2009.11.09

速報→「てのひらに滲んだら」年年有魚

2009.11.8 19:30

年年有魚の新作90分。緩く見せて面倒くさい女の話を細かく書き込む作家がちょっとすごい。10日までOFF OFFシアター。

ハワイ発祥のリラクゼーション・ロミロミ(wikipedia)のサロン。女性だけに客を絞り、場所もわかりにくく客も少ない。店長は全力を注いでいるが商売としては。閉店時刻をすぎて飛び込んできた女性客、結婚するので施術を受けたいという。

劇団名も公演タイトルも、あるいは内容のハワイのロミロミだと聞けばゆるやかな物語を想像するけれど、そこまで作家はステロタイプに陥りません。ゆっくりと場所と人間を説明する前半30分は物語の進む矢印がどちらに行くのかわからず、少々ストレスを少しばかり。アタシの感覚では少々長い。

ありえないような再会という少々無茶でも「劇的な」キッカケで物語が転がりはじめます。

終盤に至って、幸せに見えるこの店の中ですらそこかしこで起きている不満や火種が見えるあたりはゾクゾクする感覚。このシチュエーションで、こんなにもどろどろとした女性の感覚を男性の作家が描く不思議。もちろん、それを面白がるアタシも不思議側の人間ですが。

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速報→「お茶とおんな」山の手事情社

2009.11.8 14:30

25周年、山の手事情社の今年唯一の国内公演。去年初演、女優で構成される「お茶と女」は8日まで「楽園」。90分。翌週に「おとことお酒」と題して。

メデイア(倉品淳子)、オフィーリア(水寄真弓)、阿部定(大久保美智子)という三人のヒロインを三人の女優。物語のテキストを部分的に抜き出して一人語りにしたり、シチュエーションを抜き出して現代の言葉で創作したり、ルパム(ダンス)したり。去年の「八百屋お七」を「オフィーリア」に変えて全面作り直し。

物語の合間には、それぞれのキャラクタに喋らせる、という体裁で(言葉は普通の現代の女性)、「男と別れる時」「思いがけずギャップできゅんとする時」「人形にまつわる背徳を感じる遊び」「恋に落ちる=恋は事故」「これは病的か」のようにさまざま。恋愛至上主義だけれど、それを客観し切り取って表現に昇華。卑近と素敵が同居していて、水寄真弓企画・プリズムで得意技とするこの世界がアタシは大好きなのです。

交互出演のゲスト男優、アタシの見た日曜昼は清水宏。静かな「女への手紙」として入ってきながら、自分自分で気持ち悪い、相手への心配りあってこそ好かれる、というあたりから暴走を始め、強引と繊細が同居するのが好きなんだろ、みたいな無茶な疾走感の語りは清水節全開で楽しい。

身体表現の力が抜群で、発声するちからも確か。名作と云われるテキストならばそれだけで成立できてしまうし、当時の言葉のままでやったって十分見せられる力。でも、あたしは現在に生きる彼女たちのからだ、言葉で語られるシーンこそに、気持ちを捕まれてならないのです。

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2009.11.08

速報→「今日もいい天気」渡辺源四郎商店

2009.11.7 19:30

ナベゲン。弘前劇場時代の再演作。初演の女優に負けず劣らずな工藤由佳子、名前こそ変わっていますが初演から続く主演もばっちり。気持ちに沁みる90(88)分。8日までこまばアゴラ劇場。

その家の中心で太陽のようだった女が亡くなり、夫、父親、兄弟。毎日の家事をすると言い出した長男。男四人で暮らしていて。そこに一人の女が。

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速報→「ラフカット2009」プラチナ・ペーパーズ

2009.11.7 14:00

15周年目のラフカット。休憩10分を含み160分。8日までスペースゼロ。

(1)学年の教師と生徒会執行部が出席するという珍しい形態の会議。代理で出席した生徒は、緊急動議を発する。登校困難になっている女子生徒の心の病は学校に責任があるといい、そのために女子生徒は弁護士を立てるという。「職員会議」(作 G2、演出 堤泰之)
(2)もとはキリスト教系の、しかし時勢がそれを許さず学徒動員が日常になっている女子校。あの空襲の日、防空壕に入らず独り生き残った女学生が、いま。「真夜中の太陽」(原案・音楽 谷山浩子 作・演出 工藤千夏)
(3)墜落した旅客機、救助がこないまま食料が底をつき、窮した乗客たちが選んだ道は「アンデスの混乱」(作 鴻上尚史 演出 堤泰之)
(4)田舎の病院、もう先は長くないといわれている父親の見舞いに訪れる弟。兄や兄嫁は父親の面倒をよく見ているが、自分は東京でやりたいことばかりを。「父を叩く」(作・演出 堤泰之)

「荒削りな」役者を表す「ラフカット」を冠したシリーズ。40分前後の芝居を4本立て。素舞台に近く、ワンアイディアで押さなければならなかったり、演出が別だったりといろいろ難しい。それでも継続は力なり、たしかに歩んできた15周年なのです。

「職員会議」は職員会議に生徒代表がでてきてという設定から、セクハラで教員を訴えるのだという無茶ぶりの展開から尻すぼみ感。学年主任と、成功にどん欲な若い教師の関係の変化こそが見せ場ではあるけれどとってつけた感じがしないでもありません。

「真夜中の〜」は空襲で一度に失われた命へ、月日を重ねての強い思いをメインに据えた感じ。原案・音楽と作演というパート分けがどのように機能した結果の物語なのかはよくわからないのだけれど、谷山浩子の楽曲「真夜中の太陽」を劇中で合唱曲として歌うという構成。戦時中の敵性語や音楽の禁止といったあたりの時代と、そのあとに一人だけ生き残って戦後を生きてきた女性の、同級生たちへの想いを静かにどこか優しく描きます。

「アンデス〜」は食料尽きた遭難者たちの究極状態ですら「生き延びるため」なのに方策を自分の意志で選べない日本人ってやつは、という構成。読まなくていい空気を読み、意志による決定ではなくて「そういう選択になってしまう」日本人を少々意地悪く。 NHKの番組「COOL JAPAN」での外国人とのやりとりだとか、彼自身がよくいう「生き延びるために」ということのこだわりが奇妙にミクスチャされた感じは、鴻上節を知っていれば楽しめる感じ。 後半に至れば風刺の効いたコメディだということはわかるのだけど、前半がやけに遭難、食料、食人とやけに重い感じに運ばれてしまうので、少々の戸惑い。キリスト教圏の考え方というやつでひとくくりにやってしまう乱暴さは反発も多そうですが、二項対立にするのは実にすっきりしていて見やすい。

「父を〜」は30すぎて劇団員で定職も持たず、という弟の姿と入院している父とよくできた周囲の対比での彼の想いを丁寧に。よくできすぎていてあられもない介護しちゃう兄嫁とか入院して携帯電話料が跳ね上がった男のその原因とか、堤節というか色気路線もてんこ盛りで今回のラインナップの中では一番見やすい感じ。

役者の力量の差が結構あること、名のある作家の作品だけど短さのせいか演出のせいかはたまたもとの本かわからないけれど、どの作家も結構毎回苦戦する感じを受けます。 思えばこの劇場も天井が高くてすかすかになりがちで、しかも4本立てにするために素舞台に近くコントのような風情になっちゃうのは毎度のこと。その中でごくシンプルな照明と幕で航空機をちゃんと表した「アンデス」の空間の処理はほかとちょっと違っていて印象に残ります。

当日券で入った客席は15列目16番。オペレータ卓前中央。機材がというよりは、あたしの耳元のすぐ横に置かれた小さな外付けファンがうるさくてせりふは聞きづらいところも多数。たぶんあたしの席と園左右ぐらいのごく限られた範囲のことだろうと思うけれど、スタッフの想像力の及ばなさ、ということについて絶望的な気持ちになります。

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2009.11.04

速報→「父産(とうさん)」印象(いんぞう)

2009.11.3 17:00

気になりつつも未見の印象(いんぞう)の2年ぶり再演作。90分。3日まで吉祥寺シアター。

父親に結婚する事を告げた息子。母を亡くしたショックで引きこもり状態だった父親がやっと生活を送れるようになった矢先、父親は息子を手放したくなく。相手の女は妊娠をきっかけに婚約したのだけれど、エコーで見えたはずの子供の姿が消えてしまう。父親と息子二人で一晩を過ごし、婚姻届を持っていく朝、息子が二人に増えていて。

タッパのある吉祥寺シアターを使うのは結構大変なのだけど、こじんまり作る手法はうまく機能しています。終盤でぱっと広がることもカタルシスを感じます。

へその緒や子宮を物語に取り込む全体の印象(いんしょう)は遊◎機械全自動シアター。物語の印象も(若い作演だけれど)少々懐かしい感じすらするにぎやかさの演出もよく似ています。笑いをとるには少々厳しい感じがしますが、大きな問題ではありません。

タイトルのとおり「父親が産む」ということ自体には少々無理矢理感はあるものの、息子の婚約者の腹から、というもう一つの無茶な嘘を重ねることで、婚約している息子が「父親として産まれる」という別の効果を再帰的に作り出すのは巧い感じがします。

カーテンを横に引きながら場面をカットバックするという演出はスピード感を持ちテンポを崩さないまま物語を進める効果。反面、その色があまりに白くて照明がそのままだと観客の目には眩しすぎるのはすこし厳しい。

産んでしまう父親を演じた関根信一は前代未聞の「ジャージ姿の白髪」と、どこまでも男役のびっくりだけど、圧倒的な力。笹野鈴々音も普通の女性という役は珍しい。ダンスの取り入れられた「捜し物は〜」は「ヨメの中へ」という言葉の選び方には違和感がありますが、動きはちょっと楽しい。

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速報→「教会のみえる川辺で」海市(Kaishi)ー工房

2009.11.3 14:00

海市の新作。あたしは初見の劇団です。120分。4日まで711。

小さな川辺のホテル。実家を継いで切り盛りする妹。奔放な姉は再婚相手の連れ子としっくりいかず、時々戻ってきては幼なじみの男と会っていたりする。妹の夫は3年前にふらりと訪れ妹と結婚するが、カメラ雑誌に掲載された写真に写った姿をみて、訪ねてくる人が増える。夫の過去を妻は知らない。

ホテルの姉妹の物語かとおもえばさにあらず、演出を兼ねる小松幸作が演じる男を軸として進む物語。でてくる人々の想いはどこまでもすれ違い、互いの想いが成就している人が居ないというのはあまりに悲しい物語。どこに自分の視座をおいて見たらいいのか迷うところはありますし、全体に静かな話なのだけれど、突飛にすぎるキャラクタやらでてくるきらいはありますが。

ホテルの経営者である妹のまっすぐな想い、それに対比して描かれる男の複雑な過去と冷徹がもろいガラスのように一瞬で崩れる瞬間。終幕についた過去のシーンはその発端を描くのだけれど、少々蛇足な感じも。奔放な姉を演じた松岡洋子は時折どきっとさせる色気があってちょっといい。

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2009.11.02

速報→「smallworld's end」時間堂

2009.11.1 18;00

時間堂の企画公演。5本の喜劇を3つのブロックに分けて15分ずつ休憩を挟んでの計245分。3日まで王子スタジオ。最後列でも見やすく、むしろ椅子のクッションが厚くて幅もあって実は快適。

本屋を営む男、妻が自殺し母親と妹が葬儀に訪れる。刑事が麻薬の容疑で逮捕された男のことを訪ねてくる「星々を恐れよ」。呼び出された工員は上司に工員たちの不満を伝える「工場でのもめごと」。夫を亡くして一年経っても喪服のまま部屋に閉じこもる未亡人、夫の借金を取り立てにがさつな男がやってくる「熊」。仕事を探している夫、友人たちは仕事を紹介すると家にやってくるがほんとうの目当ては「かんしゃく玉」。アテネからの船が難破し、島に奴隷と主人が流れ着く。そこは奴隷たちが作った共和国という名前の逆転の島で。

ビルの路面店、ガラス張りまま改装したスタジオ。外の車の音も通行人の声も聞こえるような場所で芝居を見る環境としてはよくはない感じ。むしろ落語に向いているような感じがします。まあ、外から丸見えは木戸銭とりづらいですが。4時間越えということを聞いていて決死の苦行覚悟で観たのだけれど、外の音も時間も意外なほど気にならず。

「星々〜」はいわゆる古くさい翻訳文体のまま、しずかに語らせる演出。喜劇といっても笑える感じよりは、反社会的な日陰として人の目を気にして生きていくということと、女たちにモテモテでその女たちから逃げる術を知りたいということを対比させてちょっとクスリとさせるのだ、ということは後からタイトルをみて思いついた解釈。正直に言えば、決して見やすくもなくて少々長く感じます。

「工場〜」はわずか5分。役者のせりふ回しで楽しませるという趣向の寿限無風、笑うにはあまりに稚拙なオチをどうしたらいいのか迷います。ヒゲをつけた百花亜希が可愛いらしい。「熊」はチェーホフな感じの始まりから、終盤に向けてなぜかミュージカルのような賛歌になってしまう落差とイキオイが楽しい。クールビューティが身の上の境宏子が芝居くさい芝居をするのが珍しくて実に楽しい。たぶん原作は男役なのだろうという使用人を演じた戸谷絵里とうるさくてがさつで大男を演じた白鳥光治の対比も楽しい。「かんしゃく玉」はあたしが唯一知っていた戯曲。不満をなげつけるかんしゃく玉は、もっと女の側の使われ方だと想っていたけれどきっと誤解なのでしょう。割烹着姿の百花に見とれる。役を一言で括弧の中に表している当日パンフの、のび太、スネ夫、ジャイアンという説明が実にぴったりで楽しい。

「奴隷の〜」は超訳というよりは捏造訳という趣。ドタバタとしてあばれまわり大声で叫んだり。現代の言葉だし、楽屋落ちも満載にして見やすく作っています。原作なのか演出なのかいまひとつ判断がつかないのだけれど、笑いのとりかたにいまいちセンスがなくて、続いていくうちに飽きてくる感じがします。女奴隷が王女の過去の様子を語るシーンは今っぽくて楽しい。大川翔子のつっこみ姫ぶりの感じは好き。ティアラ姿に惚れるオヤジたちの感想があたしの友人たちにたくさん。でもむしろ部屋着こそがあたしのツボ。

毎日18時開演でも終演は22時過ぎ。時間がながくなったから二日に分けるように、というアナウンスはするけれど、いくらリピーター割をつけても一気に観れば2000円ですむものを追加料金を払ってわざわざ二回で観るインセンティブは働かないのだろうなと思います。そういう意味ではちょっと無茶な試みだけれど、そういう無茶もふくめて楽しむのが吉。

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速報→「プレイバック Part3」チャリT企画

2009.11.1 14:00

チャリT企画の第20回公演は戦後日本の右だの左だのをめぐりながらイデオロギーに思考停止しない105分。3日まで王子小劇場。

日本を代表する作家がなくなり、全集を発行するにあたって身辺の資料を整理に訪れる編集者。膨大な取材テープの内容を確認するうち、戦争中に作家自身が南京で行ったことを告白するテープが現れる。

時代が変わり今よりももっと若い世代の右傾化がすすみ過激な論調もあって、右翼運動としての学生運動すら起きているという近未来を設定。 大虐殺はあったのかなかったのか、に代表される戦後歴史教育における史観の問題を真正面から。真実を明確に語る証拠がなく、事実なのかどうなのか、もし事実だとしても それを今更公表する必要があるのか、という何段階にもわたる議論のありかたを描きながらも、作家の女性問題をめぐり家の相続をめぐる遺言がないことにこじんまり投影しながらつくる構成。とっつきにくくなりがちなことを卑近な形に単純化して見せる中盤はわくわくとします。

史観がどうか、ということは見方だからそれぞれにあるのだろうけれど、それで議論をしようとか明らかにしようとはせず、むしろ観て見ぬ振り、避けて通ろうとするあたしです。そんなあたしに、軽い語り口でも切っ先を突きつけるような迫力がこの芝居にはあるのです。

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2009.11.01

速報→「あの日僕だけが見られなかった夜光虫について」studio salt

2009.9.31 18:30

王子を経て横浜へ。海辺を舞台にしながら明暗取り混ぜて強度のある物語を95分にぎゅっと、愛おしい。3日まで相鉄本多。

海辺、砂浜に面したデッキのあるペンション。オーナーの男は中学時代の同級生を招待して一晩のパーティを企画する。あのときの同級生が結婚して娘は二十歳になろうかという時間が流れていて、あのときの出来事は忘れていたり、絶対に忘れられなかったり、覚えていたりと記憶はそれぞれに曖昧で。

当日パンフによれば、作家は前回公演の打ち上げで夜光虫をみられなかった、なんて話から書き始めていますが、そこからこういう物語を広げるのか、というびっくり。芝居観ている最中は思い出せなかったけれど、「SOME DAY」another sideという趣の仕上がり。そういう意味では「ピクニック」の女性パートを蒸留したようでもあって、アタシの気持ちを揺らします。

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速報→「リンスは瞳にして!」THE REDCARPETS

2009.10.31 14:00

旗揚げ公演後気がつけば一年半。RED CARPETSの新作。1日までエコー劇場。本編終了後にごく短いショータイム込み120分。

一人暮らししている37で独り者の長女。駆け落ち同然で家を出た三女は離婚して中学生の娘をつれて転がり込んでいる。次女はファッションデザイナーと結婚しセレブリティな生活。事故で父親を失い、直後に母親も亡くした長女は一時期精神を病むものの、かなり復調している。 三人姉妹をめぐってはある秘密があって、長女が今でも独りなのとも関係している。

シンプルな舞台装置。ある秘密を持った家族たちと、その対抗勢力というファンタジーのような物語がお茶の間サイズで展開するというあたり、物語を貫くのは愛だの友愛だのというところなのだけれど、それを無条件に信じる前提のミュージカル、というわけではないので、このファンタジーを引っ張るだけの力には少々欠ける印象は否めません。

金房美加演じる三女と梨澤慧以子演じる娘(中学生はいくらなんでもやりすぎではあっても)という母娘はイキオイで見やすく楽しい。千葉おもちゃ演じる「ダンゴ虫みたいな」冴えない長女というのも静かさと秘めたる想いみたいなあたりが印象的。

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2009.10.31

速報→「甘い丘」KAKUTA

2009.10.30 19:30

2年前にトラムで上演された人気作を一人を除いて同一キャストでの再演。125分、8日までシアタートラム

山の中のゴムサンダルの工場。事情はさまざまだけれど、ほかに行き場所のない人々が働き、暮らしている。夏の暑い日面接に訪れたのは出所したばかりだという若い女と主婦だという女。結局ふたりともそこで働くことになる。

芝居ってものを意外なほど覚えていないあたしです。劇場で会った友人に聞いておもいだしたのだけれど、初演とは事務所の位置など左右を反転した美術。劇場のタッパをスカスカにしな見事な仕上がりじゃ初演と変わりません。初演のときは、主役となる男女の物語として読み解こうとしたあたしなのだけれど、おまけCDに負けて劇団先行で買ったわりと前の席で観た印象だからか、とことん女たちの物語だよなぁと思うのです。そう思ってみれば、チラシにだって女性ばかり。

そういう目で見ると男は何人かでてきますが、背景を補強したりはするものの、物語を左右する感じではなく、楽しいシーンはたくさんあるけれど、根幹では意識的に男の役自身は無色透明に抑えている感じで、女性の目を通した男として描かれていると今更感じるのです。イタさんと呼ばれる聾唖の男は重要な役なのだけれど、冷静に観てみれば、彼自身が踏み台としての靴のようで、そこを踏み台にして女が飛び立ち。トンビと呼ばれるヒモの男も、その彼女を支えるものであり、所長(工場長)をパトロンにする小説家志望の男は所長とその家族にとって日常の外への扉であり気持ちの支えでもあり、遠くに行ってしまうことを恐れる気持ちを描き出すのです。(そうか、小劇場で知り合いになってた俳優たちがテレビに出たり売れっ子になっていく過程を見るときのアタシの気持ちはこれか)

初演で違和感を感じた「スカートのシーン」、アタシはこれも今更認識した「自由に歩ける靴のシーン」。女性の視座で読み直してみれば、彼女が次の新しいステップに踏み出すちからを背景として描くようなバランスの絶妙さに舌を巻くのです。

初日に関して云えば、テクニカルには少し問題があったとしても大きな問題ではありません。大枝佳織の威勢のいい役は少ないと思うので貴重。そういう意味では三谷智子のはすっぱな感じもけっこう珍しい。

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2009.10.26

速報→「馬鹿やろう、そこは掘るな」ガラパゴスダイナモス

2009.10.25 19:00

アタシは初めて観ます。伏線張りまくりでちゃんと回収の110分。31日まで甘棠館show劇場。

洞窟。お笑いの元コンビ稽古をしていた場所。5年前にコンテストで受賞したトロフィーを(一人が結婚することになって諦めさせようと嫁が穴を掘って埋めようとしている。ウエディングプランナーが計画した人前結婚式をここで開くことにして、同級生たちが集まって祝福する。そこに、初恋の彼女がやってきて。

多くの伏線を張りながら笑わせていくタイプのコメディ仕立て。少々ぎこちなかったり無理矢理なところがないわけではないのだけど、中心となる「パーコ」の物語もったいつけてたくさんの傍証は提示されるのだけれど明確には最後までいっても語られないのはちょっと意外な感じですが、名前や事実の断片がそれぞれの人に伝わっているのに、事実にまでは至らないということの悲しさすら感じさせるのです。 それはネタとしては早々に「わかって」しまうのだけれどがその物語だけに依存せず、さまざまに枝葉をつけて、楽しめる仕上がりになっているのがちょっとすごいのです。

男ふたりの漫才コンビの若い相方が先輩の行動が不審で、どうも自分以外の相手と「浮気」しているんじゃないかと、ノンケなのにあれやこれやを疑う、というのがありがちな恋愛にかぶせてみせるあたり、サイドストーリーではあるけれど、ちょっと巧い。 (この先輩が「ジョニー先輩」だ、というところがツボなのはたぶん観客席であたしだけでしょうが)

正直に言うと、やめると断言していた元漫才師が、初恋の人と出会ってしまうことであっさり気持ちを翻すあたりに少々の違和感。それは大きな問題ではありません。すくなくとも表面的には軽い会話ですすみながらちゃんと組み立てられた物語は強い印象を残します。

結婚する男女の強い想い、男に対する初恋の人の諭し励ます言葉はしっかりとしていて、そのポジションの特別さもあって、その重みは増して効果的なのです。

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速報→「翼をくださいっ!さらばYS-11」ギンギラ太陽's

2009.10.25 14:00

YS-11をめぐる物語。東京を除く日本各地をまわるツアーの最終地、福岡公演。29日まで西鉄ホール。120分。

東京再演で観たときにここまで通うことは想像できなかったのです。しかし、福岡や天神、大刀洗もアタシに気持ちを残す確かな力があります。 やはり劇団のスタンダードとしての物語の強さを持つ一本。「人の想いのイコンとしての」組織だったりも含めての「モノ語り」。雁ノ巣飛行場、大刀洗飛行場、福岡空港をめぐる現実を物語として少しずつ取り込みながら進化していきます。

一方でスカイマーク参入の時期に時間軸を固定した部分があるおかげで、最近状況が大幅に変わっている航空業界のあれこれを取り込む必要をなくしているのは今になって思えばまったくただしくて(なんせJASまででてくる)、日航・全日空は強靱な大手という感じに見えなくてはいけないのだけれど、何度乗ってもたいていスカイマークは(飛行機が小さいというのはあるにせよ)ほぼ満席で、お盆の季節ですらJALはいっぱいには見えなかった、みたいなことを肌で感じていると、この時間軸の固定がないとどうにも座りが悪くなるはずで、ここは先見の明。

アタシが初めてみたのがこれの東京再演だったわけですが、それからわりと欠かさず福岡に通うことになっているわけで、たいした引力。反面、アタシが観始める前にあった流通系だったりお菓子ものだったりは、完成度という点ではもしかしたらこれにはかなわないのかもしれないのだけれど、観せてはくれないかな、そろそろと思ったりもするのは、観られなかった芝居の悔しさのなせるわざ。

当然銀河劇場よりは、ずっと芝居の大きさにあっていて、使いなれた劇場ということもあって、この小屋で観ることの特別な意味を感じつつ、おもわず空いていた翌日は大刀洗に行ったり、福岡空港の展望台に上ったりという充実も含めて楽しいのです。

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2009.10.25

速報→「 カラクリヌード 」東京の人

2009.10.24 14:00

札幌の劇団、SKグループ(1)の、すがの公が立ち上げた、109人の東京の人と「遊ぶ」ための東京フランチャイズ企画。旗揚げを経ての一回目公演。27日までシアターブラッツ。休憩10分を含む120分。

海外の戦争に日本は中古の人型掘削ロボットを軍事力として提供していたが、レアメタルはおろか鉄すらも欠乏している状況だった。ロボットと貧しいものは地下6000メートルでわずかな資源を求めて採掘の生活をする鉄のモグラと呼ばれ、富めるものは地上6000メートルの高層住宅に住みみ天のクジラとよばれていた。 ロボット輸出を決めた政治家は総理にまで上り詰めた。政府が配布している携帯を兼ねたホットバッチというデバイスで相性抜群立ったはずの妻は、あろうことか掘削ロボットに恋をしてしまった。

公演ごとに東京の役者に依頼して集める、というシステム のおかげかどうか、知る人ぞ知る芸達者揃いな様相。ほぼ素舞台、黒い服、小さなLED発光アクセサリぐらいの小道具だけ、というじつにシンプル。

舞台はSF、激しい貧富の差、ボーイミーツガールで、ガールはとらわれの姫、群唱などで進めるものがたりは、最近では珍しいぐらいのベタといえばベタ、着地点もわりと想像通りの感じで驚きの、という感じにはなりません。悪くいえば古い、よく言えば温故知新。そういうラインの上をなぞる感じではあっても、わりと楽しめる感じなのは、アタシの好きな役者が何人も出ている楽しさでアタシの気持ちが乗るのです。

正直にいえば、主軸となるボーイとガール、その敵となる政治家以外の役を物語に織り込むのに苦労している感じがしないでもありません。その分遊びの部分も多くて、まあ役者を見に行っているアタシには楽しかったりするわけですが。

とらわれの姫を演じる秋澤弥里はどこまでも姫な感じで美しい。サイドストーリのもう一つのボーイミーツガールを演じる福田英和はもっと観ていたい、ガールたる井口千穂はキュートに暴れる感じが楽しい。菊池美里はゆっくりであえて違うリズムな感じが印象的。杉木隆幸はどこか諦めた感の中年男が似合う感じでアタシの気持ちに近い。敵役となる政治家を演じた芳賀晶は嫌われ続けをしっかり。

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2009.10.24

速報→「ソビエト -マヤコフスキィ生誕116年-」双数姉妹

2009.10.23 19:30

双数姉妹13年ぶりの再演。125分。25日まで座・高円寺1。

帝政ロシアの時代の劇場。皇帝が二日目に訪れる予定で警官による検閲がされ、直前に脚本の書き直しを余儀なくされる。開演直前になってもほとんどの役者は台詞が入らず、プロンプをするが、あまりの多さに混乱する。かねてから企みのあった役者は別に用意してあった台本をプロンプターに渡し。

あたしが観始めるより前の双数の再演。アタシが観始めた頃も、「コサック」などのソ連風のタイトルとスタイリッシュなかっこよさが身の上だった彼ら、役者も芝居もずいぶんと変わってしまった昨今だけれど、久しぶりにあの頃の感覚で楽しいのです。

当日パンフにあるとおり、「革命をプロンプした男」という基本コンセプト、舞台の表と裏に役者をそれぞれ配し、出捌けで変化させ、さらに「革命」でひっくりかえす、というシンプルだけれどいわゆる演劇的な楽しさ。

劇中劇がじつはわかりにくかったり、革命から少し後、三兄妹の芝居もアタシを混乱させます。男女のデート風をそれぞれが三人で支えるというのは、革命後のプロパガンダとして正しくて楽しい。芝居のあれこれに試し悩み苦悩するってのを楽しむのは、芝居見すぎてる年かさの観客の特権。

やがて浮かんでくるのは、夢を紡ぎ人を扇動したけれどその後の続かない苦悩。ぶちあげればぶちあげるほど、 続けるのが難しいというよくあるはなしなのだけれど、そこにも日常があるという視点は実に気持ちに合うのです。革命は起きても、人は生きていかなければならない、というのをきちんと語る中盤の「延々続く芝居」のくだりが好きです。まんなかのミュージカル風も楽しい。

中村靖はかきまわす為の役にふさわしく楽しく、序盤こそ滑り気味でも舞台をぱっと明るくさせます。仲坪由紀子×辻沢綾香、吉田麻起子×井上貴子の拮抗する感じも楽しい。

学生運動を知らない、という作家、先週の学生運動の芝居は一回り(以上かも)先の世代。今作の作家それでもアタシが初めて拝顔した頃に比べれば、ずいぶんと年齢は進んでいるわけでそれも含めて、楽しいのです。 天井も高く、幅も広いスカスカになりがちなこの劇場(客席通路の階段がなんか危ない)の高さをきちんと埋めています。このあたり、演出のちからを感じるのです。

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2009.10.22

速報→「島あつめ」トリのマーク

2009.10.21 20:00

トリのマーク、久しぶりのカフェ「こぐま」での公演。45分。

下町のカフェ。この場所、二階にも上がってまわりをみたいという客。見渡したいのだけれど、ここのまわりに水路が走っていた様子もみたいといい。

トリのマークの二人が経営するカフェも順調になってきている昨今、カフェの休みになっている火曜水曜だけの三ステージ。ボケてツッコむという会話も楽しいく、トリの濃密な三人の会話。東向島あたり風ではあるけれど、今ではない近未来の舞台も絶妙。押上の駅から歩くと建設中のタワーを背にして歩いてたどり着き芝居を見れば、空想の物語としてきちんと取り込まれている楽しさは、この場所に長くとどまり、場所からきちんと発送している彼らの強みなのです。

今では海からはずいぶん遠いのだけれど、向島という場所は昔は海で、堆積し、島になり、徐々に陸地が増えて水路の町となり、それはやがて狭い路地となりという時間の流れを、こんなにゆるやかな会話の中で感じさせるというのも彼らの得意技。

なんていう背景を別にすると、ナンセンス風の意味のない会話もたくさん、どうとらえればいいか判らない会話もたくさん、というのは彼らを観続けているあたしには楽しい。誰が観ても楽しいかどうかはよくわからないのだけど、20人しか入れないところで総数60人の目撃者のひとりになれたのが誇らしいのです。

芝居に限らず近隣のアートの拠点となっている「こぐま」なのだけど、ひいた籤で近隣の飲食店を紹介する「おしょくじ」も芝居の中に取り込みつつ。

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2009.10.20

速報→「深情さびつく回転儀」電動夏子安置システム

2009.10.18 19:00

電夏の新作。125分。25日までサンモールスタジオ。

資産家の父親が娘に残した四棟の家。そこに住むことは無く下の娘二人はすでに売却したようだが、次女は父親の残した唯一のこの家を手放せずにいる。ゆえあってその一つに暮らしていた男女五人は隠された部屋にあるルーレットによって現れる人々と四つの家という場所が選ばれることを知る。

ロジックを全面に押したコミカルな芝居が得意な彼ら。ルーレットの赤と黒、偶数と奇数の組み合わせ4つを家に見立てて四つの物語が平行して同じ場所で動くように構成。目が出きった組み合わせの場はクローズしていく、というルールと、チップに刻まれたオプショナルな働きを組み合わせて物語を運びます。そういう話を作るのに、どちらかというとベタでドタバタ喜劇風の役者が結構居るというのが不思議な感じで、そういう意味ではクロカミショウネン18と似たところも併せ持ちます。

理系のはずのアタシですが、すっかり遠ざかったからかそもそも素養がないからか、ルールに縛られたロジックやルーレットと二枠の物語のリンクがあたしにはぴんとこない感じ。それでも組み合わせの中で空間が閉じていくとか、オプションの部分には物語にリンクするおもしろがあると思うのです。 娘自身が父親の愛情を得られていたのかに、にこだわるというきっかけは好き。四つの家と姉妹が対応しているのか、次女ひとりにこの家四つが与えられたのかは今一つわからず、前者だと思っていたけれどほかの姉妹は現れずなので後者なのかなぁ。愛情が自分に向いていたのかということの背景として必要なのはわかりますが、意味なくいたずらに物語を複雑にしているように感じるのです。

ルーレットの目で変わる6種類のマルチエンディング、というのが売りですが、どこのどれをルーレットで分岐させてるのかもルーレットの目も明らかにしていないので、台本を購入するしか確実に確かめるすべはありません。それでも疑えばきりはなくて、ルーレットの目が示されてないんだから、ほんとに分岐した上演があるのか、とか。もう一つ気になるのは、ルーレットを「回転儀」と呼ぶのだというのだけど、webではみつけられませんでした。ジャイロスコープじゃないのかなぁ..

七味まゆみは客演として中心を張り、しっかり。渡辺美弥子は美人なのにそこまで笑いをとるのかというコミカル、見開いた目の美しさも変わらず圧巻。菊池未来は雰囲気良く、ちょっと謎めいた感じも嬉しい。

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速報→「死すべき母の石」桃唄309

2009.10.18 15:00

中野ポケットを中心に二つの新しい劇場を加えて四劇場になった「ポケットスクエア」の一つ、「テアトルBONBON」のオープニングシリーズ。スタイリッシュに組み上げたミステリー仕立て105分、25日まで。公演中にはドラマリーディングやバックステージツアーなどの企画も山盛り。

フリータ暮らしの男が半年ぶりに実家に帰ると、一人暮らしの母親が殺されていた。すぐに忘れられてしまいそうな小さな事件で警察の捜査は遅々として進まない。

謎解き、というよりはその殺人が起きた背景や、東京という町の風景を丁寧に積み上げていく印象。殺人の起きた小さな部屋の中で出かけるでもなく鬱々としている息子、そこにいたる東京という場所の犯罪の芽がそこかしこにある場所であること、それを面白がる人研究する人もいて。町の持つ「意志」のようなものがそこにある、ということを描き出す視点がおもしろい感じ。

DJブースを舞台上につくり、全体としてビートの効いた音楽、真下に置いたライトの点滅の感じ、スーツ姿の役者たちと、全体にスタイリッシュ。クラブの雰囲気や、公民館、ネットワーク上の「会議室」、雑踏。さまざまな面を持つ東京という町の「暮らし方、生き方」を描き出そうと、こまかく区切った場は、切り替えのテンポも楽しい。ただ、刻み続けるリズムというのは両刃で、2時間近い公演となると物語はものすごく濃密なのだけどそれに反してじつはちょっと飽きそうなところもちょっと、というよりはアタシが単に寝不足だったというだけのことかもしれません。

。 街角の雑踏の風景すらもそういうスタイリッシュに、漏れ聞こえてくる声の感じと、丁寧につくった印象。イヤホンつけて歩いていると気づかないけれど、そうだ、こういう風景なのだと気づくのです。息子を演じた佐藤達はこういうフリータ風の気の弱い感じをやらせると抜群に巧いのです。

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2009.10.18

速報→「モロトフカクテル」タカハ劇団

2009.10.17 19:30

二年半前の初演の圧倒的なすごさがきちんと戻って来ています。役者はほぼすべて入れ替わっていますが、ホンの確かな力は健在で、きちんと。18日まで、座・高円寺1。110分。

大学、自治会の部屋を大学が強制収容すると通告してくる。この場所を守り抜きたいと思う二つのサークル。昔この場所を守り抜いた(伝説の)大学生に憧れてる人。学生運動のレプリカのようになっている若者たちはおぼつかない。

68年の、といわれると、生まれてはいるけれど、なにも覚えてないアタシです。学生運動の残★さ★も感じないで大学を過ごしてしまったアタシなのですが、その時代の空気は感じ取れます。

初演は圧倒的な感じでした。タカハの確変とまで云われたすごみのあるホン。早稲田の学生会館で上演されたというのはある意味、借景の場所のちからだったのですが。

ほぼ大学生で演じられたはずの初演に比べてしまうと、アタシの友人が云う大学生の身体が必要という意味はよくわかります。 今作の石川ユリコは初演とはちがうキャラクタで、実直にまっすぐ。個人的には静かに闘争の火を燃やしつつ、業のように男に気持ちを寄せる彼女の印象が圧倒的、なのですが。

それでも、有馬自由がきちんと場所をつくり、内に炎を秘めた初老の男。恋い焦がれて居るということは、やっと今回感じました。手話サークルの二人、虚構の劇団(座・高円寺の公演を観てませんが)の小沢道成のキャラクタが同じ感じで安心。対になっている、こいけけいこは笑い少なくても、まっすぐで気持ちを乗せやすい。畑中智行は悪役一辺倒ならば圧倒的に巧くて、キャラメルよりも合っている空気。恩田隆一は、どこか金八っぽくなるのをよけるべきだと思うのです。アカネを演じた奥田ワレタは中盤の闘いがおもしろい。リーマン、少子高齢、インフルエンザもすべて、という嘘っぽいデマを考えてなくて受け入れる感じで、しかし自分の傷ついたところの落とし前を男に向けるところがかっこいい。初演にも唯一出演している浦井大輔は時代な感じに満点。笑いひとつも無くても。酒巻誉洋、17日夜公演では声が枯れている感の不安も。

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速報→「ヘアカットさん」岡崎藝術座

2009.10.17 14:00

岡崎藝術座の新作。75分。25日までアゴラ劇場。

新宿の代々木に近いほうの紀ノ国屋書店、立ち読みで引っ越し先の部屋の様子を考える女。と、バイク好きの彼と先輩とのカラオケの話。

物語は概要をもう少し書くだけで構造がバレバレなほどのごくごくシンプルなものがり。文章で書けばほんの数行だけの事実をリミックスし、ひきのばし、リフレインした、といった風情。ダンスとも違う、芝居というにはあまりにミニマルにすぎるし、ノイズ主体だったり、本当の気持ちをなかなか悟らせまいとするような感覚もどこかに見え隠れしていて、一筋縄ではいきません。

感覚のどこかささくれたようなひっかかりを幾重にもリフレインする感覚自体は嫌いではありませんが、シンプルな物語ならば、シンプルに見せてほしいいなぁと思ったり思わなかったり。そういえばこの前に観た「三月の5日間」は原作の物語があったのだよなぁと思い出すのです。

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2009.10.14

速報→「わが星」ままごと

2009.10.12 14:00

口コミの威力は絶大、広く作っている囲み客席には立ち見も、いろんな芝居をする側の人々もたくさんの客席。80分。初日からあったのかどうかわからないけれど、口ロロ(くちろろ)の音楽(AM00:00:00)に載せた終演後の役者紹介も楽しい千秋楽。三鷹市芸術文化センター星のホール。toiを観られなかったアタシには強烈な印象を残しました。

どこかの星、両親・祖母・姉妹。誕生日を迎えて喜ぶ妹。その外側から望遠鏡で見ているオトコノコ。星が消えてしまうのが見えたこの瞬間すでに星は無くなっているのだけれど、時間も光速も超えてオトコノコはオンナノコに会いに行く。

太陽系の惑星である地球(ちーちゃん)の誕生から滅亡を団地に暮らす家族の末っ子ちいと家族、隣のオンナノコ(つきちゃん)の人生に重ね、それを外から見ているオトコノコが流星に乗ってボーイミーツガール、と言葉で書いてしまうと身も蓋もない感じなのだけど、時報とラップと音楽で貫かれた気持ちのいい体験の空間。三鷹の劇場をフラットに円形劇場のように仕立てたことも功を奏していて、高い天井がこの物語に対してはむしろ効果的ですらあります。

本当の時報の録音を除けば、4秒に強い拍子をもってくる、リズムの感覚。普通5秒15秒30秒60秒で語られがちな天文のリズムと微妙に外したこのリズムがあたしの感覚に実に良く合うのです。

少年王者館からの影響を指摘する声もありますが、アタシが強く感じるのはむしろ維新派のジャンジャンオペラ(王者館より維新派の「体験」を楽しく思うアタシだからかもしれません)。一つのリズムで貫いてヒップホップっぽくまとめた仕上がりは、ずっとスタイリッシュで、でも音楽だけでもヒップホップだけでもないテキストはあたしの友人がいうとおり、とてもgirlyでオンナノコ寄りでアタシの気持ちをわしづかみにします。「わが星」を観てしまった今から振り返ってみれば、維新派も王者館も古ぼけて見えてしまう、今を暮らしているアタシたちの感覚にあったリズムと物語、昭和も遠くに見えているアタシの年代だからか、その友達を作る感覚(アポロ、たべる?から始まり、ままごとをするシーンは大好き、終幕近くの、ありがとうを云うあたりはガー泣きです)、家族が忙しく毎日の生活を刻む感覚(終盤で父母が廻りながら、父親は並木道を母親は家の集合住宅の短い廊下を往復する、というのが泣きポイント)、オトコノコがやってきて(ちーちゃんはそこに居続けて)出会う感覚、なにもかもを凝縮して見せるここには確かにコスモス(ダサいね、この言葉)がきちんと存在。

これだけでワークショップ、学校公演でいくらでも稼げそう(このあたりが下世話なアタシ)、やったもの勝ち、たしかにおもしろい。たぶん小学生から高校生、親も巻き込んだワークショップは世界何処でも通用しそう。

笑いも多くて、見やすくて、小劇場の役者にとっては台詞だけではなくて、リズムの芝居を自覚するということを体験できる、という意味でもワークショップっぽい。役者を変えても成立するし、これを体感した役者たちは続けられるし、何年か後に歳を重ねてもすぐに出来るぐらいに刻み込まれている感じの千秋楽なのです。

ままごと、というのはたぶん、なにかのロールプレイなのでしょう、(芝居での)オンナノコ二人(か三人)の会話が大好きなアタシにはその雰囲気が大好き。それをリズムを刻んできちんと。映像りょりもむしろ音だけMP3で貰って帰り道でずっと聞き続けていたいと思うのです。

端田新菜はある種の幼さを持った妹キャラをやらせると抜群に巧い。母親を演じた黒岩三佳も、姉を演じた中島佳子もべつにラップが抜群に巧いわけではないのだけれど、物語に寄り添ってしっかりと支えるのです。

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2009.10.12

速報→「蛮幽鬼(ばんゆうき)」松竹×ヴィレッジ×新感線

2009.10.11 17:30

新感線、いのうえ歌舞伎の新作。上川隆也、堺雅人、早乙女太一、稲森いずみを客演で。27日まで新橋演舞場、そのあと大阪。休憩30分を含んで210分。

留学していた4人。権力者側の3人と平民から実力でのし上がったひとり。5年ぶりの帰国が近づいたある日、一人が殺され、平民だった一人が手をかけたと云われ、監獄島に送られる。裏切りに対する恨みは十年を経ても変わらない。牢の地下からする声に従い掘り始めた先にいたのは。

席は正直良くなくて、花道が見えないってのはそこで重要な芝居がないとしてもストレスにはなりますが、まあ三階席のBですからそこに文句をいってはいけません。 映像の格好良さというのは彼らの特徴ですが、ナイロンのスタイリッシュをみてしまうとセットの転換を見せないために多用するのがあまりにあからさまな感じがします。

まるで巌窟王のような前半は笑いも多く見やすい。そこからのし上がっていく過程は詳しくは語られませんが、そもそも殺し屋の男の後ろ盾で自分の復讐を果たすはずがいつのまにか、という物語。決して明るい話ではなく、全編を通して殺す殺されるのという殺伐とした物語。終盤にむけてどんどん死んでいく、なんてのは今ではテレビはおろか映画でもそうそうない感じがしますが、生の舞台でかっこいい殺陣を織り交ぜながら疾走する感じは新感線らしくて気持ちいい。 そうするざるを得ないところに追い込まれる物語がアタシにとっての、いのうえ歌舞伎なのです。そういう意味では大満足。

殺陣が圧倒的なのは早乙女太一。伝統的ではないけれど、見栄えとスピード感が圧倒的で舞台映えして、おもわず場内に拍手があがるほど。上川隆也はこういう偏屈さの芝居を見せると声の調子が一本になってしまうのは少々惜しいところだけれど、真ん中に一本の心の強さに説得力。稲森いずみという役者の美しさはテレビでは感じるけれど3Fではさすがに。堺雅人がよく言わ続けていた「嘘くさい笑顔」というのを物語に取り込んで冷徹な暗殺者に仕立てたのは巧い。橋本じゅんはコミカルも心意気も併せ持っていて、かっこいい。

久しぶりの演舞場、前はもっとカジュアルもあれもこれも取りそろえたバラエティ感があったきがするのだけれど、改装したのかしら。菓子・弁当・寿司の文字を取ったカベス茶屋一つに集約されたようで、これはこれで寂しい。

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速報→「河童橋の魔女」ジャブジャブサーキット

2009.10.11 14:00

ジャブジャブサーキットの新作。105分。11日までスズナリ。

ホテルのロビー。長逗留の男、会話の成立しない母娘、3年前に泊まりパートナーに裏切られて傷心の旅行に訪れた女、それを追う別の男。山の上にあり、一本の通称・河童橋を通らないと入れないこのホテルには、通常人には見えない、森の住人たちもたくさん住んでいて。ある日、その一本の橋が落ちてしまい、客たちは帰れなくなってしまう。

ファンタジー色いっぱい。ふつうは見つけられず、死にごく近いところにいる人間しかたどり着けない、境界線のような場所。その線上にずっととどまったり、あるいは死んでしまったり、あるいは森の住人となったりという様々な人々の姿。死に向き合ったり寄り添ったり、自覚鳴く近づいたりしている人々の姿をそれこそグランドホテル形式で描き出します。ここの作家のいつものようなミステリーっぽい感じは少々あるけれども、ゲームのように組み立てられた芝居というよりは、ずっと想いや気持ちに寄り添った優しい印象の芝居なのです。

一度取り込まれてしまうと一度戻ったとしてもまた舞い戻ってくるとか、森の住人たちの遊び心はアタシの感覚としては楽しい。「あむろ」に巡るちょっとしたギャグも客を選びますが、アタシは楽しい。

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2009.10.11

速報→「心が目を覚ます瞬間~4.48サイコシスより~」DULL-COLORED POP

2009.10.10 19:00

ダルカラ休止前のもう一本。12日までサンモールスタジオ。90分。

ベッドに寝ている女、机に向かう男。4:48から72分だけ正気に戻る女、男は彼女と対話したいと切望して。

いまどき生きていれば、気に病むこともおかしくなりそうなこともままあるのだけれど、どうにかバランスをとっていると思っているアタシなのです。まわりにもあまり居ない、患者の現場は、本当のことはよくわかりません。それでも自分の部屋で、電車で、鬱々としたり、躁状態になったりすることはあります。そういう心の振れ幅、正常に戻る瞬間のビビッドな感じがよく見えます。

正直に云えば、物語らしい物語がない本作は、芝居として語りづらいところ。しかし、時代を超えた二人の作家のキャッチボール(本当にそういうシーンがある)は実に美しくて切実なのです。

ネタバレかも。

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速報→「レ・ミゼラブルーシート」観音びらき

2009.10.10 14:00

観音びらきの新作。凝ったチラシも楽しい105分。大阪のあと、東京はタイニイアリスで11日まで。そのあと福岡。

大阪天王寺動物園の近く、ホームレスたちのブルーシートが立ち並ぶあたり。リストラ・妻子とわかれた会社員や、北新地の元ホステス、西成の元日雇いなどそれぞれの背景。数少ない娯楽の動物園の通路に並ぶ青空カラオケの一軒に集う。行政の立ち退き警告が続き、代執行の日が迫る。

ブルーシート、ホームレス、ホームレス支援と云いながら巣くうわずかな利権。青空カラオケを舞台に持ってくることで歌のシーンを無理なく取り込んでいて、いくつかの替え歌ベースの曲の出来もけっこうよかったりします。ややもすると上から目線の笑いをとるだけになりがちなところ、そういう視点が入ってしまうところもありながら、「そこから抜け出せない、抜け出したい」という葛藤を支援雑誌ビッグイシューや生活保護をねらった悪意などを取り混ぜ、家族の物語も取り込みコンパクトに凝縮。

問題提起とかそいういう堅苦しさではなくて、あくまでエンタテインメントの領域。物語全体のバランスがいいかといわれると少々微妙な感も残りますが、気楽に楽しむのが吉。いつアタシたちが彼ら側におちてもおかしくない、という今の時代を生きるアタシたちには無条件で笑いだけを受け止めるほど楽観的でもないアタシですが。

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2009.10.10

速報→「プルーフ/証明」DULL-COLORED POP

2009.10.9 19;00

ダルカラポップ休止前の二本立て、そのうちの一本。ほかでの上演を経て研ぎ澄まされて。休憩10分を挟み135分とのアナウンスだけれど、アタシの見た金曜夜は21:30終演(たぶん開演押しと休憩時間押しかも)。13日まで奇数日上演、サンモールスタジオ。

天才といわれる数学者を父親に持つ娘。姉はニューヨークにでてしまっているが、神経を病んだ父親とシカゴの一軒家で暮らし、晩年の面倒は自分が見ていて。父親が亡くなったあと、書斎の膨大なノートを整理する教え子の今は教員の。葬儀のために久しぶりに訪れた姉。
葬儀の夜、悲しみを和らげようと姉は友人、父親の教え子たちを招いてパーティを開き、気持ちを交わして娘(妹)はある秘密を父の教え子の男に打ち明ける。

映画にもなっていて、芝居としてもわりと上演されているようですが、アタシはコロブチカ版だけを観ています。隙のない美しい物語でもあり、家族の気持ちを丁寧に描く物語という両面を併せ持ち、演出次第でどちらの横顔にもつながる広がりのある戯曲。

アタシが初めて観たコロブチカ版を基準にして比較すると、どこまでも透明でナチュラルでフラットな印象で家族の物語に着地したコロブチカに比べると、美術はシンプルなのに、ロックでもありポップさも持っていて、スピード感とゆるやかさの緩急の差が楽しくてむしろエンタテインメントな色が多いのです。

翻訳物っぽい台詞回しを意識的にしていた節もあるダルカラなのだけど、本作はそれがいい感じで抜けていて、違和感がなく。 一軒家の建物を客席側にあると想定し、それにつながるデッキの部分にある机と椅子というだけのシンプルな美術のアイディアは相当に秀逸で、この戯曲の描くシンプルで美しく力強い数学の世界を体現するよう。結果として家からの出入りを客席通路からという導線になってドアの前で立ち止まる一瞬の表情が見やすくて印象的な場面がてんこ盛りなのです。

天才的な数学者で今は気を病んでいる父親を演じた中田顯史郎の圧倒的な説得力。厳格さと父親の娘に対するある種の甘さがきちんと醸し出されているのは凄い。休憩後のシーンは、軽やかでおかしくて。そのあとの躁状態や、序盤の落ち着いた会話など様々な顔を見せて本当に魅力的。妹を演じた清水那保は可愛らしくて心が強くて魅力的。まるで七変化のような衣装も楽しい。当日パンフで作演が「俺の溺愛する二人の劇団員〜」というのも頷けます。姉を演じた木下祐子はアタシ自身の視点の拠り所になる世間との接点の重要な役をしっかりと。

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2009.10.08

速報→「世田谷カフカ」NYLON100℃

2009.10.7 19:00

休憩15分を含む190分。カフカの未完作「審判」「」「失踪者」をベースにしながらコラージュは物語重視とはいいづらいし、誰にでも見やすいとは到底思えないけれど、その体験は新鮮です。12日まで本多劇場。

三人の俳優が語る経験。近所の呑み屋で顔なじみの常連おばさんの介護話、けっこう大きくなってから知った自分の出生の秘密の違和感、学生の頃出演したクイズ番組での答えの理由がまわりにわかってもらえない話。そこを起点にしながらも。
理由がわからないまま裁判を起こされた男の話「審判」。測量のために招かれて来た街なのに何処にも泊まれず治めている城に行けと云われるのにどうしてもたどり着けない「城」。ドイツを追放されアメリカに流れ着いた少年は「失踪者」。

恥ずかしながらカフカを一編たりとも読んだことのないアタシです。コラージュというだけあって、それぞれの物語の断片は感じ取れても、深くはわからないし、全体として俯瞰しても大きな物語の軸があるという感じではありません。でも、この長時間、ほんとうに飽きずにわくわくするのです。

社会生活はそれなりに営んでいて、でもどこか鬱屈したり疎外感があったりと、表面と内面のギャップ感が全体を貫きます。ケラ自身が傾倒しているのは、この気分を共有したいという気持ちが強いのだろうなぁと思うのです。軽かったり感動したりという芝居が得意なこの劇作家なのだけど、こういう世間との違和感の感じ取り方は好き。あたし自身が本当に理解できているかはわかりませんが。

wikipediaってのは便利なもので、それなりのあらすじが読めたりします。これを読むと、そこかしこに断片がちりばめられ、緻密に作られたこの芝居にかける情熱のすごさを感じ取れるのです。序盤は三つの物語が平行し、しかも書き加えられた軽いシーンも多くてあたしの好みはむしろ前半です。

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少し大きな立方体の部屋。これを動かしてあれこれの舞台を作るのも実に印象的です。箱の中で物語が動いているのを、回転させることで箱庭を眺めているような感覚にさせるというのはいままで体感したことのない感覚。芝居っぽくて楽しい。パンフにある距離感のめちゃくちゃさを体現するという意味でも効果的。

彼氏と二人で過ごす時間、みたいなシーンがちょっと好き。後から現れる友人の植木夏十がけっこうフィーチャーされていてアタシは嬉しい。村岡希美は序盤の一人語りに負荷がかかる感はあるのだけれど、きっちり。後半での老婆の声が美しい。

ネタバレかも

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2009.10.05

速報→「て」ハイバイ

2009.10.4 14:30

2008年作の再演。すれ違う家族の物語がストレートに響く110分。12日まで東京芸術劇場小ホール1。そのあとの北九州公演は作家自らの母親役が抜群なのはわかっているので、そのころ九州居るはずなのに見られないのが悔しい。

離れに住む祖母。母親と長男が長い間面倒を見てきた。かつての父親の暴力が許せない家族は、全員で集まるということを長いことしていなかったが、長女の提案で祖母を囲んで一度集まろうということにする。が、表面的におだやかに見える宴会も、やはり気持ちはすれ違っていて。

祖母の葬儀の場を起点にし、祖母の部屋、という舞台での出来事だけれども、そこから見える父親、母親、四人の兄弟たちが主軸の物語。ぎこちない宴会の前後の時間軸を 視点を変えて二度なぞることで、理不尽に見える家族の言い分がそれぞれに理由も想い入れもあるのだということがわかる、という物語は初演と同じ。のわりにすっかり忘れていたアタシですが。

対面座席なのも初演と同じ。死角は減っている気がしますが、可能ならば中央寄りの方がよさそう。天井が絶望的に高くてスカスカになりがちなこの劇場なのだけど、装置はほとんどないそぎ落とした空間なのに、これだけ濃密な物語をしっかりと描き出す確かな力。ここでできるなら、平場にできる劇場ならほぼどこでも通用しそうな、公共ホールならば何処にでも持って行けそうな強い力を感じます。

物語の上では過去の出来事ゆえにヒールの父親。そこに悪意などひとつもないのに、「そうなってしまう」悲劇。嫌みのすぎる長男、執拗にカラオケを勧める長女、友人を連れてきて賑やかにしたいという次男、ちゃんとこういう場所にはくる次女。この家に居続けた長男の想い、ここから家族をリスタートしたい長女。その想いのすれ違いは善意のゆえに、絶望的ですらあります。その全体を母親が見つめる印象的なシーンでアタシの気持ちを揺さぶります。

それぞれの思いが空回りしたとしても前に進んでいかなければならない「生きている人々」。終盤の火葬場のシーンはどこか滑稽に見えるアタシたちはまるで仏の視点のような感じすらするけれど、その中で踊り続けていかなければならないのは、実はほかならないアタシたち自身なのだ、ということに気づいて呆然とすらするのです。

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2009.10.04

速報→「呪われたバブルの塔 -ビフォーサイド-」北京蝶々

2009.10.3 14:30

北京蝶々の2バージョン公演の、「ビフォア側」。どちらか一方ならば、ウエルメイド風の側面も持つこちらがあたし好みの70分。12日までOFF OFFシアター。もう一方と同様、もし選べるなら窓とテレビの両方が見える中央よりを。

70年代に建てられた小さな雑居ビル。親からオーナーを受けついだ男は、経営を妻に任せきりで自分は2Fのスナックに入り浸る。経済環境も行き詰まり、老朽化の目立つこのビルはテナントの確保に苦労している。1Fのそば屋は異臭を訴える。ある日、オーナーの夫は亡くなったはずの父親の姿を見かけ。

ビフォア、とはいいながら観客の現在よりは先の未来の話。アフターと4年の隔たり。老朽化した雑居ビルのテナント探しの難しさから始まった物語は、やがて夫を中心とした妻や自殺した父親への想いの物語に移っていきます。あれれとウエルメイドになっていくのもちょっとびっくりなのだけど、笑いと想いのバランスがよくて、ふつうに面白い物語に仕上がっています。やはり見る順序はこちらが先のほうがすんなりくる感じがします。

もう一方ではほんの少ししかでてこなかった(が、今までにないメイクにちょっとぐらっとキタ)鈴木麻美が実にいいのです。美しいのに少々の疲れ気味とか幸せ薄そうな感じの役をやらせるとありきたりなキャラクタではなく巧いのはアタシの中の定評ですが、細やかで印象的。終盤でほんの少しの化粧をするのだけど、それにもハマルおやじのあたし。父親を演じた鈴木歩己も妙にリアルな疲れたおやじの見た目のインパクトはともかく、いいかけて止めるあたりの呼吸が抜群。オーナーを演じた岩淵敏司も硬軟とりまぜ印象に残ります。帯金ゆかりも実はこちら側のほうが抑え気味でナチュラル。

アフターサイドの方がぶっとんだ世界なのにくらべると、リアルさをもったこっちの方が、コミカルさを含めた巧者がこちら側にそろったという印象があって、それは物語の見やすさにつながっている感じがするのです。

あたしの見た3日昼の回は終幕近くの停電(だよな、いわゆるパイロットランプも含め全部消えたのはちょっと異常な感じ)が、物語の雰囲気にあってて、ちょっと薄ら寒い感じもしましたが、それも含めて楽しめるのです。

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2009.10.03

速報→「呪われたバブルの塔 -アフターサイド-」北京蝶々

2009.10.2 20:00

北京蝶々の新作。二週末のロングランは、2バージョンを交互上演。12日までOFF OFFシアター。70分。あたしは、アフターを最初に。席を選ぶなら対面のどちら側での客席でも窓とテレビの画面が見える中央を(たいした問題ではありませんが)

雑居ビルの一部屋、オーナーであり住み続けている男はディーラー風情に見せているが、その筋。一体の再開発を狙って買ったけれども、バブルは弾けて、売るに売れない。不動産業者を通じて、海外の不動産ファンドがこの建物を売って欲しいと云ってくるが。

ビフォアを見てないアタシには、序盤のこの場所を出たかったりする理由はわからないけれど、それは早々に片付きます。バブル、とは云っているけれど四十男のアタシがうっすら知っているあれを20代の作家が書くはずもなく、このまえまで不動産で起きていたあれをモチーフのよう。(のわりに、VHSとか、留守電とかやけに昔風。でも、液晶テレビならばあの頃じゃないよなぁ、なるほど)。

不動産が膨張していったあと、次の膨張を狙うハゲタカたち。その筋でも上海資本のファンドでも、食うか食われるかだという描き方はこの数年のジェットコースターのような世間を見て切り取った作家のちから。空っぽの場所を埋めなければ次の成長はない、という台詞に対峙して空っぽの場所を作り続けてきたのは誰だ、のような鋭い台詞が気持ちいい。半面、初日ゆえの堅さも見え隠れ。

全体としては笑いは少なめ、鬱屈と抗争の場所。そのなかで一手に笑いを引き受ける小林タクシーは圧倒的に強い。エロにみえてもスケベではない、怪しさ全開だけれども信用に重きを重んじる風水師は実によくあっています。全体にまじめに作り込む作演ですから、こういう緩められる役者は重要です。細野今日子のキャリアで強気に出る女の役は珍しいけれどぴったり。窓の外が見えない席に座ってしまったあたしですが、窓の外を見る彼女の表情の豊かさはそのハンデに余りある至福。帯金ゆかりのやさぐれたホステスはこの若さでは演じきれないけれど、序盤、一杯めを飲み干す直前の表情にちょっと惚れつつ。岡安慶子演じるホームレスはその建物の資産価値を下げる具体策を体現させる重要な役。汚く見えないのはアタシが女優すきだからですが。

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2009.09.29

速報→「高麗犬おるんー花モ嵐モー」マダマダムーンP

2009.9.27 18:00

危婦人の団体によるプロデュース公演。28日までサンモールスタジオ。120分強。 神社にある狛犬。廻せば願いが叶うという。戻ってきた姉はひとり、結婚を間近にした妹の婚約者は元彼で。狛犬は昔の話を語り始めて。

女性の自分自身の物語に強い作家です。本当に綺麗な女優と、面白くておかしい俳優、女優をそろえて物語るのは、やはり女性のものがたり。主役・おるん、ふねの色街の芸者二人を中心に据えつつ、その上の女将の世代の姉妹、その後の世代の結婚を控えた姉妹の物語もと三世代の女たちのものがたりを詰め込みます。

物語の辻褄や構造よりは、愛に生きるけれども全うはできない悲しい色街の女たちを通してさまざまな女のものがたりを組み合わせて共感で見せるタイプの芝居という気がします。正直にいえば、大味なところもあるし、笑いを取りきれないところもある、詰め込みすぎな印象もなくはありません。妙に芝居くささを感じて序盤こそ違和感を感じるのだけれど、なかなかどうして、丁寧につくっているなあと感じるのです。伝統的、というのとは違う意味で着物がポップに作られているのは、マダマダムーンの強み。

現代の結婚していない姉を演じた、古川直美がちょっといい感じ、なのはアタシのすきなタイプの役柄だからって気もします。コミカルなパートを一手に引き受ける鈴木ハルニ、田端玲実は緩急で観客を引っ張ります。チラシの美しい写真が印象的な松永かなみはどきっとする程、というのが大げさでないほどに格段に美しい。UNIQLOCKにも出ているのだそうで立ち姿、腰を曲げているシーンでも安定。

現代のシーンの妹役は新潟公演では出演しない、とクレジットされているのだけど、それって芸者の妹・ふえの女優の二役かなぁと思ったり思わなかったり。

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2009.09.28

速報→「BUG」燐光群

2009.9.27 14:00

新しい戯曲を紹介する燐光群+グッドフェローズのシリーズ。オフブロードウェイでロングランとなった日本初演。主役降板にもかかわらずの見応えある110分。30日までスズナリ、そのあと名古屋・大阪。

オクラホマのモーテル。息子を失って数年たった女。仮釈放された元夫の暴力から逃れるために暮らしている。女友達が連れてきた元兵士の男と出会う。神経質に見える彼とどこか気持ちが通じあい一緒に暮らすことになる。男は部屋に小さな虫が居る、と言い出し、部屋中をひっかき回して虫を探し始め、女も。

オクラホマのヤンキーな感じの人々。暴力と酒とドラッグの日常の人々。暴力夫、そこに神経質そうな、しかし優しい男。愛情を感じ初めてという感じの序盤。ここのありがちな、しかし丁寧に積み重ねたところから「虫」をキーワードにして一気呵成に暴走していくスピード感がちょっとすごい。ちょうど真ん中あたりでたった2分の休憩を挟んで暴走していくようになっていきます。

誤解を恐れずにいえば、「あたまおかしい」男の妄言と愛情のあまりその妄言に巻き込まれていく女。二人の互いの気持ちと思いこみだけで外界を絶ち、二人は異常な発振状態に飛び込んでいく、といえばそれだけの話ではあります。ドラッグや病気はともかく、ここまで暴走する愛情という意味でもアタシの何かに引きつけてみられる人物が一人もいないのに、引きつけて見続けてしまう不思議な吸引力があります。

美保純という役者でも年齢の進んだヤンキー女というキャスティングからは魅力があっただろうという気はするものの、すくなくともアタシのみた頃には西山水木以外には考えられないぐらいにものがたりにぴったりとはまりこんでいます。チラシポスターの類もすべて作り直し、さらにいわゆる「芸能人」の降板というハンデがありながらも、これだけちゃんと入っている、ということは芝居そのものがきちんと魅力的に作られていて面白い、ということだろうと思うのです。

もっとも、じゃあアタシがどこに惹かれたのかはいまひとつはっきりしません。序盤で二人が出会うシーン、互いをさぐりあい、つながり合うところが好きだということははっきりしていますが、そこから暴走する感じを、どう自分の中に定着させたらいいのか、ということはいまだに迷うのです。動物園のように眺める視点なのか、それともその暴走の嵐を全身に感じ取る視点なのか、自分にフックする部分がない物語の見方をどうしたらいいのか、ということに迷うのです。

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2009.09.27

速報→「はちみつ」こゆび侍

2009.9.26 19:30

こゆび侍の新作。不幸な恋愛好きなアタシにハマる105分。28日まで王子小劇場。

蜂蜜専門店でバイトしている学生の男。映研で一緒の元カノが今でも女神のようで好きでたまらないが、すでに別の男が居て。店長は隣の花屋の男に不倫で貢いでいたりするが、バイトの男はそれがいやでたまらない。

恋愛に不器用だったり結婚できない人々の話が大好きなアタシなのです。 一瞬「競泳水着」のようなポップな恋愛話かと思わせても、そこから何段も暗くてえぐるような方向に。一身に捧げても実らない人々の話はおかしさよりも、一種の絶望感のようなものが先に立ちますが、物語の「見やすさ」のおかげでずぶずぶと暗部から戻って来れなくなるということはありません。 役者の力と、物語の見やすさがあいまって、劇団としての一つのスタンダードとなれる感じがします。

結婚という枠組みの中で「もうほかの女にいかない」証拠を求める妻と、それをこんな形にしてしまう夫を、あるいは一身の愛情を注いだ映画も何もかも奪う女神をヒドいということは簡単だけれども、そこまで、ダメだとわかっているのに想いを寄せてしまう側、一種のだめんずのように作家は実に丁寧に描きます。結果的にヒールとなる妻や女神の造形は、共感はできないけれど、納得感があります。

今作においては、朔太郎を演じた安藤理樹が圧巻。若くて軽い感じに見せるけれども、一途という難しいバランスを時に笑いをとりながらきっちり。この軸がぶれないおかげで、力のある女優たちのそれぞれの力が隅々まででている感じがします。ハマカワフミエが演じた最近の彼女の中ではあまり見かけない役どころ。女神は最後まで客の反感を一身に背負うヒールをきちんと。確信犯なのか天然なのかということを彼女が気づいているのかどうかということをぼかしたままというのはいいのかわるいのかわからないけれど、「(次の男に貢ぐための電話をしようとして、自分に想いを寄せているとわかっている男に)頑張れって云って」という台詞を云わせてしまうだけのキャラクタのすごさ。 三十女、というばっさりした云われ方をする店長を演じた佐藤みゆきはこの劇団の中の安定感はいつもどおり。台詞はなくても舞台に居続けるというシーンがいくつもあるけれど、その居かたの凄みのようなものも。

ネタバレかも

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速報→「ありとあらゆる涙」ドリームダン・散歩道楽

2009.9.26 15:30

散歩道楽の役者・川原万季が作演する劇団内ユニットの新作。100分。30日までサブテレニアン。

同居している兄妹。二人で知人がスタッフをしている昼ドラにはまっている。兄は妹に内緒で結婚相談所に通うがいっこうに芽はない日々。兄は職場の友人を連れてくるが、過去に人を刺したことがあり、時効までの半年、匿ってほしいと頼まれ、住まわせてしまう。ある日、はまっている昼ドラのロケが近くで行われると聞き、見学にいくことにする。

ドラマ収録の現場のちゃらちゃらした感じと、うだつのあがらない感じの兄妹、なんか怖い犯罪者を置きながら物語は進みます。「くだらなく、熱く」というのが作家のやりたいことなのだと当日パンフでは語られています。熱くはともかく、物語をくだらなく一貫させるというのも実は相当大変なことで、どこで笑ったらいいのか、というのに少々迷う感じはあります。

兄と女優が、という物語がひっくりかえるような瞬間があって、これが物語の見せ場だと思うのだけど、みていて混乱する感じが先にたってしまうのが残念。嘘でもインパクトでもいいから突っ走ってほしいところ。 物語のつじつまを云々するタイプの芝居ではありませんから、インパクトでもこけおどしでも笑わせるところでも突き詰めてほしいとは思うのです。タイトルの見せ方はちょっとカッコいい。

結婚相談所の男を演じたキムユスの怪しさ満載感は太田善也のような感じすらあって印象的。マンガのようにカッコいいという設定の俳優を演じた郷志郎は突き詰め感があって、物語の世界を引っ張ります。単なるミーハー娘だったりもする一面のある妹を演じた菊池美里はこういうコミカルな役は静かなおかしみのようなものが凄くて圧倒的に巧い。

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2009.09.23

速報→「夜の口笛」chon-muop

2009.9.22 19:30

チョンモップの新作。毎日更新のblogと連動した9月と11月公演の一つ目。23日まで、仙川・niwa-coya。60分。

閉店間際の小さなカフェ。近所で暮らす知り合いの二人の女、話に花が咲くが、マスターは浮かない顔。店の片隅にはずっと寝ている女が居て。

カフェ&ギャラリーと銘打つ住宅にとなりあう小さな空間。何が物語なのかというとよくわからない感じなのだけど。女二人の楽しげなはなし、マスターの悩み、飛び込んでくる謎の男。近くの伝説のようなものを引いているようでいてそこに主眼があるわけでもなく。

blogの方は、仙川の街に住むことになった大町ヤスミのとりとめのない日常の点描。それを知らないと芝居がわからない、ということはないのだけど、その中でヤスミの見たもの感じたことがちょこちょこと顔を出したり、blogとリアルの接点のようなものを垣間見せるという「アート」なのだというとまあそうなのかもしれません。

ひとりと、ふたりで、三ツ矢サイダー♪という冒頭の曲が楽しい。結婚した女と独身女の会話、なぞめいた男、すてきなマスターなど、店にいて見聞きしたシーンを切り取って見せている感覚は、近所で知ってるようでいてでもどこか遠い感じのアタシの散歩の感覚に近いのです。

「合成コーヒー」や「伝説の怪人・コトヒコ」の感覚や、 これだけファンタジー感のある場所なのに怖い日常とか、都会のふつうの感覚で貫かれているのもちょっと面白い。

序盤終盤をきちんと「賑やかす」たけうちみずゑ、その相手となるつっこみの菊池千里が印象的。

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2009.09.21

速報→「立川亮とタンゴアカシアーノ×渡辺塾国民学校×部活動の『鱈。』 」

2009.9.20 19:00

一つのお題に沿って、三団体が行う共同企画ライブの一回目。テーマは「ぼくらの憂鬱」

誰にでも好かれてナンパされてしまうオンナノコは、やがてゲイも同性も巻き込んで。「部活動の『鱈。』、」
ジャージ姿に拡声器での演説ネタは教育・政治にまでおよび「渡辺塾国民学校」
ラジオDJに乗せてムーディーでコミカルな曲の数々「立川亮とタンゴアカシアーノ」

「鱈。」は昭和歌謡風なのはかわらないのだけど音源を減らしアカペラを増やした印象。50分ほどの物語なのだけど、対バンということもあって観客すべてが芝居を好き、というわけでもないこともあって少々苦戦をした感じがあります。今回の中では、人を思い続ける気丈なオンナノコを演じた沖田愛が実に愛らしくいじらしい。菊川朝子は部長だけあって隅々まで活躍、すごい。女に彼氏を取られるオカマ役を演じた武藤心平は観客をねじ伏せるように笑いを取っていて印象に残ります。

「渡辺塾国民学校」(wikipedia)は演説スタイルのピン芸人。演説口調や、唐突にさまざまな話題・ネタに飛びまくるというスタイルは、鳥肌実風だなぁと感じていたら、ネットではパクリとまで言われていたり。でもネタはたぶん独自なのでしょう。唐突で頭のおかしそうなことをいうだけではひねりがなさ過ぎる感じもして少々厳しい感想のアタシなのだけど、一定数の観客は確かに大受けで、どこを可笑しく感じてるのかということを知りたいなと思ったりも。

「立川亮とタンゴアカシアーノ」(公式web, myspace, YouTube )はいわゆるコミカルバンド風のエンタメに徹してるけれど、バンドとしても迫力十分でパワフルなステージで曲としてもちゃんとしてるのがたいしたもの。公式ページのdiscographyに歌詞が載っていますが、 不倫を題材にした男の身勝手な話を歌詞にした「君よこころの妻になれ」(上記myspaceで試聴可能)、 や、日本男児たるものみたいな「日本の男」、コンパの駆け引きを描く「コンパルンバ」などパワフルで楽しい曲揃い。ラジオDJの語りをした、かわばたおさむ、ボーカルの立川亮がともかく印象的。だいぶ雰囲気は違いますが、石井竜也のMC(小芝居)のエンタメ感に似ているところもちょっとあって、そういえば目の奥の光も同じように感じるなと思ったり。セットリストがあっという間にあがるのも好感度高い。

毎度観ている鱈はともかく、「立川亮とタンゴアカシアーノ」はもう何回か観ていきたいなぁと思わせるのです。三団体好き嫌いはあれど、致命的な差ではない気がします。むしろ客のほうが問題で、芝居を観るときにでも普通に話してしまったり、お目当て以外はほぼ無視を決め込む観客の多さはこの手の「異種格闘技」頭の痛い問題だよなぁと思ったり。

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速報→「青木さん家の奥さん」青年団

2009.9.20 15:00

南河内万歳一座のスタンダードを青年団上演という企画。27日までアゴラ劇場。80分。

ビールケースのうずたかく積まれた酒屋の裏。配達のバイトで入った若者。配達だけでほかに三人も居るが、その三人のみならず、酒屋の娘までもが、先を争って伝票を取り合っているのが「青木さんちの奥さん」のところだった。

この芝居は若い役者をこのバイト役にあて、配達の練習シーンを無茶ぶりな即興にするというのが基本的なスタイルなんのだけど、青年団版はおそらくすべて作り込むスタイル。ギターの生演奏がついていた記憶もありますが、役者が歌ったり踊ったりになっています。

確かにものがたりはきちんとなぞっているといえるのだけど、青木さんちの奥さんは、不条理っぽさのおもしろさはあるにしても、無茶ぶりの即興があってこそ、という気がするのです。物語がそれほどびっくりすること山盛りというわけではありませんから、それを台本としてきっちり作り込んだこれをすることの意味、というのは今一つつかみかねるのです。

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2009.09.20

速報→「正しい晩餐(海の幸バージョン)」劇26.25団

2009.9.19 19:30

ニーゴー団の新作、二本立て公演のもう一方。似ているようでいて全く別の話に着地する100分。21日まで駅前劇場。

海沿いのペンション。B級カルト人気のある秘宝館以外はほとんど観光の目玉の無いところ。謎の生物「ツルポゴン」を目撃しながらも亡くなった父親の意志を継いで、今でも毎年捜索に訪れる四人兄弟。

序盤は海山のちがいこそあれど、ほとんど同じに見える物語。ところが、徐々に二つの物語はずれていきます。秘宝館のチケットをめぐる夫婦の関係、受験生の親子の関係、出入りの八百屋の想い。ネットラジオの二人組も全く違うキャラクタ。

主軸となる兄弟四人の物語も、大雨の中生物を探しに行ったあとの展開は全く違います。こちらの方が「晩餐」や「食卓」というタイトルに寄り添っている感じで納得感があります。

劇団所属の三人のやくどころは基本的には変わらないのだけど、たとえば赤萩純瞬演じるペンションオーナーの妻と夫の関係は違う色合いになっているのが楽しい。チケットを巡る夫の秘密を初めて知った山バージョンに対して、知っていたけど見て見ぬふりをしていた海バージョン。これ自体がサイドストーリーというかこれだけが独立した小さな話になっているので本筋にはあまり影響しないのだけど二人の関係の違いが楽しい。支える赤萩純瞬は派手さも奇妙さもないフラットな役だけど、こちらでもその力は確かなのです。

DJの二人のキャラクタが違いすぎるのはご愛敬としても、「普通の人が知らないカルトな単語」をあっさりとうっちゃるやり方も微妙に違っていて面白いのです。こっちはB級マニアが聴いているのだという前提で、何のてらいもなく流しているのだけど、二つのバージョンの違いのおもしろさ。

メインの物語は、こちらの方がより欲望に忠実で病的な感じがないぶんだけ、納得感。大筋で同じ物語を見たのが二回目だからより理解しやすいということはあるのかもしれません。それでもこの二バージョンで作家の描きたかった四兄弟の物語の主眼がどこにあるのか、ということは今ひとつつかみかねているアタシなのですが。

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速報→「正しい晩餐(山の幸バージョン)」劇26.25団

2009.9.19 14:30

ニーロクテンニーゴー団の新作。海・山の二バージョン同時上演のうちの山編。21日まで駅前劇場。100分。

鶴ノ島という田舎まち。観光地らしいものはほとんどないが、ネットで評判の秘宝館と数年前に目撃された「ツルゴン」探しに時折訪れる。毎年この宿を訪れる父娘は、娘が大学受験の勉強に、父親は失業していて仕事が見つからない。もう一組毎年訪れるのは、「ツルゴン」捜索隊で今は亡き父の意志を受け継ぐ四人兄弟だった。

父の姿を知らない四男と、記憶はある三人の兄。ツルゴンに関わることで死んでしまった父親を追いかける兄弟たちの物語を軸に。父のことが鬱陶しい娘の親子関係や、子供ができないが仲のいい、しかし何か隠し事のありそうな夫婦、ネットラジオ番組の収録に訪れた黒づくめの女ふたりたちが周りを固めます。

正直にいうと、主軸となる四兄弟の話以外は、おもしろそうになる引っかかりを持っている割には放り出されている印象があります。その四兄弟の話は終盤に向かって気味の悪い感じに収束していって、作家らしい。

ネットラジオDJ、というひととの距離感のつかみづらい女ふたり(高野ゆらこ、林佳代)のシーンはフラットで起伏のない表情や台詞が逆にこの中ではコミカルなキャラクタで楽しい感じ。耳慣れない言葉をいちいちリスナーは知ってるのかとつっこみながらも知ってるからいい、と切ってすてる感じが楽しい。

夫婦のキャラクタは大人な感覚。前半で一瞬かいま見せる妻のけなけな笑顔が絶妙だったりして、赤萩純瞬のフラットな強さ。高校生を演じた森口美樹の可愛らしさ全開。四男を演じた斉藤岳夫のまっすぐ感の二人のシーンは甘酸っぱい。

裸の王様を引き合いに出してくるのは終盤に効いてくるかんじなのだけど、最初の唐突感が惜しい感じなのです。

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2009.09.14

速報→「極めて美しいお世辞」箱庭円舞曲

2009.9.13 19:30

120分、OFF OFF。美容院のバックステージの話なのだけれど、サラリーマンのアタシですら納得感のある、どこでも普遍に腑に落ちる会話は、会社員にこそ観てほしい。月曜からはトークショーもあります。

美容院、裏側、ロッカーと机とパソコンとダミーヘッド(正式名称知りません)のある部屋。5店舗を構える上期最下位の店。7年ぶりに天才肌の美容師も店に戻る。

美容院の話ではあるのだけど、そこに一度もいったことのないアタシでも納得感。これが美容院でも会社でも劇団でも成立しそうな大枠がしっかりしていて、気持ちにひっかかるポイントが多い。どこでもありそうな話という身も蓋もありませんが、そこかしこで起こりそうなことを書き込んで、知らない場所の話でも納得させる力があるは作家の強みなのです。

ミクロな会話があとから思い出すといちいちきっちり。 たとえばスタイリスト(原田優理子)とけん玉の女(津留崎夏子)の会話、唐突にすぎる動きの理由があとから腑に落ちるすごさ。このけん玉の女のポジションというのはすごくて、昔と今を繋ぎ、物語の裏側を見せ、しかしそれを軽く不思議な感じに見せてしまうたしかなちから。

後半で見せる総代表(伊藤新)と戻って来た天才肌美容師(小野哲史)の対峙のシーンがぞくぞく来ます。逃げ場を無くして追い詰めていくマネジメントと、圧倒的な能力のある職人のある種のバトルは二人とも格好良すぎるきらいはありますが、どちらに進むかという会社員的にほろ苦い分かれ道の先にある二人の姿で、あたしの気持ちを揺らします。

仕事の裏と表、色気も挟んでというのは、作家は意識していないと思うけれど、ある種「島耕作」の雰囲気。全く物語は違うけれど。観客の今の悩みと少々の夢想を視座にするという意味でエンタメっぽくてアタシは楽しい。

総代表からのプレッシャー、考え抜く店長(高木充子)の分析、たとえばスパンが伸びているという台詞は日経に載ってそうなありがちな分析だけど、芝居の台詞として聞くのは少なくて、作家が社会の、少なくとも風向きはきちんとみていることがアタシの気持ちを支えます。

これだけの濃密な芝居、DVDはもちろん売るでしょうが、アタシはむしろ戯曲として読みたいのです。当日パンフにクレジットされている前説男は作演ですが、劇中にも名前が出てきたりとか、以前の芝居の人物を引いてきたり(でも物語自体にはその知識を必要としない)する遊び心が楽しい。

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速報→「互角」げんこつ団

2009.9.13 14:00

げんこつ団の新作。120分。13日まで駅前劇場。

約20本強のネタは後半に。

ここしばらくの彼女たち印象として、毒よりもおかしみにシフトした印象。時節柄か、政党ネタは多いけれども駄洒落なネタも。使えない社員、苦しい経営者の自暴自棄、政党だの省庁だの本当に必要とは思えないし力もあるとは思えないなんて作家の冷ややかな視線が全体を貫いている印象。なるほど「『国』をテーマに」という感じ。

映像も役者も全体に安定感。とんがっている感じが減っているのはまあ互いに歳もとりましたから仕方ないのかもしれません。 ヤオイネタ、全体で一人の山田ネタ、お父さんの新機能、手書きのGPS地図がネタとしておもしろい感じ。次の窓口を案内するのがいつのまにかRPGな冒険になっているのは実感として腑に落ちて、それを役所っぽい語り口で語り切る春原久子がちょっとすごい。

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2009.09.13

速報→「猫の墓-漱石の想い出-」

2009.9.12 19:30

菅間ぽてと(馬鈴薯)堂の新作。夏目漱石の家の中の一年間。90分。13日まで王子小劇場。草稿webに掲載済み(上演されたものとはずいぶん違いますが、追々決定稿も掲載されるでしょう、きっと)。こういうところにギスギスしないのが天晴れなのです。

明治41年の頃の話、住み込みだった森田草平がかつて縁のあった人々から聞き取り、普段着の夏目漱石を書こうとしていて。

ここしばらくいわゆる「底辺近くで暮らす人々」の物語の多い馬鈴薯堂なのですが、本作は史実を元に妄想を足して描いているという意味ですこし色合いが違う気がします。その家の中で起きていることを創作を交えながら描きます。想いが交錯したり喧嘩したり。

いつものとおり、台詞は断定の口調、決して自然な今の日本語とは違いますし、ぶっきらぼうにすら感じさせる文字面なのです。が、なぜか彼らにかかるとその言葉の奥にきちんと感情が込められているのです。最初は慣れないのだけれど、何回か観ているうちにこの特性に気づくのです。

夫婦の喧嘩のシーンの圧倒する感じが好きです。コミカルで楽しいけれど身にしみこむ感じに。味があります。漱石の癇癪持ちというのを広げた感じでものすごく印象的なのです。あるいは序盤で横に並び頭を下げ、そこから口上という形のおもしろさ。正直にいうと、いくつか聞き取れても意味のわからない言葉があったりします。「樺戸(※北海道のカバトの監獄のこと)帰りヨ!」なんてわかるわけもないのだけれど大きな問題ではありません。あるいは、ござを敷いて夜道の二人歩きを見せるのも楽しい。

客演しているタテヨコ企画の役者陣、舘智子・藤崎成益・好宮温太郎・西山竜一がしっかりささえる感じで心強い。小田豊演ずる文豪の姿は等身大で親しみやすく、妻を演じた稲川実代子はいつものとおりの安定感。

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速報「神様はいない」MU

2009.9.12 14:00

Muの80分二本立てのもう一本。笑いは抑えめで神様ってものにまつわる、しかしどこか日常の話。13日まで交互上演でモリエール。

そば屋の二階では作家の長女。編集者が書かせたい売れる本に対して世間に噛みつくような一本が書きたくて仕方がない。同居している外国人留学生はその文章に感動する。一階のそば屋は客が入らず長男は悩んでいる。商店街の知り合いが宗教の勧誘にくる。最初は拒むが、もっとカジュアルで神様を信じなくてもよく、互助会のようなもので会員は会員の店に行くようになるから商売にプラスなのだと説得されて。

「片思い〜」に比べると表だったコミカルはほとんどないのだけれど、真剣な行動ゆえの悲劇は後から思い起こすとどこかおかしさすら感じるのです。日本人だけが信じる神のようなものを持たないのを普通と考えている、という台詞が本当のことなのかどうか、本当のところを知るすべはアタシにはありません。まあそういうものだと考えて。

日本で起こせるテロはせいぜいが刃物を振り回して無差別に通行人を殺傷するということで、ある種しょぼいそういう現実なんかよりは、小説の中で自分のやりたいことがいくらでも詰め込めて、それこそがテロなのだと云うのです。それは足が悪くてあまり出歩かないという設定にされた作家の十分に屈折した自己実現の姿にアタシには思えます。それに心酔する留学生は結果として作家の信者になり、作家に迫る現実の脅威は、留学生が体を張って阻止するのだという戦争の縮小コピーのように、この小さな店の中で事件は起こるのです。

芝居の作家はここで何かを主張するということはなく、キャラクタ化した人々を描いて、小さな箱庭をここに作りだしています。そこかしこに「ありそうな」日常をぎゅっと濃縮してキャラクタを立たせているのです。

。 久しぶりに観たら髪の毛ばっさりでイメージのずいぶん違う足利彩は紅一点として舞台を支えます。長男を演じた小林至のどこかまじめだけれどうまくいかず、酒が入るとタガがはずれるというありがちといえばありがちなキャラクタを、しかしこういう味を持ってできるこの年代の役者は少なくて印象的。

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2009.09.12

速報→「片想い撲滅倶楽部」Mu

2009.9.11

結婚相談所での、悲喜こもごも。ハッピーエンドは珍しく楽しい。13日までモリエール。二作品を交互上演。チラシにあるとおり80分ほど。

結婚相談所。女性の社長、出資した男、その愛人。社長はその罰として愛人を会社で働かせようとして。実は、その愛人には別の力。

軽く観られる芝居は金曜夜の少し遅い開演と合わせて楽しいアタシです。どろどろ静かな修羅場の物語かと思えばさにあらず。いい歳した恋愛に不器用な女と、浮気性でモテモテな男と、天然と呼ばれていても自分の立場を分析しながら一途な想いの女とを軸にした物語。間口が広くて見やすくて。劇場の構造は決してよくなくてほぼ真っ平らな客席ですが、意外に観にくさを感じません(ほぼ立ち芝居だからですね、きっと)

物語の軸となる堀川炎と佐々木なふみのカップリングは強い。堀川炎は序盤でのキスを目撃してアゲられる感じのシーンが好きです。佐々木なふみは終盤、愛人が戻って来てからのもう一言の格好良さ。そのモテモテ感の成川知也はオヤジの夢物語の投影場所。浅倉洋介は普段見せない軽い芝居がけっこう決まる。大久保ちかは初見ではないけれど、声の特徴が印象的。辻沢綾香は実年齢に対してあまりにハードルの高い年齢を当てたのは作家の責任で、そう見えないのは致命的ですが、きっちりとしています。 というか、当日パンフに年齢を書かなきゃいいんじゃないかとおもったりも。

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2009.09.07

速報→「グロテスク」国分寺大人倶楽部

2009.9.6 18:00

国分寺大人倶楽部の新作。6日まで王子小劇場。アナウンスは2時間、でしたがほぼ110分。

個人経営の塾、夏休みの合宿。「お父ちゃん」と呼ばれる塾長と、問題を抱えていた若者の講師たち。塾生たちもリストカットや親との関係など問題を抱えていて。合宿の初日の夜、塾長の娘(言葉が理解できない。血はつながっていない)が、塾長を殺してしまう。講師たちはその事件を隠蔽していこうとして。

宗教めいた「お父ちゃん」の塾に見えるけれど、そういう信じるものに起因しているわけではない場所。お父ちゃんが殺されたあとでもこの場所を維持して、じぶんのしたいことが続けられるようにする、というあたりが全体の骨格かと思います。国分寺大人倶楽部(どうやって略したらいいんだろう)らしく、恋より先に体が繋がる感じが多くて、それは繋がることが日常に近くて、恋だの愛だのがもっと奥にあるという作家の世界の見え方がおもしろいのです。

本筋通りにいかない、無駄な会話にすぐ脱線してしまうのはイマドキの感じが良く出ていて楽しい(現実だと腹立たしいけれど)。

終幕、見学に来た学生のなくなっていた制服をかくしていたのは知恵遅れらしい娘のわずかな楽しみだったことが示されます。その直前のシーンは「お父ちゃん」の首を絞め(一度あきらめたものをお父ちゃんが手を添え、ガイドする)、押入の奥から制服を取り出し着替えて喜び飛び跳ねるように飛び出していく、気持ちを揺らされるシーンなのです。その前にあった死体のシーンでは下半身がでているのに、終幕はそうなってなくて辻褄があわない謎は残ります。でも、中盤で娘が押入れをあけようとすることを阻止した理由にはちゃんと繋がっていて。演じた望月綾乃はほぼせりふなしでも、その場所に居続けるという難しい役。ジェニー先生役の笠井里美は大人の色香をしっかり。

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速報→「悪趣味」柿喰う客

2009.8.6 14:00

柿喰う客の新作5周年記念公演。きっちり幅広い観客にリーチしそうな105分。13日までシアタートラム。←こういう文体を当日パンフ(300円)でおちょくるセンスは好きだ。

町からはなれた村、呪われた家族。母親は時折起きるなぞの発作を薬で抑え、娘は毎日のように村の同年代たちを引き連れて森の中の化け物を探しにいっている。その呪いを解こうと村人も考えていて。

いつになくきっちりと具象っぽく村はずれをつくり込んだ舞台装置。物語も、しっかりと一つの筋を通して、そこに過剰な遊びやサイドストーリーを緻密に組み合わせた感じ。意識して作られたであろう安っぽさはあるにせよ、まるで新感線のようにすら感じられる仕上がりは、破綻のない物語で受け入れられる範囲が広いだろうなと思う反面、トークショーで語られた破綻なきゆえの不満が今までのファンには出てくるというのもよくわかります。こういう集約こそ今までは笑い飛ばして来た彼らですから、それゆえの「悪趣味」かとも思うのです。台詞の早さが体感的に2割ほど遅くなってる感じなのだけど慣れただけなのか、役者の力なのか、バナナの聞き取れない台詞との比較の話か。

母親と娘・息子たちの愛情の物語を全体の中心に。 呪われる家族になるとわかっていても宿した子供の生むという意志の切なさ、みたいなことを中心に据えてしっかり見せるし母親を演じたコロも娘を演じた深谷由梨香もしっかり。 まともに見えるはずの村人たちの考えることのえげつない悪趣味は終幕近くで姿を見せて、まとも(に見える)ということの怖さを描き込みます。それでも、 ことさらに泣かせるほどにはもっていかないのは彼ららしい。

片桐はづき演じる子供のキャラクタがちょっとすごい。これを役者の生理で演じきるのはかなりストレスフルな感じがしますがきっちり。須貝英のかっぱというのも飛び道具なのだけど、伝説を語る役としての重要。「箱庭」という単語にこだわりすぎるのは、まあご愛敬。

謎解きだったりイキオイの楽しさのようなものは薄め。物語の作り方の方針をしっかりと決めて取捨選択している感じがして、公演ごとに姿をがらりと変えてくるここ数作は実にスリリングなのです。

トークショーによれば、旗揚げからの5年間の集大成となって次回からはがらりと印象を変えるつもりなのだといいます。いままでと今作でことさらに変えたことはない、とは彼らはいうのだけど、照れ隠しでなく本気でそう思っているならばおかしいだろうとおもうのだけどどうだろう。

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2009.09.06

速報→「THE DEEP」ネオゼネレイタープロジェクト

2009.8.5 19:00

NGPの一年ぶり新作は、B級魂溢れる海洋SFホラー120分。6日まで「劇」小劇場。

行方不明の遭難が相次ぐ海域。弟の乗った海洋調査船を追いかけ、友人のジャーナリストを頼ってサルベージ船でその海域に向かう女。果たして奇跡的に船はみつかり、30人のうちたった3人の乗組員にも出会う。が、何か違和感があって。

深海調査船にまつわる、水やホラーっぽさを満載の仕上がり。つっこみどころが満載だとしてもそれらしい説明をさらりとしかしきちんとしていることで、観客の納得度をあげています。そもそもが、バミューダトライアングルのような嘘くささがベースですの設定なので、そこにどうこういうのは野暮というもの。

この船の不気味さというのが語られたあたりから、「何が脅威なのか」は観客には早々に見えてしまいますが、それが徐々に登場人物たちにも明らかになっていく過程こそがこの手のホラーっぽい話の楽しみで。照明や音などの効果も少々安っぽいほどにがつんと効かせることで、70年代SFっぽい感じになっていて、アタシの世代ぐらいだと懐かしい感じすら。

劇小という劇場でわずか7ステージという規模のわりに、劇場に建て込まれた海洋調査船の一室は空間の広がりといい実に印象的。なんかもったいないぐらいなのだけど。

恐怖感をさんざんあおるわりには後半にコミカルな要素が増えていくのはちょっと面白い感じ。前半でしっかり枠組みをつくっているから、その世界の中で遊んでいるようにも見えるけれど、B級SFにありがちな、後半で物語り世界が綻んでいく雰囲気にも似ています。本作が綻んでいるわけではなくてそんな雰囲気をわざと作っている感じが面白いのです。

恐怖が決まればそれにどう対抗するかがポイントなのだけど、それっぽい納得感のあるものを引っ張り出してくるのもちょっとうまい。強引さがあることも自覚した上できっちり描いているのは楽しいのです。ゾンビが迫ってくるのを次々なぎ倒していくシューティングゲーム風の場面もちょっとそれっぽい。

モダン太陽族に続く吉村公佑が演じる弟が印象的。森脇由紀のアクティブな感じや石塚義高の冷静な感じが後半でみせるコミカルさに繋がるのも楽しい。笹野鈴々音は以外に珍しい普通の大人の役がじつにぴったりなのだけど、恐怖に声をあげる感じはホラーっぽい雰囲気によくあっています。

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速報→「太陽の陽」G-up

2009.9.5 15:00

2008年の同居人作品(未見)のG-upによる再演。100分。6日まで駅前劇場。

中学一年の冬にイジメで自殺した男子生徒。その学校の副担任の自宅。妻は介護に追われるが明るい。娘は同じ学校の同級生だが最近新しい友達と遊ぶようになっている。夏になっても学校側の調査は依然として進まず、自殺した生徒の母親は時折ヒステリックな苦情を寄せている。副担任の男は風化する周囲に違和感を感じているが。

いじめに端を発する副担任の物語。とはいいながら妻に任せきりになっている自分の母親の介護の問題、娘の素行が怪しくなると友達とつきあうなと言い放つ姿、いじめに関しては何かできたのではないかという鬱屈した気持ち。30代後半から40代にかけての男が立たされる立場をさまざまな要素で丁寧に積み重ねます。状態の描写は実に細かいのだけれど物語は大きくは動かない印象があります。

勧善懲悪、二項対立とは行かない問題をあつかってるのでそう簡単にはならないのはもちろんなのだけれど、そこに描かれた男の姿のどこをどうアタシの中に納めていいのか、視座の持ちように戸惑います。 そこにある男の姿、周囲の様子のそこかしこの火種、終幕こそ家族のつながりに戻っていく感じは受けるのだけれど、それが解決というわけではなく。

とはいえ、そういうのも含めて人生か、と受け流すこともできないきまじめさの男。教師である前に父親である、というデッドロック感で身動きのとれない感じはアタシの気持ちに残ります。終幕ちかく娘が制服で男がYシャツ姿での帰宅、少々気になる感じ。物語を回収するためならば娘の友人についての外出になるべきなのだと思うのだけど、明確には語られません。

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2009.09.01

速報→「新釈 ヴェニスの呆人 2009」コマツ企画

2009.8.30 18:00

コマツ企画の過去作品(未見)の同タイトルなのだけど、たぶん全然違う100分。30日までアゴラ。

障害を持つ兄、母親は何かを隠しているが、虐待をしている。父親はなにもしてくれない。妹はそれをみているが。

正直にいうと、物語がぴんとこない感じはあります。が、毎公演の後に設定されているという10分のトークショーが作家の一人語りで、質問も受け付けないということを聞けば、これは、全能の作家が自分が作った物語を語りきることの恥ずかしさをごくごくまじめに、「ひり出して」いるのだということがわかるのです。

なるほど、芝居のそこかしこで演出というか作家自身が楽屋落ちのようにあからさまに姿をみせます。決してスマートではない、むしろ身を切るようなやりかたなのだけど、それは納得感があるのです。例えば本谷有希子も自意識を見せてなんぼ、な物語を書きますが、こまつみちるはもっと泥臭くて切実なのです。

下手側に座ったアタシは異儀田夏葉の表情の豊かさを堪能、対比して近藤美月の無表情で喋りつつ頭おかしい感じがすごいのはいつものことなのだけど、この二人が舞台にいることの楽しさ。 川島潤哉の医者はやけに説得力。

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2009.08.31

速報→「暗ポップ」空間ゼリー

2009.8.30 15:00

一年以上ぶりの劇団本公演。 ハロプロエッグを客演に。なるほど、ほぼ満員。120分、30日までRED/THEATER。

7日間のグループセラピー。心療内科の新しい試みとして病棟を建ててまでする最初の回。なれるまで言葉が喋れない女。ほかは保母、ライター、高校生、ニート、ヒモ、営業マン。軋みながらも慣れはじめ、快方に向かうことがはっきりしていても、それは些細なきっかけでがらりと変わってしまう。

中盤まで、丁寧に丁寧にセラピーの現場を描いている感じがします。もちろん、芝居を観やすくするためにキャラクタ化された人々は、リアルとはちょっと違う感じは受けますし、何より美人美男子がそろいすぎというのは、まあ仕方ないか。

こういう閉塞された空間での人間関係、特に人のささやかな悪意や空回りする善意や無意識のうちに傷つけるなんてことを描かせるとこの作家は強くて、「ゼリーの空間」と同じ意味でのこの劇団の勝ち筋の芝居、という気がします。(そうえいば終盤での飛び込み自殺を暗示するのも同じだ) この手の題材を扱うことで傷つく人が居るかもしれない、というリスクはあるのだけど、丁寧に描く姿勢は確かに。

終盤に至りものがたりが転がると、物語を進めたいがために少々エキセントリックに過ぎる変化を見せます。こういう繊細な題材を扱うには、前半に比べるとどうしたって粗っぽくなっている印象があります。半面、芝居として観ると前半はスローモーに感じるというのも確かにその通りで、丁寧さとの兼ね合いが難しい。 現実を知らないので、これがリアルなのだと言われると反論できないのですが、この手の治療プログラムとしてみると患者同士はともかく、入院患者まであまりに自由に交流させすぎてはいないかという感じはあります。終盤の事件はそういう「コントロールされないコミュニケーション」から生まれるので、物語を動かすための、という感じが全体の静かさのなかでは目立ってしまうのではないかとも思います。

全体には見応えがしっかり。斎藤ナツ子は真ん中にしっかり。半田周平演じる「オッちゃん」は厚みがあります。阿部イズム演ずるヲタ風の男は時に解説、時に狂言回しとして舞台にリズムを与えます。

それにしても120分をしっかりと繋ぐ物語を、いわゆるメジャー筋の若い役者を呼んだ華やかな筈の芝居でやるという心意気と、それにしっかりと呼応する役者たち。あたしは買いたいと思うのです。

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2009.08.29

速報→「さよならノーチラス号」キャラメルボックス

2009.8.28 19:00

1998年初演作の再演。クロムモリブデンの二人の役者を客演に迎えて120分。13日まで紀伊國屋サザンシアター。そのあと大阪。

父親の事業の失敗で夜逃げをしたが、学校から足がつくのを恐れて一人、叔母の 家で家族と離れて暮らしていたタケシ。六年生の夏休みを家族ですごすために、 父母や兄の住んでいる府中の自動車整備工場の二階にやってくる。 工場の社長は勇也、そこで飼われている老犬はサブリナ 工場にある日、ワケアリの車の修理が持ち込まれる。持ち込んだのは勇也の兄。

97年の年末公演として企画されたタイトルだったのだけれど、作家が倒れて98年に上演された作品。上川隆也効果でものすごい動員数になっていた頃なのだけど、ひたすら素直だったり、かっこいい時代劇が中心だった時代のまんなかに、作家の子供の時代を投影した、どちらかというと暗部をより取り出した印象の芝居は、キャラメルボックスが大人の芝居を作り始める最初の頃の作品で、ずいぶん違和感を感じたのでした。

役者は大幅に入れ替わっていて若い役者も多いのだけれど、印象はびっくりするぐらい変わりません。作家の想いが強く投影されているためかどうか、物語がどうにもいびつな感じで、正直な話、エンタテインメントとしての物語の完成度は決して高いとはいえません。それでも少年が大人に成長する12歳ぐらいのさまざまな想いがごった煮のように詰め込まれている感じは、40過ぎたアタシにだって、今でも感じる「もどかしさ」がめいっぱいなのです。

一人で暮らすことの寂しさ、父親が小さく見えてしまう感覚、兄への反発、母親に甘えたい気持ち。あるいは大人の男、その嘘や汚さ、年上の女性に対する淡い恋心。どうにも整理がつかないそんな気持ちが沢山つめこまれているのです。

初演に続いて「サブリナ」を演じた坂口理恵が圧巻。おなじようなキャラクタのアメリカの漫画がありますが、それを差し引いたって、こんなにもこの役に似合う女優がまったく思いつかないのです。クロム勢の久保貫太郎は実に味のある父親、コミカルさを全面に。森下亮演じる弁護士はもっとヒールでであってほしい気はしますが、特異なキャラクタを封印している感じなのは、新しい領域を見せます。

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2009.08.24

速報→「名曲サンドウィッチ2」タムチック

2009.8.23 18:00

タムチックの本公演、とはいいながら、劇場に設えられステージを中心としたダンスや歌で繋ぐイベント形式。前身劇団・ボールドカーテンズで2008年に上演されたシリーズの2回目。アタシは初見です。バブル崩壊と題しての90分、ワンドリンク付き、オールスタンディング。観るなら荷物を預けてビール片手に。25日までウエストエンドスタジオ。

物語らしいものはほとんどありません。入場時点からいわゆる「お立ち台」でワンレンボディコン姿で踊る役者たち。客も上げたりしながら暖めつつ。オヤジなアタシは音楽にゆだねつつも、眼福を楽しみつつ。アタシにはなつかしい感じの曲を歌いおどる構成。ジャンケンイベントやらみんなで振り付けおどり(結構長い)やら。喋りを挟みつつ、突っ走ります。バブルをリアルタイムで経験しているはずもない彼女たちのやっていることは、記号としてのバブルだし、アタシだって物心はついていたけど、その中に自分が居た感覚はないのだけれど、自分の気持ちも乗っけて突っ走ると、わずか90分でも、その時代の浮かれ気分を追体験できるような楽しさがあります。

アタシにとってみれば、これはもはや芝居ではなくて、演出の入っているディスコイベントなのだけれど、この空気感を作り出すということ自体を表現だととらえるならば、これだって十分アリなのです。何より気持ちよく楽しい。

外界の雑音の問題を抱えがちなウエストエンドスタジオなのだけど、「それにまけないぐらい爆音で突っ走る」というやりかたは実にこの場所にあっています。客席を取っ払い、高い天井と、みんなからあからさまにみえる大きな階段というのは、確かにディスコっぽい雰囲気で場所を味方に付けているかんじ。

曲を紹介していいものか迷うのだけど、序盤、「UFO」を模したダンスの完成度がものすごく高くてたまげます。曲もそれっぽい感じでここまでいけばオリジナルといえないこともないし、かっつり踊れる二人(小林真梨恵ともう一人の名前がわからないけれど)がすごくて圧倒的に印象に残ります。

語りパートも笑わせて楽しい。ピザの宅配を一人でとる寂しさを笑いに持っていくネタ(吉岡友見)はちょっといい。

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速報→「ハンドメード ハートビート」文月堂

2009.8.21 14:00

気にはなっていながら3回目にして初めてのフミツキドウの新作。小さい劇場とはいえ超満員の日曜昼。23日までプロット。100分弱。

幼稚園の一角、元倉庫だった場所に陣取る成人手芸部「あいおい手芸部」幼稚園職員のほか、近所に住んだりつとめている人々が集まり、ミシンや編み物。近づいたバザーのために作品づくりに忙かったりもする。声をかけて新しく入ってきた男はどうにも正体がつかめない。

20代から30過ぎぐらいの人々。バイトだったり、幼なじみだったり、一途な想いだったり、この場所に対する思いだったりのアソート。ベタと言えばベタだし、あまりに都合よく久しぶりの出会いがあったり、恋いだの想いだのが錯綜しすぎだったりというのはあるのだけれど、女性の作演らしく丁寧にていねいに、きちんと描くのです。尖っているというのとは明らかに違う、全体としてはスタンダードな仕上がりは晴れた日曜の昼にふさわしい。

物を作りながらの会話という芝居はそれだけで楽しい感じ。今時のミシンのスタンダードというのはわかりませんが、ACアダプタタイプのというのは、手芸部のわりに軽便に過ぎるのではないかというのは多少気になりつつ。それでも終盤女性二人が向かい合ってミシンを踏みながら、強い言葉でやりとりするシーンがちょっと好きだったりします。あるいは女三人の酔っぱらいのシーンとかが好きなあたしは相変わらず。

勝村美紀のキレるシーン、辻川幸代の想い持ってそうな感じなど役者を観続けているのにあまりお目にかからない感じのシーンも楽しい。山田百次の終盤の見せ場にくるまどこかで観たことあると思いつつ、東北訛りでしゃべるまで弘前劇場につながらず気づいてびっくり。正体不明から不安定だったり暴れ回ったりという物語の運びには少々無茶を感じますが、一歩間違うと単に飛び道具となるキャラクタをしっかりと押さえ込む確かな役者の力は格段です。

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2009.08.23

速報→「サマーゴーサマー」あひるなんちゃら

2009.8.22 19:00

終わらない夏の話の駄弁70分。24日までOFF OFFシアター。やけにクオリティの高いおニャン子風味の曲のCD販売(500円)に乗っかるのも楽しい。

小さい町の映画館。オーナーがきちんと選んでおもしろい映画だけをかけている。客は少ない、商店街の他の店から暇つぶしにきたり、夢中な大学生や自主映画の監督がきたり。再開発を目論んで不動産屋も。

手堅い役者をきっちりそろえて、主張よりはエンタテインメント。間口は広く、気楽に楽しめます。だらだら話しているだけのようにみえて、作り込まれているのです。

あたしが観た土曜夜の回では、ほんのちょっとした役者の間違い。浮つきかけた舞台を元に戻したのは、アタシはあひるでは観たことのなかったアドリブなシーン。昔はやっていたようですが、アタシは知らないのでちょっとびっくり。

映画館のオーナーを演じた黒岩三佳は主軸としての安定。対峙する永山智啓のとけ込まない感じも◎。不動産屋(澤唯)、大学生(佐藤達)、映画監督(小林タクシー)という記号ではあるけれど突飛な人々が出てきてかきまわしかけるけれど、この映画館という場所は揺るがないというのが気持ちいい。

何かの思いいれということはなくても、たとえばアタシの父親に見せても楽しめるんじゃないかという間口の広さはアタシが観ているあひるの中では一番なのではないかと想うのです。

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速報→「レストラン ル・デコ」角角ストロガのフ×elePHANTMoon×犬と串

2009.8.22 16:00

どういうつながりかわからねども、90分強に3団体。食にまつわる話。全体で100分。10分押し。23日までルデコ5。

動物の皮を食べることが流行した時代。浮かされたように食べる人々。同僚の女性に好意を寄せている部長職の男にはある悩みがあって言い出せない「食皮俗」(作演 角田ルミ/角角ストロガのフ) 45分。
大根として生まれ変わり立派に世の中に出ていったが、その形が女体だったがために、世の注目を集めて、なかなか食べてもらえない「ロマンス〜ふぞろいな野菜」(作演 モラル/犬と串)35分。
入院の準備をする姉。同居している妹に赤ん坊を預け、家を出ていっていた夫も呼び寄せ、託そうとする「アイノユクエ」(作演 マキタカズオミ/elePHANTMoon)20分。

「食皮俗」は、覚醒剤のように「動物の皮を食べること」に浮かされる人々に、「ひとつ上の男」のネタをからませる、というワンアイディアをパワーで押し通す力わざ。角角らしくばたつく感じは未だ否め無いのだけれど、短編をワンアイディアで押し通すというスタイルと、支える役者の力があいまって、長い割には見せてしまう力があります。 ヒロインを演じた石井舞が可憐に美しい。想いを寄せる嶋村太一のバランスもよく、勝手に嫉妬したりもしますが。純愛の物語と読ませておいて、それだけではない感じも気持ちいい。芝居の作りとして、策略のようなものが機能していない感じはありますが、思いついた物語を全体で全力で作りあげる、という雰囲気がアタシの気持ちをつかみます。

女体大根と流行りものというワンアイディアではあるのだけれど、これで押し通すにはもっと大爆笑で観たい感じなのと、タイトさに欠ける感じ。飽きられてからあっさり大根下ろしで、というあたりは、「およげたいやき君」のオチのような無情感につながるようで綺麗にまとまっています。アタシにとって時間がもっとも長く感じられたのはこれなのですが、世間(CoRichですね)の評判は悪くない、というのは見慣れているかどうかということなのかもしれません。

「アイノユクエ」はわずか20分。ミルク缶をかかえた母親という構図の違和感を違和感としたまま静かに進む会話。もちろん早々にその理由は見えてくるのだけれど、夫がなぜ目を離したかというもう一段底が抜ける感じで唸ります。これでもか、という角角に比べると見た目にはグロさは少ないのだけれど、静かなだけに不気味さはむしろ増していて、印象にのこります。「佐藤の、」では「若い男」を演じた根岸絵美が落ち着いた人妻というのには驚きます。菊池佳南もバナナでの突っ走りとは違う落ち着いた芝居が印象に残ります。当日パンフにあるとおり、確かにelePHANTMoonらしさの雰囲気。うまく作られた感じではありますが、どこかで観た感じがしてしまう。ミルク缶の中から出て来たもの、というのはつくりとして巧い。

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2009.08.22

速報→「反重力エンピツ」国道五十八号戦線

2009.8.21 19:30

国道五十八号戦線の新作。サンモールスタジオ、23日まで。105分。

古いアパートに集う人々。60年代からメンバーは若返りつつ続く学生運動。爆弾を仕掛けるという、新たな行動を起こそうとするが、爆弾を作る新たな仲間は妙な感じだし、メンバーな微妙にヒビが入っているし。

41才のアタシにすらリアルはない学生運動の現場。もちろん明治大学という彼らの出身が、いまでもその残滓を身近に感じられるということはあるかもしれず。緊急集会のたびにおこなうというある種の「儀式」も、国会解散の「万歳」に通じるような形骸化したプロトコルは古くささを楽しむ感じ。

集団闘争で反対し全員が勝ち取りたい何かが今の時代にあるのか、という根本的な問題はあるのだけれど、学生運動を今の時代に持ってくる「もしも」に発想する「ちょっとふしぎ」なSFとしてとらえるのはちょっとおもしろい。85年生まれの作家の、学生運動から宗教という流れにあったカルトに盲信することすらできなくなった時代になってから大人になった彼らはの見える世界は、どこかゲームのようですらあります。

そんな混乱した集団の中にあってすら、クールに見えて密かに盲信を育て続けるということを恐ろしいととらえるのは普通の感覚なのだけど、現象としては恐怖ととらえても、作家はそんな人間を愛おしく感じて(看板女優ということも含めて)描いているように見えてなりません。

向かい合う椅子に座り、人をモデルにして小説を書く、というシーンが幾重にもモチーフのように。きれいなシーンなのだけど、両方の対角線にするなど工夫はしていますが、端の席に座ると背中になってしまい残念な感じ。終幕のハマカワフミエのおそらくは表情豊かなシーンを楽しむなら、対面座席の入り口と反対側へ。アタシはそれがみられず残念。せめて対角線の上に客席がこないようにしたいところ。扉横にあるトイレは無くても、物語は回る感じがします。

ネタバレかも

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2009.08.16

速報→「マリー・ド・ブランヴィリエ侯爵夫人」DULL-COLORED POP

2009.8.15 19:00

史実( 1, wikipedia,) をベースにして小劇場のキャパのなかでこれだけの仕上がりを作家のオリジナルの戯曲で、芸達者な役者を揃えて。休憩10分込みの135分。17日までモリエール。横になるシーン多数あり、傾斜のない劇場の構造もあるのでこれからご覧になるならなるべく最前列を。

。 修道院地下の貧民院を毎週訪れ、ワインとパンを差し入れるマリー。原因不明で死んでいく人々は疫病だと噂される。同じ症状でマリーの父親も死の床についてしまう...

史実というのはもちろんあるのだけれど、まるで時代劇のような現実感がないのに、物語はまるで酒井法子の逃亡劇のようにドキドキしてしまうようなつながり。シンプルな舞台芸達者の役者陣も魅力。一歩間違えればこのせりふ回しは退屈なものになりかねないところなのだけど、 観客が芝居を見ている時に感じているよりはずっと速いテンポが観客の興味をきちんと繋いでいきます。

なによりも、このすべての台詞を作家がオリジナルのホンとして書き出しているということが心底すごいと思うのです。かつては観られた「オリジナルなのに翻訳劇臭い」感じはだいぶやわらいでいて、芝居の要請としての時代なりの大仰な台詞ではあるけれどものすごく印象です。

史実は知らなかったアタシですが、早々にネタはわかるように作られています。それを知ってもなお、舞台から目が離せない感じ。清水那保の圧巻はもちろんあるのだけど、支える役者の厚さ。大塚秀樹は、軽さをあわせもって見やすく。七味まゆ味は語り部としてのポジション。百科亜希とのラストシーンは笑顔一杯なのだけど、どこか不気味さを残す感も印象的。原田紀行のヤサオトコ、酒巻誉洋のキマジメな男も好演。宮嶋美子は実に眼福。

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2009.08.15

速報→「翼をくださいっ!外伝「幻の翼 震電」」ギンギラ太陽's

2009.8.13 14:00

幻の戦闘機と呼ばれる震電 (wikipedia, YouTube) のモノ語り55分。2Fロビーで展示中のプロジェクトとの関わりを示すビデオ5分を前に。もちろん、開場中の撮影タイムも。16日まで福岡市美術館ホール

無くなった雁ノ巣の飛行場跡に集う飛行機やバス、新幹線たち。雁ノ巣のもう一つのものがたり。 戦争末期、弱小航空機メーカーで訓練機などを製造していた九州飛行機が受注したのは、今までみたこともないような戦闘機だった。

初飛行こそしたものの、終戦翌々日に二度の試験飛行だけで、実戦投入はされなかったという幻の戦闘機のモノがたり。題材故にほとんど笑いはなく、悲劇と想いで押し続けます。歴史とモノの向こう側にいる人々の想いをシンプルに語るのは、この「かぶりもの」のスタイルはうまくはまっています。

特攻が当たり前の戦争末期にありながら、劇中でも「あきれかえるほど理想を追っ」て搭乗員の命まで守る思想の戦闘機の物語に、翼をあきらめてはいけない、というスカイマークの物語や訓練生たちを励ます雁ノ巣飛行場という場所をしっかりと組み込み翼を巡る物語に。 飛行機の技術が今の世にも残る、というのはエンジニア崩れのアタシにも気持ちを揺らされますが、 モノコック構造から西鉄バス、というのは少々無理矢理な感じがしないでもありません。

タイトルにあるとおり、YS-11をめぐる劇団の代表作「翼をくださいっ!」 (1)の外伝としての位置づけなので、雁ノ巣飛行場、YS-11、スカイマークエアラインという登場人「物」たちの背景を知らないと、少々戸惑うかもしれません。今年秋に再演が予定されているのだけれど、順序を逆にしてでも、終戦記念日前後の上演にこだわっているということなのかもしれません。

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2009.08.09

速報→「エモーショナルレイバー」ミナモザ

2009.8.9 18:00

ミナモザの新作はありそうで意外に無い振り込み詐欺の犯人たちを描く100分。9日までサンモールスタジオ。

マンションの一室。振り込み詐欺の掛け子たちの部屋。ノルマがあって順位つけられたり罵倒されたり。女には無理だと言うリーダーのもと、男ばかりのこの場所で、たった一人の女。女を捨てていて、と思われるし彼女もそれには興味がないが、この場所はどうにも愛おしい。

振り込み詐欺の犯人グループの部屋、そこにたった一人居ることを許された女。アイドルにはなれるわけもなくOLすら長続きしなかった、冴えない女が居場所を見つけられた場所。まるで自分の子供たちを見つめるかのような、というのが全体の枠組み。序盤から途中にかけてはこの現場のあれこれ。中盤ではノルマや順位やらのまるで会社の営業の現場のよう(いや、知らないけど)。その後には、電話かけさせてみてダメ出しの罵倒など(あたしは本当のことは知りませんが)演出の現場っていう感じの。

。 母親と子供という場所の枠組みは、振り込め詐欺が成立する土台となっている「頼られて断る母親は居ない」という物語の根幹にしっかりと結びつき、終盤の女二人の会話、出産とか子供とかの話しっかりとにつながります。じんのひろあきにも近そうな作家の、どこか社会を切り取るという切り口は実に冴えていて、ここ数作で比べても出色ではないかと思うのです。

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速報→「花とアスファルト」青☆組

2009.8.9 15:00

川上弘美の「神様」(とその続編と)( 1, 2, 3, 4, 5, 6, )にインスパイアされたという、吉田小夏の新作。9日まで春風舎。100分。

入居者の減少が続く古い市営団地。入居者の拡大施策に伴って、「クマ」が引っ越してきた。

突飛な設定で一気にファンタジーに持っていく川上節を骨格に持ちながら、外側に社会を肉付けしていった印象。団地という選択は絶妙で、現代からみると少々近すぎる感じのコミュニティのありかたが、クマという異物に対してどう対処するかの面白さ。

「神様」はクマと女のほぼ二人だけの恋心あるファンタジーだったのだけど、その骨格の二人はもう少し枯れた感じに。外側の人々は、クマを恐れたり、夫婦じゃないのにほぼ一緒に暮らしていたり、離婚した妻のことだったり、こどもと二人で暮らす夏休みのことだったり、家に居る男と働く女の物語など、どちらかというと世知辛く、泥臭いあれこれを。シンプルなファンタジーという意味では純度が下がった感はありますが、それでもアタシはこの物語をいとおしく感じてなません。

木肌を生かした感じの舞台に、ほぼベージュの衣装という低いコントラストは、現実っぽい物語を舞台に乗せても、そのエグミを押さえ込んだ印象で、綺麗な感じにすら見せるのです。

外側につくられたいくつかのシーンは物語そのものはあまり運ばないけれど、他の人々の厚みを描いて配置していく感じ。スズカンと妻の会話の女のイラツキ感(生理前、に持っていかなくても、思うが)だったり、母と娘の会話、夏休みをどうするかの会話の静かで愛情があるのだけど、母親の疲れが滲む感じだったり。子供を演じた長野海が実にいい。 骨格の物語は、元の物語を読んだ印象よりはむしろもっと年代の高い感じなのだけど、それが女の部分よりも、少女に近い感じになっていくのには少しびっくりします。演じた羽場睦子の力、という気がします。

若い作家なのに、枯れた、という印象はあまり変わらない感じなのだけど、徐々に女や母というポジションが控えめに出てきて、作家の視線が年齢なりにあがってきている感じなのが、観続けているあたしには楽しい。

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速報→「グッバイ・マイ・ダーリン」世田谷シルク

2009.8.8 19:00

あちこちで印象に残る客演を続ける堀川炎の劇団、世田谷シルクの新作。アタシは初見です。90分。9日まで楽園。

ぽつりぽつりと常連客しか来ないセクキャバ。その店の二階に住む親子四人、母親が盗んで来たリンゴで家族は騒ぎになり

当日パンフにクレジットのある寺山修司「アダムとイブ、私の犯罪学」ではトルコ風呂の二階だった設定をセクキャバの二階に設定。階下では騒がしくもあまり代わり映えのしない日常としての風俗の日々。そこで働く女性たちをリンゴに例えるかのような演出がベース。なるほど衣装もリンゴっぽい赤だったりします。

キャバ嬢たちは母親だったり大学生だったり、ヒエラルキーやら内輪もめがあったりとさまざま点描。母親でホステスでという西原理恵子(「できるかな」)チックなものを想像しているとそれはわりとあっさり裏切られます。ものがたりというよりは、そういう華やかな場所を描いている感じ。

男と女がふれあう(というよりは「お触り」ですが)場所、となれば禁断の果実でリンゴというつながりはもとのテキストかしらん。あるいはキャバ嬢たち自身もリンゴとして描かれたりと幾重にも包まれたアイコンなのです。

正直にいえば、物語を追いかけようとすると少々戸惑う感じ。もとのテキストを知っていればもっと違う感じになるのかもしれません。いわゆる風俗としちゃ可愛らしすぎて劣情を刺激しないという弱点はありますが、女性たちの華やかな感じは鼻の下を長く伸ばせて楽しい感じ。コラージュなのだという特色はよく出ています。

ルパムっぽい動きが挟まったり、別の戯曲から生み出す手法だったりと「コラージュ演劇」と名付けられたその姿は、山の手事情舎を彷彿とさせる感じがします(そういえばその昔山の手は「ハイパーコラージュ」だった)。なるほど作演の経歴を観れば山の手も見えたりして、さもありなん。いわゆる劇団という長期間にわたって統一された役者たちというわけではありませんから、一糸乱れぬ、という感じにはさすがになりませんが。

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速報→「カスパー彷徨」unite d'Habitation

2009.8.8 15:00

風琴工房・詩森ろば作品の三演めは、若い役者とつくる新しいユニットで。80分。9日までルデコ4。

連続殺人犯の現場に残された「カスパー」の文字。犯人は17歳の少年で、三回目の殺人の現場で、その家の長女と出会う。その少女は少年の手を取り、「私を連れて逃げて」という。

再演を観ているはずなのだけど結構覚えていないだめなアタシです。小さな空間、ミニマムな装置、シンプルに作り上げられた分、役者を存分に見せる仕上がり。

ここまで少女の物語だったかどうか、その差は記憶の曖昧はアタシには定かではありません。が、本作での少女はアタシの気持ちを掴んではなしません。役の気持ちがわかる、というのとは少々違う感じ。彼女の描く奔放で翻弄する少女の姿のすごさのようなもの。直接性的なものは何ひとつ描いていないのに、圧倒される色気のようなすごみ。この作家は少女、という年代ではないので(失礼な書き方だなしかし)、見かけが少女で中身が大人なのか、というとそういうことではありません。本当のところは知る由もありませんが、本当に少女が考えそうなこと、を見せている感じがアタシを圧倒するのです。

その少女を演じた朝田愛の圧巻。カスパーを演じた紅林吉雄は見た目に反して狂気っぽくないのが序盤で不足感がありますが、終盤ではむしろ「私たちの視点」に降りてきている感じに見えるのが印象的。意図的なものなのかどうかはわかりませんが。

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2009.08.07

速報→「清水宏の炎の演劇部!〜夏だ!野音だ!しみんぐスーン!!」TWIN-BEAT

2009.8.7 19:00

清水宏の日比谷野音ライブ。開演直前の大雨に気持ちが折れかけて駅で逡巡しつつ、思い直して15分遅れで入場。時折ぱらつきながらも2時間走りきります。

アタシが入ったときは、映画の予告編(「13日の金曜日」最終作)のおしまいのほう。そこから、43歳の挑戦(北岳登頂)、もうひとつ映画の予告編、「E.T.」名古屋版。

登山は、演劇の演出家と役者、男ばかり4人での。エンゲキなんてと嘯き、虚実おりまぜながら。さすがに終盤は嘘ばかり感ありますがきっちり。そのあとの着替えの時間に、実際のその場所で撮影した映像を見せるのはお手のもの。名前を聞けばわかる演出・マツムラ、役者・サトウ、イマナラなんてのも、演劇好きに楽しい。

間にCM映像を挟みながらというのはいいアイディア。一人しか出演者居ない訳で、着替えの間をどう持たせるかもきちんと。

泣かせる人情話に仕上げたE.T.もきっちり。昔この原型を観た気はしますがが、バージョンアップ。

雨の中、狂ったように鳴くセミ。ばっちり。近くは官公庁のビルに向かって「金返せ」ってのも楽しい。あるいは、客席にエアー・大きなボールを投げたり受け取ったり、客席をぐるぐる回したりというのは、この人数相手のワークショップのよう。

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2009.08.06

速報→「すこし離れて、そこに居て」散歩道楽

2009.8.5 19:30

散歩道楽、はじめてのサンモール(スタジオじゃないほうの)進出。豪華な客演陣で。120分、9日まで。

町の豆腐屋。妻は出ていってしまい、息子は部屋からほとんど出てこない。娘は男と出ていったきり、義父は少々認知症が出てきていて。ある日、娘が突然戻り、義父はガールフレンドを紹介し、息子は元同級生の女が訪ねてきて。

あくまでもフラットに笑い少な目に始まる序盤、見やすくはありません。時間をかけすぎな感はありますが、駒を一つ一つ置いていくように。軽く見やすい話という印象で観ていると少々戸惑います。巧く行っていない家族の話というのはしかし実に丁寧。もっとも、離婚はおろか結婚すら経験してないアタシには大高洋夫が演じる男の拘泥するほんとうのポイントは見えないのかもしれません。

外での演出では、そこの主役ということを外さない作演ですが、劇団名義の公演に豪華な客演を招いても、ものすごくスター扱いしない、というのは興行的には難しいのにやってしまうあたりが男らしい。

ヤクザを演じた郷志郎はしなやかで中盤を支えます。息子を演じたキムユスはいわゆる飛び道具キャラでではなく、若者視点をきっちり。ヘルパーを演じた菊池美里は笑いをちりばめて見やすく。序盤のシャツのボタンに気づいて微妙な恋心で空気を緩ませる感じがいい。若い茨木弁の男を演じた宮原将護、笑わせかっこよくもあり印象的。

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2009.08.03

速報→「アタシだけ超怒られた」バナナ学園純情乙女組

2009.8.2 19:00

バナナ学園、初めての再演。90分弱の本編+休憩10分+ライブ30分の構成。芝居は2日まで、ライブは3日まで王子小劇場。

ドラマにでてたり、アイドルだったりという芸能同好会の部員、その一人を殺してしまったが、まだ犯人としてバレてはいない。が、切り取られた右腕が見つかり、学校周辺に現れている連続殺人犯に疑いが向く。部員たちは口寄せを行う。

作家が書けないということをネタにしまくったバナナ、ならば再演でクオリティを上げてくると誰もが想像。アタシが観た芝居楽日はそれを体感しますが、世間の評判はちょっと厳しい。毎日めまぐるしく完成度が変わっている感じは楽日でも変わりません。

初演に比べると、主軸の4人の物語を厚く、枝葉もつけて見やすくなっています。相対的に傍線の物語が薄くなっているのは、人数ばかりのせいではありません。骨格の物語に対してこの人数は必要ないのではないかと思うのです。なれた客演を隅々に配置し、きちんとアゲていく感じにはしていますが、物語の落差は埋めがたく。

メインの4人+演出をのぞけば、浅川千絵、ばんない美貴子、山口航太は圧倒的にすぎます。高村枝里も印象的。 ライブは40男には懐かしいメロディを織り交ぜながら。祝祭はいらない都会だけれど、若い役者が祭りを体現しているのは実に楽しいのです。ライブでは山口、大久保嘉洋がなんかすごい。Winkに至っては悪夢ともいえますが、その悪のり感もまた、よし。

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速報「五人の執事」パラドックス定数

2009.8.2 15:00

パラドックス定数の新作。115分。9日まで三鷹市芸術劇場星のホール。

大きな屋敷、働く五人の執事たち。ふせっていた主人が亡くなる。給仕を担当する執事がほかの一人を主人と勘違いするなど、五人の執事たちの行動は少しずつずれていく。ところが、あったはずの主人の死体突然消えてしまい..

この劇場は天井がやけに高くて、たいていの劇団はこの空間を埋めることがうまくいきません。空間をうまく埋め尽くすことができることもありますが、彼らがとった方法はちょっとすごい。 舞台奥に二階につながる階段。客席の2/3ほどに舞台を張り出すようにして、広大な空間を作ります。三部屋とその間の通路を壁なしで配置。一見だだっぴろい空間なのだけど、序盤で、部屋を移動する人物を観るうちに、それぞれの部屋に壁も天井もあるように思えてくる不思議。そこに空間があるのにそう感じさせない、観客の想像力で空間を区切っている「思わせる」のです。水を注ぐ音、鍵の鳴る音、小さな音のひとつひとつも丁寧に聞かせて、空間をきちんと制圧していくのです。

たった5人の出演者、この広い空間ですから実際にはスカスカで、広い屋敷のなかでごく少ない人しかいないという感じがよくでています。それも空間をうまくつかえているたまもの。

現実の事件を引用することの多い作家なのだけど、しばしば「妄想」という言葉で自作を語ります。おそらく完全な創作となる本作は、作家の頭の中で起きていることを丁寧に積み重ねて、妄想を紡ぎます。

何を語ってもネタバレになりそう、ですが。

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速報→「来来来来来」劇団、本谷有希子

2009.8.1 19:00

劇団としての本谷有希子久しぶり、新作。110分。16日まで本多劇場。そのあと新潟(8/18)、大阪(8/21-22)、北九州(8/25)。

次男の嫁として嫁いできた女。義母は義父が逃げてから気が触れ、それに辟易した次男は新婚の妻を置いて逃げ出してしまうが、残された妻はそれでもその家に居続ける。逆境こそが自分を強くするのだと信じ、今は居ない夫がみせてくれようとした美しいものを心に抱いて。

女性ばかり6人の構成。主役である次男の嫁、義母や長男の嫁、近所の主婦たち、女子高生。田舎の村、ちいさなコミュニティのこじんまりとしたなかで、女であること、嫁であること、理不尽さのようなものをぎゅっと圧縮。 田舎に嫁いできた嫁という立場は「そこから動けない悲劇」として語られることが多いのだけれど、作家はそこをあっさり飛び越えて「動かない」女として次男の嫁を描きます。

自意識と自分の美学と周辺からの期待とそのギャップ、のようなことを描かせると抜群に巧い作家の物語は、時に露悪的だったり意地悪目線だったりはするけれど、枠組みの中で必死に生きる人々を実に丁寧に。

これだけの美女をそろえ、しかも大笑いさせるシーンがそう多いわけではないのだけど、必死さからにじみ出るような「おかしみ」のようなものが笑いを生むのです。人の不幸は密の味とはよくいったもの。

逆境こそが自分を前向きにする、という無茶なポジィティブシンキングな主役を演じたりょうはすらりとした見かけからは想像できないほどに泥臭く、しかし人間が透け見えるようで印象的。意地の悪い長男の嫁を演じた松永玲子、近所のオープンすぎる主婦を演じた吉本菜穂子は円熟の領域といってもいいぐらいにこの世界にぴったりと寄り添います。木野花は結局まともなせりふがほとんどないやけに贅沢な使い方だけれども、業のようなものが滲みだしている感じが夢に出そうなぐらいに印象的。

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速報→「永久サテライト」あなピグモ捕獲団

2009.8.1 15:00

あなピグモ捕獲団の新作。100分。2日まで、あくとれ。

森の中にそびえる謎の建物。あるものは自分の意志であるものは偶然にその建物に呼び寄せられるように集まってくる。建物の屋上には望遠鏡があり、ジュラルミンでできた壁は入るものを迷わせる。

黒く、鈍い光沢をもっている感じの中央の柱、そこから可動式の壁を使って、たてものの中のさまざまな場所に見立てます。抽象的な感じの設定なので、それは巧く機能している感じ。正直にいえば、ずっぽりSFな物語の運びで、好きでないと見やすい感じではありません。が、好きならばSFっぽさを堪能できるかもしれません。

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2009.08.01

速報→「肩の上で踊るロマンシングガール」佐藤の、

2009.7.31 20:00

こゆび侍の俳優、佐藤みゆきの立ち上げたユニットの旗揚げ公演。45分。前売りは完売したようですが、追加公演が出ています。2日まで新宿眼科画廊。これからご覧になるならば、中央よりは、入り口からやや遠い側の席をおすすめ。

つきあって三年のカップル。ある朝二人が目覚めると、男の方が女に変わっていた。

芝居映画小説で数々語られる性別が変わるファンタジー。「転校生」(映画の方ね)のように完全に入れ替えるわけではなく、男の方だけが女に変わるという女ふたりの芝居としています。変わったことに驚いた二人は、やがてその関係を変えていくあたりが片方だけにすることでより鮮明に浮き上がってきている気がします。

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2009.07.29

夏休み。

こどもたちは20日ぐらいから夏休みですよねぇ。今日は職場見学のイベントが設定されているので、普段と違う歓声や、普段と違う人々の表情、パパだったり、ママだったり、遺伝子って偉大だなと思うけれど。

先週末のアタシ的夏休みは、8月にもう一回。エコを目的にして会社全体を休みにする数日があるので、心置きなく。もちろん青春18切符も購入済み(というか先週一回使いましたが)。さぁて、福岡行きは決まっているけれど、どういう日程にしますかねぇ。

演目は少ない割に開演時間とあたしんちからの距離と滅多にやらない前売り購入の相関が微妙でタイムテーブルを組みづらい週末。

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2009.07.27

速報→「A面・B面(あきら)」渡辺源四郎商店工藤支店

2009.7.25 18:00

企画公演のもう一本。路地を挟んで斜め向かいの店・あきらはさんふり横町サイトではところどころ更新が間にあってませんが今年リニューアルされたよう。

呑み友達だった単身赴任の男を看取った女。一緒に通っていた店で静かに呑み始める。同僚の呑み友達の男も姿を見せて。

居なくなった一人の男をめぐる「A面とB面」の物語。「纏編」が女将と男の色っぽい話ならば、「あきら編」は看取った女と離婚した元妻の物語。残された感のより強い看取った女の強い気持ち。終幕近くまでほぼ店から出ないのも、この場所と人に対する思いの強さが伝わってくるよう。東京から来た元妻にとっては既に過去の人だけれどそれでも最後の別れという気持ちも透け見えてきます。

二人の女の熱い想いの交錯。両方店での物語は挟んだ路地での二人で幕を下ろすのは共通。アタシの観た土曜18:00の回に関して云えば雨も風も強くラストシーンの雪の効果はいまひとつになってしまった感はあります。それでも、からっとしているように見えてねっとりした物語がしっかりと。

「あきら」側にしか顔を見せない工藤由佳子の表情が絶品。こういう微妙に不幸な感じをさせると実に巧いのだけど、それだけじゃなくて呑み友達を演じた高坂明生とのコミカルで軽快なやりとりの序盤も居なくなった人との幸せだった時間を彷彿とさせるようで印象的なのです。

18:00の回はさすがに近隣も開店。近くの店の声が漏れ聞こえてきたり、普通の酔っぱらいが行き来したりと、コントロールは相当難しいはずなのだけど、なんとかきっちり。終演後1時間ほどは飲み食いを続けられるし、今回の店に限らず、青森に来たらまた寄りたい場所の一つなのです。いわゆる屋台村なので、観光客相手というよりは、普段使いに使いよい印象です。

「さんふり」はググればすぐわかる津軽気質なのだそう「えふり(ええふり-ええかっこしい)」、「あるふり(金のあるふり、持ってるふり)」、「おべだふり(覚えたふり、知ったかぶり)」 酒場っぽい感じの名前でこれもちょっとしゃれているのです。

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速報→「A面・B面(纏)」渡辺源四郎商店工藤支店

2009.7.25 15:30

渡辺源四郎商店の工藤千夏、工藤由佳子、工藤静香による劇団内ユニットによる企画公演。屋台村「さんふり横町」の二つの店の雰囲気を借景にしての並行上演される物語の片方、纏(まとい)編。35分。26日まで。

若い女将の店。三軒めへのハシゴに出ていった客の後から入ってきたのは東京からという女性が頼んだ料理を出前してもらいに向かいの店に行った女将は、近い知り合いの葬式だったということを知り。

7人ほどの座席のコの字型カウンターを客席、ワンドリンクと小さな一皿。女将と客の物語に耳をそばだてるような物語、どの席に座っても至近距離で更に向かいのもう一つの舞台からも時折声が漏れ聞こえてきて。実際のところ、美人女将はともかく、隣りに座った客をガン見して会話を聞くなんてことはあり得ませんからリアルというのとはちょっと違う気もしますが実に楽しい。

北の町、単身赴任の男と酒場の女将の少しだけ艶っぽい話が会ったことが語られます。ことばの心地よさ。路地っぽいつくりで外で起こることも実に楽しい。あからさまなことはあまり語られずに、想っていること、あるいは相手の素性を知っていることが徐々に見えてくる感じ。こんなにも情念にあふれた、しかし表向きは実に静かな芝居。

工藤姓が多いことをネタにするのは、前回のナベゲン公演と同様、そもそもユニットがそうだし、物語にも取り込んでいます。あんまり繰り返し使っていい方法ではないけれど、確かに実際そういう本名なのだからとっかかりとしては使いやすくて物語導入としてはうまい使い方。

屋台村目の前のラブホテル、土地の料理、土地の酒などさまざまなものさりげなく「借景」。見知らぬ人と屋台で意気投合なんてことが滅多にできないアタシなのだけど、土地にとけ込むようで実に楽しい。

工藤静香の女将、この近さ、色っぽさ。アタシに酒が入ってることを差し引いたってこれなら通うよね口説くよねてな説得力。山村崇子の静かで、しかし芯の強さが印象的。高坂明生も抑えた感じてしっかり。でも実は、物語冒頭ですぐ帰ってしまう初老の男(ここはクレジットされていない)に痺れたりもします。居酒屋では長っ尻せずさっと呑んで次の店と渡り歩く「居酒屋での居方」のようなものが実に自然でかっこいい。憧れるのです。

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2009.07.20

速報→「明けない夜・外伝」JACROW

2009.7.20 17:30

本編を補完する一人芝居企画。60分強。22,24,26の残り3回公演、サンモールスタジオ。本編の後に観るべし。

事件のその瞬間をゼロとして、一年前から切り取られるそれぞれの事情。

本編に比べて新しい事実はほとんど語られません。全員たちの物語をひとつひとつ。元愛人、職人肌、宗教の、子守、(事件)、経理、社長、めがね、主任、刑事、課長、警官、母親。

間でなにがおこっているか、ひとり5分の一人芝居。ひとりといっても、相手を無対象にしているので一人芝居である必要は薄いのですが、すべて役者の表情を観られます。奥の大きなソファーと縁側の芝居がほとんどなので、やや上手をおすすめ。本編では降っていなかったはずの大雨・雷は心情だとは思いますが、ちょっとつながりづらいのはちょっと惜しい。

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速報「モダン太陽傳~汁屋餡掛~」横浜未来演劇人シアター

2009.7.20 13:00

横浜開港150周年シリーズの最初、横浜未来演劇人シアターの新作。北村想書き下ろしで賑やかなチャンバラ活劇120分。20日まで横浜にぎわい座・芸能ホール。

昭和の初め、金持ちの家を襲っては金品を盗り家人を虐殺することを繰り返してきた夜鴉組は鳴りを潜めていたが、そのリーダー格の一人が襲われる。仕事をした男は牢獄にカラクリを仕込み、味方を送り込み、依頼の仕事の遂行にかける。追っ手は迫ってきていて。

特に前半は残酷非道な殺し三昧のシーンも多く薄暗いシーンも多かったり、前後する物語だったりと物語を追っかけようととすると、必ずしも親切なつくりではありません。子供も多い客席なのでどう見えてるのかしらんとか思いつつ。もちろん、かっこいいキメのシーンやら、見た目に美しいシーンは多数あってそれを観ているだけで楽しいという見方はもちろんありなのです。

中盤の後のほう、地獄にかかわるさまざまな蘊蓄。ダンテ「神曲」を引用しながらの講談師のシーン。アタシがこの作家に感じるある種の面倒くささは、いつものことなのだけど、そのほとんどを一手に引き受けた山口雅義は一人でそれを軽々と飛び越えて圧巻なのです。

シンプルな書き割り風の舞台。タッパを巧くつかいながら、空間をきちんと制圧。吉村公佑はさすがに主役を背負うだけあって軽々と、しかしきちんとかっこいい。

横浜在住なのに初めて入ったにぎわい座・芸能ホールは飲食自由、寄席としちゃ少々大きすぎますが、 気楽に楽しめるさまざまをできそうなちょっといい空間。まあ、今時ペットボトル500mlが170円という売り方をしている売店はどうかと思いますが、持ち込みを禁止されてるわけではないので、隣の100円ショップで入手して持ち込むべし。それでも缶ビール350mlを400円には、甘くなってしまうだめ人間のあたしです。当日券を「横浜開港博のマスコットの付いているものなら何でも提示で前売り相当に割り引く「たねまる割引」はこのお祭り騒ぎの中のやり方としては実に正しいのです。

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速報→「プラチナ」猫☆魂

2009.7.19 19:00

猫☆魂の新作。120分。20日まで駅前劇場。

引きこもりの弟を抱えた女教師はこの世の中心は自分だという視点のblogを書き人気を博し、小説家がそれをネタにしたいといって接触してくる。暴力男から離れられない女は暴力がきっかけで視力を失うが彼女に思いを寄せる小劇場の役者がその視力を肩代わりしようと考える。 病気を告知された男は半ば自棄になるが、挙げていなかった結婚式をしようと考える。

いくつかの物語を並行してすすめ、最後の場所にまとめあげる構成。生のバンドを入れて(劇中でも引用されるSpanish Gauguin)、舞台の上の仕切りを切り替えたりとスタイリッシュな見せ方が巧いのは前に見たときから変わりません。

複数の物語それぞれのピースは単独では既視感もあるものの、丁寧な仕上げ。役者の個性や力をうまく当てはめている感じで不安を感じさせません。が、この完成度ならばそれを組み上げた先に現れてくる作家の何かが観たいのです。小劇場でやるのだから、描きたいことがある、という作家としての衝動がアタシには感じづらい。

秋澤弥里を観るのは今でも至福、美しく想いが体現。杉木隆幸はこの手の悲しさを笑いで隠そうとする中年、みたいなことをやらせると巧いなんてところに感じいってしまうのは、アタシが年齢的にそちら側、ということですが。岸潤一郎も人の良さのようなものがにじみ出る感じ。

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速報→「罪とハネムーン」play unit-fullfull

2009.7.19 15:00

フルフルの新作。100分。20日までせんがわ劇場。

古い下宿。オーナーだった父が亡くなったあと、三回忌までの約束で切り盛りしてきた長女。家に寄りつかなかった父の分まで忙しくしていて母親を早く亡くした原因となったこの下宿を一刻も早くなくしてしまいたいと考えていて。入居者の男たちは、長女に想いを寄せている仲間の一人の想いを成就させて、閉鎖を回避しようと考えて。

家に寄りつかない父親を見て男を信用できなくなり、男に触れられるだけでアレルギーが出る女と、鉄道が趣味で不器用な男の関係を主軸。丁寧に丁寧に。30過ぎの彼らのその想いはちょっとストイックできれいにすぎる気がしないでもありませんが、いくつかある二人のシーンは実に暖かくて素敵。

浮気性のモテ男である次男の軽さ、「誰からみても明らかな幸せ」であるハネムーンに固執している婚約者、男受けが良くてしかし自分で背負い込まないという強さをもっている妹、末っ子体質な三男などドタバタの物語。全体を通して観てみると、いつになく落ち着いた感じと厚みの物語で成長すら感じる仕上がり。彼らとしてのスタンダードになりうる厚みを感じさせるぐらい、彼らの作品の中では群を抜いて深みを増している感じがします。 やけにゲイ・オカマの芝居の多い今週末なのだけど、今作においては、彼自身の悩みのような部分は少なめで、男アレルギーの管理人を物語に繋ぎ止めて、少々説教臭い台詞を口にしても納得感を持たせる巫女のようなポジション。少々デフォルメにすぎる気はしますが、しっかりと物語に組み込まれていて印象的。

終幕近くになって、追われていると勘違いした男のエスケープ劇はフルフルらしい賑やかな感じではありますが、ちゃんとオチをつけているとはいえ、少々無茶にすぎる印象。ドタバタのためのドタバタという感じがあって、全体の中ではバランスは決してよくありません。が、その直後にくる不器用な二人のシーンの静けさが実にいい味をだしていて、この対比は実にいいのです。

正直にいえば、笑いを狙ってどたばたさせても、微笑ましくはあっても爆笑にはつながりづらいというのがアタシが彼らに感じている持ち味なのだけど、今作においては、全体に押さえた感じになっているのが功を奏していて、笑いが取れなくてもきちんと見続けさせる感じがします。

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2009.07.19

速報→「明けない夜」JACROW

20009.7.18 20:00

戦後の誘拐事件二つをモチーフにした90分。26日までサンモールスタジオ。「外伝」と名付けられた本編補完の一人芝居の企画も数回。本編のあとに観た方がいいようです。

社長宅の居間。戻ってこない娘を心配していると、脅迫電話がかかってくる。顔見知りの犯行と踏んだ捜査当局は所轄と本庁のいざこざはありながらも、会社従業員や元従業員の聞き込みを続ける。

扱っているのが現実の事件を痛ましい事件を下敷きにしているというのもありますが、「コメディ要素ゼロの」のうたい文句通り。犯人との行き詰まる死闘というのでもスーパーマンというのでもなく、見えない犯人をこつこつと積み上げ追い込んでいく丁寧なつくり。もっとも、アタシはといえば、わりと早い段階で「犯人こいつだ」と思いこんでしまって(しかもちょっと間違ってる)妙なバイアスをかけながら観てしまったせいで、もうちょっと素直に観ればよかったなとも。

刑事たちの行き詰まる物語、名士だという被害者に対する警察の扱いの問題、痴情のもつれ、一方的な想いを90分に濃縮。実在の事件をもとにする、というと、パラドックス定数が頭に浮かびますが、あきらかな創作であるパラ定に比べると、今作は現実の物語を忠実になぞりながら人物を描き出そうとすることに重きを置いているようです。序盤は、あからさまに「昔の刑事ドラマ」風に物語を運びます。謎解きだけを追いかけようとするとそういうことを舞台でわざわざやる理由が見えづらい感じもしますが、振り返ってみれば、あの時代の人々を丁寧にこつこつと描き出そうとしているということはよくわかります。

昭和30年代風の家具に圧巻。アタシは生まれてない時代ではあるけれど、足のついたステレオセット、テレビ、水平置きでレバーをひねるオープンリールなど、よくぞ探し出したという感じのちゃんと動いている(ように見える)機械に喜んでしまいます。世間全体が上向いていて、今は持ってないけれど少し努力すれば手が届きそうなこういう「もの」たちへの欲求が力を持っていた時代、というのは、物語とは何の関係もないけれど雰囲気を良く描いています。

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速報→「プライベート・アイズ」フライングステージ

2009.7.18 15:00

120分。20日までOFF OFFシアター。

実はゲイらしい高校生の男。演劇部のもう一人の男子に恋をするが言い出せない。中学生の同級生がなぜか頻繁に訪れてある日、一緒に寝てしまう。幼なじみの女子が転校してきた夏の日。

高校二年生、恋愛する気持ちだったりヤりたい盛りだった、好奇心旺盛だったりのさまざま。ひと夏の経験、というのには少々盛りだくさんにすぎる気がしないでもないけれど、「起こりうる」いろんなことを刺激にも笑いにも走らず、ごくごく丁寧に濃密に描きます。 ゲイの、という枠組みから結局は離れられないのだけれど、好きになってしまうということ、それに輪をかけて高校生。制御の利かないこと、ありのままで居ることの難しさをたくさん。

男女の恋愛だけがノーマルとはさすがに昨今思いませんが、ならば好きになってしまったのがたまたま男、という思考停止に陥らず、ストイックな恋愛感情だけではなく、あんまり美しくない「やりたい気持ち」も実にストレートというよりぐちゃぐちゃ。 あるがままの自分たちの状況をここまで追いこんで描き出そうというのは、生半可な気持ちではなくて、劇中にも出てくる「役者は自己表現だから」ということの強さなのだと思うのです。

正直にいえば、120分の中に少々要素を詰め込みすぎた感じもあります。役者のレベルもさまざまで、少々荷が重く感じられるところもあります。舞台としての演劇部まではともかく、心情を端的に表すように使われてはいるものの、演劇のWSのシーンには少々違和感も感じます。

それはもちろんわかった上でやっているはずで、おそらくは一人の高校生のひと夏をきっちり描こう、そのために内面で隠していることも含めてすべてをきちんと描き出そうという真剣な気持ちがそうさせていることを強く感じるのです。

好きになったら云ってみる勇気と、結局は今に至るまで一人であることの現実。親に対してのカミングアウントを描く終幕のシーンはあまりに静かな空間に交錯する両方の想いはあまりに深くて、しかし重いのです。

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2009.07.18

速報→「73&88」カニクラ

2009.7.17 19:30

カニクラ初の書き下ろし。コミュニケーションにまつわる70分。19日までアトリエヘリコプター。

遠く離れているのに突然会話できるようになった二人。あるいは前から「そういうこと」をしていた友人。電話よりも常に繋がっていて。それが別の再会も生んで。

チラシや当日パンフにあるとおり、73&88はアマチュア無線で世界中で通じる「さようなら」。男性に対して73(Good-bye)、女性に対して88(Love&Kiss)。チラシのあおり文句もラグチュー(お喋り)だの、QRZ(誰か当方を呼びましたか?)だの無線用語満載。金曜夜に設定された作演のトークショーによれば、テレパスの話を先に思いついて(そうえいば仮チラシの仮題は「テレパス」だった)、そこから調べてたどり着いたのだといいます。元無線少年のあたしとしては、心沸き踊る感じがしたのは肩すかし感もありますが、それは大きな問題ではありません。

電話のように相手が確定したコミュニケーションでもなく、町中でのナンパのような顔の見える関係でもない、偶然繋がって声が聞こえる感じの独特感。ネットがある昨今ならば、ふつうといえば普通だけど、肉声(のようなもの)が聞こえるというのは、ネットとも違う感覚。限られた帯域ゆえの想像力の楽しさ、不安が具現されている感じ。

普通のバカ話を気負わずしたいという感覚は腑に落ちる感じ。仕事場でもできなくてドキドキしちゃうあたしです。

役者は安定。芝居そのものとしてみると正直にいって、テレパシーという大技を持ち込んだ割には、後半電話との違いが見えづらくて少し残念。不器用なコミュニケーション、という視点が好きな感じだけにちょっともったいない。

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2009.07.16

速報→「ー初恋」世界名作小劇場

2009.7.15 19:30

MONOの名作(1)を若い役者で、味わいの違いを楽しむのです。20日まで711。100分ほど

小さい町のアパート。ゲイばかりが住んでいて、管理人は親の跡を継いで守っている若い女性で。町の雰囲気は迫害する感じになっていて。

昨今のテレビでの扱われ方なら信じられないけれど、町のなかで「そういう」人々をアカラサマに迫害する背景を持ちながら、その空間の安心感、疎外感、対立を丁寧に描く脚本はきちんと健在。

さすがに小屋の大きさの違いはあって、抽象っぽい舞台のつくり。もともとある段差をそのままにして、たった一つの真ん中のテーブルを斜めに置くことで空間を一つにしていたり、無理矢理にでも階上を作るなどホンの設定を規模にあわせて具現。

ここまでのアカラサマな迫害というのは昨今では信じられません。そういう意味では古いホンとも言えます。それでも、人はそれぞれに違うということを、マイノリティの間でも受容できないという視点は今見ても新鮮な感覚なのです。

こいけけいこが実にいいのです。MONOの上演の女優とはかなり異なるキャラクタで、アカラサマに美人には難しい役なのですが、「パーンっと」笑いを取り、並んでぎこちないということの落差をきっちり。腑に落ちる感じが楽しい。

津留崎夏子演じる管理人の居続けること、勘違い感の間がいい。もちろん終幕のシーンも。対峙する窪田道聡は強さ。終幕をドライに感じるのは、これが最後の公演だという劇団のリアルを物語に重ねさせない配慮で潔いということだと思うのです。酒巻誉洋が美しい。ちょっとびっくり。

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2009.07.13

速報→「箱を持っている」あおきりみかん

2009.7.12 17:00

あおきりみかんの新作。90分に、5分ほどのおまけコント付き。12日までシアターグリーンBOXinBOX。

絵手紙教室で出会った女ふたり。一人は女優、ひとりは「嫌われ者」の仕事をしている。人はそれぞれ「箱」を持って見えるようになって、同じ箱をもっていると似ているらしい。でもどうしても納得がいかなくて、互いに相手の交友関係を密かに聞き取りを始めた。

女性作家の人間観察の視線がしっかり。人と人との関係の主観と客観の差、いらっとくる自意識や自己主張の激しさなど。「ありがちな」人の見え方や更には自分がどう見えているかについての、さまざまなサンプリング。あたしには本当のことはわからないけれど、人からどう見えているかについて心を砕く女性というもの、ということを丁寧に、鋭く、少々底意地悪く描くのです。

「自分新聞」なんてものを出そうなんていう了見は、たとえばblogやmixiで自分の日記を書くのが大好きなアタシにもぐさっとくる感覚。それをblogといわず「自分新聞」という形で見せるのも巧いし、そういうのを書き続ける人間は実は人付き合いが苦手だっていう感覚も、アタシには腑に落ちる感覚ですとんとはまります。

自分の主観では、ごくフラットにふつうに会話しているのだけれど、ほかからみればあからさまに悪意があったり、否定する気満々だったりという落差の見せ方がちょっと面白い。あからさまに笑いを取るシーンもあって、すくなくとも日曜夜の回は大受け。微妙なバランスだとは思いますが、アタシには見やすい。

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2009.07.12

速報→「ひみつのアッコちゃん」ガソリーナ

2009.7.11 19:30

劇場としては閉館の決まった江古田ストアハウスでの、じんのひろあき最終作。濃密で圧巻の120分。19日まで。

実写版「ひみつのアッコちゃん」の主演女優の小学生を選ぶオーディションの最終選考。何万人もの中から最後の5人だが、それは本人ではなく、親への面接だった。

デビルマンの出てこない「デビルマン」や原作のキャラクタが出てこない「ビューティフルドリーマー」(1)と同様、有名な作品をその本人が出てこないつくり、じんのひろあき節が炸裂。アタシは知らないけれど、有名なアイドル・佐藤寛子も出ているらしく、アタシの隣の男三人組は何回目なんて話をしていて。

親へのインタビューを繋いでいきながら、 家庭の様子、親の子に対する想い、子供の辛い経験、親自身の想いなどを緻密に張り巡らします。それぞれの親の語りを聞いているだけて涙がこみ上げてくるよう。親ではないアタシには本当には理解できないことだけれど。よもや窪田あつこで泣かされるとは。

選ぶ側の理由や想いも取り混ぜながら。 誰を撮っても大丈夫という状況で、追いつめられてもきちんと「選びとる」ことが第一歩なのだということを不安に対しても理解を示しつつ、きちんと描き出します。 モラトリアムは何時までも続かない。決めること、それがなにかに「なる」という視点の凄み。 オーディションの現場なんてものは知りませんが、あちら側もこちら側も見えるようなつくりは唸るよう。

時代を切り取る力が圧倒的なのはメトロポリスプロジェクトでもちろん知っているけれど、それを違う軸で作っている感じ。同じ時代に生きる親たちの共鳴と違いとがくっきり。

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2009.07.10

速報→「向日葵と夕凪」七里ガ浜オールスターズ

2009.7.10 20:00

海の見えるバーらしい店。同僚の美術教師だった地域の有名人の葬儀から戻ってきた元教師の男。教え子の男も現れ久しぶりの再会を喜ぶ。もう一人の教え子の女、亡くなった男の娘も姿を見せて。

アタシは未見。98年から99年ぐらいに上演されたようです。女性二人はP.E.C.T.でツアーまで組んで上演したままのキャストなのだといいます。初演されたのだという湘南の小さなカフェレストランの雰囲気(アタシは別の芝居で行っています)あるいは、直接関係ないけれど、湘南の海沿いにある小さな店や夕暮れ近い時間の雰囲気、あるいは初演での役者たちに想いを馳せ、自分の中での補完が、アタシの気持ちをより盛り上げるのです。

でてくる四人の、寄せ木細工のように密接にあちこち結びつく感じは都合がよすぎると言えばたしかにそうなのだけど、ネットで少々ググった初演の時の作家の言葉によれば、「意識的に情緒よりにしている」というのはたしかにそう。わずか60分をほどよい密度できっちりと物語る空気のなかにほろ酔いの気分で浸るのは至福の時間なのです。アタシはこの女優ふたりが、同じ舞台に居ることを目撃できたことが本当に嬉しい。

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2009.07.06

速報→「スメル」キリンバズウカ

2009.7.5 19:30

キリンバズウカの東京2回目公演。100分。12日まで王子小劇場。

定職につかず納税もしていない地方出身者を出身地に戻すという「東京都永住禁止条例」。東京に残りたい若者がその名目のために清掃ボランティアを行っている、いわゆるゴミ屋敷。一人暮らしの老女だと思われていたが、20年ぶりの帰宅だと娘を名乗る女が現れる。

頼られ続けたいと思う母親という役割。少々突飛とも思える設定だけれども、実に丁寧に描きます。東京に居続けたい若者と独居老人のある種の共生の姿を舞台に、長い間会っていない母と娘の踏み込めない関係を軸に物語は進みます。共生は少々暴走する感もある幕切れですが、物語の主軸というよりは余談ぽい書き込まれ方で、母を描くということに作家の主軸はあるのでしょう。

東京ではないけれど地方出身というのでもないアタシには、チラシにある「上京すること」の想いのようなものは今ひとつ実感をもてませんが、それでも物語の枠組みとなる「永住禁止条例」というのは中国での農民の扱いのようなある種の差別的政策を持ってくるのは、ちょっと面白い感じがします。

娘を演じた黒岩三佳のクールさと、母を演じた稲川美代子の頑固さのようなものの対峙する舞台はスリリングできちんとした緊張感。物語の要請する母娘の関係を雰囲気からも描き出していて印象的です。わがままを許してくれという娘に対する母親のたった一言の返事はものすごく難しい台詞なのだけど、ちょっと凄い。

少し泣いて、日常に戻るという母親の描き方、アタシの母親にも少し思い当たる感じがあって、気持ちを揺らします。平日昼間に設定している作家の母親を呼んでのトークショー、ちょっと見たい気もします。

古い日本家屋風で下手にはゴミ屋敷を象徴するようなオブジェのようなもの。舞台奥には庭に面した格子状の引き戸。引き戸部分を横の格子に、戸袋部分を縦の格子にするというシンプルな作りなのだけど、実に美しくて印象的です。陰になる部分は少ない舞台ですが、役者の表情を漏らさず見ようと想うのならば、中央によった部分をおすすめ。

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速報→「GOOD DESIGN GIRL LOVES ART!」ITO SHINTARO IS A NICE STALKER

2009.7.5 16:00

チャリT企画の伊藤伸太朗の企画公演。女優を山ほど呼んで謎解きめいたしかけも用意しての65分。5日までルデコ5。

■#1「病室の友達」
小学生のイトウローラ、同級生の女の子の見舞いに病院に行く。深刻な病気ではないのだけれど、一方的に想いを寄せて、ついには彼女が見たいと言っていた河童までつれてきて。
■#6「罰当たり」
大学生の彼女と一緒に住んでいる。 自分の書いた日記を読んでいる彼女に自分の書いてる日記が作品のガイダンスになっていくのだという話を始めて。 ■#3「宇宙には行けない」
中学生のイトウロウーラ。夏、従姉妹と一緒に海で遊ぼうという日、同級生でちょっと不思議なことばかり喋っている女の子の家の地下室で。外にはゾンビが迫ってきていて。

イトウローラなる謎の芸術家の死因は何かを謎解きするという「試験」をおこなうという趣向。3バージョン各3話なので、9つの話からなるのだけど、あたしはこのBバージョンだけ。 実際のところ、これをみただけではとっかかりが少なすぎて、謎解きしようという気にすらならないところはあります。見ていないので断言できませんが、全バージョンを見てもあまり変わらない気がします。

なんていう評判を聞いていたからかどうか、最初からそういう気持ちを放棄して観始めたのがよかったのか、女優をめぐる妄想短編が楽しい。ストーカーもどきだったり女の子が取り合いになったりという作家というか主演男の暴走する妄想を短編にまとめた感じ。ロリ趣味だったり、プチエロだったり、キャットファイトもどきだったりと、言葉だけ聞いているとエロ全面だけど、観ている最中はそんな感じではなくて、むしろ気持ち悪いほど「モテモテになる自分」のいわゆる中2妄想が全開な感じで、これはこれでアリだと思うのです。

ハマカワフミエと帯金ゆかりの出演する#3が、みょうなコスプレっぽくて、ばかばかしさの表面と、「シュレーディンガーの猫」を「確かめて見るまでは結果が確定せず不確実のまま残る」恋愛の話に写しているのがちょっとおもしろい。

気持ち悪いストーカーもどきの暴走する想いと、それでも彼が好きでたまらない女の話の#1はまさに「ストーカー」っぽい話で、序盤らしい。

サイトを作ったり、そのチラシをセブンイレブンのネットプリントで配ろうとしたりと、さまざまな試みの心意気はとても好きな感じ。楽しめるバランスかというと微妙なところですが、それはやっていけばすむこと。ネットがある昨今、むしろこういう遊び心が減っている感じがある昨今、これには乗りたいなぁとおもったりもするのです。

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2009.07.05

速報→「7の椅子 5」7の椅子

2009.7.4 19:30

同じタイトルのまま公演を続けるナナイスの新作。5日までメガバックスシアター。「空耳」をキーワードに短編アソートで105分。

卒業して7年目の山の合宿所。去年亡くなった友人たちを悼むために大学の同級生が集まったかに見えたが「空耳1」
車で買い物に出かけた妻が轢いて自宅まで連れ帰ってきてしまった男は、身代金誘拐の金を取ってきた男だった「空耳2」
ホテルのバックヤード。今晩開かれる高名な画家の新作発表だが、その絵が見つからない。そこに現れたのは解決できない問題はないという「空耳3」

それぞれに「聞こえないはずのものが聞こえる」「聞こえない振り」「タモリ倶楽部のコーナー」というタイトルを冒頭に。その言葉に違わないように作られて、カラーの全く異なる3編。最近のナナイスではわりと1本目のような笑い少な目テイストが増えている感じですが、今作ではいちばんの爆笑編を2本目に、3本目もわりと笑い多め。笑いの多い芝居を巧い役者、とナナイスを認識してるアタシにはむしろ何かの馬鹿力のような後半に向けての配列が楽しい。

「1」 同級生といえば仲がいい、というステロタイプを徐々に崩していく感覚は良くも悪くもちょっと気持ちに引っかかります。笑い少なめ、悪い人多かったりキリキリと来そうな感じはしっかりした場所を作る力。山本亜希はこの手の悩める女をやらせると巧い。

「2」 井口千穗の表情で作る「聞こえないふり」芝居が圧巻で印象的。そのカウンターパートにある山口ななも無茶な物語から振り落とされることなくきっちり。物語というよりはくだらない(これが重要なのだ)ワンアイディアを役者たちがねじ伏せ、圧延し、組み上げている感じでコントっぽさがわりと全面に出ているけれど、役者の魅力というだけでなく、言葉の細かい共感できる感じがアタシにはまります。まあ、巧い役者の爆笑編というだけで魅力は十分あるわけですが。

「3」 空耳アワー、というのはアタシも大好きなテレビ番組なのだけど、そのスピリットできっちり組み立てる終盤はちょっといい雰囲気でまとまりもいいのです。途中のドタバタのコミカルさは破壊力という点では2には見劣りするものの、3本全体の最後に置くことでまとまりがいい印象になっていMASU 。ここでも井口千穂の胡散臭いキャラクタが全開で楽しい。

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速報→「UNO:R」アップフロントエージェンシー

2009.7.4 15:00

メロン記念日が定期的に続ける小劇場規模での公演。新たに空間ゼリーの坪田文(作)・深寅芥(演出)を迎えての90分。5日までシアターグリーンBIG TREE。

なにも派手な物はない町。大雨の同窓会の夜。担任だった男は小さな喫茶店を開いて地元に居たが顔を出すことができなかった。二次会には行かず担任を慕ってあつまった仲良しの3人に、同窓会にはやはりいけなかった東京で暮らす同級生があつまる。

ファミリードラマっぽさを中心に据えた「かば」のシリーズ(1)に比べると、過去に刺さった太い棘を巡る、静かで暗い語りを中心とした構成。ある「事件」をめぐっての4人の一人語りは、いわゆるアイドル芝居ではないある種の挑戦を感じます。思いいれがこれぽちもないアタシですら、その落差に最初は戸惑いますが、主演の彼女たちに向かってするするとしっかり収束していきます。

おそらくはメロン記念日の彼女たちには、普段からそれぞれに与えられたキャラクタがあるのだと推測しますが、柴田あゆみはこの物語の中では異質のキャラクタで、馴染んでいない、ということもできましょうが、この舞台の中では首尾一貫して緩急を与えていて、むしろアタシにはガイドのよう。

物語はというと、わりと早い段階で構造は見えてしまいます。複雑さよりは後半一本しかない物語の上を慎重に歩くということこそが、作家にとっても役者たちにとっても挑戦なのだろうと思うのです。

元担任を演じた成川知也は慕われる一方、なんてちょっとうらやましく感じるのは年代の近いおやじ故の感想。妻を演じた平田暁子(年年有魚から一ヶ月でここまで)の少々コミカルさも含めて夫婦という形で「場所」を作ります。 女子高生を演じた空ゼ・西田愛季は主演四人に対峙しなければならない役をしっかり。終盤のコミカルさとの落差を付けた意図は今ひとつ見えませんが、アタシには見慣れた感じの安心感。

まあ、アイドルのイベントな上に三回回しなので仕方ないのですが終演後さっさと出て行けという態度なのはどうなんだろうなぁ。もうちょっと言い方ってものがあるんじゃないかと、思い入れがないアタシは思うのですが。

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2009.06.29

速報→「15 MINUTES MADE VOLUME6」Mrs.fictions

2009.6.28 18:00

Mrs.fictionsによるショーケースイベント。安定した感は新発見より他で評判のいい劇団を集める方向に転換したとも云えるけど、だからといって圧倒的な強さという分けじゃないところが難しい15分の魔物。「おわりの会」イベント、途中休憩10分を挟んで150分。28日までシアターグリーンBOXinBOX。

■【ボーイ・ミーツ・ガール】ロロ

101人目の女の子は、突然告白してきた。東京には殺人鬼が跋扈し、元カノのことも思い出して。

ごく静かな会話劇かと思えばさにあらず、屋台崩しのようなコミカルいっぱいの。どうにもならない、好きだと思う気持ちをローションプロレスので、というのはまあ表現ではあるけれど、芝居なのか、これ。とか。

■【パーフェクト】掘出者

突然母親だと名乗るおんながやってきた。自分よりも年下の女なのに母親なのだと言い張るのは理由があって。

母親だから無条件に愛情もてないというのがベース。愛さなきゃいけないという縛る気持ちはあるけれど、近づけない。ワンアイディアとしてはちょっといい視点。それで押し切るには15分は少々長い印象。

■【隣人と祝福】26.25団

隣に住むイケメンの大学生に恋をした冴えない女、となりの音を聞きながらそれに会わせて生活をするほどに恋い焦がれる。いよいよお近づきになろうかというタイミングを図るが。

隣人の生活音に合わせて生活する、なんてネタがちょっと面白い。普段は作演に徹する杉田鮎味の挙動不審女はいわゆるオイシイ役だけれども、圧巻で場をさらいます。両親のビデオメッセージの恥ずかしい感じも面白いけれど、それが終幕でいい味に変化。タイトルの「祝福」は恋に恋する自意識からの卒業かと思ったり思わなかったり。

■【遊ぶ金が欲しかった】バナナ学園純情乙女組

同級生の友人を殺した女、バックについている暴力団はこの不良グループのバックについているが、彼らからの資金が切れることを恐れ隠し通すことを強いられ。

彼らの得意な再演作。「おはぎライブ」を封印し物語り中心に構成したのが功を奏して濃密な15分に。最初の二言三言で速度には慣れるけれど、そこが「よれる」ような感じで実に聞き取りにくいのはこの濃縮の弱点。

■【早く行け】ワワフラミンゴ

正直に言って、物語を捕らえるのはほとんど無理。偽金を口に含んでより分ける仕事、美味しいと思うものを固めて団子にして山に登る話とか、歯磨き粉なんて嫌いな女二人とか、ここは家なのか、でもあれは入り口じゃないとか、結婚するから三角パンツを穿かなきゃと告白するがみんなそうだとか。とりとめない話でころころと笑うオンナノコたちの会話を耳そばだて聴いてる楽しさ。

普段ならば物語を拠り所にしたいアタシなのだけど、こういう空気はクスクスと楽しい。人には勧めづらいのだけど、好きだと思ってくれる人なら友達になれそう感というのは、たとえばトリのマークとかかつてのベタポに近い感覚なのです。

「アタシのウエストこんなもんじゃないよ、まだまだ締められるよ」が爆発的に受ける空気も楽しい。

■【まわる。】Mrs.fictions

神様と呼ばれる男。神様の視界の端には立ち飲み屋で会話している男たちの会話が見えていて。その男の恋人だという女が神様に会いに来て、神様は恋していて。

道具立てのおもしろさ。反面二つある場所で同時多発の会話というのは聞き取りづらいだけであまり巧く機能していない感じなのは惜しい。

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速報「鳥の飛ぶ高さ」青年団

2009.6.28 14:00

青年団の日仏交流企画のプロジェクト。7時間だという初演の超短縮版をさらに日本の企業に置き換えた翻案版2時間20分。京都のあと、28日までシアタートラム。

日本の中堅便器製造会社。社運をかけた新製品の売り上げもふるわず、外資メーカーの攻勢が厳しく、買収の危機にさらされている。たたき上げの二代目社長が倒れ、次男がその路線を継承しようとしたが、銀行はフランス帰りの長男を社長とすることを融資の条件とした。フランス人コンサルタントが乗り込んできて...

売り上げ低迷とか外資とか、イマドキのサラリーマンならばまるで客観できないようなネタのオンパレード。翻案されているとはいえ、1970年にかかれたのだという元の戯曲が少なくとも現在のアタシの気持ちには身につまされる感。日本の神話やルアンダの虐殺、果ては社内抗争をめぐる色恋沙汰に至るまでさまざまな対立・融合というか包含のプロセスを少々コミカルに、しかし戯画的ではありながらも今の日本に居るアタシに実感を感じさせるのです。もちろん人によってとらえ方は違うでしょう。

外国人が演じ、外国企業の話とすること、ぎゅっと圧縮していることで、作演の意図は今一つとらえづらいところもあります。愚直に見れば、取り込まれるプロセスの泣き笑いを俯瞰して描き出しているともいえるのだけど、フランス人コンサルタントやブレストのある種の万能感を成功のプロセスとして描いているようにも見えるし、逆に少々胡散臭く描いているようにも見えます。アタシはむしろ劇中追われる側の次男に近く、この種の手法に真っ先にいかがわしさを感じてしまうバイアスをかけて見てしまいがちなのですっきりしない感じは残ります。もちろん経営者たるもの、外部の視点はほしくなるものだし、そうあるべきだとは思うのだけど。

反面、人間はまるで書き割りのような「役割」に徹して描かれているような感じがあって、個人として生きて立ち上がってきている感じではありません。葛藤があっても「そういう属性」として描かれている感じがします。それがフランス風なのか、経済戯曲なるものの語り口なのは、はたまた作演の個性なのかはいまひとつわかりません。

でも、チラシにあるとおり、「経済戯曲」という側面は確かにあって、 違和感を感じたとしても、おそらくはそこら中で起きていることをリアリティを持ってしかしデフォルメして、そのまま見せているというところはあって、それをいいとか悪いとか作家の見方がどうとかいうこと自体が無意味だという気がしないでもないのですが。

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速報→「くすり(^^)フィンガー」Cappa

2009.6.27 14:00

恋文酒場、という実在する居酒屋に集う役者たちの旗揚げ公演。らしく、その酒場で働く人々を120分。29日まで駅前劇場。

アラスカに旅立つ男の壮行会。居酒屋で働いている仲間が送る。隣には女性二人が最近越してきて。大事にしまった筈のパスポートも餞別も翌朝行こうとしたらなくて、ほかの仲間に顔向け出来ないと、押し入れに隠れてしまう。その押し入れで発見した昔の日記には隣を覗く穴から見えた女の話が。

そうそうたる役者をそろえて、と思えば脇を固める側にまわし、若い役者を中心とした構成。夫婦だの結婚だの恋人だの、相手に踏み出せないだのの物語。ポップなセットや、大音量など、懐かしさすらな感じではあって、物語はベタに感じるのだけど丁寧に紡いでいる物語なのです。正直に言えば喰い足りなさ、というところはあるのだけど、若い役者でこういうまっすぐな物語を運ぶのは、意外に少ない感じの昨今、大切なこと。ならば演出の意図は正しく機能していると思うのです。

劇中でラフカットのチラシをそのまま配るのは、観客から見るとファンタジーっぽさも含めて物語のなかに入ったのに、急に現実に戻ってしまう番宣番組のような感じがして違和感。関西から来た、という設定の三人の会話がどこまで自然かはわかりませんが、なじみやすい感じがして見目の美しさ含めて楽しめる感じ。

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2009.06.22

速報→「空耳タワー」クロムモリブデン

2009.6.21 17:30

20周年を迎えるクロモリの新作、千秋楽。90分。

息子が女友達を刺して家に戻る母親は知恵を授けて瀕死の彼女を助けて家に幽閉しようと考える。息子は携帯電話を拾っていて、犯人をでっち上げる証拠にしようと警察に提出する。犯人とされた男のアリバイはふらりと入ったという神田駅の薄暗い場所で公演していた芝居、「空豆タワー」のあらすじを説明できるかにかかっていた。それを捜査する女刑事、署長。

荒唐無稽なベースはあるものの、きちんきちんと物語を積み上げて追っていったり、終盤もきちんと収束させていく感じになっているのは実に大人といえば大人の赤坂風味。やんちゃ度合いとか空間制圧とか大爆音とかという点では体温下がっている気もしますが、実にみやすくて物語を追える感じになっているのは広範囲の観客にリーチするような力を感じさせます。

音を重視する作演らしく、序盤は耳に心地いいリズムが続きます。会話の横で繰り返されるような単語は確かに頭の中に響くような感じがあって、台詞のおもしろさもさることながら、頭の中でリズムがずっとなっているようなグルーブ感。いままでは音楽だったり、あるいは一人の台詞のリズムだったものが、なにか重層的な感じに厚みが出来ていて。このリズム感こそが彼らの持ち味だと思うのです。

「お芝居」から派生して オシビーなる丸と三角と四角からなるオブジェのようなキカイで役者の演技を数値化するというネタがちょっと面白い。そのキカイはあたしたちを幸せにするかというのは別の問題だけどちょっといい。演劇をネタにする芝居は数あれど、内輪感に落ちないのも突き抜けてたりバランスがよかったりするのだなぁと思うのです。 観劇マニアを揶揄する台詞にちょっと後ろ指感もありますが、それも十分笑えておかしい。うあ、どんなネタだっけと思い出せない...。

終盤で音楽だけで無言のシーンが連なります。銃が次々と撃たれ人が死にという絶望感一杯に落とし込むかと思えばさにあらず。三つのオシビーに光があたり、セールスの女が祈るような身振りをすると、同じシーンなのに人は死なず、幸せになっていくような終幕に。クロムらしくないといえばそうだけど、現実がこんだけ悲惨ならば、これもありだよなぁと思わせるのです。

すのこ風の板でカウンターのような隠れ場所を作り、そこから上下しながらの出捌けを徹底するのも印象的。特に後半の「撃たれる」シーンではまるで射的の的のようでものすごい効果があります。

なまいき小娘を演じた渡邉とかげ、短絡青年を演じた久保貫太郎に飛躍的な成長を感じさせます。木村美月は公演を重ねるたびに若返っていくような感じ。色気一杯であたしは楽しい。 板倉チヒロのドラッグクイーンぽいのは楽しい。抑え気味の森下亮は新しい感じ。金沢涼恵は上品さを感じさせる役、意外に(失礼だ>あたし)似合う。

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速報→「ヨシザキ、カク語リキ」バジリコFバジオ

2009.6.21 15:00

人形を遣う劇団、バジリコの新作。人気の作家ピチチ5の福原光則の原作で。28日まで劇場MOMO。劇団サイトの道順動画が楽しい。

万引きに悩む100円ショップの店長。独立を考えて貯金をしていたが、妻の父が犯罪を犯し刑務所に入れられ計画はおじゃんとなる。ある日、バイトの男が追いかけた万引き犯は、バイトが高校生のころの転校先の女教師だった。

人形劇との融合のようなことをやっている彼らなのだけど、造形も操作もかなり凝っているのは変わらず。幕で隠す普通のスタイルのほかに、役者にくくりつけて支えながらというのはちょっと凄くてスピーディ。こういうの子供が見たら熱狂するか熱を出すんじゃないか、という迫力があります。 確かにほかのどこにもない感じの舞台。人形を操るというのはキャッチーで印象に残ります。

今作に関して云えば、物語は日常の延長から始まるのだけど、自在に時間も空間も飛びこえていきます。でも、強さのあるシーンもあって。あたしが好きなのは高校生の頃のイケてない男たちの鬱屈した感じのシーン。魚と王子の唐突な人形劇に??となるけれど、それもちゃんと回収されます。転校生が最初に入るグループが重要で、イケてないところに入るより人気者に近づいた方が得策で、そんな感情をイケてないグループの少年たちがちゃんと理解してアドバイスして送り出す、なんてのは一瞬泣きそうにすらなります。

かと思えば、牛丼太郎にまつわるシーンでの少々意地悪い見方とか、バイトと社員の、みたいなちょっと沁みる風味のシーンも。

山咲先生を演じ主宰も兼ねる木下実香が芝居でも圧巻。人形を操る表情から、パワフルなシーンが次々。吉田麻生は得意技の子供キャラで勝負しているので良くも悪くも安定。店長を演じた嶋村太一はものがたりの前半をきちんと支えます。

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2009.06.21

速報→「芍鸝(シャックリ)」乞局

2009.6.20 19:00

乞局の新作、少々混乱していきながら終盤でするすると収束する90分。駅前劇場。22日まで。

独立した国を作ったらしい会話のぎこちない人々。その創成のメンバーが第二期のメンバーを迎え入れる。その国の中央には便器があって、一人女が籠もっていて。

体温の低い会話から始まり出国とか入国とかの言葉から始まります。早く入ったわりに当日パンフを読まなかったアタシは、ホームレスの話だということをわからずに観ていたので微妙に混乱したりしながら。でも終盤に至りするすると収束しますから大きな問題ではありません。チラシの説明だともっと適切で、公園に居るホームレス、隔絶した生活はやがて自分たちが独立した国の住人であるかのような錯覚を生み、自らを神だと言い始めるが、すべてを背負う中心にはならない。そこにすっぽりとはまり込んだ女、という構造。

OLらしいベージュのスーツの女が何人かでてくるあたりでも微妙に混乱しますが、観ていると、一人の女が内面で自省とか混乱していたり、あるいは若い頃はあんなにすてきだったのに今は、というようなある種の幻滅などの一人の中を「分身」として見せるやりかたは混乱させるものではあります。でも、作家が女性に対して抱く距離感と崇拝感とがない交ぜになったような見え方が濃縮されて現れているような気がして、面白いのです。特に夫婦の会話は作演を兼ねる下西啓正が圧巻ですが、同時に女性に対して触れたいかどうか、という微妙な距離感。それでも当日パンフで子供が云々とかいていますから、それはそれ、なのですが。

ホームレスたちの方の見え方はそれに比べると人数が多い分だけ薄味になってしまっているような印象はありますが、「観客」に向かっての謝罪の嘘くささといったらなくて印象に残ります。

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速報→「一人オリンピック~千の仮面をもつ女」高木珠里ひとり芝居

2009.6.20 15:00

高木珠里の一人芝居企画。千の仮面と題しての75分。29日までリトルモア地下。

魔法が使えなくなった少女。町ではパフォーマンス・オブ・チェアなる芸をする芸人と弟子の歌が流行り、事件が多発して世界は最後に向かっていったかに見える。少女は世界を助けられる、のか。

短いビデオを挟みながらも基本的には一本の筋を持ちさまざまな人物を演じるスタイル。少々大げさにデフォルメした演技が特徴なのだけど、やはり圧巻なのはその声なのです。老婆老人から少女までさまざま自在に行き来するのです。blogに芸人が好き、みたいなことを書くだけあってインパクト勝負の老人やらが目を引きますが、後半に登場する恋する少女と老いた女歌手というのがあたしにはツボだったりします。

時間を飛び越えてみたり、巨大化してみたりと支離滅裂さ加減の物語はブルースカイ風でアタシは懐かしくも楽しい。笑いという点では薄い感じもしますが、それでも、この濃ゆい演技をこの狭い空間ですから、1時間も観れば相当におなかいっぱいで、アタシは満足なのです。

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2009.06.16

速報→「例えば、皮膚」コマツ企画(孤天)

2009.6.14 15:00

コマツ企画の俳優・川島潤哉による一人芝居企画、出突っ張り80分。14日までRAFT。

向き合って四人組で議論し結論を出す男たち、テレビ番組で牛乳パック葉書アートを語り観客の質問に答える男や司会。胡弓を語る男、女を口説く男はどこか胡散臭く端々に組織が見え隠れ、卒業式以来の同窓会で語る教師、忍者の里の市長就任した男に観光施策を提案にきた市民たち、町中で政治を語る大学サークルの男、40年ぶりに舞台に立つお笑い芸人・ヒノマルケンペイ。

一人芝居短編オムニバスかと思うとさにあらず。おそらくは「アートの男」の物語を中心に緩やかにつながったり、言葉がリンクしたりする形でまとまる80分。コマツ企画自体の経験が浅いアタシでも、一度観たら忘れないという高い罵りテンション芸風味で彩られたキャラクタたちオンパレード。

笑わせるところもたくさんあるけれど、脳内のバラバラさ加減を楽しむ感じもあって、まさにそういうドンぴしゃのネタもあるけど、これを一本の芝居でやってしまおうということを考えること自体、頭のなかどうなってんだろうという興味津々。それを演じきってしまうわけで、役者を囲んだ観客の真ん中という息の詰まりそうなこの閉塞した空間で走りきるのはたいしたもの。

四人の相談は理性や欲望やらを象徴する脳内相談風景だったり。アートな男は余裕を見せようとしているのに観客の矢継ぎ早の質問に逆ギレ風だったりと追いつめられていく風も楽しい。こういう個々のキャラクタもさることながら、終盤に向けてぐるぐると渦を巻きながら一つの世界に収斂していく(物語になるわけじゃない)のは不思議な中毒性があります。

アンケートの代わりに質問だろうが感想だろうがあるいは脚本だろうがなんでも答えちゃうアフターメールっていうのはちょっとおもしろい。たしかにこれで十分ってことはあるし、個人企画の規模ならば使い勝手がいい気もするのです。

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2009.06.14

速報「LOVE 2009 Obirin ver.」東京デスロック

2009.6.13 19:00

劇団名に「東京」って入ってるのに東京では公演しないと決めたデスロックのぎりぎり神奈川での公演。2007年上演版を改訂再演。桜美林大学の、駅横にある施設・プルヌスホールで14日まで。80分。

前半は徐々に人が集まり、座ったり立ったりということで会話を成立させていき、好意があったり喧嘩したり。そこにはコミュニティ。後半はデスロックらしい、繰り返し、音楽、踊る。

演出に力があることはわかっているのですが、テキストを頼りに物語が見たいと思うアタシには少々難しい感じだというのは初演と同じ印象。あのときのものすごく狭い空間のあのライブ感に比べると、観客から見るとだいぶ印象が異なる感じがします。予定されている青森公演の広さの方が初演に近い感じ。

座り、立ちということを繰り返して関係と会話の間だの領域を丁寧に埋めていく前半そこで関係は見えても物語を感じさせるまでにはこの枷はあまりに厳しいとも思うのです。 このシーケンスは実に興味深くて好きなのだけど、これで感動するとか泣くとかいう感じには至りません。でも、アタシの周囲には何人もそういう人がいて、終演後に学生らしい人々が、感動してる人とワケワカラナイという人とで会話してるのを聞いたりすると、そういう会話の「きっかけ」になる強度があると思うのです。その気持ちのギャップを感じるためにデスロックに通っているというところはあって自分でもこの奇妙な惹かれ方が妙だなぁと思いながらもついつい。

中盤にはデスロックが一時期よく見せていた、強烈に踊りつづけて、繰り返しというタイプのシーン。踊りのシーンにかんして云うと人間が汗をかいてくたくたになりながらそれでも動き続けるというのはそれだけである種の感動はしてしまうのです。たとえはとても悪いけれど、アタシが通うジムの人々でもスタジオでそれなりの時間動くと上気して綺麗に見えたりするというのは、俳優だけのことではありません。それを差し引いても、女優(いや俳優全般に対して)というのは魅力を醸すのだなぁとも思うのです。

仕草だけで関係が言葉が発せられ、アイサツになり、やがて相手の好みを聞くこと、それに同調していくというのは人類の進化の過程を見るような後半。言葉をよりどころにするアタシにはこちらの方がずっと迫ってくる感じ。ああ、恋愛ってそういうことだよね、というのはすっかり忘れてしまったなぁ、駄目だなアタシ、とか思いながら見ているわけですが。終盤に至り、それが叫びのようなもの、まるで恐竜の鳴き声のようになってしまうのは、言葉が言葉として機能しない一面がある「時代の今」な感じでもあって印象的。

とはいえ、自分が諸手をあげて大絶賛はしないのだけど、こういうのが好きな人が結構居るという事実と理由を確かめるためにまた観てしまうという感じはあります。もっと濃密な空間であるグリーンパーク公演に行く、なんて声も聞こえてきて、確かにあの場所で見たいなとは思いつつ、んー。

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速報→「リサイクルショップ『KOBITO』」ハイバイ

2009.6.13 14:30

ハイバイの新作は、リサイクルショップに集うおばちゃんたちの、でも実はとても優しい視点の物語。110分。16日までこまばアゴラ劇場。

リサイクルショップに集まる、いわゆるおばちゃんたち。その中の一人の娘をつれてきて、自分たちで芝居をして見せよう、という企み。無理矢理のように見せることにはなるが、所詮素人で、人の話を聞かないうえにぐちゃぐちゃ。娘は帰ろうとするが、あとから来た客に彼らのありのままを見続けろと云われ、店に隠れて。

大きく分けて二つのパート。群れて話を聞かなくてノイジーで揚げ句喧嘩までしてしまう「野生のおばちゃん」たちの様子を見せる前半。ハイバイ作品にはよく登場する、ちょっと頭のおかしげな演出家品川(本作では物語に合わせておばちゃんだけど)が素人の劇中劇を頼まれもしないのに演出する、というある種のお楽しみパートを経て、おばちゃんたちの過去を振り返る後半。

今現在がどんなに厚顔無恥でもノイジーでも、そこに至るそれぞれの人生を振り返っていくまるで大河ドラマ。地方で貧乏な家に生まれ苦労して東京にあこがれて出てきて苦労続き、結婚しても忙しいばかりでという女、バブルを謳歌し膨らみきった夫婦の生活から急降下の生活という女。

それぞれの生まれは違っても、彼女たちにも結婚(でもあんまり恋の部分は見せない。惰性で結婚という指摘は合ってる気がする)から、幸せは何だろうと自問自答し、やがて子供が手元から去ってしまうという経験は共通。二人にスポットを当てて対比してみせることで、「誰もが通ってきた」時間のおおまかな流れを共通に感じさせるというのは、アタシの気持ちに深くしみこみます。その時間の流れの先にある、いわゆる「おばちゃん」たちの姿という背景の厚みに泣きそうになるアタシなのです。

作家が描くおばちゃんたちに対する暖かな視線。暖か過ぎる感じすらあって、もちろんウルサく感じているいらいらする感じはあるのだけど、その背景を見せることで「一人の女の半生」みたいな厚みがあって、印象的です。結婚前に恋心的なものをみせないようにしているのも、どこかそのおばちゃんたちに対する作家の想いがにじんでいるようで、気になるといえばなりますが、でもそれはあたしたちが持ってる気持ちの断片だとも思うのです。

品川幸子演じる演出家が素人芝居に演出をつける、という場面はアドリブ的なおもしろさもあって圧倒的ですらあります。

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2009.06.08

速報→「炭酸の空」津田記念日P

2009.6.7 18:00

冨士原直也の初戯曲を新たな構成で再演なのだといいます。アタシは初見。105分。7日まで王子小劇場。

「終末」を迎えて地上には人間が住めなくなった時代。シェルターに逃げ延びた5人の男女。車いすの女には今は居ない兄の姿も寄り添う。リーダー格の男は毎日の薬や施錠など規律を重んじて場所を維持する。地上は変わることなく絶望的な状況だが、有り余る食料で当面の危機はないが、閉鎖された空間は人々に徐々に影を落とし。

極限状況で破壊されていく人間関係、という様相の濃密な空間。車いすの女とその兄の関係は合間合間に挟まれつつ、終幕近くに至って謎解きされます。この場所になぜ女が残されていたか、リーダー格の男はなぜここに居るのか。

極限状況になったときの人間の行動を5つに類型化する台詞が終幕にありますが、それを体現したような人物たち。もっとも、否応なく意識する終末は彼らに影響を与えているという背景はあるものの、少々全体に唐突な行動が多くて、アタシには箱庭を観察するという以上の姿勢を持つ市座を持ちづらい感じがします。

確定している滅亡ゆえの絶望だけではなくて、もしかしたら行き仰せてしまうかもしれないという別の意味での恐怖があったり、施錠などの規律を嘘でも作ることでこの場所を維持しようとする、という考え方などそこかしこにアタシの興味をひきます。それでも、人々の行動が一貫しない感じが、違和感を残します。

牛水里美はこの手の少女役をやらせると鉄板という感はあります。山本亜希のおもねる表情にやられる相変わらずオヤジのアタシです。

繭のように楕円形に柵で囲み、中央にテーブル、外側に囲みの客席。実に美しく作られた劇場の空間は入った瞬間に息をのむようなすごみがあります。が、この構成ではもとよりどの場所から見ても見えない瞬間は避けられません。たしかにシェルターな閉息した感じはよく出ていますが、彼らと自分たちの間に確かに存在してしまう壁、という感じもあって難しいところ。

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速報→「SURROUNDED ALWAYS」年年有魚

2009.6.7 14:00

アタシは初見の劇団、90分。9日まで新宿眼科画廊(というギャラリー)。靴を脱いでスリッパであがるスタイル、ドリンク付き。CoRichで「観たい」が少ないのに「観てきた」評が多く、好意的なものが多いのも印象に残ります。

自宅の一室を絵画教室のために一回だけ解放した夫婦。妻はその教室でデッサンのモデルをしていて、ヌードだったりもする。その日の生徒の男女二人と講師が来ている。妻の友人の女、夫はその教室を外で待っている。

5年前に原型のあった芝居(未見)を改訂。作家は独身なのだといいますが、子供のない夫婦の根底に流れるねっとりした気持ちを丁寧に、しかも緩急交えて編み出していくのです。

終盤になるまで夫婦の気持ち自体はじつはあまりあからさまには語られないのだけど、周囲のある種強烈にコミカルなキャラクタたちのあけすけだったり、踏み込みすぎる会話を通して徐々に様子が見えてきます。コミカルさは少々キャラクタにすぎてリアルではないしるし役者に頼ってる感じもあるのだけれど、結果として物語をコンパクトに凝縮するためにうまく機能しています。この突飛さと体温の低い芝居が同じ芝居の中で共存しているというのは、この小さな場所故なのか、物語がすごいのかは今一つつかめませんが、ちょっと凄い。

モデル、という「見られる」存在と、家庭の中で二人きりでいるときの、一言では語れないような複雑な感情が交錯する終盤の空気感が見事。壁にかけられた「紙アート」を物語の中にうまく取り込んでいます。一見常識人に見えるのだけど、妻と視線を交わすことなく、少々突飛な行動があったりする、というのは説得力があります。

松下ロボ改め松下チヨコの飛び道具キャラクタに大笑い。ぎこちない芝居をするからとかつて名付けられたロボを捨てても、そのぎこちなさを武器にしてる感すらあっておもしろい。平田暁子のゆったりと、しかし情念持ってそうな感じは印象的。前有佳演じる妻の友人は、飛び道具キャラクタと静かな夫婦の芝居の中で一番あたしたち観客に近い視点なのだけど、この中に挟まれると少々損してる感じも。

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2009.06.07

速報→「苔の心音」あさかめ

2009.6.6 18:00

あさかめの新作。前回の二人芝居を経て、8人構成で内面を見つめる130分(休憩10分込み)。7日までC.A.Factory(現代美術製作所)。この週末は曳舟から東向島エリアの神社のお祭り。防音が十分ではない場所、しかも冷房が入らず反響のきつい場所なので覚悟を。囲みの客席、アタシの座った奥側壇上は実は温度が高いらしいので、選ぶなら舞台と同じ高さの場所を。休憩時間中のおしぼりやら、改良されたという扇風機やらこの枠組みで精一杯のホスピタリティは間違いなくて。

心臓の部屋、と呼ばれる場所。そとからいろんな人が来て、その場所に居る姉妹と会話して元の場所に戻っていく。そこには妖精が住んでいると云われ、そこから外に出ていく扉を管理していて。

その場所で均衡が保たれている場所、そこから出ていこうとする人、その場所に居続けようとする人、さまざまのバランス。作家(演出も、妖精役までも兼ねて)はどちらかというと抽象的な言葉で、その場所を描き出そうとします。 この部屋に住む姉妹。前半では妹がほぼ言葉をしゃべらず、後半では姉が体調を崩しているという様相。休憩前後で男が妹を口説こうとして休憩を挟んで男が「空っぽに」なっているあたりは、作家も30男(という台詞まで別の場所であったりしつつ)とはいえ、男子だよなと思いつつ。 後半での姉のありように違和感がありますが、そう大きな問題ではありません。

姉妹、その場所に居続ける存在と出ていこうとする存在、ダーリンとハニーの関係なのにバランスを崩しているカップル、言葉を巧く紡げないけれど出来損ないの椅子を作りつづける男など、シンボリックに形成された役。反響もきついのでたとえば元気でなんぼな子供の役の声は耳に響きすぎますが、初日は聞けば超満員、アタシの観た回は20人強となれば、響き具合もだいぶ違うでしょうから仕方のない面もあります。

少々軽いダーリンを演じた安東桂吾が浮気心を伝えるシーンが実は好きだったりします。 居続けるコバヤカワを演じた辻川幸代は、この場所のあるべきニュートラルの存在でしっかり。それに対峙するアクツを演じた野奈との対比も楽しい。

死んだ、と云われて弔いに集まった人々が地面に横たわり、苔に耳を澄ませてというシーンの見た目は印象に残りますしばらくは、死者と生きてるものの視点をひっくり返したのだとおもっていたらさにあらず、この場所で暮らす人々にとっての慶弔の一端を垣間見る感じで少しおもしろい。

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速報→「花のゆりかご、星の雨」時間堂

2009.6.6 14:00

役者を総入れ替えしての新生時間堂の公演。黒澤世莉の久しぶりの新作としても注目の90分。14日までルデコ4。客入れ中や終演後を含めて時間堂カフェと題しての提供も嬉しい。お茶もアルコールも劇中で出てくる無茶高価なワインも。

あまり商売になっていないアンティークショップ。閉店直後に飛び込んできた女は取り置いてあったソムリエナイフを引き取りに来たが、それは手違いで常連の客がもって帰ったばかりだった。

母親になる人、父親になる人に向けて、と当日パンフに書いている作家の視線は、自分たちが今ここにいることがその親たちの暖かな気持ちの中に生まれてきたことを丁寧に描きます。みんな可愛がられて育ったのだろうなぁ(いや、アタシ本当は彼らがどうか知りませんが)と思わせるような暖かさにあふれています。

アンティークショップを思わせるような物は、物語のキーとなるナイフ以外はほぼ現れません。役者たちは扇子を持っていて(衣装の腿のあたりに入れていて)、手持ちの小物の多くはそれで表現します。アンティークショップのシーン、特に序盤では音も舞台後方に置かれたさまざまを鳴らして効果音を作ったりしています。

正直に云えば、アタシのみた時点では、小物を扇子にしたことが、違和感を感じさせる原因になっている印象。これは技術の問題なのか、なじみ方の問題なのか、そもそも無謀なのかはよくわかりません。落語でやってることと意図は同じなのでしょう。しかし、暖簾をくぐって盆に乗せたカップとポットを持ってくるために暖簾も盆もポットも同じ扇子でやる切り換えや、傘を持っている手の位置が傘ではなく笠になってしまったりと、そこかしこに無理が出ている感じがするのが残念。

ネタバレ

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2009.06.01

速報→「リミックス」国分寺大人倶楽部

2009.5.31 18:00

過去の4作品からエッセンスを抜き出して再構成した100分。31日まで、中野あくとれ。

かつての恋人を思い出す男、悲しくて悲しくて仕方ないのだけど、おまえ誰だよ「リバース」。
印刷工場に体験就業にきた女子高生、箱を組み立てる軽作業を事務所の机で社員やアルバイトたちと話している。社員は結婚が近くて婚約者のことなんか意に介さない風だけれども「ハローワーク」。
引きこもっている男、離婚したらしい父親は友達と称して行きずりの女を引っ張り込んで隣の部屋で「チャイルドプレイ」。
風俗風の待合室、様子がわからずうろうろしている男に順番が回ってきた。人生で一番やりなおしたいところを見せてくれるというのだけど「メリー」。

4本のうち、2本は見ているのだけど、物語そのものは元のものとはほとんど直接は関係がないようです。テディベアというアイテムをゆるい繋がりにして、それぞれの物語の雰囲気だったりエッセンスのようなものだったりを紡いでいる印象で、巧く作られています。たとえば「メリー」は繰り返してみせる手法は抜き出しても予備校だの愛だのなんだのの話は全く関係なくなっています。

リミックスは単につなげるだけじゃなくてサンプリングし、加工し、その中からエッセンスをつなぎ合わせる作業なのでしょう。ゆるやかに人物もつながっているものの、ほとんどの人物は直接は関係がなくて結果として4つ明らかに別の芝居。それなのに、どれをとっても作家からの世界の見え方のようなものが共通な風に感じられるのは面白い。

ごつい風体なのに婚約者が来たとたんにでれでれになる後藤剛範がいつになく可愛らしいくて印象的。声だけとはいえかなり色っぽい役どころな堀川炎も、たしかにそれを隣でやられちゃ高校生は平常心じゃ居られません、というリアリティ。

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速報→「その受話器はロバの耳」青年座

2009.5.31 14:30

土田英夫脚本を青年座で。嘘をめぐるさまざま、というのは得意技ですが社会性まで併せ持つ100分。31日まで本多劇場。

携帯すらつながらないような離島に設置された食品メーカーのコールセンター。元レストランの建物を改装して設置されたため眺めがよく、ベランダもあったりする。現地採用のほか、いわゆる「島送り」になった社員で構成されるが、日に数本のかかってくるだけののんびりした職場だった。ある日、本社から元営業の男が所長として送り込まれる。ここでのんびり過ごしていた同期は優秀な同期の島送りをいぶかしむ。コールセンターの業務規律を立て直すのだと思っていたが、着任して数日で休む暇のないほどの着信数となり。

企業不祥事の時に顧客との矢面に立たされるコールセンターを舞台に、そこで働く人々の胸の内の嘘を絡めながら。アタシも会社員ですから、こういう現場は多かれ少なかれあるわけで、平常心では見られないところがあります。有害物質の混入が判明していてもしばらくは結果的に嘘をつくしかないオペレーターの現場、という企業の嘘の物語を骨格にしながらも、虚言癖から不倫、現地採用と本社社員の気持ちなどそこに居る人々のさまざまなを織り込みながら、「わたしたちの問題」に引きつけて見せます。単に企業の問題の糾弾でもなく、かといってドタバタを単に笑うでもない奥行きの深さ。

コールセンターが地方や外国にあるというのも半ば公然の昨今ですが、本社からの指示と真実と顧客との間に挟まれた現場の疲弊、あるいは派遣こそ出てこないけれど雇用形態の差や遊んでる社員の存在など、地方採用のまじめ一辺倒と思われた社員ですら。もちろん、あまりにも戯画的で誇張が過ぎる点はあって、そういう意味ではリアルはこれっぽっちもないけれど、それでも、 今時の会社の抱える問題の一面を鮮やかに並べてみせるあたり、会社員たるあたしの気持ちが穏やかではいられなくなるのです。

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2009.05.31

速報→「土星の端からはらはらと」タムチック

2009.5.30 19:00

岸浪綾香、吉岡友見、小林真梨恵のタムチック(未見)が初めて外部演出を迎えてのカフェ公演。中央に客席、ぐるりと囲む小さな舞台を首どころか体を向けて観る感覚も楽しい65分。31日まで荻窪ミニヨン。レコード盤が壁一面にあるカフェという場所の力も。これからご覧になるなら、入って右側のベンチの芝居が見える場所に。

つきまとう幽霊の少女、つきまとわれる編集者。関係はないはずだけど。
引っ越ししてきた女、手伝いに来た姉。線路のそばで電車の音がうるさい6畳一間、姉は電車の音が嫌い。
出版社の化粧室、女2人+1人、合コンの気持ち満々だったり、妊娠の噂があったり。
姉妹、喫茶店で少女に出会う。
作家の家、原稿を取りに来た編集。もらって、ゆっくりとした会話。梅酒も出てきて。
妹のバイト先はスーパー(パン屋に見える)。先輩は指導する気満々。
少女は引っ越しの姉に出会う。雨の中引っ張られるようについていく。
作家は次の作品の相談にくる
レジ打ちの夕方、新たな負い目を見つけると生き生きする先輩。

全体に女目線だと思う仕上がり、役者は全員女性、演出も女性なのだけど、作家は男なのだというのに少し驚きます。女性の作家の芝居も小説も大好きなあたしなのだけど、こういうまなざしのある男性作家というのは何人か居て、それに似たテイストで、あたしの好みにかぶるのです。

三人の女性のキャラクターはそれぞれにあって、観ていて楽しい感じ。初めての外部演出がクオリティを上げている感じはありますが、訓練されている女優ばかりの舞台を見るのは、オヤジのアタシには楽しいのです。広い広間の真ん中に客席、囲むように何カ所かで芝居をします。同時多発こそないけれど、首も体も左右に捻って芝居を観るのはまあ大変だけど時間の短さでそう問題ではありません。ともかく描かれている場所が何カ所もあって、それをカフェ公演でやろうという無茶の解決策としてはまあうまく廻っている感じではあります。開演前に前説として「あちこちに体を捻って芝居を観る予行演習」をやるのが微笑ましいけれど、結構実用的だったりします。

もっとも惜しい感じというか無謀さのようなものはあって、それは彼女たちのチャレンジということかもしれません。たとえば作家の物語はもう少し上の年齢に当てて書いてある感じはあるのだけど、役者が若すぎるとか、こんなにシーンが多い芝居をこのカフェでやる無茶さ加減とか。アタシはラッキーにも上手一番奥に座りましたが。

高橋唯子・相馬佐江子演じる会社の二人、レジの二人のシーンが楽しい。物語の中ではどちらかというと賑やかしというポジションだけれど、「つめきり」時代を知るアタシには彼女たちを見られるのは楽しい。

全体に細やかなシーンが多いのだけど、 少女が見に行きたい男の子「眺めてるだけでいいの」というけど「見てるだけでいいの」がしっくり来きそうだなぁとか思ったり、三人の女優をそれぞれ主役に置こうとするためにバランスが危うい感じはあるのだけど、それでも、 全体のたたずまいはどこかアタシ好みの女性作家のよう。作家と編集者のシーンで「顔が熱いです」という台詞があって、シチュエーションもなにも全く違うのだけど、「センセイの鞄」みたいな雰囲気に感じられて。それは朗読公演に出てたりする原扶貴子だからという気がしないでもないですが。

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速報→「一月三日、木村家の人々」二騎の会

2009.5.30 15:00

宮森さつきと多田淳之介の二人ユニット。直球勝負で私たちに問題を突きつける100分。2日までアゴラ劇場。

1月3日らしい家の中。女が窓を目張りし七輪で自殺を企てる。そこにチャイムが鳴り、近所に住む従兄弟がお節を持って現れる。適当にあしらって帰らせようとするがなかなか帰らない。そのうち妹や兄夫婦まで現れて。

劇場入り口に「木村」の表札、げた箱で靴を脱いで客席に行くと、絨毯敷きの居間らしいところを囲むように客席。観客は木村家に「お邪魔して見ている」雰囲気で芝居を進めます。前説では演出家が舞台が正月だということを少々強引にしかしコミカルに説明します。

追いつめられる在宅介護者の問題を物語の根幹に。そのもととなった今の社会のシステムに対して怒りをぶつけると言うよりは諦めに近い無力感で作家の目線は介護の当事者と、家族であるはずなのにどこか他人事になっている兄弟たちとの溝に向けられます。

あたしにとっても、恐らくは大多数の観客にとっても、介護の問題はまだ実感をもって感じられない問題ですが、演出は、居間の延長線上に客席を作り、人物が時折客席に語りかけることで、「私たちの問題」であることを強く印象づけます。この部分に多少のギミックはあれど、全体としては直球勝負のまっすぐすぎる語り口は、あたしの気持ちを強く揺らすのです。

「大晦日正月にも来ないで3日になって家にくる人間の言う家族愛だの介護に協力するだのという言葉は信じられない」という長女と、「家族なんだから助け合うのを相談するために正月3日に来ているじゃないか」という終盤近くの諍いの溝の深さは、この国のあちこちで起きているリアルな問題をシンプルにしかし強く感じさせる圧倒的な力のあるシーンです。結論の出ない問題ゆえに絶望的な気持ちにすらなるのです。

正直に言えば、誰も否定できないネタを、しかも演出が自分たちも経験者なのだ、と当日パンフで前口上されてしまうとその事実の前にひれ伏するところから観客はスタートする感じがあって、個人的には少々違和感があります。よくない芝居ならなおさら。もっとも、本作は芝居に圧倒的な力がありますから、大きな問題ではないのだけど、開演前に少々警戒してしまったのは、まあアタシの問題ですが。

島田曜蔵演じる良心的なホスト、やけに知識があったりとやけに都合のいい役ではありますが、元妻はこの介護の当事者になりうるのか、という問題を持ち込みつつも、諍いのポイントをいくつにも分散させないのは巧いなと想わせます。

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2009.05.28

速報→「JUMON(反転)/便所の落書き屋さん」MU

2009.5.27 19:30

再演作を男女入れで、新作はコミカルで見やすい。休憩10分を挟み120分。31日までルデコ4。ギャラリーなので客席は変則。二辺に客席がありますが、長辺側に正面なので席があるならそちらを選ぶべし。

◆ハーレムと呼ばれる家。一人の女に男たちが同居し、千羽鶴づくりやマルチまがいで生計を立てている。男たちの家族や恋人たちが乗り込んできて。「JUMON(反転)」。
◆落書きが沢山ある有料トイレ。男が入ってきて壁の落書きを見ながら、寝袋を広げて寝る。あとから入ってきた高校生のカップルは、なにかのおまじないをするために。が、そこに寝ている彼は学校を辞めたかつての同級生で、交通事故に遭った女子生徒の命の恩人で。美術教師に恋をしていて、兄の恋敵となり恋破れて「便所の落書きやさん」。

開演前、休憩、終演後に出てくる主宰。かつては尖っていた印象が強いけれど、今公演に関して云えば、優しく場を作ることにより心を砕いている感じ。音楽が流れ、場をコントロールし気を配り、クラブ風のホームパーティの様相は、良くも悪くも主宰の世界をここに作り出すのです。

「JUMON」。 逆ハーレムという状態、男たちは逃げ場としてのこの家に居続ける。女とのシーンはないというのが特徴的。女は「汚いあたしの姿は見せられない」というのがすっくとたっていて、凛々しい。

初演は観ていませんが、男女を入れ替えるというひと工夫で、 今の時代の気持ちによくあう感じに。今の時点から考えれば、男ひとりに女たくさんというのは、古いというか昭和どころか、大昔から連綿。反転というワンアイディアで突っ走る感じはあって、部分部分は書き込んでも、その意気込みで最後まで物語を運ぶのは少々息切れの感も。

小林タクシー演じる、被害者の親というのは出落ちの感もあるものの、物語の要所要所を抑え笑わせるポイントで、見やすくしています。 成川知也は静かに居続ける大人の男、佐々木なふみは凛々しさが印象。

「便所の落書き屋さん」。 未成年だからネットカフェ難民にもなれないゆえの公衆トイレ難民というのをワンアイディア。そこに至る過程、恋の話、あるいは禁断のことを取り混ぜながら。全体にコミカルな感じが強く、漫画のようで気楽に楽しめる50分。

高校生が「ゆとり」と揶揄される世代。同級生たちは「愛」なんてのは格好悪いからそういうことは言わない世代。それに対峙する「純愛」という構図。それが今のリアルかどうかはあたしにはわかりません。それに対峙する純愛組というのはちょっとおもしろい。純ゆえにまっすぐ、あふれるような気持ちをたたきつける感じというのはたぶんいつの時代も変わらないはず、なのだけど。まあ、それだけなんてはずはない教師への恋心。

清水那保の女子高生、またオヤジのファンを増やしそうな破壊力。佐々木なふみの色気にあふれたキャラクタは得意技なのだけど、泣かせるのはちょっと新鮮。こちらでも、小林タクシーのかき混ぜ具合が楽しい。

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2009.05.25

速報→「NOT BAD HOLIDAY」競泳水着

2009.5.24 19:00

競泳水着、劇団化の第一作。26日までシアターグリーンBASE。120分。しまった、集めた仮チラシを景品に引き替えるの忘れたっ。

県の休日、県民の日。久しぶりの挑戦に出かけた人、送り出した人。しかし事故が起こる。
怪我をした実業団の野球選手。そろそろ復帰かと思っていたが戦力外通告を受ける。会社は社員としての慰留をするが野球以外には目がいかない男は会社を辞め、長姉の住むジモトに戻り姉の働く蕎麦屋でアルバイトとして働き始める。東京に残してきた彼女、その姉に中学生の頃あこがれていた後輩の医者が。

トレンディドラマとは銘打たなくなっていますが、細かい場面をつないでいって時間を微妙に前後させながら描く手法は健在。愛だの恋だのを物語に組み込んではいますが、それが恋愛至上でなくなっていて、挑戦だったり復帰だったりに向けて鬱々としている男たちに軸足があります。それは今の日本の男たちの姿に重なります。でも描かれ方は少し古め、女は男を支えてくれるというファンタジーで貫かれています。

みやすく分かりやすい物語、恋愛至上でなく人間の挑戦とかの物語というのを見ているうちに、キャラメルボックスが思い浮かびます。よくあるドラマ風ではあっても大きな劇場や多彩な役者で成立させられるような強度があります。

女家族の中で育った男の仕事のより所、家族たちに分かりやすく喜んでもらうということは、何となく作家の雰囲気に重なるように思えます。

シンプルな美術は成功しています。タイトルもシンプルだけどばっちり決まります。

女優が美しいここの持ち味、至福。 堀越涼が何カ所か行う笑いのシーンは彼の持ち味が実によくて印象に残ります。それを受ける橋本恵一郎も掛け合いのおもしろさ。玉置玲央が普通な人は珍しくほぼ笑いを封印していて、しっかり。

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速報→「玉ノ井家のエンゲル係数」ぎゃ。

2009.5.24 14:00

福岡の劇団、挨拶廻り公演と題して60分。24日までColaboCafe。そのあと大阪、福岡。

食事の準備、食卓を囲む二人の女。一人が特別な今日の日について尋ねるがもう一人は覚えていない。神と名乗る声は、過去の出来事を確認しようと言い出して。

青山円形すぐちかく、地下に降りる小さなカフェで女性二人の芝居。キッチンを使い食事の風景から始めるのはこの小さなカフェでは五感を刺激する感じ。手の込んだものではないけれど、確かにふつうに旨そうなんだこれが。

いくつかの過去の場面のリフレイン、どこで間違ってしまったのだろうということを検証していくうちに見えてくるこの食卓の秘密と、その風景。現実の社会はともかく芝居の題材としては商業演劇からアングラに至るまで扱われることも多い題材ですからそれほど芝居として万人受けしないとは思えませんが、パンフレットのピクトグラムや航空券を模したチケットの洗練さに比べると少々の違和感があるのも事実。コメディだと思ったという感想をよく聞くのも、今作に関しては損をしています。

「きれいな女」はともかく、「ずんぐりしていて、むっくりしている女」の衣装や一見出落ちのメイクは終盤に至ってテクニカルにも物語にも理由があることが見えてきますが、序盤からつっこまれることもなく物語で語られることもなく終盤まで続くのは、違和感として感じてしまいちょっと損をしている印象。あるいは食卓をL字に囲んで座るにしても客席の多い下手側から見えない時間が長いのはもったいない。

このもととなった去年の福岡での公演では、もうすこし違う作り方をしていたとのこと。販売されていた台本を見ればよかったと少し思いますが、もうすこし彼女たちの現実に近い印象の芝居を書いていたのじゃないかと想像します。

「ずんぐりしている女」に与えられた属性は、同人誌好き、引きこもり気味という感じでまあステロタイプな感じではあります。そこをことさらに強調しないでさらりと流すのは抑えている感じで好感が持てます。

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2009.05.24

速報→「愛のルーシー」北京蝶々

2009.5.23 19:30

北京蝶々の新作。見た目ラブコメなのだけど、この国のことを考える姿勢は変わらない95分。26日までOFF OFFシアター

バイオスフィアでの実験に参加している8人。実験開始からしばらくたち、二酸化炭素濃度は上昇し、水は汚染され、魚介はとれず、鶏は卵を生まない。人々はその中でも好意を寄せたりつきあったりしていく。実験施設ゆえにそれを観察している研究員たちも居て。

早稲田劇研の系譜かどうか、電子マネーやパンデミックなどほんの少し先に起きそうなことをきっちり描く作風なのだけど、今作は少々毛色が違う感じ。わりとタイト感よりも見やすさの方が勝っている感じでラブコメ風の笑いが満載。しかも破滅もなければ死者も出ないなど、少なくともここ数作を見慣れた目には北京らしくない、という感じは受けます。

地球環境を大規模施設の中に閉鎖系として再現する実験、バイオスフィア2やそれに派生する日本の実験施設の近未来を舞台に設定。閉鎖系の中での環境の維持の難しさに加えて、閉鎖系での人間関係の方がずっと難しかったり。同じ8人の閉鎖系での人間観察 というあたりに作家の中での何かのリンクが繋がったのでしょう。テレビのバラエティ、「あいのり」に重ねることでラブコメ風味の仕上がりに。そのラブコメ部分だけでもライトな感じで実に楽しい。

あたし自身はこの番組を観ていないのでそのおもしろさの半分もわかっていないのだけど、カタカナの愛称が与えられていたり、植物や生態系に対する愛や知識といったものを持つメンバーがいるなど8人の参加者には明確な役割が与えられているということは、なんとなくそういう感じを受けるのです。名前のアカラサマ加減もちょっとバラエティっぽいのです。だから、表面的には惚れたはれたをしている人間そのものでも、芝居の根っこにあるのはそれを観察している研究者だったりひいてはそれを観ている観客であるあたし自身を含めた系としての問題を突きつけている感じがします。

北京らしくないとはいえ作家の興味が近未来のあれこれで、おそらくは調べたのであろう生態系の話とかの蘊蓄ネタは彼ららしい。閉鎖系実験施設にしちゃやけに狭い感じがするのはまあ劇場の制約だけれども、OFF OFFという劇場を完全に隠蔽してしまうほど作り込んでいるのはちょっとびっくり。

テイヘンと呼ばれあまりにだめ人間扱いされる男を演じた本井博之がなんかよくわからないけれどちょっと凄い。人間くささが醸し出されるってのは技術なのかキャラクタなのか素人のアタシにはわからないのだけど。あまりな呼称といえばフコウと名付けられた都合のいい女キャラクタを演じた岡安慶子も美人だろうに不幸さ全面というのもまた別の意味で凄い。鈴木麻美演じる元ライター役が演じる、「覗いてみたい」とか「事件だいすき」の視点は、芝居や世の中を他人事として眺めている観客であるアタシにちょっと突き刺さる感じ。微妙な意地悪さの表情と少々ずりおちたメガネで見えてくるところがちょっとかわいらしさすら感じてしまうのはまあ、アタシの趣味ですかそうですか。

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速報→「成れの果て」elePHANTMoon

2009.5.23 14:30

エレファントムーンの新作。いやぁな感じがどこを切っても金太郎飴のようにめいっぱい105分。26日までサンモールスタジオ。

古い一軒家に叔母や友人と同居している女。結婚することにしたが相手はかつて妹に暴行し、それでも結ばれることになったのだった。妹に知らせるとすぐにやってきて。

かつてのレイプ犯と結ばれてしまった姉が住んでいる少し田舎の町を舞台に。その男に今の仕事を紹介した同僚にせよ、気のいいボイラー修理工にせよ、おかま二人にせよ、大福工場で働く同居人にせよ、リストラで戻ってきた叔母にせよ、小説家志望の遠慮のない女にせよ、姉妹にせよ、その男にせよみんなが少しずつ壊れている。それなのにこの狭い世界が成立していたり、少々唐突な行動が目立つ感もあって都合がよすぎるとか薄っぺらいも云えるけれど、アタシは誰でも持ちうる感情の少々誇張した表出だろうと思うのです。それはたぶん彼らの持ち味で、久しぶりのこの公演にそれがたっぷり見られるのは、彼らの復活を強く印象づけるのです。

アタシの座った下手端最前列では、たとえば歯磨きとか、たとえば叔母が顔を隠して駆け込んでくるところが実は見えないという弱点はあります。これはもっとテクニカルに処理できそうな感じはします。あそこにタンスがあるのは「らしい」感じではあるのでよく理解できるのだけど。

被害者なのにまわりには少々疎ましがられる感じの妹、というのはどこか本谷有希子な感じもあります。が、それに負けず劣らずみんながそういう感じではあるのです。

ネタバレかも

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2009.05.23

速報→「天気のいい日はボラを釣る」studio salt

2009.5.22 19:30

会社を早くあがれたので予定を変更。80分、24日まで王子小劇場

川縁で暮らしている人々。台風がくればすぐ流されるという行政の人間の云うことは流しつつ、暮らしている。腹を空かせて見慣れない新入りがきたり、その場所にテントを張ろうとする自転車乗りが居たり。釣りをしたり食べたりしながら日常が続く。この場所を危ないと思うことも起きて。

いわゆるホームレスたちの生活の場を舞台にしながら、外から来て入る人、入ってくるようで決して入ってこない人、あるいは去る人、この場を壊そうとする人など、丁寧に描きます。旅をする青年の少々うざったいほどの前向きさ加減、逃げてきてたどり着いた人、行き場が無い人など。なぜこの狭い場所に彼らが集まったのか、という点で必然を感じさせづらくて少々都合がよすぎる感はありますが、それはアタシにとっては大きな問題ではありません。

どんな理由があっても、集まった人々が暮らしたごく短い時間。人間は集団で暮らすものだよな、ほんとは。 生きていくことは食べて、暮らしていくことだという視線を常に忘れない作家は、彼らを単に面白がるわけでもなく同情するわけでもなく、生きていくことをきちんととらえます。

正直にいえば、なかなか動き出さない物語、そこにある風景をごくごく丁寧に積み重ねていくというやりかたはかなり地味な感じになります。何気ない所作のシーンひとつひとつをものすごく丁寧に作り込んでいると思うのです。

たとえば、彼らの芝居では必ず出てくる「食べる」シーン。鍋を持ち出して人々が囲んで食べているだけといえばそれだけのシーン。それまで少々この地味さにあれれと思っていたあたしなのだけど、じわりと涙がしみ出してきたりして戸惑うのです。アタシのどこにそのシーンにフックするものがあったのかわからないし、誰もが同じに感じるとは思えないのですが。物語ではなくシーンをみて深く感動したりとかなんとか、というのをあまり信用しないアタシなのですが、「生き続けていくこと」を突然ごくごくプリミティブに感じたというのでしょうか。んん、巧くいえないけれど。

あるいは終盤でテントを畳むシーンがあって(メインのシーンではなくて横でやってるのだけど)、使ったことのないテントを勘を働かせながら初めて畳む、みたいなことをやっていたりして、実は結構好きだったりもするのです。いえ、単なるマニア視点ですかそうですか。

金曜夜の回に関して云えば、出捌けに少々のトラブルがあったりして、ほかの回でもテクニカルなトラブルがあったりもしているようです。装置にしてもシンプルではありますが劇場に全く別の空間を出現させるというところまでは至っていない感じは残ります。今までのホームグランドである相鉄本多とはかなり雰囲気の違う劇場ゆえ、という感じでここは慣れなのかなと思ったりもします。

横浜の外への初進出、CoRich祭りと勝負どころに、ありていに云って地味なこれを持ってくるのは戦略とかいうことを超えて作家が表現したいものがある、ということをじわりじわりと感じるのです。

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2009.05.18

速報→「PRIFIX2」王子小劇場

素舞台が基本、そこで次から次へと出てくる役者が楽しい。17日まで王子小劇場。全部をみると3時間ぐらい。

■柿喰う客「邪道・プロポーズ」
アントンとチェーホフ。ネタを合わせの場所。プロポーズにきているのだけど、二人の家の間には土地とか微妙な諍いがあって。

もちろんアタシは読んでない「結婚申し込み」を原作に、漫才師のネタ合わせというフォーマットに詰め込みながら、要素を細かく押し込んだ構成。緩急をつけながら見せるのは見事。

が、60分の枠に対して30分ちょうどで終わってしまうというのはどうなんだろうと思うのです。先週のそれも同じような感じでしたから、王子は二週連続でその被害に遭っているといっても過言ではありません。さすがに責任を感じたか作演のピン芸で10分強を足しています。前半の30分は好きなフォーマットだけど、作家は猛省すべきだと思うのです。このままいくと次は公演中止の悪夢がちらつきます。

■PLAT-formance「iregular」
ある総理が辞任するまでのものがたり、20分。

どういう出自かはわかりませんが、ニュースペーパー風の政治ネタコントを二人組で。事実をつなぎ併せて笑いをとる、というのはまあお笑いのネタとしてはアタシは好きな感じなのですが。もっとも、これが小劇場の領域かといわれるとちょっと微妙な感じなのだけど、テレビのお笑いのようで実に見やすくて、こういうことに対する役者の基本がきっちりしているという気はします。 若くてテンションもリズムもあってみやすい。このネタが彼らの持ち味なのか、他のものを見たいなと思うのです。

■仏団観音びらき「KWANNON CABARET」
キャバレーショー形式の20分。 オープニング、だめんず遍歴を告白する宝塚ミュージカル風味、バキュームつまり掃除の人の「ポリバケツ」。

緻密さよりは、突き抜けた感で勝負したい彼らなのだけど、20分では暖めるところまででタイムアップという印象。定番ネタなのだというバキュームあたしは初見。ワンアイディアで突き進むだけのインパクトはちゃんとあって。

■負味「負味と申します」

1.英語かぶれの男の発音と役に立つセンテンス「オープンユアアイズ」
2.もうあとのない男、そこに突然音楽が「老衰が止まらない」
3.新しく買ったゲームは、のどかな公園に「バイオハンター2」(ほぼ映像)
4.不良になった少年は、演説集を聞いて、世をうれいて「オバマブーム」
5.バイオリン作りの少年の奏でる音楽に「耳をすまさなければ」
6.風景はどうみても西武線なんだけど「車窓の世界から」(映像)
7.ざんげをします。ノープランで出てきて「MCクライスト」
8.葬式風景に「葬式が止まらない」
9.新しく買ったゲームはあちこちに「ストリートタイガー2」(ほぼ映像)
10.受賞式なんだけど、どうやって砲丸投げたのかとか、そもそもメダルがないとか「オリンピック」
11.記憶を次々失ってしまい「メメント」
12.なぜか黒塗り「日米首脳会談」

いくつか公演で使ったネタを小品にして再利用も散見。全体にワンアイディアを5分続けるネタを12本続けるのはフォーマットとしてはどうなのだろう、と思ったり。軽い笑いなのはいいのだけれど、映像ネタが微妙に古かったり、「オリンピック」での砲丸をどうやって投げるのかとか「日米首脳会談」の黒塗りはほぼ昭和の香りすらする感じで、そういうネタで笑いを取るのはエッジじゃないしリスクばかり高くてあんまり旨味はないんじゃないかしらんとか思ったり。

■カミナリフラッシュバックス
OL4人が出てきて、脱いだストッキングをかぶって、戦う。

あんまり格闘技には詳しくないのですが、キャットファイトのような印象(いや、観たことないけど)プロレスに台本があるのは今やみんなの了解事項なので、そういう意味では舞台芸術になっていて20分としてはきちんとつなぎます。日曜昼はフライングが微妙に失敗したのは惜しい。


全体としてみると、どちらかというとお笑いのネタ見せショーケースの要素が高い感じ。この中では「柿」はずいぶん芝居寄りのつくりですが、60分埋めきれなかったのが残念。ほかはネタならばワンアイディアで続けられる時間をどれだけと見積もり、テンポで繋ぐか繰り返しで笑わせるかがアタシ的に重要なのだけど、そのバランスは全体としてはあまり巧くない感じがします。

名刺代わりのミニマルな芝居を持つのは間違いなく劇団を売り込むツールになるのは浸透しているけれど、それを「負味と申します」という挨拶代わりのタイトルにしてるのはちょっと巧い。

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2009.05.17

速報→「容疑者χの献身」キャラメルボックス

2009.5.16 18:00

東野圭吾の人気小説の舞台化。笑いはほとんど無くSKIP( 1, 2) のようなストイックな舞台装置が印象に残る135分。神戸を経て24日までサンシャイン劇場。22日夜に追加公演が設定されています。テレビの「ガリレオ」は観てないので、物語自体はじめて。

アパートに暮らす母娘。離婚した夫が金を無心するために現れる。このあともむしりとられると感じた娘が花瓶を降り上げ、母がこたつの布巻きコードで。
隣の異変に気づいた高校の教師、その母娘を助けるために緻密に犯罪を組み立てる。

外部の原作を使ったキャラメル、というのは定着した感がありますが、アタシは初めて原作を読んでからの観劇。たしかにそこに立体になった世界が広がります。時間も場所もかなり変わる上に、地の文がさまざまな人物の内面を描いてしまうタイプの原作なので実は舞台に載せるのは結構大変じゃないかと思ったりするのですが、何人かの役者に交代でリーディングのように読ませることで解決しています。 原作の地の文では西川弘幸演じる犯罪者・石神の心の動きを克明に記してある印象なのだけど、芝居ではさすがに巧くいかないと感じたかどうか、割と薄めの好意として語られながらすすみ後半でがっつり。

原作は笑いはありません。細かい部分を端折りながら、弁当屋の亭主を外したりアルバイトの女の子というキャラクタを設定したり、警察の中の会話など緩急をつけるために笑いを挟むという点では芝居を見る観客側には見やすさとして感じます。原作のタイトな感じは薄まる感じがないと云えば嘘になりますが、そのままやられてもたぶん観客としては見やすくないと思うのです。

しかし、と思うのです。物語の面白さに加え舞台としても完成度は高いのだけど、ほぼ商業演劇の領域に近い7000円というチケット代を目にすると、それはキャラメルがすべきことなのか、という感じはしないでもありません。どこにコストがかかっているかはよくわからないのですが。

西牟田恵を観るのはずいぶん久しぶり。ハスキーで甲高いという印象だったのだけど、年齢は進んでいても男がひと目で恋に落ちるという説得力。川原和久もずいぶん久しぶりなのだけど歳を取らない感すら。西川浩幸は笑いをとらず、衰えを気にする天才のという珍しいタイプの役。初めて聞いたときは合わない感じがしたのだけど、中心の役を確かにしていて、年齢を重ねた役者の重みすら感じさせます。

あたしの観た16日夜の回は西牟田恵の誕生日で終演後のカーテンコールで花を贈ったり挨拶あったり。ほどよく押さえたお祝い感が物語の印象を崩さなくていいバランス。終演後に隣のカフェで劇中に登場する「自分で淹れる湯川のインスタントコーヒー」なるものを売るのも押さえた洒落っ気で気持ちがいいのです。

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速報→「MELODY」サンダース:コンビーフ

2009.5.16 14:00

ネオゼネレイタープロジェクトの大西一郎とにんじんボーンの宮本勝行のユニット、サンダースコンビーフの第二回公演。17日までシアター711。

芝居を志して東京に出たものの、いろいろあって地元土浦に戻ってきた男。映画が大好きで実家の自分の部屋にあふれる映画のパンフレットやポスターの整理を始める。中学生の頃にサークルと称していろいろ映画を語り合った仲間も手伝いにきたり、久しぶりの再会でも口の悪いまま変わらない仲間がいて。

にんじんボーン特有の口が悪くて表面的にはどうみても意地悪だったりするのだけど、それが仲間同士にみられるじゃれあいふざけあい、というテイストをベースにして、かつての仲間というものだったり、それでも年齢を進めていくということだったり、生きていくということだったりというある種のほろ苦さを丁寧に紡ぐ印象。

このスタイルは実は結構癖があって、合わない人にはとことん合わない可能性もあるし、何度かがまんして観てみると、フザケているようにしか見えない役者の凄さみたいなものが見えてくる人も結構いる気がします。ふざけ合いのテイストも、客をとことん笑わせるというよりはずっと温度の低いところで揺らしている感じがあって、それゆえにナチュラルだともいえるのだと思うのです。

アタシ自身も、100%おもしろい大絶賛で毎回観ているわけではないのだけど、癖になるという文字通りの感じで、ついつい通ってしまうのです。

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謎めいた存在の一人はわりと早々に着地点は見えてしまう感じはあります。もちろん謎解きが主眼ではなくて、その着地点まで、役者たちがどうやって「昔の仲間たちの再会」というテイストを作るかというあたりこそが本作でのポイントだという気がするのです。

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2009.05.12

速報→「無頼茫々」風琴工房

2009.5.10 19:30

大正時代の新聞記者の熱い物語に女性の立場を絡めての120分。10日夜のプレビューは値段の安さもあいまって満席。18日までスズナリ。演出をはじめとしていくつもある公演サイトのblogもお楽しみも込みで読み応え。

大阪では大阪朝日が強い言論を持ち、世間は米騒動で騒がしい時代。「日の出新聞」に入社するために上京してきた男は気骨にあふれ途中で見かけた米騒動に加担して逮捕されたりしてしまう。言論の自由をめぐり新聞と政府がやりあっていた時代だったが、なかなか動かない上層部に業を煮やした若手が動き始め、内務省に目を付けられる。その署名を集めているさなか、大阪では内閣弾劾の急先鋒だった大阪朝日新聞の報道に端を発した白虹事件が起こり。

当日パンフによれば気骨ある明治の新聞人・陸羯南(wikipedia)の物語を時代にずらして語ろうとしたときに新聞のありかたが大きく変わっていることに気づいて本作になったのだといいます。大阪朝日や白虹事件(wikipedia)あるいは貧民街という時代の背景を借りながら、登場人物たちも舞台もおそらくは作家の創作として、時代をぎゅっと凝縮して詰め込んだ印象があります。

作家のパンフでの言葉の通りの中身。時代を背景とした新聞の変わる瞬間に生きている男たち、あるいはその社会にもみくちゃにされたりしながらも生きる女性たち。二つの糸を縦に横に物語を編むのです。二つは確かにその時代にあったことなのだろうけれども、アタシにしてみると物語を観るときの視座をどこにおいていいか迷いながら観てしまった感があります。もちろん新聞や言論というあたりが主軸なのだろうけれども、それに負けず劣らず記者になったり伝統的な女性の姿だったりとか、恋心めいたものとか、洋行だとかといった具合に多彩で魅力的な人物も多くて。しかも女優だからってんで目移りしてしまったというダメ観客なのだということかもしれませんが。アタシの好みでいえば、新聞と女性の話がプレビュー時点ではその混合がまだ少々解け残っているという印象。もちろんどちらも一本の芝居になりうる題材なので違和感なく融合させるのはかなり手強い題材なのに、手を抜くことなく正面突破で進もうとしている訳で、そうとう大変なことに手を出しているわけですが。

とはいえ、この手の芝居、とくにこの作家のように徹底的に調べ、物語を創作するタイプの作家の物語を上演台本とwikipediaを相棒にしながら学び読み解くというのはいくら時間があっても足りないぐらい、アタシにとって楽しい時間なのです。音では勘違いしていたのは序盤にある「政論」。変だなと思いながら「正論」だと思ってました、なんてこともわかっちゃう。

役者が大幅に入れ替わった印象のある風琴工房で客演も多い今作は次のステップに進んでいる感じがあります。作家と語りを演じた渡邉真二のぶれない感じが印象に残ります。ついつい真面目一辺倒になりがちな芝居を軽く揺らす浅倉洋介が頼もしい。多根周作の誠実に見える感じ、根津茂尚の気骨の安定も安心。はざまみゆきが見せるひたむきさ、津田湘子の見せるある種の貫禄、小山待子の溌剌さも印象的。

プレビューとはいえきっちりと作り上げられた舞台。もちろんある種の固さがあるのは否めないのだけれども、この安定は揺らがないまま1週間で熟成されていくのではないかとも感じるのです。

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2009.05.11

速報→「針」メタリック農家

2009.5.10 14:00

メタリック農家の駅前劇場進出作。童話世界のような可愛らしさの中に滲む、でも童話世界になりきれない人間の話、と読みました。100分弱。10日まで。

永い眠りから覚めた王女。その国は荒れていて知恵者の提案で王は三つの法律を決める。それは人を憎まないこと、独占しないこと、実際以上に理想像を抱かないこと。守らなければカエルの声が響き、人はそれをやめる。王女は生誕の祝いのドレスの仕立屋と恋に落ち、貧しい兄妹を知った王は妹を養女に迎え病を治療し、詐欺師の男の扱いに妻は手を焼く。

舞台いっぱいに建て込まれた童話世界を体現した装置。じゃあ物語を童話世界かというと時々現実に引き戻したり。たとえば埋められない溝として扱われている在日という存在には少々配慮が足りない気はします。もしかしたら作家の実体験の何かにつながるという可能性はないとは云えませんが、膨大な背景を持っていて観客それぞれの背景に依存しがちな単語をあえてここに持ち込まなければならないほどでもなくてあまり巧い方法ではない気がします。

三つの法律は愛とか恋とかをしているときに必ず起きる現象を禁じているというのはわりと早々に見えてきてしまう感じはしますがそう大きな問題ではありません。これだけの人数の世界で別々の人間関係から生まれるものとして描こうとしていることは終幕近くに明らかにされるのですが、観ている側からは少々散漫というかどうやって観たらいいのかわからなくて物語の軸を見失うと感じてしまいます。さまざまにちりばめられた物語が収束しない感じにみえてしまうのももったいない。

仕立屋と王女、仕立屋と未亡人のシーン、ベッドではなくて召し換えたり採寸するシーン、の二人の近さの色気。セクシーさ加減がくらくらします。仕立屋の耳に心地よい言葉も実に美しく、ファンタジーとは云いながらこういう女性視点の恋心を描かせると作家は実に巧い。

伊藤ヨタロウを舞台でみたのはずいぶん久しぶりなのだけど、ウクレレのシーンはキヨシローを織り込みつつもその一瞬で持っていってしまうような圧倒的な存在感があります。

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2009.05.10

速報「通信ボちょーだい女」バナナ学園純情乙女組

2009.5.9 19:00

バナナ(中略)組の新作。初日時点では芝居30分弱にライブ60分弱。間に着替えタイムつき。12日まで連日ライブの構成を変えながら、王子小劇場。

ぎりぎりで均衡の保たれていた生徒会と風紀委員会。恋人たちのつながりが最強で、あるいは妹たちのバランスもあって。

正直に言えば、初日時点では芝居は起承転結の起だけの印象。(ライブ後半で語られる)彼女たちの言葉を信じるならば、中屋敷台本が連日少しずつ来てはいても、初日時点ではこれだけ、ということなのだけど。好意的に解釈すれば、できていない時間を埋めるためにライブを大幅増量なのです。個人的には、中屋敷台本が上がらない、ということをネタにするのはここしばらくですからそろそろ飽きてきたりしています。面白くなりそうなキャラクタを提示されてるところですから、んん。

生徒会の危機を聞いて、昔の悪い仲間とか。面白そうにみえる素材があるのだから期待は膨らむのだけど、ホンがないから尻切れに。初日以降に本ができれば、それが補足されながら改善していく予感はしますが、あたしはこれ一回きり。

劇場を後にした時点では、魅力的な若い役者を揃えたのに、物語が完結どころか転がりもしないのに少々いらだちもしたのです。中屋敷台本が遅いのは再三ネタにしてるのだから、なぜ頼む、とか。その気持ちで劇場そばのチューハイを売りにしてる店でさんざん呑んで、思いついてもう一度劇場前に行ってみれば、劇場前でのほぼミーティング。1Fの店には迷惑だけど、(呑みもしないのに)この熱さははすごい。と思えば、ライブを大幅増量なのは、彼女たちなりの観客に対する誠意だと気づきます。 でもアタシは物語が観たい。この世界を作りあげたのは作家の手柄かもしれないけれど、ほぼ完成したこの世界ならば、この作家でなくても作り上げていく方法はあるのではないか、という気がしてなりません。

ばんない美貴子(教師役だったのか。 )のちょっと素敵な衣装をもう少し観たいとおもったりしたけれど、圧倒的に安定した蹴り、ライブラストのハイジャンプ回し蹴りが観られてうれしい。ひときわ背のある彼は山口航太かと思うのですが、不器用な見た目に反してちゃんと踊る、キャラクタもちゃんと。男だけど。 劇団のメンバーである野田、前園、菊池、加藤は安定。高村枝里の表情の豹変、春野恵の美人キャラにもちょっと。ならば、この役者やキャラクタに物語が欲しい。

秋葉原に近い立地を生かすのは、クロムモリブデンの王子進出の頃に似ていますが、彼らが利用してやる感じなのに比べると、バナナはそれにとけ込んでいる(まあ、大学公演でも同じ印象ですから一貫してますが)というか、「そういう客」が多いのはいいのか悪いのか。秋葉原は好きですが、どうにも慣れないアタシですが。

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