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2017.05.20

【芝居】「インテリぶる世界」箱庭円舞曲

2017.5.13 19:00 [CoRich]

美大の学生たちによるアートユニット。一人の家の空きガレージをアトリエとして活動を始める。どうやって多くの人々に届くかというアートテロが彼らの命題で、はやり始めたネットに対して、ネットワークビジネスからヒントを得た2n-1をキーワードにして、チェーンメールをしかけて一定の評価を得る。
20年が経ち、ユニット名を一人で引き継いだその家の息子と、独自の感性で突き進む男の二人だけだった。美術雑誌の記者が取材でアトリエを訪れ、かつてファンだったユニットの他のメンバーを集めようとするが思うように集まらない。

演劇でアーティストを描く場合にはどうしても作家自身の視点で創作の現場の姿が見え隠れします。今作は、集団で活動していくということで、創作に対する立ち位置の差とそれによって別れてしまった人々の姿、さらにはそれを目撃した人としての記者であったり、そこからはもう少し距離感の違う親や妹であったりという周囲の人々を含めた総体として物語を描くのです。

ずっと物語の中で見え隠れするのは、ホンモノとニセモノ(というと言い過ぎか)のグラデーション。今作ではアートユニットで明確に突き抜けたアーティストであるサムライと呼ばれる男を頂点に、何かを表現しようともがくがそこまでは突き抜けられない男だったり、いいわるいを見分られ、それを形にするかに対してのセンスを持っている人々だったり、おしゃれだからとそこに乗っかろうとする(残酷に云えば)凡人だったり。 少し距離のあるはずの父親もまた、実はちょっとセンスはあってそこからは踏み込んでこない絶妙な距離感なのもちょっといいのです。

このグラデーション、絵画音楽演劇といったいわゆる芸術にとどまらず、アタシにとっては感覚的に近い工業製品を作る会社組織のプロジェクトであったり、工芸もしかしたら飲食店であったり、さらには会社や部署、サークルの活動そのものにいたるまでおよそ「人間の活動」すべてにあてはまりそうにも思えてきます。そう考えれば、作家が「箱庭円舞曲」として活動してきたこれまでの変遷もまたアートのかつどうであると同時に人の営みなのだと思い至るのです。

一世を風靡したユニット、時間を経て一人のプロデュースとなってもかつての仲間たちを再結集させたがる観客たちの無責任。過去は過去としても現在の自分の活動を見て評価して欲しい気持ち。もしかしたら作家自身が感じたことなのかも知れませんが。

正直にいえば、当日パンフ「リーダー」と銘打たれた人物が二人。20年前と現在でユニットのリーダが変化したということなのだけれど、アタシはちょっと誤解して一人の人物を二人の役者で演じてるとなぜか思い込んでしばらく混乱していたりも。

個性豊かで力量のある役者たちの魅力もその一端を担います。マネキンとのセックスやら首つりパフォーマンスやら少々まともじゃないところまで突き抜け、周囲を意に介さず活動を続けるサムライを演じた安東信助はふわっとし造形だけれど、ロゴの話しなど所々で鋭いセンスも舞台上で垣間見え厚みのある造形。美大教授を演じた林和義は、年齢が上で先生なのだとしても若者たちにアートに対して本気でぶつかる熱さ、とりわけどう活動していくかについて熱く議論するシーンの格好良さにしびれます。父親を演じた大谷亮介、難しいことはわからないといいつつ支え見守り、でもちょっと仲間に入りたい気持ちが見え隠れする可愛らしさ。元カノを演じた小林さやか、物語の中で果たす役割は少ないけれど、決して若くはなくても可愛らしさと色気で現れ、あるいは軽トラぶつけるアクティブさも見え隠れしてなかなかない役が魅力的。

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