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2018.03.31

【芝居】「あるサラリーマンの死」タテヨコ企画

2018.3.14 19:30 [CoRich]

18日までGaleri KATAK・KATAK。そのあと大阪。100分。

初老の夫婦が二人で暮らす家。会社員の夫は貢献したのに遠い職場にされたことが不満。妻がわりと浪費していることを支えている。近所には高校生で出産した娘とその夫と年頃に成長した孫娘が住んでいて日頃から行き来がある。
家出ばかりしていた息子が久し振りに家に戻ってきていて、父親ははそれがちょっと不満だ。

「セールスマンの死」(wikipedia)を種にしつつ、昭和から平成の時代、ある家庭の親と子供たちの物語。

だいぶ前にここでの公演をしていた経堂のギャラリー、改装したよう。外に向いた大きなガラスから外のアプローチを庭に見立て、その外側の塀や道を歩く人も見えて借景に。奥にぎっちり客席だけれど高低差はあって見やすいように思います。家のリビングと庭という物語の設定にぴったりと合う場所なのです。

子供二人を育て、今は二人で暮らす初老の夫婦、妻は卓球だ海外だと浮かれているけれど自分は遠い職場まで満員電車に揺られる日々のつらさ、貢献してきたはずの会社の扱いもわりと冷たくて不満の溜まる夫、飄々と日々を楽しむ妻、近所の娘夫婦と孫との行き来の安定、そこに戻ってきた忘れていたはずの長男がふらりと戻るが無職のまま、が物語を動かす原動力。

会社員として勤め上げることこそが善と信じる夫、定年は過ぎて辛いといいながらも金は必要で、という序盤。無理して買った住宅ローンということはあるけれど、そこまでして遊んでいる妻を支えようというのは、かつて自分が単身赴任したときの浮気の後ろめたさ。息子は偶然それを目にしてしまうことで家を出ることが決定的になって、娘は若く妊娠してちょっとやんちゃな男と結婚してと波乱含みだったけれど、定年を過ぎる頃になって、徐々に家族の形になってくる少しハッピーなはなし。かつての浮気にしたって、妻はとっくにお見通しだけど、それを荒立てずに暮らしてきたのだとわかるスパイスもよいのです。

自分にとっては目標だった厳格な父親に対して、定年過ぎても今でも働いて辛い自分、あるいは思うように息子を育てられなかった自分。会社での貢献も認められないということを思い知らされる数日。その男に父親の亡霊が見えるようになってきたりするなかで、間違いはあったかもしれないけれど自分が生きてきたことが良かったと受け入れられるようになるという作家の優しい視線。

この物語の定年前後の世代と、その息子たちの世代のちょうどまんなかあたりの世代のワタシとしては、どちらにもどんぴしゃではないけれど、どちらとも程よく近く感じる世代。まあ子供が居たりはしないわけですが、わたしは。正しいとされる価値観がわりと均一で高度経済成長の時期をバリバリと働いた世代と、価値観が多様化してたとえば会社で働くばかりじゃなくてアルバイトが主でも漫画を書いてそれが認められているという一筋縄でいかない生き方の世代と。あるいはもっと厳格だった親の世代と。並行してあるいは対立させて、大きく動いた日本の三世代を濃密にしかし俯瞰してみせるようでもあるのです。

定年を超えて働く男を演じた西山竜一は苦悩する男の細やかな描き方が印象的。時にテンションでいわゆる宴会男の瞬間も面白い。妻を演じた舘智子は若い頃、現在の初老の鮮やかな切り替わりが見事。娘を演じた藤谷みき、きっちり母親というのは実はちょっとめずらしいかもしれないけれど、実にナチュラルにきっちり。家出していた男を演じた青木シシャモ、父親との距離感を掴みかねる造型がよいのです。厳格だった父を演じた、矢内文章きっちりとトラディショナルでしかもちょっとお洒落で品のいい紳士がカッコイイ。

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