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2018.08.11

【芝居】「1961年:夜に昇る太陽」DULL-COLORED POP

2018.7.29 18:00 [CoRich]

福島での初日を経て8月5日までこまばアゴラ劇場。120分。これを第一部として、今後全三部の上演となることが告知されています。

福島に向かう列車の中。東大で物理学を学ぶ大学生は長男だが親に跡は継がないことを告げにいこうとしている。同じ列車で福島に向かう男女、男はやけに物理学に詳しく。
地元の次男は消防団で地元に暮らし、日々地元のためにできることを考えている。三男はまだ小学生だ。 長男は親に後を継がないことを宣言するが祖父はそれを許さない。家を飛び出す。その家には地元の有力者から折り入って相談があると云われ、家族が集められる。有力者は客を伴って現れる。それは県の職員と東京電力の社員だった。

福島に原発が誘致される、その瞬間を描きます。 穏やかな、しかし寒村な土地。人々は朗らかに暮らしているが、特産品もこれといった産業も観光資源もなく、これから経済成長していく日本全体に対して、置いてきぼりをくうかもしれないという懸念ありつつの日々。 この土地の出身、東大を出てもこの場所には戻れないという現実。一方で、電力の逼迫は喫緊の課題となりつつある東京。 原子力発電所は大きなエネルギーを都会にもたらすが、リスクがあって、人のいない場所にリッチさえるしかないという電力会社の視点。一方で、経済的においてきぼりを食らう懸念の地元の有力者や自治体は、リスクは飲み込んでも立地させ、雇用や補助金で金が地元に落ちることを強く望んでいて。

おだやかな日々の生活の場面は主に子供たちの会話として、ミュージカル風味の人形劇として描かれコミカルで楽しい。もちろん難しい大人たちの話がわかるわけではないけれど、何か普段とは違うことが起きているということだったり、大人たちの会話の「目撃者」のような視点。とりわけその視点で描かれる後半が圧巻なのです。土地を持っている主人公・三兄弟の家、家族たち、東京電力の社員、地元の有力者や自治体の職員といった人々の会話がこの物語の要。地盤沈下著しい土地をどう経済的に支えるかの地元の視点と、増え続ける需要にどう答えるかを模索する東京電力がこの土地での原発建設を望み、地権者をどう説得するかの場面。

わりとネットで拾えるような話題もあって、隣の地域ではもっと熱意を持って誘致しようとしているといった駆け引きであるとか、東京電力の社員の調査は怪しまれないように女性社員を伴ったピクニックという風情だとか、あるいは原爆の広島の出身だということを説得の材料にしたり。それが濃密に描かれるこの夜のシーンの迫力。

地元に雇用などの利益があることは理解しつつ、しかし安全性の懸念は拭えず。じっさいのところ諸手を上げて賛成するということではなく、「明確に反対しなかった」ということで建設が進むことになるのです。結果的に一方的な被害者ではなく原発建設を後押ししたのだという視点はほろ苦く鋭い。冒頭と終幕のシーン阿hこの1961年を2011年からの視点で見ていて、「止めるといわなかったこと」の結果がこうなったのだ、ということが象徴的。終幕、このあと予定している二つの公演がどう描かれていくか、とても期待してしまうのです。

長男を演じた内田倭史は若く、とてもパワフルな、時折空回りするようなイキオイが微笑ましく、熱く印象に残ります。三男を演じた井上裕朗は今作では幼い子供という意外な役、三部作でどうなるかが楽しみで。母親を演じた百花亜希はおっちょこちょいな感じでもある可愛らしさ。東京電力社員を演じた古屋隆太は迫力のある圧巻の説得のシーンがとても印象的。対峙する祖父を演じた塚越健一の昭和の男な重厚な雰囲気、意外に見たことがない役でこれもよいのです。

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