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2016.12.02

【芝居】「ヒゲンジツノオウコク」日本のラジオ

2016.11.20 16:00 [CoRich]

20日まで新宿眼科画廊。65分。

女ばかり四姉妹で暮らす家に家庭教師が呼ばれる。母親は既になく、父親が亡くなったばかりで長女は家を守ろうと留守がちになっている。次女は家にずっと居るが外向きのことは長女に任せて、想いにふけることが多い。三女は病に伏せっており、姿を見せない。四女は大学の進学を希望していて家庭教師を呼ぶが、高校も卒業できず、世間のことをあまり知らない。

ゴシック風に凝った三人の衣装。手作りで作り込んだもののようで、終演後は写真集と衣装担当によるコンセプトが書かれた小冊子がついてきます。いままで戯曲全文とかさまざまな「おまけ」がついてきた劇団ですが、この写真集は相当に凝ったもので、チラシも含めすべてモノクロで統一されています。

単位に世間知らずの金持ちのお嬢様たちの少しコミカルな話だけかと想っているとさにあらず。物語が進むにつれて、三女の不在が単に病弱なわけではないことが見えてきます。

ネタバレかも

母親がなくなり、三女も同じ病となりそれを治療するために父親が魔法めいたことに傾倒していき、父の死後の長女はその「治療」をも引き継がなければいけないことになり、父親の膨大な知識の「入れ物」を彼女は必要としていることが後半に一気に見えてくるのです。

家庭教師は「入れ物」として選ばれ、それを自覚してか、ある種の決心をして三女に会うのだけれど、再び舞台上には現れません。「知識は入りきらなかった」し「元に戻すこともできなかった」と身も蓋もない台詞だけれど、彼女たちにとっては、それは単なる失敗で、四人で仲良く暮らすために葛藤するまでもないことで、やがてやってくる庭師もまた同じ結果になることが予見されて舞台が終わります。

ずっと同じ場所にいつづけて獲物をとらえていくいわば食虫植物のよう。枯れたバラと庭師が持ってくる一輪の生花としてのバラの対比は何かの象徴なのかどうなのか。

長女を演じた 母親がなくなり、三女も同じ病となりそれを治療するために魔法めいたことに傾倒していき、父の死後長女はその「治療」をも引き継がなければいけないことになり、父親の膨大な知識の「入れ物」を彼女は必要としていることが徐々に見えてくるのです。 家庭教師は「入れ物」として選ばれ、それを知ってか知らずか三女に会うのだけれど、再び舞台上には現れません。「知識は入りきらなかった」し「元に戻すこともできなかった」と身も蓋もない台詞だけれど、彼女たちにとっては、四人で仲良く暮らすために葛藤するまでもないことで、やがてやってくる庭師もまた同じ結果になることが予見されて舞台が終わります。 ずっと同じ場所にいつづけて獲物をとらえていくいわば食虫植物のよう。枯れたバラと庭師が持ってくる一輪の生花としてのバラの対比は何かの象徴なのかどうなのか。 長女を演じた八木麻衣子は、家族を背負うしっかりを凛とした姿で。三女を演じた小畑はづきは衣装を含め可愛らしさや無邪気さ、あるいは好奇心をぎゅっと内側に持った雰囲気。次女を演じた田中渚は物静か、ふわふわと浮かんでいるような透明感。家庭教師あるいは庭師を演じた宮崎雄真は、実直、真っ直ぐに喋る造形をしっかり。

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