2019.06.16

【イベント】「さくらと、私と、黒し雫」」(月いちリーディング 2019/6)劇作家協会

2019.6.1 18:00 [CoRich]

リーディング本編60分の上演を含み、全体で3時間ほど。

ルームシェアしている風俗嬢二人。男に捨てられ同僚の家で暮らすようになって二年目の日。

二人の風俗嬢。家主の一人は離婚し子供も亡くしていて風俗の道に。若い一人は親から捨てられ自分はヒトから必要とされていないという感覚でセックス依存だけれど風俗に来てそれがなくてもいいという客に感激しという二人。それぞれの背景が徐々に露わになっていき、片方の婚約者がもう一人の離婚した元夫で、しかも婚約した女の名前が亡き娘の名前など、少々都合が良すぎる感はあるものの、開示のタイミングが巧いのか、それほど気になる感じでもありません。もっとも、その関係が露わになることによって二人の人物や関係がどう変化していくのか、ということこそが観たい、というワタシの感覚では少しそこが物足りさを感じます。

上演後のディスカッションでは、出逢わない筈のふたりが出会い変化するというバディものと類型化したり、登場人物の出捌けは残った人物が何をいうか関係がどう変化するかを描くことが機能なのだというゲストのコメントが面白く、月いちリーディングの贅沢さ。

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2019.06.14

【芝居】「父の骨」(初期作品記録映像上映+リーディング) スタジオソルト

2019.5.31 19:30 [CoRich]

劇団旗揚げ公演(未見)の映像に役者による生のリーディングを組み合わせた企画公演。60分。31日まで神奈川県立青少年センター・ホールHIKARI。出入り口が変わり、ホワイエのように使える場所が設定されるようになりました。

三兄弟の父親が亡くなった葬儀のあと。二人きりで同居していたが引きこもりの長男にかわり、喪主をつとめた次男は水商売で働きそこそこ成功してる次男、高校を中退し清掃業をしているがもっといい仕事につきたい三男の二人は、家を出て父親とも没交渉だった。長男をサポートするボランティアの男が時々出入りしている。

父の葬儀で久々に会った三兄弟。引きこもりの長男とサポートするボランティア、そこそこ成功している次男、日々に不満のある三男という四人の男たちで描かれる物語。子どもの頃の「いじめられる側」「いじめる側」が尾を引き中年になっても引きこもったままあの頃からあまり進歩していなかったり、あるいはそれを克服したり。なんとか社会には出ているけれど学歴を得なかったことをここで後悔し選び直したいと考えたり。年齢を重ねても過去の何かが尾を引き前に進みづらい悩みや行きづらさを描く前半から、あの頃に恋心を抱いていた「まんじゅう屋のマリちゃん」が離婚し出戻って地元にいて、さらにこの家にやってくることになります。年齢を重ねて置き去りになっていたと感じていた彼らが、些細な恋心でざわつき、もしかしたらやっと前に進めるかも知れないという幕切れは、少しの希望が見え隠れするのです。「青少年」向きというよりは中年の心に届く物語。

母親を「あのヒト」と呼ぶ関係性、「はりつけ」とよばれるイジメの現場でいじめられていた長男とボランディア、いじめる側に立っていた次男というなかば捻れた関係など、60分はぎゅっと濃密な時間なのです。

初期作品を映像で映し、時に早送りしたり微妙に停止させたりしつつ、役者は手に台本を持ってはいても動きもついていて単なるアフレコにならないような工夫が楽しい。映像は決して鮮明なものではないあたりが時代を感じさせたりはしつつも、今は劇団に居ない役者の懐かしい姿を目にしたり、初演時の役者に対する「本人割」を設定し当時の役者を久々に客席で見かけたりと、勝手にワタシの中で同窓会的楽しさを感じたりもするのです。

引きこもった長男を演じた野比隆彦、ここ数作の役の広がりで楽しみに。次男を演じた浅生礼史はちょいとばかり乱暴だけどちゃんと年齢なりに成長した男の姿、じつはちょっと珍しい役と感じるワタシです。

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【芝居】「カケコミウッタエ」日本のラジオ

2019.5.25 19:00 [CoRich]

太宰治の「駆込み訴え」(wikipedia)をモチーフにした物語、105分。有償パンフには青空文庫版と今作両方の戯曲を掲載してボリュームがあります。2日まで三鷹市芸術文化センター・星のホール。

巻き込まれるように「健康道場」という集会。「おひかりさま」を信じ、集まった人々は自分の話を皆で聴いて自分を高めている。 物見遊山で参加している女、まきこまれるように知り合いの男もイヤイヤながら参加している。

魅力的だと思った相手に尽くし尽くしつづけたのに報われず裏切り者と呼ばれてしまったユダの独白で綴られた原作を現代の男女に置き換え、相手のことを周囲の人々がみな信奉して言葉に出しているのに、相手に対する行為も疑問も口にすることなく内面でどんどん「拗らせて」いってしまう自分の心持ちの変化を描きます。元々は一人称独白ですが、それを周囲の人々も含めた群像劇に投影するというスタイルは独特の面白さを醸すのです。

聖書に明るくないワタシです。合コン相手のヤンキー兄妹、あるいはこの男に好意を寄せている姉妹、地方議員やそれを信奉しのめりこむ男など、聖書に現れる誰かなのかはよくわからないのですが、それでも魅力的で人間臭い人々の群像劇の面白さもきちんと描かれていて楽しいのです。

最近の「星のホール」では珍しく、客席はごく緩やかな傾斜のみ。いっぽうで緞帳を半分以上下げたままで奥行きを制限し、幕の前に組み上げた舞台を使うというスタイル。天井がほんとうに高くスカスカになりがちな空間なのだけど、幕を下ろしておくというワンアイディアで密度が上がる、というのは新鮮な驚きでもあるのです。

魅力的な女を演じた宝保里実、奔放で人々を引きつける人垂らしの説得力。裏切った男を演じたフジタタイセイは久々に拝見するけれど、内面の困惑から憤り、拗らせ方など物語の芯を貫きます。ヤンキー兄妹を演じた岡野康弘・豊田可奈子はスジを通すことを何より重んじる人物をコミカルに。道場主宰を演じた安東信助の脱力したようなしかし真摯でありつづける人物なのに微妙に怪しい造形が楽しい。この道場で交わされる「やっとるか」「やっとるぞ」「がんばれよ」「よしきた。」という一連の挨拶はちょっと癖になるワタシです。

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2019.06.10

【芝居】「じぶんのことでせいいっぱい」菅間馬鈴薯堂

2019.5.25 15:30 [CoRich]

75分。ワンズスタジオ。戯曲が公開されており、過去作もきちんとアーカイブされています。

西日暮里駅を見下ろす公園、夜な夜な集まってダンスを練習する老若男女。そのうちの一人の老女には願いがあって、お世話になった今は亡きあの人にもう一度会いたい。神社の石をいれかえたりする言い伝えなど、いろいろ試してはいるが。終電後の駅に忍び込んで落書きをすれば出会えると信じた老女は、ある夜それを決行する。

若くはない役者も含めて激しいダンスを交えて、しかし スケッチのような小さなシーンの積み重ねます。一見バラバラで繋がりがないけれど、ダンスに集う人々、市井の冴えない人々の人間臭い姿、恋心、人への想いなどが積み上がります。これら一連のシーンとは全く異質、戦時中満州に一人行くことを決めた夫と残る妻がわずかな配給を積み立てて鶏鍋屋に向かう間の二人を描くシーンが重なります。老婆が満州で身を守るために借りられていた子供、そのひとなのだとわかるのです。

歳を重ねてもダンスで元気いっぱい、仲間もたくさん居るし、仕事も続けているけれど、人生の残りも少なくなり始めた年齢に至り、これまでの自分の人生を振り返ろうという気持ち。

あるいはこれが最後の別れかもしれないと考えた夫婦の鶏鍋屋へのみちみちち、あるいは帰国して数年ぶりに再会するふたりのことと現代。2つの時代を行き来しながら描かれる物語の奥行きの広がりがとても大きいのです。

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2019.06.05

【ミュージカル】「Ukiyo Hotel(トライアウト)」Ukiyo Hotel Project

2019.5.24 19:00 [CoRich]

作家・河田唱子がさまざまに形を変えながら上演を続けている、横浜の娼婦・メリケンお浜を題材にした物語。来年のミュージカル上演に向けてのトライアウト。鮮やかなweb版パンフレットもカッコいい。

100年前にあった娼館、ウキヨホテル。漁村で生まれ子供の頃から男たちの目を集めていた少女は村を出て行こうと考えている。外国人に買われ、暴力を振るわれていたある日、主人を銃で撃ってしまう。野心を持った男と出会い、娼館を開き、自身は看板となっていく。身の回りの世話をする少女は海で入水自殺をしようとしているところを止められ雇われる。 更に大きく評判を取ろうと考えた男は、作家を呼びさらにエログロを打ち出して行く女自身はそれをどうとも思わないが、メイドの女は違和感を感じて娼館を辞め新聞記者になったある日、ウキヨホテルで「性の決闘」が開かれることを知る。

実在した「キヨホテル」をモチーフにしたフィクション劇画「淫花伝・本牧お浜」を再構成して舞台化、という触れ込み。作家はこのキヨホテルをめぐる舞台を、 2015年の短編2017年のレビューショーミュージカル2018年の朗読劇 などさまざまな視点で描いてきました。もはや作家のライフワークといってもいいかもしれません。今作は2020年に長編ミュージカルという新たな挑戦のトライアウトと位置づけられます。

100年前の出来事、現在生きる老婆が思い出す当時の人々が死者が蘇るがごことく繰り広げるミュージカル。ショーあり心情を歌い上げる曲もありと、セットこそシンプルですが、試験版というわりにかなり本格的な仕上がりになっています。

描く舞台によって、お浜の人物そのもの、あるいはまわりの人々もかなり違うように描かれていて、実際のところ実在のお浜やキヨホテルなどのいくつかをモチーフにしているだけで創作がかなり入っているよう。それは今作が原作としてあげる劇画そのものもかなりフィクションのようで、史実の隙間を埋めると云うよりは史実とは異なったことも含めて物語を作り上げた、ということは念頭に置いておいたほうがよさそうに思います。

虐待を受ける少女が殺人とはいえ男に刃向かい、パートナーを得て娼館を立ち上げ、しかしエログロの波に狂気を持って、しかしあくまで他人から命じられたのではなく、すくなくとも自分の意思でその狂気に身を投じているというメリケンお浜。対比するように孤児院で育ち虐待を受け、メイドとして雇われることで救われ、新聞記者となることで女性の自立に目覚め、他の女性も救わなければならないと使命感に燃える女性・ヤエという二人の女性を軸にして物語がすすみます。

とりわけ、「女性の自立」は実際のところこの時代のものというよりはずっと現代的で私たちの視点に近いもの。過去の出来事を現在の視点で断罪することになりかねない危うさはあるものの、それでもこのウキヨホテルの一連のプロジェクトの中では初めて取り入れることで、この物語を今の私たちの時代と地続きのものとして描こうとする作家の意思を感じるワタシです。おそらくそういう女性は存在しないわけで、史実とその隙間を描く手法では得られない、「つくりものだから」こその可能性を感じるトライアウトなのです。

セリフの一つに「本当の歴史は残らない」というのがあって、エロなど世俗の取るに足らないと思われたものの中にこそ、その断片は隠れているという強いメッセージを勝手に感じ取るワタシです。それは現実の私たちの暮らしや歴史の動きがちゃんとアーカイブされないのではないかという昨今のワタシの絶望になんかリンクしたのかなと思ったり思わなかったり。

伝説の娼婦メリケンお浜を演じた関谷春子は美しく豊かな表情の見栄えと何もかもがピシッと決まるかっこよさ。メイドから記者になる進歩的な女性を演じ語り部も兼ねた野田久美子は老婆から少女、職業婦人と变化をきっちりと。ホテルのオーナーを演じた菊地創のキマったかっこよさと強烈な上昇志向のギラギラな感じ、もう一人の語り部を兼ねた車夫を演じた田中惇之は序盤から客席を急速に一体にしていく人懐っこさとパワーが魅力。

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2019.06.02

【芝居】「ナツヤスミ語辞典」キャラメルボックス

2019.5.19 18:00 [CoRich]

5月末で劇団の活動休止を発表したキャラメルボックス、結果的に活動休止まえ最後の一本。1989年初演の人気作、劇団員全員のアンケートにより一番再演したい作品の再演ということの意味を今更噛みしめる120分、26日まで俳優座劇場。劇団サイトでは戯曲(1,2)も公開されています。

足を骨折し役者の仕事に不安を感じている男。産休代用教師だった頃の教え子たちから夏休みに体験した不思議な出来事の手紙を受け取る。

携帯はなくフィルムカメラだからこその心霊現象が現れたりと明確に二昔まえの時代、登場人物の造形はくっきりと輪郭があり明確で、張った声で上演されるスタイルも小劇場ブームまっただ中という雰囲気を纏います。が、それは決して古くさいわけではなくて、当時の若かった作家自身を映すように、何物にもなれないかもしれない、時間だけはやたらにある「ナツヤスミ」という状態の焦りが色濃く、あふれ出すような気持ちが舞台を満たすのです。

コミカルで、ちょっとおしゃまで元気いっぱいな中学生女子という年齢感が絶妙で、今はまだ何物でもないけれど、何にでもなれる、未来には希望しかないという潑剌さがほんとうに眩しい。主役グループ、対してちょっと意地悪な感じのグループというシンプルな対立する構造も実に若い作りだけれど、年齢が行ってるワタシ、それがむしろ楽しかったり。「ナツヤスミ」状態の男とのコントラストが対照的なのです。何回かは拝見してはいるものの、スタンダードにストレートな上演は実は初体験。こんなにも面白かったか、と友人が興奮して喋るぐらい、本当に多幸感あふれるあの舞台は、もちろん物語のもともとの圧倒的な力、幅広い年齢が支えてきた劇団の役者やスタッフたちの結実が作り出したのか、とも思うのです。サンシャイン劇場ではなく、少しコンパクトな劇場という劇場の選択も今作のクオリティに対してはプラスに働いているように思うのです。

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2019.05.29

【芝居】「やまいだれにやまいだれ」久保と人間

2019.5.18 18:00 [CoRich]

活動休止中のクロムモリブデンの作演、アオキヒデキ名義で100分。19日までサンモールスタジオ。

夫にDVをでっち上げて離婚した女は脱獄囚を匿っている。元の夫が売れてテレビに出ているのが癪に障り、10代のアイドルとのスキャンダルを再びでっち上げようと目論む。悪いことを考えると生き生きするのだ。

犯罪をでっち上げようとする女と巻き込まれる元夫、悪いことを唆す脱獄囚、アイドルとストーカー男など、一癖どころか捻れて屈折しまくった人々。序盤こそ少々変わったぐらいの話だけれど、殺された男の網膜に残った残像で犯人がわかったり、といったぐあいに後半に向けて大量でしかもぶっ飛んだ情報が増えて世界がぱんぱんに膨らみきっていく、という世界を作り上げます。

実は脱獄囚といっていた男は再婚した夫だった、もしかしたらそれは妄想かもしれないと明確にはワタシにはわからなかったけれど、どちらにしても大人である二人が共依存しあってこの世界を作り上げているというすこし病的な、しかし哀しさも滲む構図なのです。

スキャンダルを起こすとワイドショーが殺到し、過去の配信作も配信停止、それはおかしいじゃないかというやや批判的な視線はここ数ヶ月の間にワタシも感じたこと。ちゃんと取り込むのも作家らしいのです。

必ずしも音響や照明の派手さがあるわけではないのだけれど、破綻しそうなギリギリのところを攻める物語とそれを作り上げる役者たちの力量。物語として決してすっとワタシの頭に入ってくるわけでは無いけれど、ドラッグのように癖になる、というのはまさに青木節。休止してしまった劇団だけれど、そのテイストの芝居をプロデュースし上演するということの愛情がほんとうに溢れているのです。

悪いことを考えるのが楽しい女を演じた松本紀保、人が良さそうに見えるルックスに対して考えることの酷さのギャップという面白さ。元夫を演じた村上航は汗だくで巻き込まれ困惑する感めいっぱい。アイドルを演じた國吉咲貴はこういう可愛いさ目一杯のいでたちは珍しく、それなのに喋り方がいつものとおり、ちょっともっさりというコントラストが楽しい。

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2019.05.27

【芝居】「死んだら流石に愛しく思え」MCR

2019.5.12 15:00 [CoRich]

115分。スズナリ。

金網とモノトーン、ちょっと不穏な雰囲気、中央に机があり、その幅で黒いカーペット状の帯が舞台奥から客席まで貫かれています。

2015年初演の初演からかなり手を加えたといいます。ワタシでもわかる変化点は、この猟奇的な夢を見ているのが男性から女性になっていること。自分はもう誰にも愛されないかもしれない、という不安は初演の中年のおじさんは優しいキャラクタではあっても、やはり哀しさを感じさせる造形になったのに比べて、若い女性が演じると、まったく違う意味合いを帯びるのです。初演がどうだったか覚えてないけれど、自分の中に発見した殺人鬼の影、それを他人に悟られたら、というややファンタジーめいた、しかしそれはいろんな要素で起こりうるな、とも思うのです。

初演と同様、連続殺人犯・ヘンリー・リー・ルーカスの話を下敷きに。母親からの虐待、それゆえに母親を殺してもなお自分の中から湧き上がる暴力、あるいは出所後に知り合ったもう一人のシリアルキラーや天使と呼ぶ女性の存在などの史実を巧みに織り込みます。そういう男の話を夢に見る女、自分の中に発見した殺人鬼ゆえに自分は愛し愛されて「普通に」生きていくことができないのだ、という苦悩という2つの階層で進む物語はインパクトと深い絶望で丁寧に描かれるのです。

終幕近く、大量のグレープフルーツを潰し、あるいは口にしたりというシーンが強烈な印象。人を殺しその肉体を切り刻み時に口にするというおぞましさと、目に見えている果物のみずみずしさや爽やかな香りとのギャップ、映像では作り得ないシーンの描き方なのです。

二人のシリアルキラーを演じた川島潤哉、奥田洋平はどこか対象的な二人のコントラストを鮮やかに。天使と呼ばれる女を演じた後藤飛鳥は初演同様の安定。夢に悩まされる女を演じた笠井幽夏子は初演とは性別が違う新たなキャラクタを物語に。

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2019.05.23

【芝居】「背中から四十分」渡辺源四郎商店

2019.5.5 19:00 [CoRich]

2004年、弘前劇場で初演、2006年に渡辺源四郎商店で再演(未見)されたものの三演。95分。青森のあとスズナリで6日まで。

海に近いホテル、男女二人の予約だが男が先に到着し案内される。女は遅れている。窓の下は海、時間を持て余した男は女が到着するまでの間、マッサージ師を呼ぶことにする。マッサージ師は来たがフロントや女将は心配でならない。マッサージが始まる。
男は自分のことを語る。妻の実家の精肉店を継いで最初はよかったが、ショッピングセンターやコンビニが打撃となり妻も娘も去って、自殺を考えネットで知り合った女と自殺を企てた今晩、女はおそらく来ない。
マッサージ師も夫に逃げられ、マッサージを覚え稼げるようになり、あるいは客を誘いさらに稼いでいる夜に子供が溺死していて、あるいは一緒に死んでもいい、と考える。

不躾で横柄な男性客、同室の女を待つ下心っぽさなど下世話な限りの序盤。単に時間つぶしのために呼んだマッサージ師は普通に丁寧に接客だけれど、他のスタッフが尋常でない心配の限り、マッサージが始まり、男がもうここで死のうとして、しかし待っている女も多分来ないことがわかり自暴自棄になっていること、あるいはマッサージ師の女も幾多の困難を乗り越えてきたけれど子供を失った失意。もう死んでもいいという二人が密室でいる時間、少ない言葉の中の濃密さ。

死のうとしていた男がマッサージを受け、居眠りをはじめ、女は一人飛び降りようとしているところを起きた男が呼び止める終盤のシーン。男は女の背中に触れマッサージを始める、背中に人の手が触れ温めていくことで死のうとしていた気持ちが生きようとすることに切り替わる体験、明確には云わないけれどそれを女にも施そうとするこのシーンはごくシンプルで象徴的。ぞくぞくとする瞬間を創り出すのです。

男性客を演じた斎籐歩は序盤の憎たらしい横柄さが徐々に溶けていくような造形。マッサージ師を演じた三上晴佳、看板女優の彼女がこういう積み重ねた人生という説得力を得るほどの年齢になったと感慨深く、しかもこの芝居きっかけに資格まで取得して、というのがかっこいい。

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2019.05.20

【芝居】「フェアウェル、ミスター・チャーリー」theater 045 syndicate × 820 製作所

2019.5.2 19:00 [CoRich]

130分。神奈川県立青少年センター HIKARI。5日まで。受付の位置が今までより奥でホワイエ的な場所もあり、出口の方向も変えられています。

かつてアメリカ人が監督し日本人のライターや役者で製作した映画はごく一部でカルトな人気があって、横浜の川沿いの寂れた映画館で上演されるものの、客はごく少ない。監督、ライター、役者の子供たちが偶然その映画館で出逢う。街ではカジノ都市構想を掲げた市長が人気を集め計画が進んでいて、映画館の場所は地上げの標的になっている。港にはカジノ船が停泊していて、そこにいる黒幕をつきとめるべく、若者達が向かう。

横浜・野毛界隈、大岡川沿いのジャックアンドベティを思わせる映画館などノスタルジー溢れるかつての横浜の猥雑な雰囲気。そこにカジノ誘致をめぐる行政や利権を巡る影をきっかけに、古い映画の関係者の子供たちが次の世代として、巻き込まれていく物語。

過去の映画とその子供たちを中心に、少しばかり探偵・濱マイクを思わせるハードボイルドな話かと思っていると、巻き込まれるように廃止されなかった東横線桜木町駅や伊勢佐木町の松坂屋が存在している、という並行する世界に迷い込んだ若者達がカジノ船に向かう、という中盤。終盤ではそのカジノ船での銃撃戦からの破滅的なラストへと。 街の雰囲気や過去への多大なリスペクトがこれでもかと詰め込まれ、たしかにその要素の多さで立ち上がるハマの雰囲気はとてもよいけれど、後半になって出てくる超弩級アクション大作のような情報がともかく多くて消化不良な印象で、精度がもうすこし、あるいは全体が整理されていてほしいワタシです。

映写技師を演じた今井勝法は熱い演技で走りきる。軍人を演じた中山朋文は冒頭の英語の台詞がカッコイイ。女優を演じた洞口加奈は凛とした美しさ、ホームレスや市長などいくつもの役を演じた佐々木覚の多彩な人物造型、城戸啓佑のタヌキオヤジ感の一癖二癖、千葉恵佑の突っ走る気持ち溢れる若さ。

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