せて。

アタシは未見。98年から99年ぐらいに上演されたようです。女性二人はP.E.C.T.でツアーまで組んで上演したままのキャストなのだといいます。初演されたのだという湘南の小さなカフェレストランの雰囲気(アタシは別の芝居で行っています)あるいは、直接関係ないけれど、湘南の海沿いにある小さな店や夕暮れ近い時間の雰囲気、あるいは初演での役者たちに想いを馳せ、自分の中での補完が、アタシの気持ちをより盛り上げるのです。

でてくる四人の、寄せ木細工のように密接にあちこち結びつく感じは都合がよすぎると言えばたしかにそうなのだけど、ネットで少々ググった初演の時の作家の言葉によれば、「意識的に情緒よりにしている」というのはたしかにそう。わずか60分をほどよい密度できっちりと物語る空気のなかにほろ酔いの気分で浸るのは至福の時間なのです。アタシはこの女優ふたりが、同じ舞台に居ることを目撃できたことが本当に嬉しい。

ネタバレかも

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2009.07.06

速報→「スメル」キリンバズウカ

2009.7.5 19:30

キリンバズウカの東京2回目公演。100分。12日まで王子小劇場。

定職につかず納税もしていない地方出身者を出身地に戻すという「東京都永住禁止条例」。東京に残りたい若者がその名目のために清掃ボランティアを行っている、いわゆるゴミ屋敷。一人暮らしの老女だと思われていたが、20年ぶりの帰宅だと娘を名乗る女が現れる。

頼られ続けたいと思う母親という役割。少々突飛とも思える設定だけれども、実に丁寧に描きます。東京に居続けたい若者と独居老人のある種の共生の姿を舞台に、長い間会っていない母と娘の踏み込めない関係を軸に物語は進みます。共生は少々暴走する感もある幕切れですが、物語の主軸というよりは余談ぽい書き込まれ方で、母を描くということに作家の主軸はあるのでしょう。

東京ではないけれど地方出身というのでもないアタシには、チラシにある「上京すること」の想いのようなものは今ひとつ実感をもてませんが、それでも物語の枠組みとなる「永住禁止条例」というのは中国での農民の扱いのようなある種の差別的政策を持ってくるのは、ちょっと面白い感じがします。

娘を演じた黒岩三佳のクールさと、母を演じた稲川美代子の頑固さのようなものの対峙する舞台はスリリングできちんとした緊張感。物語の要請する母娘の関係を雰囲気からも描き出していて印象的です。わがままを許してくれという娘に対する母親のたった一言の返事はものすごく難しい台詞なのだけど、ちょっと凄い。

少し泣いて、日常に戻るという母親の描き方、アタシの母親にも少し思い当たる感じがあって、気持ちを揺らします。平日昼間に設定している作家の母親を呼んでのトークショー、ちょっと見たい気もします。

古い日本家屋風で下手にはゴミ屋敷を象徴するようなオブジェのようなもの。舞台奥には庭に面した格子状の引き戸。引き戸部分を横の格子に、戸袋部分を縦の格子にするというシンプルな作りなのだけど、実に美しくて印象的です。陰になる部分は少ない舞台ですが、役者の表情を漏らさず見ようと想うのならば、中央によった部分をおすすめ。

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速報→「GOOD DESIGN GIRL LOVES ART!」ITO SHINTARO IS A NICE STALKER

2009.7.5 16:00

チャリT企画の伊藤伸太朗の企画公演。女優を山ほど呼んで謎解きめいたしかけも用意しての65分。5日までルデコ5。

■#1「病室の友達」
小学生のイトウローラ、同級生の女の子の見舞いに病院に行く。深刻な病気ではないのだけれど、一方的に想いを寄せて、ついには彼女が見たいと言っていた河童までつれてきて。
■#6「罰当たり」
大学生の彼女と一緒に住んでいる。 自分の書いた日記を読んでいる彼女に自分の書いてる日記が作品のガイダンスになっていくのだという話を始めて。 ■#3「宇宙には行けない」
中学生のイトウロウーラ。夏、従姉妹と一緒に海で遊ぼうという日、同級生でちょっと不思議なことばかり喋っている女の子の家の地下室で。外にはゾンビが迫ってきていて。

イトウローラなる謎の芸術家の死因は何かを謎解きするという「試験」をおこなうという趣向。3バージョン各3話なので、9つの話からなるのだけど、あたしはこのBバージョンだけ。 実際のところ、これをみただけではとっかかりが少なすぎて、謎解きしようという気にすらならないところはあります。見ていないので断言できませんが、全バージョンを見てもあまり変わらない気がします。

なんていう評判を聞いていたからかどうか、最初からそういう気持ちを放棄して観始めたのがよかったのか、女優をめぐる妄想短編が楽しい。ストーカーもどきだったり女の子が取り合いになったりという作家というか主演男の暴走する妄想を短編にまとめた感じ。ロリ趣味だったり、プチエロだったり、キャットファイトもどきだったりと、言葉だけ聞いているとエロ全面だけど、観ている最中はそんな感じではなくて、むしろ気持ち悪いほど「モテモテになる自分」のいわゆる中2妄想が全開な感じで、これはこれでアリだと思うのです。

ハマカワフミエと帯金ゆかりの出演する#3が、みょうなコスプレっぽくて、ばかばかしさの表面と、「シュレーディンガーの猫」を「確かめて見るまでは結果が確定せず不確実のまま残る」恋愛の話に写しているのがちょっとおもしろい。

気持ち悪いストーカーもどきの暴走する想いと、それでも彼が好きでたまらない女の話の#1はまさに「ストーカー」っぽい話で、序盤らしい。

サイトを作ったり、そのチラシをセブンイレブンのネットプリントで配ろうとしたりと、さまざまな試みの心意気はとても好きな感じ。楽しめるバランスかというと微妙なところですが、それはやっていけばすむこと。ネットがある昨今、むしろこういう遊び心が減っている感じがある昨今、これには乗りたいなぁとおもったりもするのです。

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2009.07.05

速報→「7の椅子 5」7の椅子

2009.7.4 19:30

同じタイトルのまま公演を続けるナナイスの新作。5日までメガバックスシアター。「空耳」をキーワードに短編アソートで105分。

卒業して7年目の山の合宿所。去年亡くなった友人たちを悼むために大学の同級生が集まったかに見えたが「空耳1」
車で買い物に出かけた妻が轢いて自宅まで連れ帰ってきてしまった男は、身代金誘拐の金を取ってきた男だった「空耳2」
ホテルのバックヤード。今晩開かれる高名な画家の新作発表だが、その絵が見つからない。そこに現れたのは解決できない問題はないという「空耳3」

それぞれに「聞こえないはずのものが聞こえる」「聞こえない振り」「タモリ倶楽部のコーナー」というタイトルを冒頭に。その言葉に違わないように作られて、カラーの全く異なる3編。最近のナナイスではわりと1本目のような笑い少な目テイストが増えている感じですが、今作ではいちばんの爆笑編を2本目に、3本目もわりと笑い多め。笑いの多い芝居を巧い役者、とナナイスを認識してるアタシにはむしろ何かの馬鹿力のような後半に向けての配列が楽しい。

「1」 同級生といえば仲がいい、というステロタイプを徐々に崩していく感覚は良くも悪くもちょっと気持ちに引っかかります。笑い少なめ、悪い人多かったりキリキリと来そうな感じはしっかりした場所を作る力。山本亜希はこの手の悩める女をやらせると巧い。

「2」 井口千穗の表情で作る「聞こえないふり」芝居が圧巻で印象的。そのカウンターパートにある山口ななも無茶な物語から振り落とされることなくきっちり。物語というよりはくだらない(これが重要なのだ)ワンアイディアを役者たちがねじ伏せ、圧延し、組み上げている感じでコントっぽさがわりと全面に出ているけれど、役者の魅力というだけでなく、言葉の細かい共感できる感じがアタシにはまります。まあ、巧い役者の爆笑編というだけで魅力は十分あるわけですが。

「3」 空耳アワー、というのはアタシも大好きなテレビ番組なのだけど、そのスピリットできっちり組み立てる終盤はちょっといい雰囲気でまとまりもいいのです。途中のドタバタのコミカルさは破壊力という点では2には見劣りするものの、3本全体の最後に置くことでまとまりがいい印象になっていMASU 。ここでも井口千穂の胡散臭いキャラクタが全開で楽しい。

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速報→「UNO:R」アップフロントエージェンシー

2009.7.4 15:00

メロン記念日が定期的に続ける小劇場規模での公演。新たに空間ゼリーの坪田文(作)・深寅芥(演出)を迎えての90分。5日までシアターグリーンBIG TREE。

なにも派手な物はない町。大雨の同窓会の夜。担任だった男は小さな喫茶店を開いて地元に居たが顔を出すことができなかった。二次会には行かず担任を慕ってあつまった仲良しの3人に、同窓会にはやはりいけなかった東京で暮らす同級生があつまる。

ファミリードラマっぽさを中心に据えた「かば」のシリーズ(1)に比べると、過去に刺さった太い棘を巡る、静かで暗い語りを中心とした構成。ある「事件」をめぐっての4人の一人語りは、いわゆるアイドル芝居ではないある種の挑戦を感じます。思いいれがこれぽちもないアタシですら、その落差に最初は戸惑いますが、主演の彼女たちに向かってするするとしっかり収束していきます。

おそらくはメロン記念日の彼女たちには、普段からそれぞれに与えられたキャラクタがあるのだと推測しますが、柴田あゆみはこの物語の中では異質のキャラクタで、馴染んでいない、ということもできましょうが、この舞台の中では首尾一貫して緩急を与えていて、むしろアタシにはガイドのよう。

物語はというと、わりと早い段階で構造は見えてしまいます。複雑さよりは後半一本しかない物語の上を慎重に歩くということこそが、作家にとっても役者たちにとっても挑戦なのだろうと思うのです。

元担任を演じた成川知也は慕われる一方、なんてちょっとうらやましく感じるのは年代の近いおやじ故の感想。妻を演じた平田暁子(年年有魚から一ヶ月でここまで)の少々コミカルさも含めて夫婦という形で「場所」を作ります。 女子高生を演じた空ゼ・西田愛季は主演四人に対峙しなければならない役をしっかり。終盤のコミカルさとの落差を付けた意図は今ひとつ見えませんが、アタシには見慣れた感じの安心感。

まあ、アイドルのイベントな上に三回回しなので仕方ないのですが終演後さっさと出て行けという態度なのはどうなんだろうなぁ。もうちょっと言い方ってものがあるんじゃないかと、思い入れがないアタシは思うのですが。

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2009.06.29

速報→「15 MINUTES MADE VOLUME6」Mrs.fictions

2009.6.28 18:00

Mrs.fictionsによるショーケースイベント。安定した感は新発見より他で評判のいい劇団を集める方向に転換したとも云えるけど、だからといって圧倒的な強さという分けじゃないところが難しい15分の魔物。「おわりの会」イベント、途中休憩10分を挟んで150分。28日までシアターグリーンBOXinBOX。

■【ボーイ・ミーツ・ガール】ロロ

101人目の女の子は、突然告白してきた。東京には殺人鬼が跋扈し、元カノのことも思い出して。

ごく静かな会話劇かと思えばさにあらず、屋台崩しのようなコミカルいっぱいの。どうにもならない、好きだと思う気持ちをローションプロレスので、というのはまあ表現ではあるけれど、芝居なのか、これ。とか。

■【パーフェクト】掘出者

突然母親だと名乗るおんながやってきた。自分よりも年下の女なのに母親なのだと言い張るのは理由があって。

母親だから無条件に愛情もてないというのがベース。愛さなきゃいけないという縛る気持ちはあるけれど、近づけない。ワンアイディアとしてはちょっといい視点。それで押し切るには15分は少々長い印象。

■【隣人と祝福】26.25団

隣に住むイケメンの大学生に恋をした冴えない女、となりの音を聞きながらそれに会わせて生活をするほどに恋い焦がれる。いよいよお近づきになろうかというタイミングを図るが。

隣人の生活音に合わせて生活する、なんてネタがちょっと面白い。普段は作演に徹する杉田鮎味の挙動不審女はいわゆるオイシイ役だけれども、圧巻で場をさらいます。両親のビデオメッセージの恥ずかしい感じも面白いけれど、それが終幕でいい味に変化。タイトルの「祝福」は恋に恋する自意識からの卒業かと思ったり思わなかったり。

■【遊ぶ金が欲しかった】バナナ学園純情乙女組

同級生の友人を殺した女、バックについている暴力団はこの不良グループのバックについているが、彼らからの資金が切れることを恐れ隠し通すことを強いられ。

彼らの得意な再演作。「おはぎライブ」を封印し物語り中心に構成したのが功を奏して濃密な15分に。最初の二言三言で速度には慣れるけれど、そこが「よれる」ような感じで実に聞き取りにくいのはこの濃縮の弱点。

■【早く行け】ワワフラミンゴ

正直に言って、物語を捕らえるのはほとんど無理。偽金を口に含んでより分ける仕事、美味しいと思うものを固めて団子にして山に登る話とか、歯磨き粉なんて嫌いな女二人とか、ここは家なのか、でもあれは入り口じゃないとか、結婚するから三角パンツを穿かなきゃと告白するがみんなそうだとか。とりとめない話でころころと笑うオンナノコたちの会話を耳そばだて聴いてる楽しさ。

普段ならば物語を拠り所にしたいアタシなのだけど、こういう空気はクスクスと楽しい。人には勧めづらいのだけど、好きだと思ってくれる人なら友達になれそう感というのは、たとえばトリのマークとかかつてのベタポに近い感覚なのです。

「アタシのウエストこんなもんじゃないよ、まだまだ締められるよ」が爆発的に受ける空気も楽しい。

■【まわる。】Mrs.fictions

神様と呼ばれる男。神様の視界の端には立ち飲み屋で会話している男たちの会話が見えていて。その男の恋人だという女が神様に会いに来て、神様は恋していて。

道具立てのおもしろさ。反面二つある場所で同時多発の会話というのは聞き取りづらいだけであまり巧く機能していない感じなのは惜しい。

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速報「鳥の飛ぶ高さ」青年団

2009.6.28 14:00

青年団の日仏交流企画のプロジェクト。7時間だという初演の超短縮版をさらに日本の企業に置き換えた翻案版2時間20分。京都のあと、28日までシアタートラム。

日本の中堅便器製造会社。社運をかけた新製品の売り上げもふるわず、外資メーカーの攻勢が厳しく、買収の危機にさらされている。たたき上げの二代目社長が倒れ、次男がその路線を継承しようとしたが、銀行はフランス帰りの長男を社長とすることを融資の条件とした。フランス人コンサルタントが乗り込んできて...

売り上げ低迷とか外資とか、イマドキのサラリーマンならばまるで客観できないようなネタのオンパレード。翻案されているとはいえ、1970年にかかれたのだという元の戯曲が少なくとも現在のアタシの気持ちには身につまされる感。日本の神話やルアンダの虐殺、果ては社内抗争をめぐる色恋沙汰に至るまでさまざまな対立・融合というか包含のプロセスを少々コミカルに、しかし戯画的ではありながらも今の日本に居るアタシに実感を感じさせるのです。もちろん人によってとらえ方は違うでしょう。

外国人が演じ、外国企業の話とすること、ぎゅっと圧縮していることで、作演の意図は今一つとらえづらいところもあります。愚直に見れば、取り込まれるプロセスの泣き笑いを俯瞰して描き出しているともいえるのだけど、フランス人コンサルタントやブレストのある種の万能感を成功のプロセスとして描いているようにも見えるし、逆に少々胡散臭く描いているようにも見えます。アタシはむしろ劇中追われる側の次男に近く、この種の手法に真っ先にいかがわしさを感じてしまうバイアスをかけて見てしまいがちなのですっきりしない感じは残ります。もちろん経営者たるもの、外部の視点はほしくなるものだし、そうあるべきだとは思うのだけど。

反面、人間はまるで書き割りのような「役割」に徹して描かれているような感じがあって、個人として生きて立ち上がってきている感じではありません。葛藤があっても「そういう属性」として描かれている感じがします。それがフランス風なのか、経済戯曲なるものの語り口なのは、はたまた作演の個性なのかはいまひとつわかりません。

でも、チラシにあるとおり、「経済戯曲」という側面は確かにあって、 違和感を感じたとしても、おそらくはそこら中で起きていることをリアリティを持ってしかしデフォルメして、そのまま見せているというところはあって、それをいいとか悪いとか作家の見方がどうとかいうこと自体が無意味だという気がしないでもないのですが。

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速報→「くすり(^^)フィンガー」Cappa

2009.6.27 14:00

恋文酒場、という実在する居酒屋に集う役者たちの旗揚げ公演。らしく、その酒場で働く人々を120分。29日まで駅前劇場。

アラスカに旅立つ男の壮行会。居酒屋で働いている仲間が送る。隣には女性二人が最近越してきて。大事にしまった筈のパスポートも餞別も翌朝行こうとしたらなくて、ほかの仲間に顔向け出来ないと、押し入れに隠れてしまう。その押し入れで発見した昔の日記には隣を覗く穴から見えた女の話が。

そうそうたる役者をそろえて、と思えば脇を固める側にまわし、若い役者を中心とした構成。夫婦だの結婚だの恋人だの、相手に踏み出せないだのの物語。ポップなセットや、大音量など、懐かしさすらな感じではあって、物語はベタに感じるのだけど丁寧に紡いでいる物語なのです。正直に言えば喰い足りなさ、というところはあるのだけど、若い役者でこういうまっすぐな物語を運ぶのは、意外に少ない感じの昨今、大切なこと。ならば演出の意図は正しく機能していると思うのです。

劇中でラフカットのチラシをそのまま配るのは、観客から見るとファンタジーっぽさも含めて物語のなかに入ったのに、急に現実に戻ってしまう番宣番組のような感じがして違和感。関西から来た、という設定の三人の会話がどこまで自然かはわかりませんが、なじみやすい感じがして見目の美しさ含めて楽しめる感じ。

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2009.06.22

速報→「空耳タワー」クロムモリブデン

2009.6.21 17:30

20周年を迎えるクロモリの新作、千秋楽。90分。

息子が女友達を刺して家に戻る母親は知恵を授けて瀕死の彼女を助けて家に幽閉しようと考える。息子は携帯電話を拾っていて、犯人をでっち上げる証拠にしようと警察に提出する。犯人とされた男のアリバイはふらりと入ったという神田駅の薄暗い場所で公演していた芝居、「空豆タワー」のあらすじを説明できるかにかかっていた。それを捜査する女刑事、署長。

荒唐無稽なベースはあるものの、きちんきちんと物語を積み上げて追っていったり、終盤もきちんと収束させていく感じになっているのは実に大人といえば大人の赤坂風味。やんちゃ度合いとか空間制圧とか大爆音とかという点では体温下がっている気もしますが、実にみやすくて物語を追える感じになっているのは広範囲の観客にリーチするような力を感じさせます。

音を重視する作演らしく、序盤は耳に心地いいリズムが続きます。会話の横で繰り返されるような単語は確かに頭の中に響くような感じがあって、台詞のおもしろさもさることながら、頭の中でリズムがずっとなっているようなグルーブ感。いままでは音楽だったり、あるいは一人の台詞のリズムだったものが、なにか重層的な感じに厚みが出来ていて。このリズム感こそが彼らの持ち味だと思うのです。

「お芝居」から派生して オシビーなる丸と三角と四角からなるオブジェのようなキカイで役者の演技を数値化するというネタがちょっと面白い。そのキカイはあたしたちを幸せにするかというのは別の問題だけどちょっといい。演劇をネタにする芝居は数あれど、内輪感に落ちないのも突き抜けてたりバランスがよかったりするのだなぁと思うのです。 観劇マニアを揶揄する台詞にちょっと後ろ指感もありますが、それも十分笑えておかしい。うあ、どんなネタだっけと思い出せない...。

終盤で音楽だけで無言のシーンが連なります。銃が次々と撃たれ人が死にという絶望感一杯に落とし込むかと思えばさにあらず。三つのオシビーに光があたり、セールスの女が祈るような身振りをすると、同じシーンなのに人は死なず、幸せになっていくような終幕に。クロムらしくないといえばそうだけど、現実がこんだけ悲惨ならば、これもありだよなぁと思わせるのです。

すのこ風の板でカウンターのような隠れ場所を作り、そこから上下しながらの出捌けを徹底するのも印象的。特に後半の「撃たれる」シーンではまるで射的の的のようでものすごい効果があります。

なまいき小娘を演じた渡邉とかげ、短絡青年を演じた久保貫太郎に飛躍的な成長を感じさせます。木村美月は公演を重ねるたびに若返っていくような感じ。色気一杯であたしは楽しい。 板倉チヒロのドラッグクイーンぽいのは楽しい。抑え気味の森下亮は新しい感じ。金沢涼恵は上品さを感じさせる役、意外に(失礼だ>あたし)似合う。

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速報→「ヨシザキ、カク語リキ」バジリコFバジオ

2009.6.21 15:00

人形を遣う劇団、バジリコの新作。人気の作家ピチチ5の福原光則の原作で。28日まで劇場MOMO。劇団サイトの道順動画が楽しい。

万引きに悩む100円ショップの店長。独立を考えて貯金をしていたが、妻の父が犯罪を犯し刑務所に入れられ計画はおじゃんとなる。ある日、バイトの男が追いかけた万引き犯は、バイトが高校生のころの転校先の女教師だった。

人形劇との融合のようなことをやっている彼らなのだけど、造形も操作もかなり凝っているのは変わらず。幕で隠す普通のスタイルのほかに、役者にくくりつけて支えながらというのはちょっと凄くてスピーディ。こういうの子供が見たら熱狂するか熱を出すんじゃないか、という迫力があります。 確かにほかのどこにもない感じの舞台。人形を操るというのはキャッチーで印象に残ります。

今作に関して云えば、物語は日常の延長から始まるのだけど、自在に時間も空間も飛びこえていきます。でも、強さのあるシーンもあって。あたしが好きなのは高校生の頃のイケてない男たちの鬱屈した感じのシーン。魚と王子の唐突な人形劇に??となるけれど、それもちゃんと回収されます。転校生が最初に入るグループが重要で、イケてないところに入るより人気者に近づいた方が得策で、そんな感情をイケてないグループの少年たちがちゃんと理解してアドバイスして送り出す、なんてのは一瞬泣きそうにすらなります。

かと思えば、牛丼太郎にまつわるシーンでの少々意地悪い見方とか、バイトと社員の、みたいなちょっと沁みる風味のシーンも。

山咲先生を演じ主宰も兼ねる木下実香が芝居でも圧巻。人形を操る表情から、パワフルなシーンが次々。吉田麻生は得意技の子供キャラで勝負しているので良くも悪くも安定。店長を演じた嶋村太一はものがたりの前半をきちんと支えます。

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2009.06.21

速報→「芍鸝(シャックリ)」乞局

2009.6.20 19:00

乞局の新作、少々混乱していきながら終盤でするすると収束する90分。駅前劇場。22日まで。

独立した国を作ったらしい会話のぎこちない人々。その創成のメンバーが第二期のメンバーを迎え入れる。その国の中央には便器があって、一人女が籠もっていて。

体温の低い会話から始まり出国とか入国とかの言葉から始まります。早く入ったわりに当日パンフを読まなかったアタシは、ホームレスの話だということをわからずに観ていたので微妙に混乱したりしながら。でも終盤に至りするすると収束しますから大きな問題ではありません。チラシの説明だともっと適切で、公園に居るホームレス、隔絶した生活はやがて自分たちが独立した国の住人であるかのような錯覚を生み、自らを神だと言い始めるが、すべてを背負う中心にはならない。そこにすっぽりとはまり込んだ女、という構造。

OLらしいベージュのスーツの女が何人かでてくるあたりでも微妙に混乱しますが、観ていると、一人の女が内面で自省とか混乱していたり、あるいは若い頃はあんなにすてきだったのに今は、というようなある種の幻滅などの一人の中を「分身」として見せるやりかたは混乱させるものではあります。でも、作家が女性に対して抱く距離感と崇拝感とがない交ぜになったような見え方が濃縮されて現れているような気がして、面白いのです。特に夫婦の会話は作演を兼ねる下西啓正が圧巻ですが、同時に女性に対して触れたいかどうか、という微妙な距離感。それでも当日パンフで子供が云々とかいていますから、それはそれ、なのですが。

ホームレスたちの方の見え方はそれに比べると人数が多い分だけ薄味になってしまっているような印象はありますが、「観客」に向かっての謝罪の嘘くささといったらなくて印象に残ります。

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速報→「一人オリンピック~千の仮面をもつ女」高木珠里ひとり芝居

2009.6.20 15:00

高木珠里の一人芝居企画。千の仮面と題しての75分。29日までリトルモア地下。

魔法が使えなくなった少女。町ではパフォーマンス・オブ・チェアなる芸をする芸人と弟子の歌が流行り、事件が多発して世界は最後に向かっていったかに見える。少女は世界を助けられる、のか。

短いビデオを挟みながらも基本的には一本の筋を持ちさまざまな人物を演じるスタイル。少々大げさにデフォルメした演技が特徴なのだけど、やはり圧巻なのはその声なのです。老婆老人から少女までさまざま自在に行き来するのです。blogに芸人が好き、みたいなことを書くだけあってインパクト勝負の老人やらが目を引きますが、後半に登場する恋する少女と老いた女歌手というのがあたしにはツボだったりします。

時間を飛び越えてみたり、巨大化してみたりと支離滅裂さ加減の物語はブルースカイ風でアタシは懐かしくも楽しい。笑いという点では薄い感じもしますが、それでも、この濃ゆい演技をこの狭い空間ですから、1時間も観れば相当におなかいっぱいで、アタシは満足なのです。

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2009.06.16

速報→「例えば、皮膚」コマツ企画(孤天)

2009.6.14 15:00

コマツ企画の俳優・川島潤哉による一人芝居企画、出突っ張り80分。14日までRAFT。

向き合って四人組で議論し結論を出す男たち、テレビ番組で牛乳パック葉書アートを語り観客の質問に答える男や司会。胡弓を語る男、女を口説く男はどこか胡散臭く端々に組織が見え隠れ、卒業式以来の同窓会で語る教師、忍者の里の市長就任した男に観光施策を提案にきた市民たち、町中で政治を語る大学サークルの男、40年ぶりに舞台に立つお笑い芸人・ヒノマルケンペイ。

一人芝居短編オムニバスかと思うとさにあらず。おそらくは「アートの男」の物語を中心に緩やかにつながったり、言葉がリンクしたりする形でまとまる80分。コマツ企画自体の経験が浅いアタシでも、一度観たら忘れないという高い罵りテンション芸風味で彩られたキャラクタたちオンパレード。

笑わせるところもたくさんあるけれど、脳内のバラバラさ加減を楽しむ感じもあって、まさにそういうドンぴしゃのネタもあるけど、これを一本の芝居でやってしまおうということを考えること自体、頭のなかどうなってんだろうという興味津々。それを演じきってしまうわけで、役者を囲んだ観客の真ん中という息の詰まりそうなこの閉塞した空間で走りきるのはたいしたもの。

四人の相談は理性や欲望やらを象徴する脳内相談風景だったり。アートな男は余裕を見せようとしているのに観客の矢継ぎ早の質問に逆ギレ風だったりと追いつめられていく風も楽しい。こういう個々のキャラクタもさることながら、終盤に向けてぐるぐると渦を巻きながら一つの世界に収斂していく(物語になるわけじゃない)のは不思議な中毒性があります。

アンケートの代わりに質問だろうが感想だろうがあるいは脚本だろうがなんでも答えちゃうアフターメールっていうのはちょっとおもしろい。たしかにこれで十分ってことはあるし、個人企画の規模ならば使い勝手がいい気もするのです。

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2009.06.14

速報「LOVE 2009 Obirin ver.」東京デスロック

2009.6.13 19:00

劇団名に「東京」って入ってるのに東京では公演しないと決めたデスロックのぎりぎり神奈川での公演。2007年上演版を改訂再演。桜美林大学の、駅横にある施設・プルヌスホールで14日まで。80分。

前半は徐々に人が集まり、座ったり立ったりということで会話を成立させていき、好意があったり喧嘩したり。そこにはコミュニティ。後半はデスロックらしい、繰り返し、音楽、踊る。

演出に力があることはわかっているのですが、テキストを頼りに物語が見たいと思うアタシには少々難しい感じだというのは初演と同じ印象。あのときのものすごく狭い空間のあのライブ感に比べると、観客から見るとだいぶ印象が異なる感じがします。予定されている青森公演の広さの方が初演に近い感じ。

座り、立ちということを繰り返して関係と会話の間だの領域を丁寧に埋めていく前半そこで関係は見えても物語を感じさせるまでにはこの枷はあまりに厳しいとも思うのです。 このシーケンスは実に興味深くて好きなのだけど、これで感動するとか泣くとかいう感じには至りません。でも、アタシの周囲には何人もそういう人がいて、終演後に学生らしい人々が、感動してる人とワケワカラナイという人とで会話してるのを聞いたりすると、そういう会話の「きっかけ」になる強度があると思うのです。その気持ちのギャップを感じるためにデスロックに通っているというところはあって自分でもこの奇妙な惹かれ方が妙だなぁと思いながらもついつい。

中盤にはデスロックが一時期よく見せていた、強烈に踊りつづけて、繰り返しというタイプのシーン。踊りのシーンにかんして云うと人間が汗をかいてくたくたになりながらそれでも動き続けるというのはそれだけである種の感動はしてしまうのです。たとえはとても悪いけれど、アタシが通うジムの人々でもスタジオでそれなりの時間動くと上気して綺麗に見えたりするというのは、俳優だけのことではありません。それを差し引いても、女優(いや俳優全般に対して)というのは魅力を醸すのだなぁとも思うのです。

仕草だけで関係が言葉が発せられ、アイサツになり、やがて相手の好みを聞くこと、それに同調していくというのは人類の進化の過程を見るような後半。言葉をよりどころにするアタシにはこちらの方がずっと迫ってくる感じ。ああ、恋愛ってそういうことだよね、というのはすっかり忘れてしまったなぁ、駄目だなアタシ、とか思いながら見ているわけですが。終盤に至り、それが叫びのようなもの、まるで恐竜の鳴き声のようになってしまうのは、言葉が言葉として機能しない一面がある「時代の今」な感じでもあって印象的。

とはいえ、自分が諸手をあげて大絶賛はしないのだけど、こういうのが好きな人が結構居るという事実と理由を確かめるためにまた観てしまうという感じはあります。もっと濃密な空間であるグリーンパーク公演に行く、なんて声も聞こえてきて、確かにあの場所で見たいなとは思いつつ、んー。

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速報→「リサイクルショップ『KOBITO』」ハイバイ

2009.6.13 14:30

ハイバイの新作は、リサイクルショップに集うおばちゃんたちの、でも実はとても優しい視点の物語。110分。16日までこまばアゴラ劇場。

リサイクルショップに集まる、いわゆるおばちゃんたち。その中の一人の娘をつれてきて、自分たちで芝居をして見せよう、という企み。無理矢理のように見せることにはなるが、所詮素人で、人の話を聞かないうえにぐちゃぐちゃ。娘は帰ろうとするが、あとから来た客に彼らのありのままを見続けろと云われ、店に隠れて。

大きく分けて二つのパート。群れて話を聞かなくてノイジーで揚げ句喧嘩までしてしまう「野生のおばちゃん」たちの様子を見せる前半。ハイバイ作品にはよく登場する、ちょっと頭のおかしげな演出家品川(本作では物語に合わせておばちゃんだけど)が素人の劇中劇を頼まれもしないのに演出する、というある種のお楽しみパートを経て、おばちゃんたちの過去を振り返る後半。

今現在がどんなに厚顔無恥でもノイジーでも、そこに至るそれぞれの人生を振り返っていくまるで大河ドラマ。地方で貧乏な家に生まれ苦労して東京にあこがれて出てきて苦労続き、結婚しても忙しいばかりでという女、バブルを謳歌し膨らみきった夫婦の生活から急降下の生活という女。

それぞれの生まれは違っても、彼女たちにも結婚(でもあんまり恋の部分は見せない。惰性で結婚という指摘は合ってる気がする)から、幸せは何だろうと自問自答し、やがて子供が手元から去ってしまうという経験は共通。二人にスポットを当てて対比してみせることで、「誰もが通ってきた」時間のおおまかな流れを共通に感じさせるというのは、アタシの気持ちに深くしみこみます。その時間の流れの先にある、いわゆる「おばちゃん」たちの姿という背景の厚みに泣きそうになるアタシなのです。

作家が描くおばちゃんたちに対する暖かな視線。暖か過ぎる感じすらあって、もちろんウルサく感じているいらいらする感じはあるのだけど、その背景を見せることで「一人の女の半生」みたいな厚みがあって、印象的です。結婚前に恋心的なものをみせないようにしているのも、どこかそのおばちゃんたちに対する作家の想いがにじんでいるようで、気になるといえばなりますが、でもそれはあたしたちが持ってる気持ちの断片だとも思うのです。

品川幸子演じる演出家が素人芝居に演出をつける、という場面はアドリブ的なおもしろさもあって圧倒的ですらあります。

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2009.06.08

速報→「炭酸の空」津田記念日P

2009.6.7 18:00

冨士原直也の初戯曲を新たな構成で再演なのだといいます。アタシは初見。105分。7日まで王子小劇場。

「終末」を迎えて地上には人間が住めなくなった時代。シェルターに逃げ延びた5人の男女。車いすの女には今は居ない兄の姿も寄り添う。リーダー格の男は毎日の薬や施錠など規律を重んじて場所を維持する。地上は変わることなく絶望的な状況だが、有り余る食料で当面の危機はないが、閉鎖された空間は人々に徐々に影を落とし。

極限状況で破壊されていく人間関係、という様相の濃密な空間。車いすの女とその兄の関係は合間合間に挟まれつつ、終幕近くに至って謎解きされます。この場所になぜ女が残されていたか、リーダー格の男はなぜここに居るのか。

極限状況になったときの人間の行動を5つに類型化する台詞が終幕にありますが、それを体現したような人物たち。もっとも、否応なく意識する終末は彼らに影響を与えているという背景はあるものの、少々全体に唐突な行動が多くて、アタシには箱庭を観察するという以上の姿勢を持つ市座を持ちづらい感じがします。

確定している滅亡ゆえの絶望だけではなくて、もしかしたら行き仰せてしまうかもしれないという別の意味での恐怖があったり、施錠などの規律を嘘でも作ることでこの場所を維持しようとする、という考え方などそこかしこにアタシの興味をひきます。それでも、人々の行動が一貫しない感じが、違和感を残します。

牛水里美はこの手の少女役をやらせると鉄板という感はあります。山本亜希のおもねる表情にやられる相変わらずオヤジのアタシです。

繭のように楕円形に柵で囲み、中央にテーブル、外側に囲みの客席。実に美しく作られた劇場の空間は入った瞬間に息をのむようなすごみがあります。が、この構成ではもとよりどの場所から見ても見えない瞬間は避けられません。たしかにシェルターな閉息した感じはよく出ていますが、彼らと自分たちの間に確かに存在してしまう壁、という感じもあって難しいところ。

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速報→「SURROUNDED ALWAYS」年年有魚

2009.6.7 14:00

アタシは初見の劇団、90分。9日まで新宿眼科画廊(というギャラリー)。靴を脱いでスリッパであがるスタイル、ドリンク付き。CoRichで「観たい」が少ないのに「観てきた」評が多く、好意的なものが多いのも印象に残ります。

自宅の一室を絵画教室のために一回だけ解放した夫婦。妻はその教室でデッサンのモデルをしていて、ヌードだったりもする。その日の生徒の男女二人と講師が来ている。妻の友人の女、夫はその教室を外で待っている。

5年前に原型のあった芝居(未見)を改訂。作家は独身なのだといいますが、子供のない夫婦の根底に流れるねっとりした気持ちを丁寧に、しかも緩急交えて編み出していくのです。

終盤になるまで夫婦の気持ち自体はじつはあまりあからさまには語られないのだけど、周囲のある種強烈にコミカルなキャラクタたちのあけすけだったり、踏み込みすぎる会話を通して徐々に様子が見えてきます。コミカルさは少々キャラクタにすぎてリアルではないしるし役者に頼ってる感じもあるのだけれど、結果として物語をコンパクトに凝縮するためにうまく機能しています。この突飛さと体温の低い芝居が同じ芝居の中で共存しているというのは、この小さな場所故なのか、物語がすごいのかは今一つつかめませんが、ちょっと凄い。

モデル、という「見られる」存在と、家庭の中で二人きりでいるときの、一言では語れないような複雑な感情が交錯する終盤の空気感が見事。壁にかけられた「紙アート」を物語の中にうまく取り込んでいます。一見常識人に見えるのだけど、妻と視線を交わすことなく、少々突飛な行動があったりする、というのは説得力があります。

松下ロボ改め松下チヨコの飛び道具キャラクタに大笑い。ぎこちない芝居をするからとかつて名付けられたロボを捨てても、そのぎこちなさを武器にしてる感すらあっておもしろい。平田暁子のゆったりと、しかし情念持ってそうな感じは印象的。前有佳演じる妻の友人は、飛び道具キャラクタと静かな夫婦の芝居の中で一番あたしたち観客に近い視点なのだけど、この中に挟まれると少々損してる感じも。

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2009.06.07

速報→「苔の心音」あさかめ

2009.6.6 18:00

あさかめの新作。前回の二人芝居を経て、8人構成で内面を見つめる130分(休憩10分込み)。7日までC.A.Factory(現代美術製作所)。この週末は曳舟から東向島エリアの神社のお祭り。防音が十分ではない場所、しかも冷房が入らず反響のきつい場所なので覚悟を。囲みの客席、アタシの座った奥側壇上は実は温度が高いらしいので、選ぶなら舞台と同じ高さの場所を。休憩時間中のおしぼりやら、改良されたという扇風機やらこの枠組みで精一杯のホスピタリティは間違いなくて。

心臓の部屋、と呼ばれる場所。そとからいろんな人が来て、その場所に居る姉妹と会話して元の場所に戻っていく。そこには妖精が住んでいると云われ、そこから外に出ていく扉を管理していて。

その場所で均衡が保たれている場所、そこから出ていこうとする人、その場所に居続けようとする人、さまざまのバランス。作家(演出も、妖精役までも兼ねて)はどちらかというと抽象的な言葉で、その場所を描き出そうとします。 この部屋に住む姉妹。前半では妹がほぼ言葉をしゃべらず、後半では姉が体調を崩しているという様相。休憩前後で男が妹を口説こうとして休憩を挟んで男が「空っぽに」なっているあたりは、作家も30男(という台詞まで別の場所であったりしつつ)とはいえ、男子だよなと思いつつ。 後半での姉のありように違和感がありますが、そう大きな問題ではありません。

姉妹、その場所に居続ける存在と出ていこうとする存在、ダーリンとハニーの関係なのにバランスを崩しているカップル、言葉を巧く紡げないけれど出来損ないの椅子を作りつづける男など、シンボリックに形成された役。反響もきついのでたとえば元気でなんぼな子供の役の声は耳に響きすぎますが、初日は聞けば超満員、アタシの観た回は20人強となれば、響き具合もだいぶ違うでしょうから仕方のない面もあります。

少々軽いダーリンを演じた安東桂吾が浮気心を伝えるシーンが実は好きだったりします。 居続けるコバヤカワを演じた辻川幸代は、この場所のあるべきニュートラルの存在でしっかり。それに対峙するアクツを演じた野奈との対比も楽しい。

死んだ、と云われて弔いに集まった人々が地面に横たわり、苔に耳を澄ませてというシーンの見た目は印象に残りますしばらくは、死者と生きてるものの視点をひっくり返したのだとおもっていたらさにあらず、この場所で暮らす人々にとっての慶弔の一端を垣間見る感じで少しおもしろい。

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速報→「花のゆりかご、星の雨」時間堂

2009.6.6 14:00

役者を総入れ替えしての新生時間堂の公演。黒澤世莉の久しぶりの新作としても注目の90分。14日までルデコ4。客入れ中や終演後を含めて時間堂カフェと題しての提供も嬉しい。お茶もアルコールも劇中で出てくる無茶高価なワインも。

あまり商売になっていないアンティークショップ。閉店直後に飛び込んできた女は取り置いてあったソムリエナイフを引き取りに来たが、それは手違いで常連の客がもって帰ったばかりだった。

母親になる人、父親になる人に向けて、と当日パンフに書いている作家の視線は、自分たちが今ここにいることがその親たちの暖かな気持ちの中に生まれてきたことを丁寧に描きます。みんな可愛がられて育ったのだろうなぁ(いや、アタシ本当は彼らがどうか知りませんが)と思わせるような暖かさにあふれています。

アンティークショップを思わせるような物は、物語のキーとなるナイフ以外はほぼ現れません。役者たちは扇子を持っていて(衣装の腿のあたりに入れていて)、手持ちの小物の多くはそれで表現します。アンティークショップのシーン、特に序盤では音も舞台後方に置かれたさまざまを鳴らして効果音を作ったりしています。

正直に云えば、アタシのみた時点では、小物を扇子にしたことが、違和感を感じさせる原因になっている印象。これは技術の問題なのか、なじみ方の問題なのか、そもそも無謀なのかはよくわかりません。落語でやってることと意図は同じなのでしょう。しかし、暖簾をくぐって盆に乗せたカップとポットを持ってくるために暖簾も盆もポットも同じ扇子でやる切り換えや、傘を持っている手の位置が傘ではなく笠になってしまったりと、そこかしこに無理が出ている感じがするのが残念。

ネタバレ

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2009.06.01

速報→「リミックス」国分寺大人倶楽部

2009.5.31 18:00

過去の4作品からエッセンスを抜き出して再構成した100分。31日まで、中野あくとれ。

かつての恋人を思い出す男、悲しくて悲しくて仕方ないのだけど、おまえ誰だよ「リバース」。
印刷工場に体験就業にきた女子高生、箱を組み立てる軽作業を事務所の机で社員やアルバイトたちと話している。社員は結婚が近くて婚約者のことなんか意に介さない風だけれども「ハローワーク」。
引きこもっている男、離婚したらしい父親は友達と称して行きずりの女を引っ張り込んで隣の部屋で「チャイルドプレイ」。
風俗風の待合室、様子がわからずうろうろしている男に順番が回ってきた。人生で一番やりなおしたいところを見せてくれるというのだけど「メリー」。

4本のうち、2本は見ているのだけど、物語そのものは元のものとはほとんど直接は関係がないようです。テディベアというアイテムをゆるい繋がりにして、それぞれの物語の雰囲気だったりエッセンスのようなものだったりを紡いでいる印象で、巧く作られています。たとえば「メリー」は繰り返してみせる手法は抜き出しても予備校だの愛だのなんだのの話は全く関係なくなっています。

リミックスは単につなげるだけじゃなくてサンプリングし、加工し、その中からエッセンスをつなぎ合わせる作業なのでしょう。ゆるやかに人物もつながっているものの、ほとんどの人物は直接は関係がなくて結果として4つ明らかに別の芝居。それなのに、どれをとっても作家からの世界の見え方のようなものが共通な風に感じられるのは面白い。

ごつい風体なのに婚約者が来たとたんにでれでれになる後藤剛範がいつになく可愛らしいくて印象的。声だけとはいえかなり色っぽい役どころな堀川炎も、たしかにそれを隣でやられちゃ高校生は平常心じゃ居られません、というリアリティ。

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速報→「その受話器はロバの耳」青年座

2009.5.31 14:30

土田英夫脚本を青年座で。嘘をめぐるさまざま、というのは得意技ですが社会性まで併せ持つ100分。31日まで本多劇場。

携帯すらつながらないような離島に設置された食品メーカーのコールセンター。元レストランの建物を改装して設置されたため眺めがよく、ベランダもあったりする。現地採用のほか、いわゆる「島送り」になった社員で構成されるが、日に数本のかかってくるだけののんびりした職場だった。ある日、本社から元営業の男が所長として送り込まれる。ここでのんびり過ごしていた同期は優秀な同期の島送りをいぶかしむ。コールセンターの業務規律を立て直すのだと思っていたが、着任して数日で休む暇のないほどの着信数となり。

企業不祥事の時に顧客との矢面に立たされるコールセンターを舞台に、そこで働く人々の胸の内の嘘を絡めながら。アタシも会社員ですから、こういう現場は多かれ少なかれあるわけで、平常心では見られないところがあります。有害物質の混入が判明していてもしばらくは結果的に嘘をつくしかないオペレーターの現場、という企業の嘘の物語を骨格にしながらも、虚言癖から不倫、現地採用と本社社員の気持ちなどそこに居る人々のさまざまなを織り込みながら、「わたしたちの問題」に引きつけて見せます。単に企業の問題の糾弾でもなく、かといってドタバタを単に笑うでもない奥行きの深さ。

コールセンターが地方や外国にあるというのも半ば公然の昨今ですが、本社からの指示と真実と顧客との間に挟まれた現場の疲弊、あるいは派遣こそ出てこないけれど雇用形態の差や遊んでる社員の存在など、地方採用のまじめ一辺倒と思われた社員ですら。もちろん、あまりにも戯画的で誇張が過ぎる点はあって、そういう意味ではリアルはこれっぽっちもないけれど、それでも、 今時の会社の抱える問題の一面を鮮やかに並べてみせるあたり、会社員たるあたしの気持ちが穏やかではいられなくなるのです。

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2009.05.31

速報→「土星の端からはらはらと」タムチック

2009.5.30 19:00

岸浪綾香、吉岡友見、小林真梨恵のタムチック(未見)が初めて外部演出を迎えてのカフェ公演。中央に客席、ぐるりと囲む小さな舞台を首どころか体を向けて観る感覚も楽しい65分。31日まで荻窪ミニヨン。レコード盤が壁一面にあるカフェという場所の力も。これからご覧になるなら、入って右側のベンチの芝居が見える場所に。

つきまとう幽霊の少女、つきまとわれる編集者。関係はないはずだけど。
引っ越ししてきた女、手伝いに来た姉。線路のそばで電車の音がうるさい6畳一間、姉は電車の音が嫌い。
出版社の化粧室、女2人+1人、合コンの気持ち満々だったり、妊娠の噂があったり。
姉妹、喫茶店で少女に出会う。
作家の家、原稿を取りに来た編集。もらって、ゆっくりとした会話。梅酒も出てきて。
妹のバイト先はスーパー(パン屋に見える)。先輩は指導する気満々。
少女は引っ越しの姉に出会う。雨の中引っ張られるようについていく。
作家は次の作品の相談にくる
レジ打ちの夕方、新たな負い目を見つけると生き生きする先輩。

全体に女目線だと思う仕上がり、役者は全員女性、演出も女性なのだけど、作家は男なのだというのに少し驚きます。女性の作家の芝居も小説も大好きなあたしなのだけど、こういうまなざしのある男性作家というのは何人か居て、それに似たテイストで、あたしの好みにかぶるのです。

三人の女性のキャラクターはそれぞれにあって、観ていて楽しい感じ。初めての外部演出がクオリティを上げている感じはありますが、訓練されている女優ばかりの舞台を見るのは、オヤジのアタシには楽しいのです。広い広間の真ん中に客席、囲むように何カ所かで芝居をします。同時多発こそないけれど、首も体も左右に捻って芝居を観るのはまあ大変だけど時間の短さでそう問題ではありません。ともかく描かれている場所が何カ所もあって、それをカフェ公演でやろうという無茶の解決策としてはまあうまく廻っている感じではあります。開演前に前説として「あちこちに体を捻って芝居を観る予行演習」をやるのが微笑ましいけれど、結構実用的だったりします。

もっとも惜しい感じというか無謀さのようなものはあって、それは彼女たちのチャレンジということかもしれません。たとえば作家の物語はもう少し上の年齢に当てて書いてある感じはあるのだけど、役者が若すぎるとか、こんなにシーンが多い芝居をこのカフェでやる無茶さ加減とか。アタシはラッキーにも上手一番奥に座りましたが。

高橋唯子・相馬佐江子演じる会社の二人、レジの二人のシーンが楽しい。物語の中ではどちらかというと賑やかしというポジションだけれど、「つめきり」時代を知るアタシには彼女たちを見られるのは楽しい。

全体に細やかなシーンが多いのだけど、 少女が見に行きたい男の子「眺めてるだけでいいの」というけど「見てるだけでいいの」がしっくり来きそうだなぁとか思ったり、三人の女優をそれぞれ主役に置こうとするためにバランスが危うい感じはあるのだけど、それでも、 全体のたたずまいはどこかアタシ好みの女性作家のよう。作家と編集者のシーンで「顔が熱いです」という台詞があって、シチュエーションもなにも全く違うのだけど、「センセイの鞄」みたいな雰囲気に感じられて。それは朗読公演に出てたりする原扶貴子だからという気がしないでもないですが。

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速報→「一月三日、木村家の人々」二騎の会

2009.5.30 15:00

宮森さつきと多田淳之介の二人ユニット。直球勝負で私たちに問題を突きつける100分。2日までアゴラ劇場。

1月3日らしい家の中。女が窓を目張りし七輪で自殺を企てる。そこにチャイムが鳴り、近所に住む従兄弟がお節を持って現れる。適当にあしらって帰らせようとするがなかなか帰らない。そのうち妹や兄夫婦まで現れて。

劇場入り口に「木村」の表札、げた箱で靴を脱いで客席に行くと、絨毯敷きの居間らしいところを囲むように客席。観客は木村家に「お邪魔して見ている」雰囲気で芝居を進めます。前説では演出家が舞台が正月だということを少々強引にしかしコミカルに説明します。

追いつめられる在宅介護者の問題を物語の根幹に。そのもととなった今の社会のシステムに対して怒りをぶつけると言うよりは諦めに近い無力感で作家の目線は介護の当事者と、家族であるはずなのにどこか他人事になっている兄弟たちとの溝に向けられます。

あたしにとっても、恐らくは大多数の観客にとっても、介護の問題はまだ実感をもって感じられない問題ですが、演出は、居間の延長線上に客席を作り、人物が時折客席に語りかけることで、「私たちの問題」であることを強く印象づけます。この部分に多少のギミックはあれど、全体としては直球勝負のまっすぐすぎる語り口は、あたしの気持ちを強く揺らすのです。

「大晦日正月にも来ないで3日になって家にくる人間の言う家族愛だの介護に協力するだのという言葉は信じられない」という長女と、「家族なんだから助け合うのを相談するために正月3日に来ているじゃないか」という終盤近くの諍いの溝の深さは、この国のあちこちで起きているリアルな問題をシンプルにしかし強く感じさせる圧倒的な力のあるシーンです。結論の出ない問題ゆえに絶望的な気持ちにすらなるのです。

正直に言えば、誰も否定できないネタを、しかも演出が自分たちも経験者なのだ、と当日パンフで前口上されてしまうとその事実の前にひれ伏するところから観客はスタートする感じがあって、個人的には少々違和感があります。よくない芝居ならなおさら。もっとも、本作は芝居に圧倒的な力がありますから、大きな問題ではないのだけど、開演前に少々警戒してしまったのは、まあアタシの問題ですが。

島田曜蔵演じる良心的なホスト、やけに知識があったりとやけに都合のいい役ではありますが、元妻はこの介護の当事者になりうるのか、という問題を持ち込みつつも、諍いのポイントをいくつにも分散させないのは巧いなと想わせます。

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2009.05.28

速報→「JUMON(反転)/便所の落書き屋さん」

2009.5.27 19:30

再演作を男女入れで、新作はコミカルで見やすい。休憩10分を挟み120分。31日までルデコ4。ギャラリーなので客席は変則。二辺に客席がありますが、長辺側に正面なので席があるならそちらを選ぶべし。

◆ハーレムと呼ばれる家。一人の女に男たちが同居し、千羽鶴づくりやマルチまがいで生計を立てている。男たちの家族や恋人たちが乗り込んできて。「JUMON(反転)」。
◆落書きが沢山ある有料トイレ。男が入ってきて壁の落書きを見ながら、寝袋を広げて寝る。あとから入ってきた高校生のカップルは、なにかのおまじないをするために。が、そこに寝ている彼は学校を辞めたかつての同級生で、交通事故に遭った女子生徒の命の恩人で。美術教師に恋をしていて、兄の恋敵となり恋破れて「便所の落書きやさん」。

開演前、休憩、終演後に出てくる主宰。かつては尖っていた印象が強いけれど、今公演に関して云えば、優しく場を作ることにより心を砕いている感じ。音楽が流れ、場をコントロールし気を配り、クラブ風のホームパーティの様相は、良くも悪くも主宰の世界をここに作り出すのです。

「JUMON」。 逆ハーレムという状態、男たちは逃げ場としてのこの家に居続ける。女とのシーンはないというのが特徴的。女は「汚いあたしの姿は見せられない」というのがすっくとたっていて、凛々しい。

初演は観ていませんが、男女を入れ替えるというひと工夫で、 今の時代の気持ちによくあう感じに。今の時点から考えれば、男ひとりに女たくさんというのは、古いというか昭和どころか、大昔から連綿。反転というワンアイディアで突っ走る感じはあって、部分部分は書き込んでも、その意気込みで最後まで物語を運ぶのは少々息切れの感も。

小林タクシー演じる、被害者の親というのは出落ちの感もあるものの、物語の要所要所を抑え笑わせるポイントで、見やすくしています。 成川知也は静かに居続ける大人の男、佐々木なふみは凛々しさが印象。

「便所の落書き屋さん」。 未成年だからネットカフェ難民にもなれないゆえの公衆トイレ難民というのをワンアイディア。そこに至る過程、恋の話、あるいは禁断のことを取り混ぜながら。全体にコミカルな感じが強く、漫画のようで気楽に楽しめる50分。

高校生が「ゆとり」と揶揄される世代。同級生たちは「愛」なんてのは格好悪いからそういうことは言わない世代。それに対峙する「純愛」という構図。それが今のリアルかどうかはあたしにはわかりません。それに対峙する純愛組というのはちょっとおもしろい。純ゆえにまっすぐ、あふれるような気持ちをたたきつける感じというのはたぶんいつの時代も変わらないはず、なのだけど。まあ、それだけなんてはずはない教師への恋心。

清水那保の女子高生、またオヤジのファンを増やしそうな破壊力。佐々木なふみの色気にあふれたキャラクタは得意技なのだけど、泣かせるのはちょっと新鮮。こちらでも、小林タクシーのかき混ぜ具合が楽しい。

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2009.05.25

速報→「NOT BAD HOLIDAY」競泳水着

2009.5.24 19:00

競泳水着、劇団化の第一作。26日までシアターグリーンBASE。120分。しまった、集めた仮チラシを景品に引き替えるの忘れたっ。

県の休日、県民の日。久しぶりの挑戦に出かけた人、送り出した人。しかし事故が起こる。
怪我をした実業団の野球選手。そろそろ復帰かと思っていたが戦力外通告を受ける。会社は社員としての慰留をするが野球以外には目がいかない男は会社を辞め、長姉の住むジモトに戻り姉の働く蕎麦屋でアルバイトとして働き始める。東京に残してきた彼女、その姉に中学生の頃あこがれていた後輩の医者が。

トレンディドラマとは銘打たなくなっていますが、細かい場面をつないでいって時間を微妙に前後させながら描く手法は健在。愛だの恋だのを物語に組み込んではいますが、それが恋愛至上でなくなっていて、挑戦だったり復帰だったりに向けて鬱々としている男たちに軸足があります。それは今の日本の男たちの姿に重なります。でも描かれ方は少し古め、女は男を支えてくれるというファンタジーで貫かれています。

みやすく分かりやすい物語、恋愛至上でなく人間の挑戦とかの物語というのを見ているうちに、キャラメルボックスが思い浮かびます。よくあるドラマ風ではあっても大きな劇場や多彩な役者で成立させられるような強度があります。

女家族の中で育った男の仕事のより所、家族たちに分かりやすく喜んでもらうということは、何となく作家の雰囲気に重なるように思えます。

シンプルな美術は成功しています。タイトルもシンプルだけどばっちり決まります。

女優が美しいここの持ち味、至福。 堀越涼が何カ所か行う笑いのシーンは彼の持ち味が実によくて印象に残ります。それを受ける橋本恵一郎も掛け合いのおもしろさ。玉置玲央が普通な人は珍しくほぼ笑いを封印していて、しっかり。

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速報→「玉ノ井家のエンゲル係数」ぎゃ。

2009.5.24 14:00

福岡の劇団、挨拶廻り公演と題して60分。24日までColaboCafe。そのあと大阪、福岡。

食事の準備、食卓を囲む二人の女。一人が特別な今日の日について尋ねるがもう一人は覚えていない。神と名乗る声は、過去の出来事を確認しようと言い出して。

青山円形すぐちかく、地下に降りる小さなカフェで女性二人の芝居。キッチンを使い食事の風景から始めるのはこの小さなカフェでは五感を刺激する感じ。手の込んだものではないけれど、確かにふつうに旨そうなんだこれが。

いくつかの過去の場面のリフレイン、どこで間違ってしまったのだろうということを検証していくうちに見えてくるこの食卓の秘密と、その風景。現実の社会はともかく芝居の題材としては商業演劇からアングラに至るまで扱われることも多い題材ですからそれほど芝居として万人受けしないとは思えませんが、パンフレットのピクトグラムや航空券を模したチケットの洗練さに比べると少々の違和感があるのも事実。コメディだと思ったという感想をよく聞くのも、今作に関しては損をしています。

「きれいな女」はともかく、「ずんぐりしていて、むっくりしている女」の衣装や一見出落ちのメイクは終盤に至ってテクニカルにも物語にも理由があることが見えてきますが、序盤からつっこまれることもなく物語で語られることもなく終盤まで続くのは、違和感として感じてしまいちょっと損をしている印象。あるいは食卓をL字に囲んで座るにしても客席の多い下手側から見えない時間が長いのはもったいない。

このもととなった去年の福岡での公演では、もうすこし違う作り方をしていたとのこと。販売されていた台本を見ればよかったと少し思いますが、もうすこし彼女たちの現実に近い印象の芝居を書いていたのじゃないかと想像します。

「ずんぐりしている女」に与えられた属性は、同人誌好き、引きこもり気味という感じでまあステロタイプな感じではあります。そこをことさらに強調しないでさらりと流すのは抑えている感じで好感が持てます。

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2009.05.24

速報→「愛のルーシー」北京蝶々

2009.5.23 19:30

北京蝶々の新作。見た目ラブコメなのだけど、この国のことを考える姿勢は変わらない95分。26日までOFF OFFシアター

バイオスフィアでの実験に参加している8人。実験開始からしばらくたち、二酸化炭素濃度は上昇し、水は汚染され、魚介はとれず、鶏は卵を生まない。人々はその中でも好意を寄せたりつきあったりしていく。実験施設ゆえにそれを観察している研究員たちも居て。

早稲田劇研の系譜かどうか、電子マネーやパンデミックなどほんの少し先に起きそうなことをきっちり描く作風なのだけど、今作は少々毛色が違う感じ。わりとタイト感よりも見やすさの方が勝っている感じでラブコメ風の笑いが満載。しかも破滅もなければ死者も出ないなど、少なくともここ数作を見慣れた目には北京らしくない、という感じは受けます。

地球環境を大規模施設の中に閉鎖系として再現する実験、バイオスフィア2やそれに派生する日本の実験施設の近未来を舞台に設定。閉鎖系の中での環境の維持の難しさに加えて、閉鎖系での人間関係の方がずっと難しかったり。同じ8人の閉鎖系での人間観察 というあたりに作家の中での何かのリンクが繋がったのでしょう。テレビのバラエティ、「あいのり」に重ねることでラブコメ風味の仕上がりに。そのラブコメ部分だけでもライトな感じで実に楽しい。

あたし自身はこの番組を観ていないのでそのおもしろさの半分もわかっていないのだけど、カタカナの愛称が与えられていたり、植物や生態系に対する愛や知識といったものを持つメンバーがいるなど8人の参加者には明確な役割が与えられているということは、なんとなくそういう感じを受けるのです。名前のアカラサマ加減もちょっとバラエティっぽいのです。だから、表面的には惚れたはれたをしている人間そのものでも、芝居の根っこにあるのはそれを観察している研究者だったりひいてはそれを観ている観客であるあたし自身を含めた系としての問題を突きつけている感じがします。

北京らしくないとはいえ作家の興味が近未来のあれこれで、おそらくは調べたのであろう生態系の話とかの蘊蓄ネタは彼ららしい。閉鎖系実験施設にしちゃやけに狭い感じがするのはまあ劇場の制約だけれども、OFF OFFという劇場を完全に隠蔽してしまうほど作り込んでいるのはちょっとびっくり。

テイヘンと呼ばれあまりにだめ人間扱いされる男を演じた本井博之がなんかよくわからないけれどちょっと凄い。人間くささが醸し出されるってのは技術なのかキャラクタなのか素人のアタシにはわからないのだけど。あまりな呼称といえばフコウと名付けられた都合のいい女キャラクタを演じた岡安慶子も美人だろうに不幸さ全面というのもまた別の意味で凄い。鈴木麻美演じる元ライター役が演じる、「覗いてみたい」とか「事件だいすき」の視点は、芝居や世の中を他人事として眺めている観客であるアタシにちょっと突き刺さる感じ。微妙な意地悪さの表情と少々ずりおちたメガネで見えてくるところがちょっとかわいらしさすら感じてしまうのはまあ、アタシの趣味ですかそうですか。

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速報→「成れの果て」elePHANTMoon

2009.5.23 14:30

エレファントムーンの新作。いやぁな感じがどこを切っても金太郎飴のようにめいっぱい105分。26日までサンモールスタジオ。

古い一軒家に叔母や友人と同居している女。結婚することにしたが相手はかつて妹に暴行し、それでも結ばれることになったのだった。妹に知らせるとすぐにやってきて。

かつてのレイプ犯と結ばれてしまった姉が住んでいる少し田舎の町を舞台に。その男に今の仕事を紹介した同僚にせよ、気のいいボイラー修理工にせよ、おかま二人にせよ、大福工場で働く同居人にせよ、リストラで戻ってきた叔母にせよ、小説家志望の遠慮のない女にせよ、姉妹にせよ、その男にせよみんなが少しずつ壊れている。それなのにこの狭い世界が成立していたり、少々唐突な行動が目立つ感もあって都合がよすぎるとか薄っぺらいも云えるけれど、アタシは誰でも持ちうる感情の少々誇張した表出だろうと思うのです。それはたぶん彼らの持ち味で、久しぶりのこの公演にそれがたっぷり見られるのは、彼らの復活を強く印象づけるのです。

アタシの座った下手端最前列では、たとえば歯磨きとか、たとえば叔母が顔を隠して駆け込んでくるところが実は見えないという弱点はあります。これはもっとテクニカルに処理できそうな感じはします。あそこにタンスがあるのは「らしい」感じではあるのでよく理解できるのだけど。

被害者なのにまわりには少々疎ましがられる感じの妹、というのはどこか本谷有希子な感じもあります。が、それに負けず劣らずみんながそういう感じではあるのです。

ネタバレかも

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2009.05.23

速報→「天気のいい日はボラを釣る」studio salt

2009.5.22 19:30

会社を早くあがれたので予定を変更。80分、24日まで王子小劇場

川縁で暮らしている人々。台風がくればすぐ流されるという行政の人間の云うことは流しつつ、暮らしている。腹を空かせて見慣れない新入りがきたり、その場所にテントを張ろうとする自転車乗りが居たり。釣りをしたり食べたりしながら日常が続く。この場所を危ないと思うことも起きて。

いわゆるホームレスたちの生活の場を舞台にしながら、外から来て入る人、入ってくるようで決して入ってこない人、あるいは去る人、この場を壊そうとする人など、丁寧に描きます。旅をする青年の少々うざったいほどの前向きさ加減、逃げてきてたどり着いた人、行き場が無い人など。なぜこの狭い場所に彼らが集まったのか、という点で必然を感じさせづらくて少々都合がよすぎる感はありますが、それはアタシにとっては大きな問題ではありません。

どんな理由があっても、集まった人々が暮らしたごく短い時間。人間は集団で暮らすものだよな、ほんとは。 生きていくことは食べて、暮らしていくことだという視線を常に忘れない作家は、彼らを単に面白がるわけでもなく同情するわけでもなく、生きていくことをきちんととらえます。

正直にいえば、なかなか動き出さない物語、そこにある風景をごくごく丁寧に積み重ねていくというやりかたはかなり地味な感じになります。何気ない所作のシーンひとつひとつをものすごく丁寧に作り込んでいると思うのです。

たとえば、彼らの芝居では必ず出てくる「食べる」シーン。鍋を持ち出して人々が囲んで食べているだけといえばそれだけのシーン。それまで少々この地味さにあれれと思っていたあたしなのだけど、じわりと涙がしみ出してきたりして戸惑うのです。アタシのどこにそのシーンにフックするものがあったのかわからないし、誰もが同じに感じるとは思えないのですが。物語ではなくシーンをみて深く感動したりとかなんとか、というのをあまり信用しないアタシなのですが、「生き続けていくこと」を突然ごくごくプリミティブに感じたというのでしょうか。んん、巧くいえないけれど。

あるいは終盤でテントを畳むシーンがあって(メインのシーンではなくて横でやってるのだけど)、使ったことのないテントを勘を働かせながら初めて畳む、みたいなことをやっていたりして、実は結構好きだったりもするのです。いえ、単なるマニア視点ですかそうですか。

金曜夜の回に関して云えば、出捌けに少々のトラブルがあったりして、ほかの回でもテクニカルなトラブルがあったりもしているようです。装置にしてもシンプルではありますが劇場に全く別の空間を出現させるというところまでは至っていない感じは残ります。今までのホームグランドである相鉄本多とはかなり雰囲気の違う劇場ゆえ、という感じでここは慣れなのかなと思ったりもします。

横浜の外への初進出、CoRich祭りと勝負どころに、ありていに云って地味なこれを持ってくるのは戦略とかいうことを超えて作家が表現したいものがある、ということをじわりじわりと感じるのです。

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2009.05.18

速報→「PRIFIX2」王子小劇場

素舞台が基本、そこで次から次へと出てくる役者が楽しい。17日まで王子小劇場。全部をみると3時間ぐらい。

■柿喰う客「邪道・プロポーズ」
アントンとチェーホフ。ネタを合わせの場所。プロポーズにきているのだけど、二人の家の間には土地とか微妙な諍いがあって。

もちろんアタシは読んでない「結婚申し込み」を原作に、漫才師のネタ合わせというフォーマットに詰め込みながら、要素を細かく押し込んだ構成。緩急をつけながら見せるのは見事。

が、60分の枠に対して30分ちょうどで終わってしまうというのはどうなんだろうと思うのです。先週のそれも同じような感じでしたから、王子は二週連続でその被害に遭っているといっても過言ではありません。さすがに責任を感じたか作演のピン芸で10分強を足しています。前半の30分は好きなフォーマットだけど、作家は猛省すべきだと思うのです。このままいくと次は公演中止の悪夢がちらつきます。

■PLAT-formance「iregular」
ある総理が辞任するまでのものがたり、20分。

どういう出自かはわかりませんが、ニュースペーパー風の政治ネタコントを二人組で。事実をつなぎ併せて笑いをとる、というのはまあお笑いのネタとしてはアタシは好きな感じなのですが。もっとも、これが小劇場の領域かといわれるとちょっと微妙な感じなのだけど、テレビのお笑いのようで実に見やすくて、こういうことに対する役者の基本がきっちりしているという気はします。 若くてテンションもリズムもあってみやすい。このネタが彼らの持ち味なのか、他のものを見たいなと思うのです。

■仏団観音びらき「KWANNON CABARET」
キャバレーショー形式の20分。 オープニング、だめんず遍歴を告白する宝塚ミュージカル風味、バキュームつまり掃除の人の「ポリバケツ」。

緻密さよりは、突き抜けた感で勝負したい彼らなのだけど、20分では暖めるところまででタイムアップという印象。定番ネタなのだというバキュームあたしは初見。ワンアイディアで突き進むだけのインパクトはちゃんとあって。

■負味「負味と申します」

1.英語かぶれの男の発音と役に立つセンテンス「オープンユアアイズ」
2.もうあとのない男、そこに突然音楽が「老衰が止まらない」
3.新しく買ったゲームは、のどかな公園に「バイオハンター2」(ほぼ映像)
4.不良になった少年は、演説集を聞いて、世をうれいて「オバマブーム」
5.バイオリン作りの少年の奏でる音楽に「耳をすまさなければ」
6.風景はどうみても西武線なんだけど「車窓の世界から」(映像)
7.ざんげをします。ノープランで出てきて「MCクライスト」
8.葬式風景に「葬式が止まらない」
9.新しく買ったゲームはあちこちに「ストリートタイガー2」(ほぼ映像)
10.受賞式なんだけど、どうやって砲丸投げたのかとか、そもそもメダルがないとか「オリンピック」
11.記憶を次々失ってしまい「メメント」
12.なぜか黒塗り「日米首脳会談」

いくつか公演で使ったネタを小品にして再利用も散見。全体にワンアイディアを5分続けるネタを12本続けるのはフォーマットとしてはどうなのだろう、と思ったり。軽い笑いなのはいいのだけれど、映像ネタが微妙に古かったり、「オリンピック」での砲丸をどうやって投げるのかとか「日米首脳会談」の黒塗りはほぼ昭和の香りすらする感じで、そういうネタで笑いを取るのはエッジじゃないしリスクばかり高くてあんまり旨味はないんじゃないかしらんとか思ったり。

■カミナリフラッシュバックス
OL4人が出てきて、脱いだストッキングをかぶって、戦う。

あんまり格闘技には詳しくないのですが、キャットファイトのような印象(いや、観たことないけど)プロレスに台本があるのは今やみんなの了解事項なので、そういう意味では舞台芸術になっていて20分としてはきちんとつなぎます。日曜昼はフライングが微妙に失敗したのは惜しい。


全体としてみると、どちらかというとお笑いのネタ見せショーケースの要素が高い感じ。この中では「柿」はずいぶん芝居寄りのつくりですが、60分埋めきれなかったのが残念。ほかはネタならばワンアイディアで続けられる時間をどれだけと見積もり、テンポで繋ぐか繰り返しで笑わせるかがアタシ的に重要なのだけど、そのバランスは全体としてはあまり巧くない感じがします。

名刺代わりのミニマルな芝居を持つのは間違いなく劇団を売り込むツールになるのは浸透しているけれど、それを「負味と申します」という挨拶代わりのタイトルにしてるのはちょっと巧い。

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2009.05.17

速報→「容疑者χの献身」キャラメルボックス

2009.5.16 18:00

東野圭吾の人気小説の舞台化。笑いはほとんど無くSKIP( 1, 2) のようなストイックな舞台装置が印象に残る135分。神戸を経て24日までサンシャイン劇場。22日夜に追加公演が設定されています。テレビの「ガリレオ」は観てないので、物語自体はじめて。

アパートに暮らす母娘。離婚した夫が金を無心するために現れる。このあともむしりとられると感じた娘が花瓶を降り上げ、母がこたつの布巻きコードで。
隣の異変に気づいた高校の教師、その母娘を助けるために緻密に犯罪を組み立てる。

外部の原作を使ったキャラメル、というのは定着した感がありますが、アタシは初めて原作を読んでからの観劇。たしかにそこに立体になった世界が広がります。時間も場所もかなり変わる上に、地の文がさまざまな人物の内面を描いてしまうタイプの原作なので実は舞台に載せるのは結構大変じゃないかと思ったりするのですが、何人かの役者に交代でリーディングのように読ませることで解決しています。 原作の地の文では西川弘幸演じる犯罪者・石神の心の動きを克明に記してある印象なのだけど、芝居ではさすがに巧くいかないと感じたかどうか、割と薄めの好意として語られながらすすみ後半でがっつり。

原作は笑いはありません。細かい部分を端折りながら、弁当屋の亭主を外したりアルバイトの女の子というキャラクタを設定したり、警察の中の会話など緩急をつけるために笑いを挟むという点では芝居を見る観客側には見やすさとして感じます。原作のタイトな感じは薄まる感じがないと云えば嘘になりますが、そのままやられてもたぶん観客としては見やすくないと思うのです。

しかし、と思うのです。物語の面白さに加え舞台としても完成度は高いのだけど、ほぼ商業演劇の領域に近い7000円というチケット代を目にすると、それはキャラメルがすべきことなのか、という感じはしないでもありません。どこにコストがかかっているかはよくわからないのですが。

西牟田恵を観るのはずいぶん久しぶり。ハスキーで甲高いという印象だったのだけど、年齢は進んでいても男がひと目で恋に落ちるという説得力。川原和久もずいぶん久しぶりなのだけど歳を取らない感すら。西川浩幸は笑いをとらず、衰えを気にする天才のという珍しいタイプの役。初めて聞いたときは合わない感じがしたのだけど、中心の役を確かにしていて、年齢を重ねた役者の重みすら感じさせます。

あたしの観た16日夜の回は西牟田恵の誕生日で終演後のカーテンコールで花を贈ったり挨拶あったり。ほどよく押さえたお祝い感が物語の印象を崩さなくていいバランス。終演後に隣のカフェで劇中に登場する「自分で淹れる湯川のインスタントコーヒー」なるものを売るのも押さえた洒落っ気で気持ちがいいのです。

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速報→「MELODY」サンダース:コンビーフ

2009.5.16 14:00

ネオゼネレイタープロジェクトの大西一郎とにんじんボーンの宮本勝行のユニット、サンダースコンビーフの第二回公演。17日までシアター711。

芝居を志して東京に出たものの、いろいろあって地元土浦に戻ってきた男。映画が大好きで実家の自分の部屋にあふれる映画のパンフレットやポスターの整理を始める。中学生の頃にサークルと称していろいろ映画を語り合った仲間も手伝いにきたり、久しぶりの再会でも口の悪いまま変わらない仲間がいて。

にんじんボーン特有の口が悪くて表面的にはどうみても意地悪だったりするのだけど、それが仲間同士にみられるじゃれあいふざけあい、というテイストをベースにして、かつての仲間というものだったり、それでも年齢を進めていくということだったり、生きていくということだったりというある種のほろ苦さを丁寧に紡ぐ印象。

このスタイルは実は結構癖があって、合わない人にはとことん合わない可能性もあるし、何度かがまんして観てみると、フザケているようにしか見えない役者の凄さみたいなものが見えてくる人も結構いる気がします。ふざけ合いのテイストも、客をとことん笑わせるというよりはずっと温度の低いところで揺らしている感じがあって、それゆえにナチュラルだともいえるのだと思うのです。

アタシ自身も、100%おもしろい大絶賛で毎回観ているわけではないのだけど、癖になるという文字通りの感じで、ついつい通ってしまうのです。

]

謎めいた存在の一人はわりと早々に着地点は見えてしまう感じはあります。もちろん謎解きが主眼ではなくて、その着地点まで、役者たちがどうやって「昔の仲間たちの再会」というテイストを作るかというあたりこそが本作でのポイントだという気がするのです。

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2009.05.12

速報→「無頼茫々」風琴工房

2009.5.10 19:30

大正時代の新聞記者の熱い物語に女性の立場を絡めての120分。10日夜のプレビューは値段の安さもあいまって満席。18日までスズナリ。演出をはじめとしていくつもある公演サイトのblogもお楽しみも込みで読み応え。

大阪では大阪朝日が強い言論を持ち、世間は米騒動で騒がしい時代。「日の出新聞」に入社するために上京してきた男は気骨にあふれ途中で見かけた米騒動に加担して逮捕されたりしてしまう。言論の自由をめぐり新聞と政府がやりあっていた時代だったが、なかなか動かない上層部に業を煮やした若手が動き始め、内務省に目を付けられる。その署名を集めているさなか、大阪では内閣弾劾の急先鋒だった大阪朝日新聞の報道に端を発した白虹事件が起こり。

当日パンフによれば気骨ある明治の新聞人・陸羯南(wikipedia)の物語を時代にずらして語ろうとしたときに新聞のありかたが大きく変わっていることに気づいて本作になったのだといいます。大阪朝日や白虹事件(wikipedia)あるいは貧民街という時代の背景を借りながら、登場人物たちも舞台もおそらくは作家の創作として、時代をぎゅっと凝縮して詰め込んだ印象があります。

作家のパンフでの言葉の通りの中身。時代を背景とした新聞の変わる瞬間に生きている男たち、あるいはその社会にもみくちゃにされたりしながらも生きる女性たち。二つの糸を縦に横に物語を編むのです。二つは確かにその時代にあったことなのだろうけれども、アタシにしてみると物語を観るときの視座をどこにおいていいか迷いながら観てしまった感があります。もちろん新聞や言論というあたりが主軸なのだろうけれども、それに負けず劣らず記者になったり伝統的な女性の姿だったりとか、恋心めいたものとか、洋行だとかといった具合に多彩で魅力的な人物も多くて。しかも女優だからってんで目移りしてしまったというダメ観客なのだということかもしれませんが。アタシの好みでいえば、新聞と女性の話がプレビュー時点ではその混合がまだ少々解け残っているという印象。もちろんどちらも一本の芝居になりうる題材なので違和感なく融合させるのはかなり手強い題材なのに、手を抜くことなく正面突破で進もうとしている訳で、そうとう大変なことに手を出しているわけですが。

とはいえ、この手の芝居、とくにこの作家のように徹底的に調べ、物語を創作するタイプの作家の物語を上演台本とwikipediaを相棒にしながら学び読み解くというのはいくら時間があっても足りないぐらい、アタシにとって楽しい時間なのです。音では勘違いしていたのは序盤にある「政論」。変だなと思いながら「正論」だと思ってました、なんてこともわかっちゃう。

役者が大幅に入れ替わった印象のある風琴工房で客演も多い今作は次のステップに進んでいる感じがあります。作家と語りを演じた渡邉真二のぶれない感じが印象に残ります。ついつい真面目一辺倒になりがちな芝居を軽く揺らす浅倉洋介が頼もしい。多根周作の誠実に見える感じ、根津茂尚の気骨の安定も安心。はざまみゆきが見せるひたむきさ、津田湘子の見せるある種の貫禄、小山待子の溌剌さも印象的。

プレビューとはいえきっちりと作り上げられた舞台。もちろんある種の固さがあるのは否めないのだけれども、この安定は揺らがないまま1週間で熟成されていくのではないかとも感じるのです。

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2009.05.11

速報→「針」メタリック農家

2009.5.10 14:00

メタリック農家の駅前劇場進出作。童話世界のような可愛らしさの中に滲む、でも童話世界になりきれない人間の話、と読みました。100分弱。10日まで。

永い眠りから覚めた王女。その国は荒れていて知恵者の提案で王は三つの法律を決める。それは人を憎まないこと、独占しないこと、実際以上に理想像を抱かないこと。守らなければカエルの声が響き、人はそれをやめる。王女は生誕の祝いのドレスの仕立屋と恋に落ち、貧しい兄妹を知った王は妹を養女に迎え病を治療し、詐欺師の男の扱いに妻は手を焼く。

舞台いっぱいに建て込まれた童話世界を体現した装置。じゃあ物語を童話世界かというと時々現実に引き戻したり。たとえば埋められない溝として扱われている在日という存在には少々配慮が足りない気はします。もしかしたら作家の実体験の何かにつながるという可能性はないとは云えませんが、膨大な背景を持っていて観客それぞれの背景に依存しがちな単語をあえてここに持ち込まなければならないほどでもなくてあまり巧い方法ではない気がします。

三つの法律は愛とか恋とかをしているときに必ず起きる現象を禁じているというのはわりと早々に見えてきてしまう感じはしますがそう大きな問題ではありません。これだけの人数の世界で別々の人間関係から生まれるものとして描こうとしていることは終幕近くに明らかにされるのですが、観ている側からは少々散漫というかどうやって観たらいいのかわからなくて物語の軸を見失うと感じてしまいます。さまざまにちりばめられた物語が収束しない感じにみえてしまうのももったいない。

仕立屋と王女、仕立屋と未亡人のシーン、ベッドではなくて召し換えたり採寸するシーン、の二人の近さの色気。セクシーさ加減がくらくらします。仕立屋の耳に心地よい言葉も実に美しく、ファンタジーとは云いながらこういう女性視点の恋心を描かせると作家は実に巧い。

伊藤ヨタロウを舞台でみたのはずいぶん久しぶりなのだけど、ウクレレのシーンはキヨシローを織り込みつつもその一瞬で持っていってしまうような圧倒的な存在感があります。

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2009.05.10

速報「通信ボちょーだい女」バナナ学園純情乙女組

2009.5.9 19:00

バナナ(中略)組の新作。初日時点では芝居30分弱にライブ60分弱。間に着替えタイムつき。12日まで連日ライブの構成を変えながら、王子小劇場。

ぎりぎりで均衡の保たれていた生徒会と風紀委員会。恋人たちのつながりが最強で、あるいは妹たちのバランスもあって。

正直に言えば、初日時点では芝居は起承転結の起だけの印象。(ライブ後半で語られる)彼女たちの言葉を信じるならば、中屋敷台本が連日少しずつ来てはいても、初日時点ではこれだけ、ということなのだけど。好意的に解釈すれば、できていない時間を埋めるためにライブを大幅増量なのです。個人的には、中屋敷台本が上がらない、ということをネタにするのはここしばらくですからそろそろ飽きてきたりしています。面白くなりそうなキャラクタを提示されてるところですから、んん。

生徒会の危機を聞いて、昔の悪い仲間とか。面白そうにみえる素材があるのだから期待は膨らむのだけど、ホンがないから尻切れに。初日以降に本ができれば、それが補足されながら改善していく予感はしますが、あたしはこれ一回きり。

劇場を後にした時点では、魅力的な若い役者を揃えたのに、物語が完結どころか転がりもしないのに少々いらだちもしたのです。中屋敷台本が遅いのは再三ネタにしてるのだから、なぜ頼む、とか。その気持ちで劇場そばのチューハイを売りにしてる店でさんざん呑んで、思いついてもう一度劇場前に行ってみれば、劇場前でのほぼミーティング。1Fの店には迷惑だけど、(呑みもしないのに)この熱さははすごい。と思えば、ライブを大幅増量なのは、彼女たちなりの観客に対する誠意だと気づきます。 でもアタシは物語が観たい。この世界を作りあげたのは作家の手柄かもしれないけれど、ほぼ完成したこの世界ならば、この作家でなくても作り上げていく方法はあるのではないか、という気がしてなりません。

ばんない美貴子(教師役だったのか。 )のちょっと素敵な衣装をもう少し観たいとおもったりしたけれど、圧倒的に安定した蹴り、ライブラストのハイジャンプ回し蹴りが観られてうれしい。ひときわ背のある彼は山口航太かと思うのですが、不器用な見た目に反してちゃんと踊る、キャラクタもちゃんと。男だけど。 劇団のメンバーである野田、前園、菊池、加藤は安定。高村枝里の表情の豹変、春野恵の美人キャラにもちょっと。ならば、この役者やキャラクタに物語が欲しい。

秋葉原に近い立地を生かすのは、クロムモリブデンの王子進出の頃に似ていますが、彼らが利用してやる感じなのに比べると、バナナはそれにとけ込んでいる(まあ、大学公演でも同じ印象ですから一貫してますが)というか、「そういう客」が多いのはいいのか悪いのか。秋葉原は好きですが、どうにも慣れないアタシですが。

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速報「おかしなふたり~千夜一夜物語~」SUPER☆GRAPPLER

2009.5.9 15:00

スーパーグラップラー(スパグラ)の2005年作の改訂再演。110分、10日までシアターサンモール。

夢から覚めない女の子、さめるのを待ちわびる両親や兄、友人。夢の世界では他人の夢や物語にまで入り込んでしまい混乱を招く。夢なら覚めればきれいさっぱり消えるはずなのに、物語が終わって、独りで寂しいと強く思っても、現実の世界に戻ることが出来ない。それには理由があって。

初演とほとんど変わらない物語の運び。あのときはスタイリッシュにボケ倒しているという彼らの持ち味に熱狂していた気がします。最近は出ていない羊吾を軸としていた印象。本作、それに比べると違う役者でぐっと近づいてはいますが、そのボケ倒しの持ち味は薄め。破綻は少ない感じだけれども、もっとはじける感じが見たい。

それはプロダクション系の出演者というよりは、主要な役を普段劇団に出演していない役者にしたゆえの、その間合いの難しさのようなものがでてしまっている印象。だから、普段から出演しているような面々の間合いはばっちり、だと感じるわけですが。

想いが作用して戻れない、というあたりの構造が見えてくるあたりからは物語はしっかりしているのだけれども、淡々と進む感じで、もっとダイナミックさが見たいのです。

三井俊明演じるランプの精は、コミカルさをあわせもち、すべるでもなく確かにかっちりと、初演と同じ印象。原田明希子演じるニキータはメインの物語を支える今作での数少ないスパグラ勢で、確かなちから。同級生を演じた田代さやかはホリプロの中でどういうポジションなのかは知りませんが、wikipediaではグラビアっぽい感じ。が、本作においては自虐ネタを含むしっかりとしたコメディエンヌとして機能していてほぼ最後列(実は視界が開けて楽しい)でも印象的。

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2009.05.07

速報→「そこで黄金のキッス」シティボーイズ

2009.5.6 19:00

なんと新国立劇場中劇場に登場。30周年だというアラカンオヤジ三人組のライブ。トーク15分を含む125分。

2Fなのでそれなりの距離、コントだからかなのか、音もむしろ帯域をわざわざ狭めているような不思議な感じ。ラジオやテレビで近く感じている俳優のバックグランドを自分で補足しながらみている感じではあって、これだけを単体で見たときにこの値段で見て爆笑出来るかどうかというと有名人だからということを除けばそこまで、ではないとも正直思うのです。

でも大竹まことのラジオ(のPodcast)を楽しみにしてるあたしとしては、ミーハー心いっぱいで見ちゃうのです。なので、点数甘め。 それでも毎年この季節に、となれば見たくなるきもち。当日パンフですら高いなとおもうけど、でも、これを見たいなと思わせてしまうのです。

移住男の話とか、夜中のノート、総理大臣あたりのネタが結構すきな感じ。金かかってないようにみえちゃうけど、たぶん手間は相当にかかってる感じがするのも。映像もかなりおしゃれな感じ。

ネタバレなネタリスト。タイトルがついているようですが、アタシはわかりません。

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速報→「少年B」キレなかった14才りたーんず

2009.5.6 16:00

14歳を正面突破で描ききる75分。アゴラでの公演は終了。 14歳のころ。夜中に家を抜け出しては友達と漫才の練習をしたり、クラスには怖くてからんでくる不良が居たり、頻発する動物殺傷事件を宇宙人の仕業だと耳打ちしてくる友達が居たり。クラスの女子とは話もできないけれど、ちょっと気になっていて。

デフォルメされてはいるけれど、あのころのクラスの様子の空気に近いと感じます。漫才をやったりしてなかったけど、クラスには怖い奴も変わった奴もいたし、女子にほのかに想いがあっても声なんかかけられないし。なんてのはアタシのリアルな感情と記憶にとても近い。小さい事件ひとつひとつが重大に感じられて、それをどう吐き出していいかもわからなくて。

僕の中心は僕なのに、世界の中心は僕ではない、というのが巧い感じ。でも僕が中心に見えている世界を描くべく、主人公はほぼ徹底して中心に居続けて、まわりが着替えさせたり自転車に載せたりというのは一人称カメラのようでちょっとおもしろいのです。

その地点を丁寧に紡いだあと後半では、大人になった現在、地方都市と思われる中学時代を過ごした土地をめぐるようなシーン。おもしろかった漫才の相方も、怖くそびえていた不良もきっちり働いていて、普通の大人になっている姿。普通になんてなりたくない、と東京に飛び出しお笑いはあきらめても役者としてたち続ける姿はある種の決意表明のようでもあります。

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速報→「すご、くない。」キレなかった14才りたーんず

2009.5.6 12:00

おそらくはあたし初見。ダンスとはいえ、笑いもせりふらしいものもぼちぼちあってみやすい60分。公演は終了。

実際のところストーリーらしいものはよくわからず。わりと自由気ままに動いているものを中心に一人の男が規制しようと孤軍奮闘するシーン(せりふだと、自分の友人のブッコミ力がいかにすごいかを説明するたりから、じっさいにブッコムあたりまで)や、寝ころんだ男たちの上で女がまるでサーフィンのように乗って見せるあたりのシーンが結構好きではあります。

子供から大人、自由から規制、人との関係なんてことが見え隠れする感じに作られて居るなぁとは想うのですが、そこに物語がある感じではなく、そもそも物語を描くこと自体は目的ではない気がします。から、まあいいのか。ここから感じ取り、物語じゃない何かを感じ取る感性を持ちたいなぁともアタシは思うのです。

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2009.05.06

速報→「学芸会レーベル」キレなかった14才りたーんず

2009.5.5 20:00

中屋敷版の75分。きちんと出来ていた稽古場の印象はそのままに。公演は終了。

保育園に現れた一人の女。園長に会わせろと強気の彼女こそ、一年前にここを辞めていた保育士だった。圧倒的な力を持っていた彼女は会話が出来ない男の子の世界を広げる万策が尽きて、ついに禁じ手の「学芸会」を試すことにしたのだが、それはあまりにも危険なパンドラの箱だった。

保育園を舞台にアニメや漫画のような対決だの伝説だのを持ち込んだようなフォーマット。台詞の量は多く、それを猛烈な早口だったり、やけにキャラクタめいた抑揚で話すというのもいつものとおりなのだけど、「柿食う客」で見る芝居に比べると感情の起伏がわりと明白に感じるのは、もともとその意図になっているのか、あるいは役者が違うのかということはよくわかりません。

「学芸会」という封印された伝説のイベントは物語中では、精神的にとらわれてしまい現実世界には戻れなくなってしまうという封印されるだけの意味を与えられています。最強の保育士が子供を想うあまりにその封印を解いてしまうけれど、それはとても人類にはコントロールできないもので、暴走を始めてしまう、なんてのは最近流行がちな物語の構成(いや、実は読んだことないので本当は知らないのだけど)で、それをテンポよく圧倒的なスピードで見せたり、場面をうまく切り替えながら見せたりと、誰でも知っていそうな背景に誰でも知っていそうな構造を組み合わせながら濃密に作るのが功を奏しています。彼女たちに限らず、役者のテンションを引き出してみせるのは演出の持ち味。

今村圭佑演じる、だにえる君なる役は後半でこそ重要なキーポイントとなりますが、たとえ無かったとしても、テンション芝居の中での緩やかな役というのは特異点であって舞台に奥行きが出るような気がするのです。本当は違うけれどバナナ学園における体操着の彼女、みたいな異質感が楽しい。

終演後のトークショーやら、ロビーで配られているフリーペーパーやらを見ていくと、イマドキの学芸会のいびつさ、なんてのが語られていたりして、それは主役をつくらないという悪平等がまかりとおるから、じゃあ学芸会なんてのは要らないんじゃん、じゃあそれはなくなって伝説になっちゃうんじゃん、と思いをはせます。やけにモンスターペアレントネタの芝居が多いと感じてしまうのはこどもの日を挟んだこのあたりだからだから、なのかなぁ。

同じトークショーで、14歳をテーマにしたこのシリーズで保育園の話というのはどうなのよ、という話があって、作家は保育園(だか幼稚園だか)の頃が自分にとってのターニングポイントで、そこから先、芝居にとらわれ続けているのだと云います(うまいこといった)。好みはあれど、確かに舞台に対する愛情はそこかしこに感じるのです。

稽古場で見たときの印象では荻野友里のアンバランスが実は気になっていたのですが、少なくとも楽日ではきっちり物語の中にはまり込んでいて、伊東沙保演じる「最強の保育士」に対峙するだけのナンバー2という役に説得力。ここ以外でこの芸風がそのまま使えるとは思いませんが、はじける笑顔とか、実はなかなか見られない側面で観客は単純に楽しい。この手の芝居は

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速報→「神様とその他の変種」ナイロン100℃

2009.5.5 13:00

ケラリーノサンドロヴィッチの新作。休憩10分を挟み180分。17日まで本多劇場。そのあと名古屋、大阪、広島、北九州。

三階建ての古い洋館に住む家族。息子は三階から見える動物園、特に象が気に入っていて。新しい家庭教師がやってくる。息子は学校に行けず、家庭教師を週二回呼んでいる。近所では刑事が聞き込みをしていて、この家を訪れた人々に連絡が取れなくなっているのだという。

オープニング、洋館の外壁を使い、窓を効果的に使いながら実に見応えのある映像。特に窓を切り替えて見せたり、奥行き方向のパースを描き出したりして独特な空間をこの平面に作り出すのは、たぶん劇場でみないと実感できないけれどもちょっとすごい。

息子を守りたい母、妻を守りたい夫などぎりぎりのところでバランスしていて危ない橋を渡る人々。カミサマを名乗る男がでてくるけれどもそれを信じることに意味があるのかには懐疑的な作家の視点がっつり。 ホントに神様がいるなら、もうちょっと平和を、なんていうタイトルになってる曲にはそれも色濃く。 しかし、何かを信じ祈ろうととする人々の強い想いにはむしろ優しい視線で、こういうバランスは、あたしの気持ちにもぴったりはまりこみます。

登校できない息子のところに怒鳴り込んでくる学校の友達の両親。暴力を振るったのに謝ることすらしない家族の一方的なヒールかとおもうとその背景を見せたり、記憶を失った女の過去を見せたりと、それぞれ一筋縄ではいかない感じではあるのだけど、あたしの気持ちを激しく揺らすほどには至りません。それはこういう親子の物語から遠い場所に今アタシが居るということだけ、という気がしないでもありません。

それでも3時間という上演時間、笑いがものすごく多いわけでもない今作を飽きることなくしっかりと入り込んでみられるということは、この規模では実は貴重なことだったりするし、それをコンスタントに作り出す作家の確かな力がやはり再確認できるのです。

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2009.05.05

速報→「シュウさんと修ちゃんと風の列車/県立戦隊アオモレンジャー全国放送版」渡辺源四郎商店

2009.5.4 19:00

ラジオドラマを舞台に載せる東京限定のリーディング企画。音効もつけての40+10分、間に解説を挟んでほぼ60分。

家出した少女、ボックスシートに腰掛けて盛岡を目指すが、普通列車はあまりに遅くて、気がつくと目の前にシュウジと名乗る男がいて、電車じゃなくて蒸気機関車に引かれた客車になっていて。「「シュウさんと修ちゃんと風の列車」
青森を狙う全国の都道府県。秋田からの刺客・ナマハゲに立ち向かう県立戦隊。「県立戦隊アオモレンジャー全国放送版」

「シュウさん〜」青森出身の二人の文学人、太宰治と寺山修司の二人をフィーチャーし、この世に居ない人々が時間を超えて現れる話。母親と娘の微妙な複雑さをからめながら生きてること死んでることをきっちり。ラジオドラマという想像力に委ねられた構成は楽しい。東京に行きたいという少女の想いと、それを許さないという境界の上を行きつ戻りつしながらというのが本人の迷いを表しているよう。終幕のまとめかたは一瞬何が起こったかわかりにくい感じもしますが、きれいな感じ。

ラジオドラマの昔風を演出して、音効を生で見せる趣向。おそらく今の現場では使われていないようなローテク感満載なのは見ていて楽しいのだけど、見た目に派手な道具もあって、一瞬それに目を奪われてしまうというのはあたしが落ち着きないからですね。

東北の言葉、発音のいちいちがきちんと描かれている感じ。それは物語のリアリティには直接関与していませんが、会話での津軽弁は舞台全体の重みを加えています。

幕間の解説によれば、新幹線が到達する前の青森の家出少女たちは、普通列車で盛岡まで出てというのが定番なのを下敷きに、太宰と寺山という二人の青森出身文学人の共通点からの発想なのだといいます。

一転して「〜アオモレンジャー」はやったもの勝ち、どれだけ郷土色っぽいキーワードを詰め込めるかの勝負。もちろん出身者ではないあたしですが、言葉のリズム感、おそらくローカルだろうなというネタを微妙に解説しながらイキオイで乗り切る楽しさ。テーマ曲まで携えて、エレキと琴という異色のコラボも楽しい。こういうノリは劇団だからだなぁと思わせます。

「シュウさん〜」で工藤静香の見せた少女固有の頑なさは時に息苦しいけれど印象的。イタコねたで二本という工藤由佳子は笑わせるパートをきっちりとぬかりなく。普段はドラマターグの工藤千夏のノリノリ感の出演も楽しい。エレキの高坂明生もちょっといい

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速報→「3月27日のミニラ」渡辺源四郎商店

2009.5.4 15:00

ナベゲンの新作。教育の現場を一種の戯画的に描かせると圧倒的なちから。それに違わず濃密に切り取る80分。青森のあと、6日までスズナリ、そのあと秋田。

公立の中学校、校長室。定年退職の校長、転勤教員の離任・退任式の日。教室に行けずに校長室に入り浸る中二の生徒、「ミニラ」。わがままし放題だがそれをたしなめもせず、言いなりになっている教師たちだが、それには理由があって。

分類するならモンスターペアレントと教育の現場という感じですが昴に書き下ろした「親の顔が見たい」(1)とは違うテイスト。学校の現場を描いたときの畑澤聖悟は強い。ちょっと一工夫で笑わせる中盤、畑澤節全開で楽しいが、教師たちのもつ無力感と深い絶望をこれほどまでに端的に、しかし芝居らしく表現されるということは実にすごい。最初から思いついたことなのかなぁ。

が、作家の筆はその発想のワンアイディアにとどまりません。その無力感を前にした教師たちのあまりに人間くさい行動があきらかになるにつれ、もちろんそれは仕方のないことなのだけど、アタシは深く絶望するのです。 さらにそこから一歩進んで、モンスターペアレントに庇護される子供の行く末を心配する気持ちまでを物語は描ききりますが、それは子供にもおそらく親にも届くことがない、ということに絶望を極めるのです。

ミニラが徹底したヒールを貫くように少なくとも表面的には描かれているのが潔くて、演じた工藤良平もそれにきっちりと答えていて、物語が進むにつれてのこの憎らしさ加減がちょっとすごい。

タバコのシーンがあること、電子タバコであること、その行為を容認しようというものではないことをパンフレットに記載しています。 アタシ自身はタバコを吸いませんが、時節柄ヒステリックになりがちな嫌煙の多い昨今ですから自衛のためにはしかたのないことだけれども、物語のきっかけとなる真実がどこにあるか、ということが最初から見えてしまうのは、これだけの物語にとってはあまりにもったいないと思うのです。なにかうまい方法はないものか。

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2009.05.03

速報→「家族のこと、その他のたくさんのこと」ロロ

2009.5.2. 19;00

王子小劇場の新作戯曲の審査制度「腕に覚えあり」の初入選。105分+ボーナストラック、3日まで。

家族、帰ってくる長男、父親を拾ってきたのだという。息子も妹も簡単に受け入れるが、母親はどうしても受け入れられない。その拾われてきた男は別の話もあって。

たった二日、4ステージ。王子の博打の結果は、アタシにはわかりにくい。学生劇団らしく。

水をまく(アタシのメモではシャワー女)の物語の上での位置はわかりづらい。家族の話と恋人たちの話が役者を共有しつつも交わらない感じなのだけど、終盤になって結びます。

。 水槽の話、とチラシにあるけれど、さすがに水槽というわけにはいかず、雨と水を貯める舞台装置、それぞれの人間の位置が見えづらくて何処に自分の視座を置くか、年齢の差なのか家族の捕らえ方の差なのか、年齢ゆえかはわかりませんが、どこにとっかかり(または視座)を持つかに迷います。

突然拾われてきた夫に戸惑う妻(文体としては息子視点なので父親と母親)にはこだわりを感じます。 作家が書きたいこと。あるいは弟や妹たちとの関係も。

終演後にボーナストラック、と題された短編。弟と姉の二人芝居。こちらもあまり印象はかわりません。描きたいことが何かある。まだ荒削りに過ぎるとは思いますが。

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速報→「14歳の国」キレなかった14才りたーんず

2009.5.2 16:00

キレなかった〜のアタシ的3本め。アゴラのサミットディレクター杉原邦生による唯一の原作つき。65分。4日までアゴラ劇場。

1997年、体育の授業中で空いた教室で生徒には内緒で持ち物を開けて調べる教師たち。その持ち物のひとつからナイフが見つかって。

いっぱいに並べられた机。終盤のほんの数分にゲームはおこるものの、それぞれに多少の癖があるような教師たちのだらだらとした会話に終始する感じがします。

ああ、そうか、この国全体が、14歳のようだ、ってことがタイトルの意味かと気づいたのは終演して随分経ってから(←遅い)。演出的わざわざ狭めて明白にしている一番若い彼に限らず周りのさまざまな年齢の教師たちだって14歳のよう。ということは、26歳の彼だけに全てを背負わせるようになっているバランスは果たして正しいのかしら。26歳が演出の年齢だというのならば、それは自分で背負っているわけですが。

若い教師の起こしたことは、(わざわざ舞台上で着替えさせて)14歳の少年であるかのような衣装だったり、そのテンションの終盤だったりします。山崎皓司の肉体の強さを生かしてはいるもののキレなかった14歳がそのまま26歳に危険を内包したまま今ここにいる、ということをいいたいのかどうなのか。稽古場では終幕のシーンがもう少し丁寧な会話劇だった気がしたのですが、それをあっさりと捨ててイキオイ、ガーッというような訳わからない感じにしてしまった意図は、なにも考えてないまま生きているよ、という解釈は出来そうな気もしますが、今一つつかめないままなのです。

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2009.05.02

速報→「ショート7(Bプロ)」DULL-COLORED POP

2009.5.1 19:00

金曜日の夜にふさわしく、エンタメ指向のBプロは3本立て。どちらか一本ならば、新作を含むこちらを。遅く着いたから2Fからなのだけど、カラダが楽なのはこっちがいいかも。表情とか細かな所作は見えませんが。2日からはほぼ毎日3本廻しで6日まで、pit北/区域。 セットチェンジ、休憩を挟んで120分。

同棲相手の浮気を疑う男、出張から一日早く戻り隠れる「息をひそめて」
閉店間近のバーで酔いつぶれるサラリーマン、合い言葉を交換するとその先に広がる桃源郷。「エリクシールの味わい」 「藪の中」で見つかった死体を見た人から繋いで、聞き込んでいって。(青空文庫)

割と静かで人間の暗部を暴き出すAプロに対して見やすいBの3本立ては、どちらか一本を見るならこちらがアタシの好みなのです。

「息を~」あり得ない建て込み装置かと思えば軋んでたりして。その効果は十分。序盤の男の一人語りは疑いを確信にする過程。隠れた後に入ってきた二人、そこから数年前の個人のものがたりがきちんと立ち上がるのは凄い。上から見てるとドキドキしちゃうのはまあ、女優が寝転んだりするからですが。Aと合わせて、堀奈津美の2本はきっちり。

「エリクシール」飲尿ミュージカル、という触れ込みの本作は今回唯一の新作。40分に及ぶ大作は隙なく台詞を埋めながらミュージカルなのです。前半の出色は、たくさん出てくる女性たち、それぞれの理由を織り交ぜながらの情景描写。もうひとつ、いわゆる蘊蓄漫画のうざったさは常々気になるのですが、毎週買ってる「神の雫」蘊蓄度合いの爆笑したい気持ちを存分に解放出来るのは、正しい。

真ん中でちゃんと歌いあげるのだけど、そこで拍手が欲しい(ミュージカルだから)。

後半はほぼ3人芝居。そこに居続ける理由、そこから出ていきたい衝動、そこにたどり着く人、毎日来る人などを緩やかにしかし他の解釈を許さないようなタイト感。行きたいのは「私の居ない世界」とか、「一人で居るのはいやなんだ」とか「しないと怒る」とか「50cm離れて」とか、きちんと世界が思い浮かびます。 全体にしてみると、笑いが沢山、女優がたくさん、切なくて一瞬うっかり泣いてしまいそうになる、という凝縮感は実にお得なのです。

その後での「藪〜」はミュージカルの後では観客がニュートラルに戻す時間が足りない。むしろ順序を入れ替えた方が観客にはいい気がします。(堀越涼はAプロの頭に出なきゃいけないのは何の拷問だ)。読んでない本なのですが、青空文庫のテキストは9894字。それを一人で語りきるのです。声色をさまざまに使い分け、所作をちゃんと切り分けて、物語を運ぶのは大変な労力。きちんと訓練された役者を観るのは実に楽しいのです。

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2009.04.30

シアターテレビジョン見てますか?

実はCSチューナーを買い換えそびれてしまってたのですが、それなりに芝居を流してくれていたシアターテレビジョンに契約しています。正直にいえば、NHKで放送してくれる方がハイビジョンだし嬉しいし今から思えば高画質とは云えないのもちょっと厳しい。

5月分の放送スケジュールも既に出ているのだけど、それが大幅に変わるようです。アタシ自身はCaramelboxは欠かさず観てはいますがシアターテレビジョンで見てはいないので、これ自体は大きな問題ではありませんが、既に出ている5月分スケジュールには載ってるのに放送はしないということのようで、なんかちょっときな臭い。どうせほとんど見てないしなぁ。スカパーごとごっそり契約切っちゃおうかなぁ。

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速報→「ショート7(Aプロ)」DULL-COLORED POP

2009.4.29 19:00

ダルカラの作家・谷賢一が他劇団などに出した短編を中心に7本立て「グランバザール」豪華版。Bバージョンと交互上演で、6日までpit北/区域。全体で120分。休憩10分。初日は満員、少々席はきつい感じで。

戦争で制圧された村で息子を待ち続ける「ソヴァージュばあさん」(1, 2) 。 OLの姉のところに転がり込んだ妹には秘密があって「Bloody Sause Sandwich」(1)。 帰宅しての私の時間「15分しかないの」(1)。 一人で風呂に入る時間は私にとっての贅沢な時間「アムカと長い鳥」。

全体的に繊細な仕上げ。細やかな表情に依存する演出という印象に作ります。初日時点ではこの劇場ではちょっと難しいとも感じます。客席がかなり変則なのに役者が手前側で対面する芝居が多いために、全員の表情が拾いきれないためにアタシの気持ちを十分に巻き込めない印象を特に前半の二本に感じます。もちろんもともと強度のある本を書く作家ですから、それは水準としたうえでのさらにその上を求めてしまうのです。

「ソヴァージュ〜」は4x1hでの上演を見ているためにやはり比べてしまうのだけど、わかりやすさに力点を置いた印象。ソヴァージュの解説をより明確に追加し、終幕の女の行動を逐一描くのも追加。アタシの好みは4x1hの方で、今作の演出では逃げてきた最後のシーンが蛇足に感じてしまうのがやっかい。役者も4x1h版がアタシには印象が強すぎるのだけど本作はイケメン指向な感じがします。ソヴァージュのゆがんだ表情はこちら側の独自でその女性に対する印象がまったく変わってしまうという点で独特です。

「Bloody〜」も初演を見ています。姉のところに転がり込んで一週間の妹が秘密にしていたこと。妹に見えているものの姿、なぞめいた白衣。白昼じゃなくて朝方というのが独特な感じも。妹の苦悩をもっとタイトに見たい。眼福ともかく、これも細やかな表情が勝負になっているようで両方の表情を観たい。しかしガザがどうとかという新聞と清水由貴子のワイドショーというのはニュースの時間軸としてあってるんでしたっけ。

「15分〜」は客席の特殊な構造を逆に巧く使って三人がうまくピンポンをしている感じになっています。3対1の電話が2対2になるところも視覚的にそういう形になるのも新鮮で面白い。15minutes made版ではもっと男が笑わせるような感じだった印象があるのだけど、具体的に思い出せないから嘘かも知れません。どの客席でも表情が見える。欲張って最前列に座ってしまったがために堀奈津美がむしろ視線の外に行きがちなのが残念ではあるのです。

「アムカ〜」は一人芝居、アタシは初見。正面を向いた芝居が多くて、劇場の構造は問題にならず、実力を見せつける感じ。風呂場とう設定からの女優の下着姿はもう眼福以外の何者でもないのだけど、その見た目にアタシがぼーっとしているうちに物語はアタシを息苦しいところにきっちり追い込んでいくのです。 結婚して地方に住む主婦の漠然としたしかし確実に迫ってくる不安な気持ちを知ることは多分一生ないのだけど、それを追体験させるような物語と、切迫する心的ストレスを丁寧に描いています。それは誰にでも起こりうる一人の女性のある状態をそこに出現させるという目的はきちんと達成しているし、それは彼女の物語かも知れないし、行く末の絶望感を暗示してるようなところはあるけれど、その先に何があるのかを観たい気はします。 ふつうの会話の間に挟まれる影の部分という落差とリズムを一人の役者がどれだけやりきるかというような勝負のところがあって、それはきっちり。

夜公演に設定されている「キャバクラードポップ」はトークショーを仕立てつつ(初日は中屋敷法仁と演劇が生き残れるかみたいな話)、キャバクラ風衣装(これが眼福なんだまた。スタイルのいい女優揃ってるし)で空気を読まずに突っ込むみたいなノリにしたいのだろうけど、不完全燃焼な感じも。このスタイルなら徹底的にふざけるべきじゃないかと思うのです。

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2009.04.29

速報→「グァラニー ~時間がいっぱい」キレなかった14才りたーんず

2009.4.29 14:00

キレなかった〜、岡崎藝術座の神里作品。75分。5日までアゴラ劇場。

子供の頃の思い出、パラグアイに引っ越して行った日のこと、帰国してのはじめの頃のことは忘れない。

稽古場でのあれこれの雰囲気では自分の本当のことなんか見せない、フェイク満載の作家という印象が強かったのだけど、今作を観る限りは、そのある種の照れは前半の男の語りにほとんどを集約した印象。かっこいい台詞とか良さげな言葉とかを冷静に見ている作家自身の視線が見えるよう。

白いドレスをまとった女優たちから、舞台を作り日常の衣装にとけ込んでいく流れは洒落ている感じ。中心にいる男が作家の姿だとするならば、それを抱くように囲む白いドレスの女性たちはなんだろう、と考えるのです。

飛行機でパラグアイに渡り、帰国したあとの母親との喫茶店での会話を挟みながら、音楽をベースにしながら恋心や移動教室の思い出を軽快に。緊張する気持ちから、その土地での暮らしにしっかり根付いた感じで前半は進みます。 帰国したあとだろう会社の同僚の話をはさみ、そこから一気に結婚・出産のようなシーンを挟むと時間はずっとすすみ、別の人を軸にして、「帰国した直後の子供」のシーンに。正直に言えば前半と後半を繋ぐものはサザンオールスターズ、という言葉ぐらいな感じで直接のつながりがなくて一筋の物語として追いかけようとすると少々戸惑います。

帰国し、教室で紹介され、興味津々の友人からの質問がひと段落すると支配する気まずさ。パラグアイと日本の違いみたいな会話じゃなくて、もっとふつうの会話がしたいのにと思うけど、その友人は「変わった子」のような扱いをしていて。別に帰国子女じゃなくたって、「ひとみしり道」への第一歩、あたしの自分の話に引きつけると、その気まずさとか距離感の取れ無さの気持ち、痛いほどわかるのです。

そのあと終盤にかけての母親の登場ってのがふるっています。そこを恐れるな、先へ進め、友達を作れという叱咤激励が実にいいシーンなのです。もしこれが実話からだとすると、その母親の強さのようなものが存分に感じられて、うっかり(失礼)感動してしまうのです。そういう期待をしないで無防備に見てしまったアタシはあっという間に撃沈。をを。

終演後のロビーでは学園祭のようなイベント。アタシのみた29日マチネ後には、白神版出演の池田義太郎による「デブ学」というトークイベント。人の良さがにじみ出る感じで、楽しめます。30分程度のふれこみを45分で。どうして太ったのかなんてことをつらつら分析。小劇場の座席では肩身の狭い想いをするし尻も痛い、デブにも優しくあってほしいと申し入れる、なんて気炎もほほえましい。

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2009.04.27

速報→「ビンカン/ドンカン/ブンベッツ(仮) 」快快(faifai)

2009.4.26 17:30

「五月病をのりこえよう」と題して、ドクトク編集というタイトルを冠してのイベントの一環。4つあるイベントのうち一本目。三・四本めを観ずに出てしまいましたので一本目を。20分ほど。5TNADA SONIC

女、朝起きて気持ちがすすまないまま、女友達の誘いに応じてでかける、一週間前のあたしの姿。

二人の女優。基本的にカラダが動く二人、寂しいという気持ちもあるけれど、構築する狭い世界の人々。あたしは芝居側からみていますから、(その後の45分に対して)きちんと物語が伝わる(それは台詞があるかないかということではない気がする)という点でこの20分の至福。

視点とというか語り手がぐるぐる移る気がしますが、それはそう大きな問題ではありません。 女の子が話好き、気分が乗らなくても、それでもつきあう感じ、よくない、なんていう気持ちの乗せ方、パブリックドメインな発車メロディをサンプリングしながらの序盤で持っていかれる感じ。ひといきれというぐらいの大人数をたった二人で表現するのです。 言葉で景色を表現するというのは作家の領域。身体表現でそれをやろうとするのは必ずしもうまくいくとは限りませんが、快快というユニットはそのバランスがきっちりできている凄みがあるのだなぁぁと思うのです。

決しててこの世界がハッピーという話ではないけれど、生き続けて行こうという気持ちを表明するというのは、ことあるごとにヒトの弱さを押し出しがちだし押しつぶされそうになりがちなのだけど、強く前に進む、と言う風に結びつけるのは、まったくもって個人的な気持ちの持ちようの受容の仕方の問題かもしれない、わけですが。

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速報→「シド・アンドウ・ナンシー」MCR

2009.4.26 15:00

26日まで駅前劇場、90分。

やくざの男、女に死ぬなといわれてはいるけれど、どうでもいいと思い始めている。突然現れた男は、高校の頃の友達で、痩せていた彼は一日300gずつ太っていて、もうすぐ死んでしまうのではないかという。あのころには何かあったはずだと、バンドをやろうと、再会を求めてやってきたのだった。

全編を通しての爆笑編。かみ合わない会話、カラダを張っての笑いだったりとさまざま組み合わせていきながら、高校の頃なにかがあったはずだと死期を間近にして振り返り続ける男と、あのときも今も自分の中には何もないし、友人だって面倒くさいとすら感じている男、二人の会話は実に「大人」ゆえのものがあって、ちょっとすごいなと思うのです。

ステロタイプにすぎるという指摘はあるかもしれないけれど、笑いをこれだけ交えてこの濃さで作れるのはそうそう簡単ではないと思うのです。

中川智明の圧倒的な安定、それに対する辰巳智秋の会話、若辰(若い頃役)の小野紀亮もきっちり。幸薄いというもの凄い役どころを一手に引き受ける伊達香苗がパンツ芸はともかく全体に、いちいち幸薄いという台詞に助けられつつも、それをきっちりしていてちょっと凄い。

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2009.04.26

速報→「リビング」カスガイ

2009.4.25 19:00

「柿喰う客」の玉置玲央のユニット・カスガイの旗揚げ。キリンバズウカの登米裕一脚本を玉置玲央演出で。110分、29日まで王子小劇場。

二人暮らしには少し大きなマンション、姉弟で暮らしているが、姉がレイプされた事件をきっかけに、家から一歩も出なくなり、弟のアルバイトの稼ぎだけでささえられている。姉も弟も他人を連れ込んで奇妙な共同生活が始まってしばらく。そこに「ハクアイノヒ」なる団体から派遣されて臨床心理士がやってくる。同居しながら、社会復帰を支援するのだというが。

当日パンフによれば、玉置玲央が尊敬するある女性を「救いたい」という気持ちがこの芝居の衝動なのだといいます。トークショーでも詳しくは語りませんでしたが作家・登米裕一との会話の中で出てきた「セックス(という行為)でヒトを救えると思っている」という玉置玲央の気持ちは彼ほどピュアには思えなくても、アタシですらちょっとはそんな気持ちが残っていたり。たぶんそれは男の側の一方的なファンタジーでしかない、ということも薄々判ってはいるのだけれど。高いテンションや、ことさらに刺激的な役の多い玉置玲央なのだけど、彼の作り出したこの世界も、トークショーで語る言葉にも嘘偽りはないのです。

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速報→「毛芸」内ゲバ

2009.4.25 15:00

むっちりみえっぱりの吉田麻生の一人芝居8本立て、60分。

目覚ましは鳴るけれどいかないと決めたけど「やめた人」
父親の葬儀をすませた出戻り女、父親のノートをふと見つけ「独りになった人」
新歓サークル勧誘、まったく集まらず「はじめた人」
一人自分を見つめる女優は「媚びない人」
教師、今日は遊びの時間にしようと生徒の意見を聞くが「振り返った人」
競演者が魅力的すぎて身が入らないとかいうが、振りとかめちゃくちゃで「ふわふわしてる人」
修道女は怒りにふるえて敵陣乗り込んで。どっかで聞いたことあるような「爆発した人」
赤いボーダー柄の男、探せない「悩む人」

始めてみたのはほぼ10年ぐらい前じゃないか、良くも悪くも舌足らず風のしゃべりが変わらないし、どんな役をやっても吉田麻生になってしまうというのも変わらない。巧いわけじゃないのだけど。

どちらかというと痛い人を、しかも薄めのオチでという構成は、それを一人芝居で1時間となるとさすがにおなかいっぱいな感じは否めなくて。彼女のキャラクタがそうだということを客ぜんぶが共有しているからこそ成立しているというのは小さなこの規模だからこそ成り立ってるのだけど、そのぬるさの中に身を置くのも悪くないとも思うのです。缶ビール一本ぐらいあけてからいったほうがよかったという気がするのはまあ、気のせい。決して知らない人には勧めないのだけど。

「やめた〜」はほぼ出オチ的なインパクト、それだけでなくそれでも出勤するモチベーションのあり方がおもしろい。「独り〜」はあからさまなノートの出現こそが肝か。 「はじめた〜」は陳腐なコント風のオチではあるけど、無駄に挟まるダンス風の無駄さが価値。 「媚びない〜」は意図がまったくわからないのだけど、ダウンロードとか通信費を揶揄するせりふがちょっとおもしろい。「振り返った〜」は仕事きらいーな気分に加えてケセラセラさがポイント。「ふわふわ〜」はあからさまに仕事をなめる感じを揶揄する他人視点。「爆発〜」はもはや学芸会の感じすらするけれど、ワンアイデアだけで突破する勇気に。「悩む〜」はものすごく短いけれど、ビジュアルとしてちょっと似てるように見えるのと、ぼやき漫才風になってておもしろい。

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2009.04.23

速報→「アントン、猫、クリ」キレなかった14才リターンズ

2009.4.22 19:30

「キレなかった14才リターンズ」の一本、アタシ的に初日は篠田版。出演者2名、50分。篠田版はあと26夜、27昼、5/3夜、4夕。販売している「雑誌」は綴じられてないので読みにくいことこの上ないけど、戯曲やおまけもてんこ盛り。

アパートの住人たち。毎日の繰り返しの中、猫が迷い込んでくる。撫でたり、えさあげたりしながら和んでいるけれど、猫が嫌いという人も当然居て。

稽古場で見た感じと前半は近いのです。もっとも、街をもっと描写したい部屋の空間を立ち上げたいといっていた稽古場の方向とは少し変わっている感じがして、景色の描写は気持ち減っている感じ。物語指向ではない作家なので、それよりはその場所の空気感を優先していきます。細かな言葉、動きを重ね続けて空気を作り出す方向。

後半にはいり、会話が切れ切れに聞こえるとか、雨の感じとか、コンビニ前の会話とかもきっちり空気を。

作家としての篠田千明は、その「気持ち」を描くことが真骨頂で、それを描くための空気の描写が楽しいのだけど、そういう気持ちについては薄い印象。その意味では空気は出来ているのだけど50分で楽しく見られるのはそう多くない会話だったり、気持ちの描写だったりします。洗濯物を拾って戸惑うあたりは実に絶妙。

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2009.04.20

速報→「穴姉妹―ANASUIMAI」お前と悪戯酒(わるふざけ)

2009.4.19 18:00

新宿でそのまま観ようと思ってた芝居が満員で入れず、王子に移動。いやいや、こういう出会いは捨てがたいのです。19日までpit北/区域。110分。

ダンスバトルのために呼び込まれる男。一人暮らしの女だと思うとさにあらず、母・長女は他界していてその下の三人姉妹が暮らす、北区北とぴあに隣接する地下の家。ダンスバトルの日は迫り。

2時間弱の時間、物語はダンスバトルを真ん中に大きく二つに別れます。前半に二つあるダンスシーンの迫力、ダンサーの肉体にはちゃんと力がありしっかり。対抗馬のマイクはYouTubeの感動動画(説明、関係ないけどリスペクト映像)を持ってきます。いや、これが好きなあたしは大画面でみて泣きそうになったりするのだけど、これは外部の映像というかレバレッジ。

映画やドラマにさまざまのリンク。観てないモノが多いけれど。

後半はその望みの綱が断ち切られた三人姉妹風の静かで次のパスファインダー、という意味では確かに「三人姉妹」。見たことあるのに中間の動画にやられてしまたアタシにはちょっと長い。

終演後すぐの次回予告。三姉妹が新宿、渋谷、池袋の街に飛び出していくのはちょっと面白くて、ちゃんとプロモ。

昼にみたのは切実に見えるけれども少し他人事視線も感じるのに比べると、 今作の視点は全くちがいます。これが正しいとはおもわないけれど、若くて地に足の着いた視点でたしかに彼らのものなのです。

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速報→「みんなの妊娠」La Compagnie An

2009.4.19 14:00

ラ・カンパニー・アンの新作。妊娠や出産にまつわる6つの物語を緩やかにつなぐ100分。19日まで雑遊。

カフェを開いた女のこころざしは、捨てられた子供を引き取り育てること。荒唐無稽と笑われても世界は変わるはずで「hanai-chimonme-cafe」
三年目になろうかというカップル。世間とか経済とかが気になって仕方がない女。ある日、男が妊娠したのだと騒ぎだし「36.7℃」
不妊に悩む女。もっと簡単に手に入ると思っていた幸せが簡単には手に入らない。段階を経て高額になっていく治療費もいまひとつ協力する気の薄い夫も気がかりで。「平らげないでよ」
フランス、両性具有で生まれ一度は女となったが性別適合手術で男となったデュボワの店に、パートナーの望みで子供を作らなきゃと決心した女が訪れる。「デュボワの場合」
江戸時代らしい。一度限りの不貞がもとで身ごもってしまった女。母姉は家のために産めと云うが、その相手は実は狸で化かされたのだという。「悪事千里を走る」
女が気づいた不思議な場所にはもう一人いて、そこはブラックホールなのだという。「ブラックホール」

妊娠とか女性の生き方ということだけにとどまらず、そこにつながるだろうさまざまをがっつり100分に凝縮。赤ちゃんポスト、不妊、アボガド、想像妊娠、少子化対策、熟年離婚、派遣切り(満了での終了を責める先はどこだ。政治か)、従軍慰安婦、両性具有、性的適合手術、大奥、望まれない妊娠、イエの制度、違う人種、子供は今の世に生まれてきて本当に幸せなのか。とか。

もちろんさまざま膨大な問題につながっているのです。それを無理矢理にではなくきっちり隙間なく高密度に詰め込んでいる印象。芝居を観る側にしてみれば、それは得策ばかりではありません。過剰なほどという感じは受けるし、台詞の一つ一つがあまりに重くて情報を持ちすぎているために、背景や社会を描いただけの書き割りのようで、人間の悩みさえも重みがみえづらくなってしまうきらいはあります。告発や報道やアジテーションとしては、この過剰感ゆえにいろんなフックがあったり、今の時代の感じを感じさせる効果は間違いなくあるので、それが狙いならば成功しています。

「36〜」の弱者ゆえに社会が気になる女という立場も男のある種の無邪気さも実は伝統的なジェンダー観からみるとひっくり返って見えるのがちょっとおもしろい感じ。自身に引きつけてみると、派遣社員のことは立場が違うとはいえ他人事ではないのがちょっと気持ちにフックします。

ブラックホールはどこか「遊◎機械」風の仕上がり。あの頃だって十分社会的だったはずだけど、時代が下った今の描き方としてはただしいのだけど、もっと切実で世知辛くてファンタジーにはなりえないのは悲しい。

彼女たちのジェストダンスは一層洗練された印象。転換をうまくつなぐのにも効果。

「悪事〜」で和服の衣装変化が間に合わない風になっていたけど、結局全員が最後はもとの洋服で、今の物語に引きつけていて。あれ、全部演出なのかなぁ。

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2009.04.19

速報→「寺洗」projectサマカトポロジー

2009.4.18 19:00

サマカトの再演。初演を見ている割にアタシがほとんど覚えてなかったのは秘密ですの70分、キャストはほぼ入れ替えでしょうか。シアターブラッツで19日まで。

都内から45分、寺洗という駅。ほんとに何もない、のどかすぎる小さな駅。そこから通う会社員たちだったり、目的が微妙にずれながら訪れる人だったり。

初演ではほぼオチになっていたと記憶している(間違いかもしれない)地名の音にまつわることは早々に明らかに。駅に居着いてしまうひと、というのはうっすら記憶がありますが、ほかはじつはまっさらな感じ。

細かくズレていく会話を繋いでいきながら積み重ねていきます。一時期はこういうスタイルの芝居ばかりみていた気もしますが、最近の感じでは意外なほど少なくて軸がない感じに最初は少々戸惑ってしまうほど。しっかりと役者に裏打ちされた仕上がりは徐々にしみてきます。

オフィスの会話がおかしい。新人のあの人の妙さ加減の噂、それに違わず澤唯演じる男の気持ち悪さがすごい。会話はあくまで静か、そう変なことをしゃべってるわけではないけれど、きっちり。その噂をしている側のOL(死語だ)たちも何をしているかさっぱりわからないプロ集団のずれ具合もたいしたもので。

密かに願いがかなう仏像とか、会社を辞めたらしい男の嘘とか、一目惚れのストーカーのささやかな嘘とかのさまざまの散りばめ具合、印象的。物語そのものがしっかり、というよりは細かなネタというかダイアログが楽しい。後まで残らない感じなのだけど、その儚さ加減も、芝居らしくてあるべき姿という気もします。

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速報→「シンデレラ」COLUMBA

2009.4.18 15:00

ペピン結構設計の作演・石神夏希のユニットなのだといいます。アタシは初見。70分。19日までBankART NYK。

自転車置き場で延滞38日目の自転車を引き取りにきた女の話を聞くうち、魔法使いの友達が居ながら舞踏会になかなかいかない女の話が交わってきて。

1Fのコンクリート打ちっ放し、大きな円柱がいくつか、天井も高くてものすごい反響音の場所。ちゃんと声が聞こえるのは不思議な感じ。自転車を使って走らせるのもこの場所ならではのつくりで、場所に立脚した芝居の作り方という点で印象的。

「選ばれる」という若い女性らしい視点を軸にしながら、シンデレラという一種ハッピーエンドの物語と、それとはまったく異質の無差別さを持った殺人事件をパッケージ。曖昧な感じで行き来しながら進みます。

正直にいえば、その二つの物語のつながりはこの一点だけという感じがして相乗効果を生み出すほどには至っていないというか、水と油のように分離している感じすらして、実はあまりいっていないように感じます。

それでも、アタシはこの舞台が好きなのです。選ばれる側の女性の作家らしいある種の切実さがどちらの物語にもきっちり書き込まれて、地に足を着けた感覚で物語を動かしているという感じがするのです。王子様に迫られて「どうしよう、この流れに乗っていいのかな」いうあたりの一瞬の感覚が抜群におもしろい感じで、大好きなシーン。

当日パンフにも、トークショーにもでてきた、物語が語られて伝承されていくのは本人ではなくまわりが語るから、という視点はおもしろい。芝居の中の何がそこに繋がるのかは今一つ見えないのだけど。

対面の舞台を設定しているのだけど、これからごらんになるなら入って右手をおすすめ。意識してかどうか、こちら側にはっきり正面を設定しているように思えます。アタシは反対側から。芝居そのものが見えないということはありませんが、裏側、という印象は受けます。

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2009.04.13

速報→「義弟の井戸」黒色奇譚カナリア派

2009.4.12 18:00

カナリア派の新作。15日までシアタートラム、120分。

妹が連れてきた恋人は、兄がかつて苛められていた相手だった。母親はあくまで護っていたが兄は家からほとんど出ていなくて。恋人は妹を貰いたい一心で通うが、昔のことがどうしても許せない。

いわゆるアングラ色いっぱいなのだけど、若い作家が元アングラ劇団系だとはいいながら、この年代にはリアルな感じがしない枠組みがたくさん。が、それはそ大きな問題ではありません。頭巾をかぶることで、役とは違う世間だったりするというこの芝居のルールを理解するのに手間取ってしまったアタシは少々出遅れてしまった感じはします。

後半、井戸のあたりから圧倒的に面白くなってきます。井戸の出来事の見せ方は広い劇場ゆえのフェイク感はありますが、この規模の劇場で見せる方法としては正しくて、印象を残します。

大沢健が出ているから完売だと思えばさにあらず。週末を迎えて予定を考えるアタシにはありがたい。ビッグネームを呼んでしまったために、小劇場の役者たちがそのポジションになるのは観客としては少々悔しいのだけど、全体にバランスは取れていて。片桐はづき、牛水里美(日曜夜は埜鈴役か)、中里順子くっきり。前半に出番が集中する中村真季子はテンションの高いままヒールになっているのだけれどきっちり。材木店の兄貴分を演じた沖田乱が印章に残ります。

イカダから鉄道という時間の流れに対して鉄道が禁止されることで困る人という視点が新鮮。物語の本筋としては大きなことではないけれど、その思案を納得させる感じがあるのです。

男はおしなべて意味のない拘りやら繰り返しをする繰り人形のような扱われ方で、女たちが考えているという感じに見えるのは面白い感じ。半面、背景をきっちり描こうとしていて特に前半を持たせるのに苦労している感じがあります。 「目の端で好きな女を見る」日常の楽しみを云う台詞がちょっと凄い。

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速報→「アチャコ」ユニット・トラージ

2009.4.12 14:00

北村想書き下ろしの「アチャコ」公演のためのユニット・トラージ。12日までアゴラ劇場でこのあと大阪、名古屋。105分。

純文学を名乗るがその実アダルトというかポルノっぽい小説家らしい男。弟子が持ってきた習作もポルノまがいのところで止まっていたりする。編集の女やら、弟子入り志望の女も押し掛けてきて。

情報量が多いというか、蘊蓄がたんまり、一見敷居が低いようで、頭良さそうなというかある種の取っつきにくさが持ち味。すべてかどうかはわかりませんが、少なくともここ何本か観た印象はそういう癖があって、実はちょっと苦手だったりもします。その印象は大きくは変わらないのだけど、芝居を見ているという満腹感は確かに得られます。

ポルノまがいの小説を朗読する序盤からはじまり、ほぼ全編、エロだのなんだのという感じなのだけど、面白がるという感覚の方が強い感じで実は卑猥さは微塵もなかったりします。なんて云えばいいのだろう。当事者感というか切実感のない完全な部外者視点というか。もちろんそれが芝居としておもしろくないというわけではありません。

中盤の歌やら、終盤の数え歌から何かがあるんだろうなぁと思いつつそれが感じ取れない感じがして、それはアタシが抱えている知識やらなにやらが不足してるのだろうなぁと思いつつ。当日パンフで触れられている高橋鐵(をを、wikipediaにもエントリがない)を知れたのはちょっと嬉しい。

土居辰男の小説家が絶妙なぬけ具合で仕草を観ているだけで笑いがこみ上げる感じ。二番弟子を演じた 空沢しんかの朗読にもまして歌がちょっと印象的。

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2009.04.11

速報→「うそつき」ルスバンズ

2009.4.11 19:00

ひょっとこ乱舞の広田淳一のユニット、客演をそろえての4人という小編成90分。13日まで王子小劇場。

戦争から数十年、まだ傷跡の残る町、港と砂漠の間あまり賑わってないガソリンスタンド。暮らしている女二人と男。そこに訪ねてきた男。その住人の一人に金を貸しているのだというが、確認してみると顔が全く違っていて。

スライドで背景を説明、少しだけ遅いテンポの音楽をかけながら、その部屋の外、政治とか戦争という形で起きていることを見せる構成はナイロンのいくつかで観られるパターン。きな臭い、という属性だけで何処と特定しないですこし洒落た感じとしては正しい。

知り合いだと言い張るけれど、証拠がない人、ウソツキなのかもしれないとおもいながらもそのまま受け入れてしまって日常になる風景。そこへの疑いは終盤でも継続されるのだけど、むしろ終盤のメインはそこに住んでいる人々たちの何かの嘘だったりします。

役者に不安はありません。倉田大輔はかっこよくても線が細い印象だったのだけど、久し振りに観ると映像で鍛えられたか年をとったか、声や視線に厚みがあって印象的。金沢涼恵は独特の声や人の良さそうな感じというところは強みだけれど今作ではその強みで勝負しないという点でチャレンジしていて地の力。

本筋とはまったく関係ないのだけど、女二人の口喧嘩というシーンがちょっとおもしろい。 わりと作り込んでいる割にメインの話に何一つ絡まない感じがするのに舞台に乗せている戦略というのがあるはずだとおもうのだけどどうなんだろう。あるいは出捌けに枷をはめてあって、下手奥から上手奥に走ってターン、クルリと右回りに廻ると登場したことになり、客席側に捌けるというルール。観やすい感じではありますが、それを守るために無理している感じもあって少々窮屈。

上手高いところに窓を釣り、そこにスクリーン。舞台の高さは劇場の地、テーブルとソファがおかれていて床に座る芝居がないことがうまくいっていて、おそらくどこの席に座ってもちゃんとみえる芝居。細かいことだけれどそれだけで好感度はもちろんアップ。

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速報→「桜の園」青年団若手自主企画

2009.4.11 15:00

チェーホフ作品をFUKAIPRODUCE羽衣(未見)の糸井幸之介の音楽・振り付けを組み合わせた「妙ージカル」なる形式らしい。115分。15日までアトリエ春風舎。

基本的にはチェーホフ、桜の園。

舞台を丸く囲むように少し高い部分。地主・その娘・その養女の三人は舞台の中央に降りているのだけれど、ほかの役はほとんど下に降りることはありません。さらに舞台の中央を別室や別の場所と規定し、そこに移動するためにはその円周のすぐ内側を通っていかないといけない、という三層の舞台。下に降りるのは三人の女性の家族、という枠組みか。

よく考えたら桜の園自体ちゃんと観たことがないので、2時間弱でそれなりに物語を知ることができたというのはもしかしたらアタシのメリット。

中心となる役以外は複数の役者が入れ替わりながら演じていて、カツラや持ち物でそれを見せる努力はしているし、中心となる人以外は誰がだれでもということを見せてる気がしないでもないのだけど、今一つ効果的という感じには至りません。

それをいっちゃあおしまいよ、という気がしないでもないけれど、歌わせる手法を使う意図や、このスタイルのメリットを今一つ感じられず。チェーホフそのものがあんまり得意じゃない、というアタシの側の理由もあって、ついていくのは少々厳しいところもあります。

石村みか歌う二曲はちょっと聞き応えもあるしちゃんと見せる感じ。もちろん歌がうまいことに主眼はない手法だとおもうけれども、それにしてもこの中では突出して形になる感じで印象的。鈴木智香子はコミカルなパートが多いのだけど芸達者、間合いの良さもあって印象に残ります。

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2009.04.06

【稽古場公開】「キレなかった14歳リターンズ」

2009.4.5 12:00

4月下旬からの6作品を上演するための公開稽古を一日かけておこなうイベント。関係者もそれなりに居たりするから、結構満員な感じで。横浜に住んでるわりには野毛界隈はとても久しぶり。「急な坂スタジオ」も初めて。この規模で使える稽古場ってのは確かにいいよなと思いつつ。幾らかかるかは知りませんが。

芝居をやる側、ってのはよく知らないので、完全に物見遊山モードのアタシ。公開だから気楽に。10分遅刻のおかげで演出席横のような特等席で。舞台の模型があったり、外でアニメーションの打ち合わせしていたり、舞台監督的な打ち合わせしてたり。雰囲気だけでも楽しい。全体としては一人70分。稽古を60分、質疑応答を10分、一番最後に6人揃っての会話と、その後花見(向かい側は野毛山公園なのです)

普段は日曜昼の芝居を見る前にご飯とビールかっくらっていくのですが、その時間は取れなくて。早い時間にしかも日ノ出町の京急スーパーの横(ウィンズもあるし、向こう側の川沿いには桜が咲き誇ります)からものすごく急な階段を昇って線路の上を越えてという尾道のように行くのが楽しい(EZ-web偉い)。夕方の休憩でも呑まないで見よう、と思うのです。

以下個別のメモ。

■柴・「少年B」
アタシの遅刻で10分ぐらいの遅刻で途中から。 14歳のちょっとした臆病さ、はよく出ている感じで暴れる側よりいじめられる側、みたいな視点の物語はちょっといい。役者の年齢でダブルスコア越えがあったりして、その上の側が近いのはどうなんだ、あたし。

■白神・「すご、くない。」
ダンス基本なのだけど。ストレッチ、大きさの確認に時間をとる印象。たしかにちょっと暴れる感じなので、真っ先に危険を避ける動きを確認するのはやるべきことです。自由な人々をぶちこんでいくところはちょっとおもしろい。

■神里・「グァラニー」
ホワイトボードを出してきて東京についてというのを15分ぐらい。ここで時間を使ってしまった感。神田・秋葉原が重要なのが何故かは結局わからず。 転校してきたこと、自分の思い出語りと母親、最初のシーンはわからないけど。 要所を見せてる感じはしますが、パラグアイ生まれじゃないのね。最後のトークでは公開用に嘘の稽古をするという策略をしたりするのだけど今回は違う、らしい。

■篠田・「アントン、猫、クリ」
既に30分通せる状態。たった二人だけれどそれをプレゼンテーションして悩んでいることを素直に打ちあけて、自分のやりたいことを云って、意見をもらうというスタンス。ものが生まれる瞬間を目撃できるというのを見られるだけでもお得感満載。 全体のスタッフがfaifai系という強みはあるけれど、他のグループの役者やスタッフを巻き込んで引っ張りだしてしまう強みというか。 呼び込まれた人々もおもしろい。ダンスは好きじゃないけれど、太ってるなら太いなりの動きがあって。平面になってしまうのはなぜだろう、どうしたら立体というか、空気感を立ち上げられるんだろうというのが、今回の悩みの骨子なのだけど、ならばその狭い場所を描写するよりは部屋全体を描くのもありではないかとおもいました。

■杉原・「14歳の国」
唯一外部の既存戯曲。すべて通す感じで。本ができている分だけ迷っている感じはあります。山崎皓司という役者をより所というか特異点として描くのは成功しているような気がします。

■中屋敷・「学芸会レーベル」
普段の稽古の流れをそのまま短縮してという構成。雑談(北海道公演のおみやげなど)から始まり、 三文字以上のことばを云いあうゲームを経て。 いつものとおりの「柿」風のテンション芝居。薄々思ってはいたけれど、演出は音を聞いて拠り所として演出しているということがちゃんと見えてきます。(最後のトークショーでもその旨の質問あり)

■全体として
イベント向けに使われるような短編と同様、こういうカタチで稽古場を見せるのは演出としての戦略に大きく影響される気がします。 もちろん、稽古場の公開を見せ物として成立させるかどうかということはあるのだけど、それを見に行く側としては、やはり見せ物になってる方が嬉しいのは事実で。笑いが多いというのは確かに観る側の緊張感に影響はしますが、それよりも、その場で何かが生まれているという感じを持たせることができた篠田(普段の稽古場の人数の少なさを逆手に取っています)や、特徴ある舞台が生まれる現場の空気を再現できている中屋敷はやはり印象に残ります。

最後に6人が出てきて、質問、復習をするのはこういうイベントとして正しい。昼から最後まで時間をきちんと測って例外を許さないというのも部外者の印象にプラスに働きます。 今日観た稽古場がそのまま舞台に載るとは思えませんが、何かが生まれる場所、何かを生み出そうとする場所というのは刺激的なのです。

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2009.04.05

速報→「さとがえり」KAKUTA

2009.4.4 18:00

桑原裕子の処女戯曲を改訂再演。12日までザ・スズナリ。90分。

合宿客を中心とした長野の宿。オカルトサークルの大学生や一人旅の男に混じって、父親の三回忌に集まり本家に泊まれなかった人々。大人となった子供たちが戸惑うのは、亡くなった夫の妻が、なぜかどんどん若返っていって子供たちの年齢より下になっていってしまっていることで。

あり得ない設定を最初にどかんと、その外側の細部や想いを詰めていく感じは、戦略を立てて書くということをこの最初の戯曲からきちんと作っていたということだと思うのです。カップリング上演されている朗読に比べると、笑いも多くて見やすい感じがします。特に前半、親戚づきあいの面倒くさい感じ、アウェイな婿の立場、子供の頃の喧嘩など要素には事欠きません。

初演が1時間強だったので、場面をいくつか増やしているようですが、物語が薄くなるということもなく大きな問題ではありません。この規模の劇場にあわせた改訂をきっちり作り上げていて、商業演劇のような見やすさを合わせ持った仕上がりで幅広い観客にリーチするような芝居になっています。東京以外のあちこちにも持って行けそうな感じはしますが、小品ながらしっかりセットを立て込んでいるために逆に持って行きづらくなってるような気もしてちょっと勿体ない。何せ朗読公演との僅かな間にかなり大がかりなセットチェンジをしています。

全体にほぼ女性の側の視点。女性の役の方がきっちり造型されていて全般に見応えがあります。「子供は子供だけれども、妻は(夫が)死んだら(夫側の親戚にとっては)他人だから」というのは女性が結婚した時のアウェイ感がこの短いことば巧く凝縮されて印象的。

序盤、桑原裕子が寝ながら夢を見ているようなシーンの表情の凄みは異質さもありますが、ちょっと凄い感じ。大枝佳織は線の細い役が似合うのだけど、見た目にギャップな中身オバサン、という見応え。 諫山幸治演じる婿は数少ない男の側のアウェイ感をきっちり。はらださほ演じる妻とのバカップル風新婚というのもコミカルで両者とも可愛らしい。異儀田夏葉演じる大学生ののちょっと露出高い感じは最前列に陣取ったオヤジのアタシには少々刺激的なのだけど、全体に静かめにまとまりそうな全体の雰囲気の中でテンションを強烈に上げるのに違和感がないのはたいしたもの。

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速報「帰れない夜」KAKUTA

2009.4.4 14:00

KAKUTAがサウンドプレイと題して続けるシリーズの新作はホラー・ミステリーテイストの4本にオリジナル1本で構成。125分。12日までザ・スズナリ。

引っ越しをきっかけに知り合い趣味の読書で繋がり古い家に住む男のところに通うようになる女。ここにずっと居たいという気持ちが「帰れない夜」(オリジナル)
別れ話をもちかけた男は、最後に女が差し出した手を取ってしまったがために、女のたくらみにはまりこんで「あなたをはなさない」(井上夢人)
家族を事故で失なって失意の日々を過ごしたが、残されたアパートのおかげで暮らしていけている大家。徐々に減ったが、最後に残った一人入居人は大学生で亡くなった息子の面影を持っていて。ある日その大学生が病気に伏せっていたことを知って、親代わりのように熱心に看病をして「生きがい」(小池真理子)
男と別れて訪れた京都でふと入った神社。一面の絵馬は別れを願うものばかりでその悪意に押されそうになる。帰ろうとしたとき目に留まった一枚の絵馬に、自分の名前があることを知って「縁切り神社」(田口ランディ)
息子と訪れた公園、息子はここにお化けがでるのだと脅す。小さい頃からこの公園で遊んでいた父親は子供の頃の友人との一日の光景を思い出す。いつものように遊んでいたのに、その直後に事故に遭って死んでしまったと聞いてあまりのショックで落ち着かない翌日、ふとその公園を訪れると「昨日公園」(朱川湊人)

もはや朗読ではなく、ふつうの芝居にト書きをつけたような独特のスタイルは、もはや彼らのものだといってもいいのです。 オリジナルの一本が、ほかの四本の間をブリッジする構成になっているのも、もはやスタイルとして確立している感すらあります。

タイトル「帰れない〜」は読書と出会いと別れと、一人で居ることと二人でいることと。細かいパートなのだけどしっかりと繋がるものがたり。

「あなたを〜」は離れたくない女の思いあまっての行動のワンアイディアでぞっとするけれど、その延長線上の終幕の怖さはそれを上回る凄みすらあります。たぶん文字で読むよりも絵として見せられるほうが怖さが伝わる感じ。

「生きがい」はあとから考えれば文字の上のフェイクをどう舞台に乗せるかというのはちょっと綱渡りな感じはあります。なくなった家族を想い残されてしまったひとの想いがある種の倒錯に落ち込んでいくのだけれど、その全貌は終幕近くになって明かされます。

「縁切り〜」は骨組みとしては一番ホラーっぽい仕上がりの小品。絵馬を掛ける腕の演出がちょっと凄い。これは小説では味わえない感覚。

「昨日〜」はどちらかというとミステリー仕立て。なんどもリピートしていく場面の行く末の不安は男に「見殺しにする」という選択を与えるのだけれど、そこでは終わらず、終盤で見えてくる大枠の構造がちょっとすごい効果をもっていて、もって行かれて泣いてしまうのです。圧巻。

いずれも読んだことは無い小説なのだけどきちんと。言葉をしっかり読み、伝えるというのは、声優とも繋がるKAKUTAという劇団の「ものがたりを声で伝える」力を育てているのです。

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2009.04.04

速報→「7歳の孫にジンを2杯飲ませた祖母」うさぎ庵

2009.4.3 19:30

うさぎ庵の新作、桜が咲き誇ったこの週末にクリスマステイスト満載で。アメリカで起きた事件の外郭を引き写し、その内側を作家の想像力で補完して。6日までアトリエ春風舎。80分。

イブの夜、ホテル夜勤のために母親は娘を祖母に預けて出かける。が、46歳の祖母も遊びに行きたいから7歳の娘にジンを飲ませて酔わせて出かけたが、匿名の通報で逮捕に至り。

トークショーによればネットで見つけたアメリカの実際の事件が発端。前半は翻訳劇のようなテイストで、しかし女ばかり祖母・母・娘という三つの世代の住む家の中で、娘が見える・見えないという祖母・母のズレの前半。よくある翻訳劇っぽいテイストも意図したもののようです。

トークショーでも感じた46歳の祖母、というところが最初の引っかかりなのでしょう。もちろん、7歳にジン、というのもあるけれど、どちらかというと祖母の年齢に近いアタシとしてはその側からの視点なのはよくわかります。が、その現実に対して芝居でいくつかの企みを仕掛けてはいるものの、現実の強さはなかなか手強い。

フレームを模したようなプロセニアムを春風舎の規模にきっちり。下の二世代に加えて序盤のADなど声質を強みにして担う鄭亜美の圧巻と色気。46ということはないだろう天明留理子の色香。含めて4人の役者の安定は実に安心。 毎日あるかどうかわかりませんが、劇場での呑み。ジンは普段呑まないので、挑戦。子供には無理な40度前後だけれども、ああ旨い。

ネタバレかも

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2009.03.30

速報→「転校生」フェスティバルトーキョー・SPAC

2009.3.29 18:00

94年初演・青山円形劇場の転校生(を10年以上の間を経て飴屋法水演出。SPARCの静岡公演(未見)をひっさげて、フェスティバル東京の最終演目。29日まで東京芸術劇場、中ホール。

教室、徐々に登校する女子高生たち。HRで担任の休みを知り、教室は騒がしくなり。そこに先生もいないのに転校生が現れるが、明らかに違う感じで。

青山円形の初演をみては居るのですが、物語の記憶はほとんどなく。ワークショップ選抜された当時女子高生(多分)たち、桑原裕子、青山麻紀子、田村友佳、端田新莱、渡辺香奈、井口千寿瑠、石村友見なんて役者たちののほぼ初舞台だったという奇跡の舞台。青山円形という小屋の広さもほどよくて。

それに比べると、今作は少々やりすぎの感。何が理由かはわかりませんが、大人たちの都合だと思うのです。たかだか4500/3500円の舞台にフェス全体のこの豪華なパンフを配るというのも昨今の状況を考えるとどうかしています。いや、客としてはもちろん嬉しいわけですが。

もちろん出ている彼女たちには全く罪はありません。役者はこれほどの大舞台、声はあやしいけれども、瑞々しくて眩しい。作家が書いた枠組みにはまるようにワークショップで誘導されただろう初演とはもちろん話題も異なっているのだけど、でも残念ながら生きている女子高生の言葉ではない感じ。 ラストシーンはさすがに生きているものの力強さの圧倒感なのだけど、それも友人に聞くとモチーフとなる映画(園子温監督『自殺サークル』-youtubeに"Suicide Circle"としてありますが、1'15"以降はスプラッタにしてもあんまり趣味が良くないので見ないこと推奨)があって、あれれ。 が、観てみると、演出はそれを知った上で作っていることがよくわかります。映画ではホームに飛び降りる女子高生たちなのだけど、今作では手を繋いだ彼女たちは両足をしっかり地面に踏ん張り、生き続けていきます。それを執拗に繰り返して生きていくことのチカラと誇示するのは、確かに感動させてしまう圧倒感があります。その意味では青山版よりも生命感あふれていて。

転校生という役を、年かさの役者にさせるというのは、アタシの記憶にはありません。詰め襟を着て「風の又三郎」風味なのはよくわかりますが、対立するでもなく受け入れる側でもなく。対比するという構造はよくわかりますが、ならば男でも、あるいは女子高生自身でも成立すると思うのです。

オープニングでやけにネタバレ感になります。映像、「転校生」→「転生」「生」と消えていくのです。しばしここに居る、ということでは転校をし続ける子供とか、朝当たり前に学校にきて、明日も当たり前にあえることを前提にさよならっていうとか、ということ。最後まで残る転校生は、明日また会えるのかということを最後まで気にしながら。この物語をアタシの中に記憶として刻み込むことが出来たのはたしかに嬉しいのです。

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速報→「アルカリ」壁ノ花団

2009.3.29 15:00

MONOの水沼健が主宰するユニットの新作、70分。31日までアゴラ劇場。

戦争の街。もと孤児院の廃屋のような建物。自分の鞄を探し故郷に帰ろうとする女。出会った男女は孤児院のころからそこに残り続けている。

男女二人づつ、皮の鞄が乱雑に積まれた場所。静かに少々不条理なスタート。小さなシャツに首を通そうともがきつづけたり。わけのわからないまま進むうち、戦争があって、後からきたのは教師で収容所の爆撃で半年も気を失っていたなどが断片的に。

しかし、実際のところなにが物語の根幹かというのはよくわからなかったりします。後半、倒れたまま雪が降りつもる教師は、終幕近く、こどもがやっていた卓球の球を投げる(ふりをする)のだけど、死んでしまったであろう教師の思いとか、そういうことをとらえるべきなのかと頭をよぎったりします。70分というコンパクトな世界でこの座組ですから、それでもちゃんと観続けさせてしまうようところはあって。

トランクを積み重ね階段のようにするシーンはちょっと凄い感じがして、観ていて楽しい。

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2009.03.29

速報→「エスカルゴ」こゆび侍

2009.3.28 19:30

こゆび侍の新作。110分。29日まで王子小劇場。

かつては売れた詩人の家。妻のことを書いて詩集は売れたが、その妻は毒を抜くためと云ってバスルームに籠もって何年もでてこない。息子は大学をあきらめ、娘は父親と会話せず、友達が頻繁に出入りし。その息子に彼女ができて、連れてくるのだという。

終演後に聞いてみれば詩人は41歳の設定で、息子は20歳の設定なのだと云います。さすがに若い役者ではリアルにはなり得ませんが、むしろアタシの年代というリアル。観てるときは50だと思ってたのになぁ。若い作家なのに、こういう枯れたというよりオヤジ目線で女への視線がアタシのリアルな気持ちに重なります。←いやいや、なんのカミングアウト。

その妻を演じた浅野千鶴は若い役者だけれども、特徴ある声質が年齢をわからなくさせるのです。この声の心地よさったらないのです。息子の彼女を演じた佐藤みゆき、圧倒的に見ていた「柿」の客演などの成分をすっかり抜いて、次々と衣装が替わりながら実に清楚な美人という役は珍しい。うあ、こういうことができるから女優ってのは信用できないよなぁと思いつつ、目が離せないのです。オヤジだから。

暗い家の中に明かりがさしてすべてが幸せになると信じて。そのあとにあるのは絶望なのか、希望なのか。あっさりと、しかし粘度のある話を感じて

妻と毒というのは、下にあるのが「女」=妻、「母」=毒というのだというCoRichでの指摘。この流れで終盤息子娘が出ていった後に妻に戻るというのはこの流れ、実によいと思うのです。

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速報→「インテレクチュアル・マスターベーション」パラドックス定数

2009.3.28 15:00

下北沢・スズナリの横にあった映画館を改装した本多グループ、下北沢で7番目の劇場、演劇としてのこけら落とし。エイプリルフールまで711。110分。対面に設えられた客席、常設側が正面、裏側になるパイプ椅子席は裏の表情が楽しい。

明治、社会主義というか無政府主義を掲げる男たち。世間はきな臭くなり、その自由も怪しくなってきて。幸徳秋水堺利彦木下尚江山川均大杉栄荒畑寒村内山愚童

史実に嘘を巧みに織り込むパラ定の新作。大杉栄のような歴史上の有名人を登場させるスタイルは実は結構珍しい気もします。匿名の誰かを登場させるスタイルはあたしの好みにぴったりだし、実在の人物でも史実を知っていれば楽しいのです。が、この実在の人物となると、じつはその知識というか印象が物語を読み進むために必要な感じがします。例によってこの手の知識に疎いアタシは、大杉栄や(登場しないけど)田中正造の名前ぐらいは知っていても、登場人物たちのキャラクタというか、どんな背景の人々かは知らないまま。知っていれば、人物の造型をいきいきと感じることができそうなのだけど。

この規模の劇場でずっと張り続ける声。時代の熱さを感じさせるという効果とともに、裏側で芝居を観てもセリフがちゃんと聞こえます。戯曲を買って読むと、役者のセリフがそれほどはしっかりしていないことに気づいたりしますが、それは大きな問題ではありません。 張った声は人物の格好良さ。お互いに軽口をたたきながら、命すらなげうちそうな熱さを持った人々を丁寧にしかしダイナミックに描くのです。

屋上での集団での演説はまるで遊園地に遊びに来た男たちのようで乾いて明るく楽しい。あるいは軍人500名を前にしての演説シーン。これが記録に残っているものかどうかはわからないけれど、けっこう圧巻。「おなじものを見ている間は幸せだけど、ずれたら戦争」というくだりはちょっといい。。そういう具合にこまごまいい断片が書き込まれてるのだけど、それが有機的につながっておおきな物語に感じさせないのは史実を知らない自業自得。

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2009.03.26

速報→「蜉蝣峠」新感線

2009.3.25 18:00

平日公演を18時開演という強気の戦略は会社勤めにには辛い。でも19:30の休憩後でもいいんじゃないか、これ。宮藤官九郎の書き下ろしの「いのうえ歌舞伎」果たしてちゃんと歌舞伎。休憩20分を挟んで360分180分(ご指摘感謝)。4/12まで赤坂ACTシアター。

蜉蝣峠で待っていた男、名前は闇太郎。友達に連れられて街に降りる。その街で起きた陰惨な事件の生き残りということで厚くもてなされ。ヤクザ者の抗争がある町で利用されつつ。しかし、事件の生き残りという闇太郎がもうひとり居て。

赤坂ACTの2Fはさすがにちょっと遠い。声で古田新太や堤真一はわかります。前半は背景説明だと思いますが、ダラダラとあんまり面白くない感じで巧く廻っていないと思うのです。役者は確実なチカラを持っていることはわかります。これはホンか演出だと思うのです。

ネタバレかも

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2009.03.23

速報→「お弔い」ラックシステム

2009.3.22 18:00

15周年を迎えるラックシステムの新作。このあと今年度中に二本の公演、楽しみ。130分。22日までスズナリ。

事故で突然亡くなった老婆の部屋を整理に訪れた社員や古物商たち。戦後10年、質素に暮らしているとはいえ余りにものがないことを不審に思った彼らは、彼女の秘密の部屋を見つけてしまう。戦中、中国で人気のあった女優の写真や撮影に使われたような洋服、装飾品がたくさん。映画会社の広報や大家、その財産に目をつけた詐欺師たちも藁藁と集まってきて。

泣かせる関西弁芝居という印象のラックシステムなのだけど、笑わせる序盤、コンゲームにも似た謎が謎よぶ展開の中盤、女優と部屋主の関係の謎解きの終盤という構成は巧いなぁと思わせるのです。

遺品を整理する中でさまざまなものを値踏みしていく序盤のシーンはリズムも良く、関西弁によくあいます。笑いも多くて、安心して進める物語。

そのあとにいくつかある詐欺師のオンステージがあとから思えば楽しい。もちろん観客もだまされているのだけど、その時代ならばありそう、という終幕直前の台詞も腑に落ちます。

リリパの役者にこだわらなくていいラックの座組では、魅力のある客演陣も。 武藤陶子晃子(ご指摘感謝)をラックでみられるのは不思議な感じもしますが、アタシには感無量ですら。関西の彼女の言葉が、この芝居の中で自然に流れるのがなんかうれしい。

京都人気質、というよりは京都人の大阪とは言葉も考え方も違うというプライド、アタシには真偽を知るよしもありませんが、そんな感じと思わせる説得力。その京都人、撮影所の広報を演じた八代進一は優男風、カッコイイ。

開演前に客を入り口と反対側に寄せる、というのは中央に座っていた客が下手によってしまうわけで、客の納得を得るのは難しいはずなのだけど、コング桑田という希代のエンタテナー、しかもオッチャンキャラ付きがすごくて、納得してしまうのです。もっとも、舞台の造りは、下手側によった方が見やすく作られているわけで、隙はありません。

さすがに昨今の状況では、弁当エイドとか、終演後のオマケというのを期待するわけにはいきません。それでも、有償パンフを買わないと配役がわからない、というのはちょっとしたことだけどケチくさく感じてしまうのがもったいない。いえ、webにちゃんと配役載ってはいるんですが。いえ、有償パンフだって買うんですが。

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速報→「何処へも帰れない」Not in service

2009.3.22 14:00

Not In Serviceの新作。当日パンフによれば主宰は卒業なのだとか。21日まで早稲田どらま館。125分。

小さな国、国家運営コンサルタントとして民間企業から派遣されたスタッフたちのオフィス。内戦からやっと復興を始め、国の発展が始まったところ。が、周囲の国の政情不安から、内戦の火種はもういちどくすぶりだし。

大使館などの政府の機関ではなく、コンサルという民間の企業のスタッフがその国の運営をサポートをしているという構図。新進気鋭の政治家なんてのも突然訪れたり、環境を錦の御旗に勝手な行動をする人なんてのも訪れたりするけれど、少数精鋭のスタッフはちゃんと機能していて。かつて別の国で内戦を止めたなんていう伝説に近い活躍をした男を主軸に据えて物語は走ります。

中盤、本当に国のことを思っている政治家と、その本に共感する男という感じのシーン。青臭さいっぱいだし、荒削りな作りという気はするけれど、若い作家が書くゆえならばむしろ古風ですらあるスタンダードは安心感。

が、その青臭い想いは、後半になってあらぬ方向に舵を切ります。いわゆるヲタの一面が顔をみせ、それもこの社会の今の姿を確かに描いていて。なぞめいた男の対話相手もその妄想の延長か、と思っているとさにあらず、成立しない一途な想いにとらわれた元首や、あるいは母親の姿に重なっていくあたりは美しい感じもして、ちょっといいのです。

カードゲーム感覚だったり、その国の人に対する思いだったり、あるいはなにをより所として国を作っていくのかなんてことを幾重にも重ねていく終盤は、見応えはあるものの、未分化で整理されていない感じがあって、おそらく出したかったであろうスピード感よりも、過剰感の方が勝ってしまっている感じがするのは惜しい。でも、そういう熱い気持ちってのは、アタシには眩しくて、うらやましい。

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2009.03.21

速報→「mixture♯1」空間ゼリーLabo

2009.3.21 19:00

空間ゼリーのラボ公演。外部脚本を含む3本の短編で115分。22日まで池袋GEKIBA。

保育園、園児の父親との不倫がバレてやめる保母、病気の園長の代理として気を張った日々を過ごす三十路間近の保母は結婚したいと思ったりもして「らくがき」。
徹夜明けのオフィス、先輩にほのかな恋心を持つ後輩の女性、当の先輩には「永遠」と「奇跡」と名乗る謎の人物が見えていて、それは大学卒業の時以来10年ぶりで「2008年11月。」
何年かぶりに帰国した男が大学時代の仲間たちを集めて話があるというが「パンドラ」。

「らくがき」は、辞める保母のパートが前半、ねじ込んでくる母親が居て、気の張る役割を持たされているベテランではあるけれど三十路間近の保母が居て。きつい日々、結婚したいなぁでも相手いないなんていう日常の会話。 それとは裏腹に、彼女にはそこから抜け出す鍵を持っていて。冷静に考えればとっても嫌な女という感覚がしないでもないのだけど、どちらかというと地味目に見える園(平田暁子)が、というのがポイントでそれに支えられているといってもいい感じがします。正直に言えば、後半部分こそがアタシの見たいところではあるので、そこをフューチャーして凝縮したものが観たい感じはします。 「さよなら」と言い残してその部屋を去るラストシーンはちょっといい。

「2008年〜」は、10年前と現在を自在に行き来しながら、そのターニングポイントにあらわれる「しるし」を巡るはなし。洒落た感じのつくりで芝居らしさがあふれます。昔の想い出語りかと思っていると「将来につなげてみせる」女の意地のようなものがいい味に終幕に効いてきます。反面、頭良さそうな哲学めいた言葉を振り回している感じがするのは、学生特有の議論のシーンとはいえ、ことさら言葉にしない方が実はすんなりくるんじゃないかと思ったりもします。

「パンドラ」は、何かができると信じて大学時代から変わらない男と、振り回され続けている周囲の距離がくるくると変わる、作家の底意地の悪い視線が楽しく凝縮。そこに希望が残るはずなのに、それすらもなくなっちゃう、というのはタイトルによくあっています。そういえばそういう男だった、という女性視点の見方がちょっと新鮮なところはあって。人間を見ているなぁと思わせるのです。

シンプルというよりは手作り感あふれる舞台。RED/THEATERで彼らが打つようながっつりした公演だってもちろんいいのだけど、こういうシンプルな舞台ゆえに見えてくるものというのもある感じがします。

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速報→「おやすまなさい」カニクラ

2009.3.21 14:00

川田希と宝積有香のユニット。準備公演2回を経てのvol.1公演。22日までアトリエヘリコプター。75分。

眠りたくて仕方のない人と、眠れなくてじゃまをする人。深夜の二人の会話。

。 五反田団名義は観たことがなくて、風琴工房の企画公演を見ただけのアタシです。どちらかといえば静かで眠りについていくような風合いの物語を強烈な色気で引っ張った風琴版に対して、パジャマ姿、散らかる部屋という風合いはおそらくオリジナルに近い仕上げ方なのだろうと想像します。

眠ること、静かに海底に沈んでいき、海底の貝殻をみつけながら、やがてその貝殻は砕け砂となっていくとか、あるいは片方がいなくなっても遺伝子のもう片方が複製していき溶けあうのだという、消えていくアタシの姿や消えていく友人の姿というようなものを、ごく丁寧に描いていきます。

アタシの座った側からは少々遠い印象で、観ているアタシがとけ込んでいくような感じにならなかったのは少々残念。貝や砂を持ち込んでいるのだけど、暗さもあいまってそれも遠い感じで最初わからないのがもったいない。 ヘリコプターに急斜面の客席を対面で。入り口はいって左側の客席は真ん中を大きく席を外し、上下二段、さらに左右に二台という片側だけに四台編成の撮影機材。アタシは反対側に座ったのだけど、果たして、やはりカメラ側に正面があるような演出でせっかくの対面舞台は見やすさ以外の点では残念な感じ。撮影を最優先としているというのは座席の作りにもでていて、左右端に階段をしつらえてはいるものの、案内もろくにしないおかげで、真ん中の導線とは考えなかったところを無理にあがる観客が多数。広角で取るためにそれだけの広さになにも入れたくなかったのだとは思うものの、ちょっと危なっかしい印象で怖い。

チラシも当日パンフも実に素敵で目に留まるデザイン。このチケット代のクラスの公演としては、実に丁寧に準備している印象がとてもかっこいい。バカ高いチケット代で当日パンフをケチる公演に比べたら志は高いのです。むりに書き下ろしを追わずに、既存の戯曲を信頼する演出にゆだねるというのも、こういう小さいユニットでは正しい選択だと感じます。

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速報「同行二人」菅間馬鈴薯堂

2009.3.20 19:30

影山ザザを主役とするシリーズの新作。22日まで王子小劇場。1h26mというアナウンス、はたしてほぼそれぐらい。

四国・高松。今はキャバレーのオーナーに引き取られているが父親の芝居を引き継いだ娘が女座長、客は少ない。ザザの事務所も大変なことになって、一人で歌うためにここに。

四国といえばお遍路。逆打ち(逆回り)という独特な言葉はあるけれど、そう大きな問題ではありません。リアルかと思うと、体言止めというか言い切りというかの独特の言葉回しは、アタシが観ている範囲ではこの劇団の独特。まったくリアルではないこれがちゃんと成立する芝居のおもしろさ。

王子での公演がほとんどの菅間馬鈴薯堂、王子でやらなければこうして観続けるということすら怪しい、少し古い感じすらする構成。現代口語とはほど遠く、かといって大仰な歌舞伎のようなものとも違う90分弱。芝居がかったシーン、しずかに寂しさを感じさせるシーンなど、さまざまを取り回していくのです。

終演後、全員に開かれた劇場での飲み会は、わけへだてないオープンな感じで楽しい。半面、いい椅子の大半を予約席としているのはいい印象ではありません。

東京の歌い手、というのが圧倒的な力を持つ芸能の世界。地方でそう見えるのだろうという感じはしますが、地方での見え方をリアルで知らないアタシは、その真偽を知る方法はありません。

名前をいちいち書かなくても、圧倒的な歌手、若い歌手、女座長、その内縁の夫、芸人など、明確にキャラクタライズされた人物は明確で分かりやすくて、これは見やすくて嬉しい。

途中で挟まれるステージのシーン。歌だったり、怪しげn手品(ですらない)ものだったり。その中で圧巻なのは藤崎成益演じる駅名芸というもの。声がやけによくて圧倒的に声量のある役者の、ある種の一発芸は、ネタ自体のおもしろさというよりは役者のチカラワザ。ちょっと凄い。好宮温太郎の戻ってきた夫も力の抜け具合がいいのです。

今までのシリーズにいたマネージャーが不在な理由を、経済環境の悪化に求め、辻褄はたいしたもの。そういば、ハバロフスクへ、という台詞が過去にあったかと思っていると、アタシの友人はそうだといいますから、ちゃんとつながっている感じ。

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速報→「すべての風景の中にあなたがいます」キャラメルボックス

2009.3.20 15:00

梶尾真治の「未来のおもいで」を原作にとったハーフタイムシアター王道のタイムトラベルもの。65分。29日まで新宿FACE。どちらか一本を選ぶならこちらをオススメ。

SF作家の家を深夜訪れる友人。商業デザイナーであるその男は、信じられない体験を語り始める。無名だが自分が好きで何度も上っている山。あるひ、山頂近くの雨で雨宿りの洞窟で一人の女性と出会う。その場は別れたものの、もう一度出会いたいと考えた男は、電話や住所を手がかりに探すが、見つからない。

時間を超えて知り合ってしまった男女、どうにも越えられない時間の壁、タイムパラドックスを承知でも助けたいという想い、変えられない歴史に対する無力。キャラメルボックスのタイムトラベルもの、特に笑いも交えたハーフタイムシアターのテンポの良さがいい感じで結実。名作「銀河旋律」にも匹敵しそうな物語のチカラと、1時間への圧縮による濃さ。

岡田達也・細見大輔の掛け合いは時に笑いに走りすぎるキライはあるけれど、あたしはこれぐらいの感じの軽さでとばしてくれる前半がとてもいいのです。それを受けて終幕まで走りきる感じで、いいバランス。温井摩耶はヒロインとしてあくまで美しくそこに居続けるという役柄がよくあっています。

通しで二本を見ると、幕間(まくあい)にはキャラメルボックスの過去全公演ダイジェストがついていたりしてちょっとお得な感じ。前説は、「光の〜」キャストによる合唱仕立て。このお祭り感も楽しい。

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速報→「光の帝国」キャラメルボックス

2009.3.20 13:00

元リキッドルームであるFACEは小さなエレベーター3機しかなかったり4つしかない女性用化粧室が長蛇になったり(そのわりに男性小用や訳判らないぐらい多い)と、勝手の違うこともたくさん。早めに行き、あるいは備えて。65分。29日まで。

15年ぶりに再会した男と姉弟。あのころ、引っ越しを繰り返し友達ができなかった弟。一家は、あらゆる文章を記憶し忘れない不思議な能力を持っていた。その不思議な能力ゆえの迫害を恐れ、常野(トコノ)として在野に目立たないように生きてきたが、弟は、そらんじている平家物語をきっかけにある老医師と「友達」になってしまう。

記憶力がやたらに優れていると紹介されている冒頭から、人の記憶を「しまって」自分のものとしてとりこんで「ひびく」こと、というところへの展開は少々観客に対して誠実さに欠ける感じがしないでもありませんが、1時間の濃縮感はたしかな力。若い役者を核にしてもしっかりとした物語。笑いはそれほどは多くなくて軽快さよりは重さの方を感じがちになってしまうのは、恩田陸(原作「大きな引き出し」/「光の帝国」所収)ということを、アタシがことさらに意識してしまっているというだけのことかもしれません。

今作は畑中智行演じる不思議な能力を持つ一家の末っ子の成長譚と、大内厚雄演じる息子が父親の想いに気づく親子の物語の二つの軸。わずか60分の中に無理なくきっちり詰め込んではいますが、アタシの気持ちを乗せる視座に困るところはあって、そこが印象の弱さになっている感じはします。

小林千恵演じる同級生は弾けていて楽しい。坂口理恵演じる母親はこの座組の家族の中では圧倒的すぎることを自覚してかどうか、出しきっていない感じが惜しい。

親の想いの深さ、それに気づいたときの子供の気持ちの激しい揺れの感覚はあたしの気持ちに響きます。親を厳しく憎むぐらいになってる、ということならばこれは感動なのだけど、アタシはそこまでではなくて。でも、想いの深さに気づく瞬間は確かに。

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2009.03.17

速報→「15 MINUTES MADE VOLUME 5」Mrs.fictions

2009.3.15 18:00

定期的に開催されるショーケースイベント。6団体各々15分に休憩を挟み130分ほど。15日までシアターグリーンBOXinBOX。

田舎を飛び出しての成功譚フィクション「松任谷由実物語」(Mrs.fictions)。会社が倒産するその日、ビデオカメラを廻してたり原因の一端となる女が乗り込んできたり「私たちの考えた終わる会社の終わり」(ジエン社)。ダンス「case_1」(MOKK)。保険の外交員が前の担当者と交代して訪れた家には若い妻が何人も居て「恋女房」(青☆組)。死の淵の女は埋めて下さい百年待って下さいといい「再会」(東京ネジ)。家に戻ってきた女は寝る前の15分を自分を高める時間に生かすことにしていて「15分しかないの」(DULL-COLORED POP)。

いままでに比べると美術も照明も大幅なパワーアップ。ここが引き締まっているだけで、全体の印象はぐんと上がります。

この手のショーケースは名刺代わりとなるコンパクト短編が次々と観られる面白さ。劇団のことはやはり生の芝居をみるしかないわけだけど、本公演を観るリスクに比べたら15分で終わるということがはっきりしているこういうイベントはいいのです。「なんとかワングランプリ」でとかく順位を付けたがる昨今なのだけど、そのままを見せるだけ、というのがむしろ重要な気がするのです。

「松任谷〜」はあからさまなフェイクの芝居をことさらにフェイクを強調し少々泥臭く。意図してやってるとは思うのだけど、この路線で行くなら破壊力のある爆笑が欲しい。大澤夏美の表情、オーディションの無音のシーンはちょっと洒落てる。

「わたしたちの〜」は女がらみで潰れた会社、そこに居るのはなぜかかぐや姫となのる女と外からもう一人。末期的な感じでモラルハザードぐちゃぐちゃな感じのすれ違い感、で全体が崩れていく感じ、なのか。

「case〜」はほぼコンテンポラリー。狭い舞台できっちり動いたり、お互いに支え合いながらのシーケンスはちょっと楽しい。でもやはり台詞と物語があたしは欲しい。15分という区切りがわかっているから、こういうのが観られるのは正しい。

「恋女房」は短編アソート集の中の一本。使い回しと云うよりは元々このイベントのような短時間の場所で作れる芝居の必要性を感じてということのよう。全体の中では圧倒的にわかりやすくて、しかもエンゲキ的でイベントでいろんな客層にリーチする強さがあります。若い作家なのだけど、このドロドロ感はどうしたもんだ。

「再会」は夏目漱石の「夢十夜」(青空文庫)の第一夜からの引用、待ち続ける人の話へ。100年待つ、とかから母を訪ねて〜だったり、幼なじみ4人のうち、アルゼンチンに行ってしまった一人を想う気持ちなんかちょっといい。前半の幻想的なところよりも、後半の素にちかい感じのほうがアタシの好みだったりするのです。若い彼女たちだけど、どこかに80年代っぽさが出てしまうのはどうしてなんだろう。

「15分〜」15分を逆手にとって、帰宅後のたった15分の間に自己啓発的なこと考えたり、元彼からの電話があったりと、その「自分だけの時間」の重要なこと。気持ちのぶれがまるでロウソク足のように上下に振れた3人になるのが楽しくてエンゲキ的な感じ、見せ方も洒落ています。

アタシの好みでいえば、「恋女房」「15分〜」が好きな感じ。15分という時間で何を見せたいのかが明確な戦略になっているのか、というあたりがポイントになる気がします。名刺代わりの短編というのをどの劇団も一本か二本持ってるといいよなぁと思うのです。

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2009.03.16

速報→「ホネノウツワ」zupa

2009.3.15 14:30

倉迫康史、水寄真弓、藤谷みきのユニットの新作。芥川龍之介「地獄変」(wikipedia, 青空文庫)と坂口安吾「夜長姫と耳男」(青空文庫)をテキストとする70分。15日まで「楽園」。

二つのテキストをもとにして再構成している、ということなのだけど原作を読まずに見てしまったアタシの印象は、芸術に生きる男が女を描こうとすると、その骨の外側にある肉体(ホネノウツワ)が邪魔をしてどうにも描くことができず、結果女を焼き殺してその骨を描こうとしている話が骨組み。 女と男の愛憎を縦糸にしながら空間を丁寧に埋めていきます。コミカルなシーンも多くあって気楽に観られます。

身体表現指向の強さは、アタシには苦手意識のある領域なのだけど、男と女とかコミカルさを絶妙に組み合わせながら気持ちが引っ張られ続けられます。自分のアイドルの話から年代とか、くじけそうになったりくだらない夢を語る男を慰めた年上女とか、没頭する男の後ろに寄り添っていたいけど前から来られるのはイマイチな女とかと、ありそうな男と女のシーンを点描。突き詰めようとしているのに、目の前にある肉体に惹かれてしまう人間の気持ち、その向こう側に行こうとして飛び込んでしまう狂気の領域。気楽に観られるのだけどシンプルでしかし実はとても怖い話なのです。

エロと暴力、のような言い方をするし確かにエロなのだけど、アタシの印象には腑に落ちない感じなのです。触れられない何かとか、触れたくてしょうがなくて溢れる気持ちのようなシンプルさが持ち味だと思うのですが、それは「エロ」って言葉とは少し違う、のだけど思いつかないどうしよう。

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2009.03.15

速報→「108」劇26.25団

2009.3.13 19:30

再演や劇場公演以外を意味するというB公演、アタシは初見の演目です。15日までアトリエヘリコプター。100分。

日曜日の保育園。ドキュメンタリー映画の監督と打ち合わせるために待っている女性の職員たち。女性は自立しなければならないという園長の教育方針をもつこの保育園は、時に行きすぎてしまい、週刊誌の格好のネタになっていて。

3年前にかかれていて、あまり手を加えていないのだといいます。アタシは初見。ここ数年の感覚だと女性がむしろ強くて男性は滅びゆくのだ、というのがわりとふつうに感じられるのだけど、女性の自立至上で、共生という感覚がないというのがかなり偏った形で先鋭化してる「古さ」を意図的に書いている感じがしてむしろ新鮮ですらあります。

女性らしさを出したりおもねたりすることを嫌う彼女たちなのだけど、その先頭である園長が見る「夢」はオンナらしさムンムンで、それが彼女の中にある気持ち(押さえ込みたいのか眠っているのかはわからないけれど)を可視化しています。一番若い事務員はまた別のオンナが透け見えたり、女性同士の関係もあったりもして。

そこで生きていくこと、自分の主張を通すということが狭いコミュニティの中で先鋭化していくというのを描く作家の視線は鋭くて、端から見るとオカシイ人々なのだけど、その中での理屈は通っているという感覚は、「博愛」につながる得意技。

が、アタシはどうにも物語のなかに入り込めなかったりもするのです。行きすぎたフェミニズムということの違和感はともかくとして、それの行き着く先が、ある種の同性愛になってしまうというのは、あたしゃ嫌いな展開じゃないけれども、物語の深みを消してしまうような感じがします。

池田ヒロユキ演じるマジシャンの気の弱いしかし連れの女(須藤真澄)との浅はかな駆け引きの感じはちょっとおもしろい。この物語のなかで糾弾されるべき対象のはずなのだけどそれがスルーなのはもったいない。事務員を演じた清水那保の気の弱さ加減が絶妙で、視線が泳ぐような瞬間の表情。赤萩瞬純のテンション、若い世代だけど歌川椎子っぽくておもしろい。監督の永山智啓もこうみえてなかなか悪人、嘘っぽく面白がる表情が絶妙。

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速報→「アタシだけ楽しいの」バナナ学園純情乙女組

2009.3.14 19:00

バナナ学園、上がらないホンでもそれなりに見えるようになってる中日。本編100分、休憩10分を挟み「おはぎライブ」35分。15日まで王子小劇場。

中学校、入学式直後に校内闘争に巻き込まれて死者が出た一年生は反旗を翻そうとする。立ちはだかる生徒会役員。生徒会長は副会長の手に掛かり、混乱を極めていて。一年生が団結して組織を作るためには、顧問教師を見つけること、ランク付けされた生徒手帳のうち、6人しかいない「バナナ」の手帳を5冊手に入れることで。

学校の中がすべて、先輩は優しいものだった小学校から、先輩てのは怖いもの、になる中学校。一年生と在校生の対立軸での構図。アイドル志望という横糸をノイズのように織り込みつつ、男性もすべて女子学生の中、高いテンションで走りきります。人数も相当のものなのだけどきちんと。楽屋落ちっぽいところも挟みつつ(アドリブでは成立しないよなぁ。作り込まれてる。)

旗揚げから書いている作家のホンが遅いのはすでに周知、座付きではないから劇場に乗り込んで監視しながら書かせたり、という「伝説」ももはやネタの領域。果たして途中までは物語とか構造とか構図とかあるのに、ものすごくあっさり放り出されている感じは、よく言えば潔いけれど、物語だけでは走りきれなくなっている感じ。

しかし、それでも彼女たちはきっちり走るのです。歌い踊る若い女性を見ていると脳内が喜んでいるのは自覚できるのだけど、ミニスカートとキス以上に色気に走らないのは偉い。(中学生だしね)。

中学校の中には生徒と教師しかなくて、生徒の間には先輩と後輩があって、些細な日常が命を取るだのなんだのぐらいに本人たちには重大な問題なのです。

パフォーマンスな若い劇団といえばfaifaiが思い浮かびますが、スタイリッシュと普通の日常の間の行き来をしてる彼らに比べると、AKIBA、アニメ、YouTube、ニコ動というある種の泥臭さがあるバナナは対局にあると思うのです。実はちゃんと知らないネタばかりなのだけど、じゃあ、劇場上の「鑑定団」で勉強がてら眺めますか。

上がらない本を待つ間に稽古していたという、おはぎライブはちょっとすごいのだけど、終わったようでだらだらと続くのはあまりうまくない気がします。ぱっとやってしまうのが勝ちだと思うのですが。それでも、ライブでの中学生の表面的なイケイケ感と、本編の中学生なりの内面の緊張感。その対比になるということで、これを並べて見せるというのは正しい。

酒巻のはっちゃけ具合が楽しい。前園あかりのクールでかっこよさ。高村枝里の目ぢから、梶井咲希のグラマラス、柴田薫もかっこいい。山口航太は器用ではないけれど、一度見たら忘れないビジュアルがよくて。

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速報→「KAMI」Toru Sato Solo Performance

2009.3.14 15:00

桃唄309の俳優、佐藤達の紙芝居芸を核にして、ほかの作家による一人芝居を組み合わせたライブ風味の9本。70分。15日まで新宿VITUS。

開演前の「お願い」。紙芝居芸1「奇跡のパンテ」。ベンチで寝ようとしていたら通りかかったのは「清水君」。紙芝居芸2「太陽神」。女の子と暮らしたときの話しが「ありがとう」。ポカリペットの驚くべき「んだす」。寒い日に訪ねてきた女は「ある夫婦の話」。紙芝居芸3「手紙」紙芝居芸4「ムルキーヤ」。

紙芝居の方は、シンプルな線で描かれた絵で「僕の話を聞いてください」から始まるスタイル。タイトルはいちおうついているけれども、話はあちらこちらに飛び火し、回収されないまま次の話題にいってしまうものも多い、ほんとに「僕の話をきいて」状態。自分の生まれ・秋田の言葉や小さい頃の話し、母親とカレーとモロヘイヤのこと、稽古場で見つけて興奮したもの、といった具合におそらくは実体験に基づいていて、少々気の弱そうに見える見た目とあいまってついつい笑いに引き込まれる感じ。

見つけて興奮したけどそれは本当は違って、でも認識の時点では間違いなくホンモノだったからそれは本物、という強引すぎる展開はちょっとツボ。

「清水君」(三谷麻里子)は持て余す寂しい気持ちがすこしほっこりほぐれる感じで、シチュエーションはともかくアタシにも他人事ではありません。 「ありがとう」(長谷基)は役者本人も驚きのラップ仕立て。 「ある夫婦のはなし」(嶋村太一)。はどこかで聞いたような話しだなぁと思っているとやけに現代的な展開にびっくり。

作家の色がやっぱりでていて、最初はあかされていないのだけど、誰の本かなぁと思ったものがだいたい当たってたりして、それも楽しみなのです。

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2009.03.09

速報→「この世界から消える魔球」ダックスープP

2009.3.8 15:00

久し振りにブルースカイの芝居を。110分、16日までスズナリ。

パラダイス座を営む兄弟。かつては見せ物として一世を風靡していたが、今はだれも興味をもたなくなっている。チケットが売れないけれども出演者には手厚くもてなしていて、兄弟は赤貧の生活を送っていて。

ブルースカイ作演、小村裕次郎、池谷のぶえの出演となればかつて一世を風靡しアタシだってワクワクしながら通っていた「猫ニャー」の鉄板の組み合わせ。当時のそんな感じを思い出します。ナンセンスにナンセンスを重ねて物語らしいことは次々とひっくり返し、その癖膨大な無駄を積み重ねるというのは健在な感じで。

当日4000円というチケットでこの壮大な無駄を見ることをどうとらえるかというのはあるのだけど、アタシは楽しいなぁと思うのです。最先端だったはずではあるのだけど、むしろ安定の領域ですらある、というのはちょっと自分でもびっくりしますが。

松浦羽伽子(ex. 松浦和香子←googleはちゃんと「もしかして候補」に。すげぇ。)が少年役でちょっと印象的。舌足らずの飛び道具ではなくて普通に観てみたいと思わせます。池谷のぶえを小さな舞台でパワフルに見るのは久しぶりだけどほんとうに楽しい。元ハイバイの三浦俊輔もちゃんと渡り合うけど、気の弱い役というわけじゃないのがむしろ新鮮。原金太郎も無駄にパワフルで楽しい。

売れないチケットを一瞬で売ってしまう一種の魔法のくだり、流れ続ける大凶のおみくじなどはくだらなくて好きです。が、ナンセンス漫画家がふつうのまま暮らし続けていけないのと同様、この手の方法で観客を裏切り続けていくのは並大抵ではありません。あのときの熱狂、というほどにはのめり込めないのはあたし自身も同じで。それでも、メッセージなどみじんも込めない清々しさはいや、たいしたものだなぁと思うのです。

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2009.03.07

速報→「MY NAME IS I LOVE YOU」快快(faifai)

2009.3.7 18:30

faifaiの小指値時代作品の大幅改定再演。英語上演とはいいながら、ほぼすべての日本人に大丈夫な60分。終演後のご飯やら酒やら、ボーナストラック(5分)も楽しいのです。前売りは完売、CoRichによれば当日券も出るとか。開場の瞬間のワクワクのため、ぜひとも早めに。8日まで五反田ソニック。

テクノカットにしたくて家を出た男、渋谷で風俗客引きの男、街に立つ女(のロボット、アンドロイド)に呼び止められるが、興味を示さない。ハチ公の間を通るとタイムトラベルできるという都市伝説は現実になり果たして未来から。

初演を見てはいるはずなのだけど、語りとハダカばかりが印象に残っているダメ人間のアタシ。そういえばハチ公、そういえばハダカ(結局それかい)とか思い出しながら。

英語上演とはいいながら、ほとんど一人が語る結果になっていて肩すかしといえばそうだけど、巧くできる方法を作り出すというのはたいしたもの。この不自由さ、言葉に縛られての動きの楽しさがあって、つまりアタシはどこまでいっても言葉が好きなのだなぁと思うのです。

コミュニケーションが嫌いな訳じゃないのだけど、話せないこと、話したいことが伝わらないことのさまざま。ガイジンがきちゃったとか、好きになった人と話せないとか。英語には慣れてもむしろ後者が不自由になってる自分に気づいたりして(泣)。英語と日本語が乖離してるデートの相談のくだりが好きき。雑踏の中の二人にはちゃんと会話ができて。ありそうなストリートの風景。

終演後のパフォーマンスは、篠田千明の語で、男二人の動きでつくる、失恋した女のハチ公などを巡る物語。一人語りの失恋話というのは大好物だよなぁ再確認、する必要もないのですが。

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速報→「恋人としては無理」柿喰う客

2009.3.7 14:00

ジャパンツアーと題しての一年ぶり再演65分、9日までSTスポット、そのあと愛知・大阪・福岡。

エルサレムに入るイエスと十二使徒。多少の浮かれを感じていたが、民衆の一行にたいする期待は、やがて反感となって。

いわゆるエルサレム入城から十字架、復活に至るものがたりをわずか65分に凝縮。ほぼ黒のスエット姿、ヘッドホンやマフラーなどの小さな道具を持っている役者がその役になるというルールは初演と変わらず。イエス自身はでてこず、十二使徒たちが入れ替わり立ち替わりの「イエス君が好きだ」という気持ちでここまできてしまったことを語り続ける運び。初演5人からゲスト1名を含む7名の体制に変わっているのですが、アタシには人数が変わったことによる印象の変化はあまり感じないけれど役者が入れ替わった差はそれなりにでています。

役が次々と文字通りに「手渡されて」いくのを繰り返すうち、役者の動く速度を超えて役がうごくような独特のグルーヴが初演よりも強く感じます。 トークショーによれば「音楽のように演じていた」初演から「言葉を大切にした」再演なのだといいますが、むしろアタシはこっちの方がより音楽な感じ。 正直な話し序盤はしゃべりのスピードにも慣れないし、人名も慣れないアタシにはついていくのに苦労する感じはあるのだけど、あっという間にそのスピードに慣れてしまう自分にもちょっと驚くのです。

ご当地ゲスト、という形で「つあこん」なる一役を追加。自分の意志ではなく旗を目印に「ついていくだけ」であるイエスくんと十二使徒の関係をシンボリックに表すのです。

あえて東京をはずしたツアーは、「柿」の役者が勢ぞろいする福岡・大阪がちょっとうらやましい。それでもこの座組も柿に近い役者で構成されていて、もちろんちゃんと柿のダイナミックさを感じるのです。人数が多い芝居よりもこういうシンプルでポータブルな芝居のほうがアタシは演出のスタイルによくあってる気がするのだけど。

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速報→「誰も寝てはならぬ」国道五十八号戦線

2009.3.5 20:00

去年のアトリエ公演からの再演、本編75分。8日までdie pratze。そのあと大阪。

滅んだ演劇を復活させるという実験にDNAで集められた人々。なくなった演劇を台本から再構築する作業は何年かけてでも成功するまで続けることになっていて、軟禁状態で。

手探りでエンゲキを探す序盤、思わせぶりに芝居の本質っぽいことを突いていくセリフも楽しいのです。戯曲だけから滅んだエンゲキを考古学的に再構築しようとする過程で徐々に稽古らしいこと、演出らしいことが形成されていく過程は実に楽しいのは、演劇の進化を見るようで、というのは初演の感想と同じ。よく考えればそこかしこに芝居が絶滅した世界の割には少々妙な感じがしないでもないのだけど、まあマスコミってのはあるようだしいろいろ計算のうちといえないこともないわけでそれほど気になるわけではありません。

全体の印象があまり変わらない半面、違いは役者でしょうか。役に名前がないのでどうにも既に知っている役者で記憶を辿るしかないのだけど、今回初めての参加の菊池美里は「ソバージュばあさん」からどんだけの振れ幅なんだという一種怪演なのだけど、単なる飛び道具なんかんじゃなくて圧倒的な安定があって凄みすら。ハマカワフミエは初演のクールビューティという感じから劇中にも台詞のある融通の利かなさ加減が強く出ていてむしろ押さえた印象。

そこかしこに少しずつおかしみがあって、アタシのテンションを繋ぎます。NASAの開発したものは信用できないとか。 報酬と時間を天秤にかける序盤のシーンの感覚はおもしろい。報酬なんかなくても金払って芝居見てる立ち位置でも時間は天秤にかけるものなぁ。

今週の柿喰う客もそうですが、美術などもシンプルで少人数(今作は女3、男5)、短時間という構成のポータブルな芝居を一本持っているとツアーに向いていて劇団としての名刺代わりの広がりに繋がっていいよなぁと思ったり。ちょっと色気気味の一カ所を少しいじるだけで高校生にも向いていそうな印象があります。 ネタバレです、確実に

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2009.03.05

速報→「12人のそりゃ恐ろしい日本人」チャリT企画

2009.3.4 19:30

裁判員制度の話から始まるけれどそれにとどまらずに飛び回る90分。8日までOFF OFFシアター。深読みが幾らでも出来る軽薄な厚みがあります。←意味不明

風呂なしボロアパートに暮らす男、居候がいる部屋に浮かない顔で戻ってくる。世間の衆目を集める裁判の裁判員に選ばれていて、その最後の評決を決めて戻ってきたのだった。結果死刑となったのだが、それは自分の意には添わなくて。

裁判員の話に端を発しているのだけど、派遣切りやらカラスやらテロとの戦いやら隣に誰が住んでいるかわからなさだったりと、取り留めないほどに発散しているかのような物語。正直に言えば、さまざま詰め込んで軽い語り口は彼ららしいのだけど、そこから客をどうしたいのか、ということが今一つわからない感じはあって。

軽い語り口を身上としながらも、世の中のおかしさを敏感に感じ取る作家らしく、気になってしまったことをすべて放り込んでパッケージしている感じがあって、それを90分というコンパクトにしているのはたいしたものだけど、その放り込んだものをもう一段上で構造としてまとめられたらなぁと望んでしまうのです。

本当に被告は有罪なのか、それは証拠や証言に基づいて理性的に判断されたものなのか。市民感覚という錦の御旗で「思いこみ」に流されていることを自覚すらできていないのじゃないか、というあたりは明確に語られています。

ちょっとネタバレ

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2009.03.02

速報→「愛の渦」ポツドール

2009.3.1 19:30

抽選に当たらないアタシには多分最後のTOPS。ポツドールの三浦大輔、岸田國士戯曲賞を再演。140分。15日まで。アタシは今作を初めて観ます。

マンションの一室を使った裏風俗の乱交パーティの一夜。見ず知らずで集まった男女は最初こそぎこちない会話だが。

セリフもさることながら、TOPSの中にきっちり作り込まれる空気。賞を取るだけのことはあるなぁと心底しみる芝居なのです。

とはいえ、 全編ほとんどバスタオルを巻いただけの姿での上演。不思議と色気は感じなくなりますが役者には相当な負担のはず。なるほど、終演後にTOPSの名物である階段一杯に溢れる関係者と出演者が皆無なのは珍しい。時間が遅いだけかもしれあませんが。

最初にいる8人がぎこちなく相手を選び、ロフトになっているベッドに向かう、という序盤から徐々になれていったりする盛り上がり、さらに少々の諍いもあったりして。よがり声だったり、そのもののシーンだったりも挟まれたりして刺激をちりばめていて眼福なのは間違いないのだけど、そこに含まれた想いに気持ちが揺らされます。

一夜だけのセックスをするためだけの場所、電話番号の交換など関係をつながり続けることを禁止すらされている関係。その中である一組が深く愛を育んでいくのだけど、台詞では愛情が生まれていることはほとんどふれられず、台詞の上ではむしろ愛情ゆえに反発してたりしている部分だけが描かれます。もちろん、舞台をみている観客には台詞がなくて単に手をつないでたりロフトにあがる過程をみているだけで、そこに想いが生まれることは明白なのです。なるほど、作家がセリフというものを信用していないと感じさせるのだけど、それでも芝居というのは力強くそこに立ち上がるのだなと感じるのです。

携帯の番号が交換できそうでできなかったり、カーテンを開いてそれまでの一夜の関係があっさりと流し去られたりしているような日常への戻りがの一瞬など、よくできたシーンがたくさん。こういう場所というだけではなくて、所詮ひととのつながりは、どんなに愛していたとしても一瞬でなくなってしまうという無情感のようなものすら感じさせます。 これを観てしまうと寒い夜が本当に寂しくなってしまうわけで、ついついビールに手を出したりするのですが。

amazonのアフィリエイトを張ろうと思って検索したらたかだか3年前の戯曲がマーケットプレイス(古書店)でしか入手できなくなってることにちょっとびっくり。

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速報→「春よ、来ない。」くろいぬパレード

2009.3.1 15:00

アタシは初見の劇団です。手堅い人情話を110分。1日までポケット。

後継者不足になやむ漁港、市役所勤務で政治家になろうと志す男は派遣切りに会った派遣社員たちを漁師として雇う試みを始める。弟と父親は漁師をやっているが、父親は先のない漁師を自分の代限りとしようと考えていて。

コンクリート岸壁、向こう側に船のマストらしいものだけというのは、キーとなる漁船そのものを見せなくても想像させるには巧い方法。手前に漁協のテントがあってそこが主な会話の舞台になります。漁村のこと、派遣切りのこと、政治家と癒着とゆすりと男女関係と金、といった「地方らしい」感じのアイテムをズラリと取りそろえ。かといって声高になにかのメッセージということもなくて、全体に綺麗に描いている感じがします。

全体に丁寧につくられているのだけれど、時々ステロタイプさが顔を出す場面があって、船の中での情事や父親が死んだことを表すシーンなどを絵として見せたい気持ちはわかるのだけど、実はなくてもわからせてほしい感じはあります。

あるいは終盤の演説会のシーンを除くと全体に照明が暗めのシーンが多いのです。夜や嵐のシーンがほとんどなので仕方ないところもあるのですが、客演以外のほとんどの役者を知らないアタシには少々厳しい。

頑固で口数の少ない親父を演じた小林至はついに55歳という老人に近い領域に。しかし違和感がないのはたいしたもの。政治に燃えながらも女にどこかだらしない役人を演じた長谷川恵一郎はしっかりとしていて安定。その陰の恋人を演じた蒻崎今日子のほどよく隠された色気はちょっといい。男の募集なのにやってきてしまった女を演じた柳井洋子は全体に一本調子になりがちな役なのだけど、はじける一瞬が逆に印象的。その弾ける題材がどうなんだ、という気がしないでもないけど、テレビじゃないからそれを狩る気持ちになっちゃいけないのだ、観客は。

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2009.03.01

速報→「人間園」角角ストロガのフ

2009.2.28 19:00

角角、番外を挟んでの二回目公演。110分、2日まで王子小劇場。トークショーのあった土曜夜の回はゲストの力で理解が進む感じで楽しい。

産婦人科医の男や妹、家族たち。中学校の教室は教師が受験を乗り切るためにと称してイジメを奨励する異常な状態、職員室では別の仲間外れをしていて。

旗揚げと同じような雰囲気の美術。高く作り見えない客席を作らないことは徹底しています。おかげで見えないことは一つもないわけですが、いくつもの場面が本当に同時に(平田オリザの同時多発なんて甘い)展開していて、見逃してしまうことがたくさんあるのです。たぶん台詞だけならば問題ないのだけど、見える風景に引っ張られるのが人間ですから、そういう視点では明らかに見づらい舞台。たぶん、これは台詞だけで進めた方がいいと思うのです。作家の思うがままに飛び回るのですが、あちこちの舞台に飛んだり、しゃべらない場所で小芝居していたりと。 たぶん、それは作家が過ごしてきた断片なのだと思います。そこかしこがおかしい感じだけれども。

友人が云っていたのを伝え聞くと、誰もが動機が全くないというのです。こだわってはいたり、行動してたりするのだけど、その理由がまったくないのです。それはわかりやすくはないのだけど、これを110分紡ぐのはある意味凄くて、またみたいと思わせてしまう中毒性があるのかとも。

舞台としてなんとか成立させているのは、優秀な役者やスタッフに囲まれて御輿を担いでいるからだ思います。 トークショーはゲスト(はらぺこペンギンの白坂英晃)に足して役者も一人、MCとして。そういえば旗揚げも同じゲストのトークショーの回を観たのだと思い出します。作演を包むように守ったりする周辺。果たして、会話が成立しづらい作家が書いたものがこうなるということはよくわかります。

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速報→「トワイライツ」モダンスイマーズ

2009.2.28 15:00

鶴田真由をヒロインに迎えての新作。120分。1日まで吉祥寺シアター。そのあと福岡、鎌倉。

病気の父親を抱えた娘。その兄は粗暴で近所でも評判がよくない。隣に暮らす少し年下の男は、小学生のころから女に恋心を抱きつづけている。やがて父親は死に、莫大な借金を抱えても兄は何も助けてくれない様子を見て、隣の男かかねてからの恋心から結婚を申し込む。金がなくても幸せ、とは時間がたつにつれていえなくなっていき...

評判はいいのにモダンスイマーズを見るのは間が空いてしまうアタシです。いままでの印象とはずいぶんちがう、ゆるやかに螺旋を描く床面とそれに沿った高い壁で構成される抽象でシンプルな舞台。

視点というか、これは誰の物語なのだということに少々戸惑いがないかというと嘘になるのだけど、なんかとても芝居らしい芝居を見たな、という気がして印象に残るのです。

鶴田真由は、序盤こそ「きれいな人であればだれでも」という印象なのだけど、そのきれいな人ゆえの何かというのは物語が進むにつれてでてきて納得感があります。

あきらかにネタバレ

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2009.02.23

速報→「デコ」山の手事情社(2008研修プログラム修了公演)

2009.2.22 18:00

山の手事情社が毎年行っている一年・延べ480時間にわたるという研修プログラムの総仕上げ、修了公演。115分。

結婚する友人を囲んだ人々の「同窓会」。ビールの蘊蓄語る酔っぱらい「ビールについて」。ダンス「一触即発」。公演見に来た友人らしいダンサー男の語り口「ダンサー」。お笑いDVD見に男の部屋に来る女、期待高まれど笑いっぱなしで勇気を持つが「部屋飲み(1)」。男2人と女1人、女の失恋話を聞いていて、一人が席を外すと「部屋飲み(2)」。大声、絵文字のように怒鳴り合って「一言会話」。気のある男の電話番号を「合コンの女」。ぶつかって犬だかを病院に連れて行けと怒鳴る「大阪のおばちゃん」。場所取りの一瞬の隙に取られてしまった一触即発「花見」。「笑いの感情柔軟」。互いの経験を自慢し合う男女、パジャマ姿でいきなりやってきたり、あり得ないのに属性はやたらいいとか「恋愛武勇伝」。恋人と二人のベタベタ「小田急線の女」。椅子を相手に濃厚な「純愛」。高いテンションだけど寸止め「俺はやるぜ」。パンスト廃止を声高に「弁論大会」。夜道の散歩で出会った小さなおっさん(タイトル不明)、ビデオテープをブルーレイに(タイトル不明)。「蓄積」。夕飯の買い物するカップルは会社のお局に見付かって「スーパー」。泣きはらす「公衆電話にて」。「釣り人(1)(2)」。頑張ってるけど保険とかないですか「マリオ」。あたまオカシイ演出家に振り回される「支離滅裂な演出家」。入院しているお笑いコンビの一人、相方も来るが「お見舞い」。「歌ダンス」。バランスの悪い部屋で怪しげな「インチキツアー」。

山の手事情社がたまに行う爆笑編「ぴん」のようなテイストの、爆笑短編を細かく繋いだ構成。これだけの分量、おなかいっぱい。単に笑わせるというよりは、しっかりとした身体の動きや人間の鋭い観察に裏打ちされた小劇場のための俳優養成の形の一つが確かにここにあるのです。

構成表には「ものまね」や「ルパム」「ショートシーン」などと、メソッドというか構成される要素が示され、どのような過程で作られた要素なのかが見えるようになっていて、爆笑編の中でも、彼らの研修プログラムのショーケースにちゃんとなっています。終演後にDVD付きの募集要項ってのを配っていて、観たい気はするのだけどさすがに貰う勇気はアタシにありません。

合コンの阿る女を演じた堀口愛美はピン女芸人の領域のデフォルメで圧巻。部屋飲みや恋愛武勇伝、小田急線の女など全体に恋愛とか男女を巡るねたが多いのも、若い彼ららしかったりするし、笑いのねたとしても軽くて楽しいのです。演出家ネタはよくやっていると思うのだけど、清水宏の本家を観てるとさすがに差はあって。

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速報→「サーチライト」ユニークポイント

2009.2.22 14:00

久しぶりに拝見するユニポの新作。希望があるという事実をひたすら丁寧に四本の小品に。85分。23日までシアターグリーンBIG TREE THEATER。

四つのものがたりがカットオーバーしながら。(1)息子が一人暮らしを始めた夫婦、連絡が取れなくなったと息子の彼女から電話がきて... (2)国際問題研究会なる団体からデモに誘われる大学生の男、渋々話を聞くが、やがてその熱気に巻き込まれて。 (3)ヒモ同然で女の部屋に転がり込んだ男。甘い生活に見えるが、男はわき腹に痛みを感じて。 (4)どこか遠いところ、アルカディアなる、共同生活体らしいところ、取材にきた記者とアシスタント。

当日パンフの作家の言葉によれば、希望の在処を具体的に示すのではなく、希望を持つことを声高に主張するでもなく、毎日生きているんだという事実を描いた、のだといいます。4つの物語はほ独立して進んでおり、互いにリンクしそうな小さなつながりらしさを一瞬みせても、あっさりとうっちゃられてしまって、人物も物語も決してつながることはありません。終幕こそ一カ所に集まったかにみえますが、それは芝居を作る上で「絵になる」ように集めただけで、物語の上での必然があるようには感じられません。

どの物語をとっても、アタシの持つリアルとはリンクする題材がないからかもしれませんが、丁寧にテキストを紡いでいるという感じはしても、人物があたしに迫ってこない、純度の高いというか悪くいえば描き割りのような抽象性の高い人物が動いているという印象。 行方不明の息子に何があったかも、アルカディアの正体も作家の興味はないのでしょう、すっかりとそぎ落とされていてそれに対面する人間たちだけを抜き出して描いています。

そういう物語の作り方ももちろんあるわけですが、こんな時代とか希望とかということをことさらに云われても、あたしの気持ちには迫ってこない感じではあるのです。

役者も作家も、それができないわけはありませんから、確信的におこなっていることは明らかだと思うのですが、アタシが欲しているのは、もっと不純物というかノイズがほしいな、と思ったりするのです。

看護婦の部屋の序盤の甘い生活感が見てて気持ちいい。あるいは夫婦のシーンの序盤の距離感も安心してみられる感じ。国際問題研究会はコミカルさが楽しいがもっと突き抜けた方がバランスがいい感じも。

16時から設定されたWSの公演。詳細は語られていないのでよくわからないのですが、死の直後の人々が次々と訪れモノローグを語る構成。死んだ人の心を想像して描く、というやりかた役者が紡いだ言葉で作られているよう。そういう意味では物語そのものはあまり期待できませんし、役者のキャラクタを重視するというのとも違う感じになります。無償公演ですから多くを望むべきではありませんが、成果発表というカタチをとるのであれば、ワークショップを行った側はどういうつもりのプレゼンテーションとして意図したのかを事前に観客に教えた方が見る方は楽じゃないかなと思ったり。さすがに夜に観た山の手の一年に渡る研修のキレはここでは観られるわけもないのですが。

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2009.02.22

速報→「メガネに騙された」箱庭円舞曲

2009.2.21 19:30

箱庭円舞曲の新作。3月1日までOFF OFF。120分。

農協が持っている就農支援センター。週末兼業だったりここに移住してきたりする人々の支援を行う。農協職員や農協を通さないで買い付ける企業の営業担当が出入りしていたり、肥沃な土を作っている人がいたりする。何組かの移住者が定着しようかとしているとき..

日経とかガイアの夜明けみたいなドキュメンタリーで農業がキャッチーな昨今。でも彼らはリーマンショック以前にこの題材を決めたのだと云います。農業がしたいという漠然として緩い都会モノの気持ちと、人が来ることは基本的には歓迎しながらも、分け判らない人が流入してくることや、そもそも何の特徴もない一農村が生き残っていけるのか、という割とシビアな問題をぎゅっと濃縮しています。

そういう社会的問題を扱いながらも、マクロな視点のお題目ということにはしないで、あくまでもそこに登場する人々の揺らぎや衝突、というミクロな視座から描く作家の視点は少々の底意地の悪さを持ちながらも、まるで箱庭の中で動く人々を丁寧に描くようで優しさすら感じさせるのです。

就農する人々につけ込むような農機具やら法人やらの売り込みで始まる舞台。物語は当初、「見かけとは違う」という細かなネタを積み重ねて進みます。危ないタバコもどきだったり、夜のことだったり、謎のカップルだったり、どう考えても頭おかしい人の才覚だったりと、物語の主軸はどこにあるのだろうと思いながらも、ひとつひとつはごく丁寧です。

後半、芋煮会でのハプニングを巡ってこの場所、この町に隠された「見かけとは違う」事実が明かされていきます。少々じらすように何が起きて何が問題だったのか、その企ての全容が、登場人物達は知っているのに、場面は明らかになった直後から始まるという少々トリッキーな構成。一歩間違えばひどくわかりにくいだけになりがちだし、結果として上演時間が長くなってる要因だと思うのですが、この場面の描き方も実に丁寧で、セリフにきちんと食らいついていけば、そのじらされることすら快感というゾクゾクとする面白さを感じるのです。

あるいは女三人たちの「見かけとは違う」会話も結構好き。まあ基本的にアタシ好みのフォーマットではあるのだけど、地元の人、少々浮いてる人、真面目一本槍に見えるのに凄いひとというそれぞれの違いが浮き彫りになっていく過程がちょっと凄い。ミミズの都市伝説を巡る思い込みの会話はありがちな話題ではあるけれど「生きるの辛くないですか?」というセリフで締めるセンスはアタシの気持ちにすとんとはまります。

単純な男と手玉に取る女の構図がいくつか作られていくのも実に「箱庭」な感じがして面白い。終幕、女のピンチに出ていく男たち、立ちすくむ男、止められる男という対比が鮮やかな一瞬があって、それまで積み重ねてきたこの物語の関係がこの一瞬に凝縮される感じなのも後から酒を呑みながら思い出すと凄いなぁと思ったりするのです。

ネタバレかも

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速報「悠久のアフロでいて」JINSEI.

2009.2.21 16:30

名古屋から単身上京、旗揚げの劇団。22日までルデコ5。95分。

なかなか描けなくなっていることは自覚しているが、それでもどうにかこうにか一年ぶりの新作を発表するための個展を準備する画家。妻や手伝いの若者たち。肝心の絵は本人以外まだ誰も見ていない。

わずか100分弱なのだけど、夫婦や愛人や謎の人や昔の知り合いといったさまざまな会話が紡ぐ前半と、そこからかなり飛んだ感じに物語が進む後半の構成。絵の秘密はわりと早い段階で底割れしますが、それは大きな問題ではありません。

全体の構成は、いわゆる「描けない節」の画家の話ではあるのだけど、その恨み節だけに頼らない感じは、ちょっとよくて、冒頭の見てないようでちゃんと見てる夫婦の会話とかの細やかさとか、ファンだという人との会話のあたりの会話は結構素直な感じでアタシの感覚にぴったりきます。身近なところを描くことがいいことなのかという議論はあるにしても、あたしは好きなんだから仕方ない。

二次元こそが世界だ、という台詞に象徴される後半は、かなりテイストが異なります。多くの役者というよりはほぼ二人の役者の会話に集中されるシーン。 芸術ってやつ、あるいは絵っていうやつを一種独特の感じで芝居として描き出そうとしているという志にはワクワクしますが、アタシには少々とっつきにくくも感じます。

なじみのない美術や芸術の言葉やら概念やらを持ち出してきているのが、それ自体はそう難しいことではないにしても、物語とアタシの距離をつくってしまう感じがします。ここがもっと身近に感じられればなぁと思うのです。

。 タイトルははっきりいってダジャレだけどそれをきっちり物語として据えているのはじつはちょっとすごいんじゃないかと思うのです。いや、思いついても、それがこういう物語、というのはかなり妄想度が高くてたのしめます。

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速報→「ロミオとジュリエット」三条会

2009.2.21 14:00

三条会のロミジュリ三演目。22日までスズナリ。90分。

配役表で一目でわかるとおり、全員がジュリエット+一役という構成。開演前から携帯電話の注意を促していたスライド画面が前半部分でジュリエットの台詞を文字で表すという趣向。毎夜宴にあけくれるキャピュレット家のリピートやらの前半は、あれれという感じで今一つアタシの気持ちは乗れません。三条会のベーシックなフォーマットである古めのポップス(なのかな、昭和歌謡だったり童謡だったりもする)を大音量でというのが災いして、正直台詞が負けている感じは否めないところがあって、ストレスになります。肝心のジュリエットの美しい台詞もパワーポイントではね、と思ったり。

まあ、それは「主張するようになる前」というカタチを表しているということかもしれません。縄ばしごと称した赤い糸を引き合い、ロミオとジュリエットが一夜を過ごしたというところからは、少々の下世話さとオーソドックスなロミジュリ的で楽しめる感じ。

きっかけとなる引き合うシーンとか、その翌朝、母親との二人のシーンは演出のとリッキーさには少々なじめないところはあるももの、ちゃんとチカラのあるシーンと感じられます。ジュリエットと母親の両方をさりげなく一役に演じてしまう大川潤子には圧倒される感じ。それに重なる寺内亜矢子のジュリエットの声は若く、両方が重なった音には一種の重厚さが感じられます。

トリッキーさをことさらに強調しなくてもいいんじゃないかなぁとか、昭和歌謡をことさらに大音量というのも毎回となると飽きるなぁとか、劇場がこの規模だと音楽に対して役者の声量なのかカツゼツなのかわからないのだけど、台詞が聞きづらくて、空間が制圧できないんじゃないかとおもったりもします。今作に関して云えば、音楽のない台詞だけで勝負しているシーンの方が印象に残ります。たぶんアトリエの公演だったらもっとしっくりとなじむ印象があるのだけど、どうだろう。

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2009.02.16

速報→「満月に、同窓会。」ビビプロ

2009.2.15 14:00

横浜の劇団、二回目公演と銘打って。あたしは初見です。115分。15日まで相鉄本多劇場。

12年ぶりの同窓会に教師に呼び出された人々。それぞれ金に困る理由があったりしている。呼び出した教師は謎の男と結託して強盗しないか、と教え子たちを誘う。学校の裏手にある個人産婦人科医のところで、そこには再婚でかつての同級生の女も居て。

ニート、不倫、不妊、脅迫、性同一障害などとそれぞれの属性と思い出話にひとしきりの30分のあと、穴だらけの強奪計画が打ち明けられ、徐々にシミュレーションがされていって。終盤になって、その計画自体は金は二の次でほかに目的があることが明らかになります。そこに血のつながらない親子やら、友情やらをからませながらの終盤は、見せる感じではあります。アタシが住んでいるところ、という意味だけですが横浜の劇団、というだけで少々応援したい感じもします。

が、そのテロもどきの動機や、あるいは前半での人々のそれぞれの属性はアタシにはぴんときません。本人たちには深刻であってもどこかコミカルかつ丁寧であってほしいというアタシの勝手な望みはむなしく、少々雑な感じは否めません。うまくいえないのだけど、全体にそう感じてしまうのです。

終盤の物語はそれなりにみせるのだけど、そこに至る過程は物語に必要だったのだろうか、というとあまりにアタシの感想も雑でしょうか。

日曜昼に関して云えば、相鉄本多の常設ベンチの前に4列のイス席でも満員。スピンアウトのDVDを販売するという盛り上げも楽しい。終盤近くですすり泣きが客席から聞こえたりもしつつ。でも電車で一時間も行かない場所で同じぐらいの料金で観られる芝居のクオリティを考えると少々厳しい感想を持ってもしまうのです。

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2009.02.15

速報→「GOD NO NAME」タカハ劇団

2009.2.14 19:00

タカハ劇団の作家、G-upのバックアップ。17日まで駅前劇場。115分。

青木が原樹海のすぐ横、民宿の村の中にある自殺者を止めて自立支援するセンター。もう一つの民宿村との長年の対決は色濃く、向こうから流れてくる客は自殺志願ばかりで。住み込んで料理しながら電話番をしている女。この村をたちゆかせるための努力と画策。

物語の軸となるのは、住み込みで働く女と謎のただならない感じの男の話。そこにもう一本、向こうの村とこっちの村のロミジュリ的な男女。女性が積極的で男はダメな感じなのはイマの雰囲気です。

プロデュース公演らしく、役者の見せ場がそれぞれにたくさん。さすがに巧い役者をそろえるのはこのプロデュースの強みなのです。前売りで指定席なので席は選べません。すべてをイス席にしようとしてがんばったのだと思いますが、前の三列がほぼフラットなヒップポイントでは、テーブル上の小物が見えないという可能性があって、アタシは運悪くその惑星直列に前列の人が。物語に大きな影響があるわけではありませんが、フラワーロックも人形という小ネタの笑いが見えないのは少々寂しい。

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速報→「流れる生活」ワワフラミンゴ

2009.2.14 15:00

原宿から外苑前方向、気持ちのいいカフェを通り抜けて3F、バーとはいいながら窓が広くて開けた空間。暖かい昼の公演によく似合うワワフラの新作。55分。とびとびの公演で14,18,21,22日。bar&lounge 'greenz'。

広いテーブル、カフェらしい場所。コンパスを売ろうとする女、買わない人々。スキーにいきたいらしい人々、つれていくよう頼まれる人。大発明をしてお金余って仕方ない人、結婚してる人、食べる人、食べられちゃう人、告白っぽかったり。

あたしが勝手に思うのは、トリのマークのかつての姿を彷彿とさせるような、意味のあるようなないような、物語のあるようなないような小さな会話のつみかさね。比べると女性が多くて、男1人+女6名という比較的多い人数。言葉はきちんと紡がれているのに、その場面場面にはそれなりにちゃんと何かがありそうなのに、それが大きな物語につながらない、ことさらに笑わせようと云うのでも、ことさらに深刻ぶったりも、メッセージ的なものも、何もないのに、会話は確かにそこにあるのです。

まるで女子高生のような(いえ、想像です。知らないし。たぶん彼女たちはそんなには若くない)会話。それでも、明るい昼下がりのカフェという設定の場所はこういう「さえずるような」音としての会話が実に気持ちいい。それはドリンク付きというのにしちゃやけに大きなグラスのビールのせいばかりではないと思うのです。彼女たちのさえずる会話を聞くのが実にイトオシイ。

下のフロアはふつうの飲食店。入り口にほぼ実物大の牛の置物が目印、勇気を振り絞って、店の人に「演劇ですか」と聞かれながら昇った階段の先。 下の店は休日でも1000円ぐらいでランチが食べられて、酒も飲めそうで、空気が通って気持ちよさそうで。知っていればここで昼ご飯食べたよなぁ。いつか行ってやろう。

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2009.02.14

ちよこれいと。

少し頂いて、いえ、義理なのは承知です。申し訳ない、そしてありがたい。

暖かくて風の強い金曜日、まだ春一番には遠いのだけど、CoRichの春祭り、概要発表

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2009.02.12

速報→「俺の宇宙船、」五反田団

2009.2.11 19:00

五反田団の新作はチラシに書いてあるのとは違う話でした。15日まで三鷹市芸術文化センター・星のホール。110分。

スーパーから帰る女性三人、歩いていって別れる。きみちゃんと呼ばれる女は夫が最近変わってしまったのに疑念を抱いて、少年探偵団を結成する。小林少年のようなリーダー以下別に少年じゃないのだけど。

親以外の人と暮らしたことがないのでわからないのだけど、知ってたこの人と違うという違和感か、違うと云われてしまうという出来事が発端だとおもうのです。アタシは勝手に前田司郎のリアルが反省されると思っている五反田団なので、そうなてるのかー、とか勝手に夢想する感じて見ています。いえ、何も知りませんが。で、そういうシチュエーションがあることは理解できますが、実感を伴えないのはあたしのせいですが。

税金つかう芸文で拉致だのショタコンだのというのを、ことさらにやるのはどうなんだろうと思うのですが、酷いわけではありません。

違和感をどうやってカタチにするかということの確かなチカラなのだけど、ならばこの劇場は広すぎる感じ。客席の急傾斜は正しいのですが。

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速報→「ベルゼブブ兄弟」鹿殺し

2009.2.11 14:00

鹿殺しの新作。115分、15日までRED/THEATER。そのあと神戸、大阪、福岡。

幼い頃英才教育風に育てられた兄妹だったが母親が男と逃げてしまい叔母夫婦の工務店でもう二人の従兄弟と一緒に育てられる。末っ子をのぞいてひたすら怒鳴ったり叩いたりと怖い父親だったため、自分だけの世界に閉じこもってみたり、それでも父親の会社で働くようになったりしていた。東京に出て音楽の道に進んだ次男が、父親の葬儀のために12年ぶりに戻ってくる。

複雑な家庭で親戚に引き取られた兄妹と、兄弟の四人のすこしばかりゆがんだ愛情の姿。そこに東京でまだ売れてないバンド「ベルゼブブ兄弟」なる蠅の王(wikipedia)の復活を重ねて、恨みなどの心象風景の具現な感じに見せていきます。

父親の死因に持たれた疑問から派生して、それぞれの子供の頃からの歪んだ想いが噴出、という筋立てで、少々パンク風味にすぎる感はあるものの、物語には厚みがあります。

正直に云えば、タイトルやら蠅やらといったあたりが今一つ「恨みはらさでおくべきか」という点と見た目の迫力という点をのぞけば、せっかくタイトルにいただいているわりには、そこが尻すぼみで、兄弟たちと父親の愛情の物語になっている感じはあって、あれれと思ったりもします。

一端終わったと思った物語が、もうすこし続いて蛇足な感じがするのは、ハッピーエンドを求めてたのかな、あたし。

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2009.02.09

速報→「汝、隣人に声をかけよ」コマツ企画

2009.2.8 19:30

この芝居が立て込んでる週末を挟んでもちゃんと埋まっている客席。見逃したシーンが多そうで、もう一回みたい気もしてしまうのですが。90分、15日まで[CoRich]

近所の主婦たち、旅行先の羽目外しだったり、主婦達のお泊まり会だったり、息子の事だったり、浮気だったり、宗教だったり、ボランティアだったり、自閉症だったり、市議会議員だったり、ゴミ屋敷だったり。

物語というよりは情景を積み重ねて。知らない人と会話をしずらい、顔を知っていても声ははかけられない、会社の人でも深入りしない、なんて具合に会話が表面的で踏み込めない人々の描写を細かく重ねます。アタシも他人じゃないなぁという感じで刺さることも一杯。

アノニマスな会話の断片なのだと思っていると後半はするすると繋がりが描かれ、登場人物がきちんと立ち上がって、ある地域のコミュニティの様子が立ち上がります。場面場面の連続という印象は変わらなくて、そういう意味ではメトロポリスプロジェクトに似てる気もします。

序盤の主婦達の会話、自分の事情を要約して俯瞰できたりするのだけど根掘り葉掘り聞かれないのは終わってるのか、それはないと思われるのかというあたり、あるいは主婦達の会話が遠くにぼんやり聞こえていて。あるいはイタクラの家に来る女たちの修羅場のシーンが好きなのです。特にこまつみちると板倉チヒロの対決が実に凄い。

スクリーンが二カ所。クレジットなどのほか、要所要所で字幕が表示されます。必ずしも見えなくても致命的ではないのだけど、最前列からだとやや高い位置にあるため、芝居に没頭してるとついつい見逃しがちで、見逃したと思うと気になるのも観客の常で。この混戦の中もう一回観るか迷いつつ、せめてテキストを読みたいな、とも。

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速報→「この世界にはない音楽」むーとぴあ

2009.2.8 14:00

元発砲B-ZINの武藤陶子の立ち上げたユニットの旗揚げ、空想組曲初演の短編の再演作。10日までシアターモリエール。そのあと大阪での上演。85分。

死にたいと思っている人間と契約し、魂を抜き取る悪魔。契約の成績が悪く、今晩中に一つも契約が取れなければ、閑職に追いやられると言い渡される。町で出会ったのは、干された作曲家の男で、契約を無事に取れそうだが。

もともと60分程度の原作を85分ぐらいに。役者の十八番の雰囲気をはさみつつ。普段ならばもっと大きな劇場でみるような役者ばかりですからこの規模の劇場でみられるのはちょっとうれしい感じではあります。反面、役者自体に興味がないとその部分がやや冗長な感じに見えてしまう感じもあります。

もともとは小柄だけどクールビューティ風の悪魔(初演・牛水里美)と、少々人情にもろい感じに見える上司(初演・紫村朋子)という組み合わせだった初演なのだけど、一生懸命でおっちょこちょいな悪魔(武藤晃子)と、もっとクールな感じの上司(澤田育子)というキャストのキャラクタにあわせて手を加えています。無理にもとのキャラクタに拘らなかったことがうまくいっていて、このキャストにはよくあった感じになっています。時間の長さもあって、タイトさは薄まった感じもしますが反面、全体にもっとハッピーな感じには仕上がっていて、これはこれでありだなぁと思うのです。

西川弘幸演じる作曲家はまっすぐに誠実なキャラクタに、苦悩具合は薄く感じないことはないのだけど、軽やかなシーンはよくあっています。武藤晃子はいじられキャラ風全開、発砲の頃の感じであたしは楽しい。澤田育子の終幕の「くだらない」という一言が実にすっきりとしていて、一気にかっさらわれる感じはちょっと凄い。

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2009.02.08

速報→「フェブリー」あひるなんちゃら

2009.2.7 19:00

あひるなんちゃらの「もんやり駄弁」の新作。70分。11日までサンモールスタジオ。

冬、フェリーに乗っている人々。口癖が「愛してる」というイケメン、バンドの追っかけジョシ三人、卒業旅行の行き先が決まらずに喧嘩ばかりしているジョシ二人、知らない人に究極の食材を聞いて廻るパティシエたち。

他に比べればシンプルだけど、アタシの観る限り、かなりこれはセットを作り込んで見えますが、ヘナチョコには見えます。ゆるゆるにみえる会話が基本の彼らなのだけど、きっちり作り込まれていて、物語の意味よりもなによりも、「会話を進める、ころがす」ということの絶妙に対してアタシのカラダを委ねる心地よさ。

永山智啓演じる「愛してる」が口癖の男、あれだけの女性達をその一言で口説き落としてしまう剛の者は羨ましすぎる(泣)けれどもゆるい一発のパンチに打たれ弱い感じがちょっと可愛らしい(男だけど)。異儀田夏葉と篠本美帆の女子二人の腹立たしい感じも面白い、決め技がほぼ一緒の顔面攻撃もシリーズもののようで。おっかけをしている女子三人、墨井鯨子と金沢涼江の下っ端の筈の黒岩三佳がそう見えないのは今までに見ているキャラクタであたしの目が曇っているからなのだろうけど、珍しいメイクだったりキャラクタだったりして楽しい。

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速報→「床下のほら吹き男」MONO

2009.2.7 15:00

MONOのほぼ一年に一回の劇団公演、110分。京都を皮切りにツアーとなっていて15日まで吉祥寺シアター。そのあと大阪、名古屋、北九州。

斜面に建った古い家。両親を早くに亡くし力を合わせて暮らしてきた四姉妹。ある日廊下の壁にあった通気口の板をはずすと、その向こう側には大きな空間があった。長女はリフォーム業者を呼んで修繕することにする。長女の知り合いのリフォーム会社社長は、四姉妹が素人なのをいいことに家が潰れるからと脅して不要な補強工事まで請け負うが、何もしないで代金だけふんだくろうと考えている。それを見ていた床下の人影は。

公共劇場としては三鷹と並ぶぐらいに若手の劇団には難しくてスカスカになりがちなこの劇場なのですが、三鷹も経験し20年を迎えた彼らはさすがにそんなことは何の問題もなくクリア。スズナリのような「狭さを演出する」空間をきっちりと作り出します。

MONOの5人に加えての客演女優4人。全員にそれぞれに明確なキャラクタを与えていて、最初からすべて疑う男、信心深い男、反応の遅い男など。それぞれのキャラクタはしつこいぐらいに序盤で繰り返すのだけれど、それが中盤から終盤にかけてじわじわと効いてくる感じはさすがに巧い。

出任せの嘘をつくばかりのほら吹き男は、スーツに赤いネクタイで、白手袋こそないけれど「羽曳野の伊藤」かと思う出で立ちで怪しさいっぱい。ほんとうにでたらめなことをいっているだけな感じで物語は進んでいくのだけど、それぞれの人物は都合のいいところだけを信じたり意図的に抜き出したりしてと勝手に回っていく感じがちょっとそれっぽい。ほら吹きではあるけれど、だまそうなんて気はさらさらないのでしょう。存在自体は謎めいたままなのだけど、自分たち自身を合わせ鏡で見せている感じはちょっと怖いぐらいな構造。

正直にいえば、せっかくのこのほら吹き男の与えられている役割はこれだけ突拍子もない存在の割には薄い感じがするのは少々食い足りない感じではあります。亀井妙子演じる長女はどうやっても悪意が見えない、というのはあれですか、あたしの好みだからですか(汗)。

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2009.02.04

速報→「29時」自転車キンクリート

2009.2.3 19:00

TOPSでジテキンこれが最後かなぁ。アタシはどこで彼女たちの物語をもう一回見られるのかしらん。4日まで、130分。

クレイアニメのスタジオ兼自宅の女性の部屋、写真撮ろうと待ち構える男、手伝いに来る男、助手。24時過ぎに始まったあれこれ。友人の結婚式のアニメを作り始めたけれど、あらぬ方向に暴走していって。

飯島節全開の隙間ないテキスト(戯曲買い忘れた)。役者も圧倒的なのです。まだダラダラ先があるかと思っていると、残り時間が少ない感じを自覚してしまう年頃。酔っぱらって見はじめたのに、一瞬たりとも寝られない、メモもほとんど取らない、けれどもちゃんと残る会話。

アタシは男ですが、立場として近いのは部屋主の女なのです。いえ、付き合ったことはあるのですが、いえ、結婚式を壊す気はさらさらありませんけれども。一歩を踏み出すことに対する臆病さ、真摯に想うちから、想われるチカラを妄想しながら。

40代独身OL(だったのか)を演じた歌川椎子、丸いかんじのヘアスタイルが可愛らしい。若い野菜のように野心がない男は優しい。妻帯男にもちゃんと物語、フリーライターの男は想いが深い。もちろん笑いは沢山め一杯。泣きは少ない気がしますが、それは全く問題ではありません。

考えあぐねて頭の中がぐるぐるする感じ、想いが残る場所、想いを伝える術、出来なかったこと、したいこと。さまざまがコンパクトな会話のなかにきっちり詰め込まれているテキストは、飯島節全開でアタシの気持ちにはまります。

さて。

TOPSでのジテキンというのはアタシにとっては特別なのです。ほぼ覚えていない「ポルカ〜TOKYO STYLE」とか「休むに〜」初演と再演、観てない人形の家、「ツーアウト」リベンジとか、もちろん、この芝居も、どこで再演できるかしらん。

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2009.02.02

速報→「マダムとアストロノーツ」あさかめ

2009.2.1 19:30

あさかめの新しい出発、カフェでのたった二人の芝居。2日まで。60分。眺めのいいカフェ三軒茶屋のa-bridgeを舞台に。

オシャレ風のカフェ。席を区切る壁で背中合わせの男女。そこそこ普通なのだけれど地味、見えないままにちょっとした見得を張って。

彼女居なくてサッカーや映画に詳しい公務員男と、彼氏有りで回りは出産ラッシュ世代で吉田戦車好きの菓子メーカー企画のOL女という組みあわせ。互いを隔てる壁にはこういう属性が書いた紙が所狭しと貼られています。客はそれを囲むように観るのだけど、ほとんどの席は反対側を観ることができず、自由に動いていい旨開演前にアナウンス。とはいってもそう簡単には動けなくても、小さい空間ですから、実はそう大した問題ではないのですが。

ふとしたキッカケで始まる会話。マダムだと言い張ったり、片や宇宙飛行士だと云ってみたりとかなり無茶苦茶な嘘。リアル拘るより無茶苦茶なまま、いやそれを信じるかぃっとツッコミながら、進む会話を楽しむのが吉。

妙齢の男女の会話、一瞬盛り上がる会話でも、恋の奇跡なんて事にはまったく発展しないのがむしろおしゃれな感じ。どこにでも持って行けるような小品は心地よいのです。

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速報→「エビビモ」エビビモpro.

2009.2.1 17:00

いわゆるブゲイ(舞台芸術学院)系の、ミュージカル中心なのだけど、どこかひりひりとした感じが気持ちよい120分。1日までシアタートラム。世田谷パブリックシアターの若手応援プログラムの一本。

自殺しようと集まったニートたちは、一人の云った「願いが何でもかなう夢の国」があると言う言葉に乗っかって行ってみることにする。果たして、思ったことが何でもかなう夢の国でみんなが幸せそうに暮らしている。同じ頃、あちこちで謎の失踪事件が起きる。捜査しなければいけない警部までもが、その居なくなった妹に出会おうと、自ら引きこもりになっていたりする。実はこの夢の国、エビビモには秘密があって。

メロディーをさまざまに変奏しながら、いかにもミュージカルらしいナンバーの数々。セリフを歌いあげるということはあまりなくて群唱が中心な感じ。地となる台詞もたくさんあって、ミュージカルに苦手意識のアタシでもこれだけの音楽は挟まっているにも関わらず違和感なく楽しめます。いきなり夢の国、おとぎ話風がガツンとやられるわけで、四の五の言わず物語の世界に引き込まれるということなのでしょう。

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速報→「ジェラシー ~夢の虜~」フライングステージ

2009.2.1 14:00

川島芳子(wikipedia)の史実に、ミッシングハーフの前日單を潜り込ませながら見せる130分。1日まで駅前劇場。

上海にやってきた川野万里江の部屋を借りることになったのは、川島芳子、東洋のマタハリと呼ばれた男装の麗人その人だった。満州国建国に走り回った彼女の姿を描くことで国威発揚を狙った婦人公論の連載のために呼ばれた作家と三人の奇妙な暮らしが始まった。

川島芳子の史実を借景に「ミッシング・ハーフ」の虚構の物語を折り込んでいて、そのたくらみはある程度成功しています。満州国を建国し日本軍に重用されてはいたが徐々に世間から忘れられそうになっている川島芳子に、トーキーの時代の女形という座を失いかけていて一念発起本当の女優になるべく上海に渡ってきたという女、「まきかえす」二人が出会う虚構の場を作り出します。

ゲイであることをカミングアウトしているこの劇団は、最近では珍しく常に何らかの「見方」を折り込んできます。今作においては、トランスジェンダー的なものを描きます。川島芳子の17歳の断髪の「女を捨てる」宣言だったり、女形から女優になろうとする人の姿だったり。

今回の二作を比べると、少人数で賑やかなつくりの「ミッシングハーフ」は再演で芸達者の役者の存在感が圧倒的。新作となる今作はそれに比べると、意図はわかるものの物語が要請するよりは人物が少々多く感じる気がして。更に中国という国で日本がやったこと、ということまで折り込むのはたいしたものではあるのですが。

高山奈央子の凜とした感じ、派手な目張りは少々やりすぎな気がしないでもありませんが、男装の麗人に違和感持たせないのはやはりこの役者の持つもの。関根信一の安定は圧倒的。奔放される技師を演じた遠藤祐生がいい雰囲気。

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2009.02.01

速報→「天の空一つに見える」高山植物園

2009.1.31 19:00

4年ぶりの高山植物園。松本の女相撲の稽古場での近所の女性たちの会話。85分、1日までアトリエ春風舎

女相撲、土俵が真ん中。日曜昼の稽古に三々五々集まる主婦たち。親方と呼ばれる唯一の男性、妻をなくして四十九日を経ての初めての稽古。

女性達の集まる場所、その場所と想いをめぐるさまざま。 序盤で狭い入り口から入れなくなる、というコミカルなスタート。この中でさまざまなことが起こり、 子供ができないこと、それは男の自信喪失でもあり。昼のシンクロ少女と同じ弱っちい男の姿も渦巻きつつ。とはいえ基本的には女性達の話。入門初日の一人を除けば全員が既婚で、でもこの場所が楽しみで。そこにいつづけた「おかみさん=母親」の喪失感が全体に漂い、それは後半に向かって強さを増していきます。

方言の扱いが一貫しないのはちょっとつらいところ。松本に近い音の方言自体には拒否反応はありませんが、序盤では標準語なのに後半で慣れない感じの方言になったりとか。

後半で耳に残ったのが「シャガールの向日葵」「シャガールの夜」という言葉なのだけど、絵画が判らないアタシにはちょっと厳しい。後で調べても、同時代のゴッホには同名のタイトルがありますが。

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速報→「めくるめくセックス」シンクロ少女

2009.1.31 14:00

シンクロ少女の新作。ごくシンプルなセックスだの恋愛だの話に一工夫が圧巻の90分。1日まで王子小劇場。

原因不明のまま2年間も眠り続けている妻を見守り続けている夫。出入りする弟の彼女とただならぬ関係がずるずる続いていたりする。ある日、妻が目覚めるが。

舞台を三分割。下手恥に童貞男の暮らす部屋、出入りするたちの悪い先輩。下手側二つはつながった部屋、真ん中に寝室、ベッド。上手端にリビング。前半、真ん中で寝続ける女がいるために、物語は両端だけで進む感はありますが、納得の後半。

浮気することされること、好きだしいい人だけどセックスが大切、そこそこかっこいいのに童貞というだけで敬遠されてしまうなど、愛だのセックスだのにまつわるシンプルな物語。許せなさ、好きだという気持ちのない交ぜの感情が爆発する後半の見せ方は、これもシンプルだけどあっと驚く感じ。

何度も使える手ではないし、時間の配分からいえば正直少々長いのだけど、長さ故に見えてくるものもあって。もっとも、これも見方を変えれば前回はいただけなかったデスロックの手法の派生ということもできるのだけど、アタシには眼福も含めて、楽しく観られるのです。

そういう刺激的な部分もさることながら、いい人だけれどそれではカバーしきれないぐらいにセックスが大事だという若い女のある種の誠実さ、もっと大事なものがある、という主婦の誠実さという脇の対比もおもしろい。無神経でかきまわす男のいらっとする感じと、後半のボコられ具合も、爽快ですらあって、それがないまぜになる後半は目移りしてアタシは好きなのです、こういうの。

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2009.01.31

速報→「くだらない時間」本田ライダーズ

2009.1.30 20:30

持つべきはアタシが好きそうな芝居を教えてくれる友人。本公演未見の本田ライダースの企画公演。40分、阿佐ヶ谷ヴィオロン。30日まで。

古い喫茶店、暇そう。店長とバイト、賭をしている。果たしてそこに一人戻ってくる。

店主の姉、出たきり帰ってこない妹。その同級生のバイトというトライアングル。女性三人の会話の芝居が大好きなアタシです。

正直にいえば、低温から沸点のダイナミックレンジがやけに狭い人物の造形には違和感があります。それでも、40分の会話には目が離せないし、緩急や笑いを巧く取り混ぜながら空間を作ります。もちろん、重厚で味のある喫茶店という場所のチカラもたしかに。

この場所がなくなること、それに反対するひと、その理由がいくつか。居なくなった父親だったり、姉のカラダのことだったり。シチュエーションとしてあたしが未経験なので、リアルを感じ取れないのですが、テキストは地に足が付いた感じで安心。

いくつかの断片が会話に挟まります。 「それほどには他人は自分を注目していない」というのは女性の視点で腑に落ちる気がしますが、アタシには本当のことはわかりません。 あるいは かわいい、と女性同士が言い合うのを「うわべの会話」とする感覚。演じた加藤知恵の軽い感じと真剣の行き来がたのしい。あるいは姉が予想したとおりのシーケンスで会話をする妹、というシーンも好きです。

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2009.01.29

速報→「クツシタの夜」猫の会

2009.1.28 19:30

去年10月のリーディングからキャスト総入れ替えでの芝居としての上演。2月1日まで「劇」小劇場。90分。出捌けの引き戸が見づらい下手端は避けて。

ごくごく近い未来。郊外に暮らしているらしい夫婦。野良猫を守るボランティアをしつつ街の電気店勤めの夫と、自主制作映画の元女優の妻。家には映画の仲間が頻繁に出入りする。妻はほかの男と時々出て行ってしまい何日も戻らないこともある。夫は気にするそぶりもないが、野良猫の世話にはただならぬ労力を割いていて。

猫好きの作家らしい物語の運びはリーディングと同じ印象(アタシの記憶が曖昧なのはいつもことですが)。ほぼ素舞台だったリーディングに対し、少々古い一軒家の畳の部屋という具象なセット。だらだら呑んでいる場面が多い造りで、ビール(とビール系飲料)の缶がずっとある感じで物語は進みます。キャストも入れ替わりですから、確かに別ものの仕上がり。

初日ゆえか少々の堅さはありますが、リーディングに比べるとずいぶん緩い空気感の仕上がりはキャストやセットの差よりは意図的な演出の差を感じます。もっと細かいシーンに別れて、もっと頻繁に人が出入りしてた気がするのだけど、アタシの気のせいでしょう、きっと。

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2009.01.26

速報→「ミッシング・ハーフ」

2009.1.26 19

フライングステージの公演。新作と再演作を組み合わせながらの公演の再演側。110分。1日まで駅前劇場。

1940年の上海、真珠湾のすこし前。サイレント映画にでていた女形は出番を失い、「ほんとうの女優」になるのだと北京にわたり、手術を受けて女となり「女優」を目指す。若さも美しさも持ち合わせないまま、しかし誇りは失わず、再起を狙う。
ある日、銃を持った男が押し入ってくる。もとは映写技師だったが、上映中にフィルムに引火した火がもとで映画館を全焼させ職を追われていた。その男が焼いたフィルムこそ、彼女が再起をかけて主演し、先行上映するためにかけていたたった一本のマスターフィルムだった。

たった三人のキャスト。人物は二人+たくさん。賑やかさも笑いも、洒落た感じもあって、見ていて楽しい感じなのです。

サイレント映画からトーキ